母校訪問(2) - 旧院長室
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▪️「母校訪問(1)」に投稿したように、この前の土曜日に母校である関西学院大学を訪問しました。関西学院大学同窓会滋賀支部が主催された「ヴォーリズが結ぶ、滋賀と関学の架け橋 滋賀のヴォーリズ建築遺産『保存の現場』を語る 公開フォーラム」と、そのフォーラムの前に実施されたキャンパスツアーに参加するためです。キャンパスツアーでは、関学建築学部教授の山根周先生にご案内いただきました(3段目左の男性)。まずは、関学のシンボルである時計台からスタートしました。その次は、本部棟にある旧院長室でした。学生の頃は、院長室というか本部棟に行く用事がありませんでした。普通の学生ですからね。
▪️旧院長室は予想していたよりも狭い部屋でした。部屋の中には、第4代院長を務められたC.J.L.ベーツ (コーネリアス・ジョン・ライトホール・ベーツ)先生が立っておられました。立っているとはいっても、等身大の写真の切り出しです。ベーツ先生は、1910〜1940年まで関西学院の発展に寄与され、学院の礎を築かれました。関学のスクールモットーである「Mastery for Servic」(マスタリー・フォア・サービス)を提唱されました。「私たちがマスターになろうとする目的は(それぞれの学問を極めることの目的は)、自分個人を富ますことでなく、社会に奉仕することにあります」と訳されています。( )は、私が付け加えたものです。ベーツ先生に関しては、こちらをご覧ください。
▪️2段目左の写真は、ベーツ先生が院長として執務されたいた机の背後にある窓です。この窓から、学生たちが様々な活動しているのを眺めるのがお好きだったようです。このような窓を設けたのも、設計者であるヴォーリズの何か意図があるのでしょうかね、よくわかりませんけれど。2段目右の写真。ベーツ先生が執務さめた机の上には、先生が戦争を前に、離日された時のお手紙が置かれていました。離日にあたっては、関学の関係者全員に対して、「Keep this holy fire burning」(この聖なる火を絶やさないように) という言葉を遺して帰国されました。
▪️3段目の左は、院長室の壁に設けられた「奉安庫」です。キャンパスツアーでこの「奉安庫」の説明を受けた時に、ベーツ先生はどう受け止められたのかが気になりました。関西学院大学の公式サイトには、「奉安庫」に関する説明があります。以下は、その一部を転載したものです。また、[ul=https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/202112/0014901138.shtml]こちらは、神戸新聞に掲載された「奉安庫」に関する記事です[/url]。
1936年、文部科学省から御真影奉戴に関して出張命令があり、C.J.L.ベーツ院長らが出頭し、翌年上智大学らとともに下付されることとなった。
その時点で、関西学院には奉安殿・奉安庫がなかったため、院長室内に奉安庫を設置し、37年2月に御真影が下付された。
その模様は「全校教職員学生生徒門前ニ堵列奉迎シ十二時十分奉安所ニ奉安シタ」と書かれている。
「御真影奉護規程」にもとづき、教職員が宿直・日直を志し、元旦、紀元節、天長節、明治節の式典で御真影の奉拝と教育勅語の奉読が行われた。
独特の抑揚をつけて行われる奉読は吉岡美国院長・名誉院長が担うことが多かった。
これらの記録は、『奉護日誌』に記録された。
▪️3段目右。第二次世界大戦後、1959年に来日されたときに授与された「名誉学位記」です。ベーツ先生が提唱された「Mastery for Servic」(マスタリー・フォア・サービス)に関しては、関学の公式サイトにとても丁寧な説明がありますので、それをご覧いただければと思います。こちらからご覧ください。
【追記1】▪️関西学院の公式の翻訳ではありませんが、ベーツ先生の手紙の翻訳です。間違っているかもしれまん。その場合は、お許しください。
関西学院大学
西宮市
関西学院大学卒業生の皆様へ 1940年12月15日
