NHKスペシャル「私の往生際 養老孟司が見つめた“生と死”」
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▪️この番組NHKスペシャル「私の往生際 養老孟司が見つめた“生と死”」を予約録画することにしました。番組では、養老孟司さんのがん闘病に密着して、養老さんが自らの命と向き合った先にあるもの浮かび上がらせようとしているようです。以下は、番組の概要です。
解剖学者・養老孟司、88歳。発行部数460万部を超える空前の大ヒットとなった著書『バカの壁』などでも有名な“知の巨人”に、2024年、悪性の肺がんが見つかった。
5年生存率は約10%。鋭く研ぎ澄まされた言葉で人間社会の本質を問い直し、人間の生死について探求を続けてきた養老さんは、自らの“命の限り”と対峙して、どのような新たな真理を見いだすのか-
▪️番組紹介の記事中にのように書いてあります。「かつての養老さんはこう語っていたー『がんになっても積極的な治療はしない。』『死ぬことは大した問題ではない。』しかし、最初の取材で目にしたのは、抗がん剤治療を受け、新たな治療法の開発に期待をにじませる姿だった」。お元気な時は、すでに死を理解し受け止める準備がきちんとできている心持ちでおられたのでしょう。しかし、実際に死がリアルに近づいてきたとき、生にこだわっている自分がいたということなのでしょう。そのことを、隠すことをせずに、番組の取材を許し、番組を通して多くの視聴者に揺れ動いているご自身を見せていく、その様子を広く知っていただくようにされている点が、養老さんのすごいところかなと思います。第三者の視点から「死」について語ることと、当事者として「死」受け止めることとはやはり違っていますから。
▪️以下は、記事中からの引用です。
病を得て、自分自身を生と死のはざまに置かざる得なくなった今、その内面にどんな変化があったのか?抗がん剤治療によって腫瘍が縮小せず、自らの命の限りと対峙する日々が続く中、養老さんがふと漏らした。
「死ぬってことは本当にあるのか?」
がん腫瘍の状態次第で、生と死の間を振り子のように行き来する養老さんの命。治療を続け、88歳の誕生日を迎えた養老さんは、新たな根元的な問いと向き合うことになる。
「自分は自分自身なのか?」 「自分はなぜ生き続けるのか?」
そして終盤、養老さんはこう語った。
「ひとりで生きているみたいに思ってたんだけど、そうじゃないんですよね」
闘病の果てに見いだした、死の意味、生の輪郭。日本を代表する知性がたどり着いた境地とは。養老孟司の生と死をめぐる思索が、私たちに深く問いかける。
▪️上記の引用で、注目したい部分を太字で強調しました。「ひとりで生きているみたいに思ってたんだけど、そうじゃないんですよね」。番組をまだ拝見していませんので、この太字のところの深い意味がまだわかっていませんが、広い意味での宗教的な境地に辿り着いたことに気が付かれたのかもしれません。真宗でよく言われる「後生(ごしょう)の一大事」とも関係しているのかもしれません。後生の一大事とは、「死後の行き先(魂の救済)」が最も重大で急ぐべき問題であることだということです。しかし、それは自分がここまで活かされたきたことを深く自覚することと関係しているように思います。多くの「ご縁」の中で生かされてきたことを深く自覚し感謝する。つまり、死んだ後に阿弥陀仏に救っていただき、お浄土へ導いていただくことに感謝し、自分がさまざまな「ご縁」のもとで、ここまで活かされたきたことに感謝すること。この両者はつながっているからです。番組のなかで、養老さんが、どのようにご自身の「死」を感じておられるのか、そことに注目したいと思います。
「ドローン仏」(京都市下京区・龍岸寺)
▪️これはすごい。阿弥陀如来と二十五菩薩、法然上人と蓮華2つ、全29のドローンを使って、来迎のイメージをリアルに表現されています。この取り組み、前々から注目していました。とうとう完成のレベルにまで到達されたようですね。次は、どう進化するのかな。このドローンとは別に、バーチャルリアリティ (VR)によっても擬似体験したいと、私は思うのですが。そういうVRの応用展開は開発されていないのでしょうかね。
