浄土寺・浄土堂の阿弥陀三尊立像
▪️ずいぶん以前から、お参りしたいと思ってきました。兵庫県の小野市にある浄土寺。画像は、「兵庫県おの観光ナビ」では次のように解説しています。
国宝「浄土堂」は、大仏様(天竺様)という建築様式を用いた建造物で、東大寺南大門とともに大仏様を伝える数少ない建物です。
また、浄土堂内には、全長5.3m、名仏師快慶作の国宝・阿弥陀三尊立像があります。夕方になると、堂内西側の蔀戸から西日が射し、床に反射して、仏像は赤く染まっていきます。
▪️この浄土堂は、「堂内西側の蔀戸から西日が射し、床に反射して、仏像は赤く染まって」いくことを計算した上で建てられています。当時、阿弥陀仏が死の瞬間にお迎えに来てくださるということを心の中にきちんと強くイメージできる人は限られていました。いわゆる観想念仏できる人です。では、自分で修行をしてそういった強いイメージを心の中にしっかり描けない凡夫はどうすれはよいのか。このお寺を創設した重源(ちょうげん)、そして阿弥陀三尊立像を造仏した快慶は、凡夫にも死の瞬間を強くイメージできる空間をプロデュースしたということになります。
▪️重源ってどういう僧侶なのか。勉強が足りません。平重衡による南都焼き討ちの後、東大寺の復興の責任者(勧進職)となったのが重源でした。その重源が、東大寺の荘園の中に復興の拠点および念仏道場(播磨別所)として建てたのが浄土寺ということのようです。貴族だけでなく、庶民も含めて東大寺復興のためにそれぞれのできる形で寄付をする仕組み、寄付を集める仕組みも作りました。また、東大寺の再建に必要な巨大な木材の調達であるとか、重源が取り組んだことはそういう土木的なことにまで及んでいます。社会事業家というか総合プロデューサーですかね。今度、お参りさせていただくときは、そのような歴史的な背景や重源という僧侶についても学んでおきたいと思います。
【追記】
▪️この国宝の阿弥陀三尊立像に関して、私のような者にもわかりやすい解説が、「兵庫県おの観光ナビ」の中にありました。「浄土寺と阿弥陀三尊立像」です。動画を拝見すればよくわかりますが、阿弥陀如来や観音が乗っておられる蓮台には雲が表現されています。まさに死のうとしている時に、向こうから西方浄土からやってこられているわけです。そのことが雲の表現でよくわかります。
光の動き、時の流れ・・・ 。心から洗われるような、極楽浄土の世界。
浄土堂内に夕日の頃、西側の蔀戸(しとみど)から西日が射し込み、ヒノキの床に反射して赤い垂木の屋根裏を照らし、それが本尊にふりそそぎます。やがて堂内全体が赤く染まると、阿弥陀三尊立像が幻想的に浮かび上がります。これは、阿弥陀様が雲に乗って西方極楽浄土からお迎えにくるという「御来迎」の姿を見せようとする、光の演出効果を狙ったものです。
▪️このような解説もありました。「光のアートを見るには…陽が沈む頃ではなく、少し前にきて、ゆっくりと陽の流れを見るのがおすすめです。夏場は16〜17時頃、冬場は15〜16時頃に高めの西日が差し込み、徐々に屋根裏に反射して、阿弥陀三尊立像を照らし出します」。
クラウンシャイネス(樹冠羞避じゅかんしゅうひ)
“Crown Shyness” is a natural phenomenon where the uppermost branches of certain tree species completely refuse to touch one another, creating a perfectly defined, puzzle-like canopy. pic.twitter.com/90qNCgN4AD
— Massimo (@Rainmaker1973) August 13, 2026
▪️Xを眺めていて、突然不思議な動画に出会うことになりました。Massimoさんの投稿です。以下は、その投稿の短文とその翻訳。
“Crown Shyness” is a natural phenomenon where the uppermost branches of certain tree species completely refuse to touch one another, creating a perfectly defined, puzzle-like canopy.
