「エコな農家」か「農家のエゴ」か 有機は環境にいい? 悪い?

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▪︎Facebookのお「友達」の社会学者が、シェアされていました。対談です。対談のタイトルに惹かれて、さっそく読んでみました。おひと方は、環境社会学の丸山康司さん。お相手は、『小さくて強い農業をつくる』の著者である久松達央さんです。この対談のなかで、以下のような部分があります。

「エコな農家」か「農家のエゴ」か 有機は環境にいい? 悪い?

丸山:そう。それは対応できるし、ある程度はすでに対応されてきたんです。すぐに健康被害が出るような毒物を環境中に放出するようなことは日本ではもうできませんし、そういう工場も存在できません。どこかに悪者がいる解決可能な問題はほぼ決着して、次のステージに入っています。それはモラルに訴えて解決できる段階ではないのに、従前の発想で解決しようとする嫌いがありますね。

久松:よくわかります。全員が加担している問題がほとんどですよね。

丸山:自分自身だけではなく、子孫が被害者になる可能性も含めて、全員が薄く広く加害者であり、被害者である問題です。もちろん、たとえば企業のモラルに問題が残っているケースもありますが、それでも「誰が悪いのか」の問いはもはやあまり生産的ではありません

久松:解に近づかない。

丸山:近づかないですね。たとえばある種の人たちに、化学肥料や農薬を使う慣行農業への忌避感があることは理解できます。でも、忌避感を持たれるモノをなぜ使うのかと、問いを立てないといけない。そこがわかれば、問題は倫理から生産性のステージに移ります。使用量を減らす合理的な理由も出てくるでしょう。使うか使わないか、ではなくて、使っている量が適正なのかを見るステージですね。

 私は慣行農業に忌避感はないけど、農薬使用量には相当に疑問を持っています。使い過ぎじゃないかと思う場面もかなりある。でも仮に農薬や化学肥料が使いすぎだとして、現在は全体の1%しかいない有機農家を10倍にしようとすることと、99%の慣行農家の農薬や化学肥料の使用量を10分の1に減らすことは、環境負荷的には等価なんですよね。

▪︎ひとつ前のエントリーに、こう書きました。「現状の批判的分析を超えて(隠れた問題点や矛盾を指摘し、ぼんやりした社会の方向性を示すだけでなく)、環境問題の解決に資する実質性を伴った研究を本気になってしようと思えば、分野を超えた連携が必要になる」。この前半部分の「現状の批判的分析」とは、対談の中にある「モラルに訴えて解決できる段階ではない」「「誰が悪いのか」の問いはもはやあまり生産的ではありません」という部分と重なりあうところがあります。「モラルに訴えて解決できる」とは、環境に優しい暮らしをしましょう…といったキャンペーンや啓発・啓発が直接的にはあてはまるのかもしれませんが、社会的なマジョリティにとって、また強い言説の元では不可視化されるマイノリティのリアリティを析出し、そこを拠点にマジョリティや強い言説を相対化するための批判的議論を展開していく…、よくみられる「研究戦略」もこれにあてはまろうかと思います。

▪︎では対談でいう「次のステージ」とはどういうことでしょうか。今回の対談だけでは必ずしも明確にはなっていないように思いますが、問題の解決に向けて、多様なステークホルダーと社会の仕組みを組み替えていくために、「知恵を出し、汗をかく」ことなのかなと思います。解決に向けて生産的かつ具体的な展開が社会に生まれてくるような研究である必要があります。対談の本筋から逸れてしまいました。この対談は、まだ続くようです。続きを待つことにしましょう。

【追記】▪︎…と最後に書きましたが、続きはすでにありました。

あらゆる農業はいつか植物工場にたどり着く?

北海道のヒグマ、肉食から草食傾向へ!