▪️阿弥陀仏を信仰する浄土教では、念仏を唱える人が臨終を迎える際、阿弥陀如来が諸菩薩を伴って雲に乗り、極楽浄土から迎えに来てくれるということになっています。普段から念仏を唱えて、この来迎の瞬間を待つわけですね。音楽を奏でる25人の菩薩を引き連れてお迎えに来るわけです。なんだか、とても明るいパレードのような感じです。ちなみに、このドローンのお寺は、浄土宗の龍岸寺さんです。
▪️しかし、浄土真宗では、そのようなイメージをもつ必要はないと考えるようです。阿弥陀仏はすべての人を救うという誓いを立てており、そのことを信じて、自分自身が阿弥陀仏にすべてをゆだねるという気持ちがバシッと定まったその瞬間、「摂取不捨」、仏になることが約束されるのだから、このような来迎のイメージなどもつ必要はない…と考えるようです。むしろ、良くないと考えるのかもしれません。
▪️浄土真宗の教えとは異なるかもしれませんが、このような臨終を迎える際のイメージ、私は生きているときからしっかりもっておきたいと思っています。大昔から、仏画や仏像によって表現してきたことを、それぞれの時代の技術を応用して、その時代の人々にあった感覚で表現することは大切なことだと思うからです。ちなみに私のスマホの待ち受け画面は、この来迎のシーンを描いた「早来迎」です。
▪️ウィキメディア・コモンズからダウンロードさせていただいた「阿弥陀聖衆来迎図」です。これは、メトロポリタン美術館に収蔵されている仏画のようです。「来迎図」の多くの作品では、菩薩たちが雲の上で太鼓や琵琶などの楽器を陽気に演奏しており、まるで楽しいパレードしているかのように描かれています。これから西方浄土に向かう臨終の人を歓迎するかのようです。何か、ゆったりと阿弥陀仏と菩薩がやってこられているように見えますが、息を引き取るときにはこの体制でいてくださるのです。そしてあっという間に浄土へお連れくださる。死は怖いというイメージ逆転させるようなイメージでしょうか。
▪️このような来迎のイメージをプロデュースしたのは、平安時代中期、比叡山で修行していた源信だと言われています。私は、仏教を研究しているわけではないので、源信の『往生要集』を現代文にしたものでさえまだ読んだことがありません。できることは限られていますが、時間をみつけて読んでみたいと思います。ちなみに、源信のお墓は、比叡山横川にあります。私の自宅から頑張れば歩いていけるところにあります。こちらも一度お参りしてみたいと思っています。
ウエルダイング
▪️小学校のときのクラスメイトと、昨年の正月にメールでやりとりをしたあと、連絡がありませんでした。今日、年賀状をいただいてわかったのですが、脳出血で倒れて半年間入院をされていたことを知りました。驚きました。どうりで連絡が取れないわけです。今はリハビリの結果、身の回りのことは自分でできるようになられたようです。頑張ってリハビリに励まれています。昨年末は、高校のときの同級生が亡くなりました。いろいろ同級生のことが続くと、いつ自分もそうなるのかなと考えることになります。
▪️今日は、同僚とひさしぶりに立ち話をすることができました。私からは、昨日投稿した杉岡孝紀先生の「他者の他者性」についてお話しをしたら、同僚からはウェルダイング(死への旅路)ということを教えていただきました。ウェルビーイングはよく聞きますが、ウェルダイングです。書籍も出版されているようです。『ウェルダイング(死への旅路)の臨床社会学 生老病死と宗教』(櫻井 義秀/横山 聖美 編, 法藏館)です。以下のような内容です。
人生の終わりを、どう迎えるのか?高齢多死社会を迎えた日本において、「よく生き、よく死ぬ」ことを支えるケアの実践と宗教の役割を、看護学、宗教学、社会学、社会福祉学の専門家が臨床社会学の視点から描き出す。
