2025年最後のご挨拶
▪️2025年大晦日。一年間、皆様には大変お世話になりました。ありがとうございました。いろいろあったわけですが、あっという間の1年でした。これからは、さらに時間が経過していくスピードが増していくのかなと思います。それは仕方のないことだと思います。でも、それでも日々を大切に、楽しい時間、充実した時間を持つことができればと思います。
▪️とはいえ、日々のニュースに接していると、とても暗い気持ち、重苦しい気持ちになってきます。世界各地での戦争、それらの戦争が化学反応のように連鎖して大きな戦争になっていくことが恐ろしいです。そして気候変動です。今年の夏の暑さは異常でした。その気候変動、特に温暖化に起因する様々な気象災害。国内の食糧供給もどうなるのか。さらには、南海トラフのような大地震がいつ襲いかかってくるかわかりません。なかなか明るい未来が見えてきません。
▪️加えて大変個人的なことであり悲しいことなのですが、高校の時の同級生が今月、先日、亡くなりました。突然でした。その方とはクラスメイトだったこともありました。とはいえ、それほど親しくさせていただいたわけでありませんでしたが、それでも亡くなったことをお聞きして、とても悲しい気持ちになりました。これから、こういうことが増えていくのだろうなと思います。すでに同級生は何人も亡くなっています。次は自分の番かもしれないとも思っています。だからこそ、日々を大切に、楽しい時間、充実した時間を持つように努めたいと思います。
▪️シェアしたのは、「びわ湖源流の郷(高島市)の魅力」さんのfacebookへのご投稿です。同級生が亡くなり悲しい気持ちになっていましたが、このような琵琶湖の風景に接すると清々しい気持ちにもなります。皆さま、どうか良い年をお迎えください。
龍谷大学吹奏楽部 第52回定期演奏会
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▪️昨晩は、大阪福島にあるザ・シンフォニーホールで、龍谷大学吹奏楽部第52回定期演奏会を楽しんできました。
▪️ゲストである福川伸陽さんの「ホルンと吹奏楽のための協奏曲」、すごい演奏でした。自由自在にホルンを吹かれている様子を拝見して驚愕しました。この曲は、福川さんご自身が作曲家の福島弘和に委嘱してうまれた作品です。福川さんは、ある鼎談のなかで以下のように説明されています。
この曲は僕が福島さんに委嘱する形で生まれました。吹奏楽のホルンはもっと注目されていいと思うんですよね。大半が和音担当なので、もっと目立ちたい!と。笑
なので、「ホルンでもこんな素敵なソロができるんだぞ!」っていう、魅力をどうにかして伝えられないかと、そう思ったのがきっかけです。吹奏楽バックでできるコンチェルトもなかなか少ないので。
▪️「俺にしかできない曲」っていうオーダーだったようです。これもすごい話ですよね。龍谷大学吹奏楽部ではなく他のバンドですが、福川さんの演奏をYouTubeで鑑賞することができます。ぜひお聞きいただきたいと思います。
▪️このホルンコンチェルト以外にも、第2部のメインである「タンホイザー」序曲、とても満足しました。オーケストラの作品を吹奏楽用に編曲して演奏するときに、原曲の弦楽器の部分が吹奏楽ではどう演奏されるのかがいつも気になるのですが、龍谷大学吹奏楽部の演奏、ちゃんとしたワーグナーでした。ありがとう。それから、第1部の「カントゥス・ソナーレ」、「ワイルドグース」にも満足しました。特に、「ワイルドグース」は、ケルト文化をテーマに作曲されていることもあり、魅力を感じました。
▪️定演の後は、一緒に定演を楽しんだ息子夫婦と食事をすることができました。遅い時間ですし、短い時間でしたが、ひさしぶりに会って話ができました。そのあと深夜に帰宅して、そして今日は1限の9時15分から授業でした。あああ…。
西村豊さんのこと、龍谷大学餃子研究会のこと。
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▪️体調を崩され、龍谷大学を休職され、自宅で療養されている友人の西村豊さんに、昨日、会いにいってきました。今年の春、研究室に来られた時はずいぶん細くなっておられましたが、今日は、以前ほどではないものの、太さが戻ってきておられました。筋肉がまた復活しつつあるということですね。普段は、SNSつながりなので、実際にお会いして安心しました。
▪️西村さんとは、龍大の事務職員の皆さんと一緒に「龍谷大学餃子研究会」を立ち上げました。私が会長で、西村さんが副会長です。西村さんとのつながりは、西村さんが龍大の研究事務部長で、私が社会学部の研究主任だった時からになります。その時、西村さんには、仕事上の困りごとの相談に乗っていただきました。そのようなつながりがあった上で、ひょんなことからお互いに餃子が大好きということがわかり、研究会を作ることになったのです。西村さんは大変研究熱心で、私が「西村リスト」と呼んでいる京都を中心とした餃子店のリストを整備されています。研究会では、その「西村リスト」から選ばれた餃子店で真面目に餃子を味わい(もちろん呑みながら)、餃子について語り合い、その勢いで「龍大がこんな大学になったらいいね〜」と放談してきました。
