月1のクリニックと『暮らしの手帖』

20260701kurashinotecho.jpg▪️昨日は月1回の糖尿病の検査の日でした。一昨日は、歯の定期検査とお掃除。来週は、眼科の定期検査もあります。老人になるということは、こういうことなんですね。糖尿病も歯も眼も、気をつけて丁寧に付き合っているので、それぞれ今のところ問題はありません。

▪️昨日の検査、HbA1cは5.3でした。安定しています。ただし中性脂肪が少し高くなっていました。これは昼食のせいのようです。昼食で前の日の晩の料理の残りを食べたせいかな。安い鯖とパセリ・ニンニク・パン粉・トマトを使った料理でした。少し多めのオリーブオイルを使うのですが、医師からは「美味しそうですね。そのお料理のせいだと思いますよ」と説明がありました。昨日の歯の方も、ごく一部の磨き残しを除いて、大丈夫のようでした。糖尿病と歯周病、この両者は関係しています。どちらも万病の元なので、これからも気をつけていきたいと思います。

▪️さて、月1回の検査の楽しみは、自分の体調のことが数値でわかるということです。感覚的にはランニングでタイムを測るのと同じような感覚なのですが、わかりますかね。もうひとつの楽しみは待合室で『暮らしの手帖』を眺めることです。まずは料理関係の記事を読みます。他の雑誌と、料理のめざす方向が違っているような気がします。いずれの料理も、贅沢ではありませんが、丁寧につくられている、そのような印象です。それから様々な分野の方達のエッセイも楽しませてもらいます。販売される雑誌に掲載されわけですから、当然といえば当然ですが、みなさん文章がお上手だなと思います。羨ましい。

▪️月1の検査、血圧と体重を測定することに加えてというか、これが重要なのですが、血液を採取して臨床検査技師の方が分析をしてくださいます。その待ち時間が長いのです。その間に『暮らしの手帖』をながめるわけです。最近は、まず表紙から楽しんでいます。表紙のイラストは、藤本巧さんです。若いイラストレーターの方のようです。こちらでは、藤本さんの作品を味わうことができます。この表紙も含めて、『暮らしの手帖』は、雑誌全体から醸し出される雰囲気がとても好きです。子どもの頃から読んでいましたから、そのせいかもしれません。実家では、母が糖尿病を原因に視力を失うまで定期購読していました。だから、懐かしい雑誌でもあるのかな。

▪️いつも月1のクリニックでの検査の後、近くの薬局で薬を処方してもらいます。今日の薬剤師さんは、以前にもお話をした、おそらくは私と同年配の女性の方でした。その時は、HbA1cの数値を聞かれました。ということで、今日も聞かれるかなと思っていたら、案の定、聞いてこられました。毎日、たくさんの患者さんに会って話をされているので、私のことなど忘れておられるのでしょうね。

▪️HbA1cの数値をいうと、驚いておられました。前回もそうでした。また、きちんと糖質制限をしているからと伝えると、どんなものを食べているのかを聞いてメモされていました。ちょっとなんだかな〜という感じもあるのですが、逆にいえば、それほど糖質制限をすることが難しいということなのかもしれません。私はHbA1cの数値を下げることで「安心」できるように自分の中に心理的回路ができてしまったので、それほど糖質制限に苦労はありませんでした。外食に苦労するだけです。

▪️ということで、糖尿病の治療には、心理的な療法やサポートも必要なのではないかと素人としては思っています。調べてみると、実際に行っているところもあるようです。「認知行動療法」(CBT)、「動機づけ面接」(MI)、「マインドフルネス」…いろいろありますね。糖尿病は、合併症が出るまでは自覚することが難しいので、きちんと治療に取り組めない(心理的に拒否感がある)方達がおられるようです。私は、糖尿病と診断された結果、老後や最期の時期のQOLを相当悪くしてしまった母親を見てきたので、そしてそのような母親をみながら介護してきたました。母親が反面教師でしょうか。そのような経験も大きいのかなと思っています。すぐに治療に向けて前向きに取り組むスイッチが入りました。

