「ドローン仏」(京都市下京区・龍岸寺)
▪️これはすごい。阿弥陀如来と二十五菩薩、法然上人と蓮華2つ、全29のドローンを使って、来迎のイメージをリアルに表現されています。この取り組み、前々から注目していました。とうとう完成のレベルにまで到達されたようですね。次は、どう進化するのかな。このドローンとは別に、バーチャルリアリティ (VR)によっても擬似体験したいと、私は思うのですが。そういうVRの応用展開は開発されていないのでしょうかね。
▪️阿弥陀仏を信仰する浄土教では、念仏を唱える人が臨終を迎える際、阿弥陀如来が諸菩薩を伴って雲に乗り、極楽浄土から迎えに来てくれるということになっています。普段から念仏を唱えて、この来迎の瞬間を待つわけですね。音楽を奏でる25人の菩薩を引き連れてお迎えに来るわけです。なんだか、とても明るいパレードのような感じです。ちなみに、このドローンのお寺は、浄土宗の龍岸寺さんです。
▪️しかし、浄土真宗では、そのようなイメージをもつ必要はないと考えるようです。阿弥陀仏はすべての人を救うという誓いを立てており、そのことを信じて、自分自身が阿弥陀仏にすべてをゆだねるという気持ちがバシッと定まったその瞬間、「摂取不捨」、仏になることが約束されるのだから、このような来迎のイメージなどもつ必要はない…と考えるようです。むしろ、良くないと考えるのかもしれません。
▪️浄土真宗の教えとは異なるかもしれませんが、このような臨終を迎える際のイメージ、私は生きているときからしっかりもっておきたいと思っています。大昔から、仏画や仏像によって表現してきたことを、それぞれの時代の技術を応用して、その時代の人々にあった感覚で表現することは大切なことだと思うからです。ちなみに私のスマホの待ち受け画面は、この来迎のシーンを描いた「早来迎」です。
▪️ウィキメディア・コモンズからダウンロードさせていただいた「阿弥陀聖衆来迎図」です。これは、メトロポリタン美術館に収蔵されている仏画のようです。「来迎図」の多くの作品では、菩薩たちが雲の上で太鼓や琵琶などの楽器を陽気に演奏しており、まるで楽しいパレードしているかのように描かれています。これから西方浄土に向かう臨終の人を歓迎するかのようです。何か、ゆったりと阿弥陀仏と菩薩がやってこられているように見えますが、息を引き取るときにはこの体制でいてくださるのです。そしてあっという間に浄土へお連れくださる。死は怖いというイメージ逆転させるようなイメージでしょうか。
▪️このような来迎のイメージをプロデュースしたのは、平安時代中期、比叡山で修行していた源信だと言われています。私は、仏教を研究しているわけではないので、源信の『往生要集』を現代文にしたものでさえまだ読んだことがありません。できることは限られていますが、時間をみつけて読んでみたいと思います。ちなみに、源信のお墓は、比叡山横川にあります。私の自宅から頑張れば歩いていけるところにあります。こちらも一度お参りしてみたいと思っています。
ギンバイカ(銀梅花)
適度なバランス
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▪️猫の額のような小さな庭ですが、以前はたくさんのダンゴムシがいました。ミミズもいました。ところが、庭の世話を丁寧にして、落ち葉などを集めてしまうと、ダンゴムシもミミズも数が減ってしまいました。カナヘビを時々みかけるのですが、ダンゴムシもミミズもカナヘビの餌らしいので、カナヘビは困っているでしょうね。もし、庭に生き物を増やそうとすると、適度なバランスが必要ですね。
▪️昨日は、ヒメウツギに2匹の小さな蝶が止まっていました。シジミチョウだと思います。交尾しています。我が家の庭にはたくさんのカタバミが生えてくるので、そこに産卵するのではないかと思います。カタバミしか食べないらしいので。カタバミはどんどん増えていくので、時々、徹底的に処理しているのですが、これも適度なバランスが必要なのかな。適度って…どういうことだろう。
