年末の買い出し
![]()
■昨日の午前中、大津の街中に向かいました。お正月の買い出しです。
■まず、乾物の千丸屋さんで、上等の利尻昆布、花鰹、ウルメ節、味付け鰊、それから蕎麦を購入しました。昆布のお菓子もおつまみも。そのあとは、平井商店さんで、「熊蟄穴(くまあなにこもる)純米吟醸無濾過生原酒」と「純米吟醸北船路」。これは、正月のお酒です。次に、九重味噌さんで上等の白味噌。雑煮用ですね。商店街の八百屋さんで海老芋、蕪、そして蓮根を購入。あとは商店街の花屋さん花宗さんで正月の飾り(スワッグ)の材料を買って(私が作るわけではありませんが…)、尾花川の漬物屋さんでは千枚漬けと赤松蕪の漬物を購入しました。あとは、近所のスーパーでなんとかなりそうです。そうそう、正月の餅ですが、甲賀市小佐治の甲賀もち工房から送ってもらっています。本日、届く予定です。正月の準備を地産地消で行うって、気持ちが良いですね。
■あとは、書斎の整理整頓、庭の世話をして、フローリングを綺麗にして、窓を拭いて、風呂を徹底的に掃除する…だけです。だけ…と書きましたが、めちゃくちゃ大変です。
トンカツとインデアンカレー
■先週の23日の午前中、大津市役所で仕事があったので、昼食は、市役所の向かいの豚カツ屋さんに行きました。お気に入りのお店ですが、コロナのせいか、値段が約1.5倍になってしまったのがね…。でも、超ひさしぶり。美味しゅうございました。
■24日は、龍谷大学吹奏楽部の定期演奏会のリハーサル。ザ・シンフォニーホールに行く途中、阪急梅田三番街の「インデアンカレー」で昼食を摂りました。この前このカレーを食べたのはいつになるでしょうね。亡くなった母親のところに介護で毎週通っていた頃は、気合を入れるためにこのカレーを食べていました。介護には気合がいるのです。その母が、介護保険でヘルパーさんに入ってもらっても、もう一人では暮らせなくなって、次は介護老人保険施設に入りました。しばらくしてその老健も難しくなって滋賀の有料老人ホームに移ったのですが、その滋賀の老人ホームに移るまでは、ほぼ毎週のようにインデアンカレーを食べていたように思います。
■今回も、もちろん、以前と同じように「ルー大盛り&卵」を注文しました。ただ、ずっと食べていなかったので、その辛さに胃袋が少しびっくりしたようです。
スンデクッパ
■寒いですね。暖かいものをいただきたくなります。先日、YouTubeで美味しそうな韓国料理の動画を見つけました。「ノスタルジック KOREA by花緒Kao」というチャンネルです。ソウル在住のご家族の食べ歩きの動画です。この動画は、お子さんたちのご希望で「スンデクッパ」を食べているところです。じつに美味しそうに食べておられます。
■スンデとは、「豚の血液、餅米、刻んだ香味野菜、唐麺(デンプンで作った麺。チャプチェなどに使われる)などを練り上げた物を豚の腸に詰め込み、蒸して作った腸詰」(wikipedia)とのこと。豚の血液が入った食材は、日本料理では知りません。ヨーロッパだとソーセジに豚の血が混じったものがありますね。ちょっと気になります。ということで、知り合いに、京都でスンデクッパを食べられるお店はないか尋ねてみました。日本でも食べられたらいいな〜。
芋焼酎「安田」
![]()
■先日、知り合いの方から、芋焼酎「安田」(国分酒造)をいただきました。私が毎週通っている大津駅前の居酒屋「利やん」でこの「安田」をキープしており、そのことをご存知でプレゼントしてくださったのです。ありがとうございます。この「安田」、通常の芋焼酎のように米麹ではなく、芋麹を使っている芋焼酎です。つまり、芋100%の芋焼酎なのです。
■なぜ銘柄が「安田」かといえば、杜氏さんのお名前が安田宣久さんだからです。この杜氏さんのことを、国分酒造のサイトの中で読むことができます。以下は、そこからの引用です。
平成4年、国分酒造の杜氏になった”安田宣久” 5年後の平成9年に取り組んだ芋100%焼酎「いも麹芋」が、安田にとって大きな転機となりました。以来、過去にあったものを蘇らせることにロマンを感じるようになりました。
安田宣久が杜氏になって20年後の平成24年、杜氏人生の集大成として取り組んだ芋焼酎「安田」。今までにないタイプの芋焼酎ということで予想以上の反響を頂きました。
■「今までにないタイプの芋焼酎」…。そうなんです、飲んだ時の印象がこれまでの芋焼酎と全く異なります。口に含んだ時に、柑橘系の香り、ライチのような香りが鼻に抜けるのです。焼酎に含まれるシトロネロールという物質の値が大変高く、その結果、ライチのような香りがするのだそうです。もともと甘い香りのする芋焼酎が好きですが、この「安田」は特別なような気がします。