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▪︎写真は、ヒグマです。「wikimedia commoms」の「ヒグマ」からお借りしました。なぜ、ヒグマなのか。少し説明がいりますね。

▪︎先日、京都大学・北海道大学・総合地球環境学研究所が「北海道のヒグマ、肉食から草食傾向へ。明治以降の開発が影響か -考古試料の安定同位体分析から-」というプレスリリースを行いました。共同研究による成果がプレスリリースされたのです。このことは、新聞記事にもなりました。お読みになった方もいらっしゃるかもしれませんね。以下が、この共同研究の概要です。

ヒグマは日和見的な雑食性の動物であり、食物資源の可給性に合わせて食性を変化させま す。私たちは、日本の北海道に生息するヒグマを対象に安定同位体分析を用いた食性解析を 行い、ヒグマの歴史的な食性の変化を調べました。その結果、かつての北海道のヒグマは、 現代に比べてシカやサケといった動物質を多く利用していたことがわかりました。また、こ の食性の大きな変化が、北海道での開発が本格化した明治時代以降に急速に生じたことを明 らかにしました。
この研究成果は、英国科学誌 Nature の姉妹誌「サイエンティフィック・リポーツ(Scientific Reports)」誌(電子版)に 2015 年 3 月 17 日付けにて掲載されました。

(以下は、『サイエンティフィック・リポーツ』誌に掲載された論文のリンクです)
Major decline in marine and terrestrial animal consumption by brown bears (Ursus arctos)

▪︎このプレスリリースのなかには、総合地球環境学研究所の陀安一郎さんの名前がありました。陀安さんは、安定同位体を用いた測定法により、生態学の研究を進めておられる方です。安定同位体とはなにか…ということになりますが、プレスリリースでは、以下のように説明されています。このブログでは表記できないのですが、実際には、C・N・Sの左にある数字の位置は、正確には左上になります。

同一の原子番号を持ち、質量数が異なる元素のなかで、安定に存在するもの。炭素では 12C と 13C、 窒素では 14N と 15N、イオウでは主に 32S と 34S を指す。これらの比(安定同位体比)は生き物によ ってわずかに変化するが、精密に測定することで生物どうしの関係を示す重要な指標とすることが できる。

▪︎簡単に説明します。北海道各地の博物館や郷土資料室や博物館に収蔵されているヒグマの骨から微量の試料を集め、そこに含まれている炭素・窒素・イオウの安定同位体比を測定すると、それぞれの時代のヒグマが何を食べていたかがわかるのです。食べているものによって、炭素・窒素・イオウ安定同位体比が異なってくるからです。比較分析の結果、明治以降、人間が北海道の大地を開拓し始めたころから、ヒグマの食性か変化してきていることがわかったのです。もともとは、サケなどの魚も食べていたのですが、だんだん草食に傾いていったわけです。以下のようにまとめてあります。

われわれは北海道のヒグマの食性が歴史的に大きく変化したことを示しましたが、それが具体的にどのような要因によるのかは、はっきりと分かっていません。一口に人為的な要因といっても様々な要素が考えられ、今後ヒグマの保全や食物網構造の修復を検討するためには、より具体的な原因を明らかにする必要があります。従って、ヒグマの食性変化を引き起こす具体的な要因の解明が第一の課題だといえます。さらに、北海道における食物資源の可給性の変化が、ヒグマ以外の動植物に及ぼした影響の調査も重要な課題です。特に、ヒグマとサケのつながりは、海から陸への物質輸送を駆動する重要な要因です。何がヒグマのサケ利用を制限したのか、またそれが生態系全体にどのような影響を及ぼしたのか、さらには、元の生態系に近づけたいのであればどのようにすれば修復できるのか、これらの課題について網羅的に研究していきたいと考えています。

▪︎近々、また総合地球環境学研究所に行くので、陀安さんに、詳しいことをお聞きしてみようと思います。陀安さんと私は、総合地球環境学研究所のプロジェクト「生物多様性が駆動する栄養循環と流域圏社会─生態システムの健全性」のコアメンバーです。このプロジェクトでも、陀安さんたちの分析技術が重要な役割を果たしています。