「クラウン・シャイネス」とは、特定の樹種の最上部の枝が互いに触れ合うことを完全に拒否し、完璧に定義されたパズルのような天蓋を作り出す自然現象です。
▪️森林の地面から樹冠部を撮影したものです。とても不思議な気持ちになります。これ、クラウンシャイネスというようです。日本語では「樹冠羞避(じゅかんしゅうひ)」。英語を直訳すれば樹冠の遠慮」「樹冠の譲り合い」「内気な樹冠」ということになるのでしょうか。すごいですよね。隣り合う樹木の樹冠同士がぶつからないよう、互いに一定の隙間を空けて成長する自然現象のことを言うのだそうです。科学的には、そのメカニズムが解明されているのだとは思いますが、何も知らないので、神秘的なものを感じます。
▪️私のような素人向けに解説されているサイトがありました。「日本花卉文化株式会社」さんのnote、「樹冠は、アートだ 〜クラウンシャイネスを追いかけて〜」という記事です。
朽木古屋の六斎念仏踊りの踊り手を募集(高島市)
▪️すごいことだなあと思っています。さらに多くの皆さんが関心を持ってくださればと思います。
▪️私が高島市朽木古屋に六斎念仏踊りのことを知ったのは、ゼミ生の卒論指導をしているときでした。2011年春に卒業した、坂本昂弘の卒論です。私自身が何かこの六斎念仏踊りに関してお役に立てているわけではないのですが、一旦途絶えたこの念仏踊りを、外の方達の力を借りながら復活させてこられたことに、そして関係者の皆さんのご努力にも感銘を受けてきました。
▪️以下は、このブログに投稿してきた関連投稿です。
「朽木古屋「六斎念仏踊り」の復活」
「「六斎念仏踊り」の皆さんと」
「朽木古屋の「六斎念仏踊り」」
「朽木古屋の「六斎念仏踊り」」
セミの子たちの相談会
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▪️セミは、気温が高くなると鳴かなくるようです。昨日は、曇っていて少し気温が低かったので頑張って鳴いていましたが、今日は朝からカンカン照りで鳴いていません。セミは子孫を残すために短い期間で懸命にパートナーを見つけるために鳴いているのでしょうが、暑いと鳴かなくなるようです。だから、セミが鳴いていない時は、かなり暑いので、人間も気をつけないといけないわけですね。
▪️私は、昆虫のことはわからないのですが、こちらの記事は詳しくて、かつわかりやすいものでした。みんな(人間もセミも)大変だな〜。ちなみに写真ですが、今年、庭の世話をしているときに見つけたセミの抜け殻(大集合)です。まだ、増えていくのかな。
公益財団法人淡海環境保全財団「学生×企業 ネットゼロチャレンジ」
伊吹山3合目の観察会
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▪️昨日の午後は、「特定非営利活動法人霊峰伊吹山の会・ユウスゲと貴重植物を守り育てる会」が主催された観察会に参加してきました。伊吹山は、滋賀県の最高峰(1377m)であり、伊吹山地の主峰でもあります。この伊吹山の3合目(標高720m)で咲いている貴重な花を楽しんできました。そして、楽しみつつも、伊吹山の災害の深刻さを間近にみて、これは思っていた以上に大変なことだと思い直しました。ちなみに、現在、通常は伊吹山に立ち入ることはできません。禁止になっています。昨日は、観察会ということで、会の皆さんのガイドで立ち入ることが許されました。伊吹山頂では春から秋にかけて、たくさんの植物たちが花を咲かせます。「伊吹山山頂草原植物群落」は国指定天然記念物です。そして、山頂だけでなく、今回私たちが訪れた3合目あたりの穏やかな傾斜の草原地帯でも早春から秋まで非常にたくさんの種類の花々が咲くのです。この季節に咲く代表的な花は、ユウスゲです。
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▪️しかし、そのような貴重な植物たちが、どんどん増えた鹿によって食べられて激減してしまいました。なぜ鹿が増えたのか。まず指摘されているのが地球温暖化による気象変動で、積雪量が激減したということです。加えてハンターの減少です。伊吹山は元々豪雪したいなのです。日本の積雪量の観測史上、日本一かつ世界一の記録が残っているのは、1927年2月14日の伊吹山です。その時は、伊吹山山頂に11メートル82センチ(1182cm)という驚異的な積雪量がありました。そのような豪雪地帯であったにもかかわらず温暖化であまり雪が積もらないようになってしまい、冬を越して生き残る鹿が増えてしまったのです。しかも、他の地域からもこの伊吹山に鹿が流入してきたのだそうです。しかも、鹿の食害が発生した時に駆除するハンターの人数も高齢化と減少で、駆除が追いつきませんでした。
