第67回大津市民駅伝競走大会(1)
▪️昨日は「第67回大津市民駅伝競走大会」が開催されました。龍谷大学からは、全部で6チームが出場しました。全体では、18チームですから、そのうちの1/3が龍大のチームです。それぞれのチームが6人で走ります。結果ですが、以下の通りです。
4位 龍谷大学教職員チームA 1:23:31
11位 龍谷大学教職員チームB 1:37:00
12位 龍谷大学チーム理工 1:37:18
14位 龍谷大学農学部SP 1:44:38
15位 龍谷大学教職員チームD 1:48:13
18位 龍谷大学教職員チームC 1:57:38
▪️毎年、ライバルチームは、「大津市役所ランナーズクラブA」だったのですが、今年は少し様子が違っていました。新たに、「大商OB」(大津商業高校のOBの皆さん)、それから滋賀県内でトレイルランニングに取り組む「シガウマラ」が加わったからです。ちなみに、1位は「シガウマラ」で1:20:49、2位は「大津市役所ランナーズクラブA」で1:23:31、3位は「大商OB」で1:21:54でした。
▪️この駅伝競走大会には、龍谷大学から15人の応援隊の皆さんも参加されました。みなさん、お疲れ様でした。私はといえば、大会には行かずに、その後の打ち上げからの参加になりました。走ってもいないし、応援もしていないのですが、宴会だけには参加です。すみません。昔は、2013年度の「第55回大津市民駅伝]と2014年度の「第56回大会には参加していたのですが…。もう10年以上昔のことです。右の写真は2013年度の時のものです。あの頃は、フルマラソンを走ろうとしていましたから、まだ元気がありました。ただ、マラソンとは違って、駅伝は短い距離でも限界にまで自分を追い込んで走らないといけないので、前期高齢者にはもう無理なように思います。心臓と肺は、すでに老人のそれに戻っていますし。もっとも、今回18位だった龍谷大学教職員チームCの中には、私よりも一つ年上の職員さんがおられました。すごいですね。
▪️打ち上げですが、2013年までは石山駅前の焼肉屋「麗門」でしたが(すでに閉店されています)、確か2014年からは大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」になったような気がします。それ以来、ずっと「利やん」で打ち上げをやっているのではないですかね。参加者の皆さんも、この打ち上げが目的のようなところもありますwww。楽しい時間を過ごすことができました。
▪️これまでは竹之内 正臣の監督は竹之内 正臣臣さん(教学部)でしたが、来年度からは城智哉さん(学長室)に交代します。城新監督になってからも、こういった職場のつながりを大切にする駅伝大会への参加がずっと続いてほしいと思います。
いのちと平和を考える特別公開講演会・シンポジウム 「歴史の忘却に抗して- ガザのジェノサイドと私たち」
▪️龍谷大学宗教部からのメールが転送されてきました。1月15日に開催しました特別公開講演会・シンポジウム「歴史の忘却に抗して- ガザのジェノサイドと私たち」(岡真理 早稲田大学教授)の講演、ならびに入澤崇学長と久松英二教授を交えたシンポジウムの様子をYouTubeにアップしたので視聴してもらいたいという内容でした。岡真理さんはアラブ文学と第三世界フェミニズムがご専門です。来月の中頃まで視聴することができるようです。
▪️岡さんは、この特別記念公演の最初の方で、以下のように話しておられます。私たちは、厳しく問われているのです。
ガザの人々が私たちに問いかけているものというのは、「私たちガザのパレスチナ人というのは人間ではないのですか」、と「私たちはあなたたちと同じ人間ではないのですか」ということです。でもガザのパレスチナ人が、私たちと同じ人間であるなどというのは当然のことです。問うまでもありません。あるとすれば、これは翻って言えば、「この私たち自身は人間であるのか」ということです。あるいは「人が人間であるというのは一体どういうことなのか」ということ。
