「基礎ゼミナールB」のこと
▪️木曜日1限は、1回生対象の「基礎ゼミナールB」です。前期がAで後期がBになります。ややこしいのですが、火曜日の1限と金曜日の1限には、2回生対象の「社会学基礎ゼミナール」になります。こちらは、旧カリキュラムです。
1回生の「基礎ゼミナールB」では、写真の新書をテキストとして使用します。全部で7章ありますが、前期には1章から3章まで精読・要約の訓練?!を積み重ねてきました。精読・要約の進め方については、別のテキスト『アカデミック・スキルズ 大学生のための知的技法入門』で勉強してきました。ということで、来週からは、4章「友だち」に取り組みます。各自で精読・要約をした上で、グループディスカッションです。後期は、プレゼンテーションにも取り組んでもらいます。
▪️最終的には、各自の問題関心(まだぼんやりしているとは思いますが)とつながりそうな新書を1冊選んでもらい、その新書の書評を4,000字の書評を執筆してもらいます。4,000字のレポート執筆は、「基礎ゼミナールB」のすべてのクラスで取り組まれます。ワードプロセッサーWordのデフォルトのA4の字数だと、3枚程度ということになります。
▪️また、学外にも出かけます。龍谷大学の卒業生で、「革靴をはいた猫」という靴修理・靴販売の会社をを訪問して経営者からお話しを伺います。経営されているのは、魚見航大さん。自分の子どもよりもお若い方ですが、私の呑み友だちです。魚見さんは、健常者とともに障がいがある若者や引きこもりを経験した若者も、職人として活躍する靴修理・靴販売店を起業されたのです。魚見さんやこの会社のことを事前に学習しますが、直接素敵なお話しを伺うことで良い刺激をいただけるのではないかと思います。
早起き
▪️今日は1限の授業があり、早く目が覚めました。もう完全に朝型になったのかといえば、そうでもなく、頑張って起床している部分もあります。微妙なところです。朝食を準備をする前、庭に出て、満開のタマスダレとヒガンバナを眺めました。朝日の中で美しく咲いていました。タマスダレは、夜の間、花びらは閉じています。まだ、朝なので花びらは、開ききってはいませんが、満足。ヒガンバナにアゲハチョウがやってきて蜜を吸っているのを眺めて満足。早起きのご褒美ですかね。そんなふうに感じました。
▪️湖西線に乗って出勤するのですが、その時は、もう太陽は高く登っていました。比叡山坂本から唐崎のあたりにかけては、車窓から琵琶湖の南湖がよくみえます。しばしその風景を眺めて、満足しました。今日は1限が「社会学基礎演習」、3限が「社会学演習IB」、夕方は学生さんたちとの面談があります。
社会学基礎ゼミナール(金曜日)
▪️火曜日と金曜日の1限は「社会学基礎ゼミナール」です。2回生後期に履修する演習なんですが、留学等、さまざまな理由で履修できなかった3回生も2人ほどいます。もちろん、3回生の皆さんは、すでにそれぞれの「社会学演習」(ゼミ)に所属されています。
▪️ところで、この「社会学基礎ゼミナール」では、「自分は何に関心があるのか」について、自分自身との対話やゼミの仲間との対話を通して明確にしていくこと、端的に言えば、そのようなことを目標においています。なぜなら、3回生から始まる「社会学演習」(ゼミ)で、自分はどの教員のゼミで指導を受けるべきなのか、そのゼミを志望する理由はどういうことなのか、それらの点をきちんと考えて欲しいからです。なんとなく、状況に流されながら、たとえば「友達がそのゼミに行きたいといっているから自分も」とか、「なんとなく優しそう(楽そう)」…そういったことでゼミを選択しては欲しくないのです。
▪️ということで、先週の宿題として、明確に自分では説明できないけれど、気になる、関心のあるキーワードを複数用意してもらいました。そのキーワードをmanabaのレポート機能を使って提出してもらいました。お互いのキーワードを閲覧できるように設定しました。すでに「社会学演習」に所属されている3回生については、そのゼミで自分はどのようなテーマの研究に取り組むのかということで、キーワードを用意してもらいました。
