瀬田キャンパスの新学部施設整備工事

20260509seta_campus1.jpg20260509seta_campus2.jpg
20260509seta_campus3.jpg20260509seta_campus4.jpg
20260509seta_campus5.jpg20260509seta_campus8.jpg
20260509seta_campus6.jpg▪️今日は土曜日ですが、瀬田キャンパスで「びわ湖・滋賀学」の授業があり、コーディネーターとして参加します。授業は1限、9:15からですが、ずいぶん早くキャンパスに到着してしまいました。ということで、キャンパス内を散策しました。私が勤務する社会学部があった2号館や6号館は、校舎の改修工事のための柵で囲まれています。新学部が2027年度に開設されるので校舎の改修を進めているのです。もう、ここに社会学部があった痕跡のようなものは見つけられません。少し寂しい気持ちも生まれてきます。この校舎で20年以上働いてきたのですから。いつまでも変わらないのは、2号館の横にある樹心館でしょうか。

▪️このようにキャンパス内は変化しているわけですが、キャンパスを囲む瀬田丘陵の森林は、いつものように気持ち良く、心に潤いを与えてくれます。京都の深草キャンパスでは味わえない気持ちです。午後からは、「社会共生実習」の「地域エンパわねっと」に関連する打ち合わせをお世話になっているキーパーソンの方と行うために、大津市の中心市街地の商店街に伺います。
20260509seta_campus7.jpg

【追記】▪️新学部の特設サイトです。
環境サステナビリティ学部(仮称)特設サイト
情報学部(仮称)特設サイト

「図書館利用者講習会」

20260430library_seminar1.jpg20260430library_seminar2.jpg
▪️木曜2限は、新カリキュラム1回生対象の「基礎ゼミナールA」です。今日は通常のゼミではなく、「図書館利用者講習会」です。和顔館202の大教室で開催されました。どこの大学もそうだと思いますが、学生さんをサポートするサービスが大変充実しています。この「図書館利用者講習会」も図書館が提供しているサービスです。「基礎ゼミナールA」の担当教員が希望する場合、この講習会を利用できます。今回は図書館が予想したよりも多くのゼミから申し込みがあったそうです。ということで大教室での開催になりました。

▪️学生さんたちは、各自パソコンを十分に充電させて持ち込んでいます。学内は、どこでもWi-Fiでネットにつなげることができます。ということで、そのパソコンを立ち上げて、図書館での検索の方法を体験しています。私は講習を受ける必要はないのですが、出欠を取るために参加しています。そして、学生さんたちの様子を拝見しています。最初は私語もあり、少々ざわついていましたが、今は、みなさん、しっかり講習を受けておられます。

▪️講師は図書館の男性職員のSさんです。滑らかに、わかりやすく、解説されていますね。Sさんとは、あまり繋がりはありませんが、約10年前、彼が入職した時に宴会で初めて出会いました。今日は、その時の印象とはかなり違っています。偉そうな言い方ですが、成長されました。説明の最後には、学生さんたちから拍手が湧きました。すばらしいです。

▪️講習会の会場では以前、全学の研究部長を務めていた時に支えてくださった職員さんにもお会いできました。今は図書館の幹部です。大教室の片隅でこそこそ、「『龍谷大学兵庫県人会』を復活させたいね」というお話もさせていただきました。

瀬田キャンパスのシャクナゲ

20260425syakunage.jpg▪️今日は土曜日ですが、瀬田キャンパスで授業がありました。「びわ湖・滋賀学」。この授業の講義は琵琶湖博物館の学芸員の方がされます。私と先端理工学部の教員2人がコーディネーターになります。今日は1限と2限なので、自宅を7時40分に出発しました。少し早くついたので、毎年気にしていた石楠花(シャクナゲ)の様子を確認してきました。きれいに咲いていました。

