川崎市民ミュージアム「生きるアート 折元立身」

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■残念ながら、行くことができません。土曜日は長浜市でシンポジウム、日曜日は老母の見舞いと介護。本当に、残念です。

「生きるアート 折元立身」

折元立身(1946年川崎生れ、川崎市在住)は、パフォーマンス・アーティストとして、ヴェネチア・ビエンナーレを始め現代美術の前線で、40年以上に渡り、国際的な活動を繰り広げてきました。その作品は、ひとを驚かせるユニークな発想に満ちています。90年代には、顔一面にフランスパンを付けた異形で世界各地を旅し、現地の人々と交流した「パン人間」の路上パフォーマンスで注目されます。90年代後半には、自身が介護するアルツハイマー症の母を作品に登場させた「アート・ママ」のシリーズで世界的に知られるようになり、愛する母とのコラボレーションによる作家活動としてテレビや新聞・雑誌などでも取り上げられました。

折元の作品は、さまざまなひとびと(世界各地の道行く人々、介護する母、おばあさんたち、入院している人々…)との即興的なふれあいを通して生まれます。ふれあいの対象は、人間にとどまらず動物たち(うさぎ、豚、鶏、アルパカ、あひる、魚…)にまで及び、生きとし生けるものとのコミュニケーションをアートにするという独創的な世界を切り開きました。

本展では、著しい進境を見せた1990年代から今日までとどまることなく繰り広げられてきた折元の創作の軌跡を、映像、写真、グラフィック、ドローイングといった多彩な表現で紹介します。

「日本の海岸線をゆく」

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■会議が始まるまえ、経営学部のN先生からいただきました。ありがとうございました。写真展の案内です。タイトルが素敵ですね~。『日本の海岸線をゆく-日本人と海の文化』です。

『日本の海岸線をゆく-日本人と海の文化』

公益社団法人日本写真家協会 創立65周年記念写真展『日本の海岸線をゆく-日本人と海の文化』

 日本写真家協会では、これまで写真を通して記録と表現の両面から現代史を概観する数々の写真歴史展を開催してきました。日本写真家協会創立65周年を記念する周年事業の核となる今回の写真展は、日本の海岸線を手がかりに、日本の「今」を見つめ直してみようというものです。ユーラシア大陸の東縁に沿って連なる数多くの島々からなる日本列島とその国土は、東西南北それぞれ3,000キロにも及ぶ広大な領域を有し、それ故、その海岸線は総延長35,672キロ(平成24年・国土交通省)に達し、世界でも有数の延長線です。本展では、その長大な海岸線を辿り、海の風景、漁業や漁港・港湾、工場や工業地帯、更には、祭り、観光、民俗、歴史、史跡など人間の暮らしや営みを通じて、日本人と海の文化をビジュアルに探ります。

【主催】 公益社団法人日本写真家協会
【共催】 東京都写真美術館/国際交流基金
【後援】 国土交通省/文化庁 
【特別協賛】 富士フイルムイメージングシステムズ/ニコン/ニコンイメージングジャパン/キヤノンマーケティングジャパン
【協賛】 タムロン/オリンパス/シグマ/東京カラー工芸社/フレームマン/堀内カラー/キタムラ/学研プラス『CAPA』編集部/
     日本写真家協会賛助会員各社・特別協賛会社ほか

Akira Yoshimura Works ― 吉村朗写真集 ―

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■大隅書店から「Akira Yoshimura Works ― 吉村朗写真集 ―」が発売されています。私自身、写真集が好きなのですが、堅い雰囲気といいますか、緻密なコンセプトにもとづいて撮られたものについては、自分自身、あまり関心が向いてきませんでした。この吉村朗の写真集については、関係者の方から、大変丁寧にお話しを伺ったこともあり、購入することにしました。以下は、大隅書店の解説からの引用です。

吉村が挑んだ“新たな物語”のための写真 ― それは、まさに実験であった(深川雅文「闇の光 吉村朗の軌跡」より)。1980年代半ばより都市のスナップ写真家として脚光を浴びた後、1990年代に大きく作風を変え、日本近代という怪物をめぐって自己の実存と歴史のあり方を重ね合わせ問い掛ける問題作を発表し、内外の注目を集めた吉村朗。馴化されず、媚を売らず、自らの道を突き進んだ、孤高の写真家の待望の作品集、遂に刊行!

