経済産業省「未来人材ビジョン」について。

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未来人材ビジョン
■これって、どうなんでしょうね〜。ちょっと嫌だな〜。いろいろ刺激にはなると思いますが、このまま鵜呑みにするわけにはいかないなあ。大学までの学びは、特に大学の学びについて言えば、企業経営や日本の経済のためだけにあるわけじゃないので。でも、これ、経済産業省の本音なんでしょうね。そこは理解できます。

世界的な食料危機と肥料不足

■『NATIONAL GEOGRAPHIC』の記事が、Yahooニュースになっていました。「世界的な食料危機が迫っている、ウクライナ侵攻で肥料不足がいよいよ深刻に」という記事です。

■世界的に肥料が不足するという問題が、ウクライナ侵攻で水面上に浮かびあがってきているのです。記事の中に、以下のようなことが書かれています。「ロシアは世界の窒素肥料の20%近くを輸出し、制裁を受けた隣国ベラルーシと合わせて世界のカリウム輸出シェアの40%を占めている。欧米の制裁とロシアの肥料輸出規制のせいで、そのほとんどは農家にとって入手不可能になっている」。日本においても、ウクライナ侵攻に加えて円安で肥料が高騰しているとのニュースも読みました。

■食料の生産から消費にかけての流れを「動脈系」と呼ぶのならば、その「動脈系」からの廃棄物、残渣、加えて家庭の生ごみまでを堆肥化し再資源化していくことを「静脈系」と呼ぶことができるでしょう。この「動脈系」と「静脈系」を、できるだけ地域社会の中で循環させていく、その循環の輪を太くしていくためにはどうすれば良いのでしょうか。そのような問題について、長年にわたり食物残渣の堆肥化に取り組んでこられた民間企業の方とお話ししました。やはり、今回のウクライナ侵攻で肥料の問題が深刻になっていると話されていました。

■昔から、地産地消といいますが、加えて「静脈系」が大切なのだと思います。ただし、社会の諸制度がこの「静脈系」の構築を阻害するような形で存在しています。世の中の諸制度は、「動脈系」だけに、すなわち「使い捨ての一方通行社会」に合うような形作られています。なんとかしなくちゃ…なのです。外から肥料を通して窒素を地域社会に持ち込むのではなく、地域にある窒素を循環させて有効利用する仕組みを地域社会の中に埋め込んでいくことを考えないといけません。データは添えられていなかったが、「今や、窒素肥料なくして70億人を養うことはできないのだ。現に、私たちの体に含まれる窒素の約半分は、元をたどれば化学肥料に由来している」という記事も読みました。

■このような肥料の高騰や不足の問題が水面上に浮かび上がってきた今だからこそ、もう一度、地域社会内部での栄養循環の問題に注目して、「静脈系」を整備していくことが大切なのではないかと思うのです。

オンラインのための道具

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■新型コロナウイルス、今度はなんという名前のウイルスでしたかね?ひょっとすると第7波がやってくるかも…らしいですね。そうなると、再び、オンライン授業に戻ってしまうのでしょうかね。かりに、逆に、コロナが収束していったとしても、完全に対面式に戻ることはもう無いのではないかと思います。いろんな事情があって、オンライン授業が嫌だったり苦手な人たちがいる一方で、逆に、自分にはオンラインが向いているという人もいます。たとえば、片道2時間以上かけて通学している人。加えて、家庭の経済的な事情でアルバイトをたくさんしなくてはいけないという人もいます。そういう方の中には、オンラインだと助かるという人がいるのです。となると授業はハイブリッドということになります。今日は、このようなカメラが教室に固定してありました。「Web授業用常設カメラ(MEETUP)」というのだそうです。私自身は、まだ使ったことはありません。これは便利そうですね。今までは、教室にカメラとか三脚とか持ち込んで授業をしなければなりませんでしたが、もっと準備が簡単になりそうで。