▪️そのような鹿の食害が発生するようになり、当初は「貴重な高山植物が食べられている」ということを会の皆さんは問題視されていたようなのですが、貴重な植物だけでなく鹿の食害が進み、裸地化もどんどん進行していきました。そこに温暖化を背景にした豪雨です。大量の降った雨が山肌を削り深い谷筋が何本も生まれてしまいました。加えて、とうとう土石流が山麓にある集落に流れ込む災害まで発生してしまったのです。このような災害を防ぐためには、行政が土木事業を行う以外にありません。昨日も、急峻の山の斜面で防災工事が行われているのが目視で確認できました(休日で作業自体はお休みのようでしたが)。パワーショベルのような重機も停車していました。また、麓の方では、土石流の流入を防ぐ砂防ダムの建設も進んでいました。しかし、毎年のように豪雨が発生する昨今、このような防災工事のスピードではたして間に合うのかなと…あくまで私はただの素人でしかありませんが、とても心配になりました。では、根本の鹿の対策はどうなっているのでしょうか。これも行政が罠を仕掛けて駆除するようになり、数が減ってきているようです。その点については良かったと思っています。
▪️では、「特定非営利活動法人霊峰伊吹山の会・ユウスゲと貴重植物を守り育てる会」の皆さんはどうされているのでしょうか。もちろん、防災工事に取り組むことはできません。それは専門家に任せるしかありません。ただ、会の皆さんは、以前から自分たちでできることをしようと、頂上や3合目あたりの貴重高山植物が生えてくる地域を獣害柵で囲むことに取り組んできました。もちろん、痛んだ山道も整備されてきました。獣害柵、当初は、ネットで囲んでいただけだったのですが、鹿に噛み切られたり、経年劣化してしまうことから金網柵に取り替える作業を行ってきました。この作業を化粧品会社の資生堂が応援されました。費用負担だけでなく、社員さんが現地でボランティアとして金属柵設置作業に取り組まれました。また、スーパーマーケットの平和堂が設立し公益財団法人平和堂財団で環境保全市民団体を助成する「夏原グラント」という仕組みからも助成金を獲得されています。一昨年度、昨年度、金属柵の設置に取り組まれていました。今年度はこれからです。私は、この「夏原グラント」の選考委員長なのですが、助成という仕組みに関わり、こういう大変なお仕事の応援ができたことを、昨日はしみじみと良かったと思うことができました。
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【左:コオニユリ、右:ヤマハッカの仲間】
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【左:カワラナデシコ、右:クサフジ】
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【左:イブキフロウ、右:シモツケソウ】
▪️昨日、3合目では3つのグループに別れて貴重な植物を観察しました。私たちのグループでガイドをしてくださったのは高橋滝治郎さんです。高橋さんは、以前、滋賀県庁の農政水産部長をお勤めの時に、私が「世界農業遺産」の申請作業に関わったことから、お付き合いがあります。今回の観察会でもお声がけいただきました。ありがとうございました。高橋さんは、貴重植物に関して驚くほど豊富な知識をお持ちです。県庁に一般行政職として勤務されていたわけですから、植物を専門に研究されてきたわけではないのでしょうが、伊吹山の麓で生まれ育ってきた方だからこその豊富な知識をお持ちでした。
▪️今年は、ユウスゲに大量のアブラムシが発生して、例年と比較して花の数がかなり少ないのだそうです(ここではアブラムシが気持ち悪いと感じる方もおられるでしょうから写真をアップしていませんが)。花を咲かせる前に、アブラムシに栄養を吸われて花を咲かせることなく枯れてしまったようです。ユウスゲは、一日しか咲かない花です。草むらの中から長い茎を伸ばして夕方から咲き始めます。そして朝には閉じてしまいます。甘い香りがします。こうやって競合相手の少ない時間帯に昆虫を引き寄せて子孫を残しているようです。黄色いユウスゲの花と青い空がとても美しくマッチしていました。ちょっと、ウクライナの旗を連想しました。