▪️私個人としては、このウェルダイングを可能にする社会的な仕組みが必要だと思っています。肉体の苦しみを緩和する医療や看護、生活の質、QOLを支える福祉、そしてスピリチュアルを支える広い意味での宗教、これら3つがうまくつながったセーフティーネットが必要だと思っています。できれば、それぞれの方達が生きている地域社会に、です。こういった臨床社会学的研究が当事者研究であってもほしいわけです。ただ、どうすればよいのでしょうね。人間は、生まれたときからすでに死への旅路は始まっているわけです。しかし、そのことを深く体験できるときには、言い換えればこれから死んでいくのだなとの深い自覚が生まれたときには、すでに自分では動けないわけですから、ケアの仕組みを共助のなかで作っていくことはできません。
▪️昨日投稿では、龍谷大学の行動原理である「自省利他」についてふれました。前半の「自省」のなかで重要な位置を占めるのが「他者の他者性」なのではないか思いました。その「他者の他者性」の自覚なくしては、「利他」は暴力的なものになってしまいますから。そして今日は「ウェルダイング」についても教えてもらいました。「他者の他者性」を自覚したとき「ウェルタイング」を支えるケアとはどのようなものになるのだろう。よかれと思って実践したケアが、死への旅路にある人を苦しませてしまうことはないのか。気になります。「他者の他者性」にしろ、この「ウェルダイング」にしろ、いろんな専門分野の研究者が議論できるテーマだと思います。また、龍谷大学のような仏教系の大学ならではのテーマなんじゃないのかなとも思っています。
『家で幸せに看取られるための55のヒント』
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▪️定年退職1年前には研究室の断捨離。定年退職後は自宅の断捨離に励まねばなりません。できるだけ身軽になって、終活に励みたいと思います。そして、この本のタイトル通りになりたいと思います。ということで、まずは勉強させてもらいます。ただ、残念ながら、スピリチュアルな側面については、この本では触れていませんね。私は、スピリチュアルも大切だと思っているのです。浄土真宗では「後生の一大事」というそうですが、「死後の自分はどこに行くのか」という問題のことです。「死んだらそれまでなんだから、関係ないよ」と思われるかもしれませんね。私は、そう思いませんが。
▪️有名な精神科医の中井久夫さん、そして評論家の加藤周一さんは、人生の最期でカトリックの洗礼を受けられました。また、社会学者の吉田民人さんも仏教に相当傾倒されました。そういえば、学部生の時に農村社会学の講義をしてくださった余田博通先生も、病床でだったと思いますが、プロテスタントの洗礼を受けられたのではなかったかな。中井久夫さんは、洗礼を受けられた理由を尋ねられた時「べんりでしょ」とお答えになったとか。「死後の自分はどこに行くのか」という問題にイメージを与えてくれるという意味で便利なのでしょうか。私には詳しいことはわかりません。ただ、みなさん、自分の最期には、スピリチュアルな支えが必要だと判断されたのではないかと思います。想像ですけど。
▪️以前、在宅診療医の方とお話ししたことがあります。その時に、「お迎え」現象の話が出ました。亡くなる直前になると、すでに亡くなっている人があの世から迎えに来てくれるかのように感知する現象を、「お迎え」というようです。その医師のお話しでは、「お迎え」があった方達は、苦しまずに安らかに亡くなっていったと言っておられました。そして、それは何故なんだろうと私にも聞かれたのです。その時は、龍谷大学に勤務していたかもしれないけれど、まだ仏教のことをあまり勉強していませんでした。今だと、近代主義的・合理主義的な人でも、最期の最期は、自分が消えていくことに強い不安を覚えるのではと考えています。人間は弱い存在です。それが、「後生の一大事」なのかな。スピリチュアル的な面で明確なイメージをもつことは、「後生の一大事」を通過していくことを容易にするのではないのか、そのように思うのです。中井さんが「べんりでしょ」と言ったのは、そういうことなんじゃないのかな。どうやろ。
「全日本吹奏楽コンクール・大学の部」の結果
本日、りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館にて開催されました第73回全日本吹奏楽コンクールにて、龍谷大学は金賞を受賞いたしました。
ご声援いただいた皆さま、誠にありがとうございました。
