岐阜県大垣市でのイベント「ゆるくいこうう! まちのすきまと 本のある場所から」
![]()
![]()
![]()
![]()
▪️既成の、制度化され固定化された「図書館」という概念を解放する。解放することで(ゆるくしていくことで)、いろんな人たちが集まり交流する場が生まれてくる。いろんな方達の居場所(すきま)が生まれる。陽キャの人も陰キャの人も。良いイベントでした。懇親会、二次会も楽しみました。この日集まったのは、「まちライブラリー」、「みんなの図書館」に取り組んでいる、あるいは関心のある皆さんです。この世界の「スーパースター」のお3人に会えるということで興奮されていたように思いました。そのことが、私には興味深かったです。
▪️「スーパースター」のお3人は、それぞれ個性豊かな方達です。吉成信夫さんとは、私が岩手県立大学総合政策学部に勤務しているときからの知り合いです。私は、1998年4月から2004年3月まで県大に勤務していました。正確な時期は忘れてしまっていますが、どこで知り合ったのかもわすれていますが、とにかく知り合ってから20年以上経過しています。吉成さんと再会したのは、大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」です。2023年1月のことです。その時の驚きをこのブログにも投稿しています。「大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」で奇跡の再会!!」という投稿です。この時、吉成さんの方から「脇田さんじゃないの!!」と声をかけていただきました。びっくりするとともに、ありがたいことだと思いました。このとき、この「利やん」には、「みんなの図書館」の発案者である土肥潤也さんも参加されていました。なにか、今回のイベントの伏線のような出会いだった気もします。
▪️吉成さんは、96年に家族で岩手に移住され、20010年に「森と風のがっこう」開校されました。また、2003年から2010年まで岩手県立児童館「いわて子どもの森」初代館長、2015年から2020年までは岐阜市立図書館長、2020年5月からは「みんなの森 ぎふメディアコスモス」総合プロデューサーに就任されています。現在は、岐阜市を退職され、全国各地で図書館にかかわる事業に関わっておられます。こうやってみると、吉成さんが手がけた事業には、すべて「森」が入っています。この「森」という言葉は、「多様な人が共生し、誰の居場所にもなる」という意味で使われているようです。ですから、吉成さんにとってみれば、誰もが頭のなかに重い、描く堅苦しい図書館ではなくて、本を中心に図書館は「森」であるべきだというお考えなのでしょう。今回のイベントでは、地元の書店さんも参加されて、「スーパースター」のお3人の書籍を購入できました。お3人とも頑張って営業モードも少し入って宣伝されていましたwww。吉成さんの本は『賑わいを創出する図書館』です。「開館9ヶ月半で来館者100万人を達成した『みんなの森 ぎふメディアコスモスの冒険」というサブタイトルです。通勤時に読み始めました。
▪️「スーパースター」の2人目は礒井純充さんです。礒井さんとは直接のつながりはなかったのですが、このイベントに参加する前に、東京の森ビルにお勤めの知り合いの方から、「私は昔礒井さんの部下で仕事を一緒にしていました。礒井さんによろしくお伝えください」と連絡が届いていました。というわけで、ちょっと無理やりかもしれませんが、間接的にはつながりがあったわけです。でも、研究室には、磯井さんの本が5冊もあります。礒井さんは、 1981年、森ビル株式会社に入社し「アーク都市塾」「六本木アカデミーヒルズ」などの文化・教育事業に従事されたのち、2011年に「まち塾@まちライブラリー」を開始されました。「まちライブラリー」の提唱者です。この「まちライブラリー」とは、利用者や参加者が本を持ち寄る(寄贈する)ことで始まります。そうやって本を集めて、本棚を「育てて」いきます。そして 本に「みんなの感想カード(メッセージカード)」を挟んで、寄贈者の想いや読んだ人の感想をアナログにつなげていくというところに特徴があります。自宅、カフェ、オフィス、病院、公共施設の一角など、オーナーがそれぞれのやり方で自由に無理なく運営できるところに特徴があります。そのことで収益をあげることはしません。