吉村 朗(よしむら・あきら)
写真家。1959年6月3日、福岡県門司市(現・北九州市門司区)に生まれる。本名は吉村晃(1991年頃、朗に改名[通称])。1978年3月、福岡県立門司高等学校卒業。同年4月、日本大学芸術学部写真学科入学。1982年3月、同卒業。同年4月、東京綜合写真専門学校研究科入学。1984年3月、同卒業。1980年代半ばより、都市のスナップ写真家として脚光を浴び、その後、歴史的事象を追った諸作品を発表して注目を集める。主な写真展に、「分水嶺」(銀座ニコンサロン、1995年)、「新物語」(「現代写真の母型1999 IV 鈴木理策/吉村朗」川崎市市民ミュージアム、2000年)、「u-se-mo-no」(イカズチ、2004年)、写真集に、『SPIN』(Mole、1999年)がある。2012年6月2日、逝去。

■写真集そのものについては、関係者の方から拝見させていただきました。説明を受けながら拝見すると、心のなかにズーンと重い衝撃がありました。吉村朗の解説については、川崎市民ミュージアム学芸員の深川雅文さんが、「Commentary 闇の光 吉村朗の軌跡」を書かれています。この解説を拝見しながら、写真集からの重いメッセージを、再度、深く受けとめたいと思います。

総天然色!! 昭和30年頃の大津 -国産最初期のカラー写真でみる町の記録-

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■今日は、「大津市都市計画審議会」でした。審議会が終了し、市役所の建物の外に出ると、道路沿いの掲示板に目がいきました。大津市歴史博物館の特別展のポスターです。「総天然色!! 昭和30年頃の大津-国産最初期のカラー写真でみる町の記録-」。いいですね〜。素晴らしい。以下は、ネット上のこの特別展の情報を引用させていただきます(トップの画像はその一部です)。

【概要】
 本年3月、故 西村榮次郎氏が撮影した古いカラースライドが、大津市歴史博物館に寄贈されました。全139枚にもおよぶスライドの中には、昭和30年頃の大津市内各所の様子が鮮明なカラー写真で残されていました。日本におけるカラーフィルムは、すでに戦前に国産第1号が販売されていましたが、本格的に普及しはじめるのは、この写真が撮られた昭和30年頃からだといわれています。また、当時はフィルムが非常に高価だったこともあり、これらの写真は大変貴重なものだといえます。
 本展では、大津市中心市街地の町並みをはじめ、市内の社寺等の観光地の写真。また、大津市制60周年記念式典の様子やビワコ一周自転車競走などの行事の写真など、厳選した約50点を展示し、総天然色で再現された、今から60年前の大津の町並みや暮らしの様子をご覧いただく写真展です。

【撮影された写真の特徴】
 写真は、35㎜カラーポジスライド、139点、撮影年代は昭和30年~36年頃です。多くは、「観光大津」という小箱に収納されており、当時の大津の魅力をスライド上映用にまとめたものが中心です。 この時期は、大津に駐留していた在日米軍が、キャンプ大津からの撤退した年(昭和32~33年)にあたります。また、昭和33年は、大津市が市制60周年を迎えた年でもあります。その意味では、まさに大津にとっての戦後が終わり、高度経済成長期に向かって歩み始めた過渡期に撮影されたものといえます。写真の中には、それら町の移りかわりが随所に記録されています。

■私自身は昭和33年生まれなので、かろうじて「懐かしい風景」といっても許されるかもしれません。もちろん、当時、大津には来て記憶しているわけではありません。写真の中に埋め込まれている時代の雰囲気が懐かしいのです。ただ、カラー写真だとある種の生々しさがあります。そこが不思議な気持ちにもさせてくれます。そう、昔は「総天然色」っていいましたね〜。【撮影された写真の特徴】には、米軍が撤退して大津の戦後が終わり、これから行動経済成長期が始まる過渡期だと書かれています。とても興味深いですね。1枚1枚の写真ごとに、たくさんの発見があるのではないかと思います。ぜひ、観覧してみたいです。ちなみに、場所は、大津市歴史博物館ではありません。ゼミの「北船路米づくり研究会」がいつも野菜を販売させていただいている丸屋町商店街の「大津百町館」が会場になります。お間違いのないように。

タイトル	総天然色!! 昭和30年頃の大津
会期	平成26年 3月23日(日)~3月30日(日)
期間中の休館日	3月24日(月)
会場	大津百町館(大津市中央1丁目8-13・丸屋町商店街内)
主催	大津市歴史博物館
協力	大津の町家を考える会
観覧料	無料

今森光彦写真展

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■昆虫や里山の写真で有名な今森光彦さんの写真展の案内が届きました。開催されるのは栃木県の宇都宮美術館。ちょっと…遠いですね。関東になにか用事がないとなかなかいけないように思いますが、とても素敵な雰囲気の案内チラシでしたので、少しご紹介をしておきます。

