Perfect Days (2023) | Full Movie | Wim Wenders | Koji Yakusho | Japanese Drama


◾️この映画の著作権ってどうなっているんでしょう。でも、YouTubeで視聴することができます。役所広司主演のドラマ映画「Perfect Days」です。そのうちに、削除されて視聴できなくなると思いますが。

◾️先週の土曜日に、アンドリュー・ワイエスの作品を展覧会で拝見しきました。ワイエスの作品で気になるのは、メイン州という大都会から離れた地域の土地柄です。知人から、ピュリッツァー賞受賞作の連作短篇集『オリーヴ・キタリッジの生活』のことを教えてもらいました。早速、発注して手に入れました。すると、どういうわけかこの映画「Perfect Days」のことが頭に浮かんできました。そして、数珠繋ぎ的に以前見た映画、「Paterson」のことも頭に浮かんできました。この4つの作品、全然つがりのない作品ですが、結果としてどこかで結びついているような気がします。大切なことだと思っています。

◾️この4作品について、ChatGPTと対話してみました。すると、ChatGPTは、以下のように答えました。

「何者かになろうとすることではなく、かけがえのない、しかし決して完全ではない日常を生きること。その営みのなかに、人間の生の深さを見いだそうとする姿勢」ということになるでしょうか。ただし、これらを単純に「日常の小さな幸せを描いた作品」とまとめてしまうと、大事なものが抜け落ちてしまいます。とりわけ、孤独、喪失、老い、他者とのすれ違い、そして人生の取り返しのつかなさが重要だと思います。

◾️うまく表現しているなあと思いました。しかも、これはどこからの引用等ではなく、生成したものだというのです。ひとつの解釈ですね。その解釈の妥当性については、もちろんきちんと検証する必要があります。ただ、「既存の文章との類似がまったくないと保証することもできません」と答えていますね。この辺りに強い危うさを感じてしまいます。データに基づく論理的な説明であればまだしも、何か文学的な表現だと問題が発生するかもしれません。たとえば、「その表現は、私が以前発表した文章の中にあるのと非常によく似ている」とか。

この文章は既存の著作から意図的に引用したものではありませんが、私が学習した膨大な文章の影響を受けて生成された可能性があります。そのため、既存の文章との類似がまったくないと保証することもできません。
また、この表現は、4作品の共通性についての私の解釈的な仮説であって、作者たちが共有していた思想を実証したものではありません。
振り返ると、最初の回答では、この点を明確にしておくべきでした。

◾️こうやってChatGPTとの対話の中で出できた表現を再利用しようとすると、「ChatGPTとの対話で提示された解釈」と示しておくことが必要との見解をChatGPTは示してくれました。このあたりの、倫理的問題、AIの使用に関するリテラシー、まだ社会的にどうすれば良いのか、まだよくわかっていません。はっきりしていません。この辺りの問題に関して、ChatGPTは次のように回答しています。

法的な著作権の問題とは別に、人間とAIとの対話によって形成された思考を、どのように位置づけ、どのように社会に伝えるのかという、これからの時代に特有の問題があります。
私としては、AIの利用を一律に隠すことも、一律にすべて開示することも、必ずしも適切とは限らないと考えています。利用目的、AIの寄与の程度、発表する場の性格によって判断すべきでしょう。
ただし、どの場合でも変わらない原則が一つあります。
AIを使って生み出した文章や判断について、その内容の正確性と社会的な影響に責任を持つのは、最終的にそれを自分のものとして公表する人間である、ということです。同時に、それによってAI提供者の責任がなくなるわけでもありません。

◾️やはり危ういですね。いろいろ問題が起きそうです。わかっていないだけで、実際に発生しているような気がします。

「アンドリュー・ワイエス展」(あべのハルカス美術館)

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20261011andrew_wyeth3.jpg ▪️孫の運動会の応援の後は、ひさしぶりに「あべのハルカス美術館」に行きました。「アンドリュー・ワイエス展」です。以下は概要です。

「アメリカを描く」画家として国民的人気を誇り、日本にも多くのファンを持つアンドリュー・ワイエス(1917―2009)。本展はその没後、日本初となる待望の回顧展です。日本初公開作品15点を含む100点の作品が国内外から集結します。
戦後アメリカ美術の前衛的動向からは距離を置き、ひたすら自分の身近な風景と人々を深い精神性を宿したリアリズムによって描き出したワイエス。本展では、その作品に数多く登場する窓や扉といったモティーフを通して、「境界」という概念にも光を当てます。光と闇、自己と他者、生と死など、さまざまな「境界」をつなぐワイエスの絵画は、世界の分断が進むいまの時代に、静かな希望をもたらしてくれることでしょう。