▪️どうして、このようなアブラムシが増えてしまったのか、その原因はまだよくわからないようです。今は、対処療法的にアブラムシが呼吸できないようにする薬をひとつひとつ手作業でスプレーされようですが、すぐに根っこの方から新しいものが登ってきてキリがないとのことでした。また、ススキのような背丈が高くなる植物をそのままにしておくと、貴重な植物が花を咲かせられなくなることから、これも鎌を使って刈り取っているそうです。そこが、奈良の曽爾高原などとは異なるところです(曽爾高原では人が関わることであのススキの景観が維持されています)。この鎌を使う作業、エンジンのついた草刈機でやれば早いのかもしれませんが、それだと知らない間に貴重な植物も一緒に刈り取ってしまいます。ということで、金属柵の中で、大変な手間と時間をかけて作業に取り組まれているのです。
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【3合目から見える琵琶湖。竹生島もはっきり見えます。】
▪️高橋さんや会のお仲間からは、地元の方ならではのお話も伺わせていただきました。昔、伊吹山にスキー場があった頃、冬の間、地元の人たちはゲレンデの方にある民宿の小屋に移動した。夏場は農業、冬場は観光業ですね。子どもたちは、そこからスキーで通学した…とか。麓の自分の家から、ゲレンデでスキーをしている人が転ぶのが見えた…とか。スキー客が降りる駅は、近江長岡駅で、後ろにスキー板を積めるよにしたバスが、スキー場との間を一日に何往復もした。今は、無人駅だが…とか。伊吹小学校の校歌の2番は、「光さやかに 田の面輝き こだまも楽し 工場の響き」とあるように、地元にとっては伊吹山の麓にあるセメント工場の存在はとても誇らしく大きな存在だった…とか(伊吹山西側を開発してい原料を採掘していた)。別の仕事をしていた父親が、給料が良いのでセメント工場に再就職した…とか。ひとつひとつは、何気ない昔話のようですが、この地域の近現代史に関わる大切なエピソードだと強く思いました。どうしてセメントの原料取るために伊吹山を削って禿山になるのを認めているのだろうと考えてしまいます。というのも、伊吹山は「琵琶湖国定公園」の中にあるからです。でも、資源開発と自然保護が隣り合わせなっていることの歴史的経緯に対する理解が必要なのでしょうね。
▪️貴重な植物のお話、伊吹山の環境問題のお話、この地域の近現代史につながるお話、ずいぶん勉強させていただきました。会の皆さん、高橋さん、ありがとうございました。この伊吹山の観察会は、1回だけでなはなく、何度も来て楽しみながら勉強する必要を強く感じました。伊吹山は滋賀県と岐阜県の県境にある山だけあって、岐阜や愛知からもお越しの皆さんが多数おられました。ちなみに、校歌の中で伊吹山が入っている学校の数は、愛知県、岐阜県、滋賀県の順番に多いのだそうです。
▪️3合目からは、琵琶湖が輝いて見えました。竹生島も、シルエットですが、よく見えました。天気が良ければ、ここから私が暮らしている大津の方面までも見通すことができるはずです。私の方からは空気が澄んでいるとよく伊吹山が見えますから。琵琶湖大橋、その向こうに沖島、そして一番奥に伊吹山が見えるのです。反対側、昨日は見えませんでしたが、空気が澄んでいれば伊勢湾も見えるそうです。
ドローン仏による来迎
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▪️浄土宗の寺院である龍岸寺で、6月21日に、「念仏を唱える人の元に、阿弥陀如来が25菩薩(ぼさつ)を伴い訪れる『来迎(らいこう)』をドローンで表現する取り組み」が開催されました。以下が、その時の動画です。京都新聞さんのものです。
▪️私は、このお寺の考え方にすごく共感していて、記念品を購入してしまいました。そのうちのひとつが、平安時代から描かれてきた仏画「極楽来迎図」をモチーフに、ドローン仏による来迎図をアクリルスタンドにしたものです。そうなんです。通常の仏画では、臨終の人のところへ、阿弥陀如来と菩薩が蓮台に乗ってやってこられるですが、この記念品では、ドローンの蓮台に乗ってこられています。とても楽しそうです。音は聞こえてきませんが、きっと素敵な音楽が奏でられているのではないかと思います。仏教だし、描かれている楽器からは、邦楽っぽい音楽だと思いますが、私としてはオーケストラでお願いしたいです。なんの作品かは内緒ですけど(笑)。