部員一同、より一層精進して参りますので、今後とも龍谷大学吹奏楽部をよろしくお願いいたします。 pic.twitter.com/rCPpuUBaaH— 龍谷大学吹奏楽部 (@ryu_windmusic) October 25, 2025
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▪️龍谷大学吹奏楽部、昨日の全日本吹奏楽コンクールで、金賞を受賞しました‼️応援いただいた皆様、本当にありがとうございました。龍谷大学吹奏楽部は、今回で6回連続金賞受賞です。私が部長を務めることになった2019年(2020年はコロナで中止)、2021年、2022年、2023年、2024年、そして2025年、6年連続です。2023年までは部長を務めたので、その頃は、本番前に、コンクールが開催されるホールの比較的近くの別のホールを借りて行う練習(ホール練習)にも参加して練習の様子を見学してきました。いつも思いましたが、最後の集中力は素晴らしいものがありした。昨年は、北海道でコンクールが開催されましたが、実際に演奏を聴かせていただきました。今年は、京都から応援をしました。一つ前の投稿にも書きましたが、中平了悟さんのご法話を聴聞させていただいていたので、オンラインも聴くことができませんでした。でも、今や部長ではないので、こうやって少し距離を保って応援することが良いのかなとも思っています。
▪️関西から出場したのは、龍谷大学と立命館大学でした。昨年同様、両校とも金賞受賞と思っていましたが、結果は違っていました。また、福岡県の2大学が金賞を受賞したことを、私としては素晴らしいことだなと思っています。大学の部に、新しい動きや流れが生まれてきているのかもしれませんね。今年は、金賞が6校、銀賞が3校、銅賞が6校でした。金賞が多い年になりました。審査員の先生方の評価に、広がりがあったのかもしれません。それはともかく、金賞同士の細かな評価についても教えてもらいました。龍谷大学吹奏楽部、立派な成績でした。絶対に金賞を受賞すると信じてはいましたが、はっきり結果が出て、安心しました。指揮をされた音楽監督の若林義人先生、ありがとうございました。お疲れ様でした。若林先生は、明日も市民バンドである大津シンフォニックバンドの指揮をされると聞いています。本当にお疲れ様です。
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▪️金賞受賞の結果を、仲良しの龍谷大学吹奏楽部のOB・OGのお二人と知ることができました。京都駅近くの居酒屋で祝杯をあげました。写真は、若林監督に送ったお祝いの動画メッセージをスクショしたものです。お2人とは、音楽以外にも、仏教のお話などすることができました。私がアイデアとして持っている「マイ坊主」のことも聞いてもらいました。すごく反応していただけたので、とても嬉しかったです。
お西さんの土曜法話|本願寺聞法会館総会所
▪️呑み友達の中平了悟さん(文学部教員/真宗学・実践真宗学)が、明日、本願寺聞法会館総会所で「「価値」や「意味」はどこから来たのか~道ありと信ず、得者を信ず~」という法話をされます。価値や意味、まるで社会学者のようですが、そうではありません。サブタイトルの意味は、「理屈や教義として『道』を信じるだけでなく、その道を歩んで悟りを得た『人』がいることも信じなければ、本当の意味で教えを信じたことにはならない」ということのようなのですが(素人の勉強程度で申し訳ないです)、明日、中平さんの法話をお聞かせいただき勉強したいと思います。17時からです。ライブ配信もあります。
【追記】▪️中平さんのご法話を聴聞させていただきました。ありがとうございました。心に染み入るお話でした。ご法話の理解、「理屈や教義として『道』を信じるだけでなく、その道を歩んで悟りを得た『人』がいることも信じなければ、本当の意味で教えを信じたことにはならない」というのは間違ってはいませんでしたが、改めて中平さんからお話いただくこと、心に染み入りました。関西の人気番組「探偵!ナイトスクープ」のお話も交えながらのご法話でした。うっかり、つーっと涙が流れてしまいました。当日、雨が降っていたこともあり、ご聴聞に訪れておられた方は10数人と少なめでしたが、ご法話の途中、突然、「南無阿弥陀仏」という男性の声が響きました。なんというか、ご法話が心に染み入る時に、詠嘆として身体の中から自然に「南無阿弥陀仏」というお念仏が溢れてきたような感じなのかなと思いました。そして、六波羅蜜寺に伝える空也上人像を思い浮かべました。
