安曇川河辺林で竹林整備

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▪️昨日は、朝から車で高島市の新旭町にある綾羽工業株式会社に向かいました。綾羽さんが所有されている安曇川の河辺林の中にある竹林を、市民の手で整備していく活動に参加するためです。高島市の竹林ですが、長浜、米原、東近江からも参加されてました。主催は、「たかしま市民協働交流センター」です。この交流センターの職員である坂下靖子さんには、これまでも龍谷大学の学生さんたちの指導で大変お世話になってきました。そのようなつながりの中で、「この竹林整備の活動に参加しませんか」とお誘いいただいたのです。今回で2回目の参加になります。前回は、関心のありそうな人に呼びかけて、集まった方達で、こんな竹林にしたいね、こんなことしたいねと、ワークショップを行いました。

▪️昨日は、あいにくの雨でした。整備作業はできませんでしたが、室内で講師の方から「竹林整備時における安全について」「竹の種類とその特性」について学びました。すごく情報量の多い濃い講義でした。講師は「里山実験室HareMori」を主催されている山本綾美さんです。講義の冒頭、山本さんは、このような話をされました。竹に関して最近は「竹害」がよく話題になります。でも、竹はかつて重要な資源でした。筍を味わうこともそうですが、重要な建築資材でしたし、身の回りの籠などの道具を作る際にも大切な材料になりました。以前は、竹林に「出口」(様々な竹の利用)があったのですが、今はそれが無くなってしまった結果、竹林には手が入らず、迷惑な植物になってしまったわけです。竹そのものが迷惑な存在なのではなく、人間の社会のあり方が変化してしまったことの結果、「有用」な植物から「迷惑」な植物になってしまったわけです。

▪️3段目の写真・左ですが、黄色いのは、ポイズンリムーバーです。竹林整備の際に、蜂に刺されたりした際の応急処置に使います。これで毒を吸い出すのです。黄緑のものは、ダニに食いつかれた際に使用するダニトリスティックです。両方とも使わないことが一番望ましいわけですが、今回の竹林作業には用意しておいた方が良いかと思いました。オオスズメバチは、土の中に巣をつくります。気をつけないといけまん。ダニも怖いですね。ダニが服と身体の隙間に入ってきても何も感じないのだそうです。で、ふと気がつくと柔らかい皮膚のところに変なイボのようなものができているなと思ってよく見ると、それがダニだったということがあるのだそうです。マムシもいますしね。講義の最初から、ちょっとビビってくる内容でした。私はよく蚊に刺される体質なのですが、これも気をつけなくてはいけません。「太巻き」の蚊取り線香で対応します。11月に入ると蚊もいなくなるらしいですが…。

▪️3段目の写真・右。竹の皮です。プラスチックが出てくる前までは、肉屋さんで肉を買うと竹の皮に包んでくれました。今は、竹の皮風のプラスチック製の皮に包んでくれるだけですけど、昔は本物の竹の川でした。昔は、竹林をお持ちのお宅ではねこの竹の皮も黴ないようにきれいに保存しておかれたようです。業者さんが買い付けに来られていたという話も、昨日、お聞きしました。竹林が整備されたら、この竹の皮も有効利用できたらいいなと思います。

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▪️講義の後は、雨の中、綾羽工業の敷地にある竹林の状況を見学して、現地でも山本さんからご指導いただきました。竹林整備にあたって、知っておかなくてはいけないことが山ほどありました。昨日の講義だけでは、老人の頭の中にはきちんと整理されて入ってきません。これから、少しずつ勉強していきます。これからの竹林整備、まずは枯れた竹林の整備から始めることになっています。花が咲いて枯れた竹林です。どのような竹林にしていくのかで、整備のやり方は違ってくるとのことです。もし、竹林を残していくのであれば、4段目右の写真で、講師の山本さんが説明されているササのような葉を残さなくてはいけません。このササのような葉は、根から伸びてきているものです。これを刈ってしまうと、竹林は再生しません。竹に関する知識を一通り身につけられたら、いいなと思っています。それから、整備が順調に進捗したら、竹林の「出口」(活用法)をたくさん見つけられたらいいなと思っています。

