『トレーディング・ゲーム: 天才トレーダーのクソったれ人生』(ギャリー・スティーヴンソン)
▪️朝日新聞で「社会吸い尽くす富豪「まるでブラックホール」敏腕トレーダーの格差論」という記事を読みました。この記事を読んで、この方の執筆された『トレーディング・ゲーム 天才トレーダーのクソったれ人生』、読んでみようと思いました。本書の概要は以下のとおりです。
東ロンドンの貧しい労働者階級の家庭に生まれたギャリーには、並外れた数学の才能があった。LSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)在学中、金融取引を模した大会「トレーディング・ゲーム」で全国優勝を果たし、人生逆転の切符をつかみ取る。かつてドラッグ密売で高校を退学させられた少年は天下のシティバンクに就職、FXトレーダーとなった。
金融街カナリー・ワーフの摩天楼でギャリーを待っていたのは、激務、脅迫、向精神薬にまみれた業界の狂気的な日常、そして資本主義の虚無だった。リーマンショックや東日本大震災など未曽有の出来事が世界を襲うたび、経済の先行きを精確に予測し大金を稼ぎ出すが、それと裏腹に心身はすり減っていき……。
▪️さて、新聞記事に戻りましょう。以下のような筆者の説明を読むと、本当に力が抜けていきます。この書籍の著者であるギャリー・スティーヴンソンさんは、ご自身が貧しい階級の出身者であるが故に、周りの裕福な階級のトレーダーたちとは異なり、現実社会に対する鋭い気付きがありました。その鋭い気付きがあったが故に、大儲けをすることになります。他のトレーダーたちは、「理論上の『平均的な経済人』の分析はできても、庶民の暮らしや経済の実態を把握できていなかった」のです。
「私は大富豪と仕事をしてきたのでよくわかりますが、彼らは有り余るカネを消費しきれず、不動産や株、金などの資産を買いあさる。それも、低金利のマネーで元手を膨らませて。富豪はブラックホールのように社会の富を吸い上げ、あらゆる資産価格をつり上げ、その結果、ますます豊かになりました」
「そのあおりで、庶民は家も買えない社会になってしまった。社会の資源をめぐって、富豪たちは庶民のあなた方と競争しているわけです。土地も、食料も。そして『専門家』とされる賢い人の労働力もです。確かに私は小金持ちにはなりましたが、それは、大金持ちがもっと大金持ちになるのを助けたからです」
▪️スティーヴンソンさんは、大金を稼いだわけですが、同時に、自分自身の生き方に強い疑問を持つようになります。「人々の生活が崩壊し、将来が悪くなることに賭けてもうけるのはもう十分という気持ちも」生まれてきたことから、トレーダーの仕事を5年で辞めて、大学院に通い、経済解説の仕事を始めました。お金を稼ぐ過程で、この世界のある意味で残酷な「本質」のようなものをうんざりするほど知り尽くすことになったのでしょうね。
▪️スティーヴンソンさんは、メディアのことにも注意を喚起します。イーロン・マスクさんがヨーロッパの国々の排外主義的な右派に肩入れしたり、トランプ大統領が「移民の危険性を喧伝(けんでん)してみせるのは、『問題は自分たちの内側ではなく外国にある』と人々に思い込ませたいから」だというのです。マスクさんはtwitterを買収してXにしました。トランプ大統領も、自分のSNSを持っています。また、米FOXニュースを立ち上げ、米紙ウォールストリート・ジャーナルなども傘下に収めたメディア王とよばれるルパート・マードックさんや、ワシントン・ポストを個人で買収した米アマゾン創業者ジェフ・ベゾスさんのように、メディアを手中に収めるのは、スティーヴンソンさんによれば「金持ちのために、彼らが人々に信じ込ませたいストーリーを流」したいからではないのかということになります。
▪️スティーヴンソンさんは、「このまま不平等が拡大すれば、超高級か超貧相か、その両極端のサービス」しか無くなってしまうと言います。また、「格差は一度広がりだしたら止まらず、放っておけば、いずれ極限まで行き着」くというのです。極端な非常に大きな階層格差がますます固定化されていくのです。能力の高い優秀な人でも、「社会のためではなく、富豪のために財産を管理することが、賢い人の主な仕事に」なり、それは「貧しい人からカネを巻き上げ、金持ちにさらに集中させる仕事」でもあるというのです。このように不平等が拡大していく中で、「人々の生活は破壊され、排外主義が高まって」ゆく過程を、スティーヴンソンさんは「ファシズムにつながっていった1930年代と今との類似点を見いだすのは、歴史の学生でなくてもできることです」と語っています。
▪️ではどうすればよいのか。スティーヴンソンさんは、富裕層に富裕税をかけることだといいます。そして、労働所得への課税を軽くし、資産に重い税を課すのがポイントだというのです。確かに、その通りなのかもしれませんが、日本の社会を見てもわかるように、政府はそのような方向に国家の運営を向かわせません。むしろ、税制度は逆の方向に作用しているように思います。なんとも憂鬱になります。
▪️ただ、記事の最後でスティーヴンソンさん、次のように語っています。絶望の中から垣間見えてくる希望なのかな。
英国のフードバンクを訪れたとき、最も貧しいであろう人々が、ウクライナ向けの支援物資をせっせと箱詰めしていました。たとえほんのわずかしか持っていなくとも、人々はより良い未来のために団結し、声を上げ、働けるということです。今とは違う未来があると示すことが、これからの私の仕事だと考えています。
▪️極限までに格差が拡大する中で、そして気候変動による災害・戦争・パンデミックにより社会(市場や国家)がクラッシュしていく中で、人びとの団結から新しい社会の契機が生まれてくる、そこに期待されているのかと思います。それは、哲学者の柄谷行人さんが『力と交換様式』の中で述べている「D」の到来、遊動的なアソシエーションのかすかな兆しなのかもしれません。