「びわ湖チャリティー100km歩行大会」の練習会

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◼︎昨日、「第6回びわ湖チャリティー100km歩行大会」=「びわ100」の練習会が開催されました。この「びわ100」には、国連FAOによる「世界農業遺産」の申請に取り組んできた滋賀県職員の皆さんと、4回目の参加になります。ありがとうございます。「世界農業遺産を県民の皆さんにアピールするために、このウォーキングの大会に出よう」と言ったのは私なんですが、ここまで農政水産部の職員の皆さんが、頑張って参加していただけるとは思ってもいませんでした。最初は、申請準備を進めていた核になるメンバー3人に一緒に「100km歩こう」と言っていたのですが、いつの間にか管理職の方達も含めて大所帯での参加ということなります。今年は、30人ほどの滋賀県職員のみなさんとともに歩きます。

◼︎昨日歩いた跡を地図上に示してみました。南湖の東岸は、本番の「びわ湖チャリティー100km歩行大会」の本番のコースの通りに歩きました。ですから、かなり内陸部を歩くことになりました。本番は、さらに南郷の洗堰まで行って折り返すのですが、そうすると時間がかかって宴会(慰労会)の開始が遅くなるので、今回は近江大橋を渡って県庁にゴールしました。昨日、歩きながら忘れ物をしていたことに気がつきました。銭湯に入り、宴会で交流したあとは、電車で帰宅するわけですが、その時にはくズボンを忘れていたのです。仕方がないので帰りはランニングパンツで帰宅する羽目に…。
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◼︎琵琶湖大橋の展望台に辿りついた時に撮ったものです。私も含めて9名で朝7時に滋賀県庁をスタートしました。湖東や湖北にお住いの皆さんは、近江八幡からスタートして湖岸を南下、昼食を摂る守山市内の「餃子の王将」で合流しました。このお店で昼食を摂ることが、毎年の恒例になっています。この段階で、すでに予定の半分以上歩いていることになります。おそらく23kmぐいでしょうか。皆さん、がっつり昼食を摂っておられました。
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◼︎17時52分頃にゴールの滋賀県庁にゴールしました。歩数は、「59904歩」。6万歩弱ですね。時間は、朝7時にスタートしましたから、休憩時間もたっぷりとって11時間でゴールということになります。ゴールした後は、県庁近くの銭湯に入り汗を流し、慰労会(本来は壮行会)を大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」で開くことができました。これも毎年恒例ですね。「利やん」は県庁の方もよく利用されます。正式名称は「としやん」なんですが、県庁の皆さんは伝統的?!に「りーやん」といつも呼んでおられます。この「りーやん」の宴会に農政水産部の次長さんもご参加くださいました。ありがとうございました。
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◼︎本番は、100kmです。これまで3回参加しましたが、その時のことも、かなり詳細に記録に残しました。これから「びわ100」に参加しようと思っておられる方達が、参考にしてくださっていると聞いています。拙い記録ですが、何かの役に立てば幸いです。

「第3回びわ湖チャリティー100km歩行大会」
第4回「びわ湖チャリティー100km歩行大会」
第5回「びわ湖チャリティー100km歩行大会」

蕪栗沼

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◾️3月11日(月)、岩手での仕事を終え、お世話になった方達にもご挨拶も済ませ、朝7時の新幹線で盛岡を出発しました。次の目的地は宮城県大崎市の蕪栗沼でした。「ふゆみずたんぼ」に取り組む農家、齋藤肇さんに会いに行ってまいりました。宮城県大崎市にある東北新幹線古川駅で下車し、近くで予約していたレンタカーを借りて、一路、蕪栗沼近くにある斎藤さんのお宅へ。ちょうど春からの農作業に向けてトラクターの整備をされているところでした。普通、滋賀の農家だと、兼業からの収入(サラリーマンとしての給与)でトラクターを買い替えていくわけですが(どなたも、できるだけ長持ちするように整備はされますが…)、斎藤さんの場合は、中古の古いトラクター2台を非常に安く購入して、1台からは部品を取り出し、1台を修繕・整備することで、営農にかかる経費を削減されています。斎藤さんは、若い学生の頃、経営学を勉強されており、経営的に合理的かどうかをきちんと判断した上での対応です。外で働いてお金を稼いでも、その金が農機具に消えていくのならば意味がない。その分を自分は農業に集中したい。農機具にかかる費用を安くすれば問題はない。簡単に言えば、そのような判断でしょうか。だから、斎藤さんは農家なんですが、ご自宅の作業場の一部の雰囲気はどこか自動車整備工場のようでもあります。

◾️そのような作業場の2階に案内してもらいました。今は使われていない部屋があり、そこの窓からは、蕪栗沼に隣接する農地を眺めることができます。ここで、少し脇道に逸れます。地元の「特定非営利活動法人蕪栗ぬまっこくらぶ」のホームページでは、蕪栗沼を以下のように解説されています。

蕪栗沼は、宮城県北部の平野部にある、面積約150ha(1.5平方キロメートル)の低地性湿地です。周辺3つの水田とともに遊水地として整備されており、増水時に一時的に水を貯めることで周囲の家屋や水田を洪水から守っています。国の天然記念物に指定されているマガンの越冬地で、国内に飛来する半数の約7万羽が利用しており、国際的に重要な湿地を保護するラムサール条約に指定されています。