▪️公演の中では、2023年10月7日の攻撃が開始された直後に、当時のガラント国防大臣が、「我々が戦ってる相手(パレスチナ人)というのはヒューマンアニマル、人間動物なんだと、だからそれに見合った処遇をするんだと、食べ物も燃料も医薬品も入れないということを言ったわけです」と説明されます。「飢え」を武器に使うことで、病弱な子どやたちが飢え死に死なせていくわけです。実際、公演では飢えで究極までに痩せほそり亡くなられた子ども写真を拝見しました。ガラント国防大臣は、自分たちが引き起こしている暴力を正当化するために「ヒューマンアニマル」という言葉が使われているように思います。言葉による非人間化です。ここでは、人権を侵しているという感覚は失せてしまっています。
▪️ここで、自分たち日本人は平和な国に暮らせてよかった…と思っていると、それは暴力だと岡さんは説明されます。ノルウェーの平和学の父と呼ばれている ヨハン・ガルトゥングさんが、平和というのは戦争ではなく戦争がないだけではなく、暴力がない状態のことなんだと再定義し、さらに暴力も3つに分類します。ひとつめは、戦争のような物理的な破壊や殺傷を伴う直接的暴力。ふたつめは、貧困や差別など構造が生み出す構造的暴力。三つめは、文化的暴力です。それは、無知や無関心が引き起こす暴力です。岡さんは、「イスラエルで何が起きたのか、そしてそれ以降ガザで何が起きているのか」の有様と本質、この出来事の文脈や歴史的背景を、日本も含めた西側諸国の主流は世界に伝えていないが、これは文化的暴力なのだと批判されます。もし、文脈や歴史的背景もふくめて批判的に言った途端、「反ユダヤ主義」とレッテルを貼って批判を封じようとするらしいのですが、これも文化的暴力です。
▪️日本のジャーナリズムは、直接的暴力にしか注目せず、停戦になったとしても、構造的暴力が続いているにもかかわらず、報道をしなくなってしまう。岡さんは、これも文化的暴力だと批判されます。そして、ガザで起きている事態が「21世紀のホロコースト」と呼んでも過言ではない状況であるにもかかわらず、そのことを知らない、知らないがゆえに関心を持たないと批判されています。停戦になっても、ガザで暮らし続けていくための基盤(食料、医療、教育、住宅、環境、文化、歴史、知識・知識人…)を根こそぎ破壊するための暴力が継続されているのですが、このまさにジェノサイドが継続されているということを報道しなくなることで、私たちも無関心になってしまう。そのような文化的暴力を強く批判されます。
ガザで起きている事態が 21世紀のホロコーストと呼んでも過言ではない状況である、にもかかわらず、そのことを知らない、知らないがゆえに関心を持たない、そして本来自分たちがこの出来事にどのように関わっているのかということも知らず、無関心なまま行動を起こさない、それによってこの事態を支えている私たちもまた、私たちの意思にかかわらず、この文化的暴力の行使者加害者になって、させられてしまっているということになります。
▪️この続きは、実際にYouTubeの公演をご覧になってほしいと思います。おそらくですが、2月の上旬までは視聴できると思います。
卒業生が訪問してくれました。
▪️今日、10年前、2015年の3月にに卒業したゼミ生が訪ねてきてくれました。Sくんです。このサイトの「卒業論文」をご覧いただけば、誰だかわかりますね。
▪️新卒で就職した企業を2年半で退職し、別の企業に再就職されました。ですから、もう8年近く現在の企業に勤務されているわけです。その企業で、現在は総務関係の仕事、特にリクルートの仕事をされているとのことでした。というわけで、今日は、瀬田キャンパスのキャリアセンターを訪問されたのです。まあ、私を訪ねてきてくれたことは、事のついでだとは思いますが、やはり卒業生の訪問は嬉しいですよね。訪問してれて、ありがとう。
▪️お会いした時にまず気がついたことですが、とても柔らかな笑顔で話をされるな…ということでした。ゼミで指導していた時は、今日のような表情はあまりなかったように記憶しています。そのことを話すと、照れ笑いをしながら「あの頃は、生意気な学生でした。すみませんでした」と話されました。社会人として10年を過ごして、いろんな経験をされてきたのだと思います。今は、働くことが楽しいとおっしゃっていました。「働くことが楽しい」、とても素敵なことですよね。
▪️今日はひさしぶりに教務課に行きました。本来、よく教務課に行って事務職員の方達とお話をするのですが、今年度は特別研究員でなかなかそういうことができていません。今日、教務課の前を歩いていると、室内から満面の笑顔で手招きされる職員さんがおられました。「はいはい、わかっていますよ」。お返事をしなければいけないことが、滞っていたからです。ごめんなさいね。すぐに対応しました。前期高齢者になって、いろんな方達に支えていただきながら生きていますね。ありがとうございます。
