『ニゴローの大冒険』(滋賀県立琵琶湖博物館)

20120810nigoro.jpg(このホームページのカテゴリー「BOOK」では、龍谷大学社会学部の学生の皆さんに、ぜひ手に取って読んでいただきたい本を紹介しています。)

■滋賀県立琵琶湖博物館で開催されている企画展「ニゴローの大冒険-フナから見た田んぼの生き物のにぎわい-」(20120/07/14(土)〜11/25(日))の図録です。先日、「環びわ湖大学・地域コンソーシアム」関連の会合があり、そこに出席されていた琵琶湖博物館の館長・篠原徹先生からいただきました(篠原先生は、「人と自然の関係をめぐる民俗学的研究」をご専門にされています)。

■タイトルにあるニゴローとは、この企画展の主人公であるニゴロブナの雄♂のことです。ニゴロブナとは、琵琶湖の固有種(琵琶湖にしか生息していない生物)です。このニゴローが誕生してから成魚になるまで、ニゴローの恋と冒険が語られていく…、これがこの企画展のストーリーのようです。ニゴロブナの生活史を「縦糸」に、そこにニゴロブナの周りの環境(他の生き物も含めて)や、そこで発生している問題や課題等を「横糸」として編み上げている…わけですね。

■以下が、この図録の目次です。目次からも、この企画展の狙いが理解できます。

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第1章湖辺の田んぼに生まれて
第2章はじめてのごはん
第3章さまざまな生きものと出会う
第4章湖へ出る
第5章ニゴロブナ故郷(田んぼ)に帰る
第6章ゆりかご水田
第7章ついにつかまってしまった
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■かつて、琵琶湖と周囲の土地、特に水田との間には「つながり」がありました。春になると、琵琶湖からニゴロブナを初めとする魚たちが遡上し、水田や水路に産卵にやってきました。陸である水田にも、湖の「生き物のにぎわい」が見られたのです。ニゴロブナはその代表的な魚です。湖辺の農家は、一時期に大量に遡上してくるニゴロブナを竹でつくった篭状の漁具「タツベ」などを使ってつかまえていました。そして、伝統的な近江の郷土食である鮒寿司を漬けていました。

■今でも、琵琶湖の湖辺には水田がひろがっていますが、そのような「生き物のにぎわい」は見られません。水田の土木工事や湖岸の治水事業のために、「つながり」を断ってしまったからです。言い換えれば、それは「断絶」です。現在、琵琶湖の環境政策は、かつての水質に特化した政策から、このような生き物も含めた「つながり」、そして「生き物のにぎわい」をどのように復活させていくのかという点にまで視野を拡大したものに移行しています。

■この企画展や図録は、いっけん子ども向けの物語のように見えますが、琵琶湖博物館の学芸員や様々な大学の研究者の研究成果にもとづいた学問的にも内容の濃いものになっていると思います。私自身、かつて琵琶湖博物館で学芸員をしていましたが、開館した初期の頃から取り組まれたきた「水田研究」(自然科学と人文・社会科学の総合研究)の成果が存分に活かされているようにも思います。

■ここまで読んでくださった学生の皆さん。特に、社会学部の皆さんのなかには、「これは生態学のような自然科学の話しであって、社会学には関係ない」と思う人がいるかもしれませんね。しかし、そうではありません。「つながり」や「生き物のにぎわい」を消してしまった背景には、社会が存在しています。環境がどのように変化してしまったのか、その実態はどうなのか…といった自然科学的な視点ももちろん重要ですが、それ同時に、そのような変化を生み出す原因をつくってしまった社会的な”メカニズム”にまで視野を拡げなければなりません。制度、知識、集団、社会関係、人びとの意識…それらが絡みあった社会的な”カラクリ”が、どのように「つながり」や「生き物のにぎわい」を消し去ってしまったのか。それらを明らかにすることは、社会学が得意とする問題ではないでしょうか。また、「つながり」や「生き物のにぎわい」を復活させていくためには、地域社会の人びとの環境問題解決にむけての課題共有や協働が必要です。それらをどのように生み出していくのか、この点も、大変重要な社会学的かつ実践的な課題だと私は考えます。

■龍谷大学瀬田キャンバスは、琵琶湖のある滋賀県に立地しています。せっかく滋賀県にある大学で学んでいるのですから、龍大の学生諸君も、ぜひこの企画展を訪れてみてください。そして、この図録を手にとって読んでみて下さい。

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