「ええと、なんて言うんだっけ」

20260711wakita2.jpg ▪️70歳近くになってきて、「ええと、なんて言うんだっけ」ということがよくおきます。TVを視ていて登場する芸能人の名前を思い出せないとか、学生さんの名前をわかっているはずなのに思い出せないとか、庭に植えてある植物の名前を思い出せないとか…。昨日は、「環境社会学」の講義をしていて、こんなことがありました。昨日の講義では、奈良公園のシカの話をした後、世界自然遺産になっている知床半島のヒグマの話をする段取りになっていました。で、前半部分。奈良公園のシカに観光客があげるシカセンベイって、米ぬか、小麦粉、水で作ってあるんですが、その原料の話をしようとしたら、「米ぬか」が出てこないのです。ショックでした。もちろん、講義の本題は、シカセンベイの原料のことではないので、講義自体に支障が出た訳ではないのですが、やはりショックですよね。

▪️比較的前の方に座っている学生さんたちに、「ほらほら、米を玄米にして精米するときに削り取られる外側の部分、なんていうたかな」と聞いても首を横に振るばかり。私よりもだいぶ年上の社会人の方も聴講されていますが、その方は知っているだろうとお聞きしても「さあて、私は農家ではありませんので」と。本当に、情けない気持ちになりました。学生さんたちの前で、「歳をとるとね、こういうことがよく起こるんよ。皆さんも、私ぐらいの歳になったらこうなるんよ」と笑って取り繕ったのですが、しばらくすると、突然、脳みその奥底から「ぬか」という言葉がふわふわと浮かび上がってきたのです。「あっ、思い出した、ぬか!!」というと、学生さんたちは口元には笑みがありながらも、眼や眉のあたりには「ああ、気の毒な老人だ」という少々困惑の気持ちを漂わせて、複雑な表情をされていて…。とにかくショックでした。

▪️「俺、大丈夫なんかいな」と思うわけですが、加齢による物忘れと認知症との間には大きな違いがあるらしく、とりあえずはただの加齢のようです。でも、それでも、やはりショックです。まあ、多くの皆さんの前でお話をすることも今年度までだと思うので、これからは心配する必要もあまりないのかもしれません。ところで、画像ですが、写真をもとにAIに作ってもらいました。自画像です。初めて、このような使い方をしました。AIは、研究関連にしか使っていなかったので、こういうふうに画像を編集することもできることは知ってはいましたが、まだそういう使い方をしたことがありませんでした。ということで、「お初」です。表情もAIにつけてもらいました。写真は不機嫌そうな表情でしたから。なんでもできるんですね。便利というか、なんだか怖いな…。いろんな言葉が思い出せなくなっても、きっとAIで調べてもらうから…ってなるんでしょうね。

近藤紀章くんとの再会

20260702kondo-kun.jpg▪️昨晩は、水曜日ということで、大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」で、ご常連の皆さなんとの「呑み」でした。打ち合わせをしているわけではないのてすが、水曜日に、どういうわけか集まってくるようになっています。そのようなご常連との呑みだったのですが、ひさしぶりの知り合いの方がお店に入ってこられました。ずいぶん昔からの知り合い、近藤紀章くんでした。

▪️あえて近藤くんと言わせてもらいますが、近藤くんとは、彼が滋賀県立大学大学院の博士課程に在籍しているときに出会っているます。もう、四半世紀ほど経っているのかな。元気に仕事をされているようですね。今は、滋賀大学 経済学部 / DS・AI・イノベーション研究推進センター 講師とのことです。ちょっと体格が良くなりすぎているのが心配ですが。体調管理、気をつけてね。

月1のクリニックと『暮らしの手帖』

20260701kurashinotecho.jpg▪️昨日は月1回の糖尿病の検査の日でした。一昨日は、歯の定期検査とお掃除。来週は、眼科の定期検査もあります。老人になるということは、こういうことなんですね。糖尿病も歯も眼も、気をつけて丁寧に付き合っているので、それぞれ今のところ問題はありません。