▪️今日の講義を担当してくださったのは、琵琶湖博物館の学芸員をされている半田直人先生です。地質時代におきた環境変動のもとで移り変わってきた動物相と、その生物地理の成立過程に関心をお持ちになり研究に励まれています。今日も、そのようなご関心の観点から学生の皆さんにもわかるように丁寧に講義をしてくださいました。ありがとうございました。

▪️午後は大津の中心市街地にある商店街に移動しました。「地域エンパワねっと」(社会共生実習)を履修されている学生の皆さんが、「ナカマチのひみつきち」という絵本と工作を親子で楽しむ小さなイベントを、商店街の中にある「ナカマチスタジオ」で開催しているからです。今日で5回目かな。今日は、昨年度から開催しているこのイベントに、新しい学生さんたちが2人加わりました。まだ、お試しですけど。短期大学部の「こども教育学科」から社会学部に編入されてきた学生さんたちです。幼稚園教諭と保育士のダブル資格をお持ちです。今日は社会共生実習サポートルームの職員さんもお子さんを連れて遊びにこられていましたが、「小さなお子さんへの対応力が半端ない‼️」と大変驚いておられました。さすがですね。短大で鍛えてきた能力が、この実習でとっても役立っているわけです。なんというのでしょうか、保育士の皆さんがよく身につけているスモックも持参されていました。マイスモック。それから、どういうわけか、おそらくボランティア・NPO活動センターの学生さんたちだと思いますが、3人もお手伝いに来てくれていました。龍大生が7人もいたわけです。

▪️今日は、「引率」ではなく編入された方たちが、どんな様子か拝見しにきただけなのですが、安心しました。ということで、会場に隣接するカフェにたまたまおられた映像作家の中島省三さんとおしゃべりをして、帰宅することにしました。

新興住宅地でのお花見のイベント

20260405sakura1.jpg
20260405sakura2.jpg20260405sakura4.jpg
20260405sakura3.jpg20260405sakura5.jpg
20260405sakura6.jpg ▪️お隣の大きな新興住宅地の「まちづくり協議会」と「お花見実行委員会」が、広い公園でお花見のイベントを開催されていました。本当は、昨日だったのですが、雨のため今日に順延となりました。毎年開催されています。コミュニティの持つ力を感じます。この公演の横を流れる川沿いの法面に、たくさんの桜が植えられています。毎年、とても美しい風景が生まれます。この新興住宅地ができてから40年が経過したと聞いていますが、この法面の桜もこの新興住宅地が誕生した頃に植えられたんでしょうかね。

▪️このイベントに、たくさんの出店に混じって「龍谷大学まちラボFAN」も「手づくりわなげ」のコーナーを担当していました。このサークルの部長なんで、ちょっと見学に行ってきました。小さな子どもたちに人気があるようでした(けっこう儲けていたな)。その他にも、おそらく地元のバンドの演奏、この住宅地に隣接する農村、仰木に伝わる郷土芸能「仰木太鼓」の演奏も披露されていました。そうそう、野点のお茶会も開かれていました。

初弁当と入学式

20260402bentho.jpg
▪️個人的には、今日から新年度の仕事が始まりました。朝、弁当を作りました。小さな弁当箱にご飯とおかずを詰めただけですが。卵焼きは、昨晩作っておいたもの。ハンバーグは既製品のレトルト食品。付け合わせは冷蔵庫に常備している湯がいたブロッコリー。ブロッコリー安くなってきましたね。レタスとリンゴのサラダも冷蔵庫に常備してあります。そこに、プチトマト。ご飯は、もちろん白米でなく、玄米に十六石米を加えて炊いたものに、黒胡麻を加えたものです。GI値はかなり低いのではないかと思います。あと、インスタントの味噌汁。

▪️今日は、この昼食を摂る前に、4月から4回生になったゼミ生2人と面談を行いました。最近、学生さんたちの指導でやってみせることは、目の前で生成AIやGoogleのAIモードで情報収集してみせることです。これだけAIのことが言われているんですが、自分の研究にきちんと活用していないんですよね。AIを何に使っているのかな。卒論に向けての研究に、きちんと適切に使ってほしいです。

