「中安商店」さんのライブ
土曜日、大津街中の酒屋さん「中安商店」さんのライブへ。「つぼきーにゃ」さん。ボサノバとかブラジルっぽいライブ。黄緑のブラウスを着たボーカルのつぼめさんと、グレーのセーターのパーカッションやギターのまっさんはご夫婦。ご自宅でも、音楽を楽しんでおられるんだろうな。#大津#中安商店 pic.twitter.com/mKZ9Qmm6Vz
— 脇田健一 (@wakkyken) January 27, 2025
▪️先週の土曜日のことになります。お誘いを受け、大津の街中にある酒屋さん「中安商店」さんのライブへ。「中安商店」さんは、もともと、街中にある普通の酒屋さんでした。ところが、店主さんが音楽好きということもあり、お店をライブハウスに改装されたのです。動画のボーカルの方の後ろ、たくさんのフライヤーが貼ってあるところはお店の入り口になります。そして動画のサックスの方の左側は、コの字型のカウンターがあります。私が動画を撮っている場所には小さなテーブルがあります。ここにやってくるお客さんは、お店の冷蔵庫から飲み物を取り出して、店主さんにお金を払います。つまみは、乾き物か缶詰。いわゆる「角打ち(かくうち)」のスタイルとライブハウスを合体させているといえば良いのでしょうか。
▪️この日は、ほぼ椅子が埋まっていました。ライブをされているのは、「つぼきーにゃ」さんです。ブラジルっぽいライブでした。黄緑のブラウスを着たボーカルのつぼめさんと、グレーのセーターのパーカッションやギターのまっさんはご夫婦。ご自宅でも、こうやって音楽を楽しんでおられるのでしょうね。ライブを楽しんでおられるお客さんたちの中には、別の日には、ここでライブをされるようです。なんというか、音楽好きのアマチュアからセミプロっぽい方達までが、この「中安商店」さんを大切な「場所」、あえていうならば「サードプレイス」にしておられるのですね。また、家庭でもない職場でもない、こういった「サードプレイス」が、けっこうあちこちにあるようなのです。素敵なことだと思います。「中安商店」さんはとても人気があって、かなり先の方までライブの予定が詰まっているようでした。入り口のフライヤーは、ここでライブを行う様々なバンドのものです。
▪️ところで、「中安商店」さん、晩はお店がライブハウスになるのですが、昼間は街中の酒屋さんとして営業されています。そこが、面白いですよね。
大阪・渡船・ウォーキング
▪️まだ、もう少し先のことになりますが、「びわ100」(びわ湖チャリティー100km歩行大会)を一緒に歩いたバディ、龍谷大学吹奏楽部OBの上道 郁夫さんと、大阪の街中を歩くことにしました。少し私の方の「脚」の準備をして、楽しみたいと思います。昨年の「びわ100」完歩以降、まともにウォーキングに取り組んでいないからです。
▪️1段目の地図に示したウォーキングのコース、これは上道さんが開発されたコースです。大阪市内に残る8つの渡船と4つの大橋を渡るコースです。今回は、なんといっても、この8つの渡船に乗ることが最大の楽しみになります。地図上の黒の丸で囲んだところが、その渡船です。全て無料です。2段目右の地図の番号が渡船の場所です。①天保山(てんぽうざん)渡船場/②甚兵衛(じんべえ)渡船場/③千歳(ちとせ)渡船場/④落合上(おちあいかみ)渡船場/⑤落合下(おちあいしも)渡船場/⑥千本松(せんぼんまつ)渡船場/⑦船町(ふなまち)渡船場/⑧木津川(きづがわ)渡船場になります。詳しくは、こちらの大阪市の解説や、こちらの記事をお読みいただければと思います。
▪️2段目左の地図をご覧ください。今回のコースは、大阪のかなり海に近いエリア、此花区、港区、大正区を巡るコースになります。渡船に乗船するため、住之江区や西成区にも入りますが、すぐに渡船で引き返すことになります。大まかな説明になりますが、江戸時代以前は淀川が運んできた土砂でできた荒地でした。当時の淀川は、今の淀川とは違う場所を流れていました。そうやって生まれた土地を、江戸時代には新田開発が行われました。明治時代になり、それらの農地が工業化や都市化が進む中で、しだいに市街地になっていきました。「水の都」と呼ばれた大阪の歴史も含めて、このウォーキングを堪能したいと思っています。もちろん、事前に、もう少し歴史的なことについても勉強しておこうと思います。これまで、私は琵琶湖水系の環境ガバナンスについて研究してきましたが、このウォーキングのコースは、その琵琶湖水系も含む琵琶湖・淀川水系の最後のエリアになります。
