ブルーギルの激減
▪️先日、ショックな報道がありました。ネットのニュース、産経新聞の「琵琶湖の外来魚が謎の半減、大半はブルーギル…生態系に変化か 滋賀県が実態調査へ」です。「問題視されていた外来魚が減るんだから、いいんじゃないの」という意見もあると思いますが、外来魚とはいえ、急に特定の魚種が減少してしまうことの背景に、どのような原因があるのか、大変気になるところです。琵琶湖の生態系に何か変化があるのか、その点も気になります。何かよくないことの予兆ではないことを祈りたいです。
▪️いろんな方達のネット上での意見や考えにも注目しています。釣り人の方達の意見が気になります。このような激減の兆候を、もっと早い段階から気づいておられた方が結構おられるようです。南湖の水草の減少とブルーギルなどの産卵床の関係についての指摘もありました。
「COG2018 その課題と未来を語る関西イベント」
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◾️「COG2018 その課題と未来を語る関西イベント」に参加してきました。トップバッターで、琵琶湖南湖の水草有効利用を考える市民グループ「水草は宝の山」=「水宝山」のプレゼンテーションを行いました。プレゼンテーションは、今回は私が担当しました。内容は、取り組みの概要とこの「COG」に対する問題提起なのですが、あとで気になったのはその内容よりも、プレゼン中の自分の姿勢でした。猫背の姿勢にガッカリしました。「還暦のおじいさん、もっと姿勢を良くしようね‼︎」…ということに気がつく日になりました。そういえば、明日は「敬老の日」でした。この「敬老の日」は祝日法による祝日ですが、それとは別に、老人福祉法では15日から21日までを「老人週間」と規定しているようです。
◾️ところで、「COGって何?」という方には、以下をお読みいただければと思います。私たちのグループは、昨年のCOGの最終審査に残ったファイナリストとして、今日は報告させて頂きました。
市民団体「水草は宝の山」公式サイト
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◾️市民グループ「水草は宝の山」の公式サイトです。「水草は宝の山」、略して「水宝山」。このグループでは、琵琶湖の南湖の湖底に繁茂する水草、湖岸に流れ着く水草、これらの水草の有効利用を目指して活動をしています。私は、大津市民、滋賀県民としてこのグループに参加しています。公式サイト、これから充実させていきます。右上に「三」のようなマーク(ハンバーガーメニュー)がありますが、ここからこの公式サイトのコンテンツをご覧いただけます。
◾️これまでの「水草は宝の山」の取り組みに関連したエントリーについては、こちらをクリックとしてご覧ください。
大谷光瑞師遷化70年記念国際シンポジウム 「大谷光瑞師の構想と居住空間」
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◾️龍谷大学の龍谷大学世界仏教文化研究センター(RCWBC)と龍谷大学アジア仏教文化研究センター(BARC)の主催で、以下のシンポジウムが開催されます。
大谷光瑞師遷化70年記念国際シンポジウム「大谷光瑞師の構想と居住空間」
【日時】2018年10月6日(土) 9:30~18:00
【会場】龍谷大学 大宮学舎 東黌101教室【プログラム】
〔司会〕三谷真澄(龍谷大学国際学部長)〈開会の辞〉
(9:30~9:35)久松英二(龍谷大学世界仏教文化研究センター長)〈基調講演〉
(9:35~10:15)入澤 崇(龍谷大学長)「大谷光瑞師のめざしたこと」〈学術発表 セクションⅠ〉
(10:30~11:00)菅澤 茂(工学院大学研究員)「大谷光瑞師と建築空間」
(11:00~11:30)和田秀寿(龍谷ミュージアム学芸員)「二楽荘と神戸大港都構想論-大谷光瑞師がめざした神戸への思い」
(11:30~12:00)市川良文(龍谷大学文学部)「管見三夜荘」〈学術発表 セクションⅡ〉
(13:00~13:30)柴田幹夫(新潟大学)「中国における大谷光瑞師の動向」
(13:30~14:00)加藤斗規(別府大谷記念館)「旅順大谷邸及び大連浴日荘」
(14:00~14:30)陳 祖恩(上海東華大学)「光瑞師と上海別院・無憂園」〈学術発表 セクションⅢ〉
(14:50~15:20)黄 朝煌(国立高雄大学前研究員)「台湾・逍遥園と修復事業」
(15:20~15:50)イムレ・ガランボス(イギリス・ケンブリッジ大学)「欧州における大谷光瑞師の構想と居住空間」
(15:50~16:20)エルダル・キュチュキュヤルチュン(ボアジチ大学)「トルコにおける大谷光瑞師の構想と農業」