▪️「スーパースター」の3人目は土肥潤也さんです。静岡県の焼津市で、「みんなの図書館」の提唱者です。「みんとしょ」と呼ばれるのですが、このことについては、このブログに投稿しています。ぜひ「『みんとしょ』と『まちライブリー』のこと」をご覧ください。「みんなの図書館」は、「一箱本棚オーナー制度」を導入した私設図書館です。月額料金(本棚オーナー料)を支払った市民が、館内の一箱分のマイ本棚を借り、そこに自分の好きな本を並べて利用者に貸し出します。そうやって、自分を表現していくのです。そうすることで、人と積極的に話をするようなタイプでない方でも、関心を同じくする人たちとつながっていくことになります。そって棚のなかに手紙を置いたり、いろんなつながりが生まれてくる。そういう仕掛けです。
▪️礒井さんが提唱されている「まちライブラリー」も土肥さんが発案された「みんなの図書館」、共に本を手段にしながら、人と人のつながりが自然に生まれていく仕掛けですね。そこには、吉成さんのいう「森」が生まれることになる。素敵ですね。この「スーパースター」のお3人に刺激を受けたさまざまな活動が展開されているようです。「まちライブラリー」は、全国に約1300カ所以上広がっているそうです。「みんなの図書館」も急増していて、現在は、全国に130館以上あるようです。このような人のつながりのなかで生まれてくるのは、「何か人にしてもらう」ということでなくは、自分も当事者になり「何か人にしてあげられる」関係なのだと思います。takeではなく、お互いにgiveしあえる関係でしょうか。退職後は、自分自身も、このような活動に参加できるかもしれません。
NHK『全国方言資料』
![]()
▪️NHKは、日本語の方言を記録していたのですね。全部聞いたわけではありません。とりあえず関西人なので近畿を聞いてみると、かろうじて大阪と京都はわかりました。しかし、滋賀は無理でした。北海道と東北は全滅です。昔は、ひとはあまり移動しないので、言葉の違う人とコミュニケーションする機会もあまりなかったかもしれませんが、異なる方言同士でどうやって意思疎通していたのでしょう。「近江商人」の記録にそういうことに関するものは残っていないのかな。近江商人は全国を歩いていますから。東北の城下町の経済的基盤は近江商人がつくったと聞いています。
▪️まだ、はっきりわかりませんが、盛岡(南部藩)の近江商人・井弥(初代小野清助)などの活動記録や、各地の商家に残る「奉公人請状(雇用契約書)」の分析によると、店を統括する「支配人」や「主」は近江から派遣されましたが、客と直接接する「小僧」や「下男」には地元の少年や住民を大量に採用していたといいます。また、言葉が通じにくくても、数字や見本帳を使って商売をしたり、方言のバイリンガルになったりと、努力されたようです。言葉の通じない相手を商売のパートナーとして丁寧に接しておられたようですね。これは、また機会があればきちんと調べてみたいです。
▪️さて、このNHK『全国方言資料』の概要ですが、以下の通りです。
「全国方言資料」~141地域のことば~
「音のライブラリー」と「全国方言資料」
テレビ放送が始まる2年前の1951年、貴重な音の文化を後世に残そうと、NHKは「音のライブラリー」(現・放送文化財ライブラリー)を創設しました。各分野の人物の声や伝統芸能、民謡など、さまざまな音の文化を記録する中で、ことばについても収集するため、柳田國男氏ら専門家による「方言委員会」を設置。できる限り純粋な方言を記録するべく、各都道府県の一般的な特徴を代表する地域を全国から選定し、1952年から離島を含む141地域で順次収録を行いました。収録が終わったのは1971年で、会話の総数は1,400あまりにのぼりました。
