公益財団法人淡海環境保全財団「学生×企業 ネットゼロチャレンジ」

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▪️滋賀県の公益財団法人「淡海環境保全財団」が、「学生×企業 ネットゼロチャレンジ」という企画で学生さんたちを募集しています。

伊吹山3合目の観察会

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▪️昨日の午後は、「特定非営利活動法人霊峰伊吹山の会・ユウスゲと貴重植物を守り育てる会」が主催された観察会に参加してきました。伊吹山は、滋賀県の最高峰(1377m)であり、伊吹山地の主峰でもあります。この伊吹山の3合目(標高720m)で咲いている貴重な花を楽しんできました。そして、楽しみつつも、伊吹山の災害の深刻さを間近にみて、これは思っていた以上に大変なことだと思い直しました。ちなみに、現在、通常は伊吹山に立ち入ることはできません。禁止になっています。昨日は、観察会ということで、会の皆さんのガイドで立ち入ることが許されました。伊吹山頂では春から秋にかけて、たくさんの植物たちが花を咲かせます。「伊吹山山頂草原植物群落」は国指定天然記念物です。そして、山頂だけでなく、今回私たちが訪れた3合目あたりの穏やかな傾斜の草原地帯でも早春から秋まで非常にたくさんの種類の花々が咲くのです。この季節に咲く代表的な花は、ユウスゲです。
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20260720ibukiyama11.jpg▪️しかし、そのような貴重な植物たちが、どんどん増えた鹿によって食べられて激減してしまいました。なぜ鹿が増えたのか。まず指摘されているのが地球温暖化による気象変動で、積雪量が激減したということです。加えてハンターの減少です。伊吹山は元々豪雪したいなのです。日本の積雪量の観測史上、日本一かつ世界一の記録が残っているのは、1927年2月14日の伊吹山です。その時は、伊吹山山頂に11メートル82センチ(1182cm)という驚異的な積雪量がありました。そのような豪雪地帯であったにもかかわらず温暖化であまり雪が積もらないようになってしまい、冬を越して生き残る鹿が増えてしまったのです。しかも、他の地域からもこの伊吹山に鹿が流入してきたのだそうです。しかも、鹿の食害が発生した時に駆除するハンターの人数も高齢化と減少で、駆除が追いつきませんでした。

▪️そのような鹿の食害が発生するようになり、当初は「貴重な高山植物が食べられている」ということを会の皆さんは問題視されていたようなのですが、貴重な植物だけでなく鹿の食害が進み、裸地化もどんどん進行していきました。そこに温暖化を背景にした豪雨です。大量の降った雨が山肌を削り深い谷筋が何本も生まれてしまいました。加えて、とうとう土石流が山麓にある集落に流れ込む災害まで発生してしまったのです。このような災害を防ぐためには、行政が土木事業を行う以外にありません。昨日も、急峻の山の斜面で防災工事が行われているのが目視で確認できました(休日で作業自体はお休みのようでしたが)。パワーショベルのような重機も停車していました。また、麓の方では、土石流の流入を防ぐ砂防ダムの建設も進んでいました。しかし、毎年のように豪雨が発生する昨今、このような防災工事のスピードではたして間に合うのかなと…あくまで私はただの素人でしかありませんが、とても心配になりました。では、根本の鹿の対策はどうなっているのでしょうか。これも行政が罠を仕掛けて駆除するようになり、数が減ってきているようです。その点については良かったと思っています。