(16:20~16:50)掬月誓成(別府大谷記念館)「別府・観光都市計画と晩年の大谷光瑞師」(17:00~17:30)〈コメント〉
(17:30~18:00)〈質疑応答〉
〈閉会の辞〉楠 淳證(龍谷大学アジア仏教文化研究センター長)※上記発表者・発表題目は変更になる場合もあります。
参加無料 (参加希望の方は、下記までお名前と参加人数をお知らせ下さい)
barc@ad.ryukoku.ac.jp主催
龍谷大学世界仏教文化研究センター(RCWBC)
龍谷大学アジア仏教文化研究センター(BARC)
連絡先 龍谷大学アジア仏教文化研究センター
TEL (075)343-3811
滋賀県長浜市早崎町での「社会調査実習」
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(国土地理院提供 写真)
◾️8月25日(土)・26(日) 長浜市早崎町で龍谷大学社会学部社会学科の「社会調査実習」(脇田班)を受け入れていただきました。お話しを伺わせてくださった早崎の皆様、コーディネートして頂いた松井 賢一さんには、心より御礼申し上げます。
◾️上の2枚の写真。同じ早崎町のあたりを撮影したものですが、随分地形が異なっていますね。左は、1961年に撮影されたものです。右は、現在のGoogle Mapです。じつは、早崎内湖は、1964年から1971年にかけて、県営の干拓事業によって農地になりました。では、早崎内湖はいつ頃から存在しているのでしょうか。こんな質問をすると、「それは、歴史以前のずっと前からそうなんじゃないの」と思う方もおられるかもしれません。現在の琵琶湖が出来上がったのが40万年前ですから。しかし、そのような地学的な歴史と比較すると、早崎内湖が「誕生」したのは、じつは比較的「最近」のことなのです。「最近」というと誤解を生みますね。正確にいえば、明治時代です。明治時代に、治水事業の一環として南郷に洗堰が建設されました。
◾️1900年(明治33年)から瀬田川改修工事が着工されました。瀬田川の川底を掘りさげ、川幅を広げ、川に突き出た小さな山を爆破し、琵琶湖からの水が流れやすくしたのです。加えて、1905年(明治38年)に洗堰を完成させ、この洗堰の開閉によって水の流れを調整できるようにしたのです。このような改修工事により、琵琶湖の水位は低下し、「水込み」と呼ばれる琵琶湖の水位上昇による浸水水害が軽減され、下流の治水利水にも大きな影響があったといわれています。早崎内湖は、この改修工事の結果として、早崎内湖は誕生しました。沖にあった砂州が推移低下により浮上し、そこにさらに砂が堆積することの中で、上左のような内湖が出来上がったのです(これは、国土地理院が提供している空中写真です)。内湖とはいっても、琵琶湖の周囲にあった他の内湖と比較すると、北側が琵琶湖に向かって大きく開いていることがわかります。内湖とはいっても、湾のような感じなのです。少し、脱線しますが、それぞれの内湖には、それが生まれてきた自然の歴史があり、そこに人が関わることで、人と内湖との相互作用による環境史が存在しています。そのことを無視して、多様な内湖を「十把一絡げ」的に取り上げることには、少し違和感を持ってしまいます。まあ、そのような問題については、別の機会に。
◾️話しを「社会調査実習」に戻しましょう。今回は、早崎で5名の方達にお話しを伺いました。1日目は、午前中に現在の農業政策と農家に対する補助事業に関して説明を受けました。午後は、今説明した、早崎内湖が明治時代の治水事業(南郷の洗堰建設)による水位低下と土砂の堆積によって生まれたというお話しから始まり、早崎の暮らしが魚と米と蚕の3つの「生業複合」により成り立ったいたこと、内湖の湖辺に誕生したヨシ群落の入札のこと、そのような「生業複合」が高度経済成長期の就業構造の変化や干拓事業の開始とともに消えていったことを伺いました。加えて、干拓地では、干拓地特有の営農の困難さがあり、米価の低下と減反政策に加えて干拓地の管理費用にも苦しんできたこと。その後のリゾート計画の撤回、突然の内湖再生事業、そしてビオトープの活動等についても伺いました。翌日は、「世代をつなぐ農村まるごと保全向上対策(多面的機能支払い)」と「魚のゆりかご水田プロジェクト」のことについて説明を受けました。早崎では、「魚のゆりかご水田プロジェクト」に取り組むにあたり、早崎の事情に適した独自の「一筆魚道」を開発されていますが、それをどのように設置するのか、実際の「ゆりかこ水田」に出かけて実物の魚道を使って説明していただきました。