■さて、昨日は午前中は授業でしたが、午後一番で大津の中心市街地にある商店街の活性化のことで学外からの相談がありました。大津市役所の商工労働政策課の職員さん、中心市街地にある3つの商店街連合会の会長さん、事務局長さんのお3人です。社会学部の課長さんにも同席していただき、龍谷大学の学外との連携を進めるRECの課長さんもご挨拶にお見えになりました。まだ相談の中身については書くことができませんが、新しい地域連携がうまく進んでいくと良いなあと思っています。

■その後は、世界仏教文化研究センターの打ち合わせでした。龍谷大学の将来計画である「龍谷大学基本構想400」に照らして、センター長を務めている世界仏教文化研究センターの複数の事業の進捗状況を確認し、事業内容の適切性を検証していく必要があるのですが、今回の打ち合わせはその作業の前提をきちんと整理することでした。まあ、なんとか、スッキリさせることができたのかなと思っています。もっとも、順調に進捗している事業もあれば、そうでない事業もあります。頑張ります。

■この後は、FD研修会でした。世界仏教文化研究センターの打ち合わせが長引いたので、出席が遅れてしまいました。今回の研修会のテーマは、さまざまな理由で大学での修学に問題を抱えている学生の皆さんくをどのように支援するのか…ということがテーマでした。多くの皆さんはteamsで参加されていましたが、私は学部執行部の皆さんと同じく6号館のプレゼンテーション室で参加しました。つまりハイブリッドで開催されたのです。対面式の会場にあったのが2枚目の写真の装置です。「MeetingOwl Pro」という製品のようです。このポットのような装置をテーブルの真ん中に置いてパソコンと繋ぐと、周囲の参加者も綺麗に写り、発言もきちんと拾ってくれます。かなり性能が優れています。これいいなあ。でもね、高いんですよ。10万円ほどするらしいです。授業用や会議用なので、大学で備品として複数台用意してもらえると有難いのですがね、どうやろね〜。

■あっ。これのようですこちらの動画には、使い方が説明してあります。すごく操作が簡単ですね。

原田達先生のこと

20220707haradathoru.jpg ■昨晩は、ひさしぶりに原田達先生と2人だけでお会いしました。

■原田先生は、私と同じ社会学部社会学科の教員をされていましたが、今からたしか6年前に退職されました。まだ、定年まで3年ほど残しておられたのに、さっさと退職されました。それまで、原田先生には、いろいろと私の話を聞いていただいたり、アドバイスをいただいていたので、退職されたことはとても残念でした。でも、人、それぞれの人生に対する考え方がありますから、仕方がありません。

■今日は、実は、東京からお越しのお客さんと京都で夕食をご一緒させていただくはずだったのですが、その方のご予定が変更になったことから、無理なお願いをすることになりましたが、そのこともきちんとお伝えした上で、原田先生にお付き合いいただきました。原田先生、ありがとうございました。

■原田先生には、昨晩、いろいろ最近の出来事などを聞いていただきました。いろいろ聞いていただきましたが、やはり中心は社会学についてでした。有難かったです。励ましていただいたような気分になりました。酒を呑みながらのことなので、翌朝になると記憶も朧げではありましたが、有難かったと思う気持ちだけはしっかり残っていました。コロナのせいで大学の世界からは、今日のような感じで話をする機会が大幅に減ってしまいました。原田先生には、また、一献傾けるチャンスを頂ければと思っています。

龍谷ミュージアム企画展「のぞいてみられえ “あの世”の美術-岡山・宗教美術の名宝Ⅲ-」

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■龍谷ミュージアムの公式サイトの企画展概要を転載いたします。

「岡山・宗教美術の名宝」シリーズ第3弾は、岡山県の寺社・個人からお預かりした寄託品の中から、「法然上人」・「地獄・極楽」・「熊野比丘尼」の3つのキーワードを軸に、岡山県下の浄土教美術をクローズアップします。

浄土宗の宗祖・法然上人(1133~1212)は美作国久米(現在の岡山県久米郡)の出身で、親鸞聖人の生涯の師として仰がれる高僧です。法然上人の生涯を描いた絵巻「法然上人伝法絵」(鎌倉時代、岡山県立博物館)を中心に、日本浄土教の礎を築いた法然上人の生涯に迫ります。