▪️その上で今日は、4つのグループに分かれて、なぜ自分はこのキーワードに関心があるのかをお互いに語りあってもらいました。ところで、こうやって語りあうことで、それっぽいテーマ(表面上いかにも研究らしいテーマ)よりも、「自分の中になにか核になるような小さいけれども確かな経験があることが大切なんだ」とか、「自分が暮らす地域の問題を自分事として受け止めるってすごいな」とか、その他にもいろいろ気づきがあったようです。皆さん、笑顔で楽しそうに語り合っていました。ゼミの仲間がどのようなテーマに関心をもっているのか、そのようなことを語り合う経験ってしたことがありません。ですから、とても新鮮な気持ちになれたようです。ゼミの仲間の印象も変わってきたのかもしれません。前回は、お互いに名前もよくわかっていない状況でしたが、ずいぶん雰囲気がよくなりました。全員の名前をお互いにしっかり覚えて、キャンパスであったら笑顔で雑談するぐらいの関係にはやくなってほしいです。
▪️来週に向けての課題は、今日、レポート機能でmanabaに提出したキーワード、あるいは新たなキーワードから2つのキーワードを選び、それぞれについて、なぜそのキーワードに関心があるのかを、短い文章にしてみてもらうことです。1つのキーワードで400字程度でしょうか。もちろん、400字を超えてもかまいません。できれば、そのキーワードに関して、ネットでも関連情報(ニュースとか解説とか)がないか、あるいはさらに進んでCiNii や大学図書館を検索して、関係しそうな論文や書籍はないか、調べてみてもらいます。できれば、その内容を紹介してもらいたいのですが、関連情報については、リンクを貼り付けるだけ、関係論文・書籍については、論文名、書名を書くだけでもかまわないと伝えてあります。来週は、その短い文章をもとに、グループワークをしてもらう予定です。
年末に開催される脇田ゼミ1期生の皆さんの同窓会に、お呼びいただきました。感謝。
▪️ことあるごとに、「もうじき定年退職ですよ」と言っているのが伝わったのかもしれませんが、2006年の春に卒業した脇田ゼミ1期生のMくんから、同窓会したいので参加してほしいとの連絡がありました。最初、連絡があったときは、来年の年末を予定されていました。まだ1年以上時間があるのに、気が早いなと思い確認したところ、今年の年末でしたwww。写真は、2014年の12月29日に同窓会が開催されたときのものです。こちらの投稿になります。
▪️2006年春に卒業したみなさんは、私が龍谷大学社会学部に勤務するようになって初めて受け持ったゼミ生の皆さんになります。そのようなこともあり、卒業論文の内容についても、かなり記憶しています。まだ私も若かったので、厳しい指導だったのではないかと思います。それでも、この学年の皆さんからは、これまで何度も同窓会に呼んでいただきました。その彼ら彼女らも、40代になっています。社会を担ってくださっている中堅ということになります。こちらは前期高齢者。定年退職がくると、完全に世代交代ということになりますね。年末は、みなさん、どのようにされているのか、お話を聞かせてもらうことを楽しみにしています。
▪️この1期生の皆さんは、だいたい10年前後おきに同窓会を開催されています。次回もそのぐらい先になりますかね。その時、また同窓会に呼んでいただけるのかな。呼んでいただけるとしても健康に生きているのか、そもそも生きているのか。その点についてはあまり自信がありません。成人した孫と飲みにいくことを目標にしているので、1期生の皆さんとの3回目の同窓会にも参加させていただきたいですね。そうそう、写真に写っておられる方達のうちのお1人のお子さんは、今年の春に龍谷大学に入学されました。となると、10年後だと、ひょっとするとすでにお孫さんがおられるかもしれませんね。
9月卒業
▪️今日は、深草キャンパスで卒業式と入学式が行われました。普通は、3月で卒業する人が多いのですが、さまざまな事情で3月に卒業できなかった方達のために、9月でも卒業できる仕組みになっています。また、海外からの留学生だと9月に入学することになります。私は、卒業式の方に出席しました。今回の卒業生のなかに、ゼミ生がいたからです。
▪️ご本人からお許しを得ているし、私もとても嬉しいので投稿しますが、ゼミ生のIくん、このたびめでたく卒業することができました。なかなか単位を取得することができなかったのですが、このままではダメだと気持ちを入れ替えて、まじめに授業を受け、9月に卒業できることになりました。現在は、キャリアセンターで指導を受けながら、就職活動に勤しもうとしています。