▪️今日の2人の卒論のテーマは、「夏フェス」(夏に野外で開会される音楽フェスティバル)と「都市農業」。後者の「都市農業」はそれなりに勉強していますが、前者の「夏フェス」はまったくの専門外…。それでも、AIを使って学生さんの前で使ってみると、有益な情報がかなり集まってきました。その際、必ず、情報源となったサイトにもきちんと目を通して確認するようにいっています。AIは嘘をつくから…。これぐらい自分でもやってよ…と思うわけなんですが、逆に指導教員の「パフォーマンス」でやる気が出てくればと思うようにしています。今年度の前期のゼミでは、各自の卒論に向けての研究の進捗状況を、1人20分程度で報告してもらうことにしています。質疑応答や講評も含めて20分です。

▪️面談の後は、京都の北にある国際会館に行きました。社会学部の入学式が15時半から行われました。ということで、今日は、スーツで通勤しています。以下から、入学式のライブ配信も行われました。仏式の式典ですので、関心のある方は、間に合えばですが、ご覧いただければと思います。だけど、ほとんどの皆さんはご覧いただけなかったでしょうね。すみません。

第68回大津市民駅伝競走大会

Screenshot
▪️先日の日曜日に、「第68回大津市民駅伝競走大会」が開催されました。場所は田上です。安藤学長も応援に駆けつけられました。昨日、学長室の城監督から駅伝の結果についてお知らせが届きました。14チームのうち6チームが龍谷大学関係のチームです。すごいですね。大津市民駅伝を龍谷大学が支えているかのようです。ちなみに、当然、アスリートチームの「龍谷大学教職員チームA」は1位を目指しつつ、「シガウマラ」というトレールランニングのアスリートチームを抜くことはできませんでした。これは予想の範囲でした。しかし、みなさんが驚いていたのは、謎の若者チーム「よしぴよ駅伝隊」が1位だったということでしょうか。さて、私は、かなり前に駅伝に出場していたのですが、勝手に引退しています。応援にもいかずに、宴会だけ参加しています。来年は応援ぐらいは行こうかな。このブログにも投稿しています。2013年の第55回大会、そして 2014年の第56回大会です。懐かしいです。ジョギング大会ではなく駅伝ですから、全力で走らねばなりません。当時は、まだフルマラソンなど走っていましたからね。その余力で駅伝も出場できました。まあ、今の体力の私だと絶対に無理です。

▪️還暦前から、駅伝は走らないし(走れないし)、応援もせず、慰労会だけの参加になってしまいました。会場は、大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」です。日曜日でしたが、特別に宴会を開かせていただきました。宴会には、応援に来られていた学長もお越しになりました。慰労会では「自分は走っておらず、応援だけなので、慰労会は…と思っていたら、走りもしないし、応援もせず、宴会だけにくる脇田先生がおられると聞いて、こちらにも参加させていただきました」とスピーチされましたwww。また、「岐阜県人会を立ち上げました、打倒『淡水会』(滋賀県人会)!!」とも叫んでおられました。滋賀県人会会長(わたくし)の前でwww。宴会では、「龍谷大学教職員チームA」で走られた村井啓朗さんと、少しだけですけどお話ができました。環境省から龍谷大学に出向された方で、2024年9月より本学のサステナビリティ推進室ディレクターを務めておられます。これは、地元BBCのニュースです。ここに教職員の方がちらりと出てこられるそうです。あっ、走っている奧村康仁さんと応援している若林雅子さんを確認。

「令和7年度 総合・探求の日」

20260217heian.jpg
20260217ohmiya.jpg
▪️今日は、龍谷大学付属平安高等学校・中学校で「令和7年度 総合・探求の日」が開催されました。中学校の「総合的な学習の時間」、高校の「探究学習」での成果を、全ての生徒さんたちがポスターで発表されました。非常に幅広い様々なテーマでの学びの成果が発表されていました。ひとつひとつ、楽しみながら拝見しました。また、生徒さんたちから説明をしていただきました。

