「わくわくキッズ」の「サマースマイリングコンサート」2026

▪️8月5日に、甲賀市のあいこうか市民ホールで、甲賀市の学童保育の運営を行っている特定非営利活動法人「わくわくキッズ」が主催された「サマースマイリングコンサート」が開催され、龍谷大学吹奏楽部が演奏を行いました。この「サマースマイリングコンサート」は、私が吹奏楽部の部長を務めている時から始まりました。当時、「わくわくキッズ」に勤務されていた藤井真知子さんと、私とは龍谷大学大学院の演習を通して知り合いになり、そのようなご縁をいただいたことから、子どもたちの音楽鑑賞会のご相談を受けることになりました。詳しくは、昨年の投稿「「わくわくキッズ」の「サマースマイリングコンサート」」をご覧ください。

▪️今年も、盛り上がったようですね。たまたま、幹事長や学生指揮者をされている方達とこのコンサートについて話をすることができましたが、部員の皆さんにとっても、大切な経験になったようです。

The Wild Goose / Ryan George ワイルド・グース(2014年版) 龍谷大学吹奏楽部


▪️昨年の暮の12月24日にザ・シンフォニーホールで開催され龍谷大学吹奏楽部 第52回定期演奏会で動画です。龍谷大学吹奏楽部では、副部長を務める事務職員の方が、非常にたくさんの動画をYouTubeに投稿してくださっています。これは、最新のものです(2026年8月8日現在)。いつもありがとうございます。演奏されているのは、”The Wild Goose”です。アメリカの作曲家ライアン・ジョージ(Ryan George)によって作曲された、吹奏楽のための作品です。2014年に作曲されています(2017年には改訂版も出ているようですが)。「1600年代以前のケルト民族の歴史、大自然、そして彼らを取り巻く神話や精霊の世界をダイナミックなサウンドで表現して」いるのだそうです。グースとはガチョウのことです。こちらのサイトでは、次のように説明しています

The early Celtic Christians used the Wild Goose in their legendary descriptions and beautiful art to best describe the presence of The Spirit. (初期のケルト系キリスト教徒たちは、「聖霊」の臨在を最もよく表現するものとして、伝説や美しい芸術の中で「野生のガチョウ(ワイルド・グース)」を用いました。)

▪️この作品は、ケルト・キリスト教に伝わる「聖霊のメタファーとしての野生のガチョウ(Wild Goose)」の伝承を主題にしているわけです。動画の中では、3台のドラムが力強く演奏されます。私などは、この辺りにもケルト的なものを感じました。ケルト的ってなんだろう…。それはともかく、指揮は、昨年の春から吹奏楽部のコーチに主任された日影貴文先生です。先日の京都府吹奏楽コンクールでも、指揮をされました。まったくの素人の意見にしかすぎませんが、今回のコンクールでの指揮は、この定期演奏会の時の指揮よりも、硬さが取れて、もっと自由に指揮をされていました。かっこよかったです(←このあたりが素人的)。龍谷大学吹奏楽部も、これまで牽引して来てくださった若林義人音楽監督から日景コーチへと少しずつ世代交代の作業を進めておられるのかなと思います。若林先生は私と同い年。日景先生は、私の息子と同い年。まあ、ちょうど一世代ぐらいということになります。

これから大学の吹奏楽部はどうなっていくのだろう…。

▪️昨日は、京都コンサートホールで、京都府吹奏楽コンクール・大学の部が開催されました。出場したのは、龍谷大学、京都橘大学、京都産業大学の3校です。全校とも金賞を受賞し、龍谷大学と京都橘大学が京都府代表として関西大会に出場することになりました。おめでとうございます。昨日は、昨年の春からコーチに就任された日景貴文先生が、指揮をされました。これまでは、音楽監督の若林義人先生が指揮をされてきましたが、今回からは日景先生です。京都府大会の後は、関西大会、そして全国大会とコンクールのステージが続きますが、引き続き、龍谷大学吹奏楽部ならではの演奏をしていただきたいと思います。