▪️写真は、この投稿と何の関係もありません。すみません。クリスチャンではないのですが、もうじきクリスマスがやってくることを意識して、自宅で少し飾り付けがされています。これは、クリスマスのスノードームです。
歯の治療
▪️昨日は、近江八幡市のとあるお店で「世界農業遺産・琵琶湖システム」の今後の展開に関して、意見交換をしながら会食をする機会がありました。その前に、近くの歯科で治療を受けていました。若い頃、第二小臼歯の虫歯を治療して、臼歯の一部に金属を入れていたのですが、どうもその小臼歯の一部分が少しだけ欠けていたようで、そこから小さな虫歯ができていたようなのです。3ヶ月に1度、歯科衛生士さんに歯のチェックを受けているのですが、その時に、その小さな虫歯が発見されました。今のところ、27本の歯が揃っています。1本足らないのは生まれつき。そこにはブリッジをかけて義歯が入っています(50年前の治療)。歯のケア、大切ですね。いつまでも自分の歯で食事をしたいです。
▪️治療ですが、レントゲンを撮って、麻酔もして、虫歯をキュイーンキュイーンと削って、削った後に白い詰め物をしてもらいました。なんだろうセメント?!でしょうか。軽い虫歯だったようです。困ったことは麻酔ですね。唇の左下に感覚がなくなってしまいました。まあ、2時間程度なんですが。2時間経過する前に、冒頭の会食が始まりました。味覚はきちんとあったので美味しくいただくことができましたが、麻痺している下唇の内側を食事と一緒に噛んでいることに気がつきました。痛くないので、わからないのです。幸いに、表面の粘膜の部分を痛めただけで済みましたが。
▪️話は変わりますが、昨日の会食では驚くことがありました。冒頭に名刺交換したのですが、とても珍しい苗字の方がいらして、その苗字の方は我が家のご近所さんと同じ苗字だったのです。そのことをお話しすると、「それは弟です」と説明してくださいました。いや、びっくりしました。
茅野家の「乗り鉄旅行」
▪️ 信州大学で教員をされている茅野 恒秀さんが夏休みの家族旅行=「乗り鉄の旅」で関西にやってこられました。茅野家は家族全員そろって鉄道ファンなのです。息子さんたちは、かつて国鉄やJRで活躍した電車、頑張って走ってきた電車、そしてこれから引退していく電車に会いにいくことをとても大切にされています。どこに古い電車がまだ頑張って走っている、⚪︎日にはどこのあたりにいるはずだ…、そんな感じで事前にリサーチして、あたりをつけて、旅行をされているのです。その辺りが、素晴らしいと思うのです。お父さんとお母さんのさりげないアシストはあるようですが、基本、兄弟2人で事前にリサーチされているのです。茅野家の教育って、本当に丁寧で素晴らしい。将来は筋金入りの鉄道ファンになること間違いなしです。
▪️今日は信州の松本を出発して、在来線で名古屋、そして京都へ。京都からは湖西線で敦賀まで移動し、敦賀と富山の間は北陸新幹線を利用して、今日は富山泊。明日は、直江津を経由して松本に戻られるそうです。そのことを昨日茅野さんから教えてもらいました。それじゃ息子さん達に会いに行こうと思い立ち、湖西線の2駅の間たった5分間ですが、会いに行ってきました。プレゼントも渡すことができました。プレゼントは、琵琶湖の魚のノートです。茅野兄弟は淡水魚ファンでもあるのです。私は、滋賀のおじいさんのような気持ちになりました。
▪️今年の春(春休み)も「乗り鉄の旅」で関西にやってこられました。その時から、私たちは仲良しになっています。だから、今日も電車まで私が会いにやってくると知って、とても喜んでくれていたようです。ありがとうね、きいとくん、りいとくん。左側が兄のきいとくん。右側が弟のりいとくん。りいとくんが手に持っているのが、私からのプレゼント。このクリアファイルに、琵琶湖の魚のノートが入っています。で、このクリアファイル、自宅にあった鉄道関係のクリアファイルです。喜んでくれているかな。
幸呼来Japan (さっこらじゃぱん)
▪️岩手の石頭悦さん(いしがしら・えつさん)から郵便物が届きました。岩手の伝統工芸であり裂き織で作ったコースターです。岩手では綿花が育たないので、綿でできた着物は大変貴重なものだったそうです。そのような着物を裂いて織りなおすのが裂き織と呼ばれる技術です。