◾️この解説の中にある「周辺3つの水田」の1つが、斎藤さんが交錯している農地になります。また、解説の中では説明されていませんが、蕪栗沼に流れ込む複数の河川が沼の周囲に三角州を作り、そこで江戸時代から戦後直後まで干拓による農地の開発が行われてきました。斎藤さんが交錯している農地も、そのような干拓によってできた農地です。この干拓地の水田に冬期湛水(冬場に水田に水を張る)が行われてきました。この辺りのことを、環境省の生物多様性に関するページで次のように解説しています。

蕪栗沼は、宮城県の北上川水系にある面積約150haの沼です。「沼」といっても大部分はヨシやマコモで覆われている「湿地」で、周辺は沼を干拓してできた水田に囲まれています。
蕪栗沼は、国の天然記念物に指定されているマガンを含めた220種類以上の鳥類のほか、メダカやゼニタナゴなど絶滅危惧種127種も確認されている生物多様性の宝庫です。平成17(2005)年、ガン類のねぐらである蕪栗沼とその周辺の水田が、特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約であるラムサール条約に登録されました。周辺の水田では、冬の間に田畑に水を張る「ふゆみずたんぼ」(冬期湛水)を実施し、ガン類のねぐらを分散する取り組みを行っており、これにより農地と湿地の両機能を併せ持つ「農業湿地」という新しい価値観が広まりつつあります。

◾️詳しくは、リンク先の環境省のページにある解説をご覧いただきたいと思いますが、簡単に言えば農家による「ふゆみずたんぼ」の取り組みとマガンがうまく共生する仕組みが生まれたようです。マガンが一箇所に集中していると伝染病が広まる危険性があり、「ふゆみずたんぼ」によりねぐらが分散するとその危険性を低くすることができます。また、マガンをはじめとして渡り鳥が飛来する「ふゆみずたんぼ」では、鳥の糞が良質な肥料になり、雑草等も鳥が食べてくれるので除草剤を使用しなても良いなどの効果があるのだそうです。かつては、稲刈りをした後、農家にとってみれば、干してある稲を食べる害鳥であったマガンと共生できるようになったのです。

◾️話を元に戻しましょう。斎藤さんは、鳥類をはじめとする水田の生物多様性をテーマに掲げて活動している「NPO法人田んぼ」の皆さん、そしと鳥に関心を持つ市民の皆さんと一緒に、蕪栗沼や「ふゆみずたんぼ」に飛来するマガンをはじめとする鳥たちの調査をされています。その調査結果については、鳥類学会で発表されています。大変活発に調査研究も進めておられるのです。斎藤さんは、お宅の作業場の2階を、そのような調査研究の拠点、そして観察基地として改装されるプランを私に説明してくれました。

◾️この後、ご自宅の中二階にある資料館に移動しました。斎藤さんは、民俗学や歴史にも非常に関心があり、こまめに資料をたくさん集めておられます。そのコレクションが、中二階を改装して作った資料館に展示してあるのです。その片隅にある斎藤さんの書斎で、お昼近くまで、なんだかんだといろんな話をしました。普通、社会学者が農家を訪問すると、ICレコーダーで録音しながらノートに記録をとりインタビューをするのでしょうが、今回の場合は、そのようなことは一切せずに、ただひたすらおしゃべりをしました。2017年に、大崎地域1市4町(大崎市、色麻町、加美町、涌谷町、美里町)と宮城県、関係団体で組織する大崎地域世界農業遺産推進協議会が申請した「未来へつなぐ『生きた遺産』 世界農業遺産 豊饒の大地『大崎耕土』を育んだ巧みな水管理と水田農業」が世界農業遺産に認定されおり、世界農業遺産になった後のこの地域の状況を、当事者である農家から伺いたかったからです。まだ、このブログで報告できるような段階にはありませんが、世界農業遺産に認定された後のことについて、この大崎地区だけでなく、国内の他の地域も含めて、どのように地域が変化しているのか、あるいはしていないのか、それは何故なのか、もう少し時間をかけて確認をしてみようと思います。

20190314tanbonosdgs.jpg ◾️午後からは、斎藤さんと一緒に、蕪栗沼の近所にある「NPO法人田んぼ」に移動しました。そうなんです。斎藤さんは、この日、私のために1日を空けておいてくださったのです。感謝です。「NPO法人田んぼ」では、理事長の岩渕成紀さんと研究員の舩橋礼二さんとお話をすることができました。年度末、報告書執筆でご多用の中ご対応くださいました。ありがとうございました。いろいろお話できましたが、興味深かったのは、市民調査・住民参加型調査と科学との連携です。「田んぼのSDGs宣言 持続可能な農業のための9つの田んぼの指標」というパンフレットをいただきました。これは、持続可能性と生物文化多様性に配慮した新たな田んぼの認証制度に向けて作成したものです。仏教の「曼荼羅」を元にデザインされています。ネットにも、アップされていますので、ぜひご覧ください。いただいたハプンレット、荷物の中でちょっとくしゃくしゃになってしまいましたが、大切に活用させていただきます。このパンフレットを頂いた時、理事長の岩渕さんともお話をしましたが、ちょっと盛り上がったのは、この「NPO法人田んぼ」が作成された指標を元に、それぞれの土地の環境や生物多様性に合わせてカスタマイズして、自分たちの地域により適切な指標を考えていけるのではないのかという点でした。

