ペギー葉山さん
■昨日のニュースで、ペキー葉山さんがお亡くなりになったことを知りました。享年83歳。今でもメディアに登場されるお姿を拝見しつつ、「いつまでもお若いなあ」と思っていました。私の年代の人たちの中には、ペギー葉山さんのファンという方は少ないのではないかと思います。私たちの年代よりも、1世代上の方たちが、ペキー葉山さんが歌う「学生時代」等に夢中になったのではないでしょうか。私たちの世代からすると、やはり「ドレミの歌」になります。
■ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」の中の「Do Re Mi」がオリジナルです。家庭教師役のジュリー・アンドリュースが次のように歌っています(私は、映画「サウンド・オブ・ミュージック」の大ファン、ジュリー・アンドリュースの大ファンでもあります)。
Doe, a deer, a female deer
Ray, a drop of golden sun
Me, a name I call myself
Far, a long, long way to run
Sew, a needle pulling thread
La, a note to follow Sew
Tea, a drink with jam and bread
That will bring us back to Do
■私たちが歌ってきた歌詞とは全く違います。多くの日本人が知っているには「ドはドーナツのド…」の歌詞は、ペギー葉山さんがアメリカを訪問したおり、ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」をご覧になり、感銘を受けて、帰国後、自ら日本語で作詞されたものだと聞いています。音楽の教科書にも乗るほどの名曲となりました。すごいことですよね。
■ペギー葉山さんは、ブログを書いておられました。その最後のエントリーがこちらになります。3月29日に、越路吹雪さんの37回忌を記念したイベントが東京の日生劇場で開催され、ペギー葉山さんも出演されていたのです。ということは、つい最近までお元気だったわけですね。とても残念です。
ブラームスの弦楽6重奏
■大学時代のサークル、関西学院交響楽団の先輩から譜面が送られてきました。2つ上の学年の女性の先輩です。現役時代、随分、親しくさせていただきました。その先輩と、最近、facebookでつながることになりました。そして、いろいろやり取りとをしているうちに、「ブラームス(Johannes Brahms)が作曲した弦楽六重奏曲を一緒に弾きましょう」と提案されました。もじもじしている間に、我が家に譜面が送られてきました。ブラームスの弦楽六重奏は、バイオリン、ビオラ、チェロがそれぞれ2つずつで演奏する曲です。特に、ブラームスの好みだと思いますが、ビオラとチェロが活躍する曲です。先輩からは、「2ndバイオリンを弾くように」との指示がありました。卒業しても先輩は先輩。先輩が決定されたことなので、「もう30年ほど弾いていません」と断るわけにはいきません。夏頃、8月上旬に、先輩達とこの曲を演奏することになりました。はたして、30年ぶりに楽器を再開することができるでしょうか。
■バイオリンについては、「ひさしぶりに…」を、今年の1月23日にエントリーしました。その中で、「知り合いの方たちからは、『できるだけ頻繁に、数日おきに10分でも良いから、楽器を弾く習慣をつけるように』と言われています。頑張ってみます」と書いていますが、その習慣はまだできていません。全然頑張っていません。これではダメですね〜。早く、コツコツ、練習を積み重ねて行かねばなりません。
■ブラームスの弦楽六重奏はとても有名な曲で、特に第2楽章の主旋律はよく知られています。そのような主旋律は、主に、1stバイオリン、1stビオラ、1stチェロが弾き、私が担当する2ndバイオリンは伴奏に徹する感じでしょうか。他のパートを支える黒子の役割が多くなるわけです。ということもあり、スコアを注文しました。自分が弾くパートと他のパートとの関係をよく理解するためです。こんなふうに勉強するのは久しぶりのことです。それから、あとは、弓の毛替えをしなくてはいけません。浜大津にある楽器修理屋さんに行かねば…。と練習に取り掛かる前に、いろいろ言い訳をしているような気もしないでもありません…が、今度は、頑張ります。マラソン、ランニング、バイオリン…なかなか長突きしませんね〜。性格でしょうかね〜。
