大津歴史博物館講座講座「四宮祭礼図絵巻を読み解く」

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202601018otsurekihaku2.jpg ▪️「浜大津こだわり朝市」で、指導している「社会共生実習」の学生さんたちが、たいへんお世話になっている実行委員会の皆さん、そして朝市への出店者の皆さんと、いろいろお話をして、これからの広報の方向性を確認しました。その後、大津市歴史博物館に向かいました。近くなので、博物館まではウォーキングです。途中、昔からある洋食屋「お食事処アケミ」さんで昼食。限りなくご飯を減らしてもらいました。

▪️今日、大津市歴史博物館では、「四宮祭礼図絵巻を読み解く」という講座が開催されました。抽選に当たったので、勉強させてもらいました。講師は、博物館の副館長の木津勝さん。社会学部の社会共生実習の前身である地域連携型教育プログラム「大津エンパワねっと」の「大学と地域をつなぐ特別講義」でずっとお世話になっていました。さて、講座ですが、今回発見確認された絵巻に登場する曳山は、現在の3輪ではなく4輪なんです。はたしてこれは本当なのか…、そのあたりが今日のお話の中心でしょうか。大津祭のファンの皆さんは、「大津祭の曳山がもともと4輪であった」ということをなかなか受け入れられませんからね。

▪️個人的に思ったことは4輪だけではありません。人々の服装と座り方が違うのです。まだ、安土桃山時代の延長上で、女性は正座ではなく立膝をたてて座っています。髷等、髪の毛の結い方も。そういった当時の風俗以外にも、曳山にお囃子の方達が乗っていない、曳山に屋根がない…いろいろあります。なにか、「仮装行列」のような感じです。当時は、現在でいうところの巡行を、どこで行なっていたのでしょうね。絵図は17世紀の前半のものですが、18世紀の末に編纂された『近江名所図会』に登場する大津祭の様子は、現在の大津祭とほぼ同じだと思います。絵巻から図会までの間に、何がきっかけで、どのように、私たちが思う大津祭に変化していったのでしょうね。

▪️今日は快晴。博物館の出口からは、対岸の草津方面がよく見えました。

10月の「浜大津こだわり朝市」

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▪️社会学部「社会共生実習」の「地域エンパワねっと・大津中央」では、今年度は3人の学生の皆さんが、「浜大津こだわり朝市」で活動させてもらっています。学生の皆さんは、朝市の実行委員会の皆さんと相談をしながら、「浜大津の近くにお住まいのファミリー層にも、この朝市の存在を知っていただき、楽しんでもらえるようにするため、これけら新たな広報に取り組んでいきます。浜大津周辺には、続々とマンションが建設され、若いファミリー層が転入されてきています。ただ、日曜日の朝というのは、ファミリー層にはなかなか動きにくい時間帯かもしれません。そこをどう乗り越えていきますかね。

▪️私は、この朝市の「幽霊」実行委員なのですが、定年退職後は、幽霊の汚名を返上して、キチンと貢献したいと思います。学生さんたちが新しく構築する広報の手段もきちんと引き継いでいけるように頑張ります。学生さんたちは、ファミリー層にも訴求力のある情報、どのようなお店がどのような商品を出品しているのか等に加えて、各お店のストーリー性のある情報やメッセージも発信していければと考えているようです。私のようなおじいさんでも、きちんと引き継いで更新できるような仕組みにしてくださいね。

▪️今日は、大津高等学校の生徒さんたちが、「総合的な探求の時間」という授業の関係で、朝市に来られていました。来場者の皆さんに、「どこから来たのか」、「なんで朝市のことを知ったのか」を尋ねておられました。「地域エンパワねっと」学生さんたちのように課題解決まで取り組みませんが、朝市に対して、今回のリサーチの結果と、なんらかの提案をされるようです。こういう高校生と交流(高大連携)できたらいいのになあと「妄想」しました。