▪️昨日は雨が降っているせいもありますが、とても肌寒い日でした。帰宅時の車では、ヒーターをつけました。これから秋が深まっていくのでしょうね。

最近の「仰木地域共生協議会」のこと

理事長をつとめる特定非営利活動法人「琵琶故知新」では、現在、1000年の歴史をもつ農村・仰木の皆様や、その仰木に隣接する新興住宅地・仰木の里の関係者の皆様と共に、農水省の補助金(農村RMO)をいただきながら「仰木地域共生協議会」を立ち上げました。生産者(農家)と消費者(住宅地住民)が連携・協力しながら、仰木の農業を持続可能にし、耕作放棄地を有機農業を行う農地に再生していくことを目指します。この協議会の運営につきましては、NTT西日本滋賀支店からもご協力とご支援をいただいています。
先日のことになりますが、9月21日~23日、仰木の棚田で生産された新米が、仰木の里の皆様に販売されました。その時のことが、「仰木地域共生協議会」のブログで報告されています。米価の高騰のなか、農家の側も消費者の側も満足できる金額で予約販売されました。確保した1.5トンの枠を超える事前申し込みがあったので、抽選のうえで300名ほどの方にお届けすることができました。現在、協議会では将来ビジョンを作成中ですが、今後、さらに様々な取り組みを開始して、両地域の皆さんの交流が深まっていくことを期待しています。

大津ジャズフェスティバルのTさんのこと

20251001otsujazzfestsval.jpg▪️知り合いのTさんがお亡くなりになったということを、facebookへの皆さんの投稿を拝見して知りました。Tさんのご冥福をお祈りいたします。

▪️Tさんとの出会いは、大津の街を盛り上げようと始めた「大津ジャズフェスティバル」でした。初期の頃、私はこのジャズフェスの実行委員をTさんと一緒にしていました。Tさんは、このジャスフェスが始まるちょっと前からサックスの演奏にも取り組んでおられたように記憶しています。私自身はジャズもたまに聴きますが、メインはクラシックなので、演奏をご一緒させていただくことはありませんでしたが、ジャズフェスの実行委員では大変お世話になりました。

▪️写真は、2013年の第5回の時のものです。ジャズフェスの最後に実行委員が集まったときの集合写真です。この時は、ジャスフェスの雰囲気を写真に記録するボランティアとして参加させていただきました。最前列、黄緑のウインドブレーカーを着ておられるのがTさんだと思います。この日はあいにくの雨で、運営が大変だったと思います。じつは、Tさんと私は兵庫県立兵庫高等学校の同窓生です。手島さんは、私よりもかなり先輩ではありますが、こうやって滋賀や大津で、神戸の高校の同窓生にお会いできるとは思ってもみませんでした。

特別展「世界遺産 縄文」京都会場

▪️縄文が好きです。縄文土器や土偶にみられる動的な動き、そして装飾に対するエネルギー、それらの過剰さに惹かれるのです。ということで、この特別展には絶対に行きたいです。10月4日から11月30日まで、京都文化博物館です。

「重ねるハザードマップ」

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▪️国土交通省が「重ねるハザードマップ」を公開しています。これは国土交通省が制作している、災害リスク情報や防災に役立つ情報を、全国どこでも重ねて閲覧できるWeb地図サイトのことです。先日の首都圏の「記録的短時間大雨情報」が出た地域のことが気になってこの「重ねるハザードマップ」調べてみました。貼り付けた画像の「品川区」と書かれたあたりが、戸越銀座です。ここは地形的に見ると谷筋なんですね。いわゆる「谷戸」です。こういった谷筋だから、低い方向に上手く排水できず、その排水の能力を超えてしまうと、水が溢れてしまいますね。凡例を見ると、この色は「氾濫平野」です。その下流、東側は濃い目の緑になっていますが、この色は「後背低地・湿地」なんだそうです。JRの東京総合車両センターですか。この「後背低地・湿地」、一般にはですが、次のように説明されています

河川の氾濫によって周囲よりも長期間浸水し、水はけが悪い。地盤が極めて軟弱で、地震の際は揺れが大きくなりやすい。液状化の発生傾向がやや強い。

▪️このような性格の場所であることを、もちろんJRさんもわかっていて、すでに対処しておられるとは思いますが。東京は地形が複雑だし、暗渠になった川も多くて、そこにたくさんの方達が暮らしているので、今回のような「記録的短時間大雨」が発生した時は大変だなと改めて思いました。それじゃ、関西はどうなんでしょう。確認しないといけませね。

