人間の進化と共同養育

20170601oriori.jpg ■朝日新聞の鷲田清一さんのコラム「折々のことば」、5月26日は、京都大学総長で霊長類学者、ゴリラの研究で有名な山極寿一さんのことばでした。「赤ちゃんの声はいつでも世界の関心の中心になるような力をもっている」。ああ、初孫が生まれてなおのことですが、本当にその通りだと思います。そのことを、「現在進行形」で実感しています。引用されている山極さんのこのエッセーをきちんと読んだわけではありませが、ここからわかることは、人間は、周りの人びとが「よってたかって赤ちゃんをあやす」ような、「共同養育」の仕組みを進化の過程で作り上げてきたということです。しかし、現代社会の育児環境との間には大きなギャップがあります。

■このことについては、以下の動画をご覧いただければと思います。YouTubeで見つけました。これって、法律的にはどうなんだろう…。そのうちに、見られなくなると思います。NHKスペシャル「ママたちが非常事態!? 最新科学で迫る にっぽんの子育て」です。以下は、番組内容のメモです。

・女性が母親になる時、脳の30箇所以上が肥大し、子育ての能力が高まっていることが、アメリカの研究からわかってきた。
・ところが日本では母親たちに非常事態。出産後の鬱の発症は、一般に比較して5倍。7割の母親が子育てで孤立を感じている。
・不安や孤独感。子育てがうまくいかないのは、自分のせいではないかという苦しみ、助け合いたい夫に対してイライラが止まらない。育児中の母親のストレスは、ほぼ一日中。救いを求めて繋がりあう「ママ友」とは、日本だけの特異な現象。
・ママたちの不安と孤独は、人類700万年の進化にさかのぼる深いわけがある。
・1人の育児中の女性。仕事で忙しい夫。毎日遅くまで帰ってこない。妻は自信がない。1人だと不安ばかり。不安と孤独に耐えられず、薬にも頼るうように。「何の地獄かと思った」。子どものことで自分が落ち込んだり、自信がなくなったりするんだと驚いた。
・このように孤立を感じている女性は7割。なぜ不安なのか。最新の科学では、次のことがわかってきた。女性の卵巣の中で分泌されるエストロゲンは、妊娠中分泌量が増えるが、子供を産むと急激に減少する。すると神経細胞の働き方が代わり、強い孤独や不安を感じやすくなる。なぜか。

・京大、松沢哲郎教授。チンパンジーの研究者。チンパンジーは子どもが生まれてから5年間、つきっきりで世話をする。だから、チンパンジーの母親は孤独感に苦しまない。ポイントは、チンパンジーと人間の共通の祖先から別れたのは700万年前にさかのぼる。
・松沢さん、調査に向かう。アフリカ・カメルーン。ユニークな部族。ジャングルの中の小さな集落。森を移動する人=バカ族。太古の人類の生活を今も維持。
・歯の生え方で年齢をみて家族構成を調べると、ある女性には11人の子どもがいた。互いに年齢が近い。たくさんの子どもを次々に生んでいる。これはチンパンジーとは違う、人間の大きな特徴。チンパンジーは子どもの世話にかかりきりの5年間、妊娠をしない。人間は毎年でも子どもを産めるように変化した。人間は多くの子孫を残し繁栄している。しかし、育児をしながらでも、次々に出産できる仕組みが必要だ。太古の時代に作った仕組みがバカ族には残っている。生後3ヶ月の赤ちゃんを残して森に仕事をしに行く。別の女性が育児や授乳を行う。他人に任せるのは動物の中でも人間だけ。共同で養育するという独自の子育て術を編み出した。「共同養育」。

・出産直後にエストロゲンが減少するのは、共同養育を母に促すためそうなっているのではないか。不安や孤独を感じれば、仲間と一緒に子育てをしたくなる。松沢さん、「人間は進化の過程で共同で保育をするようにできていて、必要な時は子供を預けられるにできているのに、現在は誰も助けてくれるわけではない。そういう風には人間は作られていない」。今も、共同養育の本能が。ところが、8割が核家族。欧米と比較しても、夫が育児や家事に参加する時間も極端に短い。ベビーシッターのような共同養育の現代版とも言えるサービスも、日本ではほとんど利用されていない。

・本能的な共同養育の欲求と、それがかなわない日本の育児環境の溝が、ママ友と繋がりたい衝動に駆り立てている。
・進化の過程で獲得してできたものは、簡単には変わらない。母親たちを支えてきてくれた環境が、崩壊している。これは人類の危機。

・孤立した中で、「私って母親失格」と思う人が多くなっている。出産後、子どもの夜泣きに苦しむ。夜泣きがひどいのは自分のせいと思う人も少なくない。胎児の時の睡眠時間は、昼も夜も浅い眠りと深い眠りを繰り返す。昼よりも夜の方に目覚めていることが多い。胎児は活動することで母親の血液から多くの酸素を奪う。そこで母体に負担をかけないように、夜間に目を覚ます睡眠リズムになっている。ところが、生まれた後もしばらく変わらない。それが夜泣きの原因。母体を守る仕組みが、出産後に母親を苦しめていた。
・人間の生まれた時の脳は大人の1/3程度。それはなぜか。人類が2足歩行を始めた700万年前にさかのぼる。2足歩行で骨盤の形が変わり、産道が狭くなった。胎児は、この産道を通り抜けて出てくれるように脳が未熟で小さいうちに生まれてこなくてはならなくなった。人間の脳は10年かけてゆっくり発達していく。