▪️今は、渡船は8つですが、上の大阪市の解説には、次のような説明がありました。
古来数多くの川が流れ、水の都と呼ばれた大阪には、人々の往来のための渡船場が各所にありました。当初民間によって営まれていた渡船は、明治24年に大阪府が「渡船営業規則」を定め「監督取締り」を行うようになり、明治40年には安治川、尻無川及び淀川筋の29渡船場については市営事業として市が管理することになりました。
大正9年4月、旧道路法の施行により渡船は無料となり、昭和7年4月以降はそれまでの請負制を改め、ほとんどが市の直営方式になりました。そして昭和10年頃には渡船場31か所、保有船舶数69隻(機械船32隻、手漕ぎ船37隻)、年間利用者は歩行者が約5752万人、自転車等が約1442万台を数えました。
▪️このような渡船が今でも残っていることには理由があります。上のリンク先の記事によれば、以下のとおりです。
自動車道路や地下鉄、バスといった交通インフラが発達している現代、それも大都会・大阪でなぜ今も現役で渡船が稼働しているのでしょうか。渡船場が点在する大阪市のベイエリアには、いくつもの河川や運河が網の目のように張り巡らされています。それらの水辺に隣接して多くの工場や機械施設等が立地し、それら施設への資材や原料の搬入出のため、大型の船が河川や運河の奥深くまで出入りします。そのため、河川に架けられる橋の数が制限され、また運搬船が航行可能な大型サイズの橋のみが建設されることとなりました。ところが、それらの施設に勤める労働者や、当地域に暮らす人たちにとっては、通勤・通学などの際に、大きな橋をわざわざ上り下りしたり、橋のあるポイントまで大きく迂回しなければならないという不都合が生まれたため、生活に必要な交通インフラとして渡船は今も稼働を続けているのです。
▪️上道さんが「開発」されたコースを歩くと、だいたい27kmになるのだそうです。トップの地図、2段目左の地図は、手元のiPadに入っている「キョリ測」というアプリで描いたものテス。どうしても不正確になるので、もう少し距離が短くなってしまっています。ちなみに、緑の丸は、安治川の川底にあるトンネルです。上道さんからは、渡し船の待ち時間があるので、結構な休憩時間が入るそうです。ですから、ウォーキングのトレーニングというよりも「大人の遠足」になるようです。それはそれで楽しいです。以前同僚だった原田達先生は、今から3年半前に大阪の「低山」をランニングで巡られました。その時のご経験から、原田先生に上道さんと歩くことをお伝えしたところ、「渡し船は、大阪の、下町の、普通の人びとの生活の香りそのままでとても気に入りました」とお返事をいただきました。楽しみですね。まだいつになるのか決まっていませんが、ゴールは西九条駅になりますが、近くの銭湯で汗を流して、最後は上道さんご夫婦との飲み会(直会)になる予定です。
▪️以前、中沢新一さんの『アースダイバー』に強い刺激を受けて、東京にお住まいの建築家や写真家と共に、東京の街をよく歩きました。その延長線で、大阪の街も、特に上町台地を中心によく歩きました。その時のことは、民間が提供していたブログに投稿していましたが、サービスが停止したために全ての投稿が消えてしまいました。もう少しきちんと対処して、別の民間ブログに移しておけばよかったよかったなと思っていますが、今となってき仕方がありません。また、歴史の地層を風景の中で深掘りしていくようなウォーキングができればなと思っています。
伊吹山・全層循環・ヒマラヤユキノシタ