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◾️学生の皆さんは、早崎町の公民館でお話しを伺いました。左は、1日目の午前中、コーディネートをしてくださった松井賢一さんから、農業政策と農家に対する補助事業に関してお話しを伺っているところです。右は、1日目の午後、早崎町で内湖があったことろ漁業をされていた倉橋義廣さんからお話しを伺っているところです。倉橋さんは、「早崎ビオトープネットワーキング」の会長もされています。
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◾️私が担当する「社会調査実習」を履修している学生さんは、今年は6名。農村や農業と少しでも関係している人がいれば良いのですが、皆んな農業の事に関して、まったく知識がありませんでした。前期の授業では、農業のこと、特に滋賀県の農業のことや、「魚のゆりかご水田プロジェクト」に関して事前学習をしてきましたが、やはり現場に来てみると情報の多さと深さに「溺れそう」になりました。学生の皆さんは、自分たちにあまりに知識がないことを深く反省されていました。それでよかったかなと思います。あとで、補足の指導もさせてもらいます。写真は、現代の機械化された農業がどのようなものなのかの一端を知るために、農家の倉庫で様々な農業機械を見学させてもらっているところです。
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◾️左の写真、遠くに伊吹山が見えます。ここは、元々、早崎内湖だったところです。干拓地ですので、周囲よりも(琵琶湖の湖面よりも)低いということになります。干拓地の地面は元々内湖の湖底ですから、そこに出来上がった水田はとても泥深くなります。農作業をする際には、大変なご苦労があったようです。また、干拓地の中に溜まった水は、ポンプで汲み出さなければなりません。その費用も必要になります。米価がどんどん高くなっていく時代であれば別ですが、現在のように米価が低迷して、「作るだけで赤字になるかも…」という状況では、そのような費用も大変な負担になります。実際、この干拓地の中には、営農を中止し、草木が生えるママになっているような水田もありました。食糧難、米不足ということで始まった干拓事業ですが、干拓事業が終わると、米が余ることから減反政策が始まりました。農地の維持が大変な負担であることから、リゾート開発が全国各地で始まった時には、ここにゴルフ場を建設するという計画も浮上しました。その計画は頓挫しました。そのあとは、干拓地に内湖をもう一度再生する滋賀県の事業が始まりました。営農に苦労している農地を全て滋賀県が買い取ったのかといえば、予算等の関係から、全てではありませんでした。この辺りのことは、これとはまた別の投稿で説明することにしようと思います。
◾️右の写真は、「魚のゆりかご水田プロジェクト」が取り組まれている圃場です。もちろん、魚道が設置されるのは、ニゴロブナやナマズといった魚が産卵に来る春ですから、夏である現在は取り外してあります。「それでは、学生の皆さんはよくわからないだろう」ということで、わざわざ魚道をこの圃場にまで運んで取り付け方を説明してくださいました。
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◾️軽トラックの荷台に乗っているのが、早崎で開発された「一筆魚道」です。この魚道を作成されたのは、「早崎農地水守ろう会」の事務局長である中村彣彦さんです。早崎町が「魚のゆりかご水田プロジェクト」に取り組むのは、今年で3年目になります。1年目は、今とは違う、階段型の魚道を、圃場の排水溝のあたりを掘って埋め込む方式でした。その埋め込み作業には、大変な手間と時間がかかりました。そこで2年目からは、中村さんはこのような塩ビのパイプを使い、簡単に設置できるように新しい魚道を開発されました。しかも、一つ一つの圃場の排水口の形状や高さが違うことから、どのような場合にでも対応できるように改良が加えられました。
◾️早崎の「一筆魚道」は、2つのパーツから構成されています。ひとつは、排水路側に設置する部分です。排水路に出ている排水パイプにジョイントを使って接続します。もうひとつは、圃場の内側に設置します。圃場の排水溝に上から埋め込む簡単な作業が必要ですが、大掛かりな作業ではありません。このような改良を加えた「一筆魚道」を開発することで、「魚のゆりかご水田プロジェクト」に取り組む際のハードルも、随分低くなったのではないかと思います。
◾️おそらく学生たちにとっては、受け止めるのが困難なほど大量の情報だったと思います。また、伺った内容も、専門的なことが多く、事前学習をしてきたとはいえ、消化不良のところもあろうかと思います。学生たちは残りの夏休みで、伺ったお話しの文字起こしと格闘します。後期の授業では、まず今回の実習の振り返りと補講を行いたいと思います。そのような補講を済ませた後、今回の聞き取り内容に関して分析を進めていきます。また、補足調査も実施します。特に、干拓後の農地での営農の大変さを、農作業や経費の観点から伺おうと思います。