・2歳から始まるイヤイヤ期。自分の欲求を制御できない。このイヤイヤ行動にも訳がある。「我慢する力」がない。目先の欲求に我慢ができない。イヤイヤ期の子どもの脳は、前頭前野が未発達。この前頭前野は抑制機能を担っている。表層の前頭前野が発達していないと、抑制できない。前頭前野の発達には時間がかかる。人間はゆっくり脳を発達させることで、どんな環境でも適応できるようになっている。こういうことを知ることで、気持ちが楽になる。

・母親は、子育てができて当然と思うことが間違い。アフリカ・カメルーンのバカ族。幼い子どもの時から子育てを手伝う。そうした経験が、母親になるための準備になっている。

・日本での実験。出産を経験していない女子大生たち。3ヶ月に渡り、週に1回2時間、赤ちゃんの世話を体験する。すると、泣いている赤ちゃんを見た時の脳に大きな変化が現れた。育児に関わる脳の働きが活発になり、赤ちゃんに親しみを感じやすくなっていた。女子学生たちの脳に、「母性」を生む活動が現れた状態。
・母性は決して生まれつきのものではなく、色々な体験をする中でスイッチが入り、自分が妊娠し出産することによって本格的に母性が活動を始める。
・出産前に赤ちゃんと触れ合う機会がない現代社会のママたちは戸惑っても当然なのだ。
・経験が大事。母性は経験の中で育ってくる。

・夫に対してイライラする。驚くデータ。子育て家庭の離婚件数か一番多いのは、0〜2歳のとき。
・夫の行動にストレスを感じている。育児に不慣れな夫にイライラが収まらない。出産後は夫婦の会話も減り、夫は妻の変化に戸惑い。子どもを産むと一変する。
・出産後に分泌されるホルモンが原因。出産時、脳下垂体から大量にオキシトシンが分泌される。オキシトシンは筋肉を収縮させる。出産の時に子宮を収縮させる。授乳でも乳腺を収縮させる母乳を出す。オキシトシンが脳にも影響して、愛情が湧いてくる。ネズミの実験。オキシトシンが分泌していると激しい攻撃。オキシトシンには、愛情を深めるだけでなく攻撃性も高める働きがある。

・育児中の子どもの感情は、天秤に例えられる。相手から少しでも快いものが与えられると、それがオキシトシンの働きかけで強められ愛情が深まり、逆に少しでも不快なストレスが与えられると攻撃的になる。こうして、オキシトシンの多い育児中の母親の感情は、少しの快や不快で大きく揺れ動くことになる。夫が育児に非協力的だと攻撃的になる。

・これもひとえに、自分の子どもを守るための戦略。自分が信頼できそうにない人がいたら、そういう人が自分の子どもに接近してきたら守る、攻撃する。
・オキシトシンを、攻撃ではなく愛情に向かわせるにはどうしたら良いのか。母親がリラックスできるのは授乳している時。それから、夫が妻と向き合って会話をする時。会話しているお父さんはお母さんの方を向いて育児の悩みを真面目に聞いてあげていた。気持ちに寄り添って聞いていた。具体的な解決法やアドバイスがなくても話が受け入れられてリラックスしていた。

・すごいと母親を認めてあげるお父さん。そういう人が身近にいてくれるとき、母親はリラックスする。いろんな人に認められると楽になる。
・科学的な知見に基づく子育てに対する理解が社会に浸透していない。正しくみんなが理解できる仕組みを作っていく。

■番組のなかには「母性」という言葉が登場します。この言葉がもつイデオロギー性に警戒感を持つ方たちも多くおられると思います。私自身は、社会学を勉強してきたわけですが、このような人類進化やその進化の過程で獲得した身体のメカニズム、非常に関心があります。そのことを理解した上で、どのように現代版の「共同養育」の仕組みを作っていけば良いのを考えないといけないと思うわけです。番組中では、「母親たちを支えてきてくれた環境が、崩壊している。これは人類の危機」との指摘もありました。私もそうだと思います。では、どうしたらその危機を乗り越えていくことができるのか、乗り越えていくための仕組みとはどのようなものなのか、そのことを様々な人びとと一緒に具体的に考えていく必要があるんだと思います。

■私は、この番組を視て、「共同養育」とは「子育てを家族の外に向かって開いていく」ことではないのかなと思いました。それが社会の基盤になければならないとも思いました。子育ては、「私的」なこととして個人に(母親に)押し付けるのではなく、夫婦だけの問題でもなく、社会として支える仕組みが必要なのでしょう。もちろん、保育園の整備とか待機児童の解消とか…そういった問題も含まれますが、それだけではないでしょう。子育てが母親だけに押し付けられている状況の中で、母親の孤独や孤立をなくしていくための方策を考えていかなければなりません。夫の育児休暇、ワークライフバランス、「ママ友」のネットワーク、「ママ友」ネットワークを媒介とした「パパ友」ネットワーク、おばあちゃん・おじいちゃんの力、地域社会の中での子育てに関わる活動やイベント…様々なことが関連してきますね。

■しかし、現実には、厳しいものがあります。マタハラ(マタニティハラスメント)という言葉が話題になっています。満員電車の中で妊娠している女性に対して攻撃的な態度をとる人がいることも話題になりました。保育園や幼稚園を迷惑施設のように考える人たちがいます。電車等の中で泣く小さな子どもに対して不寛容であったり…。どうも現代の日本の社会は、「子育てを開く」のとは反対の方向に向かっているように思えます。アフリカのカメルーンのバカ族の皆さんの「共同養育」の仕組みを、現代の地域社会ではどのように再生していけば良いのでしょう。小さいことでも、何か試みとして地域社会の中から実践できないのでしょうか。私は孫が生まれたおじいさんですが、とても気になります。

■この動画と合わせて、以下の関連記事もお読みいただければと思います。山極寿一さんの講演録です。
ゴリラの社会に探る人間家族の起源

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