これから大学の吹奏楽部はどうなっていくのだろう…。
▪️昨日は、京都コンサートホールで、京都府吹奏楽コンクール・大学の部が開催されました。出場したのは、龍谷大学、京都橘大学、京都産業大学の3校です。全校とも金賞を受賞し、龍谷大学と京都橘大学が京都府代表として関西大会に出場することになりました。おめでとうございます。昨日は、昨年の春からコーチに就任された日景貴文先生が、指揮をされました。これまでは、音楽監督の若林義人先生が指揮をされてきましたが、今回からは日景先生です。京都府大会の後は、関西大会、そして全国大会とコンクールのステージが続きますが、引き続き、龍谷大学吹奏楽部ならではの演奏をしていただきたいと思います。
▪️昨日は、コンクールの後、コンサートホール近くのお好み焼屋さんで、慰労会と打ち上げが行われました。私も参加させていただきました。日景コーチや奥様の前に座っていたこともあり、音楽に関するお話をたくさんさせていただきました。お2人から、ブラームスのポリリズムについてだとか、ショパンコンクールで入賞したピアニスト反田恭平さんの学生時代のこととか、いろいろ聞かせていただきました。勉強になりました。ふだん、音楽についておしゃべりをする機会がないので、プロの方たちとのおしゃべりはとても楽しかったんです。
▪️ところで、京都にはたくさんの大学があり、そこには吹奏楽部があるわけですが、コンクールに出場するのは限られた大学になってきました。今は、固定化されているような感じです。以前は、もっとたくさんの大学の吹奏楽部が出場していました。全国大会までつながっている、大編成(55人まで)の部である「大学の部A」に限ると、京都府吹奏楽連盟の公式サイトでは以下の通りでした。
1997年度:9校/1998 年度:8校/1999 年度:9校/2000 年度:7校/2001 年度:6校/2002 年度:7校/2003 年度:7校/2004 年度:6校/2005 年度:7校/2006 年度:5校/2007 年度:5校/2008 年度:6校/2009 年度:6校/2010 年度:6校/2011 年度:6校/2012 年度:7校/2013 年度:6校/2014 年度:6校/2015 年度:3校/2016 年度:4校/2017 年度:3校/2018 年度:3校/2019 年度:3校/2020 年度:中止/2021 年度:2校/2022 年度:3校/2023 年度:3校/2024 年度:3校/2025 年度:3校/2026 年度:3校
▪️どうして、ここ30年の間に徐々に減ってしまったのか。その背景については、いろいろ考えられます。GoogleのAIモードだと以下のように説明しています。AIだから、「嘘をいう」ので気をつける必要はありますが。
1. 課外活動に対する学生の価値観の変化
現代の大学生は、コンクールでの勝利だけを目的に活動することを避ける傾向が強まっています。「楽しむ吹奏楽」へのシフト:厳しい練習に追われるコンクールよりも、ポップス演奏、定期演奏会、地域イベントでの演奏を重視する部活が増えました。多様な大学生活の重視:アルバイト、学業、就職活動、インターンシップなどと部活動を両立させたい学生が増え、週5〜6日の拘束を伴うコンクール練習が敬遠されるようになりました。
2. 金銭的・環境的な負担の増大
コンクールへの出場には、想像以上のコストとリソースがかかります。少子化による部員減少とコスト高:部員が減ると、1人あたりの部費負担(遠征費、楽譜代、トラック代など)が跳ね上がります。特に大型楽器の運搬費やホール練習のレンタル代は大きな負担です。指導者(指揮者)の確保難:大学の部活は高校までと違い、専任の顧問教諭が毎日指導してくれるわけではありません。外部からプロの指揮者や指導者を招くための謝礼金が払えず、コンクールを断念するケースもあります。
3. 全日本吹奏楽コンクールのルールと「2強」の壁
