「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」
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▪️JRの「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」に乗りました!!…ということが実現したら良いなと思いますが、あくまで見学です。ホテルが走っているという感じです。すごいな〜。世代を超えた、たくさんの鉄道ファンがホームにいっぱい。警戒の腕章をされたJRの職員さんもホームに立っておられました。今回の「瑞風」は「びわ湖周遊・せとうちコース(下り)」です。今日は天気が良いので、乗客の皆さんは、美しい春の琵琶湖の景色を堪能されているのではないでしょうか。今日は長浜観光をして車中泊。明日は山陽本線を西に走り岩国観光をして車中泊。ということは、穏やかな瀬戸内海も堪能できるわけですね。そして終点の下関へ。長浜と岩国では、瑞風バスが迎えて観光案内してくれるようです。ただし、金額を調べてびっくりしました。でも、一生に1回くらいはこういう贅沢をしてみたいですね。
▪️写真についても少し説明をしておきます。「瑞風」は全部で10両編成です。トップの写真は、一番最後尾の10号車、ここは展望車です。剣道の面のような部分は、展望デッキです。その上に運転席があります。3段目左、京都から下関に向かって左向きの矢印がありますが、そこには小さく琵琶湖線・山陽本線経由と書いてあります。右側はザ・スイート7号車のバスルーム。4段目はザ・スイートのツインベッド。ホームからですが、多くの皆さんが高級ホテル並みの客車内をご覧になって驚いておられました。4段目の右は、6号車の食堂車です。松花堂弁当の塗りの器で食事の準備をされていました。5段目左は1号車の展望車です。展望デッキの上の運転席には、運転士の方がおられました。まあ、当たり前ですね。失礼しました。
▪️窓のカーテンを締めている方もおられましたが、ウエルカムドリンクを飲みながら外を眺めておられる方達もおられました。中には、笑顔で手を振ってくださる方もいらっしゃいました。どういう方達が、乗車されているのでしょうね。まあ、お金持ちですか。でも、何かの記念で乗車されている方もいらっしゃるでしょうね。1泊2日(片道)、ロイヤルツインで約30〜40万円台だそうです。まあ、海外旅行よりも高いということになりますね。ただし、室内だけでなく食事も各地の名店が企画しているようですね。もっとも、糖質制限をしている私などは、なかなか難しいところがあります。
夜の浜大津界隈
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▪️大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」に行こうとしたら、どういうわけか臨時休業でした。残念。仕方がないので、浜大津界隈まで歩きました。いつもの居酒屋「利やん」の亡くなったマスターの弟さんが経営している別の居酒屋「ろざん」へ。「ろざん」は数年ぶりの訪問でしたが、弟さんの方のマスターはすぐに私とわかってくれました。こういうのは、嬉しいですね。この「ろざん」が開店する前、亡くなったお兄さんの厳しい指導の中で料理修行をされていた時のことを思い出しました。ということで、「ろざん」のメニューは、基本「利やん」のメニューにマスターの工夫が加えられたものになります。ですから、メニューの中心には「おでん」があります。
▪️ということで、「ろざん」から帰宅するとき、JR大津駅に戻らず、京阪びわ湖浜大津駅に向かいました。というわけで、こんな京阪びわ湖浜大津駅の夜景を撮ってみました。ラッピング電車は、「京都橘大学」です。この写真を鉄道ファンの皆さんが集うSNSのグループにアップしたところ、四国の、香川県高松市でも同じような京都橘大学のラッピング電車が走っているそうです。「ことでん」の琴平線のようです。
急カーブ