▪️では、「特定非営利活動法人霊峰伊吹山の会・ユウスゲと貴重植物を守り育てる会」の皆さんはどうされているのでしょうか。もちろん、防災工事に取り組むことはできません。それは専門家に任せるしかありません。ただ、会の皆さんは、以前から自分たちでできることをしようと、頂上や3合目あたりの貴重高山植物が生えてくる地域を獣害柵で囲むことに取り組んできました。もちろん、痛んだ山道も整備されてきました。獣害柵、当初は、ネットで囲んでいただけだったのですが、鹿に噛み切られたり、経年劣化してしまうことから金網柵に取り替える作業を行ってきました。この作業を化粧品会社の資生堂が応援されました。費用負担だけでなく、社員さんが現地でボランティアとして金属柵設置作業に取り組まれました。また、スーパーマーケットの平和堂が設立し公益財団法人平和堂財団で環境保全市民団体を助成する「夏原グラント」という仕組みからも助成金を獲得されています。一昨年度、昨年度、金属柵の設置に取り組まれていました。今年度はこれからです。私は、この「夏原グラント」の選考委員長なのですが、助成という仕組みに関わり、こういう大変なお仕事の応援ができたことを、昨日はしみじみと良かったと思うことができました。
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【左:コオニユリ、右:ヤマハッカの仲間】
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【左:カワラナデシコ、右:クサフジ】
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【左:イブキフロウ、右:シモツケソウ】
▪️昨日、3合目では3つのグループに別れて貴重な植物を観察しました。私たちのグループでガイドをしてくださったのは高橋滝治郎さんです。高橋さんは、以前、滋賀県庁の農政水産部長をお勤めの時に、私が「世界農業遺産」の申請作業に関わったことから、お付き合いがあります。今回の観察会でもお声がけいただきました。ありがとうございました。高橋さんは、貴重植物に関して驚くほど豊富な知識をお持ちです。県庁に一般行政職として勤務されていたわけですから、植物を専門に研究されてきたわけではないのでしょうが、伊吹山の麓で生まれ育ってきた方だからこその豊富な知識をお持ちでした。

▪️今年は、ユウスゲに大量のアブラムシが発生して、例年と比較して花の数がかなり少ないのだそうです(ここではアブラムシが気持ち悪いと感じる方もおられるでしょうから写真をアップしていませんが)。花を咲かせる前に、アブラムシに栄養を吸われて花を咲かせることなく枯れてしまったようです。ユウスゲは、一日しか咲かない花です。草むらの中から長い茎を伸ばして夕方から咲き始めます。そして朝には閉じてしまいます。甘い香りがします。こうやって競合相手の少ない時間帯に昆虫を引き寄せて子孫を残しているようです。黄色いユウスゲの花と青い空がとても美しくマッチしていました。ちょっと、ウクライナの旗を連想しました。

▪️どうして、このようなアブラムシが増えてしまったのか、その原因はまだよくわからないようです。今は、対処療法的にアブラムシが呼吸できないようにする薬をひとつひとつ手作業でスプレーされようですが、すぐに根っこの方から新しいものが登ってきてキリがないとのことでした。また、ススキのような背丈が高くなる植物をそのままにしておくと、貴重な植物が花を咲かせられなくなることから、これも鎌を使って刈り取っているそうです。そこが、奈良の曽爾高原などとは異なるところです(曽爾高原では人が関わることであのススキの景観が維持されています)。この鎌を使う作業、エンジンのついた草刈機でやれば早いのかもしれませんが、それだと知らない間に貴重な植物も一緒に刈り取ってしまいます。ということで、金属柵の中で、大変な手間と時間をかけて作業に取り組まれているのです。

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【3合目から見える琵琶湖。竹生島もはっきり見えます。】
20260720ibukiyama15.jpg▪️高橋さんや会のお仲間からは、地元の方ならではのお話も伺わせていただきました。昔、伊吹山にスキー場があった頃、冬の間、地元の人たちはゲレンデの方にある民宿の小屋に移動した。夏場は農業、冬場は観光業ですね。子どもたちは、そこからスキーで通学した…とか。麓の自分の家から、ゲレンデでスキーをしている人が転ぶのが見えた…とか。スキー客が降りる駅は、近江長岡駅で、後ろにスキー板を積めるよにしたバスが、スキー場との間を一日に何往復もした。今は、無人駅だが…とか。伊吹小学校の校歌の2番は、「光さやかに 田の面輝き こだまも楽し 工場の響き」とあるように、地元にとっては伊吹山の麓にあるセメント工場の存在はとても誇らしく大きな存在だった…とか(伊吹山西側を開発してい原料を採掘していた)。別の仕事をしていた父親が、給料が良いのでセメント工場に再就職した…とか。ひとつひとつは、何気ない昔話のようですが、この地域の近現代史に関わる大切なエピソードだと強く思いました。どうしてセメントの原料取るために伊吹山を削って禿山になるのを認めているのだろうと考えてしまいます。というのも、伊吹山は「琵琶湖国定公園」の中にあるからです。でも、資源開発と自然保護が隣り合わせなっていることの歴史的経緯に対する理解が必要なのでしょうね。