宇都宮美術館の公式サイトでは、この企画展について、以下のように解説されています。

1954年、滋賀県に生まれた写真家、今森光彦。 今森は、幼少期から昆虫の生態と美しさに魅了され、世界中の昆虫を撮り続けてきました。 その写真表現は、いわゆる生態写真とは異なり、卓越した構成力に基づき、個々の昆虫の表情を感じさせるような独特の魅力を有しています。 本展覧会では、代表作「世界昆虫記」と「昆虫記」を中心に200点あまりを展示します。 今森自身が昆虫を「被写体である以前に、常に敬意を払うべき生命」と語っていることが示すように、昆虫という生命の驚異と神秘を感じ取れる展覧会です。

アンリ・カルティエ=ブレッソン展

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京都の何必館・京都現代美術館で、「一瞬を永遠に変える-アンリ・カルティエ=ブレッソン展」(3月26日~5月26日)が開催中のようです。アンリ・カルティエ=ブレッソン(1908~2004)は、大変著名なフランスの写真家です。これも行っておきたいな〜!!「ゴッホ展」と同時に行きますかね。

ハービー・山口写真展(滋賀県立近代美術館)

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■今日は、3月31日。2012年度最後の日でした。日曜日でしたが、瀬田キャンパスにある研究室にいかなくてはいけませんでした。といのも、「大津エンパワねっと」関連の原稿や、大学院の新旧執行部会議(引き継ぎ)関連の資料を作成する必要があったからです。日曜日ですし、自宅で休養したかったのですが…現実は、なかなか厳しいです。

■しかし、研究室に向かう前に少し寄り道をして、「気分転換」をすることもできました。瀬田キャンパスに隣接する文化ゾーンと呼ばれるエリアにある滋賀県立近代美術館で開催されている「ハービー・山口写真展」で素晴らしい写真を観覧してきたのです。たまたま、facebookのお友達から、昨日がこの写真展の最終日であることを教えてもらい、行くことができました。ギリギリ間に合いました。

■私は、ハービー・山口さんのことを存じ上げませんでした。福山雅治さんなど、国内アーティストとのコラボレーションで有名な方のようですが、写真展では、山口さんが撮られた、国内外、普通に生きる市井の人びとのスナップ写真にひきつけられることになりました。山口さんは、生まれてまもなく脊椎カリエスという病気にかかりました。高校生の頃まで、ずっと石膏のコルセットをされていました。幼稚園は腰痛と体力不足でいけず、小学校も体育はずっと見学をされていました。ときには、今でいういじめのような目にもあわれたようです。いつも、周りから疎外され、居場所がなかった。たいへん辛い思いをされたようです。しかし、山口さんは写真をとおして、自分の生き方、そして自分が何故写真を撮るのかに少しずつ気がついていかれるのです。「自分の、そして人の心を優しくする写真を撮ってみたい」と考えるようになるのです。

■『僕の虹、君の星 ときめきと切なさの21の物語』というフォト・エッセー集に、こう書かれています(p.91)。
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中学1年の登校拒否の頃を振り返って、その原因を考えると、それは、寂しさからくる自信のなさ、自信のなさからくる孤独感、そして人より劣っているという失望感だった。そんな僕の心の叫びをわかってくれる人が、あの頃身近に1人とていなかったのは事実だった。誰か1人でもそんな人を、僕は無意識にずっと探していた。

今になって思えば、こうした経験が現在写真を撮る時、憧れていた人の心の美しさや優しさを撮ろうと、僕を駆り立てる感性となって味方してくれているのである。人生の中には、ハンディキャップだと思っていたことが、ある時点で、突然長所に転じ、自分の味方になってくれることがある。自分のやりたいことを探し、自分を最大限に生かせる場所を探すのが人生の旅だとすれば、自分の個性を磨き続けることは人生の螺旋階段だ。さらに上のレベルへと登る階段なのである。決して諦めてはいけない。いくつになっても登り続けなければならない。自分と語れる多くの友がどこかにいて、そして自分をもっと生かせるまだ見ぬ場所が、必ずどこかにあることを信じて。
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■このエッセー集のなかには、次のような話しもあります。山口さんは、大学卒業後、ロンドンに行きます。パンクが爆発的に流行していた時期です。極東の島国からやってきた自信のない山口さんは、1人イギリスの若者の言葉に救われます。「私たちが、いくら髪を染めて化粧を上手くしたからって、あなたの自然の黒い髪や茶色い瞳の色はまったく真似が出来ないものなのよ…それを持っているあなたがうらやましい…」。そのとき山口さんは、「自分が生まれ持っている個性に誇りと自信を持つこと、その個性を磨くことが人生なのだ」と気がつくのです。

■山口さんは、写真家ですが、文章も大変お上手です。私は、『僕の虹、君の星 ときめきと切なさの21の物語』を一気に読んでしまいました。感動しました。山口さんの撮られた写真と、書かれた文章とが見事にシンクロしていました。

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