盛岡さわや書店のブックカバー
▪️いろんなことが日程に目詰まりしてきました。厳しい。しかし、勤務している社会学部が深草キャンパスに移転するというとことで、引っ越しの準備が大変な状況になっています。研究室には、大学に与えられた書架では足らなくて、自分で書架を持ち込み書籍を保管しています。それから、備品のキャビネットの中には調査資料が山ほど入っています。大学に与えられた書架に入っている書籍は、引越しの業者さんが梱包して、深草キャンパスに移動し、新しい研究室の書架に配架してくれことになつていますが、それ以外の書籍や物品等は全て私の方でやらなくてはいけないことになっています。これがとても大変なのです。というのも、処分するかどうかも判断しながら梱包するからです。処分するものについては、ナイロンの紐で結んで、然るべき場所に運ぶことになっています。この作業のおかげで、先日は、一日で13,000歩、今日は8247歩歩くことになりました。まあ、たいした歩数ではありませんが。
▪️そのような作業のその途中で、四半世紀ほど前の「さわや書店」のブックカバーが出てきました。盛岡の皆さんならば、「ああ!」と思われるでしょうね。みつけた時、とても嬉しかったです。忘れていましたが、貴重な資料として大切に保存していたのでしょう。端に広告も出ています。「さわや書店」本店が入ったビルの上にある「元祖キムチ納豆ラーメン」が名物の「柳家」さんです。とても懐かしいですね。どうして、「さわや書店」は、このようなブックカバーを作成されたのか、とても興味深いですよね。ぜひ、「さわや書店」のこちらのページをお読みください。
▪️「さわや書店」の「さわや書店のブックカバーについて」のページを読むとこのように書いています。
さわや書店のブックカバーは、本店の所在地であり
創業の地でもある盛岡大通商店街の地図を使用しておりました。
それは、ここから始めた原点を忘れず、
地域と本への感謝と敬意を表現したものであります。
そしてこの度、創業70周年を機に
新たなデザインのブックカバーを作りました。
デザインは一新しましたが、
表現しているものは根源的に同じ思いです。
これについてはぜひ店頭で現物をお確かめください。
▪️ 「さわや書店のブックカバーについて」には、平成13年、平成8年、昭和32年のブックバーがご覧いただけます。それぞれのカバーに書かれている店名を丹念に確認していくと、盛岡の街の変化が伝わってきます。もし、ご関心があれば丹念にご覧になってみてください。私が盛岡に暮らしていたのは、1998年4月から2004年3月まででした。当時は、地域調査実習という実習で、学生たちと盛岡市の中心市街に出かけて、特に景観問題を中心に調査をしていました。その時、盛岡の大通りの変化についてもいろいろ聞き取り調査を行いました。たしか「さわや書店」の社長さんにもお話をお聞きしたはずです。
▪️「以前は、家具、鞄、靴といったちょっと高めの商品を扱う店が多く並んでいた。その頃は、飲食関係は裏通の方にあったのだが、それが大通りにも出てくるようになった…」、そのようなお話をお聞きした記憶があります。2003年には、盛岡市の郊外にイオンモールが誕生し、大通りのような従来からの中心市街地が寂れていくのではないか心配されていました。「さわや書店」も大通りから移転するのでは…という噂も耳にしました。でも、今でもきちんと大通商店街に本店があります。地元、岩手県関係の書籍をたくさん販売されていたと思います。