琵琶湖大橋までウォーキング
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折り返し地点、琵琶湖大橋の真ん中あたりから、琵琶湖の北湖を望む、、、です。沖島の向こうになんとか伊吹山が確認できました。
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左は守山方面、右は比良山系。
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▪️ 今日は自宅で仕事です。ずっと座っていると、本当に歩数が上がりません。退職すると、自宅にいることが多くなるので、こんな感じだとどんどん脚が弱っていきます。気をつけないといけません。3時半過ぎ、まだ暑かったですが、日陰を求めて歩き始めました。しかし、良い具合に雲のおかげで、それほど暑さを感じませんでした。吹いてくる風に涼しさも感じました。自宅から琵琶湖大橋の真ん中あたり、一番高いところまで歩いて、また自宅まで戻りました。これでだいたい11kmちょっとの距離になります。スタート時点では200歩なかったと思いますが、自宅にゴールしたときは15,000歩を超える歩数を確保できました。かかった時間は2時間程度です。まずまずですかね。
▪️昨日は、深草キャンパスから京都駅に向かっていると、勧進橋の手前あたりで仲良しの職員さんがいたので、声をかけて京都駅までご一緒させてもらいました。その方は、還暦なのですがトレールランニングの達人、超アスリートです。この夏も、南アルプスを縦走されていました。歩いているのか、走っているのか…。ご本人曰く、「速く歩いている」のだそうです。これはもう、修行のレベルですね。でも、その職員さんによれば、やはり私と同じで自宅にいると全然歩数が増えないとおっしゃっていました。そして、ご自分よりももっと歩数を歩いている方がおられることを教えてくれました。政策学部の教員さんです。確か、毎朝4時代から2時間歩いているのだそうです。そうすると、通勤時の歩数も合わせると楽に20,000歩を超えますね。これ、毎日ですから、月間であれば、60万歩も超えることになります。すごいというか、この方も修行のレベルですね。
▪️私は普通の人なので、15,000歩程度で「今日はよー歩いたわ」と満足しています。歩数ももう少し頑張ってもいいのかなと思っていますが、それよりも、10月31日・11月1日の2日で100kmを歩く「BIWA100」にエントリーしているので、最低でも1度は50kmを歩いておきたいと思います。急には50kmは無理なので、まずは15km、20km、30km、40kmと少しずつ脚をいじめて、そして50kmを経験しておきたいと思います。過去、100kmは6回完歩しているので、今回もなんとか頑張って完歩できたらと思っています。
▪️勤務先の保険管理センターが主催する「ウォーキングキャンペーン」では、歩数が重視されていますが、最近の研究をもとにした報道では、「健康のため」であれば、歩数よりもスピードという感じのようです。歩きすぎは逆効果だということです。膝の軟骨を炒めたりするからです。ウルトラウォーキングに出場するのは、本当に命を削っているような気もします。でも、マラソンと一緒で、チャレンジすることが目的であり、完歩する事で精神的な満足を得ようとしているわけですから、ちょっと目的が違うんですよね。いつまで歩けますかね。
卒論の面談
▪️昨日は1人の学生さんから卒論の相談があり、出勤しました。昨日の学生さんの関心は、ジェンダー規範とK-POP、なかでもガールクラッシュ(Girl Crush)と呼ばれるスタイルのグループです。2010年代以降、韓国の女性アイドルやガールズグループのコンセプトとして定着しているそうです。男性目線に合わせるのではなく、自分らしさや力強さを貫く姿が、同性から見て評価されて、その姿勢に共感するとともに、エンパワーメントしてくれる存在のようですね。
▪️ジェンダー規範とK-POP、私の研究テーマとは全く違いますし、韓国のK-POPのことについてもほとんど何も知らなかったのですが、AIを使って情報を探索していくと、なかなか興味深い発見がありました。必要な情報を探すのであれば、Googleが無料で提供しているAIモードでも使えるように思います。知り合いの学生さんたちに共通するのですが、AIに対して「適切な質問(プロンプト)」を書くことができていないので、必要な情報にたどり着けていないように思います。「適切な質問(プロンプト)」を書くためには、やはり知識が必要になってきます。そこが難しいのでしょうね。昨日は、「適切な質問(プロンプト)」の書き方などをサポートしました。
