龍谷大学の伝統イベントが5年ぶりに復活!!
▪️ 5月15日、5年ぶりに「提灯行列」が行われます。龍谷大学では、大学の創立記念日と親鸞聖人のお誕生日をお祝いする行事として、「創立記念降誕会(ごうたんえ) 」を開催していますが、「提灯行列」は、この行事の一環として実施されます。
▪️この「提灯行列」には、龍谷大学吹奏楽部も参加します!! で、私も吹奏楽部の横を一緒に歩くつもりです。ぜひ、皆様、京都にお越しください。突然、提灯行列に出会って、驚きながらも笑顔で応援してくださる方達に出会えることが、私としてはとても嬉しいんです。京都の街が幸せであふれる…そのように感じかな。
▪️パレードのコースですが、円山音楽堂から四条河原町、そして京都市役所のある河原町御池までになります。
【追記】▪️5年前の提灯行列に関する投稿です。
「降誕会提灯行列」
「ぼてじゃこトラスト」のこと!!
イベント「仰木で有機農業業をしませんか」
▪️「(仮称)仰木地区地域共生協議会準備委員会」が主催するイベントに、理事長をしている特定非営利活動法人「琵琶故知新」では、NTT西日本滋賀支店さんとともに、共催者として参加します。仰木は、いつも我が家が野菜を購入している直売所のある地域です。
仰木近郊におすまいのみなさんへ
耕 作 放 棄 地 で 有 機 農 業 し ま せ ん か ?仰木の麓にある成安造形大学をお借りし「仰木のことを知って、感じて、味わって、そして未来を考える会」を企画しました。
地域のことをもっと知りたい、食べ物つくってみたい、少し興味があるなどなど・・・
どなたでも無料で参加できますのでお早めにお申し込みください。
仰木近郊にお住まいでなくても地域課題や農業に関心がある方の参加も歓迎します。日時:2024年6月9日(日)10時~16時
場所:成安造形大学 コミュニティスペース「結」
条件:どなたでも参加できます 先着30名、参加無料
▪️仰木は、大津市の西部、比叡山に連なる山々の麓にある棚田の農村です。仰木には3つの集落がありますが、そのうちの1つの集落、上仰木の棚田は、日本棚田百選にも選ばれています。写真家・今森光彦さんの写真集『里山物語』でもよく知られた地域です。1000年以上の歴史をもつ地域なんですが、全国の農村、特に中山間地域の農村と同じく、後継者不足、農家の高齢化に伴い、耕作をするのに手間のかかる農地から放棄されていきました。耕作放棄地と言います。しかし、この仰木に隣接する地域には、大規模な新興住宅地が広がっています。そのような住宅地には、自宅の家庭菜園に飽き足らず、安心安全の野菜づくりをもう少し広い農地でやってみたい、プロの農家の指導を受けながら野菜作りをしてみたい…という方達が、お住まいになっていると思われます。耕作放棄地が増えて困っている農家と、農業をやってみたいけれど農地もないし、農業のやり方もよくわからない住宅地の皆さん、この両者を繋いでいこうという企画です。しかも、両者は隣接して居住しているわけです。今回は、住宅地の中にある大学、成安造形大学の中に会場をお借りして、イベントを実施いたします。
▪️当日のイベントには、成安造形大学の副学長で附属近江学研究所副所長をされている加藤賢治先生に「仰木の歴史文化と伝説」のタイトルでご講演いただきます。また、オーガニック専門店等の植物発酵エキスや健康補助食品等をOEM(他社ブランドの製品を製造する企業)として製造・販売されている株式会社リスペクトを、仰木を拠点に展開されている伊藤定紀さんにも講師としてお越しいただき、「なるほど!ザ・有機農業~さまざまな視点から「有機農業」を紹介~」のタイトルでご講演をいただきます。そして、参加者で歩いて仰木の文化歴史に触れ、耕作放棄地の現状を見学する予定にしています。どうぞ、皆様、奮ってご参加ください。参加申し込みは、以下のからお願いいたします。Peatixという仕組みを利用しています。「チケット」を申し込む形式になりますが、無料です。
耕作放棄地で有機農業しませんか?