▪️昨日は、コンクールの後、コンサートホール近くのお好み焼屋さんで、慰労会と打ち上げが行われました。私も参加させていただきました。日景コーチや奥様の前に座っていたこともあり、音楽に関するお話をたくさんさせていただきました。お2人から、ブラームスのポリリズムについてだとか、ショパンコンクールで入賞したピアニスト反田恭平さんの学生時代のこととか、いろいろ聞かせていただきました。勉強になりました。ふだん、音楽についておしゃべりをする機会がないので、プロの方たちとのおしゃべりはとても楽しかったんです。

▪️ところで、京都にはたくさんの大学があり、そこには吹奏楽部があるわけですが、コンクールに出場するのは限られた大学になってきました。今は、固定化されているような感じです。以前は、もっとたくさんの大学の吹奏楽部が出場していました。全国大会までつながっている、大編成(55人まで)の部である「大学の部A」に限ると、京都府吹奏楽連盟の公式サイトでは以下の通りでした。

1997年度:9校/1998 年度:8校/1999 年度:9校/2000 年度:7校/2001 年度:6校/2002 年度:7校/2003 年度:7校/2004 年度:6校/2005 年度:7校/2006 年度:5校/2007 年度:5校/2008 年度:6校/2009 年度:6校/2010 年度:6校/2011 年度:6校/2012 年度:7校/2013 年度:6校/2014 年度:6校/2015 年度:3校/2016 年度:4校/2017 年度:3校/2018 年度:3校/2019 年度:3校/2020 年度:中止/2021 年度:2校/2022 年度:3校/2023 年度:3校/2024 年度:3校/2025 年度:3校/2026 年度:3校

▪️どうして、ここ30年の間に徐々に減ってしまったのか。その背景については、いろいろ考えられます。GoogleのAIモードだと以下のように説明しています。AIだから、「嘘をいう」ので気をつける必要はありますが。

1. 課外活動に対する学生の価値観の変化

現代の大学生は、コンクールでの勝利だけを目的に活動することを避ける傾向が強まっています。「楽しむ吹奏楽」へのシフト:厳しい練習に追われるコンクールよりも、ポップス演奏、定期演奏会、地域イベントでの演奏を重視する部活が増えました。多様な大学生活の重視:アルバイト、学業、就職活動、インターンシップなどと部活動を両立させたい学生が増え、週5〜6日の拘束を伴うコンクール練習が敬遠されるようになりました。

2. 金銭的・環境的な負担の増大

コンクールへの出場には、想像以上のコストとリソースがかかります。少子化による部員減少とコスト高:部員が減ると、1人あたりの部費負担(遠征費、楽譜代、トラック代など)が跳ね上がります。特に大型楽器の運搬費やホール練習のレンタル代は大きな負担です。指導者(指揮者)の確保難:大学の部活は高校までと違い、専任の顧問教諭が毎日指導してくれるわけではありません。外部からプロの指揮者や指導者を招くための謝礼金が払えず、コンクールを断念するケースもあります。

3. 全日本吹奏楽コンクールのルールと「2強」の壁

関西地方、特に京都府の大学吹奏楽界には特有の「格差」とルールの壁が存在します。関西の「2大巨頭」による代表枠の独占:関西支部には、全国大会金賞常連の龍谷大学と近畿大学(大阪)という圧倒的な強豪が存在します。関西から全国大会へ進める枠(代表枠)は基本的に「2つ」しかないため、他大学にとっては「どれだけ努力しても全国大会に行けない」という高い壁になり、モチベーションの維持が難しくなりました。3出(三出)制度の廃止:かつては「3年連続全国大会に出場した団体は、翌年コンクールに出場できない」というルール(通称:三出休み)がありました。この休みがある年は、他の大学にも全国大会へ行くチャンスが巡ってきたため、1990年代前半などは多くの大学が意欲的に出場していました。しかし、2013年にこの制度が完全に廃止されたため、強豪校が毎年枠を埋めるようになり、中堅・小規模の大学がコンクールから離れる決定打となりました。