▪️私が今日一番印象に残ったのは、「現代社会で昭和特撮を浸透させるには」という発表でした。全体の中でも異色ですね。発表したOさんは、「昭和特撮は、戦後日本の社会問題を反映しつつ、アナログ技術を極限まで追求した職人文化の結晶であり、重要な文化である」とまず強調されます。確かに、1954年のゴジラには核の恐怖が、1971のヘドラには公害問題が存在していますものね。その上で、「高校生が昭和特撮に興味を持たない理由を、心理学・メディア論・文化史の観点から分析し、興味を向上させる具体的な方法を提示すること」を目的に、発表されました。

▪️発表の中では、独自に開発した小さな特撮用のキットも紹介されていました。そしてご自身の探究の成果をまとめた「完全解説版」という手作りの冊子もいただきました。消えていこうとしている「昭和特撮」の魅力を若い世代になんとしても伝えていきたいという気持ちがひしひしと伝わってきました。私は「昭和特撮」にワクワクしながら育った老人ですが、Oさんの発表にものすごい熱量を感じました。いいですね。借り物でない、自分自身の問題意識なんだと思います。もっと、いろいろ話をしてみたかったです。

▪️今日は、高校で「探究学習」を指導されている先生ともかなりお話をすることができました。こちらの先生は、社会学部の「社会共生実習」の報告会にも、生徒さんたちを引率してお越しくださいました。「探究学習」と「社会共生実習」で相互乗り入れできたらいいですね〜、大学生の実習に高校生も短期間だけ参加・参画してもらえたらいいですね〜という話をさせていただきました。退職まで残り1年なので、自分であれこれとやってしまうわけにはいかないのですが、高大連携室の職員さんには「種」を残して欲しいと言われたので、そのうちに意見交換をしておこうと思います。

▪️「令和7年度 総合・探求の日」が終了した後は、平安高校・中学に隣接する大宮キャンパスへ。大宮キャンパスの独特の雰囲気を味わってから帰宅しました。予定では、深草の研究室に寄る予定でしたが、生徒さんたちの熱量に圧倒されたためでしょうか、今日はそのまま帰宅することにしました。

学食での昼食

20260116gakusyoku.jpg
▪️今日は、学生食堂で昼食を摂りました。大きなどんぶりでご飯を口に豪快に掘り込んでいたり、うどんを美味しそうにすすっていたりする学生さんの横で、糖尿病の私はこんな昼食を摂りました。

ライスミニ(をさらに半分にしてもらいました)。
ひじきオクラ和え
ほうれん草胡麻和え
豚汁(大盛り)
ローストンカツ玉子あんかけ

▪️これで、814円です。コンビニ等では現金で支払っていますが、生協だけは、スマホに現金をチャージして電子マネーにして支払っています。まあ、生協が強く勧めておられたので協力させてもらったという感じでしょうか。食べ方ですが、①ほうれん草胡麻和え、②ひじきオクラ和えの順番でまずいただきます(ベジタブルファースト)。そあとは③トンカツをナイフとフォークで一口サイズにカットして、キャベツと一緒に少しずついただきました。ここまでくると、④野菜がたくさん入った豚汁も具から先にいただきつつ、⑤小さなお茶碗に半分のライスを少しずつ、時間をかけて、鳥が啄むかのようにして、トンカツと一緒にいたただきました。

▪️ライスを入れていただくときに、食堂の女性の職員さんとお話しをしました。ご飯を少なくとお願いすると「糖尿?」と聞かれたので、「はい」と答えました(笑)。そして、短い時間ですが糖尿に関するやり取りをすることになりました。その職員さんは糖尿予備軍らしく、HbA1cは6ぐらいなのだそうです(ちょっと怪しかったけれど…)。「もっと自分も節制しないといけないんだけど何もしていない」と言っておられました。ということで、私からは「糖尿病は万病の元なので、頑張りましょう」とエールをおくっておきました。