▪️貴重な植物のお話、伊吹山の環境問題のお話、この地域の近現代史につながるお話、ずいぶん勉強させていただきました。会の皆さん、高橋さん、ありがとうございました。この伊吹山の観察会は、1回だけでなはなく、何度も来て楽しみながら勉強する必要を強く感じました。伊吹山は滋賀県と岐阜県の県境にある山だけあって、岐阜や愛知からもお越しの皆さんが多数おられました。ちなみに、校歌の中で伊吹山が入っている学校の数は、愛知県、岐阜県、滋賀県の順番に多いのだそうです。

▪️3合目からは、琵琶湖が輝いて見えました。竹生島も、シルエットですが、よく見えました。天気が良ければ、ここから私が暮らしている大津の方面までも見通すことができるはずです。私の方からは空気が澄んでいるとよく伊吹山が見えますから。琵琶湖大橋、その向こうに沖島、そして一番奥に伊吹山が見えるのです。反対側、昨日は見えませんでしたが、空気が澄んでいれば伊勢湾も見えるそうです。

「浜大津こだわり朝市」

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▪️昨日の午前中、京阪「びわ湖浜大津」駅の改札口を出たところにある「スカイクロス」で、「浜大津こだわり朝市」が開催されました。社会学部の社会共生実習「地域エンパワねっと」を履修している4回生の2人組が、こちらの朝市でお世話になっていることから、様子を見に行ってきました。昼から、米原市に行くことになっていたので、私は出店されている方達とお話をさせていただいて、早めに帰宅させていただきました。

▪️この「朝市」には沖島の皆さんがずっと出店されていました。湖魚の天ぷらが名物でした。ところが、高齢化で月1回の出店も厳しくなってきたことから、6月が最終の出店となっていました。「朝市」に来られる皆さんの楽しみのひとつは、浜大津の小川酒店さんがいろんな近江蔵元を呼ばれて滅多に出回らない日本酒を楽しめることです(今日は、甲賀市の笑四季酒造さん)。その際、沖島の皆さんの湖魚の天ぷらは最高のつまみでした。これからどうなるのかなと心配していたら、沖島の皆さんから引き継ぐような形で、今度は瀬田の漁師さんのご家族が湖魚の販売を始められました。まずは一安心です。

▪️出店されている方達といろいろお話をして感じたことがあります。もちろん基本は商いですから、売り手にとっては売り上げが大切になるし、買い手にとっては普段手に入らない珍しい物を購入できること等が大切なんだとは思いますが、加えて、対面でいろんな方達とお話ができること、自分のやっていることを知ってもらえること、そのような副次的なことがらも、このような「朝市」にとっては大切なことのように思います。また、この「びわ湖浜大津」駅周辺の地域にお住まいの皆さんは、特に、数多くのマンションに転入されてきたお若いご家族の皆さんは、この「朝市」をどのように感じておられるのかが気になっています。

仰木の棚田 | 大雨・台風被害状況

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▪️「仰木地域共生協議会」の7月2日のブログへの投稿です。タイトルは「仰木の棚田 | 大雨・台風被害状況」です。今回の大雨で、棚田にも一部にこま投稿のような被害が出てしまいました。私の知人は棚田を借りてご自身で米を生産されています。その方の話によると、ブログのこれらの写真の多くが、知人が借りておられる谷筋のものだということでした。かなり大変な被害だと思います。

▪️一般に、棚田のもつ多面的機能のうちのひとつとして、「洪水調整機能」があげられています。棚田は緑のダムなのです。「仰木地域共生協議会」の理事の1人として思うことは、仰木の下に位置する新興住宅地の皆さんにも、関心をお持ちいただきたいということでしょうか。ということで、「仰木地域共生協議会」のブログでも、担当者の方がお知らせされているようです。米や野菜といった農産物だけでなく、このような災害のことにまで生産者と消費者とで一緒に考えていくことって、とても大切なだと思っています。