▪️昨日の検査、HbA1cは5.3でした。安定しています。ただし中性脂肪が少し高くなっていました。これは昼食のせいのようです。昼食で前の日の晩の料理の残りを食べたせいかな。安い鯖とパセリ・ニンニク・パン粉・トマトを使った料理でした。少し多めのオリーブオイルを使うのですが、医師からは「美味しそうですね。そのお料理のせいだと思いますよ」と説明がありました。昨日の歯の方も、ごく一部の磨き残しを除いて、大丈夫のようでした。糖尿病と歯周病、この両者は関係しています。どちらも万病の元なので、これからも気をつけていきたいと思います。

▪️さて、月1回の検査の楽しみは、自分の体調のことが数値でわかるということです。感覚的にはランニングでタイムを測るのと同じような感覚なのですが、わかりますかね。もうひとつの楽しみは待合室で『暮らしの手帖』を眺めることです。まずは料理関係の記事を読みます。他の雑誌と、料理のめざす方向が違っているような気がします。いずれの料理も、贅沢ではありませんが、丁寧につくられている、そのような印象です。それから様々な分野の方達のエッセイも楽しませてもらいます。販売される雑誌に掲載されわけですから、当然といえば当然ですが、みなさん文章がお上手だなと思います。羨ましい。

▪️月1の検査、血圧と体重を測定することに加えてというか、これが重要なのですが、血液を採取して臨床検査技師の方が分析をしてくださいます。その待ち時間が長いのです。その間に『暮らしの手帖』をながめるわけです。最近は、まず表紙から楽しんでいます。表紙のイラストは、藤本巧さんです。若いイラストレーターの方のようです。こちらでは、藤本さんの作品を味わうことができます。この表紙も含めて、『暮らしの手帖』は、雑誌全体から醸し出される雰囲気がとても好きです。子どもの頃から読んでいましたから、そのせいかもしれません。実家では、母が糖尿病を原因に視力を失うまで定期購読していました。だから、懐かしい雑誌でもあるのかな。

▪️いつも月1のクリニックでの検査の後、近くの薬局で薬を処方してもらいます。今日の薬剤師さんは、以前にもお話をした、おそらくは私と同年配の女性の方でした。その時は、HbA1cの数値を聞かれました。ということで、今日も聞かれるかなと思っていたら、案の定、聞いてこられました。毎日、たくさんの患者さんに会って話をされているので、私のことなど忘れておられるのでしょうね。

▪️HbA1cの数値をいうと、驚いておられました。前回もそうでした。また、きちんと糖質制限をしているからと伝えると、どんなものを食べているのかを聞いてメモされていました。ちょっとなんだかな〜という感じもあるのですが、逆にいえば、それほど糖質制限をすることが難しいということなのかもしれません。私はHbA1cの数値を下げることで「安心」できるように自分の中に心理的回路ができてしまったので、それほど糖質制限に苦労はありませんでした。外食に苦労するだけです。

▪️ということで、糖尿病の治療には、心理的な療法やサポートも必要なのではないかと素人としては思っています。調べてみると、実際に行っているところもあるようです。「認知行動療法」(CBT)、「動機づけ面接」(MI)、「マインドフルネス」…いろいろありますね。糖尿病は、合併症が出るまでは自覚することが難しいので、きちんと治療に取り組めない(心理的に拒否感がある)方達がおられるようです。私は、糖尿病と診断された結果、老後や最期の時期のQOLを相当悪くしてしまった母親を見てきたので、そしてそのような母親をみながら介護してきたました。母親が反面教師でしょうか。そのような経験も大きいのかなと思っています。すぐに治療に向けて前向きに取り組むスイッチが入りました。