▪️今、庭にはアジサイやアナベルが花を咲かせています。存在感があります。存在感がないけれど、小さな花も咲いています。ナンテンの花です。今年も、冬になると赤い実がたくさんなることを期待したいと思います。ところで、ナンテンは「難を転ずる」ということで、家の鬼門(北東)や裏鬼門(南西)に植えるようです。我が家の場合は、2箇所に植えてありますが、そのうちの1箇所は裏鬼門です。前にお住まいだった方が植えられたものです。このナンテンの小さな花にも、蜜を吸いに虫がやってきます。
▪️庭の法面にシバザクラを咲かせようと努力してきましたが、なかなかうまくいきません。そのかわり、今はマンネングサが拡大しています。今は黄色の花を咲かせています。可愛らしいのですが、生命力があり、どんどん拡大していきます。油断大敵です。まあ今のうちはグランドカバーとして利用することにします
『地図で読み解く 日本の山岳鉄道』
▪️『地図で読み解く 日本の山岳鉄道』。新聞広告で知りました。
▪️自分が高校生の時に通学で利用していた「神戸電鉄有馬線」、だいぶ大人になってからたまに乗車していた「叡山電鉄鞍馬線」。それから坂本ケーブル、叡山ケーブル、鞍馬山ケーブル、生駒山ケーブル、六甲ケーブル、摩耶ケーブル、子どもの時に乗った皿倉山ケーブル…なんだか親しみのある、そして懐かしいケーブルカーも続々解説されています。
▪️あと、「鈴鹿山脈を加太峠で越える 関~柘植駅」、「路面電車も山を越える 京津線」、「大阪と奈良を最短で結ぶ 瓢箪山~生駒駅」なんてのもありますね。「関~柘植駅」はまだ乗車したことはありませんが、後の2つのうち「瓢箪山~生駒駅」は以前奈良に暮らしていたときによく利用していました。と言いますか、大阪に行くときは、この近鉄一択でした。「京津線」は現在時々利用しています。現在の「推し」の電車です。
▪️ということで、注文しました。長年の鉄道ファンやプロの皆さんは別にして、私程度の者ならば、これで「にわか勉強」して電車に乗ってみると楽しいのだろうなと想像しています。そして退職したら、全国の山岳鉄道に乗りに出かけようと思います(行けたらいいな)。
伊勢神楽(高島市朽木針畑)
▪️2004年に龍谷大学社会学部に勤務するようになり、はじめて「伊勢神楽」のことを知りました。キャンパスのある瀬田の南大萱という集落の中で、伊勢神楽の社中の皆さんに偶然に出会いました。
▪️この動画は、高島市朽木の針畑で撮られたものです。facebookで全ての人に公開で投稿されているものです。針畑は、高島市の中でも福井県と接している山間の地域です。瀬田とはずいぶん離れています。琵琶湖の東側、そして南側は伊勢に近いわけですが、このような遠く離れた地域にも伊勢神楽の社中の皆さんはきちんと回っておられるのですね。もっとも、伊勢神楽の社中の皆さんは、西日本各地が回壇されていますので、山間地の朽木であろうと普通のことなのかもしれません。ちなみに、回壇とは、集落の一軒一軒を巡って魔除けや家内安全の祈祷を行うことをいいます。
▪️伊勢神楽については、こちらの論文を読むとよく理解できるのかなと思います。「滋賀県の市町村誌に見られる伊勢大神楽関連記事の傾向」です。執筆者は、民俗芸能の研究者で、現在は岩手大学に勤務されている神野知恵さんです。東京文化財研究所刊行物リポジトリから読むことができます(ダウンロードには少し時間がかかるかもしれません)。この論文では、滋賀県内の市町村史に記述されている関連情報に基づき、地域住民側が伊勢大神楽をどのように受け止めてきたのかを分析されています。伊勢神楽は、毎年、同じ季節にやってくること。神の代理人として、家の中心である竈門をお祓いや獅子舞をして、集落の広場では動画のような曲芸をされます。また、そのことに対して、かつてはお礼をお渡しするとともに宿泊や食事の世話をされていました。伊勢神宮の神の代理人としてやってこられる伊勢神楽の民俗学的な意味について、また外部から幸せをもたらす来訪神との関係についても、きちんと教えてくれる研究がどこかにあるだろうなと思っています。と思って調べてみると、神野さんご自身、昨年に『旅するカミサマ、迎える人々伊勢大神楽と「家廻り芸能」』を出版されていますね。残念ながら、もう入手することができませし、龍谷大学の図書館にも入っていません。でも、読んでみたいな。
