龍谷ミュージアム シリーズ展「仏教の思想と文化 ―インドから日本へ―特集展示:仏教美術の聖なる怪物」
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▪️ シリーズ展「仏教の思想と文化 ―インドから日本へ―特集展示:仏教美術の聖なる怪物」。みなさん、ぜひ行きましょう‼️以下は、龍谷ミュージアムの解説です。
また、特集展示として「仏教美術の聖なる怪物」を開催します。
仏教美術には、ほとけや神々に寄り添う少し変わった姿のいきものたちが表されています。釈尊を暴風雨から護ったナーガ(大蛇)や、説法に耳を傾ける鬼神など仏教説話にも多くのお話が伝えられています。今回の特集展示は、仏教美術を彩る名脇役、ひょっこり登場する“聖なる怪物”を取り上げます。
性的指向・性自認・性表現等(SOGIE)に関する龍谷大学の対応について
▪️本日、社会学部教務課長を通して、宗教部の安食真城課長より「「性の多様性に関する基本指針」の改訂について」というメールが転送されてきました。とても大切なことなので、ここでも共有しておきたいと思います。以下のリンクからお読みいただければと思います。
https://www.ryukoku.ac.jp/shukyo/committee/sexual_minority.html
NHKスペシャル「私の往生際 養老孟司が見つめた“生と死”」
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▪️この番組NHKスペシャル「私の往生際 養老孟司が見つめた“生と死”」を予約録画することにしました。番組では、養老孟司さんのがん闘病に密着して、養老さんが自らの命と向き合った先にあるもの浮かび上がらせようとしているようです。以下は、番組の概要です。
解剖学者・養老孟司、88歳。発行部数460万部を超える空前の大ヒットとなった著書『バカの壁』などでも有名な“知の巨人”に、2024年、悪性の肺がんが見つかった。
5年生存率は約10%。鋭く研ぎ澄まされた言葉で人間社会の本質を問い直し、人間の生死について探求を続けてきた養老さんは、自らの“命の限り”と対峙して、どのような新たな真理を見いだすのか-
▪️番組紹介の記事中にのように書いてあります。「かつての養老さんはこう語っていたー『がんになっても積極的な治療はしない。』『死ぬことは大した問題ではない。』しかし、最初の取材で目にしたのは、抗がん剤治療を受け、新たな治療法の開発に期待をにじませる姿だった」。お元気な時は、すでに死を理解し受け止める準備がきちんとできている心持ちでおられたのでしょう。しかし、実際に死がリアルに近づいてきたとき、生にこだわっている自分がいたということなのでしょう。そのことを、隠すことをせずに、番組の取材を許し、番組を通して多くの視聴者に揺れ動いているご自身を見せていく、その様子を広く知っていただくようにされている点が、養老さんのすごいところかなと思います。第三者の視点から「死」について語ることと、当事者として「死」受け止めることとはやはり違っていますから。
▪️以下は、記事中からの引用です。
病を得て、自分自身を生と死のはざまに置かざる得なくなった今、その内面にどんな変化があったのか?抗がん剤治療によって腫瘍が縮小せず、自らの命の限りと対峙する日々が続く中、養老さんがふと漏らした。
「死ぬってことは本当にあるのか?」
がん腫瘍の状態次第で、生と死の間を振り子のように行き来する養老さんの命。治療を続け、88歳の誕生日を迎えた養老さんは、新たな根元的な問いと向き合うことになる。
「自分は自分自身なのか?」 「自分はなぜ生き続けるのか?」
そして終盤、養老さんはこう語った。
「ひとりで生きているみたいに思ってたんだけど、そうじゃないんですよね」
闘病の果てに見いだした、死の意味、生の輪郭。日本を代表する知性がたどり着いた境地とは。養老孟司の生と死をめぐる思索が、私たちに深く問いかける。