懐かしい鮟鱇
■鮟鱇。アンコウです。ただし、この写真は6年前のものです。現在は、新型コロナウイルスのせいでたくさんの友人・知人と宴会をすることができません。そう考えると6年前はとっても幸せでした。
■場所は、大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」です。その頃、闘病しながらもお店に立って包丁を握っていたマスターと雑談をするなで、「鮟鱇の鍋を食べたいな〜」とつぶやいたところ、「ええで〜、人数集めてくれたら、新鮮な鮟鱇を取り寄せるわ」と言ってくれました。ということで、龍大の教職員の有志で「鮟鱇を食べる会」というのをでっち上げて、確か8人ほどの皆さんに集まっていただき、会を催したように記憶しています。懐かしい思い出です。
■その後、マスターは病気でお亡くなりになりましたが、今も、お店の中にはこの鮟鱇を引っ掛ける金具がぶら下がっているようです(客の側からは見えませんが)。
讃岐うどん
チーム「利やん」の写真
![]()
■大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」のトイレに飾ってある写真です。正確に言うと、チーム「利やん」でレイクサイドマラソンを走った後の記念写真です。この写真のまんなかで、亡くなったマスターも笑顔で写っています。こうやって、みんなで、また走れたらいいな〜。ここに龍谷大関係者が、私が数えたところ11人います。この写真だと不鮮明で誰だかよくわからない人もいますね。皆さん、お休みの日に走ってくださりありがとうございました。ちなみに、龍大関係者以外は、パナソニック、自衛隊、アサヒビール等々に勤務されている皆さんです。「利やん」とランニングでつながっている方達です。写真の背景ですが、とんがっている山が比叡山。ここは草津市の烏丸半島。琵琶湖博物館のすぐそばです。
タルトタタン
卒論指導、卒寿の祝い、民間企業とNPOの協議
![]()
![]()
![]()
■このブログでは、あまり役に立つことを書いていません。といいますか、1人の大学教員の日々の出来事を書いているものですから…。まあ、公開日記のようなものですね。教員としての私に関する情報は、ブログタイトル下にあるブルーの文字のメニューバーをクリックしてご覧ください。というわけでして、今回も、そういう役に立たない「日々の出来事」を書いています。ご容赦ください。
■月曜日の午前中、自宅で、zoomで2人の学生の卒論指導を行いました。夏期休暇中から、いろいろzoomで面談を積み重ねながら研究を進捗させている人もいますが、そうでない人もいます。こちらのお2人は、後者のそうでない人…になります。とはいえ、不真面目というわけではありません。いろいろ、自分なりには努力をされてきたのですが、次の一歩を踏み出せずにいます。もちろん、緊急事態宣言で大学の危機管理レベルが「2」から「3」になり、学外に調査に出かけていくことができなくなったことも大きいかなと思います。本当は夏期休暇中に調査をして欲しかったのですが、仕方がありません。再び危機管理レベルが10月から「2」に戻ります。時間はもうないわけですが、頑張って調査に出かけて欲しいと思います。
■午後からは引き続き自宅で学部の事務仕事等を行い、それらを済ませて後、大津の街中にある萬治元年創業の酒蔵・平井商店さんに向かいました。日本酒好きの義父の卒寿のお祝い(90歳)を贈るためです。平井商店さんは、私が贔屓にしている大津の中心市街地にある酒蔵です。
■大津は、大きい津、すなわち「大きな港」という意味の地名で、江戸幕府直轄の宿場町として江戸時代初期に誕生しました。「平井商店」さんは、その宿場町に1658年(万治元年)に創業された長い歴史を持つ酒蔵なのです。代表的な銘柄の「浅茅生」(あさぢお)は、後水尾天皇の皇子 聖護院宮道寛法親王(しょうごいんのみや どうかんほうしんのう)から賜られた和歌「浅茅生の 志げき野中の真清水は いく千世ふとも くみはつきせじ」に因んで命名されています。意味は、茅(あし=葦よしのことです)の生い茂っている湖(琵琶湖)の美しく清らかな清水は、どれだけ汲もうが何年経っても尽きることはないだろう」という意味なんだそうです。もちろん、琵琶湖の水で酒を醸しているわけではないのですが…。結局、岐阜には平井商店の「浅茅生 大吟醸」、「浅茅生 特別純米滋賀渡船六号 ひやおろし」、「浅茅生 大吟醸 曳山」、「北船路 純米吟醸」の4本を贈ることにしました。贈る側が言うことではないのですが、結構、豪華なラインナップだと思っています。ちなみに、最後の「北船路 純米吟醸」は、かつて私が指導していた学生たちによる研究グループ「北船路米づくり研究会」がプロデュースした日本酒です。