▪️石頭さんと知り合ったのは、四半世紀ほど前の頃ではないかと思います。私が岩手県立大学に勤務していたときです。その頃、岩手や盛岡をテーマにした自家製のホームページを立ち上げた皆さんとネット上で、そしてオフ会でも交流していました。そのような方達の中には、バイクに乗って美しい岩手の自然を走り回っておられる方たちもいらっしゃいました(私はバイクに乗れないのですが)。石頭さんは、そのようなバイクに乗る方たちのお1人でした。確か、KAWASAKIのエストレアに乗っておられたように記憶しています。曖昧です。当時は、住宅の設計やリフォームの会社に勤務されていたのではないかと思います。これも曖昧。
▪️その後、私は岩手県立大学から龍谷大学に異動するとになり、石頭さんとはつながりが途切れていたのですが、facebookを通して、再びつながることができました。知らない間に、石頭さんは、社会事業家として活躍されていました。株式会社「幸呼来Japan (さっこらじゃぱん)」という企業を立ち上げておられました。「幸呼来」って、毎年盛岡の街で踊られる「さんさ踊り」の時の「さっこら ちょいわやっせ」という掛け声からだと思います。この「さっこら」は、漢字で書くと「幸呼来」で、幸を呼ぶという意味になります。石頭さんは、岩手の伝統的な織物技術である裂き織を習得された障がい者の皆さんを雇用して、「地域の伝統技術を未来につなぎたい」と、今までになかった「裂き織×ビジネス」に挑戦されているのです。情報量が多いので、簡単にご紹介できないのですが、できれば、以下のサイトを丁寧にご覧いただければと思います。動画もあります。かっこいいサイトです。
株式会社「幸呼来Japan (さっこらじゃぱん)」
▪️「Saccora Share Global」株式会社 」という関連会社も立ち上げられています。こちらのサイトには、以下のような説明がありました。また、海外向けのNHKのニュースでも紹介されたようです。
「Saccora Share Global」株式会社 」
2009年、特別支援学校で生徒の織る裂き織りに出会い、地域で細々と受け継がれる裂き織を知りました。その時、障がいのある方々の力を裂き織を通して発信し、心的バリアのない方々を増やしていきたい。という想いを持ち、2011年「株式会社幸呼来Japan」を設立。2012年障がい福祉サービス事業所の認定を受け、就労継続支援施設となりました。幸呼来Japan自社ブランド「さんさ裂き織り」「SACCORA」の他、企業間連携プロジェクト「さっこらプロジェクト」では、有名アパレルブランドとの数々のコラボが生まれました。
障がいのある方たちも含め全ての人々の活躍の場を作る、裂き織を後世に残す、心的バリアのない地域にする。という私たちの想いは、まだまだ広がります。Saccora Share Global co.,ltd は、世界に向けて障がいのある方たちも含め全ての人々の力を発信し、心豊かに過ごせる社会に貢献します。
▪️今回、私のところに裂織のコースターが送られてきたのは、Saccora Share Global co.,ltdで行ったクラウドファンディングに参加したからです。新しい工房件交流拠点を手作りでを立ち上げるためのクラファンです。古い建物が、クラファンとボランティアの力で、素敵な交流拠点に生まれ変わりました。
新型コロナの感染が拡大し、今回は自分自身もコロナに罹患して、なかなか岩手に行けないわけですが、次に岩手を行くとき、ぜひ石頭さんの会社も訪れてみたいと思います。
義母の米寿のお祝い
▪️ 今日は義母の米寿のお祝いを奈良でひらきました。昨年、義父が亡くなりましたが、2人の娘に支えられながら、今も1人で頑張って暮らしています。
▪️義母は子ども世代と孫の世代とのLINEグループに参加しています。日々、ひ孫たち(ひなちゃん&ななちゃん)の写真や動画を楽しみ、子どもや孫とのメッセージのやりとりも楽しんでいます。グループのメンバーの誕生日には、朝一番にお祝いのメッセージを投稿するのが、義母の役割にもなっています。使っているのは、私たちがプレゼントしたiPadです。基本的なことは、使いこなしています。知らないことは、検索して調べたりしているようです。私が、義母と同年齢になった時に、その時代の新しい技術に対応できているのかどうか…。義母を見習いたいと思います。