『地図で読み解く 日本の山岳鉄道』

20260622sangakutetsudo.jpg▪️『地図で読み解く 日本の山岳鉄道』。新聞広告で知りました。

▪️自分が高校生の時に通学で利用していた「神戸電鉄有馬線」、だいぶ大人になってからたまに乗車していた「叡山電鉄鞍馬線」。それから坂本ケーブル、叡山ケーブル、鞍馬山ケーブル、生駒山ケーブル、六甲ケーブル、摩耶ケーブル、子どもの時に乗った皿倉山ケーブル…なんだか親しみのある、そして懐かしいケーブルカーも続々解説されています。

▪️あと、「鈴鹿山脈を加太峠で越える 関~柘植駅」、「路面電車も山を越える 京津線」、「大阪と奈良を最短で結ぶ 瓢箪山~生駒駅」なんてのもありますね。「関~柘植駅」はまだ乗車したことはありませんが、後の2つのうち「瓢箪山~生駒駅」は以前奈良に暮らしていたときによく利用していました。と言いますか、大阪に行くときは、この近鉄一択でした。「京津線」は現在時々利用しています。現在の「推し」の電車です。

▪️ということで、注文しました。長年の鉄道ファンやプロの皆さんは別にして、私程度の者ならば、これで「にわか勉強」して電車に乗ってみると楽しいのだろうなと想像しています。そして退職したら、全国の山岳鉄道に乗りに出かけようと思います(行けたらいいな)。

『日本の社会学 源流と発展⑥ 社会調査』

20260610yoshino_hideki.jpg◾️時々、大学教員の皆さんからご著書を頂戴するのですが、今回は、以前勤務していた岩手県立大学総合政策学部の吉野英岐さんからでした。『日本の社会学 源流と発展⑥ 社会調査』を献本していただきました。吉野さんとは、総合政策学部の地域政策講座の同僚でした。私が2004年に龍谷大学に異動した後も、最後まで岩手県立大学に勤務され、岩手県の地方自治や地域社会にご尽力されてきました。

◾️今回献本いただいた書籍の中で、吉野さんは第7章「細谷昂 - 生涯にわたる社会調査の実践と探求」を執筆されています。細谷昂先生は、日本社会学会の会長を務められた方ですが、東北大学を定年退職された後、私が勤務した岩手県立大学の特に総合政策学部の創設にご尽力された方です。吉野さんや私が所属した地域政策講座のリーダーでした。いわゆる大講座で、私のような若い教員にも丁寧に接する立派な先生でした。非常にお世話になりました。吉野さんが執筆されたこの論文は、農村社会学者である細谷先生が取り組まれた「社会調査の内容を振り返りながら、戦後の日本における農村の社会調査のひとつの流れを明らかにする」ことを目的とされています。 勉強させていただきます。

◾️さて、吉野さんですが、今年の3月に岩手県立大学を定年退職されました。ということで名誉教授なのですが、科研費の研究が残っていることから特命教授として大学の施設を利用して研究を継続されています。立派ですね。吉野さんが定年退職されたので、これで地域政策講座には一緒に勤務した教員が1人もおられなくなりました。ちょっと寂しいです。それだけの時間が経過してしまったわけです。細谷先生ですが、現在、91歳だと思います。仙台でお元気にお過ごしのことと思います。

『子どもを描く 林明子の世界』

20260601hayashiakiko1.jpg20260601hayashiakiko2.jpg
▪️届きました。林明子さんの『子どもを描く』です。少しゆったりした気持ちの時にページをめくりたいと思います。そうそう、一筆箋や絵葉書、グリーティングカードも一緒に届きましたよ。70歳前のおじいさんですが、あえて使ってみようかな。以前、職場でムーミンの一筆箋を使ったら、反応がありました。林明子さんの一筆箋は『きょうはなんのひ』。林さんの描く「優しさ」が、もっとたくさんの方の心に届いてほしいと思います。この本には、宮崎駿さんや五味太郎さんへのインタビューも載っています。楽しみです。

「成瀬あかりシリーズ 舞台探訪MAP」

20260426naruse-map1.jpg20260426naruse-map2.jpg
20260426naruse-map3.jpg
▪️昨日は、「地域エンパワねっと」(社会共生実習)を履修されている学生の皆さんが、「ナカマチのひみつきち」という絵本と工作を親子で楽しむ小さなイベントを、商店街の中にある「ナカマチスタジオ」で開催している様子を見学させてもらいました。今日で5回目かな。昨日の投稿にも書きましたが、短期大学部の「こども教育学科」から社会学部に編入されてきた、幼稚園教諭と保育士のダブル資格をお持ちの学生さんたちが、お試しでこの「ナカマチのひみつきち」に参加されていたので、どんな様子か知りたかったのです。さすがに、きちんとトレーニングを受けておられて「小さなお子さんへの対応力が半端ない‼️」ことに驚かされました。

