2026年度「社会共生実習」前期・活動共有会

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▪️金曜日の2限は地域連携型教育プログラム「社会共生実習」です。この実習では、現在、私が担当している「地域エンパワねっと」を含めて3つのプロジェクトが活動していますが、今日はすべてプロジェクトが集まってこれまでのプロジェクトでの体験を共有しながら交流する、「活動共有会」が開催されました。いつも、普通の教室なんですが、今日は調理実習室です。募集停止した短期大学の施設である調理実習室(21号館地下1階)で、お好み焼きを作りながら「活動共有会」を開催しました。もちろん、お好み焼きは作ったあと、みんなでいただきました。人類は長い歴史のなかで、仲間と同じ釜の飯を食べることで結束や共感を育み、人類の社会化と家族形成の基盤を形成してきました。大げさに聞こえるでしょうが、一緒に食事を用意して、一緒にいただくということは、とても大切な行為だと思っています。

▪️今日は、全部で5つのチームにわかれてお好み焼きをつくりました。私のチームには、2人、短大から編入してきた学生さんがおられました。この調理実習室も、短大時代に授業で使っていたので、実習室の使い勝手をよくわかっておられて、てきぱきと作業をされていました。その短大時代の授業の時から、調理をしながら洗い物も同時に行うことを教育されてきたので、とても助かりました。台所仕事がをてきぱきとこなしておられるので、「自宅でもやっているの」とお聞きすると、「家ではママがやってます」とのことでしたwww。それでも、いざというときは、今日のようにてきばきとされるのだと思います。短大から編入されてきたので、卒業要件に必要な授業をたくさん履修しなくてはいけないようです。今日も、1限から5限まですべて授業で埋まっているそうです。がんばってほしいと思います。

▪️ところで、小麦粉をけっこうつかっているお好み焼き、キャベツもたくさん入っていますが、なかなか糖尿病の老人(私のこと)にはいろんな意味でハードです。まず老人の胃袋には量が多すぎる。もうひとつは、小麦粉で血糖値が高くなるのが心配…ということなんですが、今日は特別の日だと思い、美味しくいただくことにしました。付け合わせには、サラダもついています。このサラダのトマトは、農福連携のプロジェクトからいただきました。学生さんが、軽度の知的障害をもった若者たちと交流しながら生産したものです。もちろん、無農薬です。こちらは安心して美味しくいただきました。

ブレインストーミングとKJ法

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▪️木曜日1限は「基礎ゼミナールA」です。今週と来週は、「これからの大学4年間をどのように過ごすのか」というテーマで、ブレインストーミングとKJ法を経験してもらうことにしました。大学の4年間は長いようで短いです。大学のカリキュラムや就職活動に心太(ところてん)のように押し出されていつのまにか卒業していた…というのでもったいない。そのような気持ちから、このテーマで取り組んでもらうことにしました。ブレインストーミングとKJ法の具体的な進め方については、立命館大学の教員の方が紹介されているサイトにもとづいて実施しました。

▪️みなさん、楽しそうにブレインストーミングに取り組まれていました。時々、爆笑もおきて良い雰囲気でした。上記のサイトでは、ブレインストーミングを「順番ブレインストーミング」と「質疑応答ブレインストーミング」にわけて説明されていますが、今日は「質疑応答ブレインストーミング」の途中まで進めることができした。中途半端ですけど。今日は、3名の方が体調不良で欠席されていたので(体調を崩す梅雨時ですからね…)、その3名の方たちに各グループで今日の成果を説明して理解してもらってから、「質疑応答ブレインストーミング」の続きを行います。そして「KJ法」に取り組みます。

▪️今日、こんな意見が出ていました。「私は風邪をひきやすい体質なので、健康に注意して、きちんと授業に出て単位をとれるようにしたい」だとか、健康に関していえばもうひとつのチームからは「時には不健康なことを思い切りやってみる」というのもありましたね。最後、どういうふうにKJ法でまとまるのか楽しみです。