▪️今日の午前中は仰木での農作業でしたが、空気は澄んでいました。仰木からも頂上が雪で白くなった湖北の山々が確認できました。ということで、いつもの自宅近くの公園に行ってみました。伊吹山がはっきり見えました。もちろん、三上山も。気温が高くなると遠くの風景も霞んで見えます。個人的には…という限定付ですが、もう少し気温が低い状況が続いて欲しいのですが…。というのも、琵琶湖の全層循環(琵琶湖の深呼吸)、この冬はどうなるのかを心配しているからです。滋賀県による「北湖底層DO調査結果(速報)」をみると、例年はこの時期からぐんと固定の溶存酸素(DO)が高くなっていきます。そして、全層循環を確認するわけなのですが、はたして今年はどうなるのか、これだけ暖かいと素人意見ですが心配です。専門家の意見もお聞きしたいところです。
▪️ビンクの花は、庭のヒマラヤユキノシタです。やっと花が咲かせてくれました。我が家の庭には、もう一株、ヒマラヤユキノシタが植えてあるのでが、こちらは開花の様子がありません。まあ、春を告げる花なのでこれから花が増えていくと思います。そう信じたいです。スイセンの方も、やっと一輪花を咲かせてくれました。世話の仕方、肥料やり方を間違ったかもしれません。施肥を忘れてしまっていたような気もします。もしそうだったら、ごめんね。
仰木での農作業
▪️今日の午前中は、仰木で農作業に取り組みました。農家と隣接地域の住民とが協働することで、耕作放棄地を農地に復活させ、有機農業に取り組んでいくプロジェクトの農作業です。今日は、これまでよりもたくさんの参加者がお越しになりました。全部で13名でしたかね。そのうちの2人はまだ小さな可愛らしい男の子たちでした。親子連れで参加されているのですね。
▪️人数が多いと、農作業も捗ります。今日は前回と同じ、ニンジンの畝の雑草を抜く作業です。驚きましたが、ニンジン、短期間(前回は1月12日)でもきちんと成長していますね。嬉しかったです。雑草を抜いた後は、ホウレンソウとコカブを収穫しました。参加者の皆さんは、非常に低価格で収穫したホウレンソウとコカブを購入されました。もちろん、私も。結構な量があったので、お向かいさんにもお裾分けさせていただきました。このホウレンソウ、仰木の直売所でも販売しましたが、あっという間に売り切れてしまったそうです。
▪️昼食は、収穫したばかりのホウレンソウを使ってパスタです。普通の小麦粉のパスタ、私の場合は血糖値が上がるので食べるわけにいきません。ということで、いつもの豆を使ったパスタです。
▪️理事長を務める特定非営利活動法人「琵琶故知新」としても、これから、このプロジェクト少しずつ成長させていくための支援をさせていただきます。検討すべきことがたくさんあります。まずは、体制づくりですかね。いろんな参加の仕方があって良いと思っています。今日のように手軽に参加したい方達、もう少し積極的に年間を通して栽培計画や農作業に取り組みたい方達、さらには将来の新規就農と有機農業のスキルアップ目指す方達、そのような多様な参加を可能にする仕組みが必要ですね。
『ガチャコン電車血風録 地方ローカル鉄道再生の物語』
▪️『ガチャコン電車血風録 地方ローカル鉄道再生の物語』(岩波ジュニア新書)です。若い方から大人まで読める新書です。暮らしている滋賀県の近江鉄道のことなので購入してみました。住んでいるのは、近江鉄道が走る湖東地域ではなく、湖西地域ですが、近江鉄道のこととても気になっていました。
▪️著者の土井さんは近江鉄道線活性化再生協議会の座長を務められた方です。土井さんは、実際に近江鉄道に乗り、また様々な資料に目を通すことで、この鉄道はまだまだ廃止する状況ではないことを確信されました。そして、まずはデータを読み込み、近江鉄道の再生の道を描かれました。この新書はその再生のプロセスを紹介されているようです。ようですというのは、これから読むので…。
目 次
はじめに1.地域の足=全国の地域鉄道の96%が赤字!?
1‐1 「まち」が抱える「様々な不安」と移動の関係
1‐2 移動手段としての自動車と公共交通
1‐3 地方ローカル鉄道の存廃問題が急浮上2.近江鉄道ってどんな電車?――辛苦是経営って何?