◾️今回は、早崎のリーダーの皆さんにお話しを伺いましたが、若い農家にも簡単にお話しを伺うことができました。お父様の農地を使って、トマトのハウス栽培に取り組む方です。滋賀県では珍しいと思いますが、専業農家です。ビニールハウスでトマトを生産し、販売等に関して経営的な工夫もしながら農業に取り組んでおられます。専業農家として家族も養っておられることからもわかるように、高い収益を上げておられるのだと思います。このような若い農家からお話しを伺うと、先輩の農家とは別の価値感に基づいて農業に取り組んでおられることがわかります。自営で仕事がしたかったので、家に農地もあることから農業に取り組むことにされた…とのことでした。家を守るとか、家産である農地を守るとか、そういう発想で農業に取り組まれているわけではありません。家業というよりも、ビジネスとして取り組まれているのです。私ぐらいの年代の農家は、長男でだから、昔の分類でいうと第二種兼業農家として村に残り、家を継ぎ、家産を義務として守るという傾向が強かったわけですが、今はそうではないのです。
◾️もう一つ、書いておかなければならないことがあります。それは、晩の「交流会」のことです。1日目の晩に、お話しを伺った皆さんとの交流会を持つことができましたて。その交流会の中で、学生の皆さんたちは早崎の皆さんと「盃の交換」をさせていただくことができました。民俗学に関心がある方はご存知かと思いますが、地域によって「烏帽子親」と呼ばれる行事がありました。これは、擬制的親子関係と説明されています。昔、成人(元服)した時に、初冠と称して烏帽子を着ける儀式を行いましたが、その際地域の有力者に烏帽子をかぶせてもらい、その方の庇護を期待したことから、そのような呼ばれているのです。この儀式では、「盃の交換」が行われます。もちろん、昔は男性が成人する際に行われる儀式ですが、現在では男女に関係なく(笑)、村のリーダーの皆さんと「盃の交換」をさせていただくことができました。もちろん、「これで早崎の社会調査実習は間違いなく成功」…というわけにはいきません。学生の皆さんには、さらに頑張って実習に取り組んでいただくことになります。
◾️帰宅後、この「社会調査実習」のことをfacebookで報告したところ、経済学部の農業経済の教員の方から、2年生のゼミで学生の皆さんに調査実習の成果を報告してほしいとの依頼がありました。さて、どうなることでしょう。学生の皆さんには、頑張ってほしいと思いますけど…。どうなるやろ。
【追記】◾️農家は、経済活動としてこの「魚のゆりかごプロジェクト」に取り組んでいます。農家がこのプロジェクトに取り組むのは、プロジェクトに取り組むことで収入が向上するからです。この「収入の向上」は、プロジェクトを進めていく上で、いわば「必要条件」ということになります。もちろん、湖岸の農家は、農業を主生業にしながらも、簡易な漁具(モンドリやタツベ等)を使って、「オカズとり」と呼ばれる自給を主たる目的とする漁業にも携わっていました。ですから、魚の水田への俎上を楽しみにしていること、プロジェクトに取り組む動機の一つとしてあげても良いかと思います。また、プロジェクトの中で世代間や村人同士の交流が生まれるわけですが、それを楽しみにされているところもあります。これも重要なポイントです。これは、「十分条件」ということになります。個々の集落でプロジェクトに取り組むか否かの意思決定の中では、この「必要条件」と「十分条件」を視野に入れながら、その他にも、頑張ってプロジェクトの推進に取り組む世話役を務める人(リーダー)がいるかどうか、そしてトータルなコスト(手間暇)とトータルなベネフィット(現金収入などの経済的な利益だけでなく、広い意味でのもの、何らかの効用も含む)とが天秤にかけられ、取り組むか否かが決まっていくように思います。
◾️必要条件と十分条件のうち、前者の必要条件に関していろいろお話しを伺っていると、生産した「魚のゆりかご水田米」を、付加価値のついたプレミアム米として売り尽くせるかどうかが課題であることもわかってきました。もちろん、取り組むことで農政から補助金は出ます。そのような補助金も、農家にとっては重要であることに間違いはありません。しかし、せっかく手間暇かけて「魚のゆりかご水田米」を生産しても、最後の売る段階で、通常の米と同じ価格で買われてしまうのであれば、生産意欲のさらなる向上につながりません。