▪️上記の引用で、注目したい部分を太字で強調しました。「ひとりで生きているみたいに思ってたんだけど、そうじゃないんですよね」。番組をまだ拝見していませんので、この太字のところの深い意味がまだわかっていませんが、広い意味での宗教的な境地に辿り着いたことに気が付かれたのかもしれません。真宗でよく言われる「後生(ごしょう)の一大事」とも関係しているのかもしれません。後生の一大事とは、「死んだ後の大問題」と捉えられがちです。しかし、自分がここまで活かされたきたことを深く自覚することと関係しているように思います。多くの「ご縁」の中で生かされてきたことを深く自覚し感謝する。死んだ後に阿弥陀仏に救っていただき、お浄土へ導いていただくこと。そして、自分がさまざまな「ご縁」のもとで、ここまで活かされたきたことを感謝すること。この両者はつながっているからです。番組のなかで、養老さんが、どのようにご自身の「死」を感じておられるのか、そことに注目したいと思います。
名前の漢字
▪️新聞を読んでいて、「子どもの名に『勒』新たなOK」という記事に目が止まりました。子どもの名前に使える漢字は、戸籍法によって決まっています。これまで、2999字だったのが増えたという内容です。今回は、「弥勒」の「勒」の字が認められたということのようです。この「勒」の字をめぐっては裁判にもなっているようです。裁判所の判断をきっかけとして使えるようになった漢字は、記事では以下の文字。
1973年 悠
1997年 琉
2004年 曽、獅、駕、毘、瀧
2009年 祷、穹
2015年 巫
2017年 渾
2026年 勒
▪️「悠」という漢字は以前は使えなかったんですね。びっくりしました。後輩の娘さん、指導する学生さんたちの中にも、悠という漢字を使った名前の方がおられます。そして皇室の皇位継承第2位のあの青年も。この漢字は、普通に見られるのですが、以前は「常用平易な文字」とは認められていなかったんですね。しかし、今回の「勒」では、「勒人(ろくと)」、「勒真(ろくま)」、「勒生(つとむ)」、「勒(あきら)」といった名前が考えられるようです。最近は、演習なんかで出欠をとるとき、漢字だけだと読むのが困難であったり、あるいは読みについて自信もてない名前が結構あるんです。まあ、こういう名前は、相手の記憶に強く残るかもしれません。私は、健一という凡庸な名前なので、間違われたことがありません。ちなみに、父は恵人です。「常用平易な文字」であるにもかかわらず、読み方が難しいく、読んでもらえない代わりに、取引先の方によく名前を覚えてもらって得をしていると言っていました。恵人と書いて、「めぐんど」と読みます。清人が「きよんど」、鉄人が「てつんど」というパターンと同じですね。
福岡県柳川市、滋賀県近江八幡市、そして田中吉政。
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▪️NHKの番組「ブラタモリ」、いつも興味深く視聴させていただいています。昨日は福岡県の柳川市の堀割がテーマでした。面白かったです。今日、初めて知りましたが、滋賀県近江八幡市と福岡県柳川市は、戦国時代と江戸時代の武将である田中吉政(たなか よしまさ)が城下町の整備をしているのですね。近江八幡は、豊臣秀次の筆頭家老であった田中吉政が城下町や八幡堀の整備を進めました。その後、関ヶ原の戦いでの功績によって徳川家康から筑後国を与えられ、吉政は柳川城に入り、城と城下町の整備を進め、そして堀割を整備しました。
▪️昨日の番組の最後の方で紹介されましたが、高度経済成長期に汚染した堀割を市民の力で復活させてきたことについても、近江八幡市と共通しているように思います。高度経済成長期、水道が暮らしの中に入ったことで、水利用のあり方は急激に変化しました。人びとが堀割や八幡堀に対する関心を薄めてしまったのです。というか、排水は堀割や八幡堀に流れ込むようになりました。しかし、田中吉政の都市計画のもとで生まれた、水辺環境と人びとの暮らしとの関係は薄くなってしまいました。堀割や八幡堀が街にとってこれまでのように重要なインフラではなくなってしまったのです。そして背中を向けて暮らすようになったのです。私の推測ですが、電気洗濯機が一般に普及したことが堀割や八幡堀の汚染を加速させたのではないかと思います。ただ、ここが大切だと思うのですが、街の中に歴史的な厚い蓄積があったからだと思うのですが、近江八幡市も柳川市も市民が立ち上がり、浄化に尽力して八幡堀と堀割を復活させることができました。
▪️ということなのですが、両市の間に、直接の姉妹都市のような関係はないようですね。ただ、両市とも、以前は「水郷水都全国会議」」に加盟されていたようですが、この全国会議が現在は開催されていないようです。
京都大学交響楽団 第219回定期演奏会