▪️今日、義母には、花束と全員の写真とメッセージを貼り付けた記念の寄せ書きを送りました。喜んでくれていると思います。写真中央は、挨拶をする義母。これまでは、こういう会の時は、人前で喋るのに慣れているだろうからと、いつも私が司会進行の役をしていましたが、今日から世代交代。息子にお願いしました。息子というか、息子や娘、そして従兄弟たちの世代(義母の孫の世代)に任せたということですね。
▪️また、いつもは、それぞれの家族がまとまって着席していましたが、今日は、男女に分かれました。結婚や婚約を機会に、新しく連れ合いやパートナーが参加するようになったので、お互いにもっと話ができるようにとの配慮のようです。男性の方のテーブルは、義理の弟、息子、義理の息子、甥2人。いつの間にか大人の会話ができるようになっていました。一番年下の甥も30歳になりましたからね。ちょっと、1人静かに感激していました。
▪️次回は、何のお祝いの会になるのかな。(写真、画素数落としています…。)
山仲善彰さんの告別式
▪️かつて滋賀県庁に勤務され、野洲市長も務められた山仲善彰さんが、4月28日にお亡くなりになりました。享年73歳。本日、野洲市の野洲川斎苑で告別式が営まれました。私も、山仲さんとのお別れをしてきました。
▪️この写真、大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」の私の芋焼酎のボトルにぶら下がっているカードの束の中の1枚です。2005年6月13日に、山仲さんと一緒に飲んでいることがわかります。今から19年前ですね。私は2004年から龍谷大学に勤務していますので、2年目ですね。おそらく、滋賀県庁の琵琶湖漁業環境動態調査会議か、面源負荷削減対策検討委員会に参加した頃の、それらの後の呑み会かと思います。この日、新しく芋焼酎の一升瓶をキープしました。「利やん」では、ボトルをキープするたびに写真を撮ることになるので、こうして記録が残るのです。この時は、当時、滋賀県立大学に勤務されていた國松孝男先生と一緒の「呑み」だったのですね。みんな、若いです。私などは、髪もふさふさ真っ黒、髭も真っ黒です。
▪️山仲さんとは、この時以外にも酒席をご一緒させていただきました。この時が一番最初だったのかな、記憶がはっきりしません。山仲さんは、頭の回転がとても速く、ストレートに発言される方でした。そのようなこともあり、受け止める方達の印象は様々だったと思いますが、私はそういう山仲さんと仲良くさせていただきました。もっと、山仲さんと一緒の「呑み」の機会が欲しかったですね。もっとお話を伺いたかったです。残念です。
▪️山仲さんは、野洲市長を3期12年お勤めになりました。これは、8年前の投稿の掲載した写真です。真ん中で膝をついておられるのが山仲さんです。この時は、野洲市長として、このような手作り感満載の「ヨシ群落保全基本計画等見直し検討会」にもご参加くださいました。これは「ヨシ群落保全審議会」メンバーの方達が集まって行ったワークショップです。山仲さんは、滋賀県庁に勤務されていた時は、琵琶湖環境部長をお勤めになっていましたから、知識と経験を豊富にお持ちで、審議会でも非常に積極的にご発言いただいていましたが、公務がご多用の中、この検討会にもご参加くださり、他の皆さんと一緒にワークショップにも取り組んでくださいました。
【関連投稿】▪️よろしければ、「ヨシ群落保全基本計画等見直し検討会」をお読みいただければと思います。
「庭椿雑貨店 - 庭と絵画と手仕事のマルシェ」
▪️通勤前に、「庭椿雑貨店 - 庭と絵画と手仕事のマルシェ」に行ってきました。自宅から車で10分程度の、伊香立という農村地域の中にある古民家が会場です。このイベントは、いつもお世話になっている庭師・椿野大輔さんの息子さんで、やはり造園業を営んでおられる椿野晋平さんのご自宅を会場に年に1回開催されます。晋平さんの伯父様(大輔さんのお兄様)カメリアーノ水木充さんの絵画や、晋平さんの育てた植物、その他クラフト作家の皆さんの作品が展示即売されています。主催者は、晋平さんの妹さん(大輔さんの娘さん)で菓子職人をされている椿野うららさん。このイベントでは、彼女のお菓子いただくことができます。カメリアーノさんは以前から存じ上げていることもあり、たくさんの作品について、ゆっくりお話をお聞かせいただくことができました。楽しい時間でした。また、晋平さんとも初対面でしたが、いろいろお話をすることができました。彼は、有名な大原のベニシア・スタンリー・スミスさんの庭の手入れをされてきた方です。