関西地方、特に京都府の大学吹奏楽界には特有の「格差」とルールの壁が存在します。関西の「2大巨頭」による代表枠の独占:関西支部には、全国大会金賞常連の龍谷大学と近畿大学(大阪)という圧倒的な強豪が存在します。関西から全国大会へ進める枠(代表枠)は基本的に「2つ」しかないため、他大学にとっては「どれだけ努力しても全国大会に行けない」という高い壁になり、モチベーションの維持が難しくなりました。3出(三出)制度の廃止:かつては「3年連続全国大会に出場した団体は、翌年コンクールに出場できない」というルール(通称:三出休み)がありました。この休みがある年は、他の大学にも全国大会へ行くチャンスが巡ってきたため、1990年代前半などは多くの大学が意欲的に出場していました。しかし、2013年にこの制度が完全に廃止されたため、強豪校が毎年枠を埋めるようになり、中堅・小規模の大学がコンクールから離れる決定打となりました。
▪️「1. 課外活動に対する学生の価値観の変化」と「2. 金銭的・環境的な負担の増大」については、基本、その通りかなと思います。ただ、龍谷大学吹奏楽部の場合は、少し違うかなと思います。部員数が多いことで、練習場が足らないとか、全員がサマーコンサートや定期演奏会のステージで全員が演奏できるようにすためには…だとか、いろいろ課題や悩むことはあるのですが…。コンクールは55人しか出場できないことから残りの約150人の部員の皆さんは、他のコンサート、AIが回答したように、コンクール以外のコンサートで活躍しています。大学が開催する「夕照コンサート」、それから甲賀市の児童クラブ(学童保育)の小学生を対象とした「サマースマイリングコンサート」などを初めとして、さまざまな依頼演奏で頑張っています。京都府大会の前日に開催された「サマースマイリングコンサート」は、大変盛り上がったようです。このコンサートは私が部長を務めている時から始まりましたが、小学生の皆さんが音楽を心の底から楽しまれている様子に、吹奏楽部の部員の皆さんも感動されていました。ステージの上に、自分たちの演奏に子どもたちが心を奪われている様子が手に取るように伝わってきたのでしょうね。とても素敵なことだと思います。
▪️2番については、大学からの支援も大きいかと思います。龍谷大学は、しっかりと吹奏楽部の活動を支えてくださっていると思います(もちろん、欲を言えばキリがありませんが)。一般論として、吹奏楽部に限らず、良い成績をあげて、高い評価を獲得して、大学の名を世に知らしめるような活動ができていると、通常、大学からの支援も厚くなっていきます。あと、大学以外では、保護者からの経済的・精神的な支援も非常に大きいのではないかと思っています。これは部長を務めていた時の実感です。
▪️「3. 全日本吹奏楽コンクールのルールと「2強」の壁」では、「枠(代表枠)は基本的に『2つ』しかないため」と説明していますが、2019年に私が部長を務めた時は、関西代表の枠は「1つ」しかありませんでした。私が部長に就任する以前、龍谷大学は2年連続、全国大会に行くことができませんでした。また、「2大巨頭」については、以前は近畿大学と龍谷大学がそうでしたが、今は少し変化が出てきています。近年、急激に立命館大学が実力をつけて全国大会にも出場しているからです。ちなみに、立命館大学は大阪の茨木にキャンパスができたことから、今は、京都府の大学ではなく大阪府の大学としてコンクールに参加しています。
▪️日本の社会は、中高の多くの学校に吹奏楽部があり、コンクールも大変盛り上がっています。ただ、多くの皆さんは、「頑張って吹奏楽に取り組んできたけれど、大学ではもうやりたくない」ということになります。燃え尽きるということもあるのでしょう。それから、AIが説明する「 課外活動に対する学生の価値観の変化」ということもあるでしょう。音楽や演奏を楽しむというよりも、コンクールに勝つことが部活動の目標になってしまうからかもしれません。その点については、「コンクール至上主義」と批判的に言われることがあります。