▪️一番右下の観音菩薩が前に差し出しているのが、亡くなった人がぴょんと飛び乗る蓮台です。「さあ、飛び乗ってください。阿弥陀如来と菩薩と一緒に、お浄土にまいりましょう。あなたも仏や菩薩(ぼさつ)となり、この世に戻って未だ迷いや苦しみの中にある人々をお救いください」と語りかけているかのようです。このあたりのイメージは、浄土宗と浄土真宗とでは細かな点では違っているようですけど。
▪️もうひとつは、私のスマホの待ち受け画面です。こちらは、浄土宗の総本山である知恩院が所蔵されている「早来迎図」です。正式には「阿弥陀二十五菩薩来迎図」というようです。浄土宗と浄土真宗とでは細かな点では違っていると書きましたが、浄土真宗的にはこのような来迎のイメージは必要ないという考え方なのかなと思います。「往生即成仏」、亡くなったその瞬間に、ただちに往生して仏になり、浄土で修行をしたり休むことなく喜んで人びとを救い始める…ということのようです。どうだろう、親しい僧侶の方に伺ってみようと思います。
仰木地域共生協議会の交流会
▪️先週の土曜日も6月27日に、大津市伊香立にある「THE PLACE K」で、仰木地域共生協議会の交流会が開催されました。私も、協議会の理事、そして農作業をお手伝いするサポーターの1人として参加させていただきました。はじめてお会いする方もいらっしゃいましたが、いろいろ深いお話をすることができました。なぜ、この協議会の活動に参加しようと思ったのか、それぞれの方のこれまでの人生ともかかわっている理由があります。そのようなお話が伺えてありがたかったです。
▪️この仰木地域共生協議会は、農水省の「農村RMO」から補助金を受けている取り組みです。この「農村RMO」の目的ですが、①農用地の保全、②地域資源の活用、③生活支援のすべてに取り組むことにあります。このような協議会の「農村RMO」の取り組みは、「CSA」(Community Supported Agriculture:地域支援型農業) の考え方と非常に似通ったところがあります。それは、生産者(仰木)と近接する消費者(仰木の里)とが直接的な連携をおこなっている点、消費者がサポーターとして労働力を提供して生産プロセスへ関与している点、そして協議会が耕作放棄地を再生して有機農業を実践し、安全な農産物(野菜や棚田米)を地域に届けるようとする点です。生産者と消費者が力を合わせて有機農業に取り組むことについて、環境負荷の低い食を求める「CSA」の理念とも合致しているように思います。
▪️しかしながら、異なる点もあります。「CSA」で多く見られるのは、消費者が年間・半年の前払いによって、豊作・凶作の「経営リスク」を農家と共有する点にあるそうです。相互の強い信頼関係・連帯関係がそこにはあるわけです。「農村RMO」である協議会も、他地域で行われている「農産物のサブスク」の様子や成果から学びつつ、将来の協議会の運営のあり方を事務局を中心に検討しています。もうひとつ異なる点は、「CSA」のように農業の継続と食の確保だけに限定せず、「農村RMO」である協議会では、地域の防犯・防災、伝統祭礼の保存、生活支援など、コミュニティ全体の維持も視野に入れて活動することになっています。協議会では、地域内の多様な組織が結集して活動を展開していきます。理事長をしている特定非営利活動法人「琵琶故知新」も、この協議会に参加しています。「琵琶故知新」の「びわぽいんと」というデジタルポイントの仕組みがこのような多様な組織が結集した協議会の活動をより活発にしていくための、いわば「地域インフラ」になっていけばということも、「琵琶故知新」の理事長として同時に願っています。
▪️以上のようにみていくと、私たちの協議会は、「CSA(地域支援型農業)を内包した、さらに広い福祉・生活型の地域運営組織(RMO)」といえるのかもしれません。そのような意味で、「仰木地域共生協議会」が日本の新しい都市農村交流モデルのひとつになっていくとよいなと思っています。というわけで、「CSA」のことをもっと勉強しなくてはと、『分かち合う農業CSA 日欧米の取り組みから』という書籍を注文してみました。今日あたり、大学に届いているはずです。勉強してみます。
▪️今日は、やっとこのブログのタイトルである「環境社会学/地域社会論 琵琶湖畔発」にふさわしい内容の投稿ができましたwww。