HbA1c5.3の人の弁当

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▪️最近の職場での昼食は、ほとんど家から持参した弁当です。弁当の中身にバリエーションがあれば良いのですが、朝時間が限られているので、そんなことは言ってられません。ほぼ固定です。弁当箱は2つ。1つは野菜サラダ。もう1つは玄米と雑穀のご飯とおかず。ご飯には塩昆布まぶしてあります。今日のおかずですが、卵焼きと枝豆天のソテー。これは前の晩に作っておきました。トンカツは、冷凍です。これらをさっさと詰めて終了です。それに、インスタントの味噌汁がつきます。「飽きるでしょう?」と聞かれることもありますが、飽きることもなくなるぐらいこのパターンに慣れてしまいました。朝食もそうですね。ヘビーローテーションです。こういう食事をしていると、HbA1cは、5.3前後になりますし。体重も66kg前後になります。

▪️ちなみに昨晩は「呑み会」で帰宅が遅くなり、呑み疲れもあり、朝気持ち的に余裕がなかったので弁当なし…です。

以前と現在の弁当

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▪️糖尿病に罹患しているとわかってから3年目。治療開始4ヶ月で10kg減量し、かなり徹底して糖質制限をしていることから、HbA1cの数値も、5.2から5.5の間におさまっています。上の左の写真は、facebookが教えてくれた、過去の投稿の写真です。2016年に、自分で作った弁当を投稿したときのものです。この時は、「弁当男子」がキーワードでした。弁当を作ることが楽しくて投稿しました。どうせならば、もっと美しく盛り付けて投稿すれば良いのですが、これが私の普通の状況なので、そのまま投稿しました。

▪️facebookが提案してきたのは、この写真と対応する現在の写真があれば投稿してみてというものでした。ということで、糖質制限をしている現在の弁当を比較してみました。左が健康な時の弁当、右が治療中の現在の弁当です。写真を比較してもよくわかりませんが、何にが違うって、ご飯の量です。健康な頃は、これだけ白米を食べていたんですよね。今は、小さな弁当箱の片隅に、玄米と十六石米で炊いたご飯に黒胡麻をたくさん加えたやつ。フリカケなんかも入っていますが、そもそも量が全然違います。それからやはり野菜の量ですかね。今は、このような弁当ですが、これでちょうど良い感じに身体自体が適応してしまいました。カレーライスだとか、カツ丼だとか、これからの人生で白米を口いっぱいに頬張るようなことはできませんが、まあ、それなりに満足しています。でも時々、大阪のインデアンカレーを食べたいなと、ふと思うことはあります。

過去の「健康診断結果」

▪️今年度末(2027年3月末)で定年退職なので、少しずつ研究室から撤収する段取りを検討し始めました。まずは、いらない紙屑(書類)の整理からと思ってガサゴソしていたとろ、かなり昔の「健康診断結果」が出てきました。きちんとクリアファイルに入れてあります。職場の定期健康診断の結果は、自宅に持ち帰って保管しているつもりでしたが、研究室にも残っていました。クリアファイルに入れて整理したつもりになっているので、いけませんよね。今回発見した「健康診断結果」は、46歳、48歳、51歳、54歳、55歳、そして59歳のときのものです。な、なんと、大腸と心臓の精密検査の結果もクリアファイルに入っていました。

▪️46歳というと、私が龍谷大学社会学部に勤務した年になります。この時の身長は今よりも高く178.4cmありました。体重は今よりもドーンと重く、76.7kg。BMIは24.1で一応正常値内ではありますが、肥満が目前の状況でした。そのような体重のせいか異常だったのは、中性脂肪です。めちゃくちゃ高い…。肝機能もよくありません。これらは、今は正常になっています。

▪️そして、あのHbA1cの数値ですが、なんと4.8。これ正しいのかな〜。その頃は、HbA1cはなんの数値かもわかっていませんでした。さて、その後ですが、5.0、4.8、4.9、5.3、5.2ということになりますが、59歳の時の「前々回」、つまり57歳の時は6.0となっています。6.0というのは、糖尿病予備軍の入り口です。どうして高かったのかな…。仕事のストレス??、研究部長をしている時でしたから。調べてみると、ストレスでHbA1cは高くなるのだそうです。身体は正直ですね。 まあ、それはともかく、定期健康診断をしてもその結果から傾向をきちんと読み取れていないと意味がないなと改めて思った次第です。