▪️しかし、そういった傾向が強まる中でも、大学に進学した後も、全国コンクールのステージで演奏したい、全国で金賞を取りたいという人たちがおられます。ただし、コンクールを目指す大学は少なくなり、固定化されてきています。その結果なのかもしませんが、龍谷大学吹奏楽部の部員数は近年ものすごく増えてきました。210名を超えていたと思います。しかも、コンクールで良い成績をあげ続けていることもあり、大学からの支援も他大学と比較して厚いのでないかと思います。調査したわけではありませんが。練習場も大学からきちんと整備していただいています。それぞれの楽器にプロの演奏家がついて指導してくださいます。そして、全国大会で金賞を取り続けるだけの実力をもつ学生バンドに育て上げた、若林音楽監督の存在も大変大きいと思います。龍大サウンドに憧れて入部する人たちも多いのです。そのような諸々のことが積み重なり、余計に部員数が増えるのかなと推測しています。
▪️もうひとつ、気になっていることがあります。これは、もっと大きな話です。それぞれの自治体で、中学校の部活動の地域移行が進もうとしています。そのような動きの中で吹奏楽部はどうなっていくのかということです。そして、そのような中学校吹奏楽部の地域移行が、吹奏楽界全体、さらには日本の音楽界全体をどう変化させていくのかということです。各学校にある吹奏楽部が、日本の音楽界の底辺を支えている側面もあり、地域以降がどう影響を与えていくのかとても気にしています。長くなりすぎました。後日、また別の投稿をしたいと思います。
夏期休暇中の卒論の指導
▪️昨日、出勤したのは、もちろん炎天下の京都でウォーキングをしたかった…からではなくて、午後から、学生さんたちの卒論の指導があったからです。
すでに卒論のテーマや課題もはっきりしてきて、フィールドワークを始めている学生さんたちもいますが、今日のお2人は、まだちょっとふらふらしている感じでしょうか。それでも、私との研究室での面談で対話を続けながら、次第に自分が何をしたいのか、するべきなのか、焦点があってきたようでした。指導する側としては、少し安心しました。夏期休暇中も、日時の調整できれば学生さんたちの指導を継続していきます。
▪️ただ、今日は時間がとれません。今日はは、京都府吹奏楽コンクールがあります。龍谷大学吹奏楽部が出場します。指揮は、これまではずっと音楽監督の若林義人先生がつとめてこられましたが、今年度からは、昨年の春から吹奏楽部のコーチに就任された日景貴文先生が指揮されます。日景先生、今回のコンクールから挑戦が始まります。ということで、明日は、気持ち的に?!応援に行きます。楽しみにしています
8月の通勤ウォーキング(2)
![]()
![]()
![]()
▪️昨日は、午前中、遅めに出勤しました。そして、京都駅から深草キャンパスまで歩きました。ちょっと寄り道したので、いつもよりも距離と歩数が伸びました。もちろん、日傘をさして、日陰を求めて歩きました。これだけ気温が高いのですが、助かるのは肌がべたべたするような「蒸し暑さ」ではないことです。からっとしている暑さのような気がします。日陰で風がさっと吹いたりすると、「ああ、涼しい」と感じるのです。日本の夏は「蒸し暑い」のが特徴ですが、今年は「チベット高気圧」が張り出していて、そこから乾いた風が吹き下ろしてくるようです。
▪️気象のことはともかくです、寄り道のことを書きます。先日から、通勤で歩いている竹田街道をかつて京都市電が走っていたことを知り、俄然、京都市電の伏見線、そして稲荷線のことが気になっていました。ということで、まずは京都駅の北側で「電気鉄道事業発祥地」の記念碑を確認しました。最初は京都市電ではなく京都電気鉄道だったわけです。記念碑の横には、国鉄、京都市交通局、関西電力、阪急電鉄、京阪電気鉄道、近畿日本鉄道、阪神電気鉄道、南海電気鉄道、京福電気鉄道、そして鉄道友の会の名前が並んでいます。関西で電車を走らせている会社が勢揃いしています。今日はここがスタートです。
▪️この「電気鉄道発祥地」については、12年前の投稿(2014年10月14日)「電気鉄道事業発祥地」に詳しく書いていますので、そちらをご覧いただければと思います。
![]()
![]()
![]()
▪️このあと、京都駅の地下街に再び入って少し身体を冷やしてから竹田街道をくだりました。街道沿いの古民家をながめて、かつての竹田街道のことを妄想したりしながら、まずは宇賀神社へ。竹田街道を南へ進み札の辻で東にまがるとあります。由緒なんですが、藤原鎌足がこの地域で遊猟していたときに、金璽(金の印鑑)をみつけたのがことの発端のようです。ですから、京都に都ができるずいぶん前のことになります。