▪️以下は、YouTubeで配信されたTVのニュースです。半地下になったお店もこちらの商店街には多いようですね。そのことが被害を大きくしているようにも思いました。動画のタイトルは「谷底地形に雨水集中か…都市型水害“見えない川”のリスク“第二の下水管”で対策急ぐ【報道ステーション】(2025年9月12日)」です。動画では、古い明治時代の地図も使って説明されていました。道のように見えていますが、暗渠になっているのです。ここに昔から暮らす方達は、そのような土地の歴史をよくご存知のようです。

▪️登場されたのは、戸越銀座商店街連合会の方です。江戸時代は、品川用水という人工の川が流れていた場所で、もともと水捌けが悪いのだそうです。「今回は、自分たちが思っている以上の短い間の雨量だったので、側溝に流れずにあふれてきている感じがする」と印象を述べておられます。災害の問題を考える上で、その土地の開発の履歴、過去の災害の履歴等について知っておくことが大切ですね。もちろん、こういった災害に対する技術的な対策も進められています。近くでは、第二戸越幹線整備事業が進められていて、地域のあふれた雨水を目黒川に流すようになるのだそうです。すでにある戸越幹線の両方で1時間に75mmの雨に対応する計画のようですが、今回は1時間に120mmも雨が降りました。実際の雨に対策が追いついていないとニュースでは解説していました。気象の激甚化に対策が追いついていないのです。地域で力を合わせて、足らない部分をどのように減らしていくのか、共助による減災が必要になるのではないかと思います。

▪️以下は、「重ねるハザードマップ」の解説動画です。わかりやすいかな。自分が暮らしている場所や勤務している職場のある場所が、どういう災害リスクを抱えているのか知っておくことは大切です。また、転居する際には重要になるのではないかと思います。

『神戸みなと物語 コンテナじいさんの見た神戸港』(青山大介・谷川夏樹)

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20250914kobe2.jpg ▪️神戸で生まれました。神戸に暮らしたのは、0歳から4歳まで(5歳になる直前まで)、そして16歳から25歳まで。だから、あわせても15年ほどの期間でしかありません。でも、一応、出身地は神戸なんです。30代から琵琶湖や滋賀に関わって仕事をしてきたし、10年前からは大津に暮らしているので、今はなんちゃって滋賀県人です。でも時々、神戸のことが気になります。先日、新聞を読んでいて、青山大介さんという画家のことを知りました。鳥瞰図を得意とされているようです。その青山さんが、同じく画家の谷川夏樹さんと一緒に『神戸みなと物語 コンテナじいさんの見た神戸港』という絵本を出版されたと知り、手に入れました。

▪️登場するのは、古い古いコンテナ、コンテナじいさん(青)と、若いコンテナくん(赤)、そしてコンテナを吊り上げてコンテナ船に積むガントリークレーンのガンちゃん。コンテナじいさんとガンちゃんは、阪神淡路大震災も経験します。そして震災から5年がたった2000年に若いコンテナくんと出会います。まあ、そのようなお話なのですが、コンテナを積み込む、摩耶埠頭、ポートアイランド、六甲アイランドから見える神戸の街や六甲山系が描かれています。最後のページは、おそらく青山さんが描かれたのだと思いますが、今度は六甲山の麓から見た神戸の街が描かれています。コンテナじいさんは、現役を引退して、今は、幼稚園の園庭で子どもたちの遊び場になっています。本当に、このような幼稚園があるんでしょうか。調べてみましたが、よくわかりませんでした。

▪️神戸には、どういうわけか奈良で生まれた息子が結婚して暮らしています。相手の方は、神戸の出身です。ということで、「時々、神戸の中華料理を一緒に食べようね」と約束しています。その時、またこの神戸の風景を楽しむことができますね。
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カンテレNEWSで報道された「革靴をはいた猫」