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▪️昨晩は、授業後、京都の北山にあるコンサートホールへ移動しました。京都大学交響楽団の第219回定期演奏会が開催されたからです。少し前にネットでチケットを予約したら、ほとんどの席は売り切れていました。その中から購入したのは、写真のような座席でした。P席です。ステージの真後ろ(オーケストラの背後)に位置するポディウム(Podium)席のことです。この席は、オーケストラの音楽をきちんと聴こうという前提だと、楽器の音のバランスも悪いし、演奏している学生さんたちの背中から見ることになります。ただし、良いこともあります。まず、指揮者の表情や動きがよくわかることです。正面からだと指揮者の背中しか見えないわけですが、この席だと、指揮者の表情や視線、細かな各楽器への指示がよくわかります。
▪️昨晩のプログラムは、ヨハン・シュトラウス2世の「ウィーンの森の物語」、シューベルトの交響曲第7番「未完成」、チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」。指揮は、円光寺雅彦さんです。円光寺さんの指揮は、3曲とも、私の感覚からするとゆったりめのスピードでした。ただし、ゆったりしたスピードで、どの曲もとても丁寧に演奏されていたように思いました。3曲の中でも、「悲愴」が一番強く印象に残りました。個人的な意見でしかありませんが、ワルツである「ウィーンの森の物語」や「未完成」は、聴かせる演奏が難しいように思いましたが、「悲愴」は聴きにきて良かったと思いました。「悲愴」だからか、座った席がP席だっせいか、ビオラやコントラバスがとても良く聴こえてきました。「コントラバスって、こんなふうに弾いているんや」と驚くこともありました。私自身は、学生時代にチャイコフスキーの交響曲5番を演奏していますが、6番の「悲愴」は演奏していないので、スコアの細かなところがわかっていなかったのです。ということで、自宅に戻ってからスコアで確認しました。今回の定演で唯一困ったことがあります。席の位置から仕方のないことなんですが、シンバルが目の前で、音が強烈すぎました。すぐそばだと、びっくりするような音量になりますから。
昨日、アクセスカウンターが1日で「1226」に。
▪️アクセスカウンターの数字が増えるということは、たくさんの皆さんにご覧いただけているということなのですが、その数字が急激に増える少し複雑な気持ちになります。昨日は1日で「1226」増えました。一昨日は「822」でした。これまで、通常は「200」前後なんですが…。何が起きているのでしょうね。
京都大学交響楽団 第219回定期演奏会
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▪️今週の金曜日、京都コンサートホールで、京都大学の学生オーケストラ、京都大学交響楽団の定期演奏会が開催されます。金曜日は、17時前まで授業がありますが、開演には間に合いますので、聴かせていただくことにしました。
▪️学生オーケストラの評価は、なかなか難しいのです。しかし、京大オケは上手です。京大オケは、京大生でなくても、また4大でなく短大生でも団員になることができます。そうなのですが、多数は京大生なのではないかと思います。そうなると、特に弦楽器の場合ですが、子どもの頃から楽器を経験している人が多くなるのではないか思います。加えて、他大学から「ぜひ、京大オケで演奏したい」という人も、子どもの頃から経験していてそれなりの演奏レベルを持っている人たちなのではないでしょうか。私が学生オーケストラ、関西学院交響楽団に所属していた頃は(今から40年ほど前のことになりますが…)、弦楽器の大多数が初心者でした。そういった初心者の方達が、頑張って練習をして、定期演奏会で演奏するという感じでした。それは、それで素晴らしいと思うのですが、京大オケの場合はそうではないのではないかと思います。ある方が、「大学オーケストラは、演奏の上手さが、偏差値と相関している」と言っておられました。家庭環境(経済的・文化資本的)と関係しているというご意見です。確かに、そうなのかもしれません。