▪️今日7月5日。今日も大雨が降っています。もう被害が発生しませんように。

仰木地域共生協議会の交流会

20260701ogichikikyoseikyogikai.jpg▪️先週の土曜日も6月27日に、大津市伊香立にある「THE PLACE K」で、仰木地域共生協議会の交流会が開催されました。私も、協議会の理事、そして農作業をお手伝いするサポーターの1人として参加させていただきました。はじめてお会いする方もいらっしゃいましたが、いろいろ深いお話をすることができました。なぜ、この協議会の活動に参加しようと思ったのか、それぞれの方のこれまでの人生ともかかわっている理由があります。そのようなお話が伺えてありがたかったです。

▪️この仰木地域共生協議会は、農水省の「農村RMO」から補助金を受けている取り組みです。この「農村RMO」の目的ですが、①農用地の保全、②地域資源の活用、③生活支援のすべてに取り組むことにあります。このような協議会の「農村RMO」の取り組みは、「CSA」(Community Supported Agriculture:地域支援型農業) の考え方と非常に似通ったところがあります。それは、生産者(仰木)と近接する消費者(仰木の里)とが直接的な連携をおこなっている点、消費者がサポーターとして労働力を提供して生産プロセスへ関与している点、そして協議会が耕作放棄地を再生して有機農業を実践し、安全な農産物(野菜や棚田米)を地域に届けるようとする点です。生産者と消費者が力を合わせて有機農業に取り組むことについて、環境負荷の低い食を求める「CSA」の理念とも合致しているように思います。

20260701csa.jpg▪️しかしながら、異なる点もあります。「CSA」で多く見られるのは、消費者が年間・半年の前払いによって、豊作・凶作の「経営リスク」を農家と共有する点にあるそうです。相互の強い信頼関係・連帯関係がそこにはあるわけです。「農村RMO」である協議会も、他地域で行われている「農産物のサブスク」の様子や成果から学びつつ、将来の協議会の運営のあり方を事務局を中心に検討しています。もうひとつ異なる点は、「CSA」のように農業の継続と食の確保だけに限定せず、「農村RMO」である協議会では、地域の防犯・防災、伝統祭礼の保存、生活支援など、コミュニティ全体の維持も視野に入れて活動することになっています。協議会では、地域内の多様な組織が結集して活動を展開していきます。理事長をしている特定非営利活動法人「琵琶故知新」も、この協議会に参加しています。「琵琶故知新」の「びわぽいんと」というデジタルポイントの仕組みがこのような多様な組織が結集した協議会の活動をより活発にしていくための、いわば「地域インフラ」になっていけばということも、「琵琶故知新」の理事長として同時に願っています。

▪️以上のようにみていくと、私たちの協議会は、「CSA(地域支援型農業)を内包した、さらに広い福祉・生活型の地域運営組織(RMO)」といえるのかもしれません。そのような意味で、「仰木地域共生協議会」が日本の新しい都市農村交流モデルのひとつになっていくとよいなと思っています。というわけで、「CSA」のことをもっと勉強しなくてはと、『分かち合う農業CSA 日欧米の取り組みから』という書籍を注文してみました。今日あたり、大学に届いているはずです。勉強してみます。

▪️今日は、やっとこのブログのタイトルである「環境社会学/地域社会論 琵琶湖畔発」にふさわしい内容の投稿ができましたwww。

伊勢神楽(高島市朽木針畑)


▪️2004年に龍谷大学社会学部に勤務するようになり、はじめて「伊勢神楽」のことを知りました。キャンパスのある瀬田の南大萱という集落の中で、伊勢神楽の社中の皆さんに偶然に出会いました。

▪️この動画は、高島市朽木の針畑で撮られたものです。facebookで全ての人に公開で投稿されているものです。針畑は、高島市の中でも福井県と接している山間の地域です。瀬田とはずいぶん離れています。琵琶湖の東側、そして南側は伊勢に近いわけですが、このような遠く離れた地域にも伊勢神楽の社中の皆さんはきちんと回っておられるのですね。もっとも、伊勢神楽の社中の皆さんは、西日本各地が回壇されていますので、山間地の朽木であろうと普通のことなのかもしれません。ちなみに、回壇とは、集落の一軒一軒を巡って魔除けや家内安全の祈祷を行うことをいいます。