甲子園球場で関関戦
▪️今日は、甲子園球場に出かけました。母校・関西学院大学の硬式野球部は、現在、関西学生野球連盟の「春季リーグ」で1位です。素晴らしい。
▪️で、今日の対戦相手は関西大学でした。伝統の一戦、「関関戦」なのでした。龍谷大学と京都産業大学も伝統一戦と言われます。龍谷大学では「龍産業戦」と呼ばれ、京都産業大学では「産龍戦」と呼ばれているようです。では、「関関戦」はどうなんでしょう。関学の関係者は、「関西学院」(Kwanseigakuin)が最初だと当然のように思っていますから、「関関戦」と書いても、発音は「Kwan-Kan-Sen」と「正しく」発音するのだと思います。まあ、関学関係者以外の皆さんには、どうでも良いことかもしれませんが、この伝統の関関戦を、心理学部の東豊先生、法学部教務課の平國祐樹さんと一緒に観戦、応援しました。以前の投稿にも書きましたが、私たちは全員、関西学院大学の出身者です。試合の途中では、平國さんに丁寧に解説をしていただきました。平國さんは、学生時代、関学硬式野球部でピッチャーをされていたのです。ありがたかったです。で、試合結果ですが、延長12回の裏に1点を入れて関学が勝利。その後は、三ノ宮で短い時間でしたが祝勝会を持ちました
▪️今日は関学側の懸命の応援にとても感動しました〜。甲子園球場で母校の校歌「空の翼」を歌ったのは、昨年末の「甲子園ボウル」(全日本大学アメリカンフットボール選手権大会の決勝戦)の時でしたから5ヶ月ぶりです。またまた感動しまた。卒業して40年を超える時間が経過していますが、感動しました。今も、いや今だからかな、親しい同窓生のお2人と一緒にこういう気持ちになれることをありがたいことだと思いました。この日、私が身につけたキャップ、ポロシャツ、パーカー、全て母校のエンブレム付きでした。気合いを入れて観戦・応援をしました。
▪️応援団の指導部の中に、学ランを着た女子団員さんが複数人おられました。素敵なことです。私の時代、大学の応援団といえば、漫画「嗚呼!!花の応援団」のようなイメージ(私の場合はネガティブなイメージ)が強くありました。関西学院大学応援団の公式サイトを拝見すると、学ランを着た指導部12人の中に4人の女性がおられました。時代は変わりました。
▪️チアリーダー「ドルフィンズ」の皆さんの人数に驚きました。やはり同じく公式サイトを拝見すると、なんと82人です。すごいですね。内野席の前方に、応援のためのステージが設けられていましたが、そこに、次から次へと交代で登り、応援パフォーマンスをずっと演じられるのです。ステージだけではありません。内野席通路にも、たくさんの「ドルフィンズ」のみなさんが並んで、満面の笑みで「さあ一緒に応援しましょう」という感じで、甲子園球場に駆けつけた同窓生の皆さんの一人一人に語りかけるかのように視線を向けてくれるのです。しかも、精一杯の大きな声で応援しつつ、です。素晴らしい。おじいさんたちは(平國さんを除く、2人の前期高齢者)若い応援団の皆さんにたくさんの刺激をいただき元気になりました。大変鍛えられておられるなあと強く思いました。また、想像でしかありませんが、大学も相当、応援団の活動を支援されているのではないかと思いました。
▪️関学の応援団には、指導部とチアリーダー部に加えて、吹奏楽部も。龍谷大学に勤務していると、吹奏楽コンクールのことで活動の様子を知ることになります。私が学生のことろは、関西では、近畿大学と並んで関学の吹奏楽部が全国大会常連でした。しかし最近は、兵庫県の大会を勝ち抜き、関西大会に出場されることもなくなってきました。ひょっとすると吹奏楽コンクールに活動の重点を置いているわけではないのかもしれません。最近は、吹奏楽コンクール出場する大学が減ってきましたから。とはいえ、関学の同窓生としては、やはり少し寂しいわけです。関関戦とは関係のないことも書いてしまいました。