▪︎あくまで私自身の個人的な意見ですが、現状の批判的分析を超えて(隠れた問題点や矛盾を指摘し、ぼんやりした社会の方向性を示すだけでなく)、環境問題の解決に資する実質性を伴った研究を本気になってしようと思えば、分野を超えた連携が必要になると思います。陀安さんのような自然科学の方たちはもちろんのこと、現場にお住まいの皆さんや、行政職員の皆さん…その他様々な利害関係者(ステークホルダー)の皆さんと連携していかなければ解決に結びついていきません。もちろん、批判的分析だけでも十分じゃないかという方は、そういう道に進まれればよろしいかと思います。しかし私は、そのような道には進みたくありません。すでに別の道に進んでいます。蛇足のようなことも最後に書いてしまいました。

孤独死現場処理業者

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▪︎Facebookで教えていただいた記事です。記事のタイトルは「世界でもっとも物悲しい仕事として海外で報じられている「日本の孤独死現場清掃処理業者」。アパートで孤独死した85歳の男性。死後1ヶ月後に発見されたといいます。記事中には「隣人は老人の不在には気がつかなかったという。家賃は銀行口座からの引き落としで、家族が訪問することもなかった。ようやく遺体が発見されたのは、下の階の住人から変な臭いがすると苦情があったからだ」とあります。朝起きて、この記事のことを知りました。世の中には、こういうお仕事をされている方達がおられること。それが仕事として成立していること。こういう方達がいて救われる方達が多数おられること。そもそも、救われるってどういうことなのか…などと、いろいろ考えました。
孤独死現場処理業者

▪︎阪神淡路大震災以降、孤独死という言葉をたびたび聞くようになりました。NHKスペシャル『無縁社会~“無縁死” 3万2千人の衝撃~』により「無縁社会」という言葉が広がるとともに、一層、この「孤独死」や「無縁死」という言葉が広まっていったように思います。あくまで個人的な印象ですが…。いろんな書籍が出ています。比較的最近のものを、amazonでざっと拾ってみました。

『孤独死のリアル』 (結城康博、講談社現代新書)
『孤独死なんてあたりまえだ』(持丸文雄、文芸社)
『孤独死の作法』 (市川愛、ベスト新書)
『孤独死の看取り』(嶋守さやか、新評論)
『孤独死―被災地で考える人間の復興』(額田勲、岩波書店)
『ひとりで死んでも孤独じゃない―「自立死」先進国アメリカ』(矢部 武、新潮新書)
『孤独死を防ぐ―支援の実際と政策の動向』(中沢卓実・結城 康博、ミネルヴァ書房 )
『孤独死のすすめ』(新谷忠彦、幻冬舎ルネッサンス新書)
『しがみつかない死に方』(香山リカ、角川oneテーマ21)
『人はひとりで死ぬ―「無縁社会」を生きるために』(島田裕巳、NHK出版新書)
『無縁社会から有縁社会へ』(島薗進 他、水曜社)

▪︎私はこれらの本を読んでいるわけではありません。本の内容の紹介やカスタマーレビューを読んで推測しただけなのですが、「孤独死」や「無縁死」をどのようにとらえるのか、その前提となっている考え方に違いがみられるように思います。極論すれば、ひとつは、「孤独死」や「無縁死」を否定的なこととして捉え、そのような「死」をいかに防いでいけばよいのかという立場。もうひとつは、「孤独死」や「無縁死」を否定的なことだという考え方に疑問を提示し、「孤独死」や「無縁死」を生み出した社会構造や親密圏の変化や、その趨勢を前提に、むしろ「孤独死」や「無縁死」をどのように社会に受け止めていくのかという立場です。お断りをしておきますが、あくまで推測です。「孤独死」や「無縁死」、非常に重要な問題だと常々思っています。「孤独死」・「無縁死」した人に関わった人たちは様々なことを思い、それを語ることができます。しかし、「孤独死」・「無縁死」をした人たち自身は語ることができません。「孤独死」・「無縁死」とは、どのような経験なのでしょうか(経験と呼ぶことに問題があるかもしれません…)。そもそも、「孤独死」や「無縁死」だけでなく、「死」という現象は誰のものなのでしょうか。はたして「死」は個人に帰属するのでしょうか。難しい問題ですが、多くの人びとと、考えていかなくてはいけない問題のように思います。

【追記】▪︎NHKスペシャル『無縁社会~“無縁死” 3万2千人の衝撃~』の取材にあたったNHK記者・池田誠一さんの講演会の内容が、以下で紹介されています。引用は、最後の部分です。