◾️滋賀県が農水省に認定申請していました「滋賀県琵琶湖(びわこ)地域 森・里・湖(うみ)に育まれる漁業と農業が織りなす琵琶湖システム」が、「世界農業遺産」への認定申請を承認されるとともに「日本農業遺産」に認定されましたが、農業遺産の価値を多くの人びとと共有していくためにも、「NPO法人田んぼ」が作成された指標を参考にしながら(きちんとリスペクトをして)、滋賀ならではの指標が作成できのではないのか…、そのように思っているからです。まだまだアイデア段階ですが、いろんな方達と相談をしてみようと思います。スマホやスマホについたGPSが誰でも使えるような時代になってきました。そのようなIT技術ともつなげると、いろんな展開がありそうです。

◾️さて、午後から「NPO法人田んぼ」でお話をさせていただき、そのあとは、いったんホテルに戻り、夕食を斎藤さん、舩橋さん、そしてお2人の友人でもある一條達也さんとご一緒することができました。一條さんの本業はバイク整備工場の経営者ですが、斎藤さんたちとマガンの調査をされています。私のfacebook友達でもあります。一條さんは釣の名人でもあり、お土産にと、ご自身で釣ったアイナメの「とば」をいただきました。鮭とばをご存知でしょうか。秋鮭を半身におろして皮付きのまま縦に細く切り、海水で洗って潮風に当てて干したものです。そのアイナメ版です。魚のビーフジャーキーのようでもあります。いろんな技をお持ちの方達がおられます。斎藤さんも相当ユニークな方だと思いますが、一條さんも負けてはいません。生物多様性とともに、人間多様性も大切だと改めて思いました。

「日本農業遺産」「世界農業遺産」のお祝い

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◾️滋賀県が農水省に認定申請していました「滋賀県琵琶湖(びわこ)地域 森・里・湖(うみ)に育まれる漁業と農業が織りなす琵琶湖システム」が、「世界農業遺産」への認定申請を承認されるとともに、「日本農業遺産」に認定されたことについては、このブログでお伝えいたしました。「琵琶湖と共生する滋賀の農林水産業推進協議会」の会員をはじめとする関係者の皆さん、滋賀県庁農政水産部の職員の皆さんが力を合わせて取り組みが結実したこと、おめでとうございます。アドバイザーとして申請作業を支援させていただいた私も、大変幸せな気持ちになっています。ただし、まだ道半ばです。これから世界農業遺産として認定いただけるようにさらに努力を継続していかねばなりせんし、もし、仮に世界農業遺産に認定いただけたとしたら、今度はその価値を活かす様々な取り組みをさらに前進させなければなりません。世界農業遺産自体の申請は、農政水産部が所管されていますが、もし認定されたとすれば、琵琶湖環境部や商工労働部との緊密な連携、県内の諸団体との連携、そしてそれらの連携に基づいた様々な事業の展開が必要になってくるのではないかと思います。

◾️昨日は、「世界農業遺産」への認定申請承認と「日本農業遺産」認定をお祝いして、大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」でお祝いの会が開催されました。農政水産部の職員の皆さんが中心ですが、その中には、「びわ湖チャリティー100km歩行大会(びわ100)」を一緒に歩いてくださった方もおられます。昨日は、嬉しすぎて皆さん相当お酒を飲まれました。その様子が写真にも出ているかな。ということで、写真はちょっとトリミング…してあります。もっとも、昨日は単に飲むだけでなく、県の職員の皆さんと、「世界農業遺産」に関連して2つの事業モデルについて相談をすることができました。実現したらいいなあと思います。多くの皆さんと楽しい夢(妄想)を語り合えば、100の夢(妄想)のうち3程度は実現するのではないだろうか…、いつもそのように思っています。

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◾️この日のお祝いの会では、美味しい鮒寿司が披露されました。私も職員の皆さんと一緒にお相伴にあずかることができた。知事と技監のお手製の鮒寿司です。ありがとうございました。どちらもとても美味しい鮒寿司だったけれど、私の好みからすると、旨味が口の中によりふわっと広がった技監の鮒寿司の方にやや気持ちは傾いた。なのですが、やはり両方とも美味しかったです。

知事公館から兵庫県人会へ。

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◾️ひとつ前のエントリーと重なりますが、滋賀県が農水省に申請していた「森・里・湖(うみ)に育まれた 漁業と農業が織り成す 琵琶湖システム 」が、昨日「日本農業遺産」に認定され、加えて「世界農業遺産認定」にむけた国連FAOへの申請が承認されました。ということで、夕方、県庁に隣接する滋賀県公館で、琵琶湖と共生する滋賀の農林水産業推進協議会の会長・三日月大造知事から、認定について関係者への報告が行われました。私も農政課からお知らせをいただき、急遽、参加してきました。滋賀県からは、その様子がfacebookに投稿されましたのでシェアします。最後に知事の呼びかけで始まった胴上げ、この方は事務局の中心となって獅子奮迅の活躍をされてきた青田朋恵さんです。青田さん、おめでとう。ほんまによかったね〜。今回の知事による報告、NHKの夕方の滋賀県のニュースでは、トップで報道されました。「日本農業遺産」や「世界農業遺産」それ自体は、大切なステップですが、最後はその向こうにある「本物の目標=琵琶湖システムを未来へ」に向かって関係者の皆さんと力を合わせてまいります。まずはおめでたいです。「必ず申請が認められる」と信じて申請準備のお手伝いをしてきましたが、「日本農業遺産」に認定され「世界農業遺産認定」の申請が承認されたことで、正直、ほっといたしました。