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▪️急カーブの線路が好きです。今の暮らしの中で利用する鉄道の場合だと、京阪電車の京津線・びわ湖浜大津駅を出たあたり、浜大津の交差点の急カーブとか、それから同じく京津線の大谷駅に向かうトンネルのすぐ手前の急カーブの線路などがとても気にいっています。この京津線には、800系の電車が走っていますが、このような急カーブや急斜面を走行できるように工夫されています。まあ、電車のことはともかく、線路の話に戻ります。おそらく、どうしてそんなに急カーブの線路が好きなのかと疑問に思われるでしょうね。自分でもその理由がよくわかりません。気持ちがワクワクするから…としか言えないのです。
▪️でも、自分の人生を振り返ってみると、高校生の時に暮らした家のすぐそばにこの急カーブがあり、そのことが「原因」で急カーブ好きになったのかもしれないなと思うようになりました。これは、神戸電鉄の山の街駅や箕谷駅の近くにある急カーブです。画像には2つのカーブがありますね。S字カーブになっていますが、上のほう(北側)の急カーブのすぐそばに住んでいました。電車が走る音も聞こえていたように記憶しています。今から50年ほど前です。当時は、電車そのものには関心がほとんどなかったのですが。
▪️急カーブの線路のそばに暮らしていたということを、SNSの鉄道ファンの皆さんのグループのところで、この写真とともに投稿したところ、鉄道に大変お詳しい方達から反応がありました。その投稿では、どの鉄道のどのあたりの急カーブの線路とはわざと書かなかったのですが、鉄道にお詳しい方はこの写真をご覧になっただけで、どの鉄道会社のどの場所なのかすぐにわかられたようです。驚きますね。この線路は神戸電鉄のものです。私が高校時代通学に使っていた鉄道です。その鉄道に詳しい方は車種も教えてくださいました。神戸電鉄の800系なんだそうです。ネットで画像を調べてみましたが、やはり800系でした。とても、懐かしいです。もっとも、当時は、鉄道にはまったく関心はありませんでしたが。
▪️神戸電鉄の有馬線は、六甲山を越えて裏六甲と呼ばれる地域を抜けて有馬温泉まで走っています。一番高い標高の駅は、有馬温泉駅で357mです。その次は、北鈴蘭台駅で346mです。北鈴蘭台駅は、この投稿の画像の少し南(下)の方にある駅です。このような標高の高いところを走ることから、神戸電鉄はしばしば「登山鉄道」と呼ばれます。同じような登山鉄道に、神奈川県の箱根登山鉄道と静岡県の大井川鐵道があります。2009年には、このような山の中を走る鉄道会社が合同で「全国登山鉄道‰会」を結成しました。‰は、パーミルと読みます。たとえば、50‰だと、1000m走ると標高が50m上昇するということになります。神戸電鉄の場合は、全線69.6キロメートルの8割以上が勾配区間で占められ、最急勾配が50 ‰とのことです。ただし、急勾配を登りながらも、できるだけ勾配の低いところに線路を敷設することになるので、このような急カーブが生まれるのでしょうね。
近鉄で奈良へ
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▪️奈良に暮らす孫たち、ひなちゃんとななちゃんに会いにいくため、今日は近鉄で向かいました。ひさびさの近鉄でした。「乗り鉄」として楽しむことができました。もちろん、京都駅からは特急です。近鉄の特急は車種が豊富で楽しいです。大和西大寺駅から目的地の生駒駅に向かう途中で、偶然「ひのとり」とすれ違いました。個人的な感想ですが、それだけで、はい、とても嬉しくなります。そして今日の目的地の生駒駅でした。この生駒駅の近くから生駒山の山頂までケーブルカーが敷設されています。ところが、10年ほど前まで奈良に暮らしていたのに、ここのケーブルカーに乗ったことがないことに気がつきました。少し歩いて生駒山の麓の鳥居前駅まで行ってみました。まあ、写真を撮っただけですけど。それでも嬉しいわけでして。
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▪️孫に会いに行ったと書きました。今日は、保育園に通っている下の孫のななちゃんの「生活発表会」が生駒市のホールて開催されました。それを見学に行ったわけです。心が癒されました。「生活発表会」では、それぞれの年齢の園児さんたちが、なんと行ったらいいのか、劇をされるのです。劇とはいっても、同じ役の園児さんたちが複数人いて、かわりばんこに台詞を喋るのですが、もちろん舞台に出たくなく泣いてしまう園児さんもいたりして、それはそれで、楽しい「生活発表会」でした。下の孫のななちゃんは、大きな声で、とても上手に台詞も話せたし、その仕草も上手でした。はい、ジジ馬鹿です。自覚しています。このあとは、上の孫のひなちゃんが通っているダンススクールの練習風景を見学しました。ひなちゃんは、ロックダンス に取り組んでいます。関節を「止める」動きが特徴のダンスです。ダンスの練習の後は、孫が2人とも通っているスイミングスクールの練習風景を見学に行きました。楽しんでいる様子を拝見できました。孫たちは、いろいろ経験をさせてもらって本当に幸せだなあと思っています。学校以外にいろんな経験ができないお子さんたちが、今の日本にはたくさんおられますからね。