近藤紀章くんとの再会

20260702kondo-kun.jpg▪️昨晩は、水曜日ということで、大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」で、ご常連の皆さなんとの「呑み」でした。打ち合わせをしているわけではないのてすが、水曜日に、どういうわけか集まってくるようになっています。そのようなご常連との呑みだったのですが、ひさしぶりの知り合いの方がお店に入ってこられました。ずいぶん昔からの知り合い、近藤紀章くんでした。

▪️あえて近藤くんと言わせてもらいますが、近藤くんとは、彼が滋賀県立大学大学院の博士課程に在籍しているときに出会っているます。もう、四半世紀ほど経っているのかな。元気に仕事をされているようですね。今は、滋賀大学 経済学部 / DS・AI・イノベーション研究推進センター 講師とのことです。ちょっと体格が良くなりすぎているのが心配ですが。体調管理、気をつけてね。

仰木地域共生協議会の交流会

20260701ogichikikyoseikyogikai.jpg▪️先週の土曜日も6月27日に、大津市伊香立にある「THE PLACE K」で、仰木地域共生協議会の交流会が開催されました。私も、協議会の理事、そして農作業をお手伝いするサポーターの1人として参加させていただきました。はじめてお会いする方もいらっしゃいましたが、いろいろ深いお話をすることができました。なぜ、この協議会の活動に参加しようと思ったのか、それぞれの方のこれまでの人生ともかかわっている理由があります。そのようなお話が伺えてありがたかったです。

▪️この仰木地域共生協議会は、農水省の「農村RMO」から補助金を受けている取り組みです。この「農村RMO」の目的ですが、①農用地の保全、②地域資源の活用、③生活支援のすべてに取り組むことにあります。このような協議会の「農村RMO」の取り組みは、「CSA」(Community Supported Agriculture:地域支援型農業) の考え方と非常に似通ったところがあります。それは、生産者(仰木)と近接する消費者(仰木の里)とが直接的な連携をおこなっている点、消費者がサポーターとして労働力を提供して生産プロセスへ関与している点、そして協議会が耕作放棄地を再生して有機農業を実践し、安全な農産物(野菜や棚田米)を地域に届けるようとする点です。生産者と消費者が力を合わせて有機農業に取り組むことについて、環境負荷の低い食を求める「CSA」の理念とも合致しているように思います。

20260701csa.jpg▪️しかしながら、異なる点もあります。「CSA」で多く見られるのは、消費者が年間・半年の前払いによって、豊作・凶作の「経営リスク」を農家と共有する点にあるそうです。相互の強い信頼関係・連帯関係がそこにはあるわけです。「農村RMO」である協議会も、他地域で行われている「農産物のサブスク」の様子や成果から学びつつ、将来の協議会の運営のあり方を事務局を中心に検討しています。もうひとつ異なる点は、「CSA」のように農業の継続と食の確保だけに限定せず、「農村RMO」である協議会では、地域の防犯・防災、伝統祭礼の保存、生活支援など、コミュニティ全体の維持も視野に入れて活動することになっています。協議会では、地域内の多様な組織が結集して活動を展開していきます。理事長をしている特定非営利活動法人「琵琶故知新」も、この協議会に参加しています。「琵琶故知新」の「びわぽいんと」というデジタルポイントの仕組みがこのような多様な組織が結集した協議会の活動をより活発にしていくための、いわば「地域インフラ」になっていけばということも、「琵琶故知新」の理事長として同時に願っています。

▪️以上のようにみていくと、私たちの協議会は、「CSA(地域支援型農業)を内包した、さらに広い福祉・生活型の地域運営組織(RMO)」といえるのかもしれません。そのような意味で、「仰木地域共生協議会」が日本の新しい都市農村交流モデルのひとつになっていくとよいなと思っています。というわけで、「CSA」のことをもっと勉強しなくてはと、『分かち合う農業CSA 日欧米の取り組みから』という書籍を注文してみました。今日あたり、大学に届いているはずです。勉強してみます。

▪️今日は、やっとこのブログのタイトルである「環境社会学/地域社会論 琵琶湖畔発」にふさわしい内容の投稿ができましたwww。

月1のクリニックと『暮らしの手帖』

20260701kurashinotecho.jpg▪️昨日は月1回の糖尿病の検査の日でした。一昨日は、歯の定期検査とお掃除。来週は、眼科の定期検査もあります。老人になるということは、こういうことなんですね。糖尿病も歯も眼も、気をつけて丁寧に付き合っているので、それぞれ今のところ問題はありません。