◾️すぐにリンクが切れてしまうと思いますが、中日新聞とNHK大津放送局のニュースを以下でご覧いただけます。
「琵琶湖の漁業や農業、日本農業遺産に 関係者喜び」(中日新聞)
「びわ湖伝統農漁業「農業遺産」に」(NHK大津放送局)

◾️知事公館で行われた「日本農業遺産」「世界農業遺産」の報告のあとは、京都に移動しました。そして職場の「兵庫県人会」に参加しました。会場は、「Italian BAR KIMURAYA 京都駅前店」です。市川陽一会長(理工学部)の乾杯のご発声とともに始まり、尼崎、神戸、明石、丹波篠山、豊岡…兵庫県内各地出身の皆さんと楽しい(爆笑の)時間を過ごすことができました。次回は夏になります。明石で開催される予定です。これまでも兵庫県人会では、甲子園球場での野球観戦、丹波篠山で牡丹鍋を楽しむドライブ等を実施してきましたが、次回は、明石の天文台、玉子焼き(明石焼き)、そして魚の棚(うおんたな)で瀬戸内や明石海峡で獲れた魚を楽しむ予定です。

世界農業遺産への認定申請が承認されました。

20190215maff.png ◾️滋賀県が農水省に認定申請していました「滋賀県琵琶湖(びわこ)地域 森・里・湖(うみ)に育まれる漁業と農業が織りなす琵琶湖システム」が、世界農業遺産への認定申請を承認されるとともに、日本農業遺産に認定されました。琵琶湖と共生する滋賀の農林水産業推進協議会の関係者の皆様、滋賀県庁の皆様、おめでとうございます。

◾️私と滋賀県の世界農業遺産への申請作業との出会いは、大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」でした。そのような裏の話し横に置いておいて、正式にこの世界農業遺産に関わるようになったのは、2016年の春からです。滋賀県内で唯一、農学部を設置しおり、滋賀県と包括協定を締結している龍谷大学が関わることになり、庁内に設置された「世界農業遺産プロジェクト推進会議」の議長に農学部の竹歳一紀先生が、そして私がアドバイザーに就任し、申請作業の支援に関わってきました。現在までの約3年間に、何度も会議や打ち合わせの作業を重ねてきました。また、2016・2017・2018年と、3年連続で「びわ湖チャリティー100km歩行大会(びわ100)」に県庁の皆さんと一緒に出場し、チームとしての団結心を高めるとともに、取り組みの広報にも取り組んできました。そして先月は、世界農業遺産・日本農業遺産の二次審査会で農林水産省へ行ってきました。先日、その時の写真を滋賀県庁の農政課から送っていただきました。ありがとうございました。この二次審査の時のことは、ブログで「世界農業遺産・日本農業遺産二次審査」として報告させていただきましたので、お読みいただければと思います。

◾️さて、「世界農業遺産」への認定申請が承認されたからといって、ここでのんびり一息ついている時間はありません。認定取得を目指した取組をさらに力強く推し進めていかねばなりません。加えて、もしうまく世界農業遺産に認定されることができたとしても、それはゴールではなく新たにスタートになります。認定されたということをジャンピングボードとして、評価された琵琶湖システムの価値を、どのように仕組みで発展させていくのか、分野を超えた方達の協働が必要になってきます。まだまだ取り組むべき課題があります。アドバイザーという側面から支援する立場ではありますが、できるだけのことをやっていきたいと思います。
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【追記】◾️このブログの右上の方で、語句検索をできるようになっています。「世界農業遺産」と入力して検索すると、40近いエントリーがヒットしました。

世界農業遺産・日本農業遺産二次審査

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◾️24日(木)は、朝一番から霞ヶ関の農水省へ行ってきました。世界農業遺産・日本農業遺産の二次審査会が開催されたからです。朝一番に審査会ということで、前泊でした。昨年の8月に行われた一次審査を、滋賀県の森・里・湖(うみ)に育まれる『漁業と農業が織りなす 琵琶湖システム』は無事に通過しました。全国20地域から応募があったようですが、滋賀県の申請も、1次審査を通過した9地域の1つに選ばれました。11月には現地調査が行われ、そしていよいよ東京で二次審査を受けることになったのです。

◾️今日の二次審査会で、滋賀県の「森・里・湖(うみ)に育まれる『漁業と農業が織りなす 琵琶湖システム』」が、日本農業遺産に認定されるか、さらにはローマでの世界農業遺産の審査へと進めるかどうかが決まるのです。プレゼンテーションは「琵琶湖ファミリー」の皆さんと「琵琶湖と共生する滋賀の農林水産業推進協議会」の三日月大造知事によって行われました。「琵琶湖ファミリー」とは、琵琶湖の漁業者であるTさん、「魚のゆりかご水田」に取り組む女性Kさん、「琵琶湖システム」の価値を発信する女子中学生のOさんとKさんのお2人。事務局の皆さんと一緒に十分に時間をかけて準備をしてこられただけあって、大変工夫された素晴らしいプレゼンテーションでした。私は「琵琶湖ファミリー」の皆さんの後ろの方で、何か突っ込んだ質問が審査員の方達からあった時の控え対応ということで後ろ方に座っていましたが、私の出番もなく無事にプレゼンを終えることができました。この段階に来るまで準備を進めてこられた、多くの職員の皆さんのご努力にも頭が下がる思いで。今日の審査の結果は、来月の末にはわかるようです。吉報を待ちたいと思います。