松本拓さんのこと

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▪️龍谷大学大学院で学位を取得した松本拓さんが、私の研究室の前の「プロジェクトワークルーム」で、障がい者のアート教室を開催されていました。びっくりしました。松本さんは、大学院ではドイツの社会学者であるジンメルの著作を通して研究をされていてたのですが、今は、障がい者アートの総合プロデューサーのようなお仕事をされています(正確な説明なのかどうかわかりませんが)。もちろん社会学者としてのお仕事です。こういった障がい者アートと、ジンメルの研究がつながっていくというお話もされていました。また、深草キャンパスの慧光館で、展覧会を開催されるようです。楽しみです。そうそう、松本さんとは、今注目を集めている「HERALBONY(ヘラルボニー)」についてもお話をしました。ところで、写真ですが、最近、おじいちゃんに加速度がついてきたなって思います。もちろん、松本さんではなくて、わたくしが!!ですよ。松本さんは、昔、大学院生だったころよりも、朗らかで元気になっているように思いました。

▪️このブログで、過去にも松本拓さんに関連することを投稿しています。ぜひ、お読みください。
「Unknowing わからないままに響きあう」という展覧会
松本拓さんの記事と地域エンパワねっとの記事

電車の遅延と月1回のクリニック

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▪️昨日の夕方、JRの遅延が発生して、京都駅でイライラしていると、この電車「瑞風」がやってきました。嬉しかったです。一度この特別な電車に乗ってみたいと思っています。このブログにも以前「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」という投稿をしています。ご覧いただければと思います。この電車のおかげで、イライラは少しはおさまったかもしれません。なぜイライラしていたのかというと、持病の糖尿病の関係で月1回のクリニックを受診したかったのです。16時45分まで授業があり、その後もメールの対応がいろいろあって、あわてて電車に飛び乗ったのです。どうしても診察を受けて、薬をいただきたかったのです。もうすぐ薬が切れてしまうので。なんだか、「薬物中毒」患者のようですが、もちろんそうではありません。

▪️残念ながら、遅延の影響で、クリニックに到着した時は、受付のリミット18時を5分超えてしまっていました。診察自体は18時半までされているのですが、受付は18時までだったのです。ということで、通常であれば血液検査もきちんと受けて、HbA1cや血糖値もわかるのですが、昨日はこそれらの検査ができませんでした。残念でした。日々、糖質制限を努力してやっていることの結果を、数値的に確認することができないからです。ただ、5分超えても、ありがたいことに診察だけはしてくださいました。ということで、薬はもらえることになりました。医師がおっしゃるに、これまでHbA1cの数値を低くキープしているし、体重にも変化がないので大丈夫でしょう、ということでした。

▪️話は変わりますが、一昨日は職場の奈良県人会でした。たまたまそばに座った方たち、血糖値に問題を抱えている皆さんでした。私のように「自分は糖尿病です」「検査結果はこうでした」とSNSやブログで書くような人はあまりいません。身近にそういう方達がいらっしゃっても、あまりわかっていませんでした。そもそも病気に関することは、大切な個人情報ですし、糖尿病のばあいは社会的偏見もあるので、公表するようなことではないのかもしれません。そのような社会的偏見なんですが、まず「糖尿病はだらしないから、食べ過ぎ、肥満が原因」という誤解があげられます。日本人のばあい、遺伝的要因や、日本人特有のインスリン分泌能力の低さが大きく関与していることが医学的にはあきらかになっています。私のばあい、医師によれば遺伝的要因が強いとのご意見でした。また、そのような社会的偏見とも重なりますが、「糖尿病は自己責任の病気だ」というものもあります。そのような周囲からの心ない言葉や自分のせいだという思い込みによって、強い罪悪感や恥ずかしさといったネガティブな感情を抱いてしまうのです。このような社会的偏見から、治療の開始が遅れてしまったり、中断してしまう人がいることは大きな問題です。ということで、専門家のあいだでは病気の名称を「糖尿病」から世界の共通語である「ダイアベティス」(Diabetes)へ変えようという動きもみられます。

