高島市朽木で樹齢100年の杉を伐採します(その2)。
▪️瀬田キャンパスの整備の一環として、びわ湖材(滋賀県産材)を用いたウッドデッキが設置される予定です(来年の早春の予定です)。そのウッドデッキで使用する杉の伐倒を見学しました。場所は、高島市朽木桑原。この伐倒した杉ではありませんが、杉がどのように製材、乾燥、加工されて材木になるのか、大津市内の製材所で見学して学ぶこともできました。製材については、別の投稿で報告したいと思います。まずは伐倒からです。
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▪️伐倒の前に、山主さんである栗本さんから、次のようなお話が伺えました。この杉林、100年前に田んぼだった土地に杉の苗が植えられたそうです。栗本さんのお祖父様ですね。ですから、3代にわたってこの杉林の世話をされてきたわけです。写真からもわかるように皆伐されています。でも、それは栗本さんの本意ではないようです。本当は、本当は天然下種更新したいのだそうです。天然下種更新とは、落ちた種子が自然のままに発芽して定着して成長していくように育てていくことのようです。ところが、こちらの杉林は台風にあって被害が出ていて、そのまま材木として木材の価値を台無しにしてしまうと、苗を植えた方(ご先祖)に申し訳がないとお考えになり、残念ですが、この杉林については皆伐することにされたのだそうです。またこれからは、杉ではなくてトチを中心とした紅葉樹を植えていくことにしたいと語っておられました。森林に対する哲学をお持ちのご様子でした。今度、もし会いできる時があれば、じっくりその辺りの哲学に関してお話を伺ってみたいものです。
▪️杉林の入り口あたりにある太い杉の根元に御幣が刺してありました。そのことを杉本さんにお尋ねしてみました。以下のようにご説明くださいました。
私どもの昔から伝わってきた山の行事の一つなんですが。山に入って木を切らせていただくときに、御幣を作って、そこに山の精霊を集めて、御神酒と御洗米とお塩をお供えして、お清めして、山の恵に感謝をする。そして、仕事の安全をお祈りして、そして山の恵をいただくという、そういう感じになります。
山全体(この杉林)に対して、1本の木に象徴して。その木は、林の中で優秀な感じの木というところを選木してあるんです。もともと。そうしてその木は切らずに残しておく