取材を続けていく中で「家族のつながりが薄れている」という事実が浮き彫りになった。今、この日本で何が起きているのか。どうなっているのか。処方せんのようなものがあるのか。取材を続けているものの、いまだに分からないままだ。

介護保険制度がスタートして10年以上が経過した。しかし身内に困った人がいても「介護保険を利用すればいいでしょう」「あなたたちにお任せします」などといって、行政にすべてを委ねる人が増えてきているのではないだろうか。

救急病院のソーシャルワーカーとして、30年ほど務めている人はこのように言っていた。「10年ほど前であれば、身内に厄介扱いされている人がいても、『しょうがないわね』と言って引き受けてくれる人がいた。しかし今ではそうした人がほとんどいなくなった」と。

NHK記者が語る、“無縁社会”の正体

柴静/『穹頂之下』 中国のPM2.5問題ドキュメンタリー【日本語字幕】


(画面右下の「字幕」アイコンをクリックすると、日本語字幕が出ます)
▪︎中国でものすごい注目をあびた「PM2.5問題を告発する」ドキュメンタリーです。中国国内で2月28日にネットにアップされましたが、3月7日に視聴が禁止されました。現在は、YouTubeで視ることができます。以下のブログ記事もあわせてご覧いただければよいかと思います。

PM2.5問題を告発する中国発のドキュメンタリー『穹頂之下』中国1.6億人が見たプレゼンとは?

地球研・日比国際ワークショッブ(9)

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▪︎総合地球環境学研究所・奥田プロジェクト「生物多様性が駆動する栄養循環と流域圏社会─生態システムの健全性」が主催した日比国際ワークショップ。先週の木曜日から始まりましたが、今日が最終日になりました。私は、コアメンバーとしてすべての日程に参加する予定でしたが、副学長の退職記念パーティや平和堂財団「夏原グラント」の審査会等があり、すべての参加はできませんでした。とても残念ですが、年度末ゆえ、仕方ありません。

▪︎さて、最終日のワークショップの会場は総合地球環境学研究所になりました。「Data camp for Nutrient Spacial Metrix」。山梨大学の岩田智也さんが講師となり、フィリピンの共同研究メンバーを対象にした講習会を開催されました。岩田さんは、流域の栄養循環を評価する手法を開発されています。陸上・河川・湖沼生態系および人間社会における栄養循環を「見える化」するための自然科学の解析手法を確立されているのです。岩田さんは、栄養循環評価の理論や手法について丁寧に時間をかけて解説されあと、分析のためのソフト(エクセルに組み込まれています)を講習会の参加者に配布し、データ解析の実際を指導されました。岩田さんによれば、学生に3ヶ月かけて教える内容を、この日は、半日の急ぎ足の講習会で詰め込むことになってしまっようです。しかし、さすがにプロの研究者の皆さんですから、この分析手法のポイントはきちんと把握されたようです。

▪︎午後からは、最後の〆のミーティングが開催されましたが、私自身は、4月からの仕事の関係で大学の会議に出席しなくてはなりませんでした。私のかわりに、秋田県立大学の谷口さんが、人間社会班のワークショップでの成果をまとめて報告してくださいました。参加者の1人からは、素晴らしい報告であったとのメールによる報告が、会議中の私のスマホに届きました。谷口さん。ありがとうございました。

【追記】▪︎ワークショップ終了後も、プロジェクトの人間社会班で、メールを使ってディスカッションを続けています。プロジェクトでは、近いうちに、クラウド型コラボレーションツールの利用を始めます。国内の比較対象地は、宍道湖、手賀沼、八郎湖になりますが、それぞれでワークショップといくスカーションを実施することになりそうです。

地球研・日比国際ワークショッブ(8)

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▪︎総合地球環境学研究所・奥田昇さんを代表とするプロジェクトの「日比国際ワークショップ」の2日目、さらにさらに続きます。