▪️で、もうひとつ。私には気になっている野球の試合がありました。龍谷大学硬式野球部はどうなっているのかということです。龍谷大学は関西学院とは異なるリーグ、関西六大学野球連盟に所属しています。今日は、神戸学院大学との試合でした。龍谷大学は、 0-8 で勝利しました。嬉しいです。6連敗していましたから。やっとそこから抜け出せたのかな。残りの試合も頑張って欲しいです。
【追記】▪️このような応援でした。関西学院応援団のXへの投稿です。
滋賀県庁とのミーティング
▪️昨日は、理事長をしている特定非営利活動法人「琵琶故知新」と、滋賀県庁の琵琶湖環境部、総務部市町振興課、総合企画部県民活動生活課県民活動・協働推進室(長い…)の皆さんと、相互の連携に関してミーティングを行いました。その後、大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」で、引き続き「呑み」をしながらのミーティングに移行しました。前半・後半のミーティングで、いろんなことが明確になってきました。このミーティングをコーディネートしていただきました三和伸彦さんに、心より感謝いたします。ありがとうございました。
▪️昨日は2回目のミーティングになります。今日は、私たち「琵琶故知新」からの提案(地図と情報を組み合わせて表現する技術)を、みなさん大変前向きに受け止めてくださいました。官民の壁を越えて、そして県庁という組織の部署内の壁をこえて、連携をさらに深めていきながら、MLGs(マザーレイクゴールズ)、そしてまちのコイン「びわこ」(デジタル地域通貨)と、そして他の部署が取り組まれている事業と、私たちの技術とが結びつき、社会的に意味のある取り組みが生まれてくるように頑張りたいと思います。
自分が話すスピード、人の話を聞けるスピード。
▪️先日のことになります。昼食時、テレビの「徹子の部屋」を視聴しました。その日のゲストは、「TM NETWORK」の皆さんたちでした。この方達、私と同年代なんですね。よくわかっていませんでした。全員、前期高齢者です。実際にテレビで拝見すると、ああ、やはり自分と同年代の方達だなと感じました。お若く見えますけどね。
▪️お若く見えるのですが、それでも興味深かったのは、昔々に「徹子の部屋」に出演されたた時のご自身の録画を見ながら、小室哲哉さんですが、なんだか自分が偉そうに話をしているとか、昔は速く話していたんだとか、そういう感想を言っておられたことでした。そうなんです。若い時は、みんな早口なんですよ。これは、黒柳徹子さんも同じですね。録画の中の黒柳徹子さんは、今とは違い早口です。黒柳さんの「モノマネ」される方達は、みんな早口で喋っておらますよね。でも、現在の徹子さんは、ゆっくり話をされます。年齢を重ねる、普通に話してもゆっくりになってしまうんだと思います。それから、大事なことですが、若い人たちの早口の喋りを聞き取りにくなってしまっているのです。テレビを視聴して、納得しました。私は、そのことを50歳代から感じていました。
▪️自分の言語能力が劣ってきて思うのは、若い方達の話も普通に話していればよく理解できるのですが、何か気合のスイッチが入ってしまうせいでしょうか、早口で話す方が時々おられます。普通に話したら良いのに…と思いますが、そういう時、少し困ってしまうんですよね。早く話すことで、話している内容が高いレベルに聞こえるわけではありませんし、年寄りのために少しゆっくり目に話して欲しいなと、密かに思っています。
ジャーマンアイリスとツリバナ
▪️我が家の裏庭で、今年もジャーマンアイリスが咲き始めました。嬉しいな〜。今年は、30以上蕾を作ってくれています。そのうち、まずは4つの蕾を咲かせてくれました。ありがとう。毎年、毎年、同じことの繰り返しかもしれませんが、花を咲かせてくれることに感謝です。