▪️さて、ご飯はほんの少しなのですが、普段はあまり食べていないというか、ほとんど食べないので、これだけでもけっこうお腹が膨れました。で、トンカツはいいの?とか、豚汁のなかの人参とか里芋はいいの?という質問が出てくるわけです。はい、厳密にいえばトンカツの衣とかには糖質が入っていますし(パン粉だから)、人参や里芋にも糖質が入っています。ということで完全に糖質ゼロにすることはできませんが、これでもかなりコントロールされているのではないかと思います。カロリー制限ではなく糖質制限でコントロールしています。ということで、この程度はOKにしています。

ウエルダイング

▪️小学校のときのクラスメイトと、昨年の正月にメールでやりとりをしたあと、連絡がありませんでした。今日、年賀状をいただいてわかったのですが、脳出血で倒れて半年間入院をされていたことを知りました。驚きました。どうりで連絡が取れないわけです。今はリハビリの結果、身の回りのことは自分でできるようになられたようです。頑張ってリハビリに励まれています。昨年末は、高校のときの同級生が亡くなりました。いろいろ同級生のことが続くと、いつ自分もそうなるのかなと考えることになります。

▪️今日は、同僚とひさしぶりに立ち話をすることができました。私からは、昨日投稿した杉岡孝紀先生の「他者の他者性」についてお話しをしたら、同僚からはウェルダイング(死への旅路)ということを教えていただきました。ウェルビーイングはよく聞きますが、ウェルダイングです。書籍も出版されているようです。『ウェルダイング(死への旅路)の臨床社会学 生老病死と宗教』(櫻井 義秀/横山 聖美 編, 法藏館)です。以下のような内容です。

人生の終わりを、どう迎えるのか?高齢多死社会を迎えた日本において、「よく生き、よく死ぬ」ことを支えるケアの実践と宗教の役割を、看護学、宗教学、社会学、社会福祉学の専門家が臨床社会学の視点から描き出す。

▪️私個人としては、このウェルダイングを可能にする社会的な仕組みが必要だと思っています。肉体の苦しみを緩和する医療や看護、生活の質、QOLを支える福祉、そしてスピリチュアルを支える広い意味での宗教、これら3つがうまくつながったセーフティーネットが必要だと思っています。できれば、それぞれの方達が生きている地域社会に、です。こういった臨床社会学的研究が当事者研究であってもほしいわけです。ただ、どうすればよいのでしょうね。人間は、生まれたときからすでに死への旅路は始まっているわけです。しかし、そのことを深く体験できるときには、言い換えればこれから死んでいくのだなとの深い自覚が生まれたときには、すでに自分では動けないわけですから、ケアの仕組みを共助のなかで作っていくことはできません。

▪️昨日投稿では、龍谷大学の行動原理である「自省利他」についてふれました。前半の「自省」のなかで重要な位置を占めるのが「他者の他者性」なのではないか思いました。その「他者の他者性」の自覚なくしては、「利他」は暴力的なものになってしまいますから。そして今日は「ウェルダイング」についても教えてもらいました。「他者の他者性」を自覚したとき「ウェルタイング」を支えるケアとはどのようなものになるのだろう。よかれと思って実践したケアが、死への旅路にある人を苦しませてしまうことはないのか。気になります。「他者の他者性」にしろ、この「ウェルダイング」にしろ、いろんな専門分野の研究者が議論できるテーマだと思います。また、龍谷大学のような仏教系の大学ならではのテーマなんじゃないのかなとも思っています。