◾️個々の集落で、プレミア米として評価してくれる販売ルートをきちんと確保していれば問題ありませんが、生産したプレミアム米をそのようなルートで全て売り尽くせるかといえば、必ずしもそうではありません。プレミアム米として販売できない場合は、通常の米として販売するしかありません。1つの集落で生産される「魚のゆりかご水田米」の生産量は、通常の米の生産量と比較しても少ないわけです。量が少ないことから、農協では通常の米とは別枠で、プレミアム米としては扱うことができないようです。農協で扱ってもらうためにはロットが必要なのです。複数の集落の米をあわせれば量も確保できそうではありますが、現状では、それも難しいようです。
◾️東京の全国の米を扱う専門店での出来事として、こんなお話しをお聞きした。「魚のゆりかご水田米」を、出産の内祝いとして購入するご夫婦がおられるという話しです。出産の際の内祝いとは、現在では、お祝いに対するお返しのような感じになっていますが、生まれたお子さんの体重と同じ重さの「魚のゆりかご水田米」をお返しに贈るのだそうです。このプレミアム米の名前に「ゆりかご」が入っていることから、内祝いに用いられるとのことでした。このお話しを聞いた時、とても面白いなと思いました。「魚のゆりかご水田米」は、そのようなネーミングがつけられた時点で、「物語」を付与されたプレミアム米になっているわけですが、さらに、この「内祝い」という、これまでとは別種の「物語」の文脈が与えられ、さらなる付加価値が生み出されているのです。しかも、その「物語」は、生産者である農家の側ではなく、消費者の側が与えているのです。
◾️「魚のゆりかご水田米」は、環境に良い、琵琶湖に良い取り組みなのだという情報発信の仕方は、環境に優しい農産品を求める、農産品に安心・安全を求めるグリーンコンシューマーにとっては意味があると思いますが、今回の場合は、必ずしも環境や琵琶湖とは直接的には関係ありません。「ゆりかご」という言葉が名前に入っていることから、そのような発想が生まれているのです。「魚のゆりかご水田米」というプレミアム米、一般の消費者の目線ではどう捉えられているのか、その点についてもっと深めていくべきかなと思っています。
真野浜での水草除去作業
◾️先日、大津市堅田の真野浜の水草除去作業に参加しました。その時の様子を、この作業に毎日取り組んでおられる「水草は宝の山」=「水宝山」の代表・山田英二さんが録画されていました。コマを落として時間を短縮して見られるように編集してあります。冒頭、左手から白い短パンを履いたやってくるのが私です。
孫と過ごしながら考えたこと
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◾️一昨日と昨日、娘夫婦と孫娘のひなちゃんが、滋賀の我が家にやってきました。孫は1歳5ヶ月になり、いろんなことができるようになってきました。言葉も少しだけですが、話せるようになってきました。大人の言っていることも、ある程度わかっているようです。昼から保育園に通っていますが、保育園に通い、近い年齢の園児さんたちと一緒に過ごすことで、成長に加速度がついてきたように思います。単なる「ジジ馬鹿」と笑われるかもしれませんが。
◾️普段、大阪に暮らしている孫とは、たまにしか会うことができません。ということで、会うと必ずと言って良いほど、孫は人見知りをして泣くのでした。加えて、私は年寄りの男性で、眼鏡をかけて、しかも髭を生やして髪の毛も長い…。小さな子どもからすると「異形の人」なのかもしれません。今回も、また泣かれるのかな…と用心をしながら、少しずつ距離を縮めていきました。そのことが良かったのか、少しずつ慣れてきてくれました。写真のように一緒に歩くことも許してくれるようになりました(^^;;。こうやって孫と過ごしていると、本当に心が癒されますね。孫のことをとても愛おしく思います。自分の子どもを育てているときとは、やはりどこか気持ちのあり方に違いがある様に思います。自分の子どものときは、育てることに必死でした。自分自身のことについても必死でした。若い頃は、あまり余裕がありませんでした。
◾️孫たちが滋賀に滞在している間に、滋賀の老人ホームに入所している老母のところにも連れて行きました。母は寝たきりの状態で、認知的にも問題を抱えていますが、曽孫がやってきたことはわかる様でした。韓国の映画に、『祝祭』という映画があります(この映画のストーリーを紹介することはしませんが)>
この映画の中に、心身ともに弱り「小さく」なっていく祖母のことを心配する孫娘に、「それはおばあちゃんが、あなたに歳と知恵を分かち与えているからなのよ」と両親が説明するシーンがあります。私の目の前でも、曽孫は少しずついろんなことができる様になり、曽祖母は弱っていっています。母は、自分の曽孫に歳と知恵を少しずつ分かち与えているのでしょうかね。この映画「祝祭」のことは、韓国社会を研究されている方に教えていただきました。素敵な話しですね。では、祖父である私は、孫に何をわかち与えることができるのでしょうか。