▪️キーワードは「境界」。社会学を勉強していると、ゲオルグ・ジンメルを連想してしまいます。「境界」を社会や人間関係における「分断」と「結合」の両義的な意味を持つ概念として捉えていたように記憶していますが、ワイエスの場合は、一見「分断」のよう見えていて、心をすませばそこには「結合」=「つながり」が感じられるんだよという感じでしょうか。今日の展覧会で知りましたが、わびさびといった感性、水墨画に描かれる静寂を好む日本人の感性とマッチしているようです。ワイエスは若き日に父を鉄道事故で亡くしていて、そのことが彼の人生や作品に大きな影響を与えています。ワイエスの作品からなんとなく死のイメージを感じ取れるように思うのですが、それは父を亡くしたことと関係しています。死のイメージと書きましたが、ネガティブな意味ではなく死者とのつながりと言い換えられるかもしれません。辛いことですけど。人生の儚さ、諸行無常的な人生観、日本人の死生観と近いものもあるようです。そういえば、能(夢幻能)も生きている人と死んだ人とのやりとりですね。

▪️もつひとつ。ワイエスが描いた風景、夏の家があったメイン州の風景です。静謐でありながら、どこかちょっと荒涼とした独特の雰囲気があります。アメリカのホラー作家のスティーブン・キングの作品とも共鳴し合うものを感じました。キングの作品の舞台もメイン州です。おかしなことを書いているかもしれませんが、そう感じたのです。でも調べてみると、まんざら私だけの妄想でもないようですね。また、知人が、メイン州は『オリーヴ・キタリッジの話』の舞台でもあることを教えてくれました。エリザベス・ストラウトによるピュリッツァー賞受賞作の連作短篇集『オリーヴ・キタリッジの生活』、およびその続篇『オリーヴ・キタリッジ、ふたたび』の舞台もメイン州であることを教えてくださいました。主人公であるオリーヴ自身や、町に暮らす人々の人生の喜び、苦しみ、老いを描いた連作短篇集。翻訳が出ているようなので、時間が取れたら読んでみたいと思います。展示してあるワイエスの作品。写真撮影がOKのところがありました。ということで、撮らせていただきました。また、美術館をでた所から、生駒山・奈良方面も撮ってみました。
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「丸木スマ展 73歳からのアーティスト」(滋賀県立美術館)

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▪️滋賀県立美術館では、2026年9月11日(金)から「丸木スマ展 73歳からのアーティスト」が開催されています。会期は11月23日(月・祝)です。以下は、概要です。

丸木スマ(1875–1956)は、広島県生まれ。1948年、家族のすすめで、73歳から絵を描き始めました。身近な自然や生き物を描き、1950年以降、女流画家協会展や再興日本美術院展などに入選。専門的な美術教育を受けていない高齢の女性が、異例の画壇デビューを飾ったことは、当時の美術界に大きな衝撃を与えました。
 華々しい快挙を成し遂げたスマですが、そのわずか数年前、70歳のときに広島に原爆が投下され、スマは爆心地から2.5キロメートルで被爆しました。奇跡的に生き延びますが、その翌年には夫と死別するなど、過酷な人生の局面を迎えます。そして終戦から3年後、スマは絵筆をとり、81歳で没するまでの間、ひたすらに描き続けたのです。
 本展では、初期から晩年までの作品や関係資料を、約130点のボリュームで紹介します。自由奔放でユーモラス、ときに目がくらむほど色鮮やか──多くの失われた命を目の当たりにした彼女が描いた、草、花、生き物、そして人々の姿。生命力に溢れた絵の数々は、複雑な現代社会を生きる私たちへの力強いエールとなることでしょう。

「かぶとやま交響楽団」のこと

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▪️昨日は、市民オーケストラ「かぶとやま交響楽団」の定期演奏会でした。この市民オーケストラが設立された当時、私はこのオケでヴァイオリンを弾いていました。パートは、1st.Violinです。出演したのは第1回と第2回です。そのあとは、自分の仕事(研究)に専念する覚悟を決めて退団しました。30歳で楽器をやめたと思っていましたが、確認すると31歳でした。私の誕生日は4月15日なので、32歳になる直前ですね。定期演奏会を終えて辞めたということになりますか。このとき、すでに2児の父親でした(今、上の娘は39歳、下の息子は36歳です)。しかも、大学院は終了したものの、まだ常勤の仕事がありませんでした。自分の仕事(研究)に専念する覚悟を決めたのも、まあ、当然でしょうか。