音声の収集と並行して活字化と書籍の編さんも進められ、「全国方言資料」全11巻が発刊されました。当初はソノシート付きでしたが、時代の流れとともにカセットテープ、CD-ROMと付属媒体が変わっていきました。
「江戸時代の経路検索」
![]()
▪️こういうのを提供する人がいるんですね。「江戸時代の経路検索」。素晴らしいです。例えば、江戸の日本橋から京の三条大橋まで、「ふつう」に歩くと「14日514km ・ 約131里」なんですって。でも、これ、相当歩くスピードが速いような気がします。40kmを超える日もありますね。1日、40kmだけ歩くのならば、今の私の脚力でも何とかなりますが、これが2週間続くとなると…無理だな。昔の人の脚力ってすごいんですね。ちなみに、画像は中山道を歩いた場合です。
▪️この「経路検索」をいじっていて思い出すのは、10年前に原田達先生が早期退職されてすぐに、東海道を徒歩で歩いて三条大橋にゴールされた時のことです。個人ブログで確認してみると、2016年6月9日でした。「原田達先生、東海道五十三次完歩!! 三条大橋にゴール!!」という投稿です。
大津市歴史博物館「特別展示 四宮祭礼図絵巻」
![]()
▪️大津市歴史博物館で開催される「特別展示 四宮祭礼図絵巻」の情報です。9/8から11/1まで(月曜日休館、9/21・10/12は開館)。これは現在、ユネスコ無形文化遺産そして国指定重要無形民俗文化財に指定されている「大津祭」の江戸時代(前期)の様子を描いたもののようです。忘れないようにしなくちゃ。以下は、この特別展示の概要です。この概要にも書かれていますが、「曳山が現在の三輪ではなく四輪」であることや、曳山の上にはお囃子をする方達がおられないとか、かりくり人形が曳山の上に乗っていないとか、現在の大津祭とは異なっていますね。どういうことなんでしょう。
絵巻は、大阪青山歴史文学博物館が所蔵されているもので、サイズは縦31センチ、長さは約10メートルに及びます。なかには、6基の曳山と4種以上のねりもの、神輿などが、豪華な作りでいきいきと描かれています。
作者などの記録はありませんが、現在も大津祭の籤取らずである狸山が先頭に描かれていることをはじめ、曳山上の人形(からくり)や、ねりものの内容から、江戸時代前期(17世紀後半)の大津祭の様子であるとわかりました。ただし、絵巻を詳細に観察すると、描かれた曳山が現在の三輪ではなく四輪で描かれていることや、大津祭を記録した、市指定文化財『四宮祭礼牽山永代伝記(永代伝記)』の記録とは異なる点が見られます。
展示では、絵巻に描かれた祭礼の様子を読みときながら、当時の大津祭の姿に迫ります。
▪️関連する講座も開催されます。「大津エンパワねっと」で長らくお世話になってきた大津市歴史博物館の木津勝さんがお話ししてくださいます。今は、副館長をされています。木津さんの解説を楽しみにしています。
ミニ企画展「四宮祭礼図絵巻の世界」関連講座
四宮祭礼図絵巻を読み解く
講師:木津勝(本館副館長)
2026年10月18日(日) 14時~15時30分
四宮祭礼(大津祭)の祭礼行列を描いた「四宮祭礼図絵巻(大阪青山歴史文学博物館蔵)が新たに発見されました。同祭礼は、市指定文化財『四宮祭礼牽山永代伝記』などの文字記録が存在するものの絵画はほとんどなく、かつての様子がわかる貴重な絵巻物です。
講座では、絵巻に描かれた江戸時代初期の祭礼の様子を永代伝記などの記録と比較して読み解き、絵巻によって判明したことや、新たに深まった謎などについて読み解いていきます。
【定員】 100人 【申込締切】 2026年9月30日(水) 【参加料】500円 (カード会員は250円)
【追記】▪️大津市歴史博物館からメールが届きました。「以下の講座について、抽選予約申し込みの受付が完了しました。抽選結果は、各講座の締切日後に通知します。」ですって。ということは、まだ講座に参加できるかどうかわからないのですね。ちょっと悲しい。
ハワイの盆踊り
素晴らしい。
空也上人から一遍上人の踊り念仏からの正統進化の段取り踏んどる。