2‐1 近江鉄道の概要
2‐2 独特のレトロ感をいまに残す近江鉄道
2‐3 赤字が続いている近江鉄道3.鉄道の存廃問題と上下分離方式
3‐1 鉄道を動かすために必要となるお金――経費
3‐2 なぜ鉄道の赤字が問題になるのか?
3‐3 地方ローカル鉄道の存廃問題と対応策
3‐4 上下分離方式という存続方策4.近江鉄道のギブアップ宣言で延命か再生か、それとも廃線か?
4‐1 ギブアップ宣言と、その受け止め方
4‐2 近江鉄道の努力と存続の価値を見出す
4‐3 衝撃→不信→結束、関係者はどう前を向いたのか5.近江鉄道存廃について白熱の議論――任意協議会はじまる
5‐1 任意協議会と地域公共交通総合研究所の報告書
5‐2 「地域公共交通ネットワークのあり方検討調査報告書」の概要
5‐3 存廃問題の最大の焦点と、さらに続く白熱議論
5‐4 存続、そして次の展開へ。動き出した議論
5‐5 近江鉄道沿線自治体首長会議でも、白熱議論6.山あり谷ありのプロセスを乗り越えて法定協議会スタート
――なぜみんなが同じ方向を向くことができたのか?
6‐1 近江鉄道の「ギブアップ宣言」の三日月滋賀県知事の受け止め方
6‐2 法定協議会:開始早々の会長からの先制パンチ
6‐3 データとファクトを共有して一気に結論へ
6‐4 理解を深めた大人の遠足7.全線存続に向けて一歩ずつ
7‐1 次の一手は存続形態を決めること
7‐2 沿線自治体の費用負担割合の決定
7‐3 法定計画とデータを見ない意見の克服8.沿線の人々や企業が近江鉄道再生の背中を押す
8‐1 沿線の人々との接点の拡大
8‐2 2022年10月の「全線無料デイ」:もし空振りだったら……。
8‐3 市民からの発言「鉄道は道路整備と同じ感覚になる」終章 上下分離、新生近江鉄道出発進行
参考資料
おわりに
謝辞
▪️鉄道に深い関心をお持ちの皆さんであれば、目次からでもいろいろわかるのではないかなと思います。書名にある「血風録」、これは司馬遼太郎の『新撰組血風録』が有名なようですが、なんだか血生臭い印象ですよね。それほど、鉄道事業者と沿線自治体の間にはちゃんとしたコミュニケーションもなく、当初、関係は最悪だったようです。そのような状況から、どうやって上下分離方式(公有民営方式、近江鉄道株式会社と一般社団法人近江鉄道線管理機構)で再スタートできるまでに至ったのか。コミュニケーション不足や相互不信をどのように乗り越えて、前向きに合意することができたのか。その辺りを勉強させていただきます。春からの授業でも学生の皆さんに紹介してみようかなと思っています。
健康年齢
▪️ 日本私立学校振興・共済事業団から「健康年齢」に関する通知が届きました。健康年齢とは、定期健康診断の「健診値に基づいて算出された生活習慣病のリスクを表す指標」のことだそうです。健康寿命と似ていますが、こちらは「心身ともに自立して健康的に生活できる期間」のことです。この健康寿命の定義にある「自立して」という言葉の意味が、いまいち理解しにくいのですが、今回の投稿は健康年齢に関してです。
▪️通知を開いてみると、実際の年齢より9.4歳若いことになっていました。これって、糖尿病の治療に励み、体重も学生時代に戻り、血圧と血糖値をしっかりコントロールして、肝臓の数値もぐっと良くなった…治療の結果なのかなと思っています。でも、健康年齢が若いとはいえ、病気をコントロールしているだけなので、本物の健康とは違うよなという気持ちもあります。とはいえ、安心しました。「一病息災」とはこのことだと思うようにします。厚かましいですが、さらに健康年齢が低くなったらいいなと思いました。そのためには、もっと運動をしないといけないのかな。健康年齢で脳みその状態・認知的なことについてもわかれば良いのですがね。これは健康年齢とは別ものですね。