次に、「重文 阿弥陀二十五菩薩来迎図」(鎌倉時代、瀬戸内市・遍明院)や、「重文 地蔵十王図」(室町時代、総社市・宝福寺)など、岡山県に伝わる地獄・極楽をテーマにした絵画の優品をご紹介します。

また、旧邑久郡の下笠加(現在は瀬戸内市)は、江戸時代に「熊野観心十界曼荼羅」などの絵を絵解きし、諸国を旅した宗教者「熊野比丘尼」の拠点のひとつとなりました。ここでは熊野比丘尼の末裔たちが受け継いだ、彼女たちの活動を物語る貴重な資料群を展示します。

魔の川/死の谷/ダーウィンの海

20220704furukawa.jpg ■知り合いの建築家、古川泰司さんのfacebookへの投稿を拝見して、いろいろ考えるところがありました。古川さんは建築家ですが、建物を設計するだけでなく、林業-製材-職人をつないだ、地域の木を生かした建物の設計を行っておられます。そこが、古川さんのお仕事のユニークにところなのかなと思います。高島市や東近江市の林業関係者に会うために滋賀県にも来られるようで、その時に、ついでに大津でお会いするこもありました(右はその時の写真です)。

■古川さんとのお付き合いは、東京の建築家の皆さんのブログを通したネットワークに、全然関係のない私が紛れ込んでしまったことから始まります。また、その話は別に投稿できればと思います。今ではfacebookは生活の一部になっているほど、私はヘビーユーザーですが、私にfacebookを強く勧めてくれたのも古川さんでした。

■なかなか本題に入りません。古川さんのfacebookへの投稿でしたね。何を投稿されていたのかといえぱ、「林業と建築の間にも、死の谷が存在している」という投稿でした。「死の谷」ってなんだろう…と思いました。古川さんは、そのような人たちのために用語解説のリンクを貼り付けてくれていました。以下がそうです。技術経営の世界でよくいわれる表現のようです。

用語の解説

魔の川
「魔の川」は研究段階と開発段階を分かつ障壁で、基礎技術の研究成果を元に、新技術が市場のどのようなニーズを満たすことができるのかを探り、具体的な新製品、新サービスの開発プロジェクトとして立ち上げる困難さを表している。

死の谷
「死の谷」は開発段階と製品化、事業化段階を分かつ障壁で、製品開発から実際に製品発売やサービス開始に漕ぎ着けるまでの困難さを表している。製品であれば調達や生産、流通の手配を整えなければならず、巨額の資金が必要となる。失敗したときの痛手の大きさを深い谷になぞらえている。

ダーウィンの海
「ダーウィンの海」は市場に投入された新製品や新サービスが既存製品や競合他社との競争、消費者や想定顧客の認知や購入の壁、顧客の評価などに晒されながら、市場に定着する困難さを表している。市場で行われる製品や企業間の生存競争や淘汰、環境への適応といった過程をダーウィンの進化論に重ね合わせた表現である。

■これを読んで、古川さんが林業と建築の間には「死の谷」があるということの意味がわかりました。たぶん、地域社会の中で建築資材になる木材の調達や生産、流通の手配を整えなければならず、巨額の資金が必要となる…ということなのでしょう。せっかく地域の建築に適した森林があっても、それらは地域で適切に加工されて建築資材に至らない、山で木を育てるところから住宅の建築までが一体となっていて欲しいけれど、そうはなっていない…ということなのだと思います。この古川さんのfacebookへの投稿を拝見しながら、いろいろ考えるところがありました。それは、理事長をしている特定非営利活動法人「琵琶故知新」についてです。私たちのNPOが運営する「びわぽいんと」を社会実装して運用していくことについて、この「魔の川」、「死の谷」、「ダーウィンの道」が、自分たちの場合ではどういうことになるのだろうと思ったからです。

