公開シンポジウム「自然共生社会を拓くプロジェクトデザイン」

■私は、滋賀県立琵琶湖博物館に勤務している時代から、自然科学・工学分野の研究者との共同研究(文理連携)に参加しています。その代表的なものは、京都大学生態学研究センターを中心とした自然科学・工学分野の研究者との流域管理に関する共同研究です。その成果は、『流域管理のための総合調査マニュアル』(京都大学生態学研究センター)にまとめられました。また、この共同研究は、総合地球環境学研究所の琵琶湖-淀川水系の流域管理に関する共同研究に継承されました。この共同研究は、琵琶湖の面源負荷(ノン・ポイントソース)の代表例である「農業濁水問題」に焦点をあわせた文理融合(文理連携)の研究です。私は、研究全体を貫く基本的な考え方として「階層化された流域管理」というアイデアを提示しました。そして、その成果は『流域環境学-流域ガバナンスの理論と実践-』(京都大学学術出版会)として出版されました。最近では、総合地球環境学研究所のプロジェクト「生物多様性が駆動する栄養循環と流域圏社会ー生態システムの健全性」 に参加しています。

■ということで、明日は東京で以下のシンポジウムに行きます。いよいよ、文理融合の研究も本格化してきました。
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公開シンポジウム「自然共生社会を拓くプロジェクトデザイン:文理協働による統域科学のキックオフ」

主催:生物多様性・生態系分野における社会科学と自然科学の連携に関する研究会
後援:日本生態学会、環境経済・政策学会、環境社会学会、グローバルCOEプログラム「自然共生社会を拓くアジア保全生態学」、リスク共生型環境リーダー育成プログラム(SLER)、ほか

日時:2013年4月23日(火) 午後1時~5時
会場:東京大学農学部キャンパス中島記念ホール(フードサイエンス棟)

プログラム(案)
矢原徹一(九州大学、アジア保全生態GCOEリーダー):自然共生社会に向けての統域的研究の課題(問題提起)

第一部(1時間15分、各自20分+質疑5分):自然科学者からの提案
中静透(東北大学、生態適応GCOEリーダー):生態系サービスの持続的利用を可能にする条件について
松田裕之(日本生態学会会長、横浜国立大学、生態リスクGCOEリーダー):自然資本の劣化と人口減少時代の持続可能性科学の創生
島谷幸宏(九州大学):人口減少下の国土構築

第二部(1時間15分、各自20分+質疑5分):人文社会科学者からの提案
大沼あゆみ(環境経済・政策学会会長、慶応大学):利用と非利用にもとづく自然資本保全戦略?持続可能な社会の形成に向けて
宮内泰介(環境社会学会会長、北海道大学):ローカルな知と順応的なガバナンス
栗山浩一(京都大学):生物多様性の総合評価-自然共生社会の実現に向けて

パネルディスカッション:統域的研究の推進計画のあり方を討論し、具体化をはかる。
司会:矢原徹一
パネリスト:上記6名・文部科学省(研究開発局環境エネルギー課)・環境省・日立製作所

開催趣旨
わが国は、環境立国戦略において、持続可能な社会に向けての3つの社会目標(低炭素社会、循環型社会、自然共生社会)を設定し、その実現に向けてさまざまな行政施策を展開している。これらの社会目標(とくに自然共生社会という目標)を達成するためには、自然科学と社会科学の協働が欠かせない。自然共生社会に関連する文理協働(あるいは融合)研究は、JST異分野交流事業(2004-2005)、総合地球環境研「日本列島における人間-自然相互関係の歴史的・文化的検討」プロジェクト(2005-2010)、3つのグローバルCOE(生態リスク、生態適応*、保全生態*)などを通じて発展してきた。その結果、生態学分野と社会科学諸分野の接点が拡大し、本格的な文理協働研究を展開する機会が熟した。このシンポジウムでは、自然共生社会という目標を実現するための文理協働による研究プロジェクトの雛型を持ちより、分野をこえた議論を行うことによって、本格的な文理協働プロジェクトの計画を具体化したい。
 このシンポジウムは、Future Earthという新たな国際プログラムの推進にも貢献することを意図して企画された。Future Earthは、DIVERSITAS(生物多様性国際研究プログラム)、IGBP、IHDP, WCRPという4つの地球観測プログラムを統合し、人文社会科学を加えた統域的研究(trans-disciplinary research)を推進することによって、人類が直面する持続可能性に関わる課題の解決をめざす、10年間の科学プログラムである。このプログラムがめざす統域的研究とは、単なる学際的研究(multi-disciplinary research)ではなく、多分野の知識を統合し、さらに新たな科学の創生をはかるものである。しかし、Future Earthがめざす統域的研究は、現状では概念にとどまっており、具体性に乏しい。
 このシンポジウムでは、生物多様性・生態系を題材として、Future Earthがめざす統域的研究の具体化をはかる。生物多様性・生態系分野では、自然再生・生態系管理など地域の具体的諸問題をめぐって、文理協働が進んでおり、統域的研究の具体化をはかる準備が整ってきた。この状況を背景に、2012年度には3回の研究会を持ち、自然科学者と社会科学者の対話を積み上げてきた。今回のシンポジウムでは、これらの議論の成果をふまえて、文理協働による研究プロジェクトの提案を具体的に検討し、統域的研究の推進計画を立案したい。