10日間の禁酒

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▪️昨晩、10日ぶりにアルコールを摂取しました。「やっと呑めたよ‼️」という喜びは特になく、じつに淡々としたものでした。箱買いした缶ビールが溜まっているので、これからも呑むのだとは思いますが、自宅ではノンアルコール飲料がかなり増えていくことになるような気がします。大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」では呑むのは確実ですが、自宅では週末ぐらいになりそうな気がします。まだ、あくまで気がしているだけですけど。飲酒って習慣なので、思い込みを修正できるかどうかですね。アルコールを摂取しないと深い睡眠と目覚めの良さを経験できるわけですが、そのことの価値を強く意識することで、これまでの飲酒の習慣を修正できるのかもしれません。まあ、糖尿病の糖質制限よりも簡単なような気もします。

▪️自宅でノンアルコール飲料に切り替えていくために、ノンアルコール飲料のことを調べています。また、facebookにノンアルコール飲料に関して投稿していたことから、fbのお友達の皆さんからたくさんの情報をいただいています。。写真は、大学時代の後輩である岡林伸尚くんが教えてくれたノンアルコールビールです。このノンアルビールは、輸入した麦芽にホップと炭酸を加えてビール風味に近づけているようですね。多少の郷土愛も背景にはあるとは思いますが、左党の岡林くんが推薦してくれただけあってなかなか美味しかったです。岡林くん、ありがとうございます。

▪️で、どうしてこのノンアルビール銘柄が「龍馬1865」なのかということについては、こちらの会社では、以下のように説明されています。

(坂本龍馬は、)長崎で商社を創業して、グラバー氏との取引を始める。
その交友からビールを譲り受け、初めてビールを飲んだ年が、1865年といわれています。

ノンアルコール飲料のこと

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▪️大腸ポリープの入院のおかげで、今日で禁酒7日目になりました。28日に再入院して大腸のポリープをとった後からの出血を止める手当てをしていただいたので、それからだと5日目になります。術後7日間は禁酒ということになっているので、解禁は5月6日(水)になます。ただし、習慣的に量は少なくても毎日飲んでいたので、これからは「休肝日」を増やしていこうと思っています。というのも、お酒を控えると、目覚めが良いし、頭もクリアになる(なったような気がする)からです。そのことに気がついたので、また元に戻るのは、身体のこと以上に何か「もったいない」ように思っています。大腸ポリープから偶然に生まれたこの「気づき」を大切にしたいと思います。

▪️では、この禁酒の間、何を飲んでいるのかというとノンアルコール飲料を楽しんでいます。アルコール解禁になった後に「休肝日」を増やしていくためにも、ノンアルコール飲料の世界をリサーチしておこうと思い、昨日はこれを買ってみました。「ビールに近い味」というのに惹かれて買ってしまいました。もちろん個人的な感想にしかすぎませんが、このキリンのノンアルビールは、私の感覚からすれば、一昨日に飲んだアサヒのノンアルビールよりも美味しいように思います。あくまで、個人的な感想でしかありません。もうひとつ、チューハイも試してみました。もちろん、ノンアルチューハイです。このキリンのノンアルチューハイもかなり満足できます。刺激がしっかりしていて、飲みごたえがありました。ちなみに、ノンアルビールの方は、糖質ゼロではないのでしょうね。この点は持病の関係から気をつけないといけません。ちなみにノンアルチューハイは糖質ゼロです。