▪️さあ帰宅しようとした時、「ナカマチスタジオ」に置いてあるチラシの中に、写真のようなものがあることに気がつきました。全国的に知られるようになった宮島未奈さんの「成瀬シリーズ」のマップです。宮島さんの『成瀬は天下を取りにいく』は、2024年度の本屋大賞を受賞して大変話題になりました。関西圏の方達だけでく、知人の岩手に暮らしておられる方からも「読みましたよ」との連絡がありました。「成瀬シリーズ」は大津の街を舞台にしていますので、「成瀬あかりシリーズ 舞台探訪MAP」なのです。これって、「成瀬シリーズ」の「聖地巡礼MAP」なわけです。

▪️このMAPのことをfacebookに投稿したところ、fbの友達である高知県の女子中学・高等学校の図書館に勤務されている知人が、こんなコメントを書いてくださいました。「先生ーーー 成瀬マップ🗺️があるんですねー。これは、伺いたいです😊 そのシリーズ、中高生と一緒に盛りあがっています」。このMAP実は、ネットからダウンロードできるようにもなっています。こちらからダウンロードできます。そのことをお伝えしたところ、「脇田 健一 先生 早速、ありがとうございます。週明け、本と一緒に図書館展示させていただきます」というコメントをいただきました。高知県の女子中高生にも、大津の街のことをもっと知っていただきたいです。修学旅行等で京都にもし来ることがあれば、「成瀬シーリーズ」と一緒に大津の街を「聖地巡礼」していただきたいです。

授業・面談・探究学習とPBL教育の接合・相互乗り入れ

20260408books.jpg
20230914sakurasan.jpg
▪️今日から授業が始まりました。今日は、まず2限目に「地域再生の社会学」。どうして、このようなタイトル授業をしているのか、その背景や時代状況について説明しました。まあ、イントロダクションですね。自己評価(いや自己満足?!)でしかありませんが、まずまずのスタートかな。
午後からは、4回生ゼミの学生さんとの面談でした。この学生さんの問題関心は、「公民館」「居場所」です。約束では春休み期間に少し研究を進捗させておくことになっていたのですが、ほとんどの方は、進捗というレベルにまで至っていません。毎回、Googleの「Aiモード」を使って指導をしていますが、今日もそうでした。

▪️近年、地域社会の公民館の利用状況に関する質問を「Aiモード」にしていくことから始めましたが、様々なサイトから情報をあつめてきて、きちんと整理してくれます。もちろん、Aiが調べてきたサイトもきちんと目を通してもらいます。次々に質問を加えていくと、焦点もしぼられていきます。また、それぞれの個人の教養を高めるような生涯学習の貸し館的な利用から、地域課題の解決を目指す拠点へと転換する動きがあることもわかってきます。こうなると、このような「Aiモード」からの情報と、書籍や論文といった文献とを照らし合わせながら、自分なりの研究の視点が少しず定まっていくことになります。

▪️でも、これはまだとっかかりにしかすぎません。「Aiモード」を使って、具体的にはどのような取り組みが京都市や周辺の自治体で行われているのかも調べていきます。自分が強い関心をもつ事例も浮かび上がってきます。そして、実際にフィールドワークにでかけることになります。ここまでのことを、5月中にはすませておいてほしいなと思います。今日の指導は、学生さんに良い刺激を与えたようで。目に輝きがでてきました。やる気が復活したということでしょうか。

▪️さて、今日は、大学に書籍が届いていました。2冊は、高校の「探究学習」に関する書籍です。高校の「探究学習」と大学のPBL教育の接合や相互乗り入れに関心があるので、勉強しようと思っています。政策学部と社会学部の一部の教員有志の方達と、これらの接合や相互乗り入れに関する個人的に小さなFD研究会も開催したいと思っています。