▪️そうやって一緒に調べていると、K-POPそのものではないけれど、『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ)という小説にまで話は広がっていきました。これ、映画化もされています。女性が人生で直面する構造的な性差別や生きづらさを描いた小説です。フェミニズム文学ですね。日韓両国で社会現象を巻き起こしたそうなのですが、恥ずかしいことにそういう事さえも知りませんでた。なぜ82年生まれなのかというと、AIは「1982年生まれは、幼少期に「男尊女卑」の風潮が色濃く残る家庭で育ち、学生時代にIMF経済危機(1997年)を経験。大人になってからは女性の大学進学率や社会進出が急増したものの、社会の制度や人々の意識(育児は女性の仕事という古い価値観)が追いついていないという、新旧の価値観の歪みに最も直面した世代」だからだと説明してくれまた。また、1982年生まれの女性で最も多く付けられた名前が「ジヨン」なんだそうです。つまり、「1982年生まれのキム・ジヨン」という設定自体が、韓国で最も平凡で、どこにでもいる普遍的な女性を象徴しているわけなんですね。なるほど。表紙の絵ですが、顔の部分が抜けていますよね。その向こうには、殺伐とした砂漠の風景が見えてきます。顔出し看板のようです。この穴に顔をはめると、誰しもがキム・ジヨン…ということになります。ところで、AIモードは情報の出所を確認できます。もちろん、間違いもありますけどね。そこは注意しないといけません。
▪️この小説、2018年頃に韓国で盛り上がった#MeToo運動や女性権利拡張運動にも強い影響を与えました。また同時に、若い男性たちからは激しい反発も起きました。韓国社会における深刻なジェンダー対立(性別葛藤)が生まれました。韓国は徴兵制の国です。そのことも関係しているようです。そのようなことを調べていると、『韓国、男子 その困難さの感情史』という書籍の存在も知ることになりました。これは、朝鮮王朝時代から現代に至るまで、韓国の「男性性(男子=ナムジャ)」がどのように変遷し、どのような生きづらさや葛藤を抱えてきたのかを感情史のアプローチで解き明かす社会学の書籍です。『82年生まれ、キム・ジヨン』と『韓国、男子 その困難さの感情史』、両方とも、大学の図書館にもあって、昨日は、学生さんがそれらを借りるとのことでした。昨日は、この『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ)のことが気になって、京都駅前のヨドバシカメラの中にある「大垣書店」に行って購入しました。今、書店に在庫があるかどうかネットで調べると事前にわかりますから。
▪️文庫本の帯には、「BTS・RM、少女時代・スヨン、Red Velvet・アイリーン」、70歳前の老人ですが、BTSと少女時代というグループの名前程度は知っています。若い世代に人気のあるポップスターがこの小説に言及したとあります。また、文庫本には、著者後書き、日本の読者の皆さんへ、文庫版に寄せて、著者からのメッセージ、解説、評論、訳者あとがき、文庫版訳者あとがきも収められています。昨日、面談した学生さんにもこの文庫本の方についても読んでもらいたいですね。ただし、まだ卒業論文の課題を焦点化することができていません。前述のような韓国社会の急激な社会変動、ジェンダー規範の対立、それらを背景に生まれてきたガールクラッシュ、そのガールクラッシュを日本の若い世代はどのように受け止めているのかに関心があるようです。まだ、焦点化できていませんけどね。こうやって面談を通して指導していく中で、卒論に対して本気モードに突入してくれるかな。「やらなければならない卒論」から「やりたい卒論」にもう少しで脱皮できるかな。頑張ってほしいです。
▪️そうそう、昨日は面談の後、いつものようにウォーキングして帰宅しました。最終的に歩数は「10,834歩」までいきました。なんとか1万歩越えです。
最後の成績入力と母校の50年誌