▪️「1. 課外活動に対する学生の価値観の変化」と「2. 金銭的・環境的な負担の増大」については、基本、その通りかなと思います。ただ、龍谷大学吹奏楽部の場合は、少し違うかなと思います。部員数が多いことで、練習場が足らないとか、全員がサマーコンサートや定期演奏会のステージで全員が演奏できるようにすためには…だとか、いろいろ課題や悩むことはあるのですが…。コンクールは55人しか出場できないことから残りの約150人の部員の皆さんは、他のコンサート、AIが回答したように、コンクール以外のコンサートで活躍しています。大学が開催する「夕照コンサート」、それから甲賀市の児童クラブ(学童保育)の小学生を対象とした「サマースマイリングコンサート」などを初めとして、さまざまな依頼演奏で頑張っています。京都府大会の前日に開催された「サマースマイリングコンサート」は、大変盛り上がったようです。このコンサートは私が部長を務めている時から始まりましたが、小学生の皆さんが音楽を心の底から楽しまれている様子に、吹奏楽部の部員の皆さんも感動されていました。ステージの上に、自分たちの演奏に子どもたちが心を奪われている様子が手に取るように伝わってきたのでしょうね。とても素敵なことだと思います。

▪️2番については、大学からの支援も大きいかと思います。龍谷大学は、しっかりと吹奏楽部の活動を支えてくださっていると思います(もちろん、欲を言えばキリがありませんが)。一般論として、吹奏楽部に限らず、良い成績をあげて、高い評価を獲得して、大学の名を世に知らしめるような活動ができていると、通常、大学からの支援も厚くなっていきます。あと、大学以外では、保護者からの経済的・精神的な支援も非常に大きいのではないかと思っています。これは部長を務めていた時の実感です。

▪️「3. 全日本吹奏楽コンクールのルールと「2強」の壁」では、「枠(代表枠)は基本的に『2つ』しかないため」と説明していますが、2019年に私が部長を務めた時は、関西代表の枠は「1つ」しかありませんでした。私が部長に就任する以前、龍谷大学は2年連続、全国大会に行くことができませんでした。また、「2大巨頭」については、以前は近畿大学と龍谷大学がそうでしたが、今は少し変化が出てきています。近年、急激に立命館大学が実力をつけて全国大会にも出場しているからです。ちなみに、立命館大学は大阪の茨木にキャンパスができたことから、今は、京都府の大学ではなく大阪府の大学としてコンクールに参加しています。

▪️日本の社会は、中高の多くの学校に吹奏楽部があり、コンクールも大変盛り上がっています。ただ、多くの皆さんは、「頑張って吹奏楽に取り組んできたけれど、大学ではもうやりたくない」ということになります。燃え尽きるということもあるのでしょう。それから、AIが説明する「 課外活動に対する学生の価値観の変化」ということもあるでしょう。音楽や演奏を楽しむというよりも、コンクールに勝つことが部活動の目標になってしまうからかもしれません。その点については、「コンクール至上主義」と批判的に言われることがあります。

▪️しかし、そういった傾向が強まる中でも、大学に進学した後も、全国コンクールのステージで演奏したい、全国で金賞を取りたいという人たちがおられます。ただし、コンクールを目指す大学は少なくなり、固定化されてきています。その結果なのかもしませんが、龍谷大学吹奏楽部の部員数は近年ものすごく増えてきました。210名を超えていたと思います。しかも、コンクールで良い成績をあげ続けていることもあり、大学からの支援も他大学と比較して厚いのでないかと思います。調査したわけではありませんが。練習場も大学からきちんと整備していただいています。それぞれの楽器にプロの演奏家がついて指導してくださいます。そして、全国大会で金賞を取り続けるだけの実力をもつ学生バンドに育て上げた、若林音楽監督の存在も大変大きいと思います。龍大サウンドに憧れて入部する人たちも多いのです。そのような諸々のことが積み重なり、余計に部員数が増えるのかなと推測しています。

▪️もうひとつ、気になっていることがあります。これは、もっと大きな話です。それぞれの自治体で、中学校の部活動の地域移行が進もうとしています。そのような動きの中で吹奏楽部はどうなっていくのかということです。そして、そのような中学校吹奏楽部の地域移行が、吹奏楽界全体、さらには日本の音楽界全体をどう変化させていくのかということです。各学校にある吹奏楽部が、日本の音楽界の底辺を支えている側面もあり、地域以降がどう影響を与えていくのかとても気にしています。長くなりすぎました。後日、また別の投稿をしたいと思います。