▪️庭の法面には、以前、ブラシノキが植えてありました。ブラシノキは、オセアニアの樹です。それでも、我が家の庭で見事に花を咲かせてくれていました。ただ、ブラシノキから他の植物によくない影響が出ることがわかり、お世話になっている庭師さんにお願いをして、日本の里山にみられるツリバナに植え替えていただきました。ブラシノキは、確か信楽のお店に「養子」に出されました。しっかり育っていると、思っていたのですが、お世話になっている庭師さんから連絡があり、「養子」に出されたブラシノキ、昨年の酷暑の中で枯れてしまったのだそうです。残念ですね。
▪️さて、写真はツリバナです。ブラシノキの派手さとは違い、ツリバナはとても地味です。でも、こんなに可愛らしい花を咲かせます。老眼ではよく見えませんけど。昨年植えてもらったばかりで、まだ少しひ弱な感じですが、これからしっかり成長してくれると思います。
大阪中之島美術館「モネ 連作の情景」展
▪️ちょっと前のことになりますが、大阪中之島美術館で開催されていた「モネ 連作の情景」で、モネの作品を鑑賞してきました。美術史の知識があまりありません。モネは印象派で睡蓮の絵を描いた画家…程度の知識しかありません。ということで、良い勉強になりました。モネはサロン(フランスの画壇)に挑戦したとか、なかなかの絵画の売買についても交渉能力があったとか…ああ、そういう人だったのかと認識を新たにしました。結構な「やり手」のように思いました。
▪️また、今回の展覧会では、同じ場所やテーマなんだけど、天候や季節、時間が違っている作品群を比較しながら鑑賞できました。「連作」という手法の意味がよく理解できました。ということで、撮影OKの「連作」の作品を写真に撮ってみました。モネが活躍した時代は、鉄道網が張り巡らされてきた時代のようです。蒸気機関車は当時の最先端の技術です。この蒸気機関車に乗って、人びとはあちこちに気軽に旅行でかけるようになりました。観光の始まりかな。モネも鉄道に乗ってあちこちに旅したので。ただ、モネの場合は、単なる観光ではなく、絵を描くための風景を求めて移動したようです。
▪️晩年に取り組んだ自宅に作った池や庭の風景を描いた作品群で、大胆な筆使いをしていることなどは、モネ自身が白内障を患っていたこととも大きく関係しているのだそうです。このことも考えたこともありませんでした。重い図録も購入したので、時間を見つけて図録をにより復習をしておこうと思います。
オタマジャクシ
▪️娘から、親戚のLINEグループで写真が送られてきました。連休中に、娘の家族がやってきた時に、孫達と一緒に採集したオタマジャクシです。大津市の堅田にある湿地に、たくさんのオタマジャクシが泳いでいたのですが、そこから2匹だけ採集しました。その2匹を、孫たち(小2のひなちゃんと保育園4歳のななちゃん)は奈良の自宅まで持ち帰り観察しながら飼育しています。
▪️オタマジャクシの成長は早いですね。あっという間に、まず後ろ脚が生えてきて、今は前脚が伸びてきました。これって、どういう仕組みになっているんですかね。体の中であらかじめ形ができて、それが外に出てくるんですかね。写真を見ると、左側のオタマジャクシは前脚が出ていますが、右側はまだ出ていません。でも、左よりも右の方が体は膨らんでいるような気もします。体の中に前脚が作られているのかな…妄想ですけど。不思議です。で、カエルになったら、2匹をまた滋賀に回収し、元の湿地に放すことにしています。家人が奈良にいく予定があるので、帰りに回収するのです。これで、いいのかな、たぶん、生物多様性的には。個人的には我が家の庭にいてくれてもいいんですけどね。ご近所は迷惑ですかね、やはり。
【追記】▪️このオタマジャクシのことをfacebookにも投稿しました。そうしたところ、滋賀県立琵琶湖博物館の学芸員をされている大塚泰介さんがコメントを投稿してくださいました。