▪️楽しい研究会だったのですが、「西村リスト」の西村さんが体調を崩されてからは、研究会の活動が中断していました。しかし、体調を徐々に復活させておられるようで、いよいよ研究会復活の時期が近づいてきたように思っています。今日、西村さんとお話をしていて驚いたことは、あれだけお好きだったお酒をやめられたということでした。驚いたというか、私は安心しました。今日、西村さんからは退職後の夢を聞かせていただきました。若い頃にやっていたことの続きをやり遂げたい。素敵ですね。そのためには、体力と健康を維持しなければなりません。これからも、西村さんを応援していきます。夢を実現していただきたいです。
この投稿、西村さんに「写真、SNSにアップしてもよいですか」とお尋ねして確認をとっています。安心してください、確認していますよ(「とにかく明るい安村」風)。
大津ジャズフェスティバルのTさんのこと
▪️知り合いのTさんがお亡くなりになったということを、facebookへの皆さんの投稿を拝見して知りました。Tさんのご冥福をお祈りいたします。
▪️Tさんとの出会いは、大津の街を盛り上げようと始めた「大津ジャズフェスティバル」でした。初期の頃、私はこのジャズフェスの実行委員をTさんと一緒にしていました。Tさんは、このジャスフェスが始まるちょっと前からサックスの演奏にも取り組んでおられたように記憶しています。私自身はジャズもたまに聴きますが、メインはクラシックなので、演奏をご一緒させていただくことはありませんでしたが、ジャズフェスの実行委員では大変お世話になりました。
▪️写真は、2013年の第5回の時のものです。ジャズフェスの最後に実行委員が集まったときの集合写真です。この時は、ジャスフェスの雰囲気を写真に記録するボランティアとして参加させていただきました。最前列、黄緑のウインドブレーカーを着ておられるのがTさんだと思います。この日はあいにくの雨で、運営が大変だったと思います。じつは、Tさんと私は兵庫県立兵庫高等学校の同窓生です。手島さんは、私よりもかなり先輩ではありますが、こうやって滋賀や大津で、神戸の高校の同窓生にお会いできるとは思ってもみませんでした。
「敬老の日」のプレゼント
▪️宅配便が届きました。奈良に暮らしている娘からです。今ごろどうしたんだろうと思いましたが、中身は美味しそうな魚の味噌漬けでした。好物です。それも普通の西京漬とは違って、だし醤油と酒粕味噌床を使用してあり、「吟醤漬」というのだそうです。いいですね〜。でも、なんで送ってくれたのかなと思っていたら、明日は「敬老の日」ということで送ってくれた、いやいや贈ってくれたようです。ありがとう。はい、おじいさんです。
▪️今日の夕食で早速いただきました。美味しかったなー。普段、近所のスーパーで購入する味噌漬けとはかなり違っていました。そもそも、原料の魚の鮮度というか、脂のノリがまったく違っているのでしょうね。残りは3切れです。賞味期限は20日までなので、急いで楽しむことにします。早い方が良いですね。
訃報
▪️勤務している龍谷大学の名誉教授のN先生。現役の教員時代は、親しくお話しをさせていただきました。今は休眠中ですが、職場に設立した「兵庫県人会」にもご参加いただいていました。写真を撮るのがお好きだったように記憶しています。facebookにも投稿されていたのですが、ひさしく投稿をお見かけしなくなっていました。今日、そのN先生が亡くなられたという訃報が届きました。先月亡くなられたのだそうです。まだ、71歳ですよ。早すぎますよ。
▪️とはいえ、同じ年齢の人びと、男性の場合ですが、75歳までに1/3がなくなるのだそうです。そして平均寿命までに1/2の方が亡くなるのだとか。私の同級生、高校時代の同級生ですが、先日も訃報を伝え聞きました。びっくりしました。少しずつ同級生は減っています。これが現実なのだと思います。私も、自分が知らないだけで、いつ人生を終えるのかわかりません。そのことを前提に、しっかり生きていくことが大切なのだろうなと思います。月1回、糖尿病のチェックをするために、血液検査をしています。一病息災と言いますが、自分の体調の変化に敏感であろうと思います。
古文書
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▪️今から40数年前、学生時代の頃、学生オーケストラに所属していました。関西学院交響楽団です。楽器はバイオリンでした。その頃の同級生と今でも仲よく交流しています。普段はグループLINEですけど、年に3回ほど食事会(飲み会)をしています。昨日は、その同級生とのグループLINEに、写真のような懐かしい「古文書」を投稿しました。左は、私が現役部員として演奏した定期演奏会のパンフレットです。第53回から第60回まで。年に2回定期演奏会を開催しているので、全部で8回ステージで演奏したことになるわけですが、どういうわけかひとつだけ足りません。