◾️写真は、農水省と建物と、推進協議会の法被を着た琵琶湖博物館のNさん。私もこの黄色い法被を着て審査会に臨みました。

「びわ湖チャリティー100km歩行大会(びわ100)」の打ち上げ&「琵琶湖と共生する滋賀の農林水産業の世界農業遺産認定を目指す決起集会」

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◾️先週の木曜日のことになりますが、先日開催された「びわ湖チャリティー100km歩行大会」の打ち上げと、世界農業遺産認定を目指す「琵琶湖と共生する滋賀の農林水産業の世界農業遺産認定を目指す決起集会」が、大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」で開催されました。滋賀県庁の農政水産部の皆さんとよく飲みました。最後、何か話したような気がするけど何を話したか忘れてしまいました。まあ、聞いた皆さんも忘れているでしょうがwww。

◾️写真は、飲んだ後の集合写真です。私は4月生まれで既に還暦になりましたが、私の左右におられるお2人も同級生です。年度内には還暦に。ちなみに向かって左は、農政水産部を率いておられる部長さんです。若い方達に囲まれて、我らアラ還は幸せです。しかし、スーツの皆さんの中で、1人私は…浮いてるような。でも、とりあえず我らはチームです!!

◾️さて、滋賀県が世界農業遺産に向けて行った申請、まずは国内の一次審査は突破しました。しかし、審査はまだまだ続きます。今回の決起集会という飲み会が、ローマでの世界農業遺産認定につながる一歩となるように、引き続きアドバイザーとして、頑張っておられる職員の皆さんのお手伝いをさせていただきます。頑張った成果が実を結び「世界農業遺産」に認定されると、来年の「びわ100」では「祝・世界農業遺産認定」を祝って100kmを歩くことになります。しかし、重要なことは、むしろ認定の後の取り組みの方ですね。ローマへ通ずる道の向こうには、まだまだ次の道が伸びています。

◾️木曜日は、この打ち上げ&決起集会、そして金曜日は昨日のエントリーにも書きましたが、鉄道ファンとの交流会。飲み会が続きました。

第5回「びわ湖チャリティー100km歩行大会」

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◾️一昨日・昨日に開催された、第5回「びわ湖チャリティー100km歩行大会」=「びわ100」に参加してきました。長浜市を出発して、順番に、彦根市、東近江市、近江八幡市、野洲市、守山市、栗東市、草津市、大津市まで南下し、南郷でターンして、大津市のなぎさ公園、最後は雄琴温泉でゴールする100kmのコースです。一昨年の第3回に初参加していますので、今年で連続3回目の参加ということになります。今回も、これまでと同様に、滋賀県庁農政水産部の職員の皆さんのチームに加えていただき、参加しました。滋賀県では、現在、「世界農業遺産」(GIAHS)」の認定を目指しています。国内の一次審査を突破しました。私は、この世界農業遺産の申請に関してアドバイザーの仕事をしています。その関係で、「皆んなで気合を入れて何としても認定を!!」と、一昨年の第3回より「びわ100」に参加することになったのです。

◾️前回も、前々回も、それなりに練習を積み重ねて参加しましたが、今回は、25kmと44kmを歩いただけで、普段、ウォーキングの練習を積み重ねているわけではありません。このブログの「びわ100」関連のエントリー「今年も「びわ湖チャリティー100km歩行大会」に参加 します!!」に書きましたが、果たして完歩できるのか、まったく自信がありませんでした。ただ、これまでの経験を活かすことができるかも…と、わずかな希望はありました。知らないことに対する不安は必要以上に大きくなりますが、知っていれば、経験していれば、不要な不安は少なくなります。欲をいえば、あと1回、55km程度を歩いておきたかったなあ。

◾️初日、滋賀県は少しだけ雨が降っていましたが、その雨もすぐに止み、午前10時に長浜市の豊公園を出発しました。雨は止みましたが、風が相当に強く、近江八幡市のあたりまでは、ずっと強い風に吹かれながら歩かねばなりませんでした。もっとも、暑い中を歩くよりもは、快適だったかもしれません。

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◾️ここは、彦根市八坂町にあるコンビニです。「びわ100」では、トイレやウォーキング中の飲食を道路沿いのコンピにお願いすることになります。コース沿いにコンビニが多いことは、この「びわ100」にとっては大きなメリットだと思います。写真は、このコンビニの近くにある水産試験場の職員の方が、応援にかけつけてくださり、撮ってくれました。ありがとうございます。私、以外の人たちは、全員、滋賀県職員です。向かって私の左側は、農政水産部の高橋滝治郎部長。農政水産部のトップ自ら「びわ100」に3年連続で出場してくださっています。すごいですね。高橋さんは、マラソン、登山、スキー、そしてこのようなウォーキング、何でもこなされます。ウォーキングに限っても、そのスピードは尋常ではありません。昨年、一昨年とも、チェックポイントが設営される前に到着されていました。

◾️今回は、この「びわ100」の初日は、子どもの虐待防止のための「オレンジリボンキャンペーン~子どもを虐待から守ろう~/滋賀県」のタスキリレーのイベントとも重なっていたことから、「びわ100」を途中で中断し、途中から片道10kmほどタスキリレーに参加されました。オレンジリボンのグルーブの皆さん一緒に、今ウォーキングしてきた道を逆に進むという、何とも不条理の事をされていました。という事で、タスキを次のグループにバトンタッチして、ウォーキングを中断したところまでランニングで戻り、再び、ウォーキングを再開されたのです。ウォーキングを100km、ランニングを往復で20km、その両方をこなす超人のような方です。ちなみに、高橋さんとは同い年なのですが、本当にすごい方だと思います。