▪️龍谷大学は、8月11日から今日18日まで一斉休暇になっていました。今は、試験の成績入力は、研究室や自宅のパソコンから教員が各自入力することになっていますから、一斉休暇の最終18日が成績入力の締め切りでした。さっさと採点と入力をすませてしまえばよかったのですが、ぐずくずしていたせいか、その18日になってあわてて入力をしました。パソコンから成績を入力する以前は、紙に点数を書いて提出していたように思います。その点数を事務職員の方達が教務課の端末から入力していたのです。また、教員自身が端末から入力するようになってからの締め切りも、以前は一斉休暇の前だったように思います。記憶違いかもしれませんが。そういう意味で、教員職員ともにずいぶん楽になりました。
▪️レポートと試験の両方の採点をして集計するとわかるのですが、レポートの内容が優れている人は、試験もしっかり書けています。おそらく、そういう方達は、授業もしっかり聴講されているのでしょう。ただ「真面目に授業に出ています」というのではなくて、神経を集中させて聴講されているのかな。まあ、あたりまえといえば、あたりまえですが。
▪️試験を実施して、答案を採点して、レポートも採点して、その両方の点数を合算して端末から入力すること、今日で最後になります。後期は、演習と実習だけなので、端末から点数は入力しますが、試験はありません。大学の教員歴は、非常勤講師の時代もあわせると38年ほどになります。毎年、試験の採点をしてきました。いったい全部で何枚になるんだろうね。ということで、なんだか少しだけホッとした気持ちになりました。「ご苦労さん、俺」って感じですかね。
▪️ホッとして研究室の書架に目をやると、写真の記念誌が目に入りました。母校の社会学部が創設されてから50周年になるのを記念して編纂されたものです。2011年の発行です。もう15年前になりますね。この記念誌をどうして私がもっているのか…記憶が定かでありません。まあ、関学の関係者からいただいたのだと思いますが…。これをいただいた時、しっかり目を通してはいませんでした。今日は、仕事が一段落したので、たまたま書架にあるのが目につき、手にとって読み始めると止まらなくなりました。
▪️ページをめくると、大道安次郎、新新明正道、高田保馬といった、日本の社会学史では必ず登場する方達の名前が、この記念誌にも登場します。最初からすべて読もうとすると時間がかかるので、自分の指導教員であった領家穰先生の名前が出てきたところを順番に読んでみました。結構、あちこちに登場されます。これ、インタビューした時の雰囲気(しゃべり方)をそのまま残しているので、先生の人柄も一緒に伝わってきました。私は院生のときにも何度も聞かさせれましたが、領家先生が阪大で助手をされていたときの講座の教授、蔵内数太先生との個人的なやりとりや先生が阪大から関学に移られたときのことなど、あらためて思い出すことになりました。
▪️学内の政治的なことついても、「こんなことまで書いていいのかな…」とちょっと心配するような内容まで、きちんと書かれていました。学部の歴史をきちんと残すという、ある種の「使命感」のようなものを感じました。もちろん、歴史は唯一ではなく人によって様々に解釈されうるということを前提にすれば、こういうまとめ方に不満を持つ関係者もおられるでしょう(普通は、良いことしか書かないのでしょうが)。今、自分が定年退職を目前にして、つまり大学教員としてそれなりの期間勤務してくると、こういう記念誌を読むと、2011年当時とはまた違った印象を持つことになりました。自宅に持ち帰ってしっかり読んでみようと思います。
▪️龍谷大学のなかに、関学の同窓会グループがあるのですが、そこにも社会学部出身の方がけっこうおられます。もし、お持ちでなかったら、またご関心があれば、回覧してみたいと思います。それぞれ、違った感想があるんだろうな。
自宅のウォーキングと「パーンの笛」
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▪️昨日、日が翳ってきたので、自宅でもウォーキングをすることにしました。何度も投稿していますが、大学の保険管理センターが主催している「ウォーキングキャンペーン」に参加しているからです。お盆の間、自宅にいたので、歩数が伸びませんでした。ということで、もっと自宅でもウォーキングに励まねばなりません。ということで、昨日は、まず自宅から京阪の坂本比叡山口まで5kmほどを歩くことにしました。