▪️宇賀神社を確認して、鴨川を渡り、稲荷新道の交差点を東に曲がります。昔、ここに京都市電の稲荷線が走ってたようです。しかも、路面電車じゃなくて、京都市電の中で唯一の全線専用軌道だったようですね。調べてみたところ、伏見稲荷にお参りするための歩道を整備したその横を地面を盛り上げて線路を敷設したようです。今、道路の両端にある住宅の2階ほどの高さがあったという記述をネットでみつけただけなんですが。
▪️昔の稲荷線があった場所ですが、今はこのように道路と、終点の伏見稲荷大社前の近くは児童公園になっていました。昔は、京都市電と京阪のレールがクロスしていました。そして、京阪の伏見稲荷駅の踏切を渡ったあたりに、終点の停留所があったようです。今は、京都市電稲荷停留場跡の説明版が設置され、少しだけ残っているレールも確認できるようにしてありました。これで、今日のウォーキングの目的を達成しました。そのあとは、ひさしぶりに琵琶湖疏水を眺めながら、深草キャンパスに向かいました。
▪️こうやって調べて歩いていると、かつてのこのあたりの様子がぼんやりとですが、頭のなかに浮かんできます。「今昔マップon the web」という便利なサイトがあって、今昔の地図を比較してみることができます。現在の地図と、様々な年代の地図とを比較対象できるようになっています。これでみると、以前(1922-1923)、京都電気鉄道は田園風景のなかを走っていたことがわかります。ちなみに、私の研究室のある建物などは、練兵所の端に建っていることになるわけですね。
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
▪️帰宅時、今日も京都駅まで歩きました。私は、大学の保健管理センターの「ウォーキングキャンペーン」に参加していますが、参加されていない龍大教職員の方達も、私のようにいちいちSNS等にアップされていないとは思いますが、たくさんの方達が歩いておられます。励みにしています。昨日は、京都駅と深草キャンパスの間をおよそ8km歩きました。午前中、寄り道したので通常よりも距離が伸びています。そして1日のトータルの歩数は「16,363歩」になりました。京都駅に到着した後、水曜日ということで帰りも寄り道しました。午前中は京都市電で寄り道、夕方は大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」で寄り道。水曜日ということで、これまたいつものご常連の皆様と合流しました。これ、「大人の部活」ですね。こういう場所があってくれることを、とても幸せに思っています。ちなみに、「利やん」は、8/8〜8/16までお盆休みです。
![]()
「座り続けない」習慣
▪️大学の健康管理センターから、「座りすぎ」注意のメールが届きました。
▪️今回送られてきたメールでの「座りすぎ」の定義ですが、「1日8時間以上の総座位時間」「30分から1時間以上連続して座り続ける」です。夏休みに出勤して研究室でずっと採点なんかしていると、そして朝晩の自宅でリビングの椅子に座っている時間などを合わせると、私は、この2つの定義の両方に当てはまってしまうのではないですかね。ということで、研究室のある建物は空調が効いているので、時々、5階建てのこの建物の階段を登り降りをしています。こんなので間に合うのかどうかは知りませんが、朝夕のウォーキングだけだとあかんということですかね。「座り続けない習慣」を身につけることは難しそうです。まあ、お医者さんのいうことに、とりあえず素直に従っておきます。
▪️自分でも調べてみると、、「30分に1回立ち上がる、または50分〜1時間に1回は3〜5分動く」ことが世界的な基準とのこと。以下は、メールの大切なところです。
今回は、近年、問題視されている「座りすぎ」について書いてみました。
座りすぎの大まかな一般定義は、「1日8時間以上の総座位時間」「30分から1時間以上連続して座り続ける」ことと、考えて下さい。
*ちなみに、日本人の1日総座位時間は世界最長で7時間とのことです!