▪️昨日の検査、HbA1cは5.3でした。安定しています。ただし中性脂肪が少し高くなっていました。これは昼食のせいのようです。昼食で前の日の晩の料理の残りを食べたせいかな。安い鯖とパセリ・ニンニク・パン粉・トマトを使った料理でした。少し多めのオリーブオイルを使うのですが、医師からは「美味しそうですね。そのお料理のせいだと思いますよ」と説明がありました。昨日の歯の方も、ごく一部の磨き残しを除いて、大丈夫のようでした。糖尿病と歯周病、この両者は関係しています。どちらも万病の元なので、これからも気をつけていきたいと思います。

▪️さて、月1回の検査の楽しみは、自分の体調のことが数値でわかるということです。感覚的にはランニングでタイムを測るのと同じような感覚なのですが、わかりますかね。もうひとつの楽しみは待合室で『暮らしの手帖』を眺めることです。まずは料理関係の記事を読みます。他の雑誌と、料理のめざす方向が違っているような気がします。いずれの料理も、贅沢ではありませんが、丁寧につくられている、そのような印象です。それから様々な分野の方達のエッセイも楽しませてもらいます。販売される雑誌に掲載されわけですから、当然といえば当然ですが、みなさん文章がお上手だなと思います。羨ましい。

▪️月1の検査、血圧と体重を測定することに加えてというか、これが重要なのですが、血液を採取して臨床検査技師の方が分析をしてくださいます。その待ち時間が長いのです。その間に『暮らしの手帖』をながめるわけです。最近は、まず表紙から楽しんでいます。表紙のイラストは、藤本巧さんです。若いイラストレーターの方のようです。こちらでは、藤本さんの作品を味わうことができます。この表紙も含めて、『暮らしの手帖』は、雑誌全体から醸し出される雰囲気がとても好きです。子どもの頃から読んでいましたから、そのせいかもしれません。実家では、母が糖尿病を原因に視力を失うまで定期購読していました。だから、懐かしい雑誌でもあるのかな。

▪️いつも月1のクリニックでの検査の後、近くの薬局で薬を処方してもらいます。今日の薬剤師さんは、以前にもお話をした、おそらくは私と同年配の女性の方でした。その時は、HbA1cの数値を聞かれました。ということで、今日も聞かれるかなと思っていたら、案の定、聞いてこられました。毎日、たくさんの患者さんに会って話をされているので、私のことなど忘れておられるのでしょうね。

▪️HbA1cの数値をいうと、驚いておられました。前回もそうでした。また、きちんと糖質制限をしているからと伝えると、どんなものを食べているのかを聞いてメモされていました。ちょっとなんだかな〜という感じもあるのですが、逆にいえば、それほど糖質制限をすることが難しいということなのかもしれません。私はHbA1cの数値を下げることで「安心」できるように自分の中に心理的回路ができてしまったので、それほど糖質制限に苦労はありませんでした。外食に苦労するだけです。

▪️ということで、糖尿病の治療には、心理的な療法やサポートも必要なのではないかと素人としては思っています。調べてみると、実際に行っているところもあるようです。「認知行動療法」(CBT)、「動機づけ面接」(MI)、「マインドフルネス」…いろいろありますね。糖尿病は、合併症が出るまでは自覚することが難しいので、きちんと治療に取り組めない(心理的に拒否感がある)方達がおられるようです。私は、糖尿病と診断された結果、老後や最期の時期のQOLを相当悪くしてしまった母親を見てきたので、そしてそのような母親をみながら介護してきたました。母親が反面教師でしょうか。そのような経験も大きいのかなと思っています。すぐに治療に向けて前向きに取り組むスイッチが入りました。

龍谷ミュージアム シリーズ展「仏教の思想と文化 ―インドから日本へ―特集展示:仏教美術の聖なる怪物」

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▪️ シリーズ展「仏教の思想と文化 ―インドから日本へ―特集展示:仏教美術の聖なる怪物」。みなさん、ぜひ行きましょう‼️以下は、龍谷ミュージアムの解説です