▪️「革靴を履いた猫」を経営している魚見航大さんから、この動画のことを教えていただきました。ありがとうございました。魚見さんは、この会社を学生の時に起業されました。ちなみに、龍谷大学の政策学部を卒業されています。こちらの会社では、様々な困難を抱えた方達を社員に迎えておられます。そして、それぞれの社員の方達が成長というのかな、元気になっていかれているんですよね。とっても素敵なことだなと思います。以下は、この動画の概要です。

京都市中京区にあるちょっと変わった「靴磨き」店。
その名も「革靴をはいた猫」 通称“革猫”。

【革靴をはいた猫・代表】「障害のある方だとか、引きこもりの経験がある方がお客様の目の前で靴を磨いたり、修理したりしてお客様に喜んでもらいながら職人自身も成長していくというコンセプトで会社を立ち上げました」

誰もがチャレンジできる優しい店を目指しています。

そんな”革猫”の新メンバー・木村昇平さん(37)は元警察官。

働き盛りのときに発達障害が発覚し休職。どうやって生きていこうか、悩んだときに出会ったのが「靴磨き」でした。

▪️昨日のことになりますが、魚見さんと少しだけネット上でやり取りしました。魚見さんは、「皆さんに伝わる形で発信できる機会をいただけてよかったです!」と感じておられるようです。大学の後期のことになりますが、魚見さんの「革靴を履いた猫」を、1回生の「基礎ゼミナールB」の学生の皆さんと一緒に訪問する予定になっています。ちなみに、魚見さんとは飲み友達でもあります!!

岩手県の生雲丹

20250809uni.jpg ▪️昨日は、研究室で仕事をしていたのですが、大津市で開催される「琵琶湖花火大会」が開催される日だったので、電車が混み合うことが予想されました。ということで、駅や電車が混み合う前に、大学から早目に帰宅しました。すると、帰宅後すぐに宅配便が届きました。中身は雲丹でした。岩手県の業者さんにお願いして送っていただいたものが届いたのでした。

▪️ずっしり重い発泡スチロールの箱に入っていたのが、この写真の瓶詰めの生雲丹です。重さは、氷の重さでした。牛乳瓶いっぱいに生雲丹が詰まっていました。嬉しいですね。今から四半世紀近く前に、岩手県に暮らしていましたが、その頃は、家族へのお土産としてこの瓶詰めの生雲丹をよく買っていました。そういう意味で、私には懐かしさもあります。そういえば一昨日も、雲丹をいただきました。昨日の雲丹は、確か北海道産だったと思います。毎日贅沢ですね。まあ、そういう贅沢も昨日までです。

盛岡さんさ踊り 2025(1)


▪️8月1日から、岩手県の盛岡市で「盛岡さんさ踊り」が始まりました。4日まで続きます。関西にお住まいの皆さんは、「盛岡さんさ踊り」といってもあまりイメージがわかないかもしれません。ぜひ、一度、公式サイトをご覧いただければと思います。その公式サイトには、この「さんさ踊り」に関して、以下のように由来が説明してあります。

藩政時代より踊り受け継がれてきた”さんさ踊り”の起源は、三ツ石伝説に由来しています。
その昔、南部盛岡城下に羅刹(らせつ)という鬼が現れ、悪さをして暴れておりました。困り果てた里人たちは、三ツ石神社の神様に悪鬼の退治を祈願しました。
その願いを聞き入れた神様は悪鬼をとらえ、二度と悪さをしないよう誓いの証として、境内の大きな三ツ石に鬼の手形を押させました。(岩に手形…これが”岩手”の名の由来だとも言われています。)
鬼の退散を喜んだ里人たちが、三ツ石のまわりを「さんささんさ」と踊ったのが”さんさ踊り”の始まりだと言われています。

▪️「さんさ」とは何か、調べてみると「さあさ踊りましょう」という合いの手のことのようなのですが、今のところ、きちんとした資料を確認することができていません。そのことはともかく、この「盛岡さんさ踊り」では、盛岡市内の中央通をたくさんの団体が4日間、夕方から太鼓、笛、踊りのパレードを行います。大パレードです。ちなみに今年は、4日間で205団体、約25,000人の皆さんが参加されるのだそうです。盛岡市内や近郊にある職場、学校、地域に、この「さんさ踊り」の団体があります。各団体で練習を積み重ねて参加されるのです。トップの動画は、かつて勤務していた(1998年4月〜2004年3月)岩手県立大学の「岩手県立大学さんさ踊り実行委員会」のものです。動画自体は、昨年、2024年に撮影されています。ちなみに、この年は、3日目の最優秀賞を受賞されたようです。迫力もありますし、動きがしなやかというか美しいですね。