なぜ問題になるのか?
死亡リスク:1日総座位時間が8時間を超えると死亡リスクが上昇することが報告されています。
癌のリスク:結腸癌・乳がんの発症と高い関連性が示されています。
結腸癌リスクが24%上昇…400万人超を対象とした国際的な観察研究による
乳がんリスクが36%上昇…日本人女性36000を対象とした観察研究による
認知症のリスク:脳の血流低下と関連しているのではと考えられています。
下肢静脈血栓症(エコノミークラス症候群)のリスク:ふくらはぎの筋肉を動かして、静脈血をよどませることなく、心臓へ還流させることが大切です。
下半身には、全身の筋肉の約70%が存在し、特に太ももの前面には大きな筋肉があります。
これらを活動させないと、血流が低下したり、腸の動きが鈍くなることから、糖・脂質代謝が滞り、上記リスクにつながるようなメタボリックシンドロームの発症や悪化が懸念されるのです。
また、「座りすぎ」によるリスクは、週末に少しくらい運動しても相殺できないということも、明らかになっています。
以上から、体を動かす習慣と共に、「座り続けない」習慣も意識していただくことをお勧めします。
▪️いろんなリスク、とてもシビアですね。これ。1限から5限まで授業を受けている学生さんと知り合いです。編入されてきたので、単位の関係で5コマ連続になっているのです。まあ、毎日ではありませんが。それから、大学の授業って、90分です。学生さんは、全員、「30分から1時間以上連続して座り続ける」に当てはまります。どうするんですかね。授業の途中で、「はい、体を動かす時間になりました」って、全員で立ち上がって少し体を動かすのかな。まだ、座り続けることについて知られていませんが、これが世の中の常識になってくると、いろいろ考えないといけないかもしれません。
学区「夏祭」と「地域エンパワねっと」
▪️一昨日8月2日に開催された大津市の中央学区の「夏祭」関連の記事です。「地域エンパワねっと・大津中央」を履修している学生さんたちのうち6名が、「子ども会育成連絡協議会」のブースで焼きそばとフランクフルトの調理で頑張りました。マンパワーが足らない中で、学生さんたちのお手伝いは大変役に立ったようです。もちろん、お手伝いをしているだけでなく、社会学でいうところの「参与観察」を行い、地域の皆さんとお話をする中でさりげなく「インタビュー」も行っていたようです。今回の経験を後期からの取り組みに活かせるように指導していきます。
▪️この記事に掲載されている学生さんの体験記・レポートですが、社会共生実習サポートルームのスタッフさんに送られたものです。この方は、龍谷大学短期大学子ども教育学科から編入されてきた方です。大変熱心に、この実習に取り組んでおられます。私も、このようなPBL教育を指導できるのも今年度で最後になるので、さらに頑張って欲しいです。まあ、指導とはいっても、通常の授業や実習の指導と少しというか、だいぶ違っているかもしれません。
8月の通勤ウォーキング(1)
▪️昨日(8月3日)の記録です。早い時間帯での出勤であれば、京都駅から深草キャンパスまで歩いたのですが…。
▪️昨日は、まず自宅でできる用事を済ませて、そのあと京都駅の烏丸口に近い銀行にいってこれまた別の用事を済ませました。その後は、京都駅の地下街に入り、地下街を抜けると今度は深草キャンパスまで歩く予定…だったのですが、暑さ指数が極端に高そうなので「これはヤバい」と思い、京都駅から十条駅まで地下鉄に乗り、十条駅から深草キャンパスまで歩きました。かなり暑かったですね。距離としては1,600m弱。たいした距離ではないのですが。あとで確認しましたが、昨日の京都の昼間の暑さ指数は、「32」でした。ということは、「危険」ということになります。「特別の場合以外は運動を中止」というレベルです。この、通勤ウォーキングのあと、学食でご飯抜きのランチをいただき、研究室に行くと、歩数は「7400歩」ほどになっていました。夕方、気温が下がったら、今度は京都駅まで歩るくことにしました。