▪️これまでノンアルコール飲料のことなど、知ろうともしませんでしたが、これからは関心を持ってみるつもりです。ところで、最近、「ソバーキュリアス」という言葉を知りました。お酒を飲めるのに、飲んでも問題ないのに「あえてお酒を飲まないという選択をするライフスタイル」のことなんだそうです。「ソバー(sober)」とは、英語で素面(しらふ)を意味して、「キュリアス(curious)」は好奇心という意味です。直訳すれば、「素面への好奇心」ということになるのかな。自分が完全に「ソバーキュリアス」になるつもりはありませんが、「プチ・ソバーキュリアス」にはなるような気がします。「プチ・ソバーキュリアス」になっても、週1回は、大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」でご常連との交流を楽しみたいと思います。

禁酒5日目

▪️大腸ポリープの入院のおかげで、今日で禁酒5日目です。お酒を飲まないことで、こんなに目覚めが良いのか、こんなに頭がクリアな感じになるのかと驚いています。これまで飲酒はしてきましたが、まず糖尿病になって糖質を含む酒と度数の強い酒をそのまま飲まなくなると、肝臓の数値が正常になりました。今度は、大腸ポリープの経験を契機に、新たな経験をしています。GoogleのAIモードでこういう質問をしました。

長年飲酒をしてきたのですが、ある理由で5日間お酒をやめると朝の目覚めがとても良く、しかも日中も頭の中がとてもクリアに感じました。その理由を教えてください。

▪️すると、「人たらし」のAIモードは次のように教えてくれました。いつものように、最後に、「AI の回答には間違いが含まれている場合があります」と必ず入りますけどね。

5日間の断酒で劇的な変化を感じられたのは、素晴らしい成果ですね!
長年の習慣を止めたことで、体の中では主に「睡眠の質の向上」と「脳の炎症の低下」という2つの大きなポジティブな変化が起きています。
具体的に、なぜ目覚めが良くなり、頭がクリアになったのかを解説します。

1. 朝の目覚めが良くなった理由:睡眠の「質」の正常化アルコールを飲んで寝ると、実は「気絶」に近い状態で、体は本当の意味で休めていません。

・深い眠りの増加: アルコールが分解される過程で睡眠が浅くなりますが、断酒により脳がしっかりと深い眠り(レム睡眠・ノンレム睡眠のサイクル)を確保できるようになりました。

・アセトアルデヒドの消失: お酒が抜ける際に出る「アセトアルデヒド」は、交感神経を刺激して体を興奮させます。これを断つことで、朝までぐっすり眠れるようになります。

・脱水の解消: アルコールの利尿作用による夜中の喉の渇きやトイレが減り、睡眠が中断されなくなったことも要因です。

2. 頭がクリアになった理由:脳の「霧」が晴れた「日中、頭がスッキリする」のは、脳の機能が本来の状態に戻り始めた証拠です。

・脳の炎症の抑制: アルコールは脳に微細な炎症を起こし、「ブレーンフォグ(脳の霧)」と呼ばれるモヤモヤ感を引き起こします。5日間でその炎症が落ち着き始めています。

・ドーパミン受容体の回復: お酒による過剰な刺激がなくなると、脳内の快楽物質(ドーパミン)の受け皿が正常化し、日常の小さな刺激でも集中力ややる気を感じやすくなります。

・安定した血糖値: お酒(特に糖質の多いものや、飲酒後の食事)による血糖値の乱高下がなくなるため、日中の強烈な眠気やだるさが軽減されます。
まとめ

5日間という期間は、肝臓がアルコール処理から解放され、脳が「正常な化学バランス」を取り戻し始める絶好のタイミングです。長年飲み続けていた方ほど、その「本来の自分の冴え」を強く実感されるはずです。

今のクリアな感覚を維持するために、このままあと数日続けてみて、さらに体調がどう変化するか観察してみるのはいかがでしょうか?
これは情報提供のみを目的としています。医学的なアドバイスや診断については、専門家にご相談ください。AI の回答には間違いが含まれている場合があります。