恵信僧都 源信の墓
「龍谷ミュージアム」と「京都国立博物館」
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▪️今日は、龍谷ミュージアムの秋季特別展「眷属」を観覧しました。会期は今日までだったんです。なんとか間に合いました。ちなみに「眷属(けんぞく)とは、仏菩薩など信仰の対象となる主尊に付き従う尊格のこと」です。普段、仏教美術を鑑賞する際も、あまり気にしていない「眷属」の役割や意味がよくわかりました。もちろん、図録も購入しました。今回は、仏教等を知らない私のような者にも、よく理解できる展示でした。
▪️ところで、龍谷ミュージアムに来た時に、毎回思うことがあります。私は、必ず音声解説のレシーバーを借りて(有料)展示を観覧するようにしています。知識がない私には、解説してもらわないとよく鑑賞できないからです。でも、そのような音声解説を使わなくても、スコープ(単眼教)で丁寧に詳細を確認されている方がいらっしゃいます。また、一生懸命メモを取っている方達もいます。年齢も、まだお若い方だったりします。ひょっとして、仏教に関する研究をされているのかもしれません。
▪️龍谷ミュージアムのあとは、七条通りを東に向かって歩き、京都国立博物館に向かいました。その途中、偶然なんですが、龍谷大学社会学部コミュニティマネジメント学科におられた加藤剛先生にお会いすることができました。嬉しかったです。また、「呑み会」をすることをお約束して、京博に向かいました。京都国立博物館では「法然と極楽浄土」が開催されています。国宝も含めてたくさんの仏教美術を堪能しました。
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▪️強く印象に残っているのは、臨終の際の来迎図。法然の臨終の際、浄土から阿弥陀様を中心にたくさんの菩薩様たちが雲に乗って降りてくる様子を描いているのですが、阿弥陀如来から法然に向かって強い光、ビームが放たれているのですね。前期高齢者ですが、昭和の少年だった時があるので、これはビームと言いたいです。自分が死ぬ時も、お迎えに来ていただけるかな。知り合いの歴史学者が、「映画『ゴースト』の最後の方で、天国からの光に導かれて昇天するシーンがありますが、あれ来迎図のビームと同じなんですよね〜」と言っておられました。法然も、「あっ、阿弥陀様がお浄土へ導いてくださる」と思ったのでしょうね。
▪️ところで、こういう来迎図がたくさん描かれたのは、当時の人びとが死を迎える瞬間に強い関心を持っていたからでしょうか。末法の世、厭離穢土欣求浄土。今、世界の状況を見ていると、かつての人びとの気持ちが理解できるような気がします。
▪️もうひとつ。「七箇条制誡」(しちかじょうせいかい)の実物を拝見しました。法然が門弟たちに自戒をうながすため、阿弥陀如来異界の仏・菩薩を謗ることなど、やめなければならないこと7ケ条を描いたものです。最後には門弟たちが署名をしています。法然の弟子であった若い頃の親鸞=綽空(しゃくくう)の名前もありました。ふと思いました。浄土宗の中で親鸞はどのように語られてきているのでしょうか。またどのように位置付けられているのでしょうか。仏教の専門家にお尋ねしてみたいです。
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「法然と極楽浄土」「眷属」
大崎博子さんのこと(2)
▪️9月8日に「大崎博子さんのこと」を投稿しました。以下は、その時の投稿を再掲したものです。今朝、大崎博子さんの娘さんがテレビのインタビュー受けておられる動画がYouTubeにアップされたことを知りました。その動画をシェアします。番組は、