阪急大阪梅田駅
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▪️龍谷大学吹奏楽部の定期演奏会を鑑賞するために、JRで京都から大阪に移動しようとしたのですが、電車は高槻駅で止まってしまいました。その先で人身事故があったようです。運転再開まで1時間はかかるということで、JR高槻駅で降りて、阪急高槻市駅まで徒歩で移動し、阪急の特急で大阪梅田駅まで移動しました。結果としてですが、ひさしぶりに阪急大阪梅田駅の、「あの雰囲気」を堪能することができました〜。「あの雰囲気」というのは、阪急最大のターミナル駅が生み出す独特の雰囲気のことです。神戸本線・宝塚本線・京都本線の列車の始発・終着駅です。好きなんです、この雰囲気。以前のことになりますが、独居老人であった母の世話をするために、この大阪梅田駅を毎週のように利用していました。毎回、その雰囲気を楽しんでいました。その母も亡くなり、大阪梅田駅のみならず、阪急自体もほとんど利用することがなくなってしまいました。
神戸電鉄のぬいぐるみ
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▪️私は、兵庫県神戸市に生まれました。しかし、父の転勤で5歳で神戸から下関に転居しました。父の転勤はその後も続き、下関から小倉、福岡、広島と続きました。当時は今のような単身赴任という制度はなかったと思います。その結果、私は転園と転校を繰り返しました。幼稚園は3つ、小学校は3つ、中学校こそ1つで入学から卒業まで無事に過ごすことができました気が、高校は2つでした。広島の県立高校から、編入試験を受験して、神戸の県立高校に転校しました。それが、兵庫県立兵庫高等学校です。
▪️転校した当初は、神戸市北区に居住していました。その時に、通学に利用していたのが、神戸電鉄でした。地元では、「しんてつ」と呼んでいました。住まいのある山の街駅から電鉄長田まで乗車しました。今でこそ、神戸市営地下鉄北神線が開業して、六甲山の下に建設されたトンネルを通って神戸の中心市街地まですぐに移動できますが、当時、六甲山の裏側(北側)に造成された新興住宅地に住む人は、神戸電鉄を利用するしか通勤・通学の方法はありませんでした。私が神戸電鉄を利用していたのは、記憶では高2の秋までだったのではないかと思います。同じ神戸市内ですが、須磨区に転居したからです。
▪️昨日は、その神戸電鉄に、京都駅前の地下街で出会いました。といっても本物ではありません。神戸電鉄の車両を上手に製作された「ぬいぐるみ」の電車です。麓川壱さんという方が製作されたもののようです。鉄道関係の企業にお勤めで、鉄道に大変詳しい知人が、「よく出来ていますねーディフォルメが上手だと思います」と感想を伝えてくれました。麓川壱さんは、神戸電鉄にまつわるイラストや、神戸電鉄の電車のぬいぐるみの写真をネットに投稿するなどの活動をされています。
▪️ところで、この展示のスペース。下は畳ですね。普段は何が展示してあったのか、思い出せません。確か、お花が生けてあったように記憶しているのですが、違いますかね。仮に、お花が生けてあったスペースに、どうして神戸電鉄なんでしょう。そもそも、ここはどちらの団体が管理されているのかな。このスペースを貸し出しておられるのでしょうかね。
JR奈良線
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▪️勤務先の龍谷大学社会学部が、大津市から京都市に移転しました。ということで、これからは奈良線をちょこっとだけ、「稲荷駅」まで利用します。先日は「お茶の京都トレイン」に乗ることができました。なかなか可愛らしい電車ですね。嬉しかったです。