▪️この通知の中で、「PepUp」というアプリの利用を推奨しています。健康を意識化・見える化していくためのアプリかと思います。定期健康診断の値がスマホで確認できます。また、健康関連の他のアプリと連動させて、例えば歩数を記録していくこともできるようです。さらに、ポイントも貯めていけるようなのですが、ちょっと使い方(貯め方)がわからないので、まあ、時間があれば勉強してみましょうかね。ただ、あと2年で定年退職するので、こういう健康年齢の通知というサービスもその時までなのでしょうかね。
クリニックと血糖値の測定装置
▪️今日は、月1回のクリニックで検査を受ける日でした。毎月、血液検査をクリニックでしていただき、医師から指導を受けるのですが、今回も評価していただきました。HbA1cは、5.2でした。血糖値をコントロールできる習慣がきちんと身についたように思います。何を食べると血糖値が上がるのか、食べ物を見ただけてわかるようになってきました。血糖値の上がる食品は、食べたいとも思わなくなりました。むしろ、逆かもしれません。自分としては、良い傾向だと思っています。ただ、まだ少しだけ気になることもあります。それは、血糖値スパイクです。平均すれば、血糖値の値は低くても、食後に、急激に血糖値が上がることがあるからです。一定期間の血糖値の変化を知ることができればと思っているのですが…。
▪️「アップルウォッチで血糖値も測れたら、すぐにでも買うんだけど」と思ってます。しかし、なかなか開発ができるような気配はありません(詐欺まがいのインチキなやつは出回っているようですが)。ただ、皮膚の下の体液と血糖値が相関していることから、その体液を、薄い円盤状のセンサーを二の腕に貼り付けて測定することができるようになっています。円盤の中央から細い細い糸のよう針が出ていて、それを特殊な装置で皮膚に貼り付けるのです。この針が皮膚の下の体液を測定します。
▪️ただし、私程度の軽い糖尿病では保険が適用されません。もし、自腹で購入するとなると、2週間で7千円の費用が必要になります。1年間で17万円近くの費用がかかってしまいます。私の場合、HbA1cという糖尿病の指標は5.2程度でコントロールされているし、装着する必要もないように医者からは言われています。でも…と思うわけですね。血糖値スパイクというのが気になっているからです。平均すれば、HbA1cは低くても、時々、急激に血糖値が上昇することがあるからです。医師からは、「あなたは糖尿病なんだから、血糖値スパイクは仕方ないですよ」と言われますが、やはり気になります。
▪️今日は、大阪の会社、ライトタッチテクノロジー社が、このような装置を商品開発しつつあることを知りました。アップルウォッチまで小型化はされていませんが、ペットボトルほどの大きさのこの装置の穴の中に、指を入れるとレーザー光線で正確に血糖値を測定することができるのだそうです。まだ、発売未定ですが、売り出されたら、購入すると思います。まあ、値段にもよりますが…。早く、発売が始まらないかな。まあ、理想は、アップルウォッチで血糖値が測定できるのが理想ではありますが。
PianoDuo Takahashi Lehmann
▪️ご夫婦による「ピアノデュオ タカハシ/レーマン」の演奏です。バッハのブランデンブルク協奏曲2番(コンチェルトグロッソ)を編曲し、ピアノの連弾で演奏されています。編曲や編曲されたものを演奏するって、なかなか大変なことだと思います。オーケストラの曲を吹奏楽で演奏するときに、そのことを思いました。演奏については、原曲のもつ素晴らしさや特徴をきちんと表現しつつ、なおかつオリジナルを超える素晴らしさも同時に表現しなくてはいけないからです。このご夫婦のことを新聞記事(23日朝日新聞の夕刊)で知りました。記事にはこのように書いてありした。
23年に東京・春・音楽祭でバッハのブランデンブルク協奏曲を全曲演奏したときは、原曲のオーケストラの音まで可能な限り忠実に拾いつつ、バイオリンとフルートなど、異なる種類の楽器が同じ音域で同じメロディーを奏でる箇所で、音色の風合いを微妙に変えて見せるという個人技で酔わせた。