小澤征爾×ロストロポーヴィチ


▪️SNSのfacbookにリールって機能がありますね。あれ、TikTokなんかと同じで「中毒」になります。短い動画を次々に見ていくことになります。「あかん、あかん」と思いつつも。Metaに支配されています。昨日でしたか、ロストロポーヴィチさん(1927~2007)が演奏するドヴォルザークのチェロ協奏曲がアップされていたのでシェアしました。オーケストラはNHK交響楽団。ただし、リールに写っている人たちを見るとずいぶん昔のN響です。そのシェアしたリールをご覧になった方から、この時のロストロポーヴィチは何歳なんだろうという質問をいただきました。調べてみました。今はAIがあるので、簡単にリサーチできます。

▪️すると、小澤征爾さん(1935~2024)が指揮されていることがわかりました。ちなみに演奏しているのは、1995年1月23日のサントリーホールです。つまり、阪神淡路大震災の直後ということになります。鎮魂の祈りを込めた演奏会なんですね。YouTubeにもアップされていました。その動画をリンクしておきます。この動画では、ドヴォルザークのチェロ協奏曲の全曲、そしてアンコールとして、バッハの無伴奏チェロ組曲2番のサラバンドが演奏されたのを視聴できます。アンコールのサラバンド(ニ短調)は深い哀愁に満ちた祈るような作品です。この動画を拝見すると、ロストロポーヴィチは聴衆に対して、演奏後は拍手はせずに阪神淡路大震災で亡くなった方達に静かに黙祷を捧げることをお願いしています。その通り、静かにコンサートは終了しました。詳しくは書きませんが、ロストロポーヴィチは、1968年の「プラハの春」が起きた時に、そして1989年の「ベルリンの壁崩壊」の時にも、このサラバンドを演奏したようです。知りませんでした。ロストロポーヴィチにとって、この作品は、政治的なメッセージを込めたり、哀悼の意を込めて弾く特別な作品なのかもしれません。

▪️ロストロポーヴィチは、1927年に生まれて2007年に亡くなっています。この動画の時は、1995年ですから、67歳か68歳でしょうか。ちなみに、私は今68歳です。ガーン…。

石田泰尚さんの「雨の歌」(ブラームス ヴァイオリン・ソナタ 第1番 ト長調 Op. 78)


▪️「定年退職したら再び楽器に取り組む」宣言を繰り返しています。宣言は1回でいいのに。それはともかく、早く退職までの諸々のことに見通しがついたらいいんですけどね。まだ時間がかかりそうです。さて、楽器に取り組むとして、しっかり勉強したい作品があります。そのなかのひとつが、ブラームスの「ヴァイオリン・ソナタ 第1番 ト長調 Op. 78『雨の歌』」。「ながら族」でYouTubeやApple Musicでいろんなヴァイオリニストのを聴いていますが、今とても気になっているのが石田泰尚さんです。こういうと大変失礼ですが、見た目は、おっかない乱暴な方のような雰囲気ですね。しかし、この石田さんの「雨の歌」の演奏はすごく繊細で大変細かなところまで神経が行き届いた素晴らしい演奏だなと思いました。勉強になります。

「雨の歌」の譜面

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▪️先日、定年退職したら30歳でやめてしまったヴァイオリンの演奏を再開して、きちんとレッスンを受けて…という話を、ある音楽家にお話したところ、その方が「ブラームスのヴァイオリンソナタ『雨の歌』が好きなんです。私、自分の専門の楽器の他にピアノも弾けるんですよ。一緒に演奏しましょう」と言ってくださいました。私の演奏レベルをご存知ないのでしょうが、それでも嬉しかったです。私からは「我が家にはピアノがあるので、遊びに来てください。その後、一緒にお酒を呑みましょう」ということになりました。勢いで返事してしまいましたが、とりあえず譜面を用意しなくてはと、ネットでポチッとして入手しました。昔は、大阪や神戸の楽譜屋さんまで出かけていましたが、今はこのような超有名な曲は、ポチッとするだけで手に入るんですね。これまでは、ただ聴いているだけでしたが、今度は楽譜をみながら聴いています。勝手な思い込みで聴いていた部分もあり、「きちんと勉強しないと」と気持ちを引き締めています。