▪️それはともかく、金曜日の定期演奏会に行かせていただきます。もうチケットは、ほとんど売り切れていましたが、あえて、ステージの真後ろ(パイプオルガン側)にある客席を予約しました。視覚的にいろいろ楽しめるかなと思い、この席にしました。今回のプログラムは、画像の通りです。メインの「悲愴」がどのように演奏されるのか、楽しみにしています。加えて、「未完成」、譜面ヅラは演奏しやすそうなのですが、そう見えてとてもとても難しいので、どのように演奏されるのか気になります。京大オケは、学生オケですから、練習を緻密に積み重ねています。そこが、普通の市民オケやプロと違うところです。その練習を緻密に積み重ねていることの結果が、演奏にどのように現れてくるのか、その辺りを期待して聴かせていただこうと思います。
マカオのお土産
▪️これ、マカオのお土産だそうです。社会共生実習を指導している学生さんからいただきました。栓抜きです。ただし、形が…。この手のお土産は、男子の学生さんが半分ふざけてくれるものと思っていましたが、違っていました。「先生は糖尿病でお菓子が食べられないから、これにしました」と、私の健康に気遣う女子学生さんたちからのお土産でした。
▪️裏に磁石がついていて、普段は冷蔵庫に貼り付けておくことができます。「ビールの栓を抜くときに使ってください」とのことでした(うーん、ビールも糖質がありますが)。で、このお土産、女性の胸とお尻の2種類があったらしいのですが、何を根拠にしているのかはわかりませんが、この「おじいちゃん先生」(私のことですが)にはお尻だろうとの判断があったようです。
「ドローン仏」(京都市下京区・龍岸寺)
▪️これはすごい。阿弥陀如来と二十五菩薩、法然上人と蓮華2つ、全29のドローンを使って、来迎のイメージをリアルに表現されています。この取り組み、前々から注目していました。とうとう完成のレベルにまで到達されたようですね。次は、どう進化するのかな。このドローンとは別に、バーチャルリアリティ (VR)によっても擬似体験したいと、私は思うのですが。そういうVRの応用展開は開発されていないのでしょうかね。
▪️阿弥陀仏を信仰する浄土教では、念仏を唱える人が臨終を迎える際、阿弥陀如来が諸菩薩を伴って雲に乗り、極楽浄土から迎えに来てくれるということになっています。普段から念仏を唱えて、この来迎の瞬間を待つわけですね。音楽を奏でる25人の菩薩を引き連れてお迎えに来るわけです。なんだか、とても明るいパレードのような感じです。ちなみに、このドローンのお寺は、浄土宗の龍岸寺さんです。
▪️しかし、浄土真宗では、そのようなイメージをもつ必要はないと考えるようです。阿弥陀仏はすべての人を救うという誓いを立てており、そのことを信じて、自分自身が阿弥陀仏にすべてをゆだねるという気持ちがバシッと定まったその瞬間、「摂取不捨」、仏になることが約束されるのだから、このような来迎のイメージなどもつ必要はない…と考えるようです。むしろ、良くないと考えるのかもしれません。
▪️浄土真宗の教えとは異なるかもしれませんが、このような臨終を迎える際のイメージ、私は生きているときからしっかりもっておきたいと思っています。大昔から、仏画や仏像によって表現してきたことを、それぞれの時代の技術を応用して、その時代の人々にあった感覚で表現することは大切なことだと思うからです。ちなみに私のスマホの待ち受け画面は、この来迎のシーンを描いた「早来迎」です。
▪️ウィキメディア・コモンズからダウンロードさせていただいた「阿弥陀聖衆来迎図」です。これは、メトロポリタン美術館に収蔵されている仏画のようです。「来迎図」の多くの作品では、菩薩たちが雲の上で太鼓や琵琶などの楽器を陽気に演奏しており、まるで楽しいパレードしているかのように描かれています。これから西方浄土に向かう臨終の人を歓迎するかのようです。何か、ゆったりと阿弥陀仏と菩薩がやってこられているように見えますが、息を引き取るときにはこの体制でいてくださるのです。そしてあっという間に浄土へお連れくださる。死は怖いというイメージ逆転させるようなイメージでしょうか。
▪️このような来迎のイメージをプロデュースしたのは、平安時代中期、比叡山で修行していた源信だと言われています。私は、仏教を研究しているわけではないので、源信の『往生要集』を現代文にしたものでさえまだ読んだことがありません。できることは限られていますが、時間をみつけて読んでみたいと思います。ちなみに、源信のお墓は、比叡山横川にあります。私の自宅から頑張れば歩いていけるところにあります。こちらも一度お参りしてみたいと思っています。