■以下は、YouTubeで見つけた、お気に入りのブラームスの「弦楽六重奏」です。イスラエル・チャンバー・プロジェクトの皆さんによる演奏です。
琵琶湖周航の歌
■今年、2017年は「琵琶湖周航の歌」が誕生して100年目になります。記念行事もいろいろ計画されているようです。「琵琶湖周航の歌100周年記念促進協議会」という団体も組織されました。6月30日には、100周年を記念して、歌手の加藤登紀子さんが出演・プロデュースする「びわ湖音楽祭」が「びわ湖ホール」で開催される予定とも聞いています。以下は、Wikipediaからの引用です。
琵琶湖周航の歌(びわこしゅうこうのうた)は、日本の学生歌の一つで、琵琶湖および周辺地域を題材とした、滋賀県のご当地ソング (cf.) の一つ。1917年(大正6年)6月28日成立(作詞:小口太郎、作曲:吉田千秋)、1933年(昭和8年)初版レコーディング(作詞・作曲:同左)。
1917年(大正6年)の琵琶湖一周の漕艇中にこの歌詞を思いついたとされる。周航2日目の6月28日夜、今津(現滋賀県高島市今津)の宿で部員の中安治郎が「小口がこんな歌を作った」と紹介したのが初出である。吉田が作曲した『ひつじぐさ』のメロディに当てて歌われたのが定着し、三高の寮歌・学生歌として広まっていった。ただし口伝えで継承されたため、現在のメロディは原曲の『ひつじぐさ』とはかなり異なっている。
■この「琵琶湖就航の歌」は、1917年6月27日と28日に、当時の三高ボート部の琵琶湖周航の訓練の中で誕生したと言われています。原曲は「ひつじくさ」。「これはどんな歌なんだろう?」とYouTubeで調べてみると、ちゃんとありました。こちらです。確かに、Wikipediaの解説にあるように「かなり異なって」います。「ひつじぐさ」という曲、YouTubeの解説では、「イギリスの詩「WATER― LILIES」(睡蓮)を翻訳し雑誌「ローマ字」に「ひつじぐさ」と題して発表したのが大正2年、その2年後、千秋20歳の大正4年、音楽雑誌「音楽界」8月号には混声四部合唱の楽譜として発表されました」とあります。ひょっとすると、この原曲にかなり近いメロディーで、初期の「琵琶湖周航の歌」は歌われていたのかもしれません。
■私はかつて勤務していた滋賀県庁に就職するまで(1991年4月)、この「琵琶湖周航の歌」を歌った記憶がありません。もともと、京都大学の人たちによって愛唱されてきたのだと思いますが、第二次世界大戦後は多くの人気歌手に歌われてきたことから、滋賀県民の皆さんの愛唱歌にもなってきたようです。そのようなこともあってでしょうか、滋賀県庁時代の宴会では、宴会の最後にこの「琵琶湖就航の歌」がしばしば歌われました。ということで、私にとっても、なんとなく懐かしい歌となっているわけです。1番から6番の歌詞の中には、志賀の都(大津京)、雄松(近江舞子)、今津、長浜、竹生島、比良、伊吹、長命寺が登場します。琵琶湖の湖上をボートでぐるっと周航したら目に入ってくる風景が頭の中に浮かんできます。
■ところで、急に話しは変わりますが、この「琵琶湖周航の歌」、今年の3月から大津市役所の定時退庁時間に流れるのだそうです。産経新聞の記事によると、「今年で誕生から百年を迎えることを記念するとともに、郷愁をそそるメロディーで定時退庁を促す狙いもある」のだそうです。はたして、職員の皆さんが、この歌を聴いて早く帰宅しようと思うのかどうか…私にはよくわかりません。それよりも、残業を生み出す根っこにある問題を解決していかないとなぁ…などと、自分の、大学の職場のことも考えながら、そう思ってしまいました。
「かぶとやま交響楽団」第54回定期演奏会
■本日、「かぶとやま交響楽団」の第54回定期演奏会が開催されました。じつは、私は、この市民オーケストラの設立時のメンバーでした。設立時の当時は、関西学院交響楽団のOBとOG、そして関西学院交響楽団にエキストラに来られていた方達が中心になっていたと思います。エキストラとして来て頂いていた方の中には、その後、大阪フィルハーモー管弦楽団に入団されるような方もおられました。もちろん、その方は、音大のご出身でしたが。というわけで、学生時代、アマチュア演奏家として活躍していた(あるいは頑張っていた)方達が集まってできた市民オーケストラだったのです。設立の発起人の皆さんは、私よりも2つ下の学年の人たちだったように記憶しています。団の名前からしても、関西学院大学出身者が母体ということがわかります。というのも、母校・関西学院大学は、六甲山系の一番東の端にある甲山の麓にあるからです。そのことにちなんだネーミンクなのです。