▪️今は、YouTubeにたくさんのヴァイオリニストの演奏がアップされています。私が子どもや学生の頃とは違って、とても便利ですし、勉強になります。まず聴いてみたのが、ヘンリク・シェリングの演奏でした。子どもの頃、バッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」でレッスンを受けていた時、先生からはシェリングのLPを聞くようにいわれました。楽譜に忠実で豊かな音楽性を表現する「正統派」の演奏ですからね。この「雨の歌」の場合もそのような演奏でした。でも、「もっと違った演奏を聴いてみたい」と思い、ギドン・クレーメルの演奏を聞いてみました。シェリングとは全く違うタイプの演奏です。

▪️以前、クレーメルのモーツァルトの協奏曲を聴いて驚いたことがあり、その時の記憶があったものですから、「雨の歌」の演奏がYouTubeにあるかもと調べてみました。すると、ありました。40年程前の、彼が若い頃の録音です。伴奏者は、ヴァレリー・アファナシエフというピアニスト。非常に非常にゆっくりとしたテンポです。アファナシエフが導くそのテンポにあわせてというか、そのようなテンポだからなのかもしれませんが、クレーメルは、時に少し掠れたような音色で、音符や休符ひとつひとつの意味を確認するかのような演奏をしていました。長調を主としながらも短調が混じることで明るさと暗さが入り混じるのが(晴れてるか曇っているのか分からんような)、ブラームスの作品らしさではありますが、クレーメルは、自身が分析し感じたその「らしさ」を、非常に丁寧に表現しているように思いました。

ブラームス ヴァイオリン・ソナタ 第1番 ト長調 作品78 ≪雨の歌≫ シェリング/ルービンシュタイン Brahms Violin Sonata No.1 G-major

ブラームス: ヴァイオリン・ソナタ 第1番 ト長調 作品78 《雨の歌》 クレーメル / アファナシエフ

ブラームス ヴァイオリンソナタ1番「雨の歌」


▪️「定年退職したらまた楽器(ヴァイオリン)をやろう」と言い続けています。退職後に取り組む作品のリストにこれが加わりました。ブラームスのヴァイオリンソナタ1番「雨の歌」です。しかもこれを練習して演奏すると、ピアノ伴奏をしてあげるよという方まで現れてきて。すごいと思いませんか。ということで、この作品のことをいろいろ調べてみました。すると、ブラームスとクララ・シューマンとの関係とか、可愛がっていたシューマン夫妻の子どものこととか、そういうダイジェスト的解説がついた動画がありました。このかた、東京藝術大学の優秀な学生さんなのかな。

グスタフ・マーラーは、七夕生まれただった。


▪️偶然しりましたが、好きなクラシックの作曲家であるグスタフ・マーラーは、 1860年7月7日 - 1911年5月18日ということで、生まれは七夕だったんですね。昨日まで知りませんでした。動画は、私が好きなマーラーの交響曲第3番です。ファビオ・ルイージさん指揮によるNHK交響楽団の演奏です。

▪️交響曲第3番は、なんと全部で6楽章から構成されています。しかも、第4楽章にアルトの独唱、第5楽章にアルトの独唱と児童合唱と女声合唱が加わります。必然的に、演奏時間はたいへん長くなり約100分です。大変長いので、通常のコンサートであると、様々な制約を考えなくてはいけません。人数が多いですから、それだけの人数が入る控室が必要になります。また、休憩時間をどのように設定するのかも難しいことですね。私がかつてきいた演奏会では休憩時間がありませんでした。ということで、演奏開始までに何度も休憩がないとのアナウンスが行われていました(前もってきちんとトイレに行っておいてねということになる)。

▪️そのようにとても長い作品なのですが、聴いていて、まったく飽きることがありません。この作品がとても好きだからでしょうね。逆に、あまり聴いてこなかった、あまり聴く気持ちにならない作品は6番・7番でしょうか。完成した「番号付き」の交響曲は全部で9曲あります。マーラーは、「作曲家は交響曲の『第9番』を書くと、第10番を完成させる前に死んでしまう」 というジンクスが気になっていたようなので、第9番のあとは、10番を途中まで、第1楽章をほぼ完成させ、残りの楽章を草稿(スケッチ)の段階に遺して亡くなってしまいます。現在演奏される10番は、別の人が草稿をみて補作したものなのだそうです。ただ、9番の次に番号のない「大地の歌」を作曲しました。この「大地の歌」も好きな作品です。