◾️自分が子どもを育てている時には、心配しなかったことがあります。それは、「孫が大人になった時、どんな社会になっているのだろうか。その時、日本の環境は、地球の環境どんな状況になっているのだろうか」ということです。もちろん、私はもうこの世には存在していません。そういう点では、この様な心配については、「世代間倫理」という言葉とも関連しているのかもしれません。「世代間倫理」とは、子孫(将来世代も含む)の利益を保護するために現世代が一方的に負うべき義務について論じる倫理」のことで、特に環境問題との関連で使われる言葉です。孫が大人になった時のために、私たちはどの様な義務を背負っているのか。孫の時代のために、自分は何ができるのか。孫と楽しい時間を過ごすと同時に、その様なことを考えることが増えてきました。ただし、「世代間倫理」で言われるところの「現世代が一方的に負うべき義務」という表現よりも、「将来世代のために、何を贈ることができるのか」といったほうが適切かもしません。「義務」ではなく「贈与」です。世代を超えた義務関係に現世代が縛られるのではなく、将来世代のためにポジティブに何ができるのかという点に両者の違いがある様に思います。義務ではなく、贈与に基づく世代間倫理を構想することは可能でしょうか。私は、可能だと思います。
真野浜(大津市堅田)で水草除去作業
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◾️昨日は朝4時過ぎに起床。大津市堅田にある真野浜水泳場へ行ってきました。真野浜で民宿を経営されている山田英二さんから、「いよいよ今年も浜に水草が打ち上げられる季節に突入した」とお聞きし、水草の有効利用を考える市民団体「水草は宝の山」=「水宝山」の会員として、水草除去の活動を行いました。作業は5時頃から開始しました。まずは、「水宝山」の代表である山田さんから簡単なレクチャーを受けて、持参した熊手で湖岸に打ち寄せられた水草を集めていきます。そして、湖水に濡れないところまで少しずつ引き上げて小さくまとめて、乾燥させます。その次に、小さくまとめたものをさらに引き上げます。高速船が走った時にできる大きな波でも濡れないようにするためです。
◾️なぜ乾燥させるのか。湖岸に打ち寄せられたままだと、腐敗して悪臭を発生させるからです。悪臭のする湖岸には人は集まりません。こうやって浜を綺麗にすることで、散歩をする人が増え、泳ぐ人も増え、琵琶湖と人との素敵な関係がたくさん生まれることになるのです。この作業のあとは、これも「山田方式」なのですが、昨日、山田さんが集めて乾燥させたものを、大津市のゴミ回(袋に、プラ板を使って詰めていきました。プラ板を入れて袋を自立できるように膨らませるのです。その中に、乾燥させた水草の砂を落としながら詰めていきます。最後は、大津市が回収してくれることになっているので、決められた場所まキャタピラの運搬車を使って運びました。
◾️湖岸に打ち寄せられる水草。その中に、ごくわずか、若干のプラスチックゴミが混じっていますが、以前と比較して相当に少なくなったそうです(もちろん、小さなマイクロプラスチックはわかりませんが…)。どうしてなんだろうと、首を傾げておられました。「マナーが向上したとしか、考えられないね〜」とのことでした。そうだったらいいんですけどね。それから、しばらく前は、ブラックバスの稚魚が相当打ち上げられていたようです。今朝はそれほどでもありませんでした(駆除される外来魚の稚魚ではありますが、湖内で何が起きているのか心配になります)。
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◾️山田さんは、夏場は毎日、この作業をされているので、ちょっとした変化にもお気づきになります。大切なことだなあと思います。毎日、綺麗にしていると、水泳に来たお客さんたちのゴミも減ります。汚れていると、「ちょっとぐらい捨てても構わないのでは…」と悪魔が囁いてくるわけですが、朝から綺麗にしておくと、そのようなゴミも捨てられることがないようです。
◾️さて、回収した水草ですが、現時点では焼却処分されます。それを何とか、地域社会の中で有効利用できないのか…というのが、市民団体「水宝山」の問題意識の一つになります。私たちは、この地域社会での有効利用を「小さな循環」と呼んでいます。この真野浜を中心にそのようような有効利用の社会的な仕組みを作って動かしていくことが、当座の私たちの活動の目標になります(もう一つの問題意識は「大きな循環」をどう作っていくのか…ということなのですが、これについては、また別途説明させていただこうかなと思います)。しかし、早起きして、気持ちのよう空気の中で、浜の水草を取り除く(掃除)作業をしていると大変気持ちが良いですね。山田さんが「楽しみながらやっていますか」という気持ちがよくわかります。加えて、山田さんから「今日はありがとうございました」とお礼を言っていただけると、なお気持ちが良くなります。お近くにお住いの皆様、いっしょに早朝ボランティアをやりませんか。以下は、山田さんが撮った映像です。コマを落として編集してあります。私も写っています。