▪️トップの写真は、カメリアーノさんの作品です。アクリル絵具とダートマグラフで描かれています。タイトルは、「the Garden」。カメリアーノさんが理想とする庭なんだそうです。まず一番に大切なのは、ロバがいること。ツリーハウス、カヌーもあります。焚き火もできます。こういう場所を探しておられるのです。素晴らしいですね。で、ひさしぶりにお会いしたので、記念写真を撮りました。カメリアーノさんの作品を拝見していると、とっても元気が出てきますね。
▪️カメリアーノさんのご自宅からは琵琶湖の北湖が見えます。ご自宅の窓から、いろんな季節、そして天気の琵琶湖を描いた作品群です。これは、連作というのでしょうね。
▪️会場の別の部屋に移動しました。こちらは、晋平さんのお宅ではリビングにあたる部屋だそうです。この部屋の目立つところに飾ってあった作品に目が止まりました。以前、カメリアーノさんのfacebookでも拝見していた作品です。昨年、学生さんたちと見学させていただいた「haruya guest house (はるやゲストハウス)」で描いた作品です。このゲストハウス、高島市𣏓木小入谷にあります。カメリアーノさんは、このゲストハウスに咲いたダリアが描くために訪問されたのです。ペットの(家族の?)犬のリリー、鳩のラトナさん、鴨トラちゃんもきちんと描かれています。
▪️「庭椿雑貨店ー庭と絵画と手仕事のマルシェー」の開催期間は、本日3月26日から28日までの3日間、時間は10時から16時までです。出品者は以下の皆さんです。
カメリアーノ水木充(色鉛筆画、アクリル画)
山内鈴花(鉄照明)
辻典子(野草リース)
さんやそう おおた(山野草)
椿野晋平(植物、庭雑貨)
椿野うらら(焼き菓子、和菓子)
▪️お庭にはカメリアーノさんが似顔絵、いや肖像画を描いてくださるコーナーがありました。カメリアーノさんが衝動的に描く肖像画だから、「しょうどうが」なのだそうです。面白い。カップル、家族、ペットと一緒に描いてくださるようです。今日は時間がなく、描いていただけませんでした。心残りでした。明日、また行くかもです。当日お持ち帰り可だそうです。ただし、各日5名様まで。料金は、おひとり5000円(追加1名ごとに+2000円)です。場所ですが、「庭椿」( 滋賀県大津市伊香立生津町431、tel :077-598-3988 / 090-5656-2161)です。
▪️上左は庭椿さんの全景です。古民家を改装リノベーションしてお住まいになっておられます。とても素敵なお宅です。周りの自然の雰囲気と家の中がつながっているような気がしました。上右は、家を囲む防風林。さすが庭師さんですね。防風林を壁のようにきちんと剪定されています。東北のイグネを思い出しました。
深草キャンパスのレジャーシート
▪️今日は、事務的な用事があり、深草キャンパスにやってきました。すれ違った時に「あれっ、今年はサバティカルと違いますの?」と事務職員の方達に声をかけていただいたりしましたが、サバティカルでも用事があって大学本部までやってくることがあるんですよ。
▪️さて深草キャンパスですが、やはり学生さんたちが多いですね。昼休みはかなりの混雑ぶりです。これで、社会学部が深草キャンパスに移転するとさらに混み合うのかな。それを心配されている方達がいらっしゃるとも聞いていますが、さあてどうなるでしょう。来年移転して4年が経つと2000人近くの学生が増えることになりますからね。心配する理由もよくわかります。
▪️そのことと関係しますが、写真のような看板を見つけました。左のグレーの箱の中にレジャーシートが入っているから、それを芝生に広げてピクニックみたいにお弁当を食べてね…ということのようです。なるほど。私は芝生に入らないように注意していますが、むしろ芝生でくつろいでくださいねということなのかな。芝生を痛めないようにレジャーシートという意味もあるのでしょうか。よく分かりまんせんけど。
▪️朝作った弁当を持参していたので、私もレジャーシートを借りて昼食にしてもよかったのですが、おじいさんが1人、レジャーシートの上で弁当を食べている風景ってのもどうなんだろう…と遠慮しておきました。結局、深草キャンパスには研究室もありませんので、学生食堂の片隅でオクラとひじきのマヨネーズサラダと豚汁を頼んで、弁当と一緒にいただきました。で、事務的な用事は終わりましたが、せっかくですので、図書館で勉強して帰ることにします。