京都大学交響楽団 第219回定期演奏会

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▪️昨晩は、授業後、京都の北山にあるコンサートホールへ移動しました。京都大学交響楽団の第219回定期演奏会が開催されたからです。少し前にネットでチケットを予約したら、ほとんどの席は売り切れていました。その中から購入したのは、写真のような座席でした。P席です。ステージの真後ろ(オーケストラの背後)に位置するポディウム(Podium)席のことです。この席は、オーケストラの音楽をきちんと聴こうという前提だと、楽器の音のバランスも悪いし、演奏している学生さんたちの背中から見ることになります。ただし、良いこともあります。まず、指揮者の表情や動きがよくわかることです。正面からだと指揮者の背中しか見えないわけですが、この席だと、指揮者の表情や視線、細かな各楽器への指示がよくわかります。

▪️昨晩のプログラムは、ヨハン・シュトラウス2世の「ウィーンの森の物語」、シューベルトの交響曲第7番「未完成」、チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」。指揮は、円光寺雅彦さんです。円光寺さんの指揮は、3曲とも、私の感覚からするとゆったりめのスピードでした。ただし、ゆったりしたスピードで、どの曲もとても丁寧に演奏されていたように思いました。3曲の中でも、「悲愴」が一番強く印象に残りました。個人的な意見でしかありませんが、ワルツである「ウィーンの森の物語」や「未完成」は、聴かせる演奏が難しいように思いましたが、「悲愴」は聴きにきて良かったと思いました。「悲愴」だからか、座った席がP席だっせいか、ビオラやコントラバスがとても良く聴こえてきました。「コントラバスって、こんなふうに弾いているんや」と驚くこともありました。私自身は、学生時代にチャイコフスキーの交響曲5番を演奏していますが、6番の「悲愴」は演奏していないので、スコアの細かなところがわかっていなかったのです。ということで、自宅に戻ってからスコアで確認しました。今回の定演で唯一困ったことがあります。席の位置から仕方のないことなんですが、シンバルが目の前で、音が強烈すぎました。すぐそばだと、びっくりするような音量になりますから。

京都大学交響楽団 第219回定期演奏会

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▪️今週の金曜日、京都コンサートホールで、京都大学の学生オーケストラ、京都大学交響楽団の定期演奏会が開催されます。金曜日は、17時前まで授業がありますが、開演には間に合いますので、聴かせていただくことにしました。

▪️学生オーケストラの評価は、なかなか難しいのです。しかし、京大オケは上手です。京大オケは、京大生でなくても、また4大でなく短大生でも団員になることができます。そうなのですが、多数は京大生なのではないかと思います。そうなると、特に弦楽器の場合ですが、子どもの頃から楽器を経験している人が多くなるのではないか思います。加えて、他大学から「ぜひ、京大オケで演奏したい」という人も、子どもの頃から経験していてそれなりの演奏レベルを持っている人たちなのではないでしょうか。私が学生オーケストラ、関西学院交響楽団に所属していた頃は(今から40年ほど前のことになりますが…)、弦楽器の大多数が初心者でした。そういった初心者の方達が、頑張って練習をして、定期演奏会で演奏するという感じでした。それは、それで素晴らしいと思うのですが、京大オケの場合はそうではないのではないかと思います。ある方が、「大学オーケストラは、演奏の上手さが、偏差値と相関している」と言っておられました。家庭環境(経済的・文化資本的)と関係しているというご意見です。確かに、そうなのかもしれません。

▪️それはともかく、金曜日の定期演奏会に行かせていただきます。もうチケットは、ほとんど売り切れていましたが、あえて、ステージの真後ろ(パイプオルガン側)にある客席を予約しました。視覚的にいろいろ楽しめるかなと思い、この席にしました。今回のプログラムは、画像の通りです。メインの「悲愴」がどのように演奏されるのか、楽しみにしています。加えて、「未完成」、譜面ヅラは演奏しやすそうなのですが、そう見えてとてもとても難しいので、どのように演奏されるのか気になります。京大オケは、学生オケですから、練習を緻密に積み重ねています。そこが、普通の市民オケやプロと違うところです。その練習を緻密に積み重ねていることの結果が、演奏にどのように現れてくるのか、その辺りを期待して聴かせていただこうと思います。

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