▪️右の新聞記事、色が茶色になっていますね。1回生の時に、ソビエト連邦で演奏旅行を行ったのですが、その前に新聞社から取材を受けた時の記事です。写真は、「やらせ」です。こういう楽器同士で練習はしませんのでね。それともかく、ソビエトに旅行した経験は貴重ですね。いまや消滅していますから。新潟から飛行機で、まずはハバロフスク、そしてモスクワ。レニングラードにはモスクワから列車だったと思います。ラトビアのリガにも行きました。懐かしいですね。
▪️これらの「古文書」以外にも、ガリ版で擦った「演奏旅行」の際の手引きとか、「定期演奏会」の裏方のマニュアルだとか、諸々、いっぱい、我が家の押し入れから出てきました。パンフレットの文章にしろ、マニュアルの文章にしろ、今読んでも面白いけど、幼いというか、お子ちゃまです…(^^;;。とろこで、後輩の皆んさん、現役の学生の皆さんの定期演奏会、最新は145回なんだそうです。私たちの最後の定期演奏会が第60回ですから、なんというか、自分たちは老人になってしまったんだなあと…数字を通して実感することになりました。
秋山東一さん
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▪️今朝のことになりますが、昨日、建築家の秋山東一さんが亡くなられたことを知りました。82歳。驚きました。数日前までfacebookにも投稿されていましたし、住宅設計の「秋山設計道場」を全国各地で開催されておられたのに。ご冥福をお祈りいます。合掌。
▪️秋山さんと知り合ったのは、今から20年近く前のことになるのではないかと思います。まだ、SNSなどが登場する前の時代のことになります。当時は、ブログが盛んでした。当時の私は、秋山さんがブログを通して交流されていた方達のうちのおひとり、写真家の村田賢比古のブログに夢中でした。ブログに掲載された、東京の下町界隈を撮った写真に夢中になっていたのです。そして、熱烈なファンとなり、日々の村田さんの投稿に、かなり長いコメントを書き込んでいました。文字の色がグレーだったので、私のコメントは「グレーの壁」と呼ばれていました。そのようなことから、村田さんがブログを通して交流されていた秋山東一さんともつながることができました。東京での「まち歩き」についても何度もご一緒させていただきました。
▪️こういうブログを通して交流していたのは、2011年の東日本大震災の前までだと思います。その後は、ブログは人気がなくなり、facebook等のSNSに世の中の関心は移っていきました。また、秋山さんたちとの交流も、ブログを通してではなく、SNSの方にシフトしていきました。でも、ブログで交流させていただいていた頃が、とても懐かしいです。良い時代だったと今でも思っています。
▪️写真は、2019年の秋に撮ったものです。大阪に来られて趣味の鉄道模型のイベントを開催されたときのものです。私も、まだ糖尿病を発症する以前ということもあり、今よりも10kg太っています。顔の感じが違っています。また、当時は髪の毛を伸ばしていましたし、髪もまだ今のように薄くはなっていませんでした。一方、秋山さんのイメージですが、知り合いのなった頃から、私の中では変わっていません。
▪️以下は、この秋山さんに関連した投稿です。
aki’s Märklin & MECCANO
ひさしぶりに、秋山東一さんにお会いしました!!
建築家・秋山東一さんのこと
三浦しをんさんの『舟を編む』
▪️三浦しをんさんの『舟を編む』、知ってはいましたが、手にとって読んだことがありませんでした。今日は、大学でいつもよりも少し遅くまで仕事をして帰宅し、夕食を摂った後、NHKでこの「舟を編む」のドラマが放映されていることを知りました。途中から視て、いいな〜と思いました。原作を読んでみたくなりました。まあ、物理的な時間と心の余裕が生まれてからですけど。
▪️常に生きて変化していく「言葉」と、それを記述する「辞書」との関係。それは、社会と言葉の関係でもありますね。面白いと思います。社会学者は、辞書ってどう捉えているのかな。私の指導教授だった領家穰先生は、よく辞書のことを話していました。広辞苑の言葉の変遷について。そういうことに地味に取り組む人が現れるのを期待されていたのかもしれません。まあ、なかなか学会誌に掲載される論文にはなりそうにない気がしますが。そんなことはどうでも良いと、辞書の研究に没頭される人の登場を領家先生は期待されていたのでしょうね。今から40年前後前のことです。でも、当時の私はわかっていませんでしたね。ちなみに、当時、私はそういう人では全くありませんでした。そういえば、領家先生は、『するとなるの言語学』(池上嘉彦)とか『翻訳語成立事情』(柳父章)についていろいろお話しくださいました。学部生の授業でも話しておられました。でも、受講していた学生にはよく伝わっていなかっただろうなと思います。