▪︎野洲市須原の「せせらぎの郷 須原」を訪問したあとは、甲賀市の小佐治に移動しました。この小佐治は、私たちの研究ブロジェクトにとってとても重要な調査地になります。来月から、いよいよ本格的にこの小佐治集落との連携が始まります。ここはもち米の生産で有名です。そのことを活かして農村レストランの経営にも成功されています。野洲市の須原での「魚のゆりかご水田」と同様に、生物多様性に配慮した環境保全型農業と、コミュニティの活性化やこの地域のhuman well-beingとがどのような形で結びつくのか、それをどのように評価してフィードバックし、この地域を支援できるのか…その辺りのことがプロジェクトとしては重要になってきます。これまでのことは、小佐治については、以下のエントリーをご覧いただければと思います。

小佐治での生き物調査
甲賀市の小佐治を訪問
「豊かな生き物を育む水田プロジェクト」
甲賀市の農村で調査
甲賀の農村で

▪︎小佐治では、まず「もちふる里館」を訪問しました。ここは、もち米や米湖をつかった料理が楽しめる農村レストランや直売所、そして集会室や会議室等がセットになった建物です。ここで、地域の概況を伺いながら、米粉でつくったうどんをいただきました。写真はありませんが(写真を撮る前に食べてしまった…)、小麦粉のうどんとはまた違った食感の麺でした。美味しくいただきました。そのあとは、加工工場である「甲賀もち工房」を見学させていただき、そして小佐治の環境保全部会の皆様が取り組んでおられる「豊かな生きものを育む水田づくり」の現場を訪問しました。

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▪︎ここの水田の特徴については、過去のエントリーに書きましたが、再度、説明します。小佐治は、古琵琶湖層群の地層が隆起した丘陵地帯にあり、水田も大変細かな重粘土からできています。そのため、大変、水はけが悪いのです。きちんと水がぬけていないと、稲刈りのときに使うコンバインのキャタピラが埋まって動かなくなります。そこで、水はけをよくするために、水田の周囲に、といっても水田の内側なのですが、水田内水路をつくっています。営農のための工夫なのですが、そこが水田の生き物の生息場所になっているのです。水田の水を引いたあとも、その水路には水が残ります。集落では、そこに塩ビのパイプ等を設置して、生き物たちのシェルターにされておられます。このような取り組みの成果が少しずつ生まれています。写真の説明も少し。上段右は、「豊かな生きものを育む水田づくり」の活動をしている圃場の前で、説明を受けているところです。下段左。水田内水路を見学しているところです。越冬したメダカ、ドジョウ、水性昆虫等が確認できました。小佐治では、「メダカが成長する水田で生産した米=生物に配慮した営農で生産した米=安心・安全の米」ということを強調して、「メダカ米」を販売されています。ただし、「豊かな生きものを育む水田づくり」の活動は、経済以外にも、もっとローカルな社会・文化の文脈に依存していて外部からは「見えにくい」効果があるのです。それについては、また別のエントリーで説明しようと思います。

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▪︎小佐治での見学を終えたあとは、大原貯水池に移動しました。そこで、大原財産区の関係者に、いろいろ説明をしていただきました。ありがとうございました。大原財産区については、「甲賀市の大原財産区を訪ねる」をご覧いただければと思います。

▪︎2日間にわたって野洲川流域の各地を訪問しました。どの地域の皆さんも、大変暖かく私たちを歓迎してくださいました。非常にお世話になりました。ありがとうございました。翌日3日めは、実際に野洲川の支流で、水質観測のデモンストレーションが行われ、午後からは琵琶湖に浮かぶ沖島を訪問したようです。ようです…と書いたのも、私自身は、3日目は参加できなかったからです。平和堂財団の「夏原グラント」の審査会があったからです。「夏原グラント」は、滋賀・京都で取り組まれている環境保全活動を支援する事業です。私は、2014年度からこの「夏原グラント」の審査員をしています。これについては、別途エントリーしようと思います。

地球研・日比国際ワークショッブ(7)

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▪︎総合地球環境学研究所・奥田昇さんを代表とするプロジェクトの「日比国際ワークショップ」の2日目、さらに続きます。