▪️伊勢神楽については、こちらの論文を読むとよく理解できるのかなと思います。「滋賀県の市町村誌に見られる伊勢大神楽関連記事の傾向」です。執筆者は、民俗芸能の研究者で、現在は岩手大学に勤務されている神野知恵さんです。東京文化財研究所刊行物リポジトリから読むことができます(ダウンロードには少し時間がかかるかもしれません)。この論文では、滋賀県内の市町村史に記述されている関連情報に基づき、地域住民側が伊勢大神楽をどのように受け止めてきたのかを分析されています。伊勢神楽は、毎年、同じ季節にやってくること。神の代理人として、家の中心である竈門をお祓いや獅子舞をして、集落の広場では動画のような曲芸をされます。また、そのことに対して、かつてはお礼をお渡しするとともに宿泊や食事の世話をされていました。伊勢神宮の神の代理人としてやってこられる伊勢神楽の民俗学的な意味について、また外部から幸せをもたらす来訪神との関係についても、きちんと教えてくれる研究がどこかにあるだろうなと思っています。と思って調べてみると、神野さんご自身、昨年に『旅するカミサマ、迎える人々伊勢大神楽と「家廻り芸能」』を出版されていますね。残念ながら、もう入手することができませし、龍谷大学の図書館にも入っていません。でも、読んでみたいな。

▪️シェアさせていただいた動画にも「今年も来てくれました!」とありますね。この毎年、特定に季節にやってきてくださるという点が大切なのだと思います。それと、あと、お祓いと曲芸がセットになっている点も大切ですね。ところで、この伊勢神楽も、時代の変化に対応しながら、組織や運営に関して大きく変化させています。この記事「450年の歴史を持つ伊勢大神楽 世襲制度を廃して法人化 若者の就職先の一つに」からそのことがよくわかります。また、一般社団法人伊勢大神楽講社が運営している公式サイトもご覧ください。

【追記】▪️神野さんは、『旅するカミサマ、迎える人々 伊勢大神楽と「家廻り芸能」』を2025年に出版されていますね。残念ながら、すでに品切れです。残念。龍谷大学の図書館にも入っていません。ただ、龍谷大学の図書館には神野さんが監修に参加されている「旅する獅子、伊勢大神楽の20年 / 国立民族学博物館撮影・製作」という動画がありました。

『川西英・神戸百景~百の風景をたどる旅~』の「鴨子ヶ原団地」

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▪️このサイトを、AIを使ってみつけました。これは、神戸の版画でよく知られている川西英さんの『川西英・神戸百景~百の風景をたどる旅~』です。まずは、こちらからお読みいただければと思います

▪️この川西さんの作品のなかに、私が幼少期に過ごした鴨子ヶ原団地が登場します。私の原風景です。この団地に暮らしていました。阪急御影から山裾を登ったところにある団地です。昭和35年頃から昭和38年の春頃まで暮らしていたはずです。

▪️5階建の4階で、3Kの間取りでした。4畳半が2間に6畳間、それとキッチンです。窓枠は、木製だったと思います。ステンレスの流しのあるキッチン。洋式の水洗便所。南側にはベランダがありました。ベランダからは、大阪湾や淡路島が見えていたはずですが、幼児であった私には風景を鑑賞することができませんでした。「良い景色だ」というのは、成長過程で学習するものなのだと思います。せまいキッチンには小さなテーブルがおかれました。家具屋さんがダイニングテーブルを届けてくれたときを思い出します。狭いキッチンに置くテーブルなので、1/3が折りたたみになっていたように記憶しています。まだ、3歳か4歳だったと思いますが、すごくテーブルというものに、椅子にすわる生活に、何か期待感のようなものがあったのではないでしょうかね。

▪️我が家には冷蔵庫と洗濯機はありましたが、テレビがありませんでした。「三種の神器」のうちテレビだけがありませんでした。上の階のご家庭が我が家の冷蔵庫に竹の皮でつつんだお肉を預けにこられて、私は上の階のご家庭のテレビをみにいっていました。なつかしいですね。断片的な記憶も思い出したときに、記録しておかないとと、70歳を間近に控えて思っています。

近鉄小倉駅の吉田初三郎

▪️月曜日に、教育実習を受けているゼミ生の「巡回指導」のために、宇治市の中学校に行ってきました。最寄駅は、近鉄小倉駅です。その小倉駅の京都方面のホームの壁面に、なにやら賑やかな絵が飾ってあります。これは一目で、吉田初三郎の絵であることがわかります。「奈良電気沿線名所圖繪」です。19×75cm (折りたたみ19cm)の観光パンフレットです。そのパンレットを拡大印刷して飾ってあるのです。

