父の好きだった蔓薔薇

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■老いた母の生活介護のために、週1回、母の家に通っています。「子守り」ならぬ「親守り」です。介護保険で毎日ヘルパーさんが来てくださっているので、とりあえず週1回でなんとかなっています。ご近所の皆さんのお心遣いもにも感謝です。とはいえ、身の回りの世話や買い物に加えて、春になると庭に雑草が生い茂るので、たびたび除草作業が必要になります。これは私がしなければなりません。ひどい庭なんです…。ひどい庭なんですが、この季節は、庭の蔓薔薇が満開になります。

■この蔓薔薇、4年前に亡くなった父が好きでした。ただし、父も含めて両親はこの蔓薔薇や、庭の手入れをしていなかったですね~。庭というものは、丁寧に世話をしてなんぼのものですが、うちの両親は世話をしていなかった。無秩序に樹が植わっています。その剪定と消毒は業者さんにお任せしていますが、庭の除草は私がしなくてはいけません。今日は、その除草作業の日でした。以前は、手作業でやっていたのですが、最近は、家庭用の電動草刈機を使っています。ずいぶん楽になりました。とりあえず、なんとかご近所にご迷惑をおかけしない程度には除草をしました。とはいえ、1ヶ月しないうちに、また庭は雑草でいっぱいになります・・・。仕方ありませんね~。

誕生日

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■1970年頃、普通の会社員の定年退職は、55歳だったように思います。55歳で定年というと、退職後の残りの人生はずいぶん長いように思えますが、調べてみると当時の平均寿命は69.31歳でした。今よりも、10歳程短いわけですね(ちなみに1970年で55歳というと、大正4年生まれということになります)。さて、単純には比較できないわけですが、本日、私もとうとうその年齢になりました。昔であれば、今日が退職日ということになります…。そのように考えると、少し感慨深いものがあります(…ような気がする)。とはいえ、私が若い頃の55歳のイメージとは異なり、どう考えても「成熟した…」という感覚はありません。もっとも若い頃は、55歳の男性を勝手にそう見えていただけ…なのかもしれませんね。

■「初老」という言葉を聞いたときに、何歳ぐらいから「初老」というかご存知でしょうか。じつは40歳です。現代社会であれば、40歳といっても、まだ青年の延長線上の気持ちなのではないかと思います。しかし、本来的な意味でいえば、40歳からが初老なのです。昔は、栄養状態が悪く、医療も貧弱、若くして多くの皆さんが病気で亡くなりました。おまけにたびたび飢饉等に苦しめられました。おそらくは死が日常生活のなかに、当たり前のように存在していたのだと思います。そのような時代であれば、40歳が老いの入り口「初老」というのは、なるほどな〜と納得できるわけです。現在、還暦を迎えた方に老人という叱られてしまいます。おそらく「初老」にしても、50歳代後半をイメージする人が多いのではないかと思います。東アジア全般にあった「老の文化」は、どうなってしまったんでしょうね〜…。かつては、老いた人には、老いた人なりの役割と存在感がコミュニティの中に存在していたのですが。

■50歳を超えてからも以前と同じように、あるいは以前よりもさらに仕事に励んできました。体力はあるほうだとは思いますが、それを良いことに健康管理を怠ってきました。いけません。ということで、55歳の誓いです。

・酒量を減らす。
・ランニングに励む。
・良く睡眠を取る。
・プライベートの時間も大切にする。

■この誓いをどこまで守れるのか、私にもよくわかりませんが、少し生活のあり方自体を考え直してみようと思います。

■ところで、トップの写真について説明します。晩に、研究室にいると、お隣の学科の同僚と学生が夕食を誘いにきてくれました。仕事を終えた妻が夕飯の買い物をする前だったので、合流させていただきました。そして、教員2人、学生2人、あわせて4人の皆さんから、誕生日を祝っていただきました。みなさんには、感謝です!家族でのお祝いは、同じく4月生まれの長男と一緒に…かな。連休中、長女と長男、子どもたちが帰省したときになると思います。

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