■私は社会学を仕事にしています。で、思うのですが、多くの社会学者は、自分の仕事の関連で、このような「魔の川」、「死の谷」、「ダーウィンの道」のことを考えることはありません。「死の谷」、あるいは「魔の川」の手前のところで自分の仕事は終わりと思っておられると思います。全ての社会学者にお聞きしたわけではないので、よくわかりませんが、少なくと私の周りの同業者は皆そうです。社会学の業界の世界にとどまっています。建築家の古川さんの場合は、林業と建築との間に橋を架けようとされますが、おそらく多くの社会学者は自ら橋を架けるようなことはしないと思います。社会学は、「こういう橋を架けるべきだ」と、現状に対する批判的な指摘はされるでしょうが…。なぜかといえば、社会学は技術経営の分野の当事者であることはないからです。そのようなことは社会学では評価されないし、社会学という学問自体の目的ではないからです。ですから、通常、「魔の川」も「死の谷」も考える必要はありません。ただし、「魔の川」も「死の谷」に直面する当事者の人たちを調査研究の対象にすることはあるのかもしれません。

■ということで、結果としてですが、多くの社会学者とはずいぶん異なる方向に私は進んで行っていることになります。現在に至っては、確信を持ってその方向に進んでいますけど。おそらく、建築家の場合もそうなのではないかと思います。多くの建築家は、林業のことに多少は関心があっても、通常は設計に専念されているのではないか…と想像するのです。建築の世界をよく知っているわけではありませんので、間違っていたことを言っていたらすみません。

■古川さんは、林業と建築つなぎ、「死の谷」に橋を架けることが大切だと考えておられます。私たち「琵琶故知新」の場合はどうでしょうか。私たちは、ICTの技術と地域社会の課題の現場(特に、環境問題や農業問題)とを架橋していきたいのです。「琵琶故知新」の中には、ICTの技術者の理事の方達がおられます。その方達の技術と、同じく理事で企業の経営者であった方のアイデアが合体し、さらに私のような社会学を研究する者の発想がさらに結合することによって、「びわぽいんと」は生まれました。いろいろ議論をしてきましたが、まずは「魔の川」を超えたか超えつつあるのかなという感じがします。しかし、その次、「死の谷」。ここは難しい。地域社会自体がコロナ禍で動きが取れなくなっていますし、いろんな法律等の制約条件の中で、橋を架けることがうまくできていません。「ダーウィンの海」については、そもそも商品を市場に出すわけではなく、目標が地域社会の課題を解決なので、この点については語る資格はないのかなと思います。もっと技術的にあるいは発想的に優れたものが出てくれば、そちらででも構わないわけですから。でも、「死の谷」については、ここが踏ん張りどころかなと思っています。

【関連記事】■「魔の川/死の谷/ダーウィンの海」で検索してみると、「iPS研究に迫る「死の谷」 山中伸弥氏ら新財団で支援」がヒットしました。
https://www.asahi.com/articles/ASMCC52NRMCCULBJ00S.html

甥の訪問

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■土曜日の晩は、甥っ子が我が家を訪問してくれました。ある金融機関に勤務しているのですが、この春からは転勤で勤務先がなんと大津になりました。住んでいるのもなんと長等。ご本人にそんなつもりはないでしょうが、伯父さん(私のことですけど…)の縄張りに入り込んできました。

■甥は、中小企業を支える仕事をしています。甥が勤務している金融機関は、中小企業の金融の円滑化を図るために必要な業務を営むことを目的としています。甥自身も、地域の経営者の話を丁寧に聞いて、一緒に頭を悩ませつつ、いろんな人とのコーディネイトもしながら、そうやって支えながら融資していくのだそうです。立派な社会人になりました。頑張って働いているのですね。私は、大学教員で銀行のように融資などできませんが、地域づくりに強い関心を持ってNPO等の活動にも取り組んでいるので、彼の話を聞いていてとても嬉しかったです。

