水野弥一さんの記事


■学生アメリカフットボールのKGファイターズは、母校、関西学院大学の看板クラブです。私が大学に入学するずっと以前から、甲子園ボウルの常連校でもあります。かつて関西のリーグでも34連勝の記録を打ち立てました。そして、その時にフィターズを破ったのが、水野弥一監督が率いる京大ギャングスターズでした。関学は、甲子園ボウル連続出場記録が33(1949-1981)、リーグ戦連続優勝記録が34(1948-1981)でストップしました。1980年代は関学と京大が競い合う時代でした。

■今から30年ほどまえになりますが、大学院にいた頃、指導教授の領家穰先生はアメリカンフットボール部の部長でした。ゼミの時にも、突然、アメリカンフットボールの話が出てきました。そう、領家先生は天才肌で、突然話が大きく変わるのです(我々凡人には変わったように思えるだけなのですが)。その時に、領家先生は、「関学の選手は、もっと勝ちたいと心の底から思って、そのために何をしたら良いのか、必死になって考えて練習せんとあかんのじゃ。本気にならんとあかんのじゃ」と何度も言っていました。そしてその後、決まって「脇田、お前も本気になれ!!」と私の方に向かっておっしゃるのでした。領家先生には、高校や中学の時代からフットボールを経験している良いセンスを持った選手たちの強さだけでなく、その弱さも見えていたのでしょう。特に、当時の京大の選手たちと比較した時に、その弱さが先生には目についたのでしょう。もっとも、領家先生がどこまでアメリカンフットボールを理解されていたのか、私にはよくわかりません。

■ネットで、当時監督をされていた水野弥一さんの記事を読みました。関学に京大が完封された試合を観戦して、こう語っておられます。

「ちょっと(関学大と京大の)質が違いすぎますな。悔しいというか、悲しいというか…。もう少し、まともに戦うかと思っていたが…」
「もっと強くなれ、自分に厳しくなれ、ということでしょうな。勝つ、という信念があるから、昔は徹底的にやっていた。強くなるということは限界を超えること。何かを得たいなら、リスクを冒してやらなあかん」

■記事にもありますが、「学生の気質は日本一を争った30年前、退任した10年前と比較しても、明らかに違う。スポーツの持つ危険度に対する許容は狭くなり、一時代前の厳しい指導は受け入れられにくい風潮がある」。その通りだと思います。おそらく、これは京大だけの話ではないし、スポーツをする学生だけの話でもありません。私自身は、この水野さんの考えにそのまま賛成するつもりはありません。特に、身体的リスクの問題はそうです。でも、水野さんの悲しさは、しっかりと伝わってきました。

【追記1】■立命館の記事も読みました。指導者は、皆、同じような悩みを持っているのかもしれません。

【追記2】■龍谷大学シーホースは、現在、Div.2。なんとかDiv.1に昇格していただきたいです。ところで、知らなかったのですが、アメリカンフットボール部の部長は、野呂靖先生だったのですね。知らなかったな〜。

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