石上智康『生きて死ぬ力』
◾️先月の最後の教授会の際にいただきました。浄土真宗本願寺派総長・龍谷大学理事長である石上智康先生が執筆されたものです。本学の入澤崇史学長から「建学の精神の涵養」という点から目を通すようにとのメッセージが添えられ、教職員全員に配布されました。自分なりに仏教を勉強してきたこともありますが、昨日から通勤の際に読んでいます。おそらく、読むたびに、その時々の自分の内面の状態との関係で、違った味わいがあるんじゃないだろうか。タイトルも素敵だなと思いました。
◾️この本を専門的な仏教書かといえば、そゔであり、そうではありません。そうであるというのは、仏教の思想の中にある「縁起」と「空」、そして「無常」の概念が、よく理解できるように書かれているからです。そうではないというのは(ちょっと誤解を産みそうですが…)、通常の文体ではないということです。私が所属する社会学部のある同僚は、「これは詩集のようなものですね」とおっしゃっていました。また、ある事務職員の幹部の方は、「どうして、こういう本を書かれたのか…」と不思議に思っておられるようでした。お二人とも僧侶です。私は、宗教者ではありませんが、この新書に書かれたイメージがストレートに自分の思考の中に受け止めることができました。
◾️興味深かったのは、養老孟司さんや福岡伸一さんのような、自然科学者の著書を参考文献にあげておられることです。詩的な文章の中に、引用のような形で触れておられます。福岡さんのいう「動的平衡」の考え方と仏教の「縁起」の考え方が、共振し合っているのです。「無常の風が 吹いている 『ただ』それだけ」なのです。「無常」とマイナスのイメージで語られる「無常観」とは違います。以下、33〜45頁を引用してみます。
「変化こそが 真のすがた」
一九四五(昭和二〇)年 敗戦の時
東京は 見渡すかぎり 焼け野原上野駅には 敗残の民と 悪臭が 満ちあふれ
マッカーサーを乗せた 高級車が
お堀端を 走っていた
ひとり 我がもの顔で
音も なく今は 高層ビルの 林立
世界のブランド品や 香水が 街に あふれている
五十年 百年の後
どんな姿に なるだろう
その時 私は もういない学校に入る 時
卒業する 時
誕生や 死亡届の 時も
私の名前は ずっと 同じ
朝 起きた時の 血圧と
仕事につく時の 血圧でさえ
もう違っているのに「小腸は 一ヶ月で 細胞が
完全に 入れ替わり(中略)
人間の身体の 細胞は 一年経て
ほぼ 全て 入れ替わ」る(養老孟司)人は みな
行く雲 流れる川と 同じ
仮に 同じ一つの名前を 使っている だけ「体脂肪で さえも
ダイナミックな『流れ』の中」
「流れ自体が
『生きている』ということ」(福岡伸一)
「変化こそが
生命の 真の姿」(シューハイマー/福岡伸一)いつでも どこでも
無常の風が吹いている
証を必要としない この世の 事実それ なのに
その時どきの すがたに 執われて
嘆き悲しんだり 喜んだり してしまう
この 私思いどおりになれば 嬉しく
ならぬ時には 腹が立つ 涙する花は美しく咲いて 自慢しない
いつまでも 咲いていたい と欲ばらない気がつかぬほどに
あるいは 劇的に
無常の風が 吹いている
「ただ」」それだけ
はかないとも 嬉しいとも
何も いわず「変化こそが
生命の 真の姿」あるのは
変化 そのもの
ただ それだけ変化していること もの 全てが
そのまま 真実のすがた在るがままに
すべてが 障りなく 一つになって いて
自他の対立も ない
「2018 韓国 川の日大会 国際河川フォーラム」
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◾️8月9日から11日まで、韓国に出張してきました。韓国の環境保全に取り組む韓国の各地域のNGOや、河川の環境保全に関心のある市民の皆さんがたくさん集まる「2018 韓国 川の日大会 国際河川フォーラム」に参加するためです。私は、このフォーラムのなかのシンポジウム「統合水管理のための面点汚染源の管理政策と住民参加方法」で報告をさせていただきました。上の写真は、その時のものです。帰国後にいただきました。