1989年 3月5日 第1回演奏会
(宝塚ベガホール)
デュカス:ペリのファンファーレ
ウェーバー:「オベロン」序曲
:ファゴット協奏曲(Fg.宇治原 明)
ブラームス:交響曲第1番

1990年 4月14日 第2回定期演奏会
(宝塚ベガホール)
ブラームス:ハイドンの主題による変奏曲
ストラヴィンスキー:組曲第1番・第2番
ベートーヴェン:交響曲第7番

▪️上の情報は、「かぶとやま交響楽団」のサイトからいただいたものです。ブラームスの第1番も、ベートーヴェンの第7番も、関西学院交響楽団時代に演奏したものです。この2回の定期演奏会に出演した人たちは、その多くの方達が関西学院交響楽団の団員やエキストラだったOBOGの方達、それから甲南大学交響楽団のOBOGでした。それなりの「貯金」があったように記憶しています。でも、その他の曲は、学生時代には取り上げられないような曲でした。これらの曲も演奏しているのですね。ブラームスの「ハイドンの主題による変奏曲」、どこかで弾いた記憶は残っていましたが、「かぶとやま交響楽団」で弾いていたのですね。ところで、「かぶとやま交響楽団」の「かぶとやま」とは関西学院大学上ヶ原キャンパスの時計台の向こうに見える甲山のことです。標高309.2メートルのお椀を伏せたような小さな山です。ひらがなで書くと、可愛らしいですね。

▪️あと半年で定年退職するので、なんというか音楽に向き合う気持ちを「再構築」しなければと思っています。退職は来年の3月なので、37年ぶりに楽器に向き合うことになります。楽しみです。

大津シンフォニックバンド第89回定期演奏会

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▪️大津シンフォニックバンドが、第89回定期演奏会を開催されます。12月13日です。龍谷大学吹奏楽部の音楽監督・若林義人先生が客演指揮、そして同じく龍谷大学吹奏学部をご指導くださっているクラリネット奏者・本濱寿明先生がゲスト奏者です。

▪️大津シンフォニックバンドは、「吹奏楽コンクールランキング」によれば、全日本吹奏楽コンクール(全国大会)の「職場・一般の部」で、通算21回出場・金賞15回・銀賞4回・銅賞1回という非常に優秀な成績を残している全国屈指の強豪市民バンドです。たしか、2022年から若林先生は首席客演指揮者として迎えられ、指揮をされています。そして2024年からは、コンクールでも指揮をされるようになりました。「大学の部」と「職場・一般の部」の両方で若林先生は指揮をされました。ダブル金賞受賞です。

ワレモコウ・吾亦紅

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▪️庭に地味に、とっても地味に咲いていたワレモコウ(吾亦紅)を室内で飾ることにしました。ワレモコウは秋の花ですね。ワレモコウは、仲秋(9月)の季語です。水原秋桜子(みずはらしゅうおうし)が、ワレモコウを季語にした俳句をよんでいます。

「浅間越す人より高し吾亦紅」

▪️浅間山を越えていく人は、野に咲く吾亦紅の茎よりも高く見える…という意味のようです。目の前のワレモコウとその向こうを歩く旅人。遠近法的ですね。実際、我が家に庭でも背が高くなり、その先っちょに、このような丸い赤い花を咲かせています。それから、雄大な浅間山と小さな花を咲かせるワレモコウ、そして秋の寂しさと爽やかさを表現している…らしいです。俳句って、写真的ですよね。

▪️短歌もあります。若山牧水の歌です。吾木香とはワレモコウのことです。

「吾木香すすきかるかや秋くさのさびしききはみ君におくらむ」

▪️歌人の俵万智さんは、以下のように解釈されています。

「さびしききはみ」すなわち最上級の寂しさを、君に贈るとは、どういうことだろうか。どうか君も、自分に負けないほどの寂しさを感じてほしいというメッセージではないかと私は思う。つまりこの秋草は、自分の心そのもの、恋する思いの束なのだ。自分をこんなにも寂しくさせているあなた。この心を見える形にしてみたら、「吾木香すすきかるかや」こんな感じだよと。それを受けとってくれないかと。

▪️ああ、心に染み入るように思います。有名な俳人、そして歌人も、この地味な秋の花にそれぞれ思いを込めておられます。そうなんだ、という感じ。退職したら、真面目に短歌をやってみたいなと思っていますが、どうなるかな。