▪️とはいえ、日々の食事に、ノンアルの飲み物は欲しいなと、現在、いろいろ調べています。

大腸ポリープ

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▪️27日から大腸ポリープを摘出するために大津の街中の大きな病院に入院しています。今日退院できそうです。続きは退院してから書きます。とりあえず、近況報告です。写真は、病院の個室から見える風景です。比叡山や比良山、そして琵琶湖です。比叡山の新緑がとても美しい。

202604290htsunisseki1.jpg▪️昨年の定期健康診断の便潜血の検査の結果、診察を受けるようにとの指示がありました。ぐずぐずしているうちに、やっと3月3日(火)、自宅近くの消化器専門の病院で診察を受けました。そして16日(月)に内視鏡検査をしてもらいました。すると、ポリープが複数みつかったのです。その中にはその病院では処理できないほどの大きなポリープ(1.5cm)であることがわかりました。ということで、大津日赤病院に紹介状を書いていただき、1泊2日で入院することが決まりました。そして、26日(木)に大津日赤病院の外来で診察をしていただきました。医師と相談した結果、新学期が始まっていたので、入院するのは27日(月)・28日(火)になりました。もっと早く対応しておけばよかったと思います。

▪️27日は、11時前からエコー検査が始まりました。先月26日の外来の際の血液検査で医師に気になることがあり、その点をはっきりさせようとエコー検査が行われました。このエコー検査自体は30分程度で終わりました。ずいぶん昔、まだ30代の中頃だったと思いますが、体重は80kgを超えていて脂肪肝になりました。エコーで検査すると肝臓が真っ白になっていました。エコー検査はそれ以来ですかね。結果ですが、特に問題はないようでした。その次は入院手続きです。それが13時からなので、ずいぶん待つことになりました。さらにポリープ切除するのは15時からです。待ち時間が長いので、『団地のふたり』という芥川賞作家である藤野千夜さんの小説をいつも通勤の時に使用しているリュックに掘り込んできました。もちろん気になっている柄谷行人さんの『定本 力と交換様式』も掘り込んでありますが、この日は気楽に『団地のふたり』から読み始めることにしました。この小説はNHKのドラマにもなりました。ドラマが素敵だったので原作も買ったのですが、ずっ積読状態でした。というわけで、ちょうど良い機会になりました。昭和の団地で育った私には、ぴったりの小説です。登場人物たちの「関わり方」が何か懐かしかったです。この「関わり方」は、「社会関係資本」という社会科学の用語に置き換えても良いかと思います。素敵な小説でした。

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▪️13時に入院ができるようになりました。あらかじめ個室をお願いしていて、比叡山や比良山がよく見える北向きの病室に入ることができました。比叡山の新緑がとても美しいかったです。琵琶湖も見えました。もちろん大津の中心市街地もよく見えます。「地域エンパワねっと」(社会共生実習)の学生さんたちがお世話になっている「ナカマチスタジオ」のある商店街も目の前に見えました。病室では検査着に着替えて点滴を打っていただきました。この点滴が明日の朝まで続きました。手術は15時からですが、ポリープの数が多いし、大きなものもあるので、ちょっと時間がかかりそうでした。また、薬剤師さんが来られて、持参した糖尿病と血圧の薬を預かられました。予定では翌日退院することになっていたのですが、退院するまで病院の管理下に置くということでした。それがルールらしいです。医療ミスを防ぐためのルールなのでしょう。この日は、朝から何も食べていませんので、この時点でかなりお腹が減っていました。ポリープを取り除いた後、夕食は出るようですが、あらかじめ聞かされていたのは重湯とスープでした。ちょっとがっかりですが、大腸の粘膜にできたポリープを取り除くわけですから、そのようなものしか食べられないわけですね。