▪️以下は、この「奈良電気沿線名所圖繪」について解説した記事からの引用です。太字の強調は、私がつけたものです。

「ならでん」の愛称で親しまれた京都~西大寺間の奈良電気鉄道は(昭和38年に近鉄に合併し、近鉄京都線となる)、昭和3(1928)年11月に京都での昭和天皇御大典にあわせ開業した。西大寺で大軌(現近鉄)奈良線と連絡。赤く一直線に作図した沿線には、伏見桃山御陵や古社名刹・名所旧蹟をびっしりと配置し、例えば、宇治平等院、東大寺大仏殿、二月堂・三月堂、春日神社、興福寺と猿沢池、法隆寺、薬師寺、唐招提寺、橿原神宮などの境内図を、カラフルな立体的絵図として表現していて、楽しくなる。はては伊勢神宮参拝交通図絵ともなるような構図でもある。
 よく見ると、たくさんの天皇陵や奈良ホテル。さらに神鹿と三笠山(若草山)には、鹿の姿が判別できる。また、今でいうレトロな車両・自動車などが走行し、ピンクの桜を散りばめ、図の上部角には、遥か遠くの富士山や北海道、樺太まで描出していて“遊び心”に満ちているのである。そんな古都を結ぶ沿線案内名所図絵鳥瞰図といえるだろう。
 なお、初三郎は昭和15年新秋に、少し構図を変えて「奈良電車沿線名所図絵」(奈良電気鉄道㈱刊)の作品も残している。

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▪️私の写真では、上の解説の面白さがよくわからないと思います。探してみたところ、「日文研デジタルアーカイブ」で「奈良電気沿線名所圖繪」の詳細を確認できることがわかりました。ぜひ、細かなところまで楽しんでください。私は、現在は大津に暮らしていますが、以前は、奈良市の菖蒲池に暮らしていました。この「奈良電気沿線名所圖繪」で確認すると、遊園地が描かれています。この遊園地は、あやめ池遊園地です。2004年(平成16年)6月6日で閉園して、78年の歴史に幕を下ろしています。閉園したときは、まだ菖蒲池に暮らしていました。

▪️この「奈良電気沿線名所圖繪」が飾ってある小倉駅のそばには、現在は干拓されていますが、かつて天然の遊水池であった巨椋池がありました。その干拓される前の巨椋池をよくみると、蓮の花がたくさん描かれています。巨椋池は、蓮の鑑賞で有名な場所でした。

「巡回指導」と巨椋池

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▪️京都の南には大昔(縄文時代)から第二次世界対戦が本格的に始まる前まで、巨椋池がありました。天然の遊水池(河川から溢れた水を受け止める)だった大きな湖ですが、国により干拓されて現在に至っています。干拓地の多くは農地になっていますが、東の端の方は住宅街や市街地になっています。昨日は、そのような場所にある中学校に行ってきました。ゼミ生の学生さんがその中学校で教育実習を受けているからです。私の役目は「巡回指導」です。お世話になっている先生方にお礼を申し上げるとともに、ゼミ生による授業を見学させていただき、苦労しながら授業を行なってきたゼミ生といろいろ話をしてきました。授業は社会科です。京都や奈良といった古都の景観問題がテーマでした。

▪️ゼミ生が授業を行った学年ですが、8年生です。最初、あまり深く考えていませんでしたが、小中一貫校で、一般の中学2年生は8年生になるのだそうです。正門に入った時、小さな小学生が走り回っておられたので、中学はどこかと迷ってしまいましたが、同じ敷地の同じ校舎を使っておられるようです(階は違うようですが)。小学生が校舎内ですれ違う時に、挨拶をしてくれました。きちんとお客さんには挨拶をするようにと指導を受けているのでしょうか。少子化が進み、小中学校を統廃合を行う中で、このような学園という形になっているようです。そのようなわけで、校舎はまだ新しくとても綺麗な校舎でした。