他者の他者性

▪️今日は、2回生対象の社会学基礎ゼミナールで「杉岡先生を偲ぶ」というタイトルの高田文英先生(文学部・真宗学科)の講演録を読みました。『りゅうこくブックス 今ここの苦によりそう』138(龍谷大学宗教部)に収録されています。杉岡孝紀先生は、実践真宗学研究科で「宗教実践演習」を担当予定だったようですが、病気でお亡くなりになり、そのあとを高田先生が代わって担当されました。シラバスに書かれたテーマは「真宗他者論」でした。杉岡先生がお亡くなりになったので、履修予定者の院生のみなさんはそういうことであればと、他の先生の演習に変更されたのですが、お1人だけ「真宗他者論」を学びたいということで、高田先生はその院生の方と2人で演習をされたようです。贅沢な話ですね。

▪️この講演録、2回生のゼミ生の皆さんにも大変前向きに受け止めてもらえました。ゼミのテキストのひとつとして利用させていただいたわけですが、よかったなと思っています。

▪️高田先生は、杉岡先生の問題意識について、このように書いておられます。真宗学においては「他者との関係」ということが見過ごされてきたのではないかという問題意識です。もちろん、浄土真宗は阿弥陀如来との直接的な一対一の関係が根本ですが、親鸞聖人は「あらゆる諸仏や菩薩たち、天の神や地の神など」も信仰の中に位置づけられているし、異なる考えの信仰や、それを信仰する人々との関係性についても、考えを巡らしていたというのです。知りませんでした。杉岡先生は、阿弥陀如来と私という関係性が信仰の中心であっても、「それが全てのように捉えることで、その他の私たちを取り巻く様々な存在との関係というものが捨象されがちになっているのでないか」とお考えだったのです。

他者は私が決して理解することのできない存在である。その理解できないという事実を無視して、勝手に自分のなかで理解したつもりになるのならば、それは相手の独自性を抹殺することであり、それは暴力に他ならない。

▪️杉岡先生は、「他者は私が決して理解することのできない存在」と捉えておられました。それを「他者の他者性」と概念化されていました。フランスの哲学者エマニュエル・レヴィナスの他者論の思想からも学びとられていました。「他者の他者性を廃棄することは暴力になつながる…」、高田先生は杉岡先生のこの指摘をご自身の経験のなかで反芻されています。「『私は相手のことが分かっている』という思いが相手を傷つけ、相手の声を抹殺していく、そうしたことにも繋がってしまう」わけです。

▪️でも、それではどうすればよいのか、すぐにそのような指摘が出てきそうです。高田先生は以下のように話されています。

決して他者を理解することはできないという認識は、一見否定的で、あまり生産的なことではないように思ってしまいます。しかし、心のどこかでこの他者の他者性に思いをいたすことが、逆説的ですが、相手の思いを受け止めていく可能性を開いていく。とくに宗教信仰は一面において、独善的な排他主義に陥りやす危険性を孕んでいる。浄土真宗はそこを省みながら、具体的な事柄に対応していかねばならない。杉岡先生はそういうことをおっしゃっているのであろうと、私は理解しております。

▪️ここで大切なことは、「他者の他者性」という自分の物差しでは捉えきれないものをもっているということを常に前提として、相手の思いを受け止めていく…ことなのでしょうが、これはとても困難なことなのだろうなと思います。高田先生は、杉岡先生のお考えは、「他者の他者性ということを認識し、そこに耳を傾けること」だと述べておられます。

▪️もうひとつこういう大切なことも指摘されています。

他者の他者性を対象化するということ、それは裏返して言えば、私自身の愚かさを対象化するといてことでもあろうと思いますが、それは、自分は分かっていると自己完結してしまう在り方ではなく、他者の声を聞き続けるという、外に開かれた在り方を志向するものと言えます。

▪️龍谷大学の行動哲学は、「自省利他」です。他者のために何かを行うことは「利他」ですが、前半の「自省」の部分に、このか「他者の他者性」が深く関わっているのだと思うわけです。それがなければ、「利他」は暴力になってしまう危険性を孕んでいます。また、この「他者の他者性」という概念を根本におくと、様々なディシプリンの間に対話が生まれてくるような気もします。社会学部が移転した深草キャンパスで、そのような動きが生まれてくると素敵だなと思っています。

カテゴリ

管理者用