◾️このシンポジウムには、海外からベトナムの研究者が、そして日本からは私が参加しました。この2人には、それぞれに通訳の方をつけていただきました。私の通訳をしてくださっ方は、韓国人とご結婚された日本人の女性でした。事前の勉強も丁寧にされていたことが打ち合わせでよくわかりましたし、本番でも丁寧に通訳をしていただきました。ありがとうございました。この面源負荷対策に関するシンポジウムでは、韓国の環境庁の職員の方が、韓国の面源負荷対策の全体像と課題を説明されました。また、ベトナムの研究者は、法規制やインフラが不十分な中で、ベントナムではどのような問題が起こっているのか説明されました。私はといえば滋賀県の事例をもとに報告を行いました。
◾️まず、家庭系や工業系の負荷が下水道や国によりも厳しい規制によって琵琶湖の富栄養化が一定抑制されるようになったが、残された農業系負荷が相対的に浮上するとともに、水質だけでなく健全な物質循環を駆動する生態系そのものの状態が問題視されてきていることを説明しました。その上で、水質改善を直接的に意図したものではないですが、「食べることで琵琶湖を守る」を理念とする滋賀の「環境こだわり農業」や「魚のゆりかご水田プロジェクト」といった制度にある、多様なステイクホルダーが参加していく可能性とそのメカニズムを社会関係資本の概念をもとに説明しました。また、社会関係資本を蓄積していくためのポイントに関しても説明しました。
◾️韓国の関係様の皆さんの意見によれば、韓国の環境政策は、どちらかといえばトップダウンの色彩が強く、面源負荷対策には、多様なステークホルダーが不可欠であるとの認識はあっても、それらのステークホルダーが参加・参画する環境ガバナンスに向けての取り組みは不十分で、まだこれからとのことでした。もちろん、日本もけして十分とはいえないのですが、韓国と比較したときに、参考になるポイントがあるのだと思います。そのようなこともあり、私の報告は、環境庁の方やコメンテーターのNGOの皆さんに、大いに関心をもっていただけたようでした。安心しました、
◾️ただし、隣国の環境政策のこれまでの展開過程や現状を系統だって勉強したことがないのですが、ちゃんと勉強しないとなあと反省しました。日韓の環境政策の展開過程の比較研究です。韓国の環境政策はトップダウンの色彩が強い(これは程度の問題でしかありません…)と書きましたが、そのようなトップダウンの環境政策に対して、NGOを中心としたボトムアップな環境運動はどのように対応し、あるいは対立してきたのでしょうか。その点をもっと知りたいと思いました。また、韓国の環境運動と、韓国の第二次世界大戦後の社会構造・政治権力構造のなかで発生した労働運動や民主化運動とは、歴史的にどのような関係にあるのか、その点ももっと知りたいと思いました。私は、もう年寄りの部類に入るわけですが、このあたりをまだもう少し勉強したいと思っています。そのためにはハングルが読めないとね…。まあ、それはともかく。面源負荷に関する韓国での報告は、これで3回目になります。また、韓国からの視察も3回ほど受け入れてきました。相互に学び合う交流を今後も継続していければと思います。そして、そのような交流の中で、ハングルが読めるようになっていけばなあとも思います。
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◾️シンポジウムを含め、その日のプログラムが終了した後、シンポジウムでコメンテーターを務めてくださった方や、今回お世話になった方たちと一緒に、軽く「慰労会」を持ちました。韓国の皆さんといろんなお話しをするなかで、たまたま、私が「韓国に鉄道ファン(あえて言えば『鉄道オタク』)は存在しているのですか」という質問をらしたところ、同席していた方たちのうち2人からは、「私は知りません。そんな人たちが、韓国にいるとは思えませんね」という感じの反応をいただいたなかで、お1人だけ「実は、私は鉄道が大好きなんです」と反応がありました。そして、JR九州の魅力や韓国の鉄道の魅力について熱く細かく語り始められたのです。また、「今度、韓国に来るときは『ITX-青春』に乗ってくださいね!!」とも強く勧められました。彼は、ヨーロッパの鉄道情報に関しても、丹念に調べておられるとのことでした。すごいやん。左の写真。私が初めて知った韓国の「鉄道ファン」のボクさんとの記念写真です。
◾️ところで、「韓国に鉄道ファンはいないと思います」と答えた方は、女性の金さんです。「私はソウルに住んでいて、地下鉄を利用するんですが、地下鉄は真っ暗で景色が見えないので、私はバスが好きです」と自分の意見を述べてくださいました。それに対して、「日本にはバスマニア、バスオタクもいらっしゃいますよ」と言ったところ、大変驚かれました(^.^)。「日本では地方をバスで旅行する番組もあるんやで」と説明したところ、大受けでした。その時、「これは、いっぺん奈良交通の『八木新宮線』に乗ってもらわんとあかんな…」と思った次第です。