▪︎野洲市の幸津川の大水口神社のあとは、同じく野洲市の須原に移動しました。ここでは、「せせらぎの郷 須原」という農業団体が組織され、「魚のゆりかご水田」の取り組みが行われています。「魚のゆりかご水田」に関しては、以前のエントリー「野洲市のゆりかご水田」をご覧ください。今回、須原の「せせらぎの郷 須原」を訪問したのには理由があります。私たちのプロジェクトが、この須原での取り組みに強い関心をもっていること同時に、フィリピンの共同研究者の皆さんに、日本の環境保全型の農業とコミュニテイビジネスとの関係について知っていただきたかったからです。私たちがフィリピンで比較研究を進める予定の農村では、アグロエコツーリズムと農産物のブランド化を進めようとしておられます。この須原での取り組みが大きなヒントになればとの思いから訪問することにしたのでした。
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▪︎現場では、代表の堀彰男さんが、フリップボードを使って「魚のゆりかご水田」についてご説明くださいました。また、ワークショップに参加された方達は、「せせらぎの郷 須原」で生産した「魚のゆりかご水田米」や、食米から生産した吟醸純米酒「月夜のゆりかご」を購入させていただきました。「月夜のゆりかご」については、試飲もさせていただきました。ありがとうございました。こちらの「せせらぎの郷 須原」には、じつにたくさんの人びとがやってこられます。全国的にも高く評価されている取り組みです。公式サイトをお持ちですが、そこに「台湾・フィリピンより視察」という記事をアップしてくださいました。少しだけ、写真について説明します。中断の左。白く見えるものは、魚道を設置しやすいようにつくられたコンクリートの土台です。この土台をもとに、魚道を毎年設置するのです。トップの写真は、湖西の比良山系です。この日は大変天気が良く、くっきり比良山系が確認できました。

地球研・日比国際ワークショッブ(6)

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20150329workshop11.jpg20150329workshop12.jpg
20150329workshop13.jpg ▪︎総合地球環境学研究所・奥田昇さんを代表とするプロジェクトの「日比国際ワークショップ」の2日目です。1日目の宿泊、守山市にあるビジネスホテルでした。前日に続きこの日の天候もよく、ホテルの部屋からは、湖西の山々が実によくみえました。左の方(南側)には比叡山が、右の方(北側)にはまだ山頂に雪を残す比良山系がはっきりと見えました。本当は、ここで琵琶湖も見えればよいのですが、このホテルの部屋の高さからでは、琵琶湖の湖面は見えません。

▪︎2日目、私たちがまず向かったのは、野洲川河口近くにある、幸津川(さずかわ)の大水口神社です。境内には、明治29年の大洪水の際に、野洲川が決壊したことを伝える「川切れ100周年」の石碑が建てられています。横を見ると1本の筋が刻まれていました。明治29年の大洪水の際には、ここまで水位があがった…ということを示しているのです。現在、琵琶湖の水位は人工的にコントロールされています。また、かつては2匹の蛇がうねるような形をしていた野洲川の河口域(南流と北流)も、直線的な放水路につけかえられています。かつてのような水害はなくなりました。大水口神社の前、以前は田舟が通るクリーク(水路)でした。この地域は、水郷地帯だったのです。もちろん、現在では、クリークも埋め立てられ、周囲の水田も圃場整備が行われ、もはやかつての風景を想像することはなかなか難しい状況です。

ミツバチの本

20150326mitubachi.jpg ▪︎先日、妻の知人Uさんが、自家製の蜜(ニホンミツバチによる百花蜜)をプレゼントしてくださいました。そのことについては、少し前にエントリーしました(「蜂蜜」)。毎日、一匙ずつ、この貴重な蜂蜜を楽しんでいます。前回のエントリーの【追記】にも書きましたが、「そんなに関心があるのならば、遊びに来てもよいよ」という話しになりました。もう少し暖かくなった、時間を調整させていただき訪問しようと思っています。

▪︎そのUさんから、関心があれば読んでみてと、写真のような本を妻を通して貸していただきました。ありがとうございます。ミツバチの本です。農文協から出版されている「現代農業 特選シリーズ8 飼うぞ 増やすぞ ミツバチ」という本です。DVDもついています。以下が、その内容です。入門書のようですが、私のようなまったくの素人には、かなり詳しい内容に思えます。私自身は、ニホンミツバチや、養蜂・採蜜される方達の活動を通して、地域の自然環境のことがいろいろ見えてくるのではないのかなあと、ぼやっとそういったこと考えています。これまで、魚と地域の自然環境との関係については考えたことがありましたが、昆虫についてはあまりありませんので。

日本ミツバチと暮らし始めた福島県の小さなむら
図解 ミツバチってどんな虫?