親愛なる友人の皆様へついに「さようなら」を告げる時が来ました。11月22日、ベーツ夫人と私は12月末にカナダへ出発することが決定しました。この決定を深く残念に思っております。30年近くもの間、私たちの故郷であった関西学院を離れるのは、私たちにとって大きな悲しみです。まるで故郷を離れるような気持ちです。しかし、そうすることが正しいのです。関西学院での私の仕事は終わりました。神の導きのもと、そして教職員と学生の皆様の献身的な協力のおかげで、私はできる限りのことを成し遂げました。共に過ごした時間は本当に素晴らしいものでした。信頼、相互尊重、そして心からの愛情が、私たちの関係を支えてきました。私たちは、互いの違いを意識することなく、共通の目標に向かって深い一体感を抱きながら、共に生活し、共に働いてきました。主イエス・キリストの御霊が私たちと共にあり、私たちを支えてくださったのだと思います。
関西学院での私たちの学生生活の間、皆さんは私たちに大変親切にしてくださり、あらゆる礼儀を示してくださいました。私たちは平和と善意に満ちた雰囲気の中で過ごしました。今、私たちがここを去るにあたり、皆さんが長年にわたり私にしてくださったのと同じように、新しい学長と学部長にも手を差し伸べてくださるようお願い申し上げます。私たちは、大きな、そして成長し続ける家族の一員であり、信頼、協力、そして愛という黄金の鎖で結ばれた兄弟姉妹です。神が皆さんの心、家庭、そして仕事に祝福を与えてくださいますように。
日本を離れ、カナダに永住することは、私たちにとって非常に辛いことです。私たちは38年前にこの美しい国にやって来て、ここでの生活は私たちに多くの喜びをもたらしてくれました。日本で4人の子供を授かりました。しかし、彼らは今や太平洋の向こう側にいます。私たちも年を重ねるにつれ、彼らに近づくのは当然のことのように思えます。特に、ご存じの通り、ここ数年私たちの健康状態が思わしくないことを考えると、なおさらです。
関西学院での生活の貴重な思い出は、私たちの心に永遠に刻まれるでしょう。私は皆さんのことを心から愛していました。皆さんは私にとって、まるで自分の息子のような存在でした。皆さんもそれを感じてくれていたと思います。なぜなら、皆さんはいつも私に優しく接してくれたからです。皆さんの家を訪ね、奥様やお子さんたちに会って、人生の大小様々な悩みについて語り合いたいと切に願っています。しかし、それはもう叶いません。それでも、私たちは心の中で、霊的に繋がっています。私たちには大きな使命があります。それは、利己的で罪深いこの世界に唯一の希望である、無私の精神を世界中に広めることです。
神のご加護が、皆さんの人生にありますように。
心から、そして永遠に。
あなたの友
C・J・L・ベーツ
▪️ゴシックの太字にした部分は、私が付け加えたものです。特に、最後に書かれている、「利己的で罪深いこの世界に唯一の希望である、無私の精神を世界中に広めること」という部分が心に響きました。ベーツ先生が、現代社会の状況、今の世界をもしご覧になったときに、どのようなことをおっしゃるのかなと想像しました。おそらくおっしゃることは変わりなく、より力強く語られるのではないかと思いました。また、このベーツ先生のお手紙に書かれていることは、関西学院大学を設計したウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計の背後にある精神とも愛通じていると思いました。
【追記2】▪️上記にリンクを貼り付けた神戸新聞の記事に、以下のように書いてあります。
兵庫県内の学校では、関西学院大のほか、豊岡高校(豊岡市)など10カ所に、奉安殿や奉安庫が現存するとみられる。神戸高校(神戸市灘区)には全国的にも珍しく、奉安庫と、式典で御真影を掲示した「奉掲所」の二つが残るという。
▪️神戸高校は、戦前の神戸第一中学校のときの建物が残されています。そのため、奉安庫が残っているのだと思います。私は高一の時に、広島の県立高校から神戸にある兵庫高校に編入したのですが、編入試験に合格したあと、校長室に呼ばれてそのときの校長から奉安庫の説明を受けたことを記憶しています。奉安庫など知らなかったので、少し驚きの気持ちで受け止めたのだと思います。兵庫高校は、私が在籍した当時はまだ戦前からの、神戸第二中学校の時からの建物を使っていました。そのようなことから、奉安庫が残っていたのだと思います。ちなみに兵庫高校の建物は、1994年に建て替えられました。