▪️湖岸に近い平坦な道を歩くのは芸がないので、比叡山の山裾の道を歩きました。アップダウンがあります。比叡山から流れ出る川が作った谷を渡るからです。その谷筋には田んぼが並んでいます。だんだん黄金色に色付きつつあるのかな。そのあとは、1970年代後半から分譲が始まった古い新興住宅地(オールドニュータウン)を抜け、そして坂本の町を抜け京阪の坂本比叡山口駅にゴールしました。坂道を下る時に、膝に負担がかかりますね。
▪️坂本比叡山口駅からは、京阪電車でびわこ浜大津駅まで移動しました。「あれ?自宅に戻らないの?」ってですか。はい、その後、自宅まで戻れば往復で10kmのウォーキングになります。でも、昨日は水曜日でしたので、大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」に向かいました。びわ湖浜大津駅から「利やん」までは歩いても良いのですが、1駅だけ京津線の「京阪800系電車」に乗ることにしした。もちろん、疲れたからではありません。単にひさしぶりに、この電車に乗ってみたかったのですwww。好きなんです、この電車。
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▪️「利やん」はほぼ満席でした。人気がありますね。水曜日のご常連のお客さん(お友達)以外の2グループの皆さんも、知り合いの方達でした。昨日は、いつもの駅前の居酒屋「利やん」の後、さらに遠征しました。三井寺と浜大津の間のあたりにある、ジャズバー「パーンの笛」に立ち寄りました。パンママ(パーンの笛のママさん)ひさしぶり。そのようなこともあり、昨日の歩数は「12,521歩」を超えました。
浄土寺・浄土堂の阿弥陀三尊立像
▪️ずいぶん以前から、お参りしたいと思ってきました。兵庫県の小野市にある浄土寺。画像は、「兵庫県おの観光ナビ」では次のように解説しています。
国宝「浄土堂」は、大仏様(天竺様)という建築様式を用いた建造物で、東大寺南大門とともに大仏様を伝える数少ない建物です。
また、浄土堂内には、全長5.3m、名仏師快慶作の国宝・阿弥陀三尊立像があります。夕方になると、堂内西側の蔀戸から西日が射し、床に反射して、仏像は赤く染まっていきます。
▪️この浄土堂は、「堂内西側の蔀戸から西日が射し、床に反射して、仏像は赤く染まって」いくことを計算した上で建てられています。当時、阿弥陀仏が死の瞬間にお迎えに来てくださるということを心の中にきちんと強くイメージできる人は限られていました。いわゆる観想念仏できる人です。では、自分で修行をしてそういった強いイメージを心の中にしっかり描けない凡夫はどうすれはよいのか。このお寺を創設した重源(ちょうげん)、そして阿弥陀三尊立像を造仏した快慶は、凡夫にも死の瞬間を強くイメージできる空間をプロデュースしたということになります。
▪️重源ってどういう僧侶なのか。勉強が足りません。平重衡による南都焼き討ちの後、東大寺の復興の責任者(勧進職)となったのが重源でした。その重源が、東大寺の荘園の中に復興の拠点および念仏道場(播磨別所)として建てたのが浄土寺ということのようです。貴族だけでなく、庶民も含めて東大寺復興のためにそれぞれのできる形で寄付をする仕組み、寄付を集める仕組みも作りました。また、東大寺の再建に必要な巨大な木材の調達であるとか、重源が取り組んだことはそういう土木的なことにまで及んでいます。社会事業家というか総合プロデューサーですかね。今度、お参りさせていただくときは、そのような歴史的な背景や重源という僧侶についても学んでおきたいと思います。
【追記】
▪️この国宝の阿弥陀三尊立像に関して、私のような者にもわかりやすい解説が、「兵庫県おの観光ナビ」の中にありました。「浄土寺と阿弥陀三尊立像」です。動画を拝見すればよくわかりますが、阿弥陀如来や観音が乗っておられる蓮台には雲が表現されています。まさに死のうとしている時に、向こうから西方浄土からやってこられているわけです。そのことが雲の表現でよくわかります。
光の動き、時の流れ・・・ 。心から洗われるような、極楽浄土の世界。
浄土堂内に夕日の頃、西側の蔀戸(しとみど)から西日が射し込み、ヒノキの床に反射して赤い垂木の屋根裏を照らし、それが本尊にふりそそぎます。やがて堂内全体が赤く染まると、阿弥陀三尊立像が幻想的に浮かび上がります。これは、阿弥陀様が雲に乗って西方極楽浄土からお迎えにくるという「御来迎」の姿を見せようとする、光の演出効果を狙ったものです。