また、特集展示として「仏教美術の聖なる怪物」を開催します。
仏教美術には、ほとけや神々に寄り添う少し変わった姿のいきものたちが表されています。釈尊を暴風雨から護ったナーガ(大蛇)や、説法に耳を傾ける鬼神など仏教説話にも多くのお話が伝えられています。今回の特集展示は、仏教美術を彩る名脇役、ひょっこり登場する“聖なる怪物”を取り上げます。

性的指向・性自認・性表現等(SOGIE)に関する龍谷大学の対応について

▪️本日、社会学部教務課長を通して、宗教部の安食真城課長より「「性の多様性に関する基本指針」の改訂について」というメールが転送されてきました。とても大切なことなので、ここでも共有しておきたいと思います。以下のリンクからお読みいただければと思います。

https://www.ryukoku.ac.jp/shukyo/committee/sexual_minority.html

NHKスペシャル「私の往生際 養老孟司が見つめた“生と死”」

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▪️この番組NHKスペシャル「私の往生際 養老孟司が見つめた“生と死”」を予約録画することにしました。番組では、養老孟司さんのがん闘病に密着して、養老さんが自らの命と向き合った先にあるもの浮かび上がらせようとしているようです。以下は、番組の概要です。

解剖学者・養老孟司、88歳。発行部数460万部を超える空前の大ヒットとなった著書『バカの壁』などでも有名な“知の巨人”に、2024年、悪性の肺がんが見つかった。
5年生存率は約10%。鋭く研ぎ澄まされた言葉で人間社会の本質を問い直し、人間の生死について探求を続けてきた養老さんは、自らの“命の限り”と対峙して、どのような新たな真理を見いだすのか-

▪️番組紹介の記事中にのように書いてあります。「かつての養老さんはこう語っていたー『がんになっても積極的な治療はしない。』『死ぬことは大した問題ではない。』しかし、最初の取材で目にしたのは、抗がん剤治療を受け、新たな治療法の開発に期待をにじませる姿だった」。お元気な時は、すでに死を理解し受け止める準備がきちんとできている心持ちでおられたのでしょう。しかし、実際に死がリアルに近づいてきたとき、生にこだわっている自分がいたということなのでしょう。そのことを、隠すことをせずに、番組の取材を許し、番組を通して多くの視聴者に揺れ動いているご自身を見せていく、その様子を広く知っていただくようにされている点が、養老さんのすごいところかなと思います。第三者の視点から「死」について語ることと、当事者として「死」受け止めることとはやはり違っていますから。

▪️以下は、記事中からの引用です。

病を得て、自分自身を生と死のはざまに置かざる得なくなった今、その内面にどんな変化があったのか?抗がん剤治療によって腫瘍が縮小せず、自らの命の限りと対峙する日々が続く中、養老さんがふと漏らした。
「死ぬってことは本当にあるのか?」
がん腫瘍の状態次第で、生と死の間を振り子のように行き来する養老さんの命。治療を続け、88歳の誕生日を迎えた養老さんは、新たな根元的な問いと向き合うことになる。
「自分は自分自身なのか?」 「自分はなぜ生き続けるのか?」
そして終盤、養老さんはこう語った。
「ひとりで生きているみたいに思ってたんだけど、そうじゃないんですよね」
闘病の果てに見いだした、死の意味、生の輪郭。日本を代表する知性がたどり着いた境地とは。養老孟司の生と死をめぐる思索が、私たちに深く問いかける。

▪️上記の引用で、注目したい部分を太字で強調しました。「ひとりで生きているみたいに思ってたんだけど、そうじゃないんですよね」。番組をまだ拝見していませんので、この太字のところの深い意味がまだわかっていませんが、広い意味での宗教的な境地に辿り着いたことに気が付かれたのかもしれません。真宗でよく言われる「後生(ごしょう)の一大事」とも関係しているのかもしれません。後生の一大事とは、「死後の行き先(魂の救済)」が最も重大で急ぐべき問題であることだということです。しかし、それは自分がここまで活かされたきたことを深く自覚することと関係しているように思います。多くの「ご縁」の中で生かされてきたことを深く自覚し感謝する。つまり、死んだ後に阿弥陀仏に救っていただき、お浄土へ導いていただくことに感謝し、自分がさまざまな「ご縁」のもとで、ここまで活かされたきたことに感謝すること。この両者はつながっているからです。番組のなかで、養老さんが、どのようにご自身の「死」を感じておられるのか、そことに注目したいと思います。