▪️Iくんのご両親もかなり心配されていたようですが、最後まで息子さんを信じて応援してくださったようです。Iくんも、そのようなご両親のお気持ちにきちんと報いることができるように、しっかりと社会人として頑張っていく覚悟を語ってくれました。今日は、ご両親も卒業式に参加されていました。おめでとうございます。
▪️卒業すると、卒業生の皆さんは校友会(龍谷大学の同窓会組織)に加わることになりますが、今日は、その歓迎パーティも学内で開催されました。ひさしぶりに、前学長、今は理事長をされている入澤崇先生ともお話しをすることができました。その様子を見ていたIくん、「僕も理事長先生とお話がしてみたいです」と言ったので、入澤先生にIくんを紹介させていただきました。これからのIくんの人生を応援してくださるようです。ありがとうございます。
後期の出勤時間
▪️後期の授業は、火曜日、木曜日、金曜日が1限から授業があります。9時15分スタートだけど、少し早めに到着しようと思うと、自宅を7時45分に出発しないといけないのかな。水曜日は2限に授業があるので、その準備もあるし、水曜日も含めて毎日7時45分に出勤できるように調整します。まあ、世の中一般からすれば、これ普通のことですよね。いやいや、うちの近所から大阪まで出勤される方たちは、7時すぎの電車に乗っておられます。でも、私としてはちょっと辛い感じです。風呂を掃除したり、庭に水を撒いたり、弁当を作ったり、朝食作って後片付けしたり、6時に起床しないと間に合わないようなきがします。身体の感覚を変えないと…。
▪️さて、そういうわけで後期から火曜日1限に授業があるのですが、自覚が足らないので、その時間帯に定期健康診断を申し込んでしまいました。今日、慌てて、保険管理センターに電話をして2限に変更してもらいました。後期の授業は、9月19日(金)からスタートします。
集中講義「びわ湖・滋賀学」5日目・最終日
▪️昨日は、集中講義「びわ湖・滋賀学」の最終日でした。午前中は、歴史担当の学芸員である島本多敬先生に展示を使って講義をしていただきました。普通の講義とは違って、展示物やパネルがテキストになります。まずはB展示室での講義の後、現在開催されている企画展示「川を描く、川を作る—古地図で昔の堤(つつみ)をさぐる—」で、この企画展の担当者である島本先生ご本人に解説をしていただきました。なんという贅沢でしょう。どのような企画展なのか、以下をご覧ください。概要は以下のとおりです。私、この企画展に「はまり」ました。大変丁寧な研究蓄積もとにした素晴らしい企画展でした。素晴らしいです。
滋賀県(近江国)は日本国内でも有数の「天井川」が多い地域で、「はげ山」などと呼ばれる草木の少ない山々が広がっていた歴史があります。そして、人々は水害・土砂災害から地域をまもるため、「堤」(川の堤防や山の土砂流出をとめる堰堤など)をつくってきました。
この企画展示では、17~19世紀の琵琶湖集水域・淀川流域を中心に、災害の状況や土木工事の計画を描いた地図、治水の歴史に関わる道具や文書などを展示します。また、古い地図から歴史を研究する方法を紹介します。川をつくる人々のそばにあった地図を眺めて、歴史に埋もれた堤を見つけにいきましょう。
▪️右上の写真は、「膳所藩領絵図」です。この企画展の図録には、「膳所藩が担当した範囲の土砂留め普請箇所と工種が描かれている」と説明されています。これも図録での説明ですが、江戸時代、燃料や肥料を求めて山の木を採り草を刈ってきた結果、木が少ない「草山や、土壌が流れ出て草も生えない「はげ山」が現れ、土砂の流出が生じてしまいました。滋賀県内の「はげ山」としては、田上山地と比良山地が有名です。この絵図には、龍谷大学瀬田キャンパスのある瀬田丘陵や田上山地が描かれています。丘陵や山地の谷筋には、現在でいえば砂防ダムの役割を果たす工事が行われましたが、ものすごくたくさんの場所で工事が行われていることが確認できます。絵図の中には、よく知る、瀬田付近の地名や川の名前が出てきます。この授業のコーディネーターを務めていただいている先端理工学部の横田岳人先生によれば、龍谷大学瀬田キャンパスに隣接する「龍谷の森」には、この土砂留め普請のあとがあるとのこと。そういえば、石垣を見かけた記憶があります。あれが、土砂留めだったんですか。なるほど。