龍谷ミュージアム シリーズ展「仏教の思想と文化 ―インドから日本へ―特集展示:仏教美術の聖なる怪物」
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▪️ シリーズ展「仏教の思想と文化 ―インドから日本へ―特集展示:仏教美術の聖なる怪物」。みなさん、ぜひ行きましょう‼️以下は、龍谷ミュージアムの解説です。
また、特集展示として「仏教美術の聖なる怪物」を開催します。
仏教美術には、ほとけや神々に寄り添う少し変わった姿のいきものたちが表されています。釈尊を暴風雨から護ったナーガ(大蛇)や、説法に耳を傾ける鬼神など仏教説話にも多くのお話が伝えられています。今回の特集展示は、仏教美術を彩る名脇役、ひょっこり登場する“聖なる怪物”を取り上げます。
NHKスペシャル「私の往生際 養老孟司が見つめた“生と死”」
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▪️この番組NHKスペシャル「私の往生際 養老孟司が見つめた“生と死”」を予約録画することにしました。番組では、養老孟司さんのがん闘病に密着して、養老さんが自らの命と向き合った先にあるもの浮かび上がらせようとしているようです。以下は、番組の概要です。
解剖学者・養老孟司、88歳。発行部数460万部を超える空前の大ヒットとなった著書『バカの壁』などでも有名な“知の巨人”に、2024年、悪性の肺がんが見つかった。
5年生存率は約10%。鋭く研ぎ澄まされた言葉で人間社会の本質を問い直し、人間の生死について探求を続けてきた養老さんは、自らの“命の限り”と対峙して、どのような新たな真理を見いだすのか-
▪️番組紹介の記事中にのように書いてあります。「かつての養老さんはこう語っていたー『がんになっても積極的な治療はしない。』『死ぬことは大した問題ではない。』しかし、最初の取材で目にしたのは、抗がん剤治療を受け、新たな治療法の開発に期待をにじませる姿だった」。お元気な時は、すでに死を理解し受け止める準備がきちんとできている心持ちでおられたのでしょう。しかし、実際に死がリアルに近づいてきたとき、生にこだわっている自分がいたということなのでしょう。そのことを、隠すことをせずに、番組の取材を許し、番組を通して多くの視聴者に揺れ動いているご自身を見せていく、その様子を広く知っていただくようにされている点が、養老さんのすごいところかなと思います。第三者の視点から「死」について語ることと、当事者として「死」受け止めることとはやはり違っていますから。
▪️以下は、記事中からの引用です。
病を得て、自分自身を生と死のはざまに置かざる得なくなった今、その内面にどんな変化があったのか?抗がん剤治療によって腫瘍が縮小せず、自らの命の限りと対峙する日々が続く中、養老さんがふと漏らした。
「死ぬってことは本当にあるのか?」
がん腫瘍の状態次第で、生と死の間を振り子のように行き来する養老さんの命。治療を続け、88歳の誕生日を迎えた養老さんは、新たな根元的な問いと向き合うことになる。
「自分は自分自身なのか?」 「自分はなぜ生き続けるのか?」
そして終盤、養老さんはこう語った。
「ひとりで生きているみたいに思ってたんだけど、そうじゃないんですよね」
闘病の果てに見いだした、死の意味、生の輪郭。日本を代表する知性がたどり着いた境地とは。養老孟司の生と死をめぐる思索が、私たちに深く問いかける。
▪️上記の引用で、注目したい部分を太字で強調しました。「ひとりで生きているみたいに思ってたんだけど、そうじゃないんですよね」。番組をまだ拝見していませんので、この太字のところの深い意味がまだわかっていませんが、広い意味での宗教的な境地に辿り着いたことに気が付かれたのかもしれません。真宗でよく言われる「後生(ごしょう)の一大事」とも関係しているのかもしれません。後生の一大事とは、「死後の行き先(魂の救済)」が最も重大で急ぐべき問題であることだということです。しかし、それは自分がここまで活かされたきたことを深く自覚することと関係しているように思います。多くの「ご縁」の中で生かされてきたことを深く自覚し感謝する。つまり、死んだ後に阿弥陀仏に救っていただき、お浄土へ導いていただくことに感謝し、自分がさまざまな「ご縁」のもとで、ここまで活かされたきたことに感謝すること。この両者はつながっているからです。番組のなかで、養老さんが、どのようにご自身の「死」を感じておられるのか、そことに注目したいと思います。