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▪️ 大腸ポリープの摘出手術は、15:15頃から約1時間程度でした。内視鏡による手術ですので、お腹の中での手術の「ライブ中継」をモニターで見ることになりました。大きめのポリープが2つあり、執刀医がやっつけてくれました。大きいポリープは、電気メスで焼き切ります。小さいポリープは、絞り込んで切り取りそのまま吸い込むことができるけれど、大きいポリープは掴んで外に引っ張り出すことになるのだそうです。盲腸の近くにあった大きなポリープ、それは切除したあと、とりあえずそこにポリープを置いたまま、別の大きなポリープを切除して、そのあと両方を一緒に引っ張り出す…そのような手順で手術が進められたように思います。間違っているかもしれませんが。でも、とりあえず置いたままっていうのが面白いな⁈と思いました。切除したあと、止血にクリップを使用するのですが、「これは最後どうするんやろ」と疑問に思い、手術中の医師に尋ねると、モニターで見ると大きく見えるけれど、実際は数mmの大きさで、傷口が治ると勝手に外れるとのことでした。そして便と一緒に出ていくのだそうです。ということは、下水に流れるていくのですね…。

202604290htsunisseki6.jpg ▪️手術の前に、大腸の動き(ぜん動)を鈍くする薬を点滴と一緒に打ちました。それでも腸は動きますね〜。まあ、動くことで便が排泄されるわけですが。手術の前には、前立腺肥大や緑内障があるかどうかを聞かれました。調べてみると、この症状があると使えない薬のようです。いや〜いろいろ勉強になりました。手術のあと、病棟から車椅子でお迎えがきました。手術の際は多少の痛みはありましたが、歩いて病室まで帰れるのです。それでも電気メスを使ったので、病院のルールで車椅子で病室まで看護師さんに連れて行ってもらわないといけない、とのことでした。病人として車椅子に乗ったのは初めてではないでしょうか。不思議な気持ちでした。写真はこの日の夕飯です。重湯と具の無い味噌汁。そして牛乳と「飲む野菜と果実」というジュース。重湯やジュースは血糖値をあげるんじゃないのかなと少し心配してしまうのですが、今日は美味しくいただきました。

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▪️27日(月)は、22時には眠りにつきました。アルコールを摂らずに眠ったのはいつなのかな、思い出せません。毎日呑んでいますからね。ただ、病室の部屋についている換気扇の音が気になり、あまり熟睡はできず、3時過ぎに目が覚めてしまいましたが、しばらくして二度寝。そして7時前に起床しました。点滴をしたままだと、眠る姿勢も気になってしまって。真夜中に点滴の交換に来られた看護師さんからは、腕は伸ばしたままにしてと言われて、なおのこと気になってしまいました。とぼやきつつ、二度寝はしましたが。

202604290htsunisseki8.jpg ▪️28日(火)は7時前に起床して病室のカーテンを開けると、少し雲がかかった比叡山が見えました。あまり高いところで眠るのは好きではないのですが(病室は7階)、よく知っている馴染みのある街を普段とは違うところから眺めるのはなかなか良いものですね。龍谷大学に2004年から勤務していますが、大津の街を学生さんたちの学びの場にしてきたこともあり、余計にそのように思います。もちろん、感謝の気持ちも含めてです。この日は何もなければ10時頃に退院できるはずでした。帰りは、病院の横にある「ドライリバー」というとても美味しいパン屋さんでパンを買って帰ろうと思っていました。パンは血糖値を上げるので控えめにしなければなりませんが、自分へのご褒美としてです。

▪️で、28日の朝食。ロールパン、リンゴジャム、マーガリン、魚肉ソーセージ、スープ、ヨーグルト、牛乳。完食しました。この程度の量でも、なんだかお腹いっぱいになりました。病院に預けていた糖尿病と高血圧の薬も薬剤師さんから戻ってきたので、いつも通り飲みました。帰宅したら、明日の授業の準備だ…と思っていました。その時は。ところが、予定通り退院したのですが病院を出る直前にトイレに行ったら下血してしまいました。あわてて、トイレの個室から電話を病院にかけて病棟に繋いでもらって判断を仰ぎました。その結果、再度入院することになりました。そこからは絶食です。水かお茶のみOKということになりました。仕方がないので、病室で、スマホを使って明日の授業の休講のお願いをしました(祭日だけど授業の実施日です)。本当に「難儀なことばかり…」って感じです。