▪️朝、ネットで「孤独死した91歳母、娘が語る美しい最期 “おひとり様シニア”の日常にSNS反響 「理想の逝き方」を考える #令和の親」という記事を読みました。記事に登場されるのは大崎博子さんです。東京の団地でお一人暮らしをされていた大崎さんは、90歳を過ぎても、ウォーキング、太極拳、麻雀、韓国ドラマを楽しみ、決して無理はせずに楽しく暮らしておられました。お酒も毎日のように楽しまれていました。記事では「孤独死」という言葉を使っていますが、これは孤独死なのかなあ。よくわかりません。孤独死の定義次第ではありますが…。ご家族が海外で離れてお住まいでも、こうやって最期を迎えられること、私個人はとても素晴らしいことだと思います。
▪️娘さんともインターネットのビデオ通話で毎日のように話をして、ご家族やまわりのご友人ご近所さんとはLINEでもつながっておられました。きちんとエンディングノート等も準備をされていました。ご近所の皆さんのさりげない気遣いや見守りも大切ですね。私は大崎さんのご著書も拝読していましたし、ほぼ毎日大崎さんのXへの投稿も拝見していました。Xでは、20万人を超えるフォロワーがおられました。私もそのようなフォロワーの1人です。大崎さんは2冊の書籍も出版されていました。そのうちの1冊は拝読させていただきました。『89歳ひとり暮らし。お金がなくても幸せな日々の作りかた』です。大崎さん以外にも、何人かの高齢者のひとり暮らしの女性が書籍を出版されています。でも、男性はいないのです。ここは大切なポイントかもしれまん。▪️さて、大崎さんが亡くなられたこと、娘さんが大崎さんのXにポストされたことで知ることになりました。Xへの投稿がないので心配していたのですが、驚きました。大崎さんは娘さんにXのパスワード等を教えておられたのですね。しかも、亡くなったことをフォロワーに伝えて欲しいとお願いもされていました。でも、どうやって最期を迎えられたのかはわかりませんでした。そのあたりのこと、記事に以下のように説明されていました。
「『今日はめずらしく電話に出ないな、出かけているのかしら?』と思っていたところ、母の近所に住む友人から、私宛にLINEが届いたんです。何かあったときのために、ご近所さんや母の友人数名とLINEを交換していました。
連絡をくれたのは、お向かいのマンションに住む方で、日本時間の7月23日20時頃です。『今日は珍しくXに1度もツイートがないし、夜になっても部屋に灯りがつかないの。心配だから家を訪ねてもいい?』という内容でした。
母は団地の上の階に住む別のお友だちに合鍵を渡していたので、その方に鍵を開けてもらって、その後念のため警察が来て確認、という順序でした。」
お2人は自宅のなかで最期を迎えときのために、すぐに発見してもらい、家族に連絡がいくよう準備していました。
▪️大崎さんは、細かな何重ものセーフティーネットの中で最期を迎えられたことがわかります。遠いイギリスで暮らしておられる娘さんとはインターネットのビデオ電話で毎日のようにお話をされていました。そのイギリスに暮らしておられる娘さんと、ご近所の大崎さんのお友達とはLINEでつながっていました。もちろん、部屋の灯りが点灯しないことに気がつくさりげないご近所の皆さんの気遣いも大切です。大崎さんの同世代のお友達はすでに亡くなっておられていますから、お友達とはいっても20歳ほどお若い方達のようです。そういった「細かな何重ものセーフティーネット」を、大崎さんご自身が時間をかけて築いてこられたのでしょう。
▪️ところで、大崎博子さんは、突然亡くなられました。身体が弱って衰弱しておられた様子は窺えません。「Xに投稿されていた夕飯の手料理の残りは冷蔵庫にしまわれていました。部屋の中は掃除も整理整頓もされていて、きれいに保たれていました」とのことですから、最後まできちんと暮らしておられたのです。これから先の予定もカレンダーに記入されていたといいます。誰もがご自身の最期の瞬間がやってくるのかはわからないけれど、「細かな何重ものセーフティーネット」を築き、早め早めに終活を進めてこれたことは本当に素晴らしいと思います。見習わなくてはと思います。とはいえ、娘さんをはじめとしてご遺族の皆さんには、大崎さんが亡くなったことを受け止めるためには少し時間が必要なようですね。突然でしたからね。