盆踊りは日本的なRaveなので、踊ってトランスが本義なはずで、一定の決まった踊り手順はあくまでも参考程度、あとは踊りまくって飛ぶのが真髄。… https://t.co/5b7cA8nWnq— ラウタ郎 (@lautarogodoy) August 24, 2026
▪️Xへの投稿。ハワイの盆踊りの動画。「盆踊りは日本的なRaveなので、踊ってトランスが本義なはず」というのは、確かにそうなのかも。ところで…
▪️親鸞(1173年~1263年)と一遍(1221年~1289年)は、どちらも「南無阿弥陀仏」の念仏によって救われるとする浄土門の僧侶ですが、「身体性」という視点から見ると、そのあり方は非常に対照的。内面化された静けさ(親鸞):阿弥陀如来に救われることが決まっていることに対する深い感謝としての念仏、全身を動かす躍動(一遍):全てを捨てて、阿弥陀如来に救われることの喜びを全身でトランス状態になりながら表現する念仏。こういう整理で良いのかどうかわからないけれど、とても対照的な感じがします。また、浄土門の宗派において、盆踊りは「先祖の霊を慰めて迎える・送り出すための供養の踊り」という一般的に流布している民俗的な考え方とは違って、「阿弥陀仏の救いと、故人とともに今ここですでに仏法に遇えている喜びを味わう歓喜の仏事」と解釈・位置づけられることになるようです。ところで、1986年から西本願寺でも、「本願寺納涼盆踊り」という大会を開催されていますね。この辺りのこと、またどなたかにお尋ねしてみようと思います。
浄土寺・浄土堂の阿弥陀三尊立像
▪️ずいぶん以前から、お参りしたいと思ってきました。兵庫県の小野市にある浄土寺。画像は、「兵庫県おの観光ナビ」では次のように解説しています。
国宝「浄土堂」は、大仏様(天竺様)という建築様式を用いた建造物で、東大寺南大門とともに大仏様を伝える数少ない建物です。
また、浄土堂内には、全長5.3m、名仏師快慶作の国宝・阿弥陀三尊立像があります。夕方になると、堂内西側の蔀戸から西日が射し、床に反射して、仏像は赤く染まっていきます。
▪️この浄土堂は、「堂内西側の蔀戸から西日が射し、床に反射して、仏像は赤く染まって」いくことを計算した上で建てられています。当時、阿弥陀仏が死の瞬間にお迎えに来てくださるということを心の中にきちんと強くイメージできる人は限られていました。いわゆる観想念仏できる人です。では、自分で修行をしてそういった強いイメージを心の中にしっかり描けない凡夫はどうすれはよいのか。このお寺を創設した重源(ちょうげん)、そして阿弥陀三尊立像を造仏した快慶は、凡夫にも死の瞬間を強くイメージできる空間をプロデュースしたということになります。
▪️重源ってどういう僧侶なのか。勉強が足りません。平重衡による南都焼き討ちの後、東大寺の復興の責任者(勧進職)となったのが重源でした。その重源が、東大寺の荘園の中に復興の拠点および念仏道場(播磨別所)として建てたのが浄土寺ということのようです。貴族だけでなく、庶民も含めて東大寺復興のためにそれぞれのできる形で寄付をする仕組み、寄付を集める仕組みも作りました。また、東大寺の再建に必要な巨大な木材の調達であるとか、重源が取り組んだことはそういう土木的なことにまで及んでいます。社会事業家というか総合プロデューサーですかね。今度、お参りさせていただくときは、そのような歴史的な背景や重源という僧侶についても学んでおきたいと思います。
【追記】
▪️この国宝の阿弥陀三尊立像に関して、私のような者にもわかりやすい解説が、「兵庫県おの観光ナビ」の中にありました。「浄土寺と阿弥陀三尊立像」です。動画を拝見すればよくわかりますが、阿弥陀如来や観音が乗っておられる蓮台には雲が表現されています。まさに死のうとしている時に、向こうから西方浄土からやってこられているわけです。そのことが雲の表現でよくわかります。
光の動き、時の流れ・・・ 。心から洗われるような、極楽浄土の世界。
浄土堂内に夕日の頃、西側の蔀戸(しとみど)から西日が射し込み、ヒノキの床に反射して赤い垂木の屋根裏を照らし、それが本尊にふりそそぎます。やがて堂内全体が赤く染まると、阿弥陀三尊立像が幻想的に浮かび上がります。これは、阿弥陀様が雲に乗って西方極楽浄土からお迎えにくるという「御来迎」の姿を見せようとする、光の演出効果を狙ったものです。