▪️それはそうと、一昨日は、京都駅から普通に乗らなくてはいけないのに、間違って「みやこ路快速」に乗ってしまいました。「稲荷駅」を通り過ぎで、いつまでも停車しないので焦りました。結局、「六地蔵」まで乗ることになりました。これからは気をつけます。うっかりしていました。深草キャンパスには今までも何度も通っているのですが、こういうのって初めてでした。
京都に用事があって…
孫と遊んで、そして大学時代の同窓会。
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▪️孫のななちゃんが、通っている保育園の生活発表会があるということで、ひさしぶりに近鉄に乗って奈良に向かいました。京都では特急「しまかぜ」が、大和西大寺では特急「あをによし」が停車していました。電車が好きな私は、嬉しくなって写真を撮りはしましたが、でも眺めるだけです。乗ったのは普通の特急です。そこが、ちょっと残念。
▪️滋賀は大津でも雪が少しだけ積もっていましたが、奈良はまったく雪の気配がありませんでした。ただ、強い風が吹いていて寒さを感じました。ホールでは、それぞれの年齢の皆さんが、これまで練習してきた劇を見せてくだいました。ななちゃんたちの劇は、「ぽんたのじどうはんばいき」でした。幼児教育の世界の中では、有名な劇のようですね。ななちゃんは主役のタヌキのぽんたです。主役とはいっても、ぽんたは3人います。えっ、どういうこと?? ぽんたは1人なのですが、それを3人で分担して行うわけのです。ななちゃんは、劇が始まった一番最初にセリフを言うことになっていたので、とても緊張したようでしたが、無事に劇を立派にやりきることができました。「ぽんたのじどうはんばいき」のあとは、年齢が1歳ごとに上がっていって、最後は春から小学校に入学するみなさんの「オズの魔法使い」でした。「ぽんたのじどうはんばいき」のななちゃんたちと「オズの魔法使い」の皆さんとは2歳違うだけですが、幼児の皆さんはどんどん成長していくことを実感しました。
▪️生活発表会の後は、野菜たっぷりの昼食をレストランで摂り、娘の自宅で姉のひなちゃんも含めて、いろいろ遊ぶことができました。妹のななちゃんは、以前とは違って、おじいさん(わたくし)と楽しく遊べるようになりました。人見知りが完全に払拭されました。おじいさんとしては、とても嬉しいです〜。ななちゃんには、時折叱られながら(おじいさんが、ゲームのルールがよく分かっていないので)、いろんなゲームをすることができました。百人一首もやりましたよ。姉のひなちゃんは強いです‼︎上の句をちょっと読んだだけで、きちんと札をみつけます。昨年までとは違い、百人一首はマイブーム的には順位を落としているようですが、それでも強いですね。みんな学童保育で身につけていることです。子どもの成長って、ものすごいな〜。
▪️孫たちと交流した後は、関西学院交響楽団の同期の仲間との同窓会でした。香港にいる同級生(学生指揮者でした)が、仕事の本拠地を日本に移すということで、そのための準備で日本に帰国した機会に同窓会を開きました。皆さん、還暦を超えていますので、当然、話の半分は今抱えている健康の問題について熱く語り合うことになるのですが、残りの半分では、ずっとあっていない先輩たちや後輩のことについて写真を見せ合いながら昔話に花を咲かせました。いつも思いますが、こういう仲間がいてくれるということ、とても有り難いです。孫と遊んで、同級生と同窓会を開き、満足した一日でした。
『ガチャコン電車血風録 地方ローカル鉄道再生の物語』
▪️『ガチャコン電車血風録 地方ローカル鉄道再生の物語』(岩波ジュニア新書)です。若い方から大人まで読める新書です。暮らしている滋賀県の近江鉄道のことなので購入してみました。住んでいるのは、近江鉄道が走る湖東地域ではなく、湖西地域ですが、近江鉄道のこととても気になっていました。
▪️著者の土井さんは近江鉄道線活性化再生協議会の座長を務められた方です。土井さんは、実際に近江鉄道に乗り、また様々な資料に目を通すことで、この鉄道はまだまだ廃止する状況ではないことを確信されました。そして、まずはデータを読み込み、近江鉄道の再生の道を描かれました。この新書はその再生のプロセスを紹介されているようです。ようですというのは、これから読むので…。
目 次
はじめに1.地域の足=全国の地域鉄道の96%が赤字!?