▪️ところで、最近、ウォーキングのコースのこと、いろいろ興味を持つようになり調べています。ということで今日は「勧進橋」。この勧進橋、相当古くからある橋のようです。たしかな資料はまだ確認できていないのですが、この橋は平安時代から続いているようです。「勧進」ですから、寺社の建立や改修に必要な費用を、ここの橋の通行量でまかなっていたというのです。ちなみに、その費用は「伏見稲荷大社」の改修費用にあてられたということらしいのですが、ネット上の話で、元になる資料がよくわからないのです。また、幕末の時期に、長州軍が京に入る際、幕府側の諸隊は橋の東詰の九条河原に、新撰組は橋下に布陣しているらしいですね。それが「禁門の変」の時のことなんだそうです。高校時代の日本史の断片的な知識しかありませんので、これも調べてみないと。おそらく、幕末時代の歴史ファンの皆さんにとって、京都という都市は特別な場所なんでしょうね。たぶん。
![]()
![]()
![]()
![]()
▪️昨日の「通勤ウォーキング」、復路・帰宅時です。日が翳ってきたので、深草キャンパスから京都駅まで歩きました。今日、たまたま気になったのが、1970年まで走っていた京都市電の「稲荷線」の存在です。京都駅から伏見まで走っていた京都市電「伏見線」の支線です。事前にあまりリサーチせずに歩いたので、かつて「稲荷線」が走っていた場所を確認することができませんでした。また、きちんと準備して歩きます。かつては、京阪本線と京都市電がクロスしていたのです。
▪️まあ、課題を残したわけですが、そのまま北上しました。そして、「琵琶湖疏水」沿いを歩きました。普段、JR湖西線を利用して通勤しています。すると、まずは「琵琶湖疏水」を渡って、その次に「鴨川」を渡ります。いつも車窓から眺めていました。今日歩いた「琵琶湖疏水」は、その南側、そして大学のある深草のあたりよりも北側、ちょうど中間のあたりの「琵琶湖疏水」です。「琵琶湖疏水」が建設されてから、水力発電で電気が生み出され、京都は日本で一番最初にその電気を使って路面電車を走らせました。ということで、ちょっと無理矢理ですけど、京都市電と「琵琶湖疏水」はつながっていたのでした。
▪️というわけで、いつもよりも少し長めの距離を歩きました。だいたいですけど、3.6km。歩数も伸びました。自宅に帰って確認すると、「14,509歩」になっていました。もちろん、朝起きてからの歩数ですけどね。とはいえ、頑張りました。「ウォーキング+何かの目的」という組み合わせだと、どんどん歩きます。昨日は、京都市電と琵琶湖疏水が「何かの目的」でした。
「浜大津こだわり朝市」と「地域エンパワねっと」
▪️先月に開催された「浜大津こだわり朝市」での、「地域エンパワねっと」(社会学部社会共生実習)の学生さんたちの活動が、Facebookで紹介されています。
2026年度 大津市中央学区「学区夏祭」
![]()
![]()
▪️今日は、大津市立中央小学校の校庭で、大津市の中央学区の「学区夏祭」が開催されました。大変賑わっていました。
▪️今日は、「地域エンパワねっと・大津中央」(社会学部・社会共生実習)を履修している学生さんたちが、お世話になっている子供会育成連絡協議会のブースで、焼きそばとフランクフルトの調理と販売のお手伝いをしました。参加したのは履修している学生さんたちのうちの6人。大きな鉄板で焼きそばを作るのは初めてだったと思いますが、実に美味しそうな焼きそばを上手に調理されていました。それでなくても暑い日の、しかも小学校の校庭で、なおかつプロパンガスで火を焚いて焼きそばを作るって、相当大変だったと思います。もちろん、焼きそばだけでなく、フランクフルトを焼くのも大変です。学生の皆さん、頑張りましたね。お疲れ様でした。学生さんたち、そしてお世話になった地域の皆さんに、かき氷を差し入れしました(←学生さんの中の1人からのリクエスト)。