▪️このような解説もありました。「光のアートを見るには…陽が沈む頃ではなく、少し前にきて、ゆっくりと陽の流れを見るのがおすすめです。夏場は16〜17時頃、冬場は15〜16時頃に高めの西日が差し込み、徐々に屋根裏に反射して、阿弥陀三尊立像を照らし出します」。
クラウンシャイネス(樹冠羞避じゅかんしゅうひ)
“Crown Shyness” is a natural phenomenon where the uppermost branches of certain tree species completely refuse to touch one another, creating a perfectly defined, puzzle-like canopy. pic.twitter.com/90qNCgN4AD
— Massimo (@Rainmaker1973) August 13, 2026
▪️Xを眺めていて、突然不思議な動画に出会うことになりました。Massimoさんの投稿です。以下は、その投稿の短文とその翻訳。
“Crown Shyness” is a natural phenomenon where the uppermost branches of certain tree species completely refuse to touch one another, creating a perfectly defined, puzzle-like canopy.
「クラウン・シャイネス」とは、特定の樹種の最上部の枝が互いに触れ合うことを完全に拒否し、完璧に定義されたパズルのような天蓋を作り出す自然現象です。
▪️森林の地面から樹冠部を撮影したものです。とても不思議な気持ちになります。これ、クラウンシャイネスというようです。日本語では「樹冠羞避(じゅかんしゅうひ)」。英語を直訳すれば樹冠の遠慮」「樹冠の譲り合い」「内気な樹冠」ということになるのでしょうか。すごいですよね。隣り合う樹木の樹冠同士がぶつからないよう、互いに一定の隙間を空けて成長する自然現象のことを言うのだそうです。科学的には、そのメカニズムが解明されているのだとは思いますが、何も知らないので、神秘的なものを感じます。
▪️私のような素人向けに解説されているサイトがありました。「日本花卉文化株式会社」さんのnote、「樹冠は、アートだ 〜クラウンシャイネスを追いかけて〜」という記事です。
朽木古屋の六斎念仏踊りの踊り手を募集(高島市)
▪️すごいことだなあと思っています。さらに多くの皆さんが関心を持ってくださればと思います。
▪️私が高島市朽木古屋に六斎念仏踊りのことを知ったのは、ゼミ生の卒論指導をしているときでした。2011年春に卒業した、坂本昂弘の卒論です。私自身が何かこの六斎念仏踊りに関してお役に立てているわけではないのですが、一旦途絶えたこの念仏踊りを、外の方達の力を借りながら復活させてこられたことに、そして関係者の皆さんのご努力にも感銘を受けてきました。
▪️以下は、このブログに投稿してきた関連投稿です。
「朽木古屋「六斎念仏踊り」の復活」
「「六斎念仏踊り」の皆さんと」
「朽木古屋の「六斎念仏踊り」」
「朽木古屋の「六斎念仏踊り」」
セミの子たちの相談会
![]()
▪️セミは、気温が高くなると鳴かなくるようです。昨日は、曇っていて少し気温が低かったので頑張って鳴いていましたが、今日は朝からカンカン照りで鳴いていません。セミは子孫を残すために短い期間で懸命にパートナーを見つけるために鳴いているのでしょうが、暑いと鳴かなくなるようです。だから、セミが鳴いていない時は、かなり暑いので、人間も気をつけないといけないわけですね。
▪️私は、昆虫のことはわからないのですが、こちらの記事は詳しくて、かつわかりやすいものでした。みんな(人間もセミも)大変だな〜。ちなみに写真ですが、今年、庭の世話をしているときに見つけたセミの抜け殻(大集合)です。まだ、増えていくのかな。