▪️このような解説もありました。「光のアートを見るには…陽が沈む頃ではなく、少し前にきて、ゆっくりと陽の流れを見るのがおすすめです。夏場は16〜17時頃、冬場は15〜16時頃に高めの西日が差し込み、徐々に屋根裏に反射して、阿弥陀三尊立像を照らし出します」。
四日市あすなろう鉄道
▪️あまり旅行に出かけるタイプではないのですが、秋に、岐阜県の大垣に行く用事ができました。その日は大垣の町をぶらりと歩き、用事を済ませて、大垣に一泊。翌日は、老体に鞭打って三重県内の電車に乗ってみようと思っています。まず養老鉄道。次は四日市あすなろう鉄道 、そして三岐鉄道北勢線 、三岐鉄道三岐線と、全部たいらげるつもりです。特にナローゲージをメインで楽しみます。北勢線と三岐線の間は、無料のバスがあるみたいですね。あと各鉄道間はJRと近鉄で移動します。ちなみに行きは東海道本線で、帰りは関西本線で柘植から草津線ですかね。今度の旅では乗れない伊勢鉄道や伊賀鉄道については、後日ということになります。そうそう、超有名な日本で唯一3種類の線路幅がそろう踏切「西桑名第2号踏切道」も渡ってきます。
▪️下の動画は、「【公式】近畿日本鉄道チャンネル」です。あの近鉄のYouTubeチャンネルです。近鉄がどうして四日市あすなろう鉄道の紹介をしているのかというと、おそらくは、四日市あすなろう鉄道って、元々は近鉄の路線だったからでしょうね。
丸屋町・ナカマチ商店街 夜市
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▪️夜市とは、夕方から深夜にかけて、屋外や路地に多くの屋台や露店が並び、食事や買い物、遊技などを楽しめる市場のことを指します。アジアの各地であります。日本の場合は常設の夜市はあまり聞いたことがありません。定期的に朝市が開かれることはありますけどね。おそらく、期間限定で、ひとつのイベント企画として実施されることが多いのではないかと思います。これ、私の経験ではの話ですが。
▪️いろいろお世話になっている大津の街中の商店街でも、以前は夜市をやっていたと聞いたことがあります。子どもたちの楽しみだったそうです。その「夜市」が復活するようです。楽しみですね。最近、大津の中心市街地には、たくさんのマンションが建設されています。他所の地域から転入されてきた若いご家族も多いのではないかと思います。そういうご家族にはぜひ楽しんでいただきたいなと思います。
▪️ナカマチ商店街には、丸屋町商店街、菱屋町商店街、長等商店街の3つの商店街があります。今回の夜市、主催は丸屋町商店街の振興組合ですが、開催は商店街全体で行うようです。どんな雰囲気になるのでしょうね。楽しみです。
▪️ところで、このチラシというかポスター、典型的なAIイラストのような気がします。もちろん、知らんけど…ですけどね。ナカマチ商店街は、アーケードのある商店街なので、このチラシ/ポスターとはちょっとイメージは違いますが、人が関心を向けてくれる感じはありますね。プロンプトをもう少し細かく指示したらいいのかな。
「浜大津こだわり朝市」での「北船路」
▪️毎月第3日曜日に、京阪びわ湖浜大津駅前スカイクロスで、「浜大津こだわり朝市」が開催されています。そこに、浜大津の小川酒店さんが、毎回朝市に出店され、滋賀県内の蔵の日本酒の試飲と販売をされています。そして、この出店を知り合いの日本酒好きの女性たちがボランティアとして応援されています。ボランティアの皆さん、素晴らしいと思います。貼り付けてあるのは、小川酒店の布施健次さんによるFacebookへの投稿です。昨日の朝市、大津の酒蔵である平井商店さんの日本酒が並んだようです。小川酒店さんのブログでは、次のように書かれています。
お盆の朝市。
沢山のお客様にお越しいただき ありがとうございました。
どれも美味しかったんですが、一番売れたのは 北船路でした。
たるちゃんのお燗コーナーでお燗を頂いたら、その美味しさにもびっくりしました。
でも樽ちゃんは さらに去年の北船路が 忘れられない美味しさやったと。