▪️今日、私は指導ではなくて、見学に行っているだけなので、まず生ビールを1杯、その後はハイボール(缶)を飲みながら、旧知のこの地域の皆さんと楽しくお話をさせていただきました。この中央学区で、2007年からPBL教育(Problem-Based Learning、課題解決型学習)に取り組ませていただいています。本当に、お世話になりました。この中央学区での経験は、自分自身の人生にとってもとても大切なものだと思っています。今年度で定年退職するので、このような取り組みは最後になりますが、これからも一市民として、中央学区を含む中心市街地の地域づくりのお手伝いができればと思っています。
前期最後の授業と芋焼酎「フラミンゴ」
▪️先週の金曜日は、京都駅と深草キャンパスの間を往復しました。そして、大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」に向かいました。基本は、週1回ほどお店に伺うのですが、ここのところちょっと行けていません。ということで、深草キャンパスから京都駅までのウォーキングの後、「利やん」に向かったのです。
▪️金曜日は、担当している講義、「環境社会学」の試験監督でした。この「環境社会学」を看板に担当される若い教員がおられるのですが、学部と大学院の授業が多忙ということで、退職する年度ではありますが、ピンチヒッターとして引き受けることになりました。通常の授業の成績の報告は盆明けなのですが、この授業には他大学の学生さん、社会人の方も履修されているということで、成績の報告は8月5日までとのメールが届いていました。以前にその旨連絡しておられるようなんですが、忘れていたので、あわてています。でも、こうやって試験の採点をするのも、今年度で定年退職するので今回で最後になります。後期は、演習と実習だけなので試験がありませんから。定年退職に向けて身軽になっていきますね。大切なことだと思っています。
▪️写真は、「利やん」のカウンターです。テーブルに置いてあるのは、キープしてある「フラミンゴ」という銘柄の芋焼酎です。鹿児島県の国分酒造が蒸留されています。芋焼酎というと最初から臭いと嫌がる方もいらっしゃいますが、従来の芋焼酎のイメージを覆すような圧倒的な柑橘系のフルーティーな香りがします。雑味がありません。こういう現代的な芋焼酎を好まない方も多数いらっしゃいます。そういう方達は、昔ながらの辛口の重い芋焼酎を好まれます。ただ私はそのような「硬派」ではないので、お店の方に、自分の好みを「フルーティーな芋焼酎」と伝えてあり、その好みに合わせていろいろ仕入れてくださっています。感謝です。
▪️どうして、このような芋焼酎が製造できるのか。いくつか理由があるようです。こちらの「さぶん酒店」さんのサイトでは、次のように紹介されています。この解説にある「減圧蒸留」で製造すると、芋特有の重いクセや雑味がカットされ、酵母と芋が作り出したピュアな柑橘系の香りだけが綺麗にボトルに閉じ込められるのだそうです(気圧が低いと沸点は下がる)。こういったフルーティーな芋焼酎は、ソーダで割って飲むと、特に今のように暑い夏はおいしくいただけます。
“いも麹”を使った芋100%の焼酎造りで、芋の品種は”サツママサリ”全量、
酵母は鹿児島香り酵母1号、蒸留方法は減圧蒸留で造りました。
“減圧蒸留”というのは、蒸留器内部の圧力を下げて行う蒸留方法で、
もろみの温度が50度位で蒸留できるため、
焼酎の香味に重厚感を与えるような成分が少ない焼酎となり、クセのない焼酎が出来上がります。