芦屋川界隈

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20260920hankyuashiyagawa.jpg▪️昨日は、ひとつ前で投稿した「カトリック芦屋教会」で開催された弦楽五重奏のコンサート「アンサンブル・ゼクセク演奏会」を楽しんできました。演奏されたのは、プロの方達ではなく、長年アマチュアの世界で活躍されてきた方たちです。仕事をしながらも、音楽にもしっかり取り組まれてきた方達ということになりますか。この中のチェロの男性は、大学オーケストラ時代の私の後輩です。彼は、銀行に勤務されている時代は、楽器に取り組む余裕はなかったようですが、転職されてから再び楽器にしっかり取り組まれました。

▪️そのようなわけで、ベテランの方達だからこそなのでしょうが、難しい作品に挑まれました。最初は、ブラームスの弦楽五重奏2番でした。コンサートの最後にMCの中で言っておられましたが、教会の中での音の響き方にとても戸惑われたのだそうです。おそらく、お客さんが入る前と、お客さんが入った本番とでは、かなり響きが違っていたのかもしれません。曲が始まると、2つのヴァイオリンと2つのヴィオラ2が細かく波打つような激しい伴奏をするなで、チェロが低音から高音までそれらの伴奏をかき分けながら主題を歌い上げます。楽器の配置も、中央にチェロ、向かって左が2つのヴァイオリン、右が2つのヴィオラです。とても印象的な部分です。

▪️ただ、左右の伴奏が被さっているように聞こえてしまったのです。ちょっと残念な気持ちがしました。おそらくは音のバランスに戸惑われたからかなと思います。また、ブラームスの作品ということもあり、正確に音程を取ることもなかなか難しかったのではないかとも思いました。そのような難しい作品ですが、チェロの方と2nd.ヴィオラのお2人は大変安定した演奏をされていたことが、強い印象に残りました。どのような作品なのか、こちらのプロの演奏をご覧ください。NHK交響楽団の皆さんの演奏です。

▪️20分の休憩の後後半の演奏が始まりしまた。後半は、シューベルトの弦楽五重奏曲でした。こちらは、1st.ヴァイオリン、2nd.ヴァインリン、ヴィオラ、1st.チェロ、2nd.チェロで演奏します。大変長い作品で、4楽章を弾き終えると50分くらい必要になります。こちらは、ブラームスの演奏の時とは違って、落ち着いて鑑賞することができました。ちなみに、この作品の演奏を聴くのは初めてでした。写真は、アンコールが終わった時のものです。アンコールは2曲とも弦楽六重奏でした。アンコールについては、メンバー全員で演奏されました。会場には、関西学院交響楽団の先輩方も聴きにこられていて、ひさしぶりにお話をすることができました。

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20260920sanjyuban.jpg▪️コンサートが終了した後、本来であれば、芦屋川沿いの高級感溢れる街並みを眺めながら、アメリカの建築家フランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright)によって設計された、旧山邑家住宅、現在は「ヨドコウ迎賓館」になっている建築を見学しに行きたかったのですが、コンサートが予想以上に長く、アンコールも2曲だったため、見学は諦めてまたの機会にすることにしました。この建築は、芦屋市の緑に囲まれた小高い丘にあって、1974年に国の重要文化財に指定され、1989年からは一般公開されています。元々は、灘五郷の造り酒屋、櫻正宗の八代目当主の別邸として建てられたそうです。大変有名な建築で、一度は見学したいとずっと思ってきました。残念なので、芦屋川の橋の上から写真だけ撮ってきました。

▪️ただ、息子夫婦と芦屋川のあたりで夕食を摂ろうと約束をしていたので、約束の時間までどこかで時間を潰す必要が出てきました。たまたま、ちょっと不思議な雰囲気のカフェを見つけて、そこで時間を潰すことにしました。話好きそうなカフェのオーナーさん(女性)とおしゃべりを楽しみました。オーナーさんのお生まれは神戸なのですが、嫁がれた先は私の自宅のすぐ近くだというのです。ご自宅も、私の自宅のすぐそばです。びっくりしました。たまたま、ぶらりと入ったカフェだったのですが、何か「奇跡」のような感じでした。