■私は、この市民オケの第1回と第2回で弾いている。弾いた曲目は、以下の通りです。
第1回演奏会(宝塚ベガホール)1990年4月14日
デュカス:ペリのファンファーレ
ウェーバー:「オベロン」序曲
:ファゴット協奏曲(Fg.宇治原明)
ブラームス:交響曲第1番
第2回定期演奏会(宝塚ベガホール)1990年10月7日
ブラームス:ハイドンの主題による変奏曲
ストラヴィンスキー:組曲第1番・第2番
ベートーヴェン:交響曲第7番
■ところが、私は、この市民オケで弾いていたこと自体を、あまりよく覚えていないのです。確認すると両方とも1990年でした。このことに最近、気がつきました。自分自身の経験なので、気が付いたといのもおかしいのですが…。私自身の、アマチュア演奏家としての最後の演奏会は、1986年の冬、後輩たちの定期演奏会で、エキストラとして弾いた時だと思っていました。その時は、湯浅卓雄先生の指揮でベートーヴェンの第9でした。ずっとそう思っていたのですが、私の記憶違いでした。
■当時の私は、定職のないいわゆるオーバードクターでした。もちろん、結婚もして、子どもたちもすでに生まれていました。翌年からは、滋賀県庁の職員となり、琵琶湖博物館の開設に仕事として取り組み始めることになります。その頃は、たぶん必死だったのだと思います。
■先ほど、最後の演奏会と書きましたが、1990年で楽器をやめました。やめたのは、当時、バイオリンの調整や弓の毛替え等をお願いしていた宝木さんという楽器職人の方からの何気ない一言でした。「脇田さんは、すごいですね。研究者をめざしながら、こうやって楽器をやっているんですから。私は、自分が楽器職人を目指しているときは、とてもそんな余裕はありませんでした」。嫌みを言われる方ではなかったので、素直におっしゃったのだろうと思います。しかし、私はその職人さんの一言に、「ほんまに、楽器を楽しんでいるばあいではない。子どももいるというのに」と心の底から思ったのでした。そのときから、楽器を弾くことをやめてしまいました(でも、ひょっとすると、宝木さんの親心的な一言だったのかも…)。
■話しは変わりますが、うちの妻は最近、市民オームストラに入団しました。ということで、妻は自宅で、次の定期演奏会の曲のスコアを見ながらCDを聞いています。勉強しているのです。ひとつは、シューマンの「交響曲第3番 ライン」。もうひとつは、ウェーバーの「オベロン序曲」です。後者の「オベロン序曲」は「かぶとやま交響楽団」で演奏しているのに、私はそのことをすっかり忘れていました。しかし、身体の中には弾いた記憶が残っているのです。自宅で聞こえてくるCDの音に合わせて、身体がムクムクしてくる(表現が難しいのですが…)。「おかしいな〜、どこかで弾いているのかな?」としばらくわかりませんでした。そういえば、ブラームスの「ハイドンの主題による変奏曲」だってそうです。好きな曲なので、iPhoneに入れて車で聴くことが多いわけですが、これについても「かぶとやま交響楽団」で弾いていることをすっかり忘れていました。身体とは恐ろしいものです。といいますか、ここでは自分の記憶の衰え、脳の劣化を嘆かなくてはいけません…。
■こうやって、「かぶとやま交響楽団」の第54回定期演奏会のことを紹介していますが、私自身は行っていません。自分の大学で開催される中沢新一さんの講演会に行くことになっていたからです。「かぶとやま交響楽団」は、かつては関学出身者が中心でしたが、最近はそうではないそうです。多いのは関西大学の出身者だそうです。
湯浅卓雄のシューマン
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■このエントリーも、1つ前のエントリーと同じく、先日、大阪梅田で開催された原田達先生を囲む新年会に向かう途中から始まります(^^;;。大津市の都市計画審議会が終わって大阪に移動。到着した時は、まだ16時半頃でした。まずは伸びた髪を切りに阪神デパートの中にある理髪店に。それでもまだ新年会の開催までに時間があったものですから、会場近くで(第1ビル地下1階)たまたま見つけた中古のCD屋さんに立ち寄ってみました。最初は、カーリー・サイモンのCDはないかなと探していたのですが見つかりません。仕方なく、クラシックのコーナーに移動していろいろ物色していると、学生オーケストラ時代(関西学院交響楽団)にご指導いただいた湯浅卓雄先生のシューマンのCDを見つけました。中身は、交響曲1番から4番までと、序曲「スケルツォとフィナーレ」。