▪️残りの1冊は本学の政策学部の教員を中心に執筆された書籍です。キーワードは「包摂」(インクルージョン)。特に、龍大から信州大学に異動された佐倉弘祐さんの「都市の空地を農的に活用する-「穏やかな囲い」が育む閉鎖と開放のあいだ」というタイトルの第5章。佐倉さんは、飲み友達なんです。写真は、2023年9月、大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」です。佐倉さんは、写真では、私の前に座っておられる方です。

『トレーディング・ゲーム: 天才トレーダーのクソったれ人生』(ギャリー・スティーヴンソン)

20260209trading_game.jpg▪️朝日新聞で「社会吸い尽くす富豪「まるでブラックホール」敏腕トレーダーの格差論」という記事を読みました。この記事を読んで、この方の執筆された『トレーディング・ゲーム 天才トレーダーのクソったれ人生』、読んでみようと思いました。本書の概要は以下のとおりです。

東ロンドンの貧しい労働者階級の家庭に生まれたギャリーには、並外れた数学の才能があった。LSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)在学中、金融取引を模した大会「トレーディング・ゲーム」で全国優勝を果たし、人生逆転の切符をつかみ取る。かつてドラッグ密売で高校を退学させられた少年は天下のシティバンクに就職、FXトレーダーとなった。

金融街カナリー・ワーフの摩天楼でギャリーを待っていたのは、激務、脅迫、向精神薬にまみれた業界の狂気的な日常、そして資本主義の虚無だった。リーマンショックや東日本大震災など未曽有の出来事が世界を襲うたび、経済の先行きを精確に予測し大金を稼ぎ出すが、それと裏腹に心身はすり減っていき……。

▪️さて、新聞記事に戻りましょう。以下のような筆者の説明を読むと、本当に力が抜けていきます。この書籍の著者であるギャリー・スティーヴンソンさんは、ご自身が貧しい階級の出身者であるが故に、周りの裕福な階級のトレーダーたちとは異なり、現実社会に対する鋭い気付きがありました。その鋭い気付きがあったが故に、大儲けをすることになります。他のトレーダーたちは、「理論上の『平均的な経済人』の分析はできても、庶民の暮らしや経済の実態を把握できていなかった」のです。

「私は大富豪と仕事をしてきたのでよくわかりますが、彼らは有り余るカネを消費しきれず、不動産や株、金などの資産を買いあさる。それも、低金利のマネーで元手を膨らませて。富豪はブラックホールのように社会の富を吸い上げ、あらゆる資産価格をつり上げ、その結果、ますます豊かになりました」

「そのあおりで、庶民は家も買えない社会になってしまった。社会の資源をめぐって、富豪たちは庶民のあなた方と競争しているわけです。土地も、食料も。そして『専門家』とされる賢い人の労働力もです。確かに私は小金持ちにはなりましたが、それは、大金持ちがもっと大金持ちになるのを助けたからです」

▪️スティーヴンソンさんは、大金を稼いだわけですが、同時に、自分自身の生き方に強い疑問を持つようになります。「人々の生活が崩壊し、将来が悪くなることに賭けてもうけるのはもう十分という気持ちも」生まれてきたことから、トレーダーの仕事を5年で辞めて、大学院に通い、経済解説の仕事を始めました。お金を稼ぐ過程で、この世界のある意味で残酷な「本質」のようなものをうんざりするほど知り尽くすことになったのでしょうね。

▪️スティーヴンソンさんは、メディアのことにも注意を喚起します。イーロン・マスクさんがヨーロッパの国々の排外主義的な右派に肩入れしたり、トランプ大統領が「移民の危険性を喧伝(けんでん)してみせるのは、『問題は自分たちの内側ではなく外国にある』と人々に思い込ませたいから」だというのです。マスクさんはtwitterを買収してXにしました。トランプ大統領も、自分のSNSを持っています。また、米FOXニュースを立ち上げ、米紙ウォールストリート・ジャーナルなども傘下に収めたメディア王とよばれるルパート・マードックさんや、ワシントン・ポストを個人で買収した米アマゾン創業者ジェフ・ベゾスさんのように、メディアを手中に収めるのは、スティーヴンソンさんによれば「金持ちのために、彼らが人々に信じ込ませたいストーリーを流」したいからではないのかということになります。