■甥が勤務している金融機関は、全国に支店があって、どこに転勤になるのかわからないのだそうです。次の支店に転勤する前に、大津駅前のいつもに居酒屋「利やん」に一緒に行かなくちゃね。我が家では息子が酒を飲まなくなったし、娘も元々は飲めたのに出産で弱くなってしまいました。彼は、きちんと呑めるので嬉しいです。そう、飲めるではなくて、呑めるです。呼び出しかけます。

「河南堂珍元斎の鳴く虫講談!!」

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■ 島根県の松江市にある小泉八雲記念館で、お友達の河南堂珍元斎さん(川東丈純さん)の講談によるイベントです。松江に行けない方は、オンラインでもお楽しみいただけます。
https://www.hearn-museum-matsue.jp/cgi-bin/rus7/info/view.cgi?d=104

猛暑

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■暑い。いやいや、熱い!! マジで。日傘が必要になってきた。

【追記】■いろんな方達からアドバイスをいただき、アウトドアメーカーの雨日傘を購入することにしました。雨の日も、晴れの日も、兼用できるやつです。
ここ5年ほど、男性でも、高齢者の方でも日傘をさす方が増えているように思います。ここ5年で私も、ほぼ高齢者になりました。決意しました。例年の暑さで、私の若い友人でも40歳代の方たちが日傘を愛用されるようになりました。その方達も、背中を押してくれました。

アルファベットに取り囲まれて

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■水曜日の午前中は、「地域再生の社会学」の講義でした。昼休みは生協の弁当を食べて、午後は、学科会議、FD報告会、教授会、研究科委員会と続きました。会議は、全てオンラインです。コロナ禍が収束したとして、はたして対面式に戻るのでしょうか。同僚とも顔を合わせることがなくなってきました。これでいいのかな…と思いますが、基本、大学教員は大学という組織に属していても個人商店主のような人が多いような気もしますし。「これでもいいんじゃない」というか、むしろこちらの方が良い人の方が多いかも知れません。

■思えば、コロナ禍が始まる前からペーパーレス化が始まっていました。完全に会議はteamsになりました。会議資料も、teamsのフォルダーに保管されるようになりました。個人的にはですが、いまだに、このteamsには慣れません。一時は、会議に入れなくなることもありました。頑張って、いろいろやってみて、再び入れるようになりましたが…。授業は対面式に戻りましたが、manabaをかなり活用している。オンラインで授業をやっていた頃はzoomが多かっのですが、Google Meetも使いました。レポートもゼミでのレジュメもmanabaで提出してもらっています。授業の資料もmanabaで配布しています。学生との面談、そして学外者との会議はzoomになりました。NPOの理事会の連絡はSlack、資料はEvernoteです。いずれも、ここ3年ほどの間に起こった変化です。コロナ禍が、変化を加速させました。そういえば、LINEだけはコロナ禍の前から使っていたな。facebookは生活の一部だし、孫たちとのことwellnoteで知る。アルファベットに取り囲まれています。

■まだまだ、身の回りの変化が続くのでしょうか。でも、大学の中では、まだまだ紙ベースで動いている部分もあるし。なんだかマダラ模様で中途半端だな〜。

■これ、大学にいるし、NPOやっているから、teams、GoogleMeet、manaba、zoom、Slack、Evernoteを使っているけれど、大学を辞めてNPOも引退すると、世の中のDXの変化についていけなくなるな、きっと。と思っています。いやいや、もうそんな変化についていかなくても良いだろう…とも思います。どうだろう。

■ゼミの学生が、数年前まで、好きなアーティストのCDから好きな曲をWALKMANに取り込んで聞いていたけれど、今はサブスクで向こうからどんどん新しい曲を送ってくるのを聞いている。音楽との関係が変わってしまったと言っていた。便利にはなっているけれど、つまらなくなっているのかな。まあ、そんなことをつらつら思いながら、帰宅。大学のバス停で蝉が鳴いているのに気がついた。夏休みまでもう一踏ん張り。写真は、先日の瀬田キャンパスです。ちょうど昼休みかな。暑いを通り越して、熱いです。

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