▪️シェアさせていただいた動画にも「今年も来てくれました!」とありますね。この毎年、特定に季節にやってきてくださるという点が大切なのだと思います。それと、あと、お祓いと曲芸がセットになっている点も大切ですね。ところで、この伊勢神楽も、時代の変化に対応しながら、組織や運営に関して大きく変化させています。この記事「450年の歴史を持つ伊勢大神楽 世襲制度を廃して法人化 若者の就職先の一つに」からそのことがよくわかります。また、一般社団法人伊勢大神楽講社が運営している公式サイトもご覧ください。
【追記】▪️神野さんは、『旅するカミサマ、迎える人々 伊勢大神楽と「家廻り芸能」』を2025年に出版されていますね。残念ながら、すでに品切れです。残念。龍谷大学の図書館にも入っていません。ただ、龍谷大学の図書館には神野さんが監修に参加されている「旅する獅子、伊勢大神楽の20年 / 国立民族学博物館撮影・製作」という動画がありました。
今日も土曜日ですが瀬田キャンパスへ。
▪️今日は土曜日ですが、瀬田キャンパスで「びわ湖・滋賀学」の授業がありました。いつもはコーディネーター役なのですが、今日は授業を担当しました。1・2限目とも私の講義です。森・川・里・湖のつながりと、それぞれの場所で様々な営みや活動をされている方達に光を当てる講義内容でした。講義では、FAO(国連食糧農業機関)が「世界農業遺産」に認定された「琵琶湖システム」を軸にして話を進めました。2限目は、こんな授業を行いました。あらかじめ、以下のような作業を自宅で行なって、クラウド型教育サービスであるmanabaに提出してもらいました。ネット上にある参考資料の情報も伝えました。
滋賀県外の都会の中学校を卒業して滋賀県の高校に入学してきた高校生が、あなたの目の前にいると想定してください。また、その高校生に、以下のことを理解してもらうために授業を行うことを想定してください。
1.森・川・里・湖の「つながり」の大切さ
2.その「つながり」のなかでたくさんの生き物が生きてきた/生きていること
3.人の暮らしや文化もそのような「つながり」のなかで成立してきたこと
4.このような多様な「つながり」を支えていくためには、何をすればよいのかあなたならば、どのような15回の授業を組み立てますか。費用や時間の関係で実現可能かどうかはあまり気にせず、講義方法についても大学での講義、博物館での展示による講義だけでなく、フィールドワーク(実習)も行うとして、15回の講義計画を考えてみてください。「私が高校生ならば、こんな夢のような授業を受けてみたい」、皆さんの夢が詰まった講義計画にしてほしいと思います。
レポートは、ワードのデフォルト(40字×36行)で、できるだけ1枚に収まるように書いてください。1回ごとに「学修内容」と「キーワード」を短い文章で書いてください。このレポートをもとに、グループワークを行います。
この講義計画の作成あたっては、掲示板にお示しした情報源を参考にしてください。
▪️このような授業ができるのも、これまで、琵琶湖博物館の学芸員の先生方の講義を受けてきたからです。授業では、4人の方にそれぞれ考えてこられた授業計画を教室の前でプレゼンテーションしていただきました。そして、他の方達からもいろいろコメントをしてもらいました。プレゼンをされたみなさん、それぞれユニークな発想です。こちらも勉強になりました。1回の90分の授業を15回という文科省が決めたルール(枠)については、この際無視して、「夢のような授業」を考えてもらいました。もちろん、手堅く、それでも工夫をして授業計画をプレゼンしてくださった方もおられました。こうした学生の皆さんのアイデアが、「びわ湖・滋賀学」のような、瀬田キャンパス固有の授業の中で、これから活かされていったらいいなと思います。
▪️今日プレゼンしていただいた授業計画は、おそらく「大人の生涯学習・体験学習」の企画を立てる際にも役立つのではないかと思います。きちんとお金を払ってでも、参加してみたいという方達がおられるからです。学生さんたちのために開発された教学資源が、一般の方達にももっと開放していくとよいのになと思います。龍谷大学にも、すでに市民講座は開講されています。ただ、座学だけではなく、フィールドワークや各地で活躍されている方達との交流も含めた形での市民講座ができたらいいなと思うのです。需要はあるはずです。
