安定同位体による魚の耳石の研究

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▪︎私は、30歳代の頃からずっと、自然科学分野の研究者と一緒に、環境(環境問題)に関わる様々な研究プロジェクトに取り組んできました。そのようなこともあり、私は、社会学の「業界」だけで仕事をされてきた多くの社会学研究者の皆さんとは、ずいぶん異なる研究経過を歩んできました。今日のエントリーも、そのようなことと関係しているのかもしれません。さて、この写真の機械ですが、「安定同位体」を測定する機械です。そうすると、「安定同位体」とはなにか…ということになりますね。「門前の小僧習わぬ経を読む」的な感じではありますので(多少は自分でも勉強しましたが…)、怪しいところが多々あるのですが、少しだけ説明をさせてください。

▪︎この世界は、様々な元素からできあがっています。元素の最小は原子ですし、その原子は、原子核と電子からできており、さらに原子核は陽子と中性子からできています(このあたりは私のばあい高校までの知識でも大丈夫です)。ところが、同じ元素でありながら(同じ性質をもちながら)、中性子の数が違うため、重さの違う原子がこの世の中には存在しているのです。これを「同位体」と呼んでいるそうです(このあたりにくると、私の時代の高校までの知識では、ちょっとあやしくなってきます)。さらにこの「同位体」は、放射能を出して別の元素に変化していく「放射性同位体」と、時間が経過しても安定したままの「安定同位体」にわけられます。自然界には、大変微量ではありますが、通常の原子とは重さの異なる「安定同位体」が存在しています。親しい研究者が、講演用のパワーポイントを使って私にこんなたとえ話をしてくれました。

▪︎「女子マラソンに野口みずき選手がいるでしょ(パワーポイントは、野口選手がアテネオリンピックでゴールする写真)。安定同位体の分析ってていうのは、フルマラソンにたとえれば、彼女の42.195kmの最後の数センチを測定しているようなものなのです。それほど微妙な量を測定できるのです」。う〜ん、わかったようなわからないような…。「重さ」を「長さ」に置き換えてあるわけですが、大変微妙なものでも測定できるだけの技術がすでに存在していて、それがバンバン研究に使われている…ということなのです。非常に微妙ではありますが、安定同位体は自然界のどこにでも存在しています。それぞれの場所で、通常よりも重い「安定同位体」が、極々わずかに存在しており、通常の重さのものとの比率を調べることで、いろいろなことがわかってきます。

▪︎安定同位体は、私たちも含めて、あらゆる生物に取り込まれます。そして、体の一部になります(また、排泄されます)。脊椎動物には「耳石」と呼ばれる平衡感覚を保つために必要な組織が存在していますが、魚にもこの「耳石」が存在しています。「耳石」は、木の年輪のような模様があり、この模様が1日1本ずつ増えていきます。当然のことながら、この「耳石」には、その魚が成長した水域の環境のなかにある「安定同位体」が取り込まれることになります。「耳石」のなかには、その魚が成長した過程が「安定同位体」という指標によって記録されることになります。ここまでは、いろんな魚で研究されているところですが、私たちのプロジェクトでは、琵琶湖のニゴロブナに関して、この方法を使って研究を進めています。

▪︎「魚のゆりかご水田」プロジェクトでは、ニゴロブナが水田に遡上し、水田で産卵します。水田で孵化した仔魚の「耳石」には、その水田の「安定同位体」の比率が「記録」されることになります。そして、6月の中干しと呼ばれる作業と同時に、成長した仔魚は水田から琵琶湖に泳いでいきます。そして数年後、琵琶湖で成長したニゴロブナは再び水田に産卵のために遡上してきます。そのさい、捕獲されたニゴロブナの「耳石」に記録されている「安定同位体」比と、その水田の水環境の「安定同位体」比とを比較し、両者が一致するかどうかを調べることで、ニゴロブナが自分の生まれ育った水田へどの程度回帰しているのかがわかります。興味深い結果が出たらなあと思っています。また、そのような研究結果を、「魚のゆりかご水田」プロジェクトを推進している地域社会にとっての意味、社会的努力が可視化されることの意味を考えていかねばなりません。

▪︎サイエンスは、ある意味、大変シンプルです。サイエンスでは、シンプルで力強いことが大切だと思います。それに対して、社会学は…。おそらく、自然科学分野の人たちからすると、社会学は大変わかりにくい学問領域かと思います。しかし、私たちの研究プロジェクトのように、流域全体の環境保全を「超学際 Transdisciplinarity」的に進めていく研究プロジェクトにおいては、自然科学だけでなく、社会科学や人文学との連携が不可欠な状況が生まれています。このあたりは、自然科学分野の方たちの方が、大変貪欲です。課題解決志向の科学的研究に積極的に取り組もうとされています。そのような「超学際 Transdisciplinarity」的研究領域で、自然科学との連携に積極的なのが環境経済学の分野の方たちかと思います。私が参加している地球研のプロジェクトでも、メンバー有志で、国の機関( JST科学技術振興機構)が進める「超学際 Transdisciplinarity」の研究分野に、新たに応募しました。環境問題に関連する環境科学の学問領域は、その編成自体が、どんどん変化しつつあります。おそらく、従来の社会学の立場からすれば、このような問題解決志向の「超学際 Transdisciplinarity」的研究は、新たな道具的理性として批判の対象になるのかもしまれせん。しかし、私自身は、巷に流布する批判の形式に安易に便乗することなく、もっと深く建設的な議論していく必要があります。

【追記】▪︎生物の体を構成しているのは、基本的に、水素(H)、炭素(C)、窒素(N)、酸素(O)、イオウ(S)といった元素です。これらの元素の「安定同位体」を用いた研究が、生態学や地球化学の分野で行われています。ところが、生物にとって同様に重要な元素リン(P)については、「安定同位体」がありません。しかし、私たちの研究プロジェクトでは、その代替的な方法として、「リン酸-酸素安定同位体」を用いた研究を進めようとしています。いろいろ困難な課題があるのですが、それについても見通しがたってきました。河川や湖沼等の淡水域の環境においても、リンの循環を把握できる方法に見通しがたってきたのです。言い方を変えれば、何に由来するリンであるのか、その起源を探ることができる(トレーサビリティ)技術が開発されようとしているのです。このような技術で明らかになる科学的事実は、社会科学分野の研究や、私たちの研究のキーワードである流域ガバナンスに活かされていくことになります。

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