▪️個人的意見ですが、社会的偏見に惑わされることになく、しっかり直視する必要があると思っています。というのも、糖尿病が「万病のもと」だからです。きちんと直視せず、治療に取り組まず、血糖値をコントロールできないでいると、過剰な糖が全身の血管や神経をじわじわと傷つけていきます。そして、いろんな病気のリスクが高まってしまうのです。太い血管が傷ついたばあい、脳梗塞・脳卒中、狭心症・心筋梗塞、心不全になるリスクが高くなります。

▪️細い血管が傷ついたばあい、糖尿病神経障害、糖尿病網膜症、糖尿病腎症を発症します。糖尿病神経障害が原因で足の血管が詰まり、さらに神経が麻痺してしまうと、足に傷ができても気づかなくなります。そして細菌感染から組織が腐り、足を切断しなければならなくなります。壊疽です。足のチェックを怠らないようにする必要があります。糖尿病網膜症では、ひどくなると失明します。私の母親も、たびたび眼底出血をしていました。眼球の細い血管から出血したためです。そうやっているうちに視力を失いました。ちなみに母親は、きちんと血糖値をコントロールできていませんでした。糖尿病腎症もひどくなると自分の力で尿を作れなくなり、人工透析が必要になります。そのほかにも、認知症、アルツハイマー型や脳血管型などのリスクが高まります。膵臓がん、肝臓がん、大腸がんなど、特定のがんの発症リスクも上昇します。免疫力が低下するため、コロナやインフルエンザなどの感染症に感染しやすく重症化しやすくなります。

▪️私のばあい、母親の介護をすることで糖尿病の恐ろしさに気がつきました。ただ、自分にその母親の体質が遺伝するとは思ってもいませんでした。その時は、まだこの病気についてきちんと勉強しておらず、自分がこの病気の当事者になったことでしっかり勉強するようになりました。そして、血糖値を徹底的にコントロールしようと思ようになりました。ということで、月1回のクリニックの血液検査結果をある意味で「楽しみ」にしているのです。きちんと血糖値がコントロールできていることを確認できるからです。

PBL関連の論文とパンフレット

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▪️一昨日、10月14日(水)に開催した「PBL型(課題解決型)の教育関係者の交流会」=「PBL系交流会」で、ご出席いただいた政策学部の石原凌河先生と、オンラインでご参加くださった井上芳恵先生が、写真の論文とパンフレットをご紹介くださいました。「政策学部でやっているPBL型の教育ってこんな感じです」と手土産がわりにくださいました。政策学部は、教員の研究とPBL型教育とがうまく結びつく仕組みを学部内につくっておられます。常々、立派だなあと思ってきました。昔、地域連携型教育プログラム「大津エンパワねっと」に取り組んでいるときに、こういう政策学部の動きを横目でみながら、同時に、研究もやっていく必要があると主張したのですが、社会学部では理解が得られませんでした。残念でした。今後、この交流会の活動を活発にしていきながら、学部の壁を越えてお互いに良い刺激を与え合えればと思っています。今日は、さっそく学内のteamsに「PBL系交流会」というチャットが立ち上がっていました。ありがとうございます。

研究室の書籍について

20261015kenkyushitu_books.jpg▪️まだ確定ではありませんが、研究室にある蔵書の一部を、礒井純充さんが提唱されている「まちライブラリー」的に活用できないかというご提案を、ある方からいただいています。つまり、寄贈するということになります。地域づくりや活性化に資する書籍というのは、研究室の蔵書に全体からすると、どれぐらいになるでしょうね。自分でもわかりません。詳細はこれから伺いますが、もし納得のいくようなお話でしたら、自宅にある一般図書も含めて寄贈させていただこうと思います。

▪️ただし、その新しく生まれる「まちライブラリー」的な場から、この地域で暮らすことが楽しくなるような企画やプロジェクトが生まれてくるような、そういう場に「していけたら」とも思います。「なってほしい」というのではなく、「していけたら」というのは、自分自身もそのような企画やプロジェクトに地域の皆さんと一緒に関わっていきたいと思っているからです。「まちライブラリー」に併設して「まちラボラトリー」のようなものが誕生したら素敵だなとも思っています。