▪️「北船路」という銘柄が生まれた背景には、私のゼミの学生さんたちの「北船路米作り研究会」の活動の存在があります。大津市八屋戸の棚田の集落、北船路の農家の皆さんと、大津の米で酒を醸したいと考えておられる平井商店さんとの間を、学生さんたちの活動が「ご縁」を生み出し、誕生した銘柄です。一升瓶のラベルの文字「北船路」は、現在は日野町役場で職員をしている元ゼミ生の北川大介くんが描いてくれたものです。ラベルのデザインやイラストも元ゼミ生が頑張ってくれました。昨日の朝市で一番売れたのは「北船路」ということに、北船路米づくり研究会の末席の関係者としてとても嬉しく思います。ブログに登場される「樽ちゃん」(たるちゃん)というのは、ボランティアのおひとりではないかと思います。「樽ちゃん」(たるちゃん)さん、ありがとうございます。また、小川酒店さん、平井商店さんにも感謝したいと思います。本来は、私も日本酒好きなんですが、持病のために呑むのを控えていますが、お猪口いっぱい程度は自分に許しています。チャンスがあれば、いつも冷やで呑んでいた「北船路」を、今度は燗酒を呑んでみたいと思います。
▪️ところで、この「浜大津こだわり朝市」では、指導している「地域エンパワねっと・大津中央」(社会学部・社会共生実習)を履修している学生さん2名が活動に参加させてもらっています。「北船路米作り研究会」と「地域エンパワねっと」、龍大の学生さんたち、大津の街にお世話になってきました。ありがとうございます。「地域エンパワねっと」を履修している学生さんは、この実習にしては珍しく4回生の皆さんです。関係者の皆さんが納得できる成果を生み出して欲しいなと思います。私も、大学教員の最後に、そのことを見届けたいと思います。
▪️ところで、この「北船路」は、龍谷大学の学生がプロデュースした一番最初の日本酒になります(ちょっと強調しておきます)。農学部ができる前からの歴史があります。コロナ禍の前までは、社会学部の卒業式の後に開催される「同窓会新入会員の歓迎パーティー」でも披露されていました。また、使ってほしいです。よろしくお願いいたします。また、(株)龍谷大学メルシーでも扱っていただきたいなあと思っています。
リビングのカネタタキ
▪️自宅のリビングで、何か秋の虫が鳴いているんですよ。調べてみると、カネタタキ…なのかな。でも、鳴き声は聞こえども、姿は見えぬ…なんです。どこにいるんだろう。我が家のリビングで鳴いていても、子孫は残させないんですけど。
クラウンシャイネス(樹冠羞避じゅかんしゅうひ)
“Crown Shyness” is a natural phenomenon where the uppermost branches of certain tree species completely refuse to touch one another, creating a perfectly defined, puzzle-like canopy. pic.twitter.com/90qNCgN4AD
— Massimo (@Rainmaker1973) August 13, 2026
▪️Xを眺めていて、突然不思議な動画に出会うことになりました。Massimoさんの投稿です。以下は、その投稿の短文とその翻訳。
“Crown Shyness” is a natural phenomenon where the uppermost branches of certain tree species completely refuse to touch one another, creating a perfectly defined, puzzle-like canopy.
「クラウン・シャイネス」とは、特定の樹種の最上部の枝が互いに触れ合うことを完全に拒否し、完璧に定義されたパズルのような天蓋を作り出す自然現象です。
▪️森林の地面から樹冠部を撮影したものです。とても不思議な気持ちになります。これ、クラウンシャイネスというようです。日本語では「樹冠羞避(じゅかんしゅうひ)」。英語を直訳すれば樹冠の遠慮」「樹冠の譲り合い」「内気な樹冠」ということになるのでしょうか。すごいですよね。隣り合う樹木の樹冠同士がぶつからないよう、互いに一定の隙間を空けて成長する自然現象のことを言うのだそうです。科学的には、そのメカニズムが解明されているのだとは思いますが、何も知らないので、神秘的なものを感じます。
▪️私のような素人向けに解説されているサイトがありました。「日本花卉文化株式会社」さんのnote、「樹冠は、アートだ 〜クラウンシャイネスを追いかけて〜」という記事です。