▪️岩手県立大学関係では、もうひとつ団体があります。「岩手県立大学同窓生さんさ会」です。会には、「The☆県大さんさリターンズ!」という愛称もあるようです。こちらの方には、同窓生ですから、岩手県立大学総合政策学部で指導していた方も参加されています。もう40歳代になっておられますね。私が前期高齢者ですからね。それは、当然だ。今でも、時々、SNSを通じて交流しています。ちなみに、「岩手県立大学同窓生さんさ会」が「盛岡さんさ踊り」に参加するのは、2019年以来のことになるのだそうです。2020年と2021年は、新型コロナウイルス感染症の拡大を受け、開催中止となっています。本業をもつ同窓生の参加、コロナ禍が過ぎた後も、なかなか難しかったようですね。ということで、6年ぶりということになるのかな。よかったですね。

▪️それから、同僚だった教員も参加されています。石堂淳さんです。彼は「さんさ踊り家」では、ずっと太鼓を叩いておられます。ということで、この「岩手県立大学同窓生さんさ会」にも参加されています。もっとも、今年の4月から公立大学法人岩手県立大学の理事長をお勤めになっていることから、2日目の「岩手県立大学同窓生さんさ会」と、3日目の「岩手県立大学さんさ踊り実行委員会」の両団体で参加されます。大活躍ですね。法人トップの理事長ということで、「岩手県立大学さんさ踊り実行委員会」では太鼓の前の先頭、提灯持ちとして歩かれるようです。

雑誌『湖国と文化』192号

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▪️琵琶湖博物館の開設準備で滋賀県庁に勤務した時(1991.4〜1998.3)に知った、『湖国と文化』。創刊は1977年なんですね。わかっていませんでした…。民具に惹きつけられて、衝動買い。fb友達の辻村 耕司さんの写真多数。たぶん、いつも辻村さんの写真がいっぱいだったんだと思います。特集の冒頭には次のようなメッセージが。

日常の中で必要に応じて生まれ、使われ、育まれてきた暮らしの造形・民具。

民具は、それぞれの土地でどう生きて来たのか、文字に残らない庶民の暮らし、知恵や技、さらには世界とのつながりまで、さまざまなことを私たちに伝えてくれます。

この特集では、まず、滋賀で国や県の文化財となっているゆつの民具を通して、山・湖・里・道……湖国の多様性が育んだ多様な民具の魅力を紹介、「甲賀の前挽鋸(まえびきのこ)」「甲賀売薬」「田上の衣生活」については、そのモノ語りを少し詳しく伝えます。県内での民具を活かす取り組みや未来へ継ぐ活動も紹介します。

▪️特集にある今石みぎわさん(東京文化財研究所無形文化遺産部)が執筆された「民具を未来に活かすために」を拝読しました。この論考では、現代社会における民具がもつ価値や意味について述べておられます。今石さんは、民具の土台は「土地に根ざした暮らし」にあると強調されます。ですから、「その源泉にある人々の生きる知恵、自然へのまなざし、暮らしの息遣いといった地層にまでアプローチできなければ、本当の意味で民具を活用したことにはならない」のです。そのためには、「その民具をいつ、どこで、誰が作り、どう使ったか、何と呼んだかといった、聞き取りからしか得られない情報」、そういった「生きた情報」の収集を専門家が最も優先して行うべき仕事だと述べておられます。そして最後には、以下のような重要な指摘をされています。

これからの地域を支える資源として民具から力を引き出せるか、それとも可能性ごとむざむざ捨ててしまうのか、地方自治体には賢明な判断が求められていると言えるでしょう。

▪️今、全国の民具を収蔵する資料館等でスペースがなくなって来ていることが大きな問題になってきています。そのことを念頭にこのようなことを書かれているのではないでしょうか。それから、個人的な意見になりますが、このような民具から引き出される価値を知ることは、世界農業遺産に認定された「琵琶湖システム」のもつ価値を深く知ることにもつながるのではないかと思っています。

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