▪️繰り返しますが、まだどうなるのかわかりません。確定していません。さらに、大学の研究費で購入した書籍と私費で購入した書籍をきちんと区分しておかねばなりません。研究費で購入した書籍は、寄贈できませんので。その確認のための作業が、けっこう面倒だったりします。やる前から、ちょっとため息が出ています。それはそうなんですが、こうやって寄贈させていただいたほうが、古書店に売り払うよりも、ずっと社会のお役に立てるのではないかと思っています。

決勝 男子4×400m 日本選手権リレー陸上2026


▪️80年ぶりの優勝だとか。母校、関西学院大学の皆さん、おめでとうございます。特に、アンカーの方の激走に驚きました。陸上競技の日本選手権は、大学生に特化した大会ではありません。特化したのはインカレですね。では、どうして大学のチームしか出場していないのか。疑問に思いました。調べてみるとこのような事情があることがわかりました。日本選手権のリレー種目は、原則として「同じ所属(同じ企業や同じ学校)」でチームを編成しなければなりません。ところが、400mの選手を4人揃えてリレーチームを作れる実業団はほぼないのだそうです。

▪️優勝した関西学院大学の陸上部は、1918年に創部された100年以上の歴史を持つ名門でした。しかし私が学生だった頃は長期の低迷期に入っていたように思います。背景には、関東の大学への選手集中、スポーツ推薦制度の制限などがあります。低迷期とは、1960年代後半から1990年代半ばまでの約30年間で、特に1970年代から1980年代にかけてが、最も苦しい時期だったようです。私が関西学院大学に在籍した時期は、ちょうどこの低迷期の真っ只中だったわけです。しかし、その後、1991年に「スポーツ選抜入試」が導入されたこともあり、名門として復活していきました。ということで、オリンピックにも出場された男子100mの多田修平さんのような選手も生まれてきました。陸上ファンの方であれば、よくご存知でしょう。

▪️今回の決勝、第3奏者からアンカーにバトンが渡った時、関学は5番手でしたが、バックストレートで3番手まで順位をあげ、最後の100mでは前の2人を抜いて1位でゴールしました。興奮しますね。4×400mリレーは、マイルリレーともいいますが、「花形種目(競技会の花)」の1つだと思います。競技場がめちゃくちゃ盛り上がります。今回もそうでした。すばらしいです。

PBL型(課題解決型)の教育関係者の交流会

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▪️今日は、深草キャンパスでPBL型(課題解決型)の教育に取り組んでいる知り合いの教員の皆さんに、社会学部の聞思館4階の「プロジェクトワークルーム」にお集まりいただき、交流会を開催しました。今日ご参加いただいたのは、政策学部、経済学部、社会学部の8名(私も入れて)の皆さんです。お1人は都合がつかず、オンラインでの参加になりました。もっとたくさんの方達にお声がけをしてもよかったのですが、まずは知り合いの限られた皆さんにお声がけさせてもらって始めることにしました。

▪️昨年の春、社会学部は大津市にある瀬田キャンパスから伏見区の本部のある深草キャンパスに移転し、既存の社会科学系学部と社会学部が1つのキャンパスに集結しました。そして、異なる社会科学の叡智や他分野が連携・共創し、現代の複雑な社会課題に対する新しい価値や研究を生み出すことが期待されています。というわけで、このような大学全体の動きを気にしながら、PBL型(課題解決型)の教育に取り組んでいる教員の皆さんとのあいだにネットワークをつくり、情報・ノウハウ・知見を共有することから(愚痴をこぼすことも含めて)始めることにしたのです。このようなネットワークのなかから「異なる社会科学の叡智や他分野が連携・共創し、現代の複雑な社会課題に対する新しい価値や研究を生み出す」プロジェクトも生まれてきてほしいです。ただ、この点については、私はあと半年で定年退職するので、残念ですが後輩の皆さんに期待したいと思います。どうかよろしくお願いいたします。