1枚目の写真で背側線が既に生じていて、それが眼の後方からまっすぐ後ろに伸びているので、ニホンアカガエル確定で良いと思います。
▪️ありがたいですね。さすが、プロは違いますね。ということで、娘にカエルの名前をLINEで伝えました。ニホンアカガエルは、里山のような場所にいるようです。たしかに、このオタクジャクシを捕まえた場所は、元々は、里山の谷間にあった水田をビオトープとして整備した場所でした。普段は、里山や草原のような場所で暮らして昆虫を食べているようですが、産卵の時期は以下のような特徴があるようです。
繁殖期は地域により異なりますが、早春(2月から3月)の最初の降雨で始まることが多いと言われます。繁殖期間は1週間程度から、1ヶ月くらい続くこともあります。水が浅く溜まっていれば、どこでも産卵しますが、おもに水田を産卵場所とオタマジャクシの生活場所としています。
(http://kaerutanteidan.jp/index.php/database/2014-03-27-17-42-12/22-rana/65-ranaj)
▪️もう少しすると、尻尾がなくなっていくのでしょうか。その時がやってきたら、今は奈良にいるこのカエル達も故郷の大津に里帰りすることになります。
嫌な夢
▪️先日みた夢の記録です。夢を記録するといえば、明恵上人(1173-1232)が有名です。彼が19歳の頃から晩年の58歳までみた夢を記録した「夢記」(ゆめのき)がよく知られています。当時の人びとにとって、夢の中身は現実とも結びつく大切なことだったように聞いています。しかしです。それにしても、明恵上人は、よく夢を記憶できたなあと思うのです。というのも、私なんかは、起きたらすぐに夢の内容を忘れてしまうからです。
▪️どんな夢だったのか。ピアノの練習を全くしていないのに発表会の当日を迎え、しかも目の前にあるピアノは他の人(ある大学時代の先輩)が独占していて全く練習ができない…そのような夢を見て目を覚ましたのです。嫌な汗をかきました。現実には、ピアノ弾けないのにね。同じよう夢は、バイオリンでもありました。市民オーケストラか学生オーケストラにエキストラで呼ばれているのに、全然練習ができていないまま本番を迎えるとかも、以前はよく見ました。ピアノとは違って、子どもの頃から30歳に至るまでぐらいは、よくバイオリンを弾いていました。ですから、これは現実に少し繋がっています。先にもかきましたが、夢を見てもすぐ忘れてしまうのです。でも、今回は覚えていました。きっと、「何事もきちんと準備をして臨まないといけない。これは、自分の無意識が自分自身に警告しているのだな」、そう思っておくことにしようと思います。
▪️嫌な夢を見て目覚めたのですが、その後、またウトウト二度寝をしてしまいました。するとまた似たような夢を見たのです。今度は、ジャズのビックバンドのスタジオ録音のような場所でした。私は、大切な譜面(ストリングス)を忘れてしまっているのに気がつき狼狽しているのです。夢の中では、ドムセットやホーンセクションには外国の人たちがいて…。指揮者は、吹奏楽のポップスの指導でお世話になっている編曲の先生。このあたりだけは、少しリアルでした。
▪️このような「嫌な夢」のことをFacebookに投稿すると、お友達の皆様から、いろんな反応がありました。皆さんも、同じような経験をされているというのです。たとえば、「コンサートマスターなのに、オーケストラの本番に遅刻して、すでに演奏会は始まろうとしている。いったいどこからオケにはいっていけばいいのか」とか、「発表会でピアノ前に座った途端、どの鍵盤、どの手から始めるのかわからなくなる、という恐ろしい事態に」とか。どうも、皆さんおっしゃるに、ストレスが溜まっている時に、そのような夢を見るのではないかというのです。今は、特別研究員でストレスが溜まっていることはないように思うのですが、どこかで溜めているのかな…心配です。自分でもよくわかりません。