◾️この彦根市の八坂のあたりまで、特に問題なく進んできました。ただ、高橋さんと一緒に歩いていたので、自分としては少しオーバーペースだったかもしれません。といいますか、高橋さんが本気を出して歩くと、私のレベルではまったく追いつけなくなってしまいます。高橋さんは、オレンジリボンのタスキレリーがあるので、コンビニでの休憩もそこそこに出発されました。私が、ちょうど彦根の稲枝の湖岸あたりを歩いているとき、オレンジ色のTシャツを着た笑顔の団体がやってきました。高橋さんもその内の一員でした。ただ、もう唖然とするだけです。

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◾️16時05分頃に、第1チェックポイントの近江八幡市のコンビニに到着しました。バナナとお饅頭をいただきました。バナナには、「もう32k がんばって」と書いてあります。ありがとうございます。ただし、「もう32km」というよりも「まだ、やっと32km」という感じです。残りは、まだ70kmもありますから。第1チェックポイントでは栄養と水分を補給し、足裏に肉刺防止にワセリンも塗りました。そして53kmの第2チェックポイント目指して再スターです。途中、第1エイドステーションで、豚汁とおにぎりを2ついただきました。気温はどんどん下がってきていましたので、身体が暖まりました。
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◾️20時40分頃に、53kmの第2チェツクポイントに到着しました。スタートが10時ですから、休憩時間も入れて10時間40分かかっていることになります。このあたりまでは、まだ予定通りかもしれません。この第2チェックポイントでは家族が応援に来ていてくれました。その頃は、少し腰の臀部の境目のあたりが痛っていました。仕方がないので、ロキソニン入りの湿布を、家族に貼り付けてもらいました。マラソンでもそうですが、このあたりは、長距離を走ってもウォーキングしても痛くなってきます。私の弱点です。どうやって鍛えればいいのかな…といつも思っています。そうこうしているうちに、オレンジリボンのタスキリレーでコースを逆走していた高橋さんが、部下の職員の方と一緒に第2チェックポイントに到着されました。休憩もそこそこに、再出発されました。この時点で、高橋さんに追い越されてしまったことになります。恐るべし、高橋部長。

◾️じつは、日没後、気温がどんどん下り10℃に近づいてくるに従って、寒さを覚えるようになりました。また、第2チェックポイントに到着した時に、少し地面が揺れるような感覚にとらわれました。もちろん、私が極く軽く目眩を起こしているためだと思われます。医学的・科学的なことはわかりませんが、長距離を歩いて、少し体調の変調が現れてきていたのでしょう。少し食べ物も口に入れて、再スタートしました。歩きながら、悪寒を感じるような状況でした。これはマズイかな…と思いましたが、途中のコンビニで栄養を補給のためのジェル等を口に入れ、食事を撮って、眩暈と悪寒は何とかなりました。ただし、このあたりから、脚の筋肉の痛みがどんどんひどくなっていきました。

◾️第3チェックポイントは、草津市のガソリンスタンドです。ここで70.3kmになります。到着時間は、1時24分54秒です。脚に痛みが発生して、次第にスピードが落ちてきています。この第2チェックポイントから第3チェックポイントまでの間で、随分、たくさんの方たちに追い抜かれました。特に追い抜くスピードが速かった方たちのほとんどは、その背番号から「アスリートコース」にエントリーしていた皆さんであることがわかりました。健脚でウォーキングに自信のある方たちで、スタート時間も、私たち一般コースよりも3時間ほど後の13時になります。猛烈なスピードです。脚の痛みを我慢しながら、何とか第3チェツクポイントにたどり着きました。脚だけでなく、第2チェックポイントでロキソニン入りの湿布薬を貼り付けた部分も、かなり痛くなっていました。堪り兼ねて、参加されたウォーカーの皆さんに、ストレッチやマッサージをされているボランティアの方に、診ていただくことにしました。普段は、スポーツジムで働いておられる方たちのようです。待ち時間が30分で5分ほどマッサージをしていただきました。これで随分楽になりました。固まって痛みを伴っていた筋を伸ばしてほぐしていただいたような感じです。加えて、汗で濡れたシャツや靴下の交換も行いました。おそらく、ここで1時間弱のロスが生まれてしまいました。

◾️ボランティアの方のおかげで、痛みが随分と緩和されたので、実に歩きやすくなりました。休憩した後の歩き始めて、なかなか脚が動こうとしませんが、少し時間が経つとそれなりのスピードで歩くことにできるようになりました。すごいです、マッサージ。快調に歩きながら、前を歩く人たちを追い抜いていくと、名前を呼ばれました。一緒に、「世界農業遺産」への申請業務に取り組んできた滋賀県庁の職員の方でした。彼からは、先に行ってくれと言われたのですが、せっかくですから「御同朋御同行」というわけではありませんが、志を同じくする仲間と歩いていくのが当然だろうとの思いから、そこからは一緒に歩くことにしました。ところが、瀬田川沿いを南郷に進んでいるうちに、次第に睡魔に襲われてきました。コースは、瀬田川沿いの散策路です。特に、川との間に柵等があるわけではありません。睡魔に引きづられたままだと、川に落ちてしまう危険もあります。過去2回、こんなことはなかったので、少々焦りました。