▪️「フラミンゴ」にぶら下がっているのは、一升瓶をボトルキープした時にお店に撮ってもらった写真です。その時に、一緒にお酒を楽しんでいる周りの方達と一緒に写って、このようなカードにして一升瓶にぶら下げていきます。溜まったカードは207枚。龍大に赴任した2004年からキープが始まっていますので、このぐらいの毎末になりますね。私は、相撲の番付でいえば、大関か関脇クラスだと思います。上には上がいると言いますが、もっとすごい方がおられるのです。
7月最後の(通勤・往復)ウォーキング
![]()
![]()
![]()
![]()
▪️昨日は午後、それも夕方近く、担当している授業の試験があるので出勤しました。午前中は遅めに出勤。その前に、京都駅前の烏丸通側にある銀行で用事をすませて(実際には準備不足でまた来ないといけませんが)、それからこの酷暑のなかを大学までウォーキングしました。まずは京都駅の地下街で少し涼みながらウォーキングをして、あとは日傘を差して水筒の冷たい麦茶を飲みながら大学まで。時々、風が吹いて気持ちがよかったです。適度に汗もかいて、身体の新陳代謝には良いのかもしれません(しらんけど)。月1回、糖尿病の診察を受けている病院では、医師から家でじっとしているようにといわれていますが…。それはともかく、これで自宅から研究室までの歩数は7,570歩になりました。帰りもまた京都駅まで歩くので、10,000歩を越えることができました(18,628歩)。最近の研究では健康のためには歩数ではなくて…という記事を読むのですが、秋にウルトラウォーキングに出場するための練習も兼ねているので、熱中症に気を付けながら、もうちょっと頑張らねばなりません。
▪️ところで、歩きながら地名のことが気になりました。京都は歴史的な地名の宝庫ですから。まず最初は大石橋。九条通と竹田街道との交差点のあたりです。京都市立図書館によると「かつて、ここを南北に流れる藍染川(あいぞめがわ)に、長さ約4メートルの板石が数枚かけられていました。大きな板石の橋だったため、地域住民から『大石橋』と呼ばれるようになりました」ということのようです。また、「藍染川は下水道整備が行われたため暗渠化し、かけられていた板石は撤去されましたが、長福寺(南区上御霊町)が土塀の台石として貰い受けました」とも書いてありますね。
▪️それじゃその先にある竹田街道札辻はどうなんでしょうということで、これも調べてみました。札辻は大津にもあるのでだいたい予想がつくのですが、かつて竹田街道にあった高札を掲示する「札ノ辻」に由来するようです。竹田街道って京都の中心部と港町である伏見(大坂や奈良方面への玄関口)を結ぶ重要な幹線道路でした。wikipediaの説明ですが、次のように解説しています。「竹田街道の東側では、竹田街道札辻交差点に「宇賀神社参道」の道標が立ち、道標付近に建つ説明にはこの交差点から東の宇賀神社までが近代の地誌・案内書に示された「宇賀辻子」であると示している」。なるほど。宇賀神社ですか。この説明にある道標のこと、気がついていませんでした。神社は地図で確認しました。ウォーキングも、こうやって勉強しながら楽しむと、良いのかもしれませんね。こういう趣味は、高齢者向きですね。
![]()
![]()
![]()
![]()
▪️今度は、帰宅時、深草キャンパスから京都駅までの途中になりますが、その「宇賀神社参道」(宇賀の辻子跡)を確認しました。帰り道、暑いといえば暑いけれど、時々、気持ちの良い風が吹いてくれていました。今日はキャンパス内を歩く用事があったので、意外に歩数が伸びていました。でも、健康管理センター主催の「ウォーキングキャンペーン」に参加して自分で設定した目標には到達できません。残念。でも、こんな酷暑の夏に、通勤の行き帰りとはいえ、こうやってウォーキングできる体力と気力があるってこと、本当に幸せだなと思っています。