▪️これほどの普請(工事)が行われたということは、土砂が琵琶湖の南湖の南側や瀬田川に土砂が堆積していくということでもありますね。そのような土砂の堆積は、水害の発生の確率を高めてしまうことになりますね。国土交通省の公式サイトの中に、「瀬田川の歴史」という記事がありました。この記事を読むと、この企画展で展示されている「膳所藩領絵図」の地域での資源採取、草山やはげ山の出現、土砂流出、洪水が発生する確率を高め、水害による生活困難による海外への移住…さまざまなことが歴史軸の中で繋がっていきます。ちなみに、水害による生活困難による海外への移住に関しては、「滋賀県立公文書館」のこの記事が参考になると思います。
明治初期の浚渫と明治29年の大洪水
明治元年(1868)の大洪水を契機として、大津県による大規模な瀬田川浚渫が実施されました。明治22年(1889)5月から9月にかけては、琵琶湖水位が2mにもおよぶ高水位が続いたことと、国鉄東海道線の瀬田川橋梁の架橋開始が重なったため、住民が橋梁撤去の請願運動を行い、滋賀県知事や住民有志による直轄工事の陳情が重ねられました。一方、下流住民が瀬田川浚渫反対を訴え大きな問題となりましたが、内務省は、明治26年(1893)下流淀川に影響のない範囲の浚渫を実施しました。
明治29年(1896年)は雨の多い年で、7月から水位が高い状態となっていました。9月には10日間で1,008mmを記録する豪雨があり、琵琶湖の水位はB.S.L.+3.76mに上昇し、湖周辺に未曾有の大災害が発生しました。
明治29年(1896年)の大洪水により、琵琶湖周辺にあるほとんどの市町村が浸水による被害を被り、無害水位に低下するまでに237日を要しました。特に彦根市の80%、大津市の中心部は全て浸水したとされています。当時の洪水位を記録した石標等が各地に残されていますが、生活再建を諦め、多くの人が海外への移住を余儀なくされました。
▪️この記事では、明治政府の治水対策の説明もあります。
瀬田川洗堰設置と瀬田川浚渫
【日本初、上下流一貫の改修工事「淀川改良工事」】
明治18年(1885)の大阪市内の大洪水を契機に治水対策の気運が高まり、明治29年(1896)に河川法が制定され、これに基づき内務省が本格的な河川改修計画「淀川改良工事」が決定されました。淀川放水路、瀬田川洗堰設置など、上下流一貫の抜本的な治水対策が着手されました。
【瀬田川洗堰設置と瀬田川浚渫 明治38年(1905年)】
瀬田川に関連する工事は、琵琶湖からの流出量を増大させる瀬田川河道掘削および大日山の掘削、淀川の洪水調節のため琵琶湖からの流出量を制御する角落とし式の瀬田川洗堰を明治38年(1905)に設置でした。32門の堰で、角材を抜き差しすることにより流量調節を行いました。
瀬田川洗堰は、琵琶湖沿岸の浸水被害軽減のため平常時の水位を低下させる河道掘削を可能としました。
また、洪水時の琵琶湖の水位上昇は、下流淀川の水位上昇に比べて緩慢であるという自然の地形、水利上の特性を活かし、下流淀川の洪水時には放流量を制限する目的をもっています。
▪️下の写真は、企画展のチラシ、図録、関連するニューズレターです。素晴らしい図録でした。一番右のニューズレターですが、愛知川の下辺林の中にあるかつての堤防、猿尾の調査に関するレポートです。歴史学、河川工学、生態学といった複数の分野の研究者の連携により猿尾のことがわかってきたことを報告されています。琵琶湖博物館らしい、ならではの共同研究だと思います。
▪️琵琶湖博物館は、1996年10月20日に開館しました。12年の準備期間を経て(1984年~)、1996年4月1日に設置され、その後、同年10月20日に一般公開されました。私は、1991年から開設準備室に勤務しました。5年間、琵琶湖博物館に開館に向けて仕事をしてきました。開館後は2年間、学芸員として勤務しました。在籍期間は開設準備室時代も合わせて7年、博物館に関わって仕事をさせてもらったことになります。この時の経験が、その後の私の人生に非常に大きな影響を与えるきっかけになっています。博物館を退職した後も、ずっと琵琶湖や滋賀県に関わって仕事をしてきました。今は、10年前からは滋賀県の大津市、自宅から琵琶湖の南湖が見える家に暮らしています。