▪️スティーヴンソンさんは、「このまま不平等が拡大すれば、超高級か超貧相か、その両極端のサービス」しか無くなってしまうと言います。また、「格差は一度広がりだしたら止まらず、放っておけば、いずれ極限まで行き着」くというのです。極端な非常に大きな階層格差がますます固定化されていくのです。能力の高い優秀な人でも、「社会のためではなく、富豪のために財産を管理することが、賢い人の主な仕事に」なり、それは「貧しい人からカネを巻き上げ、金持ちにさらに集中させる仕事」でもあるというのです。このように不平等が拡大していく中で、「人々の生活は破壊され、排外主義が高まって」ゆく過程を、スティーヴンソンさんは「ファシズムにつながっていった1930年代と今との類似点を見いだすのは、歴史の学生でなくてもできることです」と語っています。

▪️ではどうすればよいのか。スティーヴンソンさんは、富裕層に富裕税をかけることだといいます。そして、労働所得への課税を軽くし、資産に重い税を課すのがポイントだというのです。確かに、その通りなのかもしれませんが、日本の社会を見てもわかるように、政府はそのような方向に国家の運営を向かわせません。むしろ、税制度は逆の方向に作用しているように思います。なんとも憂鬱になります。

▪️ただ、記事の最後でスティーヴンソンさん、次のように語っています。絶望の中から垣間見えてくる希望なのかな。

英国のフードバンクを訪れたとき、最も貧しいであろう人々が、ウクライナ向けの支援物資をせっせと箱詰めしていました。たとえほんのわずかしか持っていなくとも、人々はより良い未来のために団結し、声を上げ、働けるということです。今とは違う未来があると示すことが、これからの私の仕事だと考えています。

▪️極限までに格差が拡大する中で、そして気候変動による災害・戦争・パンデミックにより社会(市場や国家)がクラッシュしていく中で、人びとの団結から新しい社会の契機が生まれてくる、そこに期待されているのかと思います。それは、哲学者の柄谷行人さんが『力と交換様式』の中で述べている「D」の到来、遊動的なアソシエーションのかすかな兆しなのかもしれません。

『一九八四年』と『ショック・ドクトリン』

20260205_1984.jpg
▪️海外も国内も気持ちが塞がる出来事ばかりで、どうしてこんなことに…と思っています。XでICEの暴力に関するアメリカでの投稿が「おすすめ」として届けられるのですが、ついつい、それらの投稿を読んでしまうので、気持ちはさらに塞いでしまいます。だったらそのうな投稿を読まなければ良いのに…と言われてしまうのでしょうね。まあ、その通りです。でも、とても気になるんですよね。まあ、そんな感じでトランプさんが大統領に就任して以降、どこか調子が悪くなっているよな気がします。私だけではないと思いますけど。

▪️そんな気持ちが続いている中で、ジャーナリストのナオミ・クラインさんの『ショック・ドクトリン』の内容を知ることになました。アメリカを中心とした世界の状況、今に始まったことじゃないことを理解しました。ということで、ますます気持ちが塞がってしまいました。こういうことの根っこに経済学者のフリードマンがいたことも知りました。加えて、『一九八四年』も、今読むと辛いものがあるでしょうね。まあ、一気に読むだけの時間はないのですが。この新書の帯に、次のように書かれています。

今の世界や日本に
不安を感じている人へ。
この本が現実になりそうです。
「事実」が政府によって覆い隠される今の時代。
国民がそれを黙認するとどうなってしまうのか。
この本を読むとわかります。

▪️2月8日の衆議院選挙で投票しましょう。「黙認」しないようにするためにも。

老いに関する新書

20251221shinsyo.jpg
▪️右の新書では、多忙な娘さん、ジェーン・スーさん(コラムニスト・ラジオパーソナリティ)が、コロナ禍の時期を挟んだ時期に、どのように一人暮らしのお父様のお世話をされてきたのかがよく理解できました(明確には書かれていませんが、お世話をされる女性もちょっといらっしゃるようではありますが)。自分が母親の介護をしていた時のことを思い出しつつ、ジェーン・スーさんすごいなと思いました。身内の世話や介護は、はらがたつことあり、イラつくことも多々あります。そのことをわかった上で、ジェーン・スーさんは、計画的に冷静にお父様のお世話をする工夫をされている点が凄いなと思ったのです。自分のばあい、母親の世話は行き当たりばったりでした。ジェーン・スーさんのように計画的ではありませんでした。この新書、短い通勤時間の積み重ねの中で読み終えました。