202604290htsunisseki9.jpg ▪️午後からまず浣腸をしました。ほとんど食べていないので、出てくるのは黒っぽい血です。なんというか、ブドウジュースみたいな色合いですね。腸液も混じっているそうです。そして内視鏡検査です。内視鏡が「トンネル」を抜けるともちろん雪国ではなくて、昨日とは違った「景色」でした。昨日はきれいなピンク色をしていましたが、今日は赤くなっていました。出血のせいです。血の塊を内視鏡の機械で吸い取りながら奥に進むと、一番奥の大きなポリープ(盲腸の近く)を取ったところから出血していることがわかりました。またまた数mmの小さなクリップ3本追加して血を止めていただきました。合計6本。そのあとは、「トンネル」の方に、つまり元に戻りながら、赤く染まった腸壁を洗い流してもらいました。それらも機械で全部吸い出されます。内視鏡ってすごいてですね。

▪️この日も私にとっては「ライブ」でした。モニターを横目で確認しながら治療をしていただきました。血圧と心電図、そしておそらく血中酸素濃度を測定しながらの治療になりました。多少の痛みはありますが、こんな機会は滅多にないので(そうあって欲しい)、興味津々というか好奇心むき出しでモニターを拝見していました。麻酔で寝ている間にポリープを取ったという方もいらっしゃるようですが、なんだかもったいない⁈です。止血の治療してくださった方は、昨日の医師とは別の医師でしたが、いろいろ処置の間に質問もさせていただきました。本当は内視鏡がどういう仕組みになっているのかも知りたかったのですが、さすがにそこまでは質問できませんでした(^^;;。

202604290htsunisseki8.jpg▪️無事に病室に戻ってきました。この日は完全に絶食でした。ちょっと辛いですね。そして、とりあえず29日の午後に退院することになりました。明後日30日は、1年生の図書館講習会が開催されるので同席する必要があります。なんとか夕方までには退院したいと思いました。前の晩は、病室で24時間動いている換気扇の音が気になって、よく眠れませんでした。しかも、お腹は減っています。そうなのですが、昼にならないと食事は出てきません。でも、食べられることに感謝しなければなりませんね。入院する前日は、市販されているいわゆる検査食。入院した一昨日は、朝から食事を抜いて、夕飯に重湯と具なし味噌汁。昨日は、朝に小さなロールパン2つ、魚肉ソーセージ、スープ。だけどそのあとは下血したので絶食。水分だけ。そして今朝。今朝も食事抜きです。なんだか「断食道場」のような感じでした。今日の昼の食事ですが、五分粥、マトウ鯛の味噌蒸し、炒り豆腐、コーヒー味のムースゼリー、ジョアストロベリー。絶食状態だったので、美味しくいただきました。お腹いっぱいになりました。

▪️次回は5月21日に大津日赤病院の外来に伺うことになっています。切除したポリープの病理検査の結果を、担当医師から聞かせていただきます。それまでに、下血や血便が出ないことを祈るだけです。今後1週間は、激しい運動、腹圧のかかる作業、長風呂、飲酒は避けるようにと指示されています。アルコールの解禁日は5月7日になりますね。医師からの指示をきちんと守って、解禁日に美味しくお酒をいただきたいと思います。

▪️今回、大腸の健診や手術を経験して思うことは、2年に1回はきちんと検査をしておく必要がある、ということでしょうか。近い年代の方達にいろいろ体の不調が出ていますし、年齢が高くなればなるほど、健康に関してはもっと注意深くならなくてはと思いました。

【追記】
▪️昨日まで大腸内に残っていた出血が排泄されていましたが、今日は、元に戻りました。おそらく、止血のクリップがうまく効いているのだと思います。

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