「アンドリュー・ワイエス展」(あべのハルカス美術館)
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▪️孫の運動会の応援の後は、ひさしぶりに「あべのハルカス美術館」に行きました。「アンドリュー・ワイエス展」です。以下は概要です。
「アメリカを描く」画家として国民的人気を誇り、日本にも多くのファンを持つアンドリュー・ワイエス(1917―2009)。本展はその没後、日本初となる待望の回顧展です。日本初公開作品15点を含む100点の作品が国内外から集結します。
戦後アメリカ美術の前衛的動向からは距離を置き、ひたすら自分の身近な風景と人々を深い精神性を宿したリアリズムによって描き出したワイエス。本展では、その作品に数多く登場する窓や扉といったモティーフを通して、「境界」という概念にも光を当てます。光と闇、自己と他者、生と死など、さまざまな「境界」をつなぐワイエスの絵画は、世界の分断が進むいまの時代に、静かな希望をもたらしてくれることでしょう。
▪️キーワードは「境界」。社会学を勉強していると、ゲオルグ・ジンメルを連想してしまいます。「境界」を社会や人間関係における「分断」と「結合」の両義的な意味を持つ概念として捉えていたように記憶していますが、ワイエスの場合は、一見「分断」のよう見えていて、心をすませばそこには「結合」=「つながり」が感じられるんだよという感じでしょうか。今日の展覧会で知りましたが、わびさびといった感性、水墨画に描かれる静寂を好む日本人の感性とマッチしているようです。ワイエスは若き日に父を鉄道事故で亡くしていて、そのことが彼の人生や作品に大きな影響を与えています。ワイエスの作品からなんとなく死のイメージを感じ取れるように思うのですが、それは父を亡くしたことと関係しています。死のイメージと書きましたが、ネガティブな意味ではなく死者とのつながりと言い換えられるかもしれません。辛いことですけど。人生の儚さ、諸行無常的な人生観、日本人の死生観と近いものもあるようです。そういえば、能(夢幻能)も生きている人と死んだ人とのやりとりですね。
▪️もつひとつ。ワイエスが描いた風景、夏の家があったメイン州の風景です。静謐でありながら、どこかちょっと荒涼とした独特の雰囲気があります。アメリカのホラー作家のスティーブン・キングの作品とも共鳴し合うものを感じました。キングの作品の舞台もメイン州です。おかしなことを書いているかもしれませんが、そう感じたのです。でも調べてみると、まんざら私だけの妄想でもないようですね。また、知人が、メイン州は『オリーヴ・キタリッジの話』の舞台でもあることを教えてくれました。エリザベス・ストラウトによるピュリッツァー賞受賞作の連作短篇集『オリーヴ・キタリッジの生活』、およびその続篇『オリーヴ・キタリッジ、ふたたび』の舞台もメイン州であることを教えてくださいました。主人公であるオリーヴ自身や、町に暮らす人々の人生の喜び、苦しみ、老いを描いた連作短篇集。翻訳が出ているようなので、時間が取れたら読んでみたいと思います。展示してあるワイエスの作品。写真撮影がOKのところがありました。ということで、撮らせていただきました。また、美術館をでた所から、生駒山・奈良方面も撮ってみました。
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