「利やん」で田口さんを囲む呑み会

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20260619toshiyan2.jpg▪️昨晩は、大津駅前のいつもの居酒屋「「利やん」で、県庁の職員の皆さん、そして私が滋賀県立琵琶湖博物館に勤務していた当時の上司(副館長)、田口宇一郎さんとの飲み会でした。みなさん、田口さんが副知事時代に仕えた職員の皆さんです。お1人は、今、国から来られている部長さんです。地方自治はどうあるべきかということなんだと思いますが、いろいろお話ができて、とても有意義な時間になりました。また、このような機会を持てるようにしたいと思います。

▪️昨晩は、いつもよりも酒量がか多く、帰宅するのに少々時間がかかりました。

HbA1c5.3の人の弁当

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▪️最近の職場での昼食は、ほとんど家から持参した弁当です。弁当の中身にバリエーションがあれば良いのですが、朝時間が限られているので、そんなことは言ってられません。ほぼ固定です。弁当箱は2つ。1つは野菜サラダ。もう1つは玄米と雑穀のご飯とおかず。ご飯には塩昆布まぶしてあります。今日のおかずですが、卵焼きと枝豆天のソテー。これは前の晩に作っておきました。トンカツは、冷凍です。これらをさっさと詰めて終了です。それに、インスタントの味噌汁がつきます。「飽きるでしょう?」と聞かれることもありますが、飽きることもなくなるぐらいこのパターンに慣れてしまいました。朝食もそうですね。ヘビーローテーションです。こういう食事をしていると、HbA1cは、5.3前後になりますし。体重も66kg前後になります。

▪️ちなみに昨晩は「呑み会」で帰宅が遅くなり、呑み疲れもあり、朝気持ち的に余裕がなかったので弁当なし…です。

『川西英・神戸百景~百の風景をたどる旅~』の「鴨子ヶ原団地」

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▪️このサイトを、AIを使ってみつけました。これは、神戸の版画でよく知られている川西英さんの『川西英・神戸百景~百の風景をたどる旅~』です。まずは、こちらからお読みいただければと思います

▪️この川西さんの作品のなかに、私が幼少期に過ごした鴨子ヶ原団地が登場します。私の原風景です。この団地に暮らしていました。阪急御影から山裾を登ったところにある団地です。昭和35年頃から昭和38年の春頃まで暮らしていたはずです。

▪️5階建の4階で、3Kの間取りでした。4畳半が2間に6畳間、それとキッチンです。窓枠は、木製だったと思います。ステンレスの流しのあるキッチン。洋式の水洗便所。南側にはベランダがありました。ベランダからは、大阪湾や淡路島が見えていたはずですが、幼児であった私には風景を鑑賞することができませんでした。「良い景色だ」というのは、成長過程で学習するものなのだと思います。せまいキッチンには小さなテーブルがおかれました。家具屋さんがダイニングテーブルを届けてくれたときを思い出します。狭いキッチンに置くテーブルなので、1/3が折りたたみになっていたように記憶しています。まだ、3歳か4歳だったと思いますが、すごくテーブルというものに、椅子にすわる生活に、何か期待感のようなものがあったのではないでしょうかね。

▪️我が家には冷蔵庫と洗濯機はありましたが、テレビがありませんでした。「三種の神器」のうちテレビだけがありませんでした。上の階のご家庭が我が家の冷蔵庫に竹の皮でつつんだお肉を預けにこられて、私は上の階のご家庭のテレビをみにいっていました。なつかしいですね。断片的な記憶も思い出したときに、記録しておかないとと、70歳を間近に控えて思っています。

ひろしま神楽

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▪️朝、大学に向かう通勤電車で、写真のような吊り広告に気がつきました。「ひろしま神楽」とあります。

▪️私が2004年に龍谷大学に赴任して最初に担当したゼミの学生さんの1人、石井祐一さんが広島県出身。彼の卒業論文のタイトルは「広島神楽アイデンティティ-郷土芸能における創造的伝承と保存的伝承-」でした。卒業後は、家業である地元の映像プロダクションに入社して活躍してきました。おそらく、仕事の範疇は「ひろしま神楽」だけではないと思うけど、この創作神楽の国内外の公演で美術担当をされているようです。メキシコにも行っています。この脇田ゼミ1期生の皆さんとは、LINEグループでつながっているので、さっそく石井さんに尋ねてみました。すると、この兵庫県での公演にも舞台制作・進行で参加しているとのことでした。誘われたけど、その日は授業があるんだよ。残念。