▪️写真は、中学校に向かう時のものです。干拓地にできた市街地や住宅地ですので、道は、定規で線を引いたような真っ直ぐになっています。今日は近鉄を使って移動しましたが、その近鉄が走っている場所は、豊臣秀吉が巨椋池に築かせた太閤堤と呼ばれる堤防です。時間があれば、もう少しこのあたりの地形と歴史を探訪したかったです。太閤堤は「伏見という巨大な政治・経済都市を作り上げるための大々的なインフラ整備」ということなので、そのことをこの地域を古地図を見ながら実際に歩いて確認したかったのです。でも、ここには仕事で行っていますので…。この地域にご関心がある方は、この京阪電車の観光広報をご覧いただければと思います

▪️「巡回指導」を行うのは、龍谷大学に勤務してからこれで2回目ではないかと思います。記憶が曖昧なのですが、1回目はずいぶん昔だったと思います。おそらく20年近く前のことではないかと思います。私の記憶が確かならば、大阪府の豊中市にある高校でした。今回は中学校です。この生徒さんたちが後5年もすれば大学に入学されてくるのです。今のお子さんたちは、どのような学びと共に中高で成長して大学に入学されてくるのでしょうか。大学の教員は「大学の学習は高校までの学習とは違いますよ」と言って指導しますが、中高の教育の現場から学べるものが多々あるのではないかと思いました。今回の「巡回指導」は、そのようなことを考える良い機会になりました。とはいっても、残念ですが、今回の経験を役立てるだけの時間はもう私にはありません。

森カフェ×山カフェ

▪️来月6月28日(日)に、高島市でこのようなイベントが開催されます。

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【募集開始】『森カフェ』が朽木の山と森へ!🌱来てくれます
毎年好評の「森カフェ」が、
今年は舞台を大きく広げて開催されます。
今年の舞台は、びわ湖源流の朽木の奥山。
タネから次の森を育てる人『タネカラプロジェクト』の清水美里さんと、
自伐型林業を目指して活動する私たち『高島の森-未来につなぐ山守を考える会』
ふたつの森づくりの現場を朽木の山の案内人とともに歩きます。
森の息吹を感じながら、これからの「山との関わり方」を一緒に考えてみませんか?🌿
森カフェ×山カフェ「タネから育てる、山を守る。朽木の森と山を歩く一日」
日時: 2026年6月28日(日)10:00~15:30(雨天決行)
場所: 高島市朽木針畑エリア(集合場所:山帰来)
参加費: 無料
定員: 20名(要申込・先着順)
👤 朽木の山の案内人
清水美里さん(タネカラプロジェクト) @tanekarap
高島の森 - 未来につなぐ山守を考える会
⇒公式LINE https://lin.ee/QGOSZip
📝 当日のプログラム
10:00~ オープニング・導入トーク(森の実験室)
10:30~ 【森カフェ】タネカラプロジェクトによる現地説明・森づくりの現場へ
12:00~ お昼・昼食(※希望者には別途1,000円にて朽木丸八百貨店の特製おにぎり弁当の手配可)
13:00~ 【山カフェ】「高島の森 - 未来につなぐ山守を考える会」によるモデル林視察・ハイキング・コーヒータイム
15:30 解散
✅ お申し込み参加をご希望の方は、6月21日(日)までに画像3枚目のQRコード、もしくはプロフィールのリンク https://forms.gle/WYHRjYk2ojLdUr1j9 よりお申し込みください。
山帰来(高島市朽木針畑)までのJR安曇川駅からのバスのご案内 7:39発 朽木学校前行—8:14朽木学校前 着、8:30発 生杉行—9:30山帰来 着(山帰来にはバス停はありませんが、運転手さんに降りる旨を伝えると降りることができます)
主催:森の実験室
共催:高島市・高島の森-未来につなぐ山守を考える会・タネカラプロジェクト
お問い合わせ: 森の実験室(担当:水口) 0740-20-1271
※「森カフェ×山カフェ」は高島市協働提案事業により実施します。

▪️このようなイベント、国連の国際連合食糧農業機関(FAO)が認定する世界農業遺産「琵琶湖システム」と実は関係していると思っています。「琵琶湖シストム」、正式には「森・里・湖に育まれる 漁業と農業が織りなす 琵琶湖システム」なんです。琵琶湖システムが駆動するためには、森・里・湖の広い意味での保全関わって活動する方達の存在が必要です。今回のイベントは、まさにそのような琵琶湖システムを育む大切な要素なんです。もっと、「世界農業遺産」という観点からも、このようなイベントが高く評価されてほしいと思います。

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