1‐1 「まち」が抱える「様々な不安」と移動の関係
1‐2 移動手段としての自動車と公共交通
1‐3 地方ローカル鉄道の存廃問題が急浮上2.近江鉄道ってどんな電車?――辛苦是経営って何?
2‐1 近江鉄道の概要
2‐2 独特のレトロ感をいまに残す近江鉄道
2‐3 赤字が続いている近江鉄道3.鉄道の存廃問題と上下分離方式
3‐1 鉄道を動かすために必要となるお金――経費
3‐2 なぜ鉄道の赤字が問題になるのか?
3‐3 地方ローカル鉄道の存廃問題と対応策
3‐4 上下分離方式という存続方策4.近江鉄道のギブアップ宣言で延命か再生か、それとも廃線か?
4‐1 ギブアップ宣言と、その受け止め方
4‐2 近江鉄道の努力と存続の価値を見出す
4‐3 衝撃→不信→結束、関係者はどう前を向いたのか5.近江鉄道存廃について白熱の議論――任意協議会はじまる
5‐1 任意協議会と地域公共交通総合研究所の報告書
5‐2 「地域公共交通ネットワークのあり方検討調査報告書」の概要
5‐3 存廃問題の最大の焦点と、さらに続く白熱議論
5‐4 存続、そして次の展開へ。動き出した議論
5‐5 近江鉄道沿線自治体首長会議でも、白熱議論6.山あり谷ありのプロセスを乗り越えて法定協議会スタート
――なぜみんなが同じ方向を向くことができたのか?
6‐1 近江鉄道の「ギブアップ宣言」の三日月滋賀県知事の受け止め方
6‐2 法定協議会:開始早々の会長からの先制パンチ
6‐3 データとファクトを共有して一気に結論へ
6‐4 理解を深めた大人の遠足7.全線存続に向けて一歩ずつ
7‐1 次の一手は存続形態を決めること
7‐2 沿線自治体の費用負担割合の決定
7‐3 法定計画とデータを見ない意見の克服8.沿線の人々や企業が近江鉄道再生の背中を押す
8‐1 沿線の人々との接点の拡大
8‐2 2022年10月の「全線無料デイ」:もし空振りだったら……。
8‐3 市民からの発言「鉄道は道路整備と同じ感覚になる」終章 上下分離、新生近江鉄道出発進行
参考資料
おわりに
謝辞
▪️鉄道に深い関心をお持ちの皆さんであれば、目次からでもいろいろわかるのではないかなと思います。書名にある「血風録」、これは司馬遼太郎の『新撰組血風録』が有名なようですが、なんだか血生臭い印象ですよね。それほど、鉄道事業者と沿線自治体の間にはちゃんとしたコミュニケーションもなく、当初、関係は最悪だったようです。そのような状況から、どうやって上下分離方式(公有民営方式、近江鉄道株式会社と一般社団法人近江鉄道線管理機構)で再スタートできるまでに至ったのか。コミュニケーション不足や相互不信をどのように乗り越えて、前向きに合意することができたのか。その辺りを勉強させていただきます。春からの授業でも学生の皆さんに紹介してみようかなと思っています。