▪️LINEグループでのやりとりでは、1人の外国人と写った写真をみせてくれました。昨日まで大相撲のパリ公演の関係でパリに行っていて、スポーツバーで、たまたまトルシエ監督時代の通訳をされていたダバディさんと出会い、今回のオランダ戦も一緒に観戦しながら解説してもらったのだそうです。サッカー、あまり関心がないので、「へー、そうなんや」程度なんですが、サッカーファンにとってはすごいことなんでしょうね。

▪️どうして卒業生の卒論のタイトルを正確に記憶しているのかといえば、記憶しているからでなく、このブログのなかでデータベース化していて、いつでもスマホで確認できるようになっているのです。どんな顔だったかは忘れても、卒論の内容については記憶しています。まあ、それもいつまで可能でしょうね。加齢に伴って過去の記憶も曖昧になっていくので…。

仰木地域共生協議会「愛土農園」でのタマネギの収穫作業

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▪️一昨日のことになりますが、「仰木地域共生協議会」の「愛土農園」での農作業を、手伝っている新興住宅地のサポーターの皆さんに、LINEで連絡が入りました。私は、協議会の理事の1人ではありますが、そのようなサポーターの1人でもあります。

「@All
【作業のお知らせ】
6/14(日)13時ー
農園で乾かしている玉ねぎ運搬のお手伝い
※参加可能な方はリアクションいただけると嬉しいです」

▪️農作業の日程は、天候や農作物の成長度合いによって決まります。ということで、これまで【作業のお知らせ】が入っても、ウィークデイの時が多く、最近はなかなか農作業に伺えませんでしたが、今日はやっと参加することができました。サポーターからの参加は私1人でしたが、協議会の会長さん、事務局長さん、事務局スタッフさんの4人で農作業に励みました。

▪️畑の畝の上で乾燥させてあるタマネギの根っこを、ハサミでひとつひとつ切り落として、カゴに入れていきました。最終的には、大きなカゴに11個分の量を収穫できました。収穫したものは、協議会で利用している倉庫で保管されるようです。会長と事務局長がその保管の作業をされている間に、私と事務局スタッフさんの2人で、オクラの定植作業を行いました。

▪️あらかじめマルチシートが張ってありましたし、苗を植える作業にもだいぶ慣れてきたこともあって、テキパキとこなすことができました。定植した後は、畑の隅に置いてある大きなタンクに溜まった雨水をジョウロに汲み取って、ひとつひとつの苗に丁寧に水遣りをして、そのあとは苗の周りに籾殻を撒きました。「乾燥防止」、「地温の調節」、「雑草の抑制」のためです。素人の作業ですが、会長さんからはOKをいただきました。

▪️この圃場「愛土農園」(あいどのうえん)は、元々は耕作放棄地の水田でした。水田でしたので、最初の頃はずいぶん粘り気のある土で、長靴の底の溝にその粘土が詰まってしまい、帰宅後が長靴の掃除が大変でしたが、今はそのようなことはありません。ずいぶん、土の性質が変わってきたように思います。
最後の写真は、ズッキーニです。私は、大学の仕事があり定植の作業に参加できませんでしたが、順調に成長しています。すでに、仰木にある直売所でも販売されているようです。今日は、会長さんから、直売所で販売する際の価格をつけるコツについて教えていただきました。

▪️以下は、事務局スタッフさんが製作されたミニ動画です。Instagramです。

建築家・秋山東一さんのこと

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▪️建築家の秋山東一さんは、昨年の8月初旬に82歳でお亡くなりになりました。私のように建築になにも関係ない者にも気さくにお付き合いくださいました。秋山さんや、他の建築家をはじめとするご友人方と一緒に、東京のまち歩き(地形・地理・歴史)に何度も参加させていただいたことを、とても懐かしく思い出します。