■最近、家族が市民オーケストラに入団しシューマンの3番「ライン」の練習に励んでいます。そのため、小さな我が家の中では、時々、シューマンの交響曲が流れています。2階の書斎で仕事をしていても、階下のリビングから聞こえてくるのです。そういうこともあって、頭に「シューマン」としっかり刷り込まれています。ついついシューマンのCDを探すことになりました。すると、この湯浅先生のCDがどーんと目に飛び込んできたのです。即購入を決定しました。オケは、大阪センチュリー交響楽団です。CDの裏側には湯浅先生の写真がありました。録音は2005年だから、先生の写真もたぶん10年前ぐらいでしょうかね。お若い頃とあまり変化がありません。湯浅先生にお会いしたいものです。覚えてくれているかな。
■湯浅先生に関して、学生オーケストラ時代の後輩から情報が入りました。今年の6月4日(日)に、「兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール」で開催される芦屋交響楽団の「第87回定期演奏会~創立50周年記念演奏会~」で、湯浅先生が指揮をされるのだそうです。曲目は、伊福部昭の「交響譚詩」、芥川也寸志の「エローラ交響曲」、プロコフィエフの「交響曲第5番」です。日本の作曲家の現代音楽を意欲的に取り上げて指揮されてきた湯浅先生にふさわしい曲目なのかもしれません。
【追記】■湯浅先生に最後にお会いしたのは、もう随分前のことになります。一昨年に結婚した娘がまだ赤ん坊で、家族3人で大阪の天王寺動物園に出かけた時に、偶然、やはりご家族と来られていた湯浅先生にお会いしました。だから、もう30年ほど昔のことになります。
Beethoven 9 - Chicago Symphony Orchestra - Riccardo Muti
■昨日は、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの誕生日でした。世の中知らないことばかりなのですが、facebookでチェックしている「シカゴ交響楽団」(Chicago Symphony Orchestra)の投稿で、ベートーベンが12月生まれってことを初めて知りました。この動画は、ムーティ指揮による「シカゴ交響楽団」の「交響曲第9番」です。日本では年末になるとこの「第9」の演奏が各地で行われます。いよいよ年末です…と書きつつ、その実感がなかなか湧いてこないのはなぜでしょうか。
VOCES8: Lux Aeterna - Edward Elgar
■イギリスの作曲家、エドワード・エルガーが作曲した管弦楽のための変奏曲「エニグマ変奏曲」(独創主題による変奏曲)。この曲は14の変奏曲で構成されています。それぞれの変奏曲には、親しい友人たちの名前や名前の頭文字が付いています。「音楽的肖像」なのだそうです。9番目の変奏曲には、「Nimrod」とあります。調べてみました。エルガーとの間にかけがえのない友情を育んだ、アウグスト・ヨハネス・イェーガーというドイツ生まれの音楽出版者であることがわかりました。名前のイェーガー「Jäger」とはドイツ語で狩人という意味。旧約聖書の創世記に出てくる狩人が「Nimrod」であることから、両者の意味を重ね合わせて、この第9変奏曲は「Nimrod」となったようです。このあたりが、「エニグマ」=「謎」ということなのでしょう。
■この第9変奏曲は、単独でもよく演奏されます。式典にも用いられます。ロンドンオリンピックの開催式でも演奏されました。イギリスの戦没者追悼記念日(Remembrance Day)でも演奏されているようです。曲の雰囲気からでしょうか、様々な式典で演奏されるようで。おそらく、エルガーがイギリスの作曲家であることから、この曲に対してイギリス人の皆さんは、何か特別な感情をお持ちなのではないかと思います。