●ミツバチを飼う
・捕まえる
本当は教えたくない 日本ミツバチの野生群を捕まえるコツ
分蜂群を呼び寄せる花 キンリョウヘン
日本ミツバチの分蜂を見た!
分蜂群の捕獲のとき便利な道具

・巣箱と飼い方
日本ミツバチ用 自慢の巣箱いろいろ
山ちゃん巣箱 スムシ・暑さ対策が簡単
か式巣箱 巣礎を使わないで巣枠でハチがなじむ
飼育届を出そう/住宅地では「糞害」にご用心
ハチを飼うときの道具
蜜源・花粉源になる花を探せ

・外敵・病気対策
ダニ・スムシ・スズメバチ・ガマガエル・チョーク病
西洋ミツバチと日本ミツバチ 混合飼育で外敵対策

●畑で働く交配バチ
さすが、ハチ飼い40年のイチゴ農家 冬場でもハウスのハチは弱らせないよ
交配バチが減る原因とその対策
交配バチを弱らせない農薬選び
果樹の受粉に日本ミツバチ リンゴ・サクランボ・カキ
ネオニコ系農薬はミツバチにこれほど影響する

●ハチのパワーで健康・美容
寝酒にどうぞ、夫婦円満間違いなし!ハチミツでミード
図解 ミツバチの健康・美容パワー
あこがれの天然化粧品 巣クズから蜜ロウクリーム
幼虫入りの巣から蜂児酒
ハチの針で膝痛を治す
外敵スズメバチで健康ドリンク

【追記】▪︎この4月に開学する農学部の教員であるFさんが、facebookで「瀬田でもやろうと思っています」と伝えてくれました。また、農学部のYさんは、「薫製機を使えるので、一緒にベーコンを作りましょう」と誘ってくれました。瀬田キャンパスは、なんだか急に「美味しいキャンパス」になってきたな〜。

『東京喰種(東京グール)」

20150325tokyoghoul.jpg ▪︎知り合いの建築家Fさんから、Facebookを通して教えていただきました。強烈な内容の漫画です。ずいぶん昔に、『寄生獣』(岩明均)を読んだときにもショックを受けましたが、こちらの『東京喰種』は、それ以上の迫力があります。『進撃の巨人』もそうですが、「人を喰らう」、あるいは「人が喰われる」というところでは共通しています。どういう漫画か。ストーリーをバラさない範囲で、ごく簡単に説明すれば、以下の通りです。人間のような姿をしながら、突如として怪物のようにに変身して人を喰らう「喰種」という謎の生物が、人間社会のなかに紛れ込み生きている…そのような設定になっています。「喰種」は、人間しか食べることができません。主人公は、その「喰種」の臓器を移植された青年です。人間でありながら、「喰種」でもあるわけです。喰う-喰われるという、絶対的に両者が相容れることのない関係のなかで、両者を媒介するような位置のなかで苦悩することになります…。

▪︎「殺される」と「喰われる」は、同じようなもののように思いますが、両者の間には決定的な違いがあるように思います。そこにある恐怖には大きな落差がります。そのような落差が、読者(たとえば私)の存在自体をも強く揺さぶってくるのです。言い換えれば、絶望的な関係のなかで、主人公の青年は、結果としてですが、両者を媒介する存在であるがゆえに、周りの人びと(「喰種」)に微かな希望、微かな可能性を与えているのではないか…とも思います。この漫画に描かれている世界を、現実の世界と重ね合わせたときに、何が見えてくるのか。何を感じ取ることができるのか。それは人様々でしょうが、そのように思わせるだけの力をもっているように思います。

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