◾️5時52分53秒に、やっと第4チェックポイントの南郷に到着しました。ここで80kmです。睡魔に襲われたことに危険を感じ、この第4チェックポイントで、小1時間程仮眠をとることにしました。県職員の仲間の方には、先に行っていただくことにしました。仮眠と書きましたが、気がついたら1時間程眠っていたというわけです。慌てて飛び起きて、再び、歩き始めました。もう、世は明けていました。第4チェックポイントからは、再び瀬田川沿いの散策路を琵琶湖方面に向かって歩いていくことになります。途中、猛烈な空腹を覚えたので、道沿いのコンビニに立ち寄りカップラーメンを食べました。迷惑かもしれませんが、お店の前でラーメンをいただくことにしました。すると、コンビニやってこられた1人のお客さんが近づいてこられました。そして、いくつか私に質問をされました。100kmとゼッケンに書いているけれど、どこからスタートしたのか。年齢は幾つなのか。ゴールの雄琴温泉には何時ころに到着する予定か…。徹夜で歩いていきたということに驚かれていましたが、私が還暦であることを伝えると、さらに驚いておられました。はい、還暦の孫のいるおじいさんですが、頑張っています。おそらく、70歳代は確実にいらっしゃると思います。また、以前は80歳を超えて完歩された方がいらしゃったとも聞いています。そういう年代の方たちからすれば、還暦程度ですと、まだ洟垂れ小僧のようなものですね。
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◾️第5チェックポイントのなぎさ公園には、8時30分16秒に到着しました。ここまでくれば、あと10kmになります。しかし、この10kmが大変長く感じるのです。この第5チェックポイントでは、「世界農業遺産」申請作業の取りまとめをされている滋賀県庁職員の方が、待っていてくださいました。女性の職員の方ですが、彼女も、昨日は32kmの第1チェックポイントまでは歩かれています。今日は、徹夜で歩いている仲間のために、瑞々しい柿とおにぎりを差し入れるために、ゴールの1前になるこの第5チェックポイントでずっと待機してくださっていたのです。ありがとうございました。美味しい柿をいただき、気持ちもリフレッシュ。休み時間もほどほどに、再び歩き始めることができました。

◾️これだけ長距離を歩いてくると、歩き始めは痛みもあってなかなか脚が進みません。私を快調なスピードで追い抜いていったグループの後を、頑張ってついていくことにしました。すると、次第にペースをあげて進むことができるようになりました。申し訳ないですが、ペースメーカーとして利用させていただいたということになります。ここまでくると、痛みと自分の精神力との闘いになります。このようなペースメーカーの方たちの存在は、大変ありがたいものです。ペースメーカーにさせていただいたグループの皆さんのおかげで、ゴールの雄琴温泉に10時54分51秒に到着することができました。今年も、何とか「完歩」できました。100km歩くのにかかった時間は、24時間54分51秒でした。

◾️ゴール地点では、一般社団法人「滋賀グリーン購入ネットワーク」の事務局長されている辻博子さんが、「びわ100」のスタッフとして活躍されていました。ゴール後、辻さんからの提案で一緒に記念写真を撮っていただきました。私は、「びわ100」の時には、いつもこのシャツを着ています。大津駅前のいつもに居酒屋「利やん」のランニングチーム「チーム利やん」のユニフォームです。これは一番初期のユニフォームで、ちょっとデザイン的に洗練されていませんが、由緒あるユニフォームということになっています。いつもは、お店の宣伝や、チームのことを広報する意味で着ていたのですが、今回は少し違います。今回は、先週の火曜日にお浄土に旅立たれたマスター光山幸宏くんのことを思いながら、このユニフォームを着て歩きました。光山くんに背中を押してもらいながら歩きました。光山くん、ありがとう。ということで、背中の「利やん」の文字が見えるようにして写りました。ちなみに腰に貼り付けた四角くて白いものは、どこかのチェックポイントでいただいた使い捨てカイロです。晩は、本当に寒くて寒くて。
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◾️この写真は、「びわ100」の万歩計の記録です。左が20日(土)、右が21日(日)の記録です。これは歩数や活動量であってスピードではないわけですが、70kmポイントまでは、それなりに順調に進んでいることがわかります。2日目に入って、活動量が急に低下している時間帯が2つ。1つ目が、ストレッチとマッサージを受けるためにじっとしていたからです。2つ目は、眠くて眠くて危険なので、80kmポイントで仮眠をしていたからです。そしてゴールした後の午後の時間帯も活動量が最低になっています。自宅で眠っていたからです。ちなみに歩数は、大会の前後の数字も入りますが、「158,659歩」でした。よく歩きました。以下は、今回の大会の記録です。記録を競う大会ではありませんが、記録を見ていると、「参加した人たちがお互いに牽制しあっているのでは…」と想像したり、「この区間を頑張って歩いておられるな」と思ったり。大変興味深いですね。
記録一覧 第5回 びわ湖チャリティー100km歩行大会
◾️「びわ100」の翌日、軽い疲れとともに、一昨日・昨日のことを思い出すようにしました。明るく元気付けてくれたボランティアスタッフの皆さま、ありがとうございました。一緒にチームとして歩いてくださった、滋賀県庁農政水産部「世界農業遺産」申請チームの皆さん、お疲れ様でした。50kmを超えると脚が痛み出し、70kmからは、10kmごとに自分を騙しながら歩きました。これは例年通りです。いろいろ反省しつつも、その反省が次のチャンスに活かされていません。それはともかく、おそらく、あんなに苦しんだのに、来年もまた歩くんだろうなと思っています。完走が目的の大会で、順位や記録が問題ではないのですが、来年はもう少し早く到着したいななどと考えています。でも、「びわ100」の事務局が提供されている写真を拝見すると、早くにゴールするベテランのウォーカーの皆さんよりも、午後から、締め切り時間近くでゴールする初心者の方たちの方が、何か深い感動を感じておられるような気がします。ゴールして、涙が溢れてくるって素晴らしいなあ。龍谷大学の教職員・学生の皆さんも、来年はぜひ参加しましょう‼️写真ですが、今回の新企画です。チェックポイントごとに、小さな缶バッジをもらえました。それを全部揃えると、「ありがとう」になるわけです。面白いですね。
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今年も「びわ湖チャリティー100km歩行大会」に参加 します!!