▪️これからのこのネットワークの運営については、政策学部と社会学部の若手教員のお2人に幹事役をお願いすることにしました。おそらく、学部を超えた「初の連携」なんじゃないのかな。これから、無理をせず、少しずつ参加者が増えていってほしいなと思っています。

琵琶湖の湖畔を30kmウォーキング

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20261013biwako_walking_30km6.jpg◾️10月31日と11月1日の両日にかけて、「BIWA100」が開催されます。長浜市を出発して、琵琶湖の東岸を歩きながら南に下り、南郷の洗堰でUターンして、大津市の中心市街地にある「大津港おまつり広場」でゴールになります。徹夜で歩きます。こちらが、コースです。東岸とはいっても、彦根城の周りや近江八幡市の市街地の周りを歩きますし、琵琶湖大橋を往復します。以前6回参加して完歩もしてきた「びわ100」の続きになります。こちらが、このブログに投稿してきた「びわ100」関係の投稿です。

◾️これまでの「びわ100」での経験から、「50km歩けたら本番でも100km気力で歩ける」という科学的な根拠のない確信があります。アントニオ猪木さんの「元気ですかー! 元気が1番! 元気があれば何でもできる」という名言を信じています。今回もまずは1人で30kmを歩きました。湖西に自宅を出発して、
大津市の中心市街地を抜けて近江大橋西詰でUターンするコースです。片道15km、往復で30km。来週はこの「BIWA100」に参加する大阪の友人と一緒に50kmを歩きます。朝、大津駅を出発して、湖西を北上し、琵琶湖大橋を渡り、少し内陸に入って守山市・栗東市・草津市と南下し、瀬田川の左岸(東側)をさらに南下し、南郷の洗堰でUターンして大津駅にまで戻るという感じです。朝7時半に出発しますが、休憩時間も入れると大津駅に戻ってくるのは20時前後になるのではないかと思います。これで自信をつけます。ただ、本番は以前経験したコースとは少し違うので、ちょっと心配です。

◾️こういう挑戦をいつまで続けることができるでしょうね。年上の皆さんの中には、「まだ100km歩いてるの」「もうええ加減にやめたら」とか言う方達がおられますが、少なくとも今年度は挑戦します。もし、途中でリタイアするようになったら、今後の参加を断念しなければならないかもしれません。もちろん「かも」ですけど。ただ、「BIWA100」には42km部門もありますし、滋賀県内ではありませんが50kmの大会もありますので、そちらに参加するのでしょうか。どうやろ。まだ、わかりません。そうそう、30km歩いて気がつきましたが、昨日は「スポーツの日」なんですね。30kmウォーキングしたので、意識していませんでしたが、休日にふさわしいことをやっていたことになりました。

◾️写真についても説明しておきますね。トップは、往きの坂本のあたりから撮ったものです。大津市の中心市街地がみえます。ひとつだけ高いビルが見えますが、琵琶湖プリンスホテルです。このホテルのもう少し先まで歩きました。天気が良かったというか、暑かったです。もう10月なのに日に焼けてしまいました。2段目の左、自転車で琵琶湖を1周する「びわ1」の皆さんが、浜大津にある「BIWAKO」モニュメントの前で記念写真を撮っておられたので、私は30km程度でしかもウォーキングですが、自撮りで撮ってみました。ウォーキングの途中、たくさんの「びわ1」に挑戦されている方達と出会いました。ものすごい数の自転車です。いずれも同じ方向、反時計回りで琵琶湖の周りを走っておられるようです。どうも琵琶湖が見える側を走ることがルールになっているようです。

◾️2段目の右。なぎさ公園では、たくさんの方達がそれぞれの時間を過ごしておられました。いいですね、こういう公園がそばにあるって羨ましいです。家族連れやカップルが多かったですが、その中に楽器の練習をしている方達がおられました。様子からすると、中学校の吹奏楽部の皆さんですね。3段目、左。釣りをされている方も多かったです。釣り人にお尋ねすると、この透明の水槽で泳いでいるのは、カネヒラなのだそうです。在来種です。しかし、外来魚のブルーギルが邪魔をすると笑っておられました。ブルーギルは、この後、外来魚用ゴミ箱に入れて駆除することになっています。3段目、右。ガチョウです。人がそばによるとガーガー鳴き声を出します。餌がほしいのでしょうかね。「ガー子」と呼ばれているそうです。4段目、再び坂本です。日吉大社の鳥居です。独特の形をしていますね。