▪️お亡くなりになったあと、ご遺族のご意志だと思いますが、「秋山東一を思い出す会」も開催されました。その日は、平和堂財団の仕事があり、残念ながら思い出す会には出席できませんでした。そのかわりに、このような記念品を販売されていたことから、秋山さんのイラストの入ったTシャツ、ステッカー、ピンバッジ、おそらく息子さんと2人で写っておられる若い頃の秋山さんの絵葉書を購入させていただきました。ネットで検索すると、大変たくさんの方達が、秋山さんを偲んだ記事をお書きになっています。ぜひ、ご覧ください。

▪️以下は、2025年1月20日の私の個人ブログの投稿です。
建築家・秋山東一さんのこと

昨日は土曜日ですが瀬田キャンパスへ

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20260614sata_campus3.jpg ▪️ひとつ前の投稿にも書きましたが、昨日は、「びわ湖・滋賀学」の授業があり、龍谷大学瀬田キャンパスへ出勤しました。出勤しても、もうこちらには研究室がないので、授業が終わるとすぐに帰宅することになります。ということでバス停に向かっているとき、1号館の前の噴水に鴨が1羽泳いでいました。びっくりしました。瀬田キャンパスに勤務しているときにも、カモはやって来ていたかな…記憶がありません。カモが飛来していたかもしれませんが…。この池には、キンギョが泳いでいます。個人の家庭で飼育しているサイズではなく、かなり大きなサイズまで成長しています。この噴水、定期的に業者さんによって掃除されているのですが、キンギョは保護されているようです。

▪️それはともかく、この噴水の周りに、今年もハスを植えた大きな鉢が並んでいました。毎年、楽しみにしていました。学生の皆さん、頑張って(楽しんで)おられます。これは、2021~2023年に「龍谷IP」(Iventive Program)に採択された課題「植物園をつくろう」の活動の一環として設けられています。私は、瀬田キャンパスを龍谷大学ならではの植物園のようにしていくチャレンジを応援しています。

▪️ハスの横に、小さな解説板がありました。「仏教とハス」です。以下の説明、心に沁みますね。そして、有名な「フーテンの寅さん」の主題歌の2番にもこのハスのことが歌われていることを、この解説で知りました。

ハスは、「泥の中から咲くのに美しい」のではありません。「泥の中にこそ」成長して、ついに美しい花を咲かせるのです。

今日は土曜日ですが瀬田キャンパスへ

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20260613biwako_shigagaku1.jpg ▪️今日は土曜日ですが、瀬田キャンパスで「びわ湖・滋賀学」の授業です。この授業、滋賀県立琵琶湖博物館の学芸員や学芸職員の方が講義をしてくださいます。前回は、琵琶湖博物館の展示を使った講義でしたが、今回は瀬田キャンパスでの講義です。今日は、県庁から博物館に人事交流でこられている学芸職員の方が、前半は河川や防災の政策、後半は森林政策のことについて講義をしてくだいました。前半では、河川や防災に関して取り組まれている政策について講義をしてくださいました。土木関係の技術職員として入庁された方です。いろいろ課題はあるわけですが、現在の河川政策は、昔のように行政によるトップダウンの治水や利水だけでなく、生物の保全等の環境への配慮、そして地域文化の保全や住民との「協働」等も視野に入れられた総合的なものです。講義の中では、「初めての魚の居場所づくり」についてもお話ししてくださいました。そして2限目は、県の水産試験場から琵琶湖博物館に人事交流で来られている学芸職員の方が、琵琶湖の水産業について講義をしてくださいました。来週の授業は、私が担当ということになっています。短い講義とグループワークを行う予定になっています。

▪️ところで、朝、瀬田キャンパスに到着してすぐに気がついたことがあります。正門を入ってすぐのところにある築山の麓に、キノコのホダ木が並んでいました。こういうことができるのが、自然豊かな瀬田キャンパスの良いところだと思います。なにかの授業の一環として取り組まれているのかな。知りたいと思いました。

「サッカー日本代表 パブリックビューイング開催」

20260613fifa_world_cup.jpg ▪️こういうポスターがキャンパス内に掲示してありました。深草キャンパスの成就館4階にある龍谷メインシアターで、サッカー日本代表 パブリックビューイングが開催されるようです。ただし、龍谷大学関係者限定のようですね。関係者の定義ってどんなの?OB・OG、退職者は当然関係者として、大学周辺の地域の皆さんとかどうなんでしょうね?やはり、シアターには客席に限りがありますから、それは難しいのかな。