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◾️滋賀県庁の農政水産部で、世界農業遺産申請のお手伝いをしています。幸いなことに、国内一次審査は通過しました。あとは、本審査ということになります。これまで通り気を抜かずに、お手伝いをできればと思っています。さて、昨日のことになりますが、この申請作業に直接的に、間接的に関わっておられる農政水産部職員の皆さん(今回は、特に農業土木の技術職員の方が多かった)と一緒に、琵琶湖の南湖の周りをウォーキングしました。来月開催される「びわ湖チャリティー100km歩行会」に参加するための練習です。大会への参加は、今年で3回目になります。昨年は、雨の中なんとかゴールしました。今年も100kmウォーキングをしながら、滋賀の「世界農業遺産」申請についてアピールします。

◾️昨日の南湖一周ウォーキングですが、例年通り、時計回りで歩くことになりました。大津市の中心市街地にある滋賀県庁をスタートして、大津京、坂本、雄琴、堅田と進み、琵琶湖大橋を渡り、今度は、守山、栗東、草津と進みました。問題は、ここから。南郷の洗堰まで行くか、瀬田の唐橋を渡るか、それとも近江大橋を渡るか。この選択によって、けっこう距離が違ってきます。例年は、南郷の洗堰を回るわけですが、今回は「明日は仕事だしな〜」というとで、早めに切り上げることになり、近江大橋を渡ることにしました。距離は、42〜43km程になるでしょうか。
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◾️2枚目の写真は、琵琶湖大橋から琵琶湖の北湖を向いて、比良山系から高島方面を撮ったものです。この日は、幸いにも曇り空でした。まだ9月半ばということもあり、もし日が照っているとかなり体力を消耗したのではないかと思います。時々小雨が降ったり湿度が高かったこと以外は、まずまずのコンディションとなりました。実は、前日も25kmを歩いており、脚に疲労が残っていたので、はたして南湖を1周できるかなと心配していたのですが、若い職員の皆さんに必死でついていき、なんとかゴールすることができました。

◾️今回は新しいシューズで歩きました。足にフィットします。コロンビアというメーカの製品です。トレイルランという、山を走り回る競技のためのシューズです。これがウォーキングにもなかなか良い感じなのです。私の足は幅広なので、アディダスのようなメーカーの靴はなかなか合うものがありません。スポーツ店の店員さんによると、コロンビアのシューズは幅広の足にも対応しているとのことでした。しかも、ウォーキングに必要なクッション性もあります。
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◾️ウォーキング終了後は銭湯に直行しました。疲れた身体をお湯に浸かって癒しました。銭湯の後は、いつもの大津駅前の居酒屋「利やん」で慰労会です。スタート時は6名でしたが、途中から2名が参加され、慰労会ではさらに2名の方が参加されました。本番は、来月になりますが、「痛みに耐えられる身体」づくりを、もう少ししておかねばなりません。私程度の者では、50kmを超えてからは、脚の痛みに耐えて、10kmずつクリアして、自分を騙しながら歩き続けることが大切になってくるように思います。一緒に歩く仲間の支えも大切です。毎年、「ほんまに100km歩けるんかいな」と自分でも半信半疑なのですが、今年もやはり「ほんまに100km歩けるんかいな」というのが本音です。

水草のこと、世界農業遺産のこと

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■今日は、午前中、大津市の皇子山にある大津市公園緑地協会と、堅田の真野浜の「きよみ荘」を訪問しました。両方とも、琵琶湖・南湖の「水草問題」関連での訪問です。民間の力を主体に琵琶湖・南湖の水草問題を解決するための取り組み、少しずつでしかありませんが前進しています。写真は、その真野浜から撮ったものです。普段は対岸や比良山系が美しく見えるわけですが、今日のように湖と空の境目がわからない様な、こういう「水墨画」ような風景も素敵だなと思います。

■午後からは滋賀県庁に移動しました。滋賀県は、現在、世界農業遺産に向けて申請準備を進めています。私は、その申請準備のアドバイザーを務めています。今日は、その申請書の作成をアドバイザーとしてサポートさせていただきました。午後は県庁にこもって仕事をしました。職員の方達とじっくりディスカッションもできました。職員の皆さんは、様々な分野の専門家から、申請に必要な情報や視点に関していろいろヒアリングをされています。そのような、ヒアリングから得られた情報についても考慮しながら、ディスカッションの中で浮かび上がってきた難しい課題を、なんとか乗り越える道筋が見えてきました。安心しました。集中し過ぎて首や背中が凝ってしまいました。結局、今日は「水草問題」と「世界農業遺産」で1日を終えることになりました。両方とも、琵琶湖に関わる事柄です。人生の最後のコーナーで、なかなか愉快です。400mトラックでいえば、300m超えたあたりです。あとは残りは、直線100m。頑張ります。

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