▪️そして、新書の帯にある「日に日に『できない』が増えていく80代の父」というのは、将来の自分のことだなとしっかりと確信しました。ちょっとしたことも、できない、わからない…ということになってしまうのは、自分の親の世話をしてきたときにわかっているつもりです。たとえば、ペットボトルの蓋を開けられないとか。ただし、70代前の私にも、この「できない」が、もうすでにわずかだけど始まっているような気もしますしね。いよいよ自分の番です。そうそう、この新書の最後で「エコーショー5」というものを知りました。どういう装置なのか、ユーチューブで確認しました。今は、いろいろバージョンアップしているようです。どんどん技術革新されていきますね。「日に日に『できない』が増えていく80代の父」になる前に、多少は慣れておかないとと思いました。

▪️この新書の最後にはこのようなことか書かれていました。

いまのテーマは、兎にも角にも現状維持。死にたくはないが、死ぬまで自宅で過ごしたいと父は言う。その願いを叶えてあげたいが、叶えるために私の言うことを聞いてくれとは限らない。ぞこまで行っても、これは父の人生なのだ。

▪️次は左の新書です。こちらは、これから通勤時に読むことにしています。タイトルに、少し明るさを感じます。ネガティブケイパビリティという概念について勉強させてもらった箒木蓬生さんの新書です。だれ一人置き去りにしない…、いいですね。病は気から、気は身体から、身体は生活から。今は、働いているから、これである程度老化のスピードを遅らせている部分があると思いますが、退職したら生活を見直さないといけません。

『家で幸せに看取られるための55のヒント』

20251127iedemitorareru.jpg
▪️定年退職1年前には研究室の断捨離。定年退職後は自宅の断捨離に励まねばなりません。できるだけ身軽になって、終活に励みたいと思います。そして、この本のタイトル通りになりたいと思います。ということで、まずは勉強させてもらいます。ただ、残念ながら、スピリチュアルな側面については、この本では触れていませんね。私は、スピリチュアルも大切だと思っているのです。浄土真宗では「後生の一大事」というそうですが、「死後の自分はどこに行くのか」という問題のことです。「死んだらそれまでなんだから、関係ないよ」と思われるかもしれませんね。私は、そう思いませんが。

▪️有名な精神科医の中井久夫さん、そして評論家の加藤周一さんは、人生の最期でカトリックの洗礼を受けられました。また、社会学者の吉田民人さんも仏教に相当傾倒されました。そういえば、学部生の時に農村社会学の講義をしてくださった余田博通先生も、病床でだったと思いますが、プロテスタントの洗礼を受けられたのではなかったかな。中井久夫さんは、洗礼を受けられた理由を尋ねられた時「べんりでしょ」とお答えになったとか。「死後の自分はどこに行くのか」という問題にイメージを与えてくれるという意味で便利なのでしょうか。私には詳しいことはわかりません。ただ、みなさん、自分の最期には、スピリチュアルな支えが必要だと判断されたのではないかと思います。想像ですけど。

▪️以前、在宅診療医の方とお話ししたことがあります。その時に、「お迎え」現象の話が出ました。亡くなる直前になると、すでに亡くなっている人があの世から迎えに来てくれるかのように感知する現象を、「お迎え」というようです。その医師のお話しでは、「お迎え」があった方達は、苦しまずに安らかに亡くなっていったと言っておられました。そして、それは何故なんだろうと私にも聞かれたのです。その時は、龍谷大学に勤務していたかもしれないけれど、まだ仏教のことをあまり勉強していませんでした。今だと、近代主義的・合理主義的な人でも、最期の最期は、自分が消えていくことに強い不安を覚えるのではと考えています。人間は弱い存在です。それが、「後生の一大事」なのかな。スピリチュアル的な面で明確なイメージをもつことは、「後生の一大事」を通過していくことを容易にするのではないのか、そのように思うのです。中井さんが「べんりでしょ」と言ったのは、そういうことなんじゃないのかな。どうやろ。

カテゴリ

管理者用