▪️2限目の残りの時間ですが、来年度も続くこの「びわ湖・滋賀学」の授業をより良いものにしていくために、具体的な提案をリアクションペーパーに書いて提出してもらいました。これは、来年度の授業に役立てていきます。とはいえ、私は定年退職しているので、引き続き担当していただくことになる先生にお任せすることになります。この2026年度の「びわ湖・滋賀学」、最後の授業は7 月4日、琵琶湖博物館で行われます。
深草キャンパスのネジバナ
▪️深草キャンパスでは、紫英館という建物の前にちょっと小高い築山があります。その築山のまわりがロープで囲まれていて「ねじり草(ネジバナ)立入りは控えてください。管理課」と書かれた紙がぶら下がっています。ずっと気になっていました。いつも通りかかると気にかけていたのですが、先日、開花していることに気がつきました。このネジバナ、最も見頃を迎えるのは6月〜7月頃の梅雨の時期なんだそうです。私はネジバナと呼んでいましたが、「ねじり草」とも言うのですね。螺旋状に小さな花を咲かせるのが特徴です。これでも、野生のランなんだそうです。螺旋状の花は右巻きと左巻きの両方があるようです。写真撮ったのですが、うまく撮れていませんね。龍谷大学深草キャンバスの皆さんは、注目してあげてください。写真、来週、綺麗に撮ってみようと思います。
「利やん」で田口さんを囲む呑み会
HbA1c5.3の人の弁当
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▪️最近の職場での昼食は、ほとんど家から持参した弁当です。弁当の中身にバリエーションがあれば良いのですが、朝時間が限られているので、そんなことは言ってられません。ほぼ固定です。弁当箱は2つ。1つは野菜サラダ。もう1つは玄米と雑穀のご飯とおかず。ご飯には塩昆布まぶしてあります。今日のおかずですが、卵焼きと枝豆天のソテー。これは前の晩に作っておきました。トンカツは、冷凍です。これらをさっさと詰めて終了です。それに、インスタントの味噌汁がつきます。「飽きるでしょう?」と聞かれることもありますが、飽きることもなくなるぐらいこのパターンに慣れてしまいました。朝食もそうですね。ヘビーローテーションです。こういう食事をしていると、HbA1cは、5.3前後になりますし。体重も66kg前後になります。
▪️ちなみに昨晩は「呑み会」で帰宅が遅くなり、呑み疲れもあり、朝気持ち的に余裕がなかったので弁当なし…です。
『川西英・神戸百景~百の風景をたどる旅~』の「鴨子ヶ原団地」
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▪️このサイトを、AIを使ってみつけました。これは、神戸の版画でよく知られている川西英さんの『川西英・神戸百景~百の風景をたどる旅~』です。まずは、こちらからお読みいただければと思います。
▪️この川西さんの作品のなかに、私が幼少期に過ごした鴨子ヶ原団地が登場します。私の原風景です。この団地に暮らしていました。阪急御影から山裾を登ったところにある団地です。昭和35年頃から昭和38年の春頃まで暮らしていたはずです。
▪️5階建の4階で、3Kの間取りでした。4畳半が2間に6畳間、それとキッチンです。窓枠は、木製だったと思います。ステンレスの流しのあるキッチン。洋式の水洗便所。南側にはベランダがありました。ベランダからは、大阪湾や淡路島が見えていたはずですが、幼児であった私には風景を鑑賞することができませんでした。「良い景色だ」というのは、成長過程で学習するものなのだと思います。せまいキッチンには小さなテーブルがおかれました。家具屋さんがダイニングテーブルを届けてくれたときを思い出します。狭いキッチンに置くテーブルなので、1/3が折りたたみになっていたように記憶しています。まだ、3歳か4歳だったと思いますが、すごくテーブルというものに、椅子にすわる生活に、何か期待感のようなものがあったのではないでしょうかね。
▪️我が家には冷蔵庫と洗濯機はありましたが、テレビがありませんでした。「三種の神器」のうちテレビだけがありませんでした。上の階のご家庭が我が家の冷蔵庫に竹の皮でつつんだお肉を預けにこられて、私は上の階のご家庭のテレビをみにいっていました。なつかしいですね。断片的な記憶も思い出したときに、記録しておかないとと、70歳を間近に控えて思っています。