▪️琵琶湖博物館は、開館後、6年間のリニューアル工事を経て、2020年10月10日にグランドオープンしました。開館からリニューアルまで25年、現在までだと30年、個々の学芸員の皆さんが、あるいは博物館という組織として琵琶湖や滋賀県をフィールドに関する研究を蓄積されてきたことが、常設展示はもちろん、今回の企画展にも非常によくあらわれていると思います。
▪️5日間の集中講義では、琵琶湖博物館の学芸員の先生方には大変お世話になりました。特に、全体を取りまとめてくださった、学芸員の林竜馬先生には、心より感謝したいと思います。ありがとうございました。履修された学生の皆さんのレポートが非常に楽しみです。
集中講義「びわ湖・滋賀学」3・4日目
▪️26日から28日まで「びわ湖・滋賀学」の集中講義で瀬田キャンパスにいました。昨日は3日目でした。私はコーディネーター役の1人で講義はしません。学生さんたちと一緒に、琵琶湖博物館の学芸員の先生方のお話を興味深く拝聴しています。午前中は、水産試験場の水産技師で、今は琵琶湖博物館に出向されている県の職員さんが、琵琶湖の水産業について講義をしてくださいました。午後からは、旧知の学芸員である金尾滋史さんから「琵琶湖の魚と人の関わり」というタイトルで2コマ講義をしていただきました。昨日は終日、琵琶湖の魚に関連するお話でした。金尾さんも含めて、旧知の学芸員の皆さん、みなさん立派なおじさんになっておられます。まあ、私もおじいさんですからね。それは当然ですか。ひさしぶりにあった金尾さんからは「めっちゃ痩せてますやん、大丈夫ですか?」と言われてしまいました。めっちゃ痩せて頬が痩けた貧相なお爺さんです。
▪️1日3コマの3日め。集中講義は、学生さん達はかなり疲れている人が出てきていました。後ろから見ていると、そのことが良くわかりました。無言のうちに「疲れた〜」という気持ちが態度に表れていて、講義をされている先生方に伝わってるかもしれないなと心配しました。すみません。心折れませんように。とはいえ、前の方でしっかりとノートを取っている方たちもおられたので救われます。ところで、瀬田キャンパスは暑いですが、深草キャンパスとは違って自然を感じられます。良いキャンパスですね。
▪️ 「びわ湖・滋賀学」の集中講義、今日は4日目です。今日から最終日の明日までの授業は、滋賀県立琵琶湖博物館で行われます。琵琶湖博物館は、今から27年前まで勤務していた職場です。学生さんたちは、瀬田キャンパスでの座学でかなり疲れていたと思いますが、今日は、結構な距離を歩いて「博物館疲れ」が出ているかもしれまん。でも、展示を前に、学芸員の方から直接解説をしていただきながら、勉強できるんですからね、かなり贅沢です。私も、C展示室でひとつだけ解説を担当させていただきました。この博物館の開設準備室の頃から開館した後数年後まで勤務していましたので。
▪️写真についても、少し説明しますね。2段目左。A展示室での講義風景です。履修者を半分ずつのグループに分けて講義を受けました。学生の皆さんが乗っているガラスの下にあるのは、ゾウの足跡化石です。2段目右。つい最近、ビワマスが、琵琶湖の固有種として認められました。琵琶湖博物館に関係する方達が論文を発表して認められました。これまでは、固有種ではなく固有亜種となっていたと思いますが、独立した種として認められたわけですね。そのお祝いの展示の前で語り合っている方達。左は学芸員の林竜馬さん。この授業の中心になってお世話いただきました。ありがとうございました。右は先端理工学部の横田岳人さんです。私と同じく、この授業のコーディネーターをお勤めいただいています。
▪️ 3段目。この魚屋の大将、学芸員の金尾滋歴史さんです。若いですね〜。そして金尾さんの横にあるのは、鮒寿司のタルの断面を見せたレプリカ。開館時の展示の一部です。私が担当しました。自分たちで鮒寿司をつけて、その鮒寿司を凍らせて、半分に切断して、その断面を型取りしました。その作業は、業者さんがされるので、私は指示するだけですけど。展示が新しくリニューアルされたため、開館時に私が担当した展示で生き残っているのは、これだけです。