■「平井商店」さんの後は、浜大津にある通信会社を訪問しました。社員の皆さん方と、琵琶湖の環境保全活動に関わるステークホルダー間の「連帯」や「連携」を生み出す新しいプラットフォームづくりについて協議を行いました。今回で2回目の協議になります。まだ、具体的にブログに書けるレベルには至っていませんが、お互いの夢が共振しあったように思いました。お互いというのは、私が理事長をしている特定非営利活動法人「琵琶故知新」が提案している「びわぽいんと」のアイデアや仕組みに寄り添っていただいくことができたからです。ありがたいことです。はやく、この取り組みが公表できるようになったらと思います。
■協議の後は、近くにある浜大津の公園を散策しました。時間は17時半頃でしたでしょうか。とても綺麗な空でした。少し暗くなるまで過ごしました。良いことがあったので、美しい空と心が共振し合ったのではないかと思います。もちろん、緊急事態宣言が解除されていれば、大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」に社員さん達と一緒に行って、さらに夢を語りあうことができるのでしょうが。解除までは、もう少しですね。引き続き感染に気をつけながら、大切なお店を常連客の1人として守って行きたいと思います。
![]()
(停泊している船ですが、左から、琵琶湖汽船の「ミシガン」、「ビアンカ」、一番右側は滋賀県庁の環境教育船「うみのこ」です。)
卒業式
![]()
![]()
![]()
■今日は、様々な理由で3月に卒業できなかった、あるいはしなかった方達の卒業式でした。京都の深草キャンパスで9時半から行われました。私のゼミ生にも1人、留学やコロナ禍により今日卒業する学生がいました。ということで余裕を持って自宅を出て、ひさしぶりに大学の本部のある深草キャンパスに向かったのですが、琵琶湖線で接触事故があったらしく、私が利用する湖西線はなかなかきちんと動いてくれませんでした。結局、JRの電車は遅れましたが、京都駅からタクシーに乗り、なんとか卒業式の開始前に到着することができました。
■卒業式は、深草キャンパスにある顕真館で行われました。少し写真の説明を。龍谷大学の講堂であり礼拝堂でもあります。正面の陶板は非常に大きいものです。大学のホームページによれば、「縦5メートル、横11メートル、平山郁夫画伯の「祇園精舎」と題される釈尊説法図をもとに、平山画伯の監修により大塚オーミ陶業が制作した」ものです。旗は仏旗です。館内に入ると、正面中央には本尊が。以下も大学ホームページの説明です。「親鸞聖人ご真筆の六字名号を拡大模写して、樺に彫ったものです。この六字名号は「南無阿弥陀仏」を中央に、讃銘として上部右に『無量寿経』の第十八願(念仏往生の願)文、左に第十一願(必至滅度の願)文を、下部には同経の「大悲摂化の文」八句などを書いた小紙が添付されています。聖人84歳時に書かれ、下人の弥太郎に与えられたと言われています」。
■今日卒業したゼミ生のTくん、今は髭なんてはやしていますが(自分のことは横に置いておいて…)、来春からは大手不動産会社に勤務することになっています。コロナ禍で、思うような留学生活ができなかったことが残念なのかもしれませんが、無事に卒業できてよかったです。おめでとうございます。どうでも良いことですが、写真を自撮りすると、自分が思っているよりもおじいさんに写りますね。これが63歳の現実なのかな。
■卒業式の後、前学長で、現在は校友会(同窓会)の会長をされている赤松徹眞先生に少しだけご挨拶できました。先生とは、年に3回ほど開催される奈良県人会(龍大教職員の県人会)でお会いしてきましたが、このコロナ禍の中、県人会活動は当然のことながら自粛。親しくさせていただいている方たちにもなかなかお会いすることができません。早く、コロナ禍が収束し、2年前までの日常が戻ってきたらと願ってはいるのですが、果たしていつのことになるでしょう。また、収束したにしても、その後は、コロナ禍で社会に大きな変化が起こっており、変化が起こる以前とは同じ状態に戻ることができない、いわゆる「ニューノーマル」と言われるような状況になっているかもしれません。それが、どのような状況なのか、私にはよくわかりません。はたして、県人会の活動はきちんと復活するのか、それについてもわかりません。個人的には、復活することを強く願っています。