「Perfect Days (2023) | Full Movie | Wim Wenders | Koji Yakusho | Japanese Drama」、そしてAI。


◾️この映画の著作権ってどうなっているんでしょう。でも、YouTubeで視聴することができます。役所広司主演のドラマ映画「Perfect Days」です。そのうちに、削除されて視聴できなくなると思いますが。

◾️先週の土曜日に、アンドリュー・ワイエスの作品を展覧会で拝見しきました。ワイエスの作品で気になるのは、メイン州という大都会から離れた地域の土地柄です。知人から、ピュリッツァー賞受賞作の連作短篇集『オリーヴ・キタリッジの生活』のことを教えてもらいました。早速、発注して手に入れました。すると、どういうわけかこの映画「Perfect Days」のことが頭に浮かんできました。そして、数珠繋ぎ的に以前見た映画、「Paterson」のことも頭に浮かんできました。この4つの作品、全然つがりのない作品ですが、結果としてどこかで結びついているような気がします。大切なことだと思っています。

◾️この4作品について、ChatGPTと対話してみました。すると、ChatGPTは、以下のように答えました。

「何者かになろうとすることではなく、かけがえのない、しかし決して完全ではない日常を生きること。その営みのなかに、人間の生の深さを見いだそうとする姿勢」ということになるでしょうか。ただし、これらを単純に「日常の小さな幸せを描いた作品」とまとめてしまうと、大事なものが抜け落ちてしまいます。とりわけ、孤独、喪失、老い、他者とのすれ違い、そして人生の取り返しのつかなさが重要だと思います。

◾️うまく表現しているなあと思いました。しかも、これはどこからの引用等ではなく、生成したものだというのです。ひとつの解釈ですね。その解釈の妥当性については、もちろんきちんと検証する必要があります。ただ、「既存の文章との類似がまったくないと保証することもできません」と答えていますね。この辺りに強い危うさを感じてしまいます。データに基づく論理的な説明であればまだしも、何か文学的な表現だと問題が発生するかもしれません。たとえば、「その表現は、私が以前発表した文章の中にあるのと非常によく似ている」とか。

この文章は既存の著作から意図的に引用したものではありませんが、私が学習した膨大な文章の影響を受けて生成された可能性があります。そのため、既存の文章との類似がまったくないと保証することもできません。
また、この表現は、4作品の共通性についての私の解釈的な仮説であって、作者たちが共有していた思想を実証したものではありません。
振り返ると、最初の回答では、この点を明確にしておくべきでした。

◾️こうやってChatGPTとの対話の中で出できた表現を再利用しようとすると、「ChatGPTとの対話で提示された解釈」と示しておくことが必要との見解をChatGPTは示してくれました。このあたりの、倫理的問題、AIの使用に関するリテラシー、まだ社会的にどうすれば良いのか、まだよくわかっていません。はっきりしていません。この辺りの問題に関して、ChatGPTは次のように回答しています。

法的な著作権の問題とは別に、人間とAIとの対話によって形成された思考を、どのように位置づけ、どのように社会に伝えるのかという、これからの時代に特有の問題があります。
私としては、AIの利用を一律に隠すことも、一律にすべて開示することも、必ずしも適切とは限らないと考えています。利用目的、AIの寄与の程度、発表する場の性格によって判断すべきでしょう。
ただし、どの場合でも変わらない原則が一つあります。
AIを使って生み出した文章や判断について、その内容の正確性と社会的な影響に責任を持つのは、最終的にそれを自分のものとして公表する人間である、ということです。同時に、それによってAI提供者の責任がなくなるわけでもありません。

◾️やはり危ういですね。いろいろ問題が起きそうです。わかっていないだけで、実際に発生しているような気がします。

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