▪️そのブランデンブルク協奏曲2番がYouTubeにアップされていました。ラッキー!! 今は便利な時代になりましたね。学生時代は、このような記事を読んでも、すぐには確認できませんでした。お金はないし、レコードも買えないし…。それはともかく、記事では、最新のCDのことが紹介されていました。「アンコール~バッハから寅さんへ」。寅さんって、映画の「男はつらいよ」の主題歌です。この主題歌をアンコールで演奏した時に、会場にどよめきが起こったのだそうです。聴いてみたいですね。バロックからポップス、童謡や愛唱歌まで演奏されているそうです。
【追記】▪️ 「アンコール~バッハから寅さんへ」、amazonで衝動買いしてしまいました。アンコールというタイトルですから、いろんなコンサートの最後にアンコールで演奏するような作品を集めたCDなんでしょうね。
いのちと平和を考える特別公開講演会・シンポジウム 「歴史の忘却に抗して- ガザのジェノサイドと私たち」
▪️龍谷大学宗教部からのメールが転送されてきました。1月15日に開催しました特別公開講演会・シンポジウム「歴史の忘却に抗して- ガザのジェノサイドと私たち」(岡真理 早稲田大学教授)の講演、ならびに入澤崇学長と久松英二教授を交えたシンポジウムの様子をYouTubeにアップしたので視聴してもらいたいという内容でした。岡真理さんはアラブ文学と第三世界フェミニズムがご専門です。来月の中頃まで視聴することができるようです。
▪️岡さんは、この特別記念公演の最初の方で、以下のように話しておられます。私たちは、厳しく問われているのです。
ガザの人々が私たちに問いかけているものというのは、「私たちガザのパレスチナ人というのは人間ではないのですか」、と「私たちはあなたたちと同じ人間ではないのですか」ということです。でもガザのパレスチナ人が、私たちと同じ人間であるなどというのは当然のことです。問うまでもありません。あるとすれば、これは翻って言えば、「この私たち自身は人間であるのか」ということです。あるいは「人が人間であるというのは一体どういうことなのか」ということ。
▪️公演の中では、2023年10月7日の攻撃が開始された直後に、当時のガラント国防大臣が、「我々が戦ってる相手(パレスチナ人)というのはヒューマンアニマル、人間動物なんだと、だからそれに見合った処遇をするんだと、食べ物も燃料も医薬品も入れないということを言ったわけです」と説明されます。「飢え」を武器に使うことで、病弱な子どやたちが飢え死に死なせていくわけです。実際、公演では飢えで究極までに痩せほそり亡くなられた子ども写真を拝見しました。ガラント国防大臣は、自分たちが引き起こしている暴力を正当化するために「ヒューマンアニマル」という言葉が使われているように思います。言葉による非人間化です。ここでは、人権を侵しているという感覚は失せてしまっています。
▪️ここで、自分たち日本人は平和な国に暮らせてよかった…と思っていると、それは暴力だと岡さんは説明されます。ノルウェーの平和学の父と呼ばれている ヨハン・ガルトゥングさんが、平和というのは戦争ではなく戦争がないだけではなく、暴力がない状態のことなんだと再定義し、さらに暴力も3つに分類します。ひとつめは、戦争のような物理的な破壊や殺傷を伴う直接的暴力。ふたつめは、貧困や差別など構造が生み出す構造的暴力。三つめは、文化的暴力です。それは、無知や無関心が引き起こす暴力です。岡さんは、「イスラエルで何が起きたのか、そしてそれ以降ガザで何が起きているのか」の有様と本質、この出来事の文脈や歴史的背景を、日本も含めた西側諸国の主流は世界に伝えていないが、これは文化的暴力なのだと批判されます。もし、文脈や歴史的背景もふくめて批判的に言った途端、「反ユダヤ主義」とレッテルを貼って批判を封じようとするらしいのですが、これも文化的暴力です。