■さて、昨日は、この第9変奏曲は「Nimrod」を、アカペラのコーラスグループ「ヴォーチェス8」が歌っている動画を拝見しました。エルガーが作曲した「Nimrod」に歌詞をつけて歌っておられます。「ルクスエテルナ」=「永遠の光」というタイトルが付けられています。歌詞の内容については、私には聞き取れません。ぜひ知りたいものです。この「ヴォーチェス8」の皆さんの歌声を聴きながら、鳥肌が立つほど感動してしまいました。不覚にもハラハラと涙が出てしまいました。歳ですね…。
Anne Akiko Meyers Plays Ennio Morricone’s ‘LOVE THEME’ from Cinema Paradiso
■アン・アキコ・マイヤースさんが演奏する「ニュー・シネマ・パラダイス」の「愛のテーマ」。心が震えました。素敵だ。心に沁みてきます。心が敏感になっているとき、沁みてきますね。この動画は、オーケストラはロンドンシンフォニーオーケストラ、指揮はキース・ロックハートさん(ボストン・ポップス・オーケストラ指揮者)です。
Ann & Nancy Wilson (Heart) Stairway To Heaven Live HD
■ロックミュージックに関しては何も知らないに等しい私ですが、伝説的な存在であるイギリスのロックバンド「レッド・ツェッペリン」のことは知っています。ほとんどの曲は知りませんが、彼らの「天国への階段」は知っています。というか、それしか知りません。私のような者でも知っているほど、「天国への階段」は有名な曲です。
■先日、たまたま岩手県盛岡市在住の作家・斎藤純さんが、facebookでこの「天国への階段」の動画をシェアされていました。歌っているのは、「ハート」というアメリカのロックバンド。そして「レッド・ツェッペリン」は、正装をして観客席に着席していました。この動画は最も優れたアーティストに贈られるケネディ・センター名誉賞の2012年の授賞式の模様を写したものです。「レッド・ツェッペリン」は、俳優のダスティン・ホフマン等とともに、この名誉賞を受賞したのです。自分たちの曲を、この日は聞く側に回って、この名曲に耳を傾けています。とても喜び、感動している様子です。その感動は、この動画を視る側にも伝染してきます。観客席には、オバマ大統領夫妻や、チェリストのヨーヨー・マも(多分…)確認できますね。
関西グスタフ・マーラー交響楽団 第6回演奏会
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■19日(日)、関西グスタフ・マーラー交響楽団の「6回第演奏会」で、学生時代に所属していた関西学院交響楽団の後輩2人がチェロを弾くというので、京都にある「ロームシアター京都」に出かけてきました。
■14時開演でしたが、全席自由席ということもあり、13時には行列ができていました。演奏される曲は1曲だけ。グスタフ・マーラーが作曲した交響曲第3番です。この交響曲は、全部で6楽章から構成されています。第4楽章には、アルト独唱が入ります。さらに、第5楽章ではアルト独唱と児童合唱、女声合唱も加わります。また、演奏時間は約100分ととても長いのです。第1楽章だけで30分を超えます。もちろん、指揮者によって時間は変化しますが・・・。この交響曲は、もっとも演奏時間のかかる部類の交響曲になります。楽章のあいだに、合唱団の入場等により時間的な間があくことはありますが、休憩時間はありません。ですから、途中でトイレにいくこともできません。
■このような長大な交響曲を、ふだんじっくり聞くことはありません。ということで、週末に老母の介護と見舞いにいくさい、車の運転をしながら聞き込んできました。しかし、実際の演奏会で聞くのとはやはり違いますね。このオーケストラのほとんど方たちがアマチュア演奏家の皆さんです。しかし、レベルが高いですね。素晴らしい演奏でした。いろんな聞きどころがあるわけですが、それぞれを楽しみました。トロンボーンの長い長~いソロも立派でした。アルト独唱(八木寿子さん)、深い翳りのある歌声にはビビビっときました。マーラーの交響曲を演奏するために組織されたオーケストラで、皆さんは、この交響曲第3番の演奏のために1年をかけて練習を積み重ねてこられた、そのことにも敬意を表したいと思います。来年は、交響曲4番に挑戦されるそうです。「うらやましいな~。また、私もオーケストラで演奏することができたらな~・・・」などといろいろ思うわけですが、なかなかです。演奏会終了後は、京都の「イノダコーヒー」の本店にいって、私と同じくこの演奏会に来ていた先輩や後輩の皆さんたちとの再会を楽しみました。ひさしぶりの、充実した休日になりました。