▪️琵琶湖博物館での授業が終了した後は、月1回のクリニック。今月も血液検査をしていただきました。HbA1cは、今月も「5.3」。きちんとコントロールできていました。安心です。ただ、CKの値が基準値を若干超えていました。心配する数値ではありません。CKとは、脳、臓器、筋肉が損傷を受けると数値が上がります。今回は、博物館の中を結構歩いたことが、この数値に表れているのかなと思います。車で博物館まで行きました。歩数計は9,000歩を超えていました。この程度の歩数でも、CKの値に影響が出るのですね。すごいな血液検査。
集中講義「びわ湖・滋賀学」2日目
▪️「びわ湖・滋賀学」の集中講義で瀬田キャンパスに来ています。今日は2日目です。講義は、1日3コマです。私はコーディネーター役の一人で講義はしません。学生さんたちと一緒に、琵琶湖博物館の学芸員の先生方のお話を興味深く拝聴しています。午前中は、滋賀県庁から琵琶湖博物館に出向されたり、兼務されている本職は県職員の方たちが講義をしてくださいました。講義の内容は、河川政策の話と森林政策の話。情報量も多く、さすが専門家だと思いました。
▪️ところで、河川と森林、現場ではこの2つは繋がっています。特に、滋賀県の場合は。森林・河川・農地・琵琶湖すべてを視野に入れた「総合政策」みたいな講義を受けてみたいな〜と思いました。細かなことを言えば、森林と河川の繋ぎ目、河川と農地の繋ぎ目、そして河川と琵琶湖の繋ぎ目、その「繋ぎ目」のところで起こっていることに強い関心があります。流域全体を多様な主体(ステークホルダー)が協働しがら、シームレスに流域全体を保全していくことにも関心があります。繋ぎ目では、「異業種」の方達同士の連携が必要になるのではないかと思います。まあ無理ですかね。お役所は基本、縦割りですし。でも、行政の立場から、流域全体の総合政策を拝聴してみたいです。
▪️写真は講義の中で紹介されていた、冊子です。『はじめての魚の居場所づくり』というタイトルです。一般の人びとが、身の回りの小河川で魚の賑わいを再生していくためのノウハウが、よくわかるように編集されています。親しみやすいイラストで、とてもわかりやすいです。こういう川づくりが、もっと地域社会に広まったらいいなと思います。そのためには、どういう仕組みが必要なんでしょうね。ネット上にはさまざまな情報があります。勉強します。
▪️昼食は、講師控室でいただきました。ひさしぶりに、この部屋のお世話をされている職員さんともお話をしました。深草キャンパスで勤務しているはずの教員がなんで瀬田にいるのかということで、少し驚かれた様子でした。加えて、「痩せましたね〜」と言われてしまいました。最近、しばしば言われます。体重に変化はないのですが、どうも頬が痩けて見えるようです。健康的には大丈夫だと思っていますが、痩せた痩せたと言われるとなんだか心配になってきましたが、近日中に、おそらく金曜日に、月1回定期的に受診しているクリニックに行く予定です。
「びわ湖・滋賀学」の集中講義
▪️本日から、「びわ湖・滋賀学」の集中講義です。26日から30日までのうち、26・27・28日の3日間は瀬田キャンパスでの講義。オリエンテーションを除いて、滋賀県立琵琶湖博物館の学芸員の先生方が講義を担当してくださいます。29・30日は、場所を、琵琶湖博物館に移動させて、実物資料や展示を使った講義が行われます。ここでも、学芸員の先生方に講義をお願いします。私は講義を担当しませんが、先端理工学部の横田岳人先生と一緒に、この授業のコーディネーターのような役割があり授業を聴講させていただいています。
▪️ひさしぶりに、瀬田キャンパスに来ました。もちろん、暑いわけですが、深草キャンパスとは違って周囲が森林に囲まれていて、気持ちが安らぎます。明日は、授業終了後、隣接する文化ゾーンにある滋賀県立図書館に研究に必要な資料を借りに行く予定です。今日は、自分の研究室のあった2号館をのぞいてみましたが、階段を上ることができないようになっていました。2027年に新しく開設される学部のために、改装の工事が始まるようです。瀬田キャンパスに社会学部があった「痕跡」は全く見当たりませんでした。なんだか、寂しいな。社会学部の卒業生の皆さんにとってのホームカミングデー、どうなるんだろうな…と今頃になって心配しています。