【追記1】2013年4月25日
■このシンポジウムに参加しての印象を記しておこうと思います。私は10年以上前に、日本学術振興会の「未来開拓学術研究推進事業」(複合領域6:『アジア地域の環境保全』)の研究プロジェクトに参加していました。そのプロジェクトで行ったのと同様の議論が、今回、Future Earth という世界的な取り組みの新たな装いのもとで繰り返されている…というのが第一印象でした。こういうと傲慢に聞こえるかもしれませんが、がっかりしたようなびっくりしたような。10年たってもかわっていませんから。

■しかし、その一方で、自分たちがやっていたことが間違っていなかったという思いも強く持ちました。まるで、研究費確保のための方便のように言われていた「文理融合」に、私たちは真剣に取り組んで様々な分野の人たちとかなり深い議論を行いました。もちろん、当時の時代状況ではそのような議論はなかなか理解しにくかったのかもしれません(ある意味、時代を先取りしていた)。その成果は、『流域管理のための総合調査マニュアル』としてまとめました。また、そのプロジェクトに続いた総合地球環境学研究所でのプロジェクトでは、「階層化された流域管理」、「階層間のコミュニケーション」、「階層間の状況の定義のズレ」…といった考え方を柱とした『流域環境学』にまとめ出版しました。だから、今回のシンポジウムはデジャビュ…という感じなのです。
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■シンポジウムでは、生態学と環境経済学との連携、すなわち生態系サービスの経済的評価を軸とした研究フレームに対して、環境社会学からは「違和感」がある…という発言で終ってしまいました。しかし、本当にそれで良いのかなという思いもあります。もっと、前向きに積極的に、環境社会学のもっている可能性をアピールして、生態学や経済学とも「対抗的相補性」をともなった連携を構築できるはずだと考えるからです。これは、私たちがこれまでのプロジェクトで繰り返し主張してきたことでもあります。シンポで話題提供した環境経済学者の栗山さんともシンポジウムの後で話しをしました。彼は、環境経済学会を代表して自分たちの可能性をアピールしたわけで、ミクロレベルでは貨幣価値以外の価値が重要であること、そして、そこで環境社会学が大きな役割を果たすことにも同意されていました(私の考え方というか、社会学的視点からは、貨幣は、コミュニケーションのさいのメディアのひとつということになります)。

■今回は、Future Earth に乗り遅れまいとする生態学会の大御所(歴代の生態学会会長)が、リードしたシンポジウムでした。世界のトレンドから取り残されないように…。政策とも結びつかないといけないので、取り急ぎ、政策的に乗っかりやす、あるいは扱いやすい環境経済学との連携にもとづくモデルの話しに終始していた…という印象ももちました。しかし、大切なことは、実践的な関心から、文理融合・文理協働が「心の底から必要」と考えている人との生産的な関係をつくることなのだと思っています。

【追記2】2013年4月25日
■今回のシンポジウムに参加して、人との再会がありました。【追記1】にかいた日本学術振興会の「未来開拓学術研究推進事業」に参加しているときに、若い院生として一緒に勉強していた方が、シンポジウム終了後、話しかけてきてくれました。吉田丈人さん。現在は東大の駒場で教えておられます。当時は、京大の生態学研究センターの博士後期課程に在籍していたのです。しかし、再会した最初の言葉が「どうしたんですか〜、脇田さん、そんなに歳をとっちゃって」ですからね〜(^^;;。だって、実際に歳とっているんやから、仕方ありません。吉田くんとは、交流会でビールを飲みながらいろいろ話しができました。彼の研究は「動物・植物プランクトンからなる生態系の生態と進化のダイナミクス」ですが、その一方で福井県の三方五湖で、湖沼再生のための研究もされています。その研究のなかでは、小学生に両親や祖父母に湖沼の利用について話しを聞いて、それを絵に描いてもらう…なんてこともされているようです。興味深くお話しを伺いました。

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