▪️日本のジャーナリズムは、直接的暴力にしか注目せず、停戦になったとしても、構造的暴力が続いているにもかかわらず、報道をしなくなってしまう。岡さんは、これも文化的暴力だと批判されます。そして、ガザで起きている事態が「21世紀のホロコースト」と呼んでも過言ではない状況であるにもかかわらず、そのことを知らない、知らないがゆえに関心を持たないと批判されています。停戦になっても、ガザで暮らし続けていくための基盤(食料、医療、教育、住宅、環境、文化、歴史、知識・知識人…)を根こそぎ破壊するための暴力が継続されているのですが、このまさにジェノサイドが継続されているということを報道しなくなることで、私たちも無関心になってしまう。そのような文化的暴力を強く批判されます。
ガザで起きている事態が 21世紀のホロコーストと呼んでも過言ではない状況である、にもかかわらず、そのことを知らない、知らないがゆえに関心を持たない、そして本来自分たちがこの出来事にどのように関わっているのかということも知らず、無関心なまま行動を起こさない、それによってこの事態を支えている私たちもまた、私たちの意思にかかわらず、この文化的暴力の行使者加害者になって、させられてしまっているということになります。
▪️この続きは、実際にYouTubeの公演をご覧になってほしいと思います。おそらくですが、2月の上旬までは視聴できると思います。
3月のような暖かさ…諸々
【ウォーキング】
▪️家で仕事をしているとほとんど歩かないことになるので、少しウォーキングをしてきました。いつもの公園から琵琶湖の北湖を眺めると、今日は薄ぼんやり伊吹山が見えました。もっと気温が低ければクリアに見えるのですが、急に3月のような気温になってきて景色はぼやけています。こんなに気温が高いと、琵琶湖の全層循環(琵琶湖の深呼吸)はどうなるのでしょう。心配ですね。
▪️ウォーキングの途中で、公園の端にお地蔵さんや同祖神が祀ってあることに気がつきました。何度もこのあたりは歩いていても、気がついていませんでした。きちんとお花も添えてあります。どなたかが、お世話をされているのでしょうね。もともと、このあたりは里山と農地でした。そこを新興住宅地を造成したのです。これは想像ですが、元々祀っていたものか、工事で見つかったものをここに集めているのではないかと思います。たしか、地蔵盆はやっていませんね。このあたりは小学生以下の年齢の子どもたちがたくさんいるので、よろこぶだろうな。もっとも、私自身は子どもの頃九州にいたので、地蔵盆の経験はありません。先日、「地域エンパワねっと」(社会共生実習)の相談会で、この地蔵盆のことと関連して学生さんと話をすることがありました。この地蔵盆、まちづくりに関連して大切な行事なのではないかと思います。
【鬼門について】
▪️話は変わります。「鬼門」について「あっ」と思ったことがあります。鬼門とは、北東の方角で、鬼が出入りする方角なのだそうですね。災いがやってくる方角なのだそうです。そのためなのか、どうかよくわかりませんが、京都の御所の北東には比叡山延暦寺があります。最澄が鬼門封じのためにこの場所を選んで延暦寺を建立したのか、たまたまなのか。どうなんでしょうね。知識がなくてよくわかりません。
▪️まあ、それはともかくです。地図で京都の御所から北東方面に確かに比叡山延暦寺があります。地図に定規を当てるとよくわかります。で、今日、気がついたのです。御所の北東に延暦寺があって、延暦寺の北東に我が家があることに。京の都の鬼門の方角に暮らしているのです。というか、延暦寺が鬼の侵入を防いでいるとしたら、我が家のあたりは鬼がたくさんいはる場所なのかな。いや、だからどうなんや…って話ではありますし、私が鬼門のことを気にしているわけでもないのですが。
【イサザ豆】
▪️またまた、話は変わります。先日、沖島で作ったイサザ豆をいただきました。この季節、琵琶湖の固有種であるイサザの漁は最盛期のはずです。このイサザ豆は砂糖を使っているので、持病のため一度にたくさんは食べられませんが、ビール(無糖)のあてとして楽しんでいます。本当は、イサザの吸い物とか味わってみたいのですが、どこにでも売っているわけではありませんので。なかなか難しいです。早めに夕飯の買い物に行き、お相撲初場所を「ビール(無糖)&イサザ豆」で観戦しています。