▪️このパブリックビューイングを主催するのは、「龍谷大学スポーツサイエンスコース スポーツマネジメント研究室松永ゼミ」の「大学スポーツ応援促進プロジェクト」のみなさんのようです。龍谷大学には、スポーツサイエンスコースも含めて4つの「学部共通コース」が開設されています。私はよく知らないのですが、公式サイトによると「経済学部・経営学部・法学部・政策学部・社会学部の学生を対象とし、各所属学部のカリキュラムを学修する一方で、学部の枠組みを越え、自らの興味・関心に基づくあるいは自分の将来の進路に照準を合わせた講義を、系統的かつ重点的に受けられる」ようになっています。

▪️ワールドカップについては、これから日本全体で盛り上がっていくのでしょう。今回の北中米ワールドカップ2026で、日本代表は悲願の「ベスト8(準々決勝)進出」を果たす可能性が非常に高いと国内外で強く期待されているようです。読売新聞の記事のタイトルは、「『日本は8強進出』3大会連続で優勝国的中の独アナリストが予想…『親善試合でブラジルやイングランドに勝ったダークホース』と分析」です。普段、サッカーにはあまり関心がないのですが、このワールドカップについては気になりますね。

近鉄小倉駅の吉田初三郎

▪️月曜日に、教育実習を受けているゼミ生の「巡回指導」のために、宇治市の中学校に行ってきました。最寄駅は、近鉄小倉駅です。その小倉駅の京都方面のホームの壁面に、なにやら賑やかな絵が飾ってあります。これは一目で、吉田初三郎の絵であることがわかります。「奈良電気沿線名所圖繪」です。19×75cm (折りたたみ19cm)の観光パンフレットです。そのパンレットを拡大印刷して飾ってあるのです。

▪️以下は、この「奈良電気沿線名所圖繪」について解説した記事からの引用です。太字の強調は、私がつけたものです。

「ならでん」の愛称で親しまれた京都~西大寺間の奈良電気鉄道は(昭和38年に近鉄に合併し、近鉄京都線となる)、昭和3(1928)年11月に京都での昭和天皇御大典にあわせ開業した。西大寺で大軌(現近鉄)奈良線と連絡。赤く一直線に作図した沿線には、伏見桃山御陵や古社名刹・名所旧蹟をびっしりと配置し、例えば、宇治平等院、東大寺大仏殿、二月堂・三月堂、春日神社、興福寺と猿沢池、法隆寺、薬師寺、唐招提寺、橿原神宮などの境内図を、カラフルな立体的絵図として表現していて、楽しくなる。はては伊勢神宮参拝交通図絵ともなるような構図でもある。
 よく見ると、たくさんの天皇陵や奈良ホテル。さらに神鹿と三笠山(若草山)には、鹿の姿が判別できる。また、今でいうレトロな車両・自動車などが走行し、ピンクの桜を散りばめ、図の上部角には、遥か遠くの富士山や北海道、樺太まで描出していて“遊び心”に満ちているのである。そんな古都を結ぶ沿線案内名所図絵鳥瞰図といえるだろう。
 なお、初三郎は昭和15年新秋に、少し構図を変えて「奈良電車沿線名所図絵」(奈良電気鉄道㈱刊)の作品も残している。

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▪️私の写真では、上の解説の面白さがよくわからないと思います。探してみたところ、「日文研デジタルアーカイブ」で「奈良電気沿線名所圖繪」の詳細を確認できることがわかりました。ぜひ、細かなところまで楽しんでください。私は、現在は大津に暮らしていますが、以前は、奈良市の菖蒲池に暮らしていました。この「奈良電気沿線名所圖繪」で確認すると、遊園地が描かれています。この遊園地は、あやめ池遊園地です。2004年(平成16年)6月6日で閉園して、78年の歴史に幕を下ろしています。閉園したときは、まだ菖蒲池に暮らしていました。

▪️この「奈良電気沿線名所圖繪」が飾ってある小倉駅のそばには、現在は干拓されていますが、かつて天然の遊水池であった巨椋池がありました。その干拓される前の巨椋池をよくみると、蓮の花がたくさん描かれています。巨椋池は、蓮の鑑賞で有名な場所でした。

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