名前の漢字

▪️新聞を読んでいて、「子どもの名に『勒』新たなOK」という記事に目が止まりました。子どもの名前に使える漢字は、戸籍法によって決まっています。これまで、2999字だったのが増えたという内容です。今回は、「弥勒」の「勒」の字が認められたということのようです。この「勒」の字をめぐっては裁判にもなっているようです。裁判所の判断をきっかけとして使えるようになった漢字は、記事では以下の文字。

1973年 悠
1997年 琉
2004年 曽、獅、駕、毘、瀧
2009年 祷、穹
2015年 巫
2017年 渾
2026年 勒

▪️「悠」という漢字は以前は使えなかったんですね。びっくりしました。後輩の娘さん、指導する学生さんたちの中にも、悠という漢字を使った名前の方がおられます。そして皇室の皇位継承第2位のあの青年も。この漢字は、普通に見られるのですが、以前は「常用平易な文字」とは認められていなかったんですね。しかし、今回の「勒」では、「勒人(ろくと)」、「勒真(ろくま)」、「勒生(つとむ)」、「勒(あきら)」といった名前が考えられるようです。最近は、演習なんかで出欠をとるとき、漢字だけだと読むのが困難であったり、あるいは読みについて自信もてない名前が結構あるんです。まあ、こういう名前は、相手の記憶に強く残るかもしれません。私は、健一という凡庸な名前なので、間違われたことがありません。ちなみに、父は恵人です。「常用平易な文字」であるにもかかわらず、読み方が難しいく、読んでもらえない代わりに、取引先の方によく名前を覚えてもらって得をしていると言っていました。恵人と書いて、「めぐんど」と読みます。清人が「きよんど」、鉄人が「てつんど」というパターンと同じですね。

福岡県柳川市、滋賀県近江八幡市、そして田中吉政。

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▪️NHKの番組「ブラタモリ」、いつも興味深く視聴させていただいています。昨日は福岡県の柳川市の堀割がテーマでした。面白かったです。今日、初めて知りましたが、滋賀県近江八幡市と福岡県柳川市は、戦国時代と江戸時代の武将である田中吉政(たなか よしまさ)が城下町の整備をしているのですね。近江八幡は、豊臣秀次の筆頭家老であった田中吉政が城下町や八幡堀の整備を進めました。その後、関ヶ原の戦いでの功績によって徳川家康から筑後国を与えられ、吉政は柳川城に入り、城と城下町の整備を進め、そして堀割を整備しました。

▪️昨日の番組の最後の方で紹介されましたが、高度経済成長期に汚染した堀割を市民の力で復活させてきたことについても、近江八幡市と共通しているように思います。高度経済成長期、水道が暮らしの中に入ったことで、水利用のあり方は急激に変化しました。人びとが堀割や八幡堀に対する関心を薄めてしまったのです。というか、排水は堀割や八幡堀に流れ込むようになりました。しかし、田中吉政の都市計画のもとで生まれた、水辺環境と人びとの暮らしとの関係は薄くなってしまいました。堀割や八幡堀が街にとってこれまでのように重要なインフラではなくなってしまったのです。そして背中を向けて暮らすようになったのです。私の推測ですが、電気洗濯機が一般に普及したことが堀割や八幡堀の汚染を加速させたのではないかと思います。ただ、ここが大切だと思うのですが、街の中に歴史的な厚い蓄積があったからだと思うのですが、近江八幡市も柳川市も市民が立ち上がり、浄化に尽力して八幡堀と堀割を復活させることができました。

▪️ということなのですが、両市の間に、直接の姉妹都市のような関係はないようですね。ただ、両市とも、以前は「水郷水都全国会議」」に加盟されていたようですが、この全国会議が現在は開催されていないようです。

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