▪️夕方、息子夫婦と合流して夕食を一緒に取りました。広東料理「三十番」。開業されてから4代目なのだそうです(お店の店員さんのお話)。近くの住宅地の皆さんの世代を超えた御用達のお店ですね。六甲山の登山を楽しんだ登山客もやって来られるのだそうです。私たちは早めにお店に入りましたが、そのすぐ後からたくさんのお客さんが続々と入って来られました。雰囲気は普通の町中華ですが、料理は本格派。神戸の元町の裏通りにある「知る人ぞ知る」タイプの本格的な町中華だと思いました。「龍谷大学餃子研究会」の会長として、こちらのお店の焼き餃子もいただきました。皮は水餃子と共用されているようで、少し厚めに感じました。個人的な感想ですが、焼き餃子はもっと薄い方がいいな…。他のお料理はとても美味しくいただきました。息子は、翌日、アルチメットの試合が宇治であるらしく、酒を飲んだのは私だけ…。世の中、お酒を飲まない傾向が強まっていますね。残念。

「アンサンブル・ゼクセク演奏会」

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▪️学生オーケストラ、関西学院交響楽団の後輩である小倉巌さん(チェロ)が、音楽仲間の皆さと一緒に、カトリック芦屋教会で、弦楽五重奏のコンサートを開催されます。「アンサンブル・ゼクセク演奏会」 です。14時開演です。ゼクセクとは、ドイツ語で6角形のことです。6人の音楽仲間の演奏会ということなのでしょうね。でも、弦楽五重奏です。小倉さんも含めてチェロのお2人。ちなみに、小倉さんは、ブラームスの方は降り番なのだそうで、シューベルトの方では2本のチェロで演奏されます。

「弦楽四重奏 カルテット風雅」の落合真子さんのこと


▪️大津市出身のヴァイオリニストの落合真子さんがファーストヴァイオリンを務める「カルテット風雅」が、ミュンヘン国際音楽コンクール弦楽四重奏部門で3位入賞というニュースが届きました。バルトークの弦楽四重奏曲第5番とベートーベンの弦楽四重奏曲12番を演奏されたそうです。落合さんは、滋賀県内にある石山高校から東京藝大に首席で進学され、同大学を首席卒業後、同大学院音楽研究科修士課程修了されました。この秋からはドイツに留学されるようです。

▪️落合さんは、石山高校から東京藝大に首席で入学され、同大学を首席卒業後、同大学院音楽研究科修士課程修了されました。この秋からはドイツに留学されるようです。ちなみに、平成29年度芸術奨励賞を受賞されています。平和堂財団の関係者にお尋ねしたところ、平成29年(2017年)というと落合さんは高校1年生でした。これは快挙なのだそうです。お若い時から将来を期待されていたのでしょうね。

▪️平和堂財団の関係でいえば、エリザベート王妃国際音楽コンクールのピアノ部門で第2位に入賞された久末航さんも大津市出身で、平成25年(2013年)に芸術奨励賞を受賞されています。大津から世界的に活躍する音楽家が生まれてきていることに、大津市民としてとても嬉しく思っています。平和堂財団の理事を務めているからでもありますが、私自身が滋賀県内の地域社会に関わって仕事をして、10年前からは自分自身も大津市で暮らしているということも大きいなと、改めて自分の気持ちを確かめることにもなりました。

▪️動画は、コンサートホールで演奏されたものではありませんが、カルテットのメンバーのお話もお聞きすることができて、興味深かったです。今回のコンクールで演奏されたベートーベンやバルトークの作品も演奏されます。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第12番は第1楽章が、バルトークの弦楽四重奏曲第5番 では第5楽章、これはミュンヘン国際音楽コンクール弦楽四重奏部門でも演奏された作品です。あと、この動画では、シューマンの弦楽四重奏曲第1番の第3・4楽章も演奏されています。

NHK日曜美術館50年展(大阪中之島美術館 5階展示室 )

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▪️日曜日の朝の番組、NHKの「日曜美術館」を楽しみにしています。その展覧会が開催されます。場所は、大阪中之島美術館 5階展示室です。以下は、その概要です。詳しくは、公式サイトをご覧ください。

世界でも有数の長寿な美術番組、NHK「日曜美術館」。1976年の放送開始から50年を迎える今年、その番組世界が展覧会となり、本物の美術作品と番組映像を同時に楽しめる唯一無二の空間が登場します。本展でご紹介するのは、これまでの放送回から厳選した約60作家の、140点を超える作品の数々。縄文土器から工芸、現代美術まで、幅広い時代とジャンルにわたるこれらの作品は、番組出演者が紡いできた言葉と貴重な映像によって、新たな魅力を放つでしょう。「日曜美術館」ならではの重層的な展示を、ぜひお楽しみください。

▪️画像の作品は、石田徹也さんの「飛べなくなった人」です。若者の苦悩や社会の閉塞感を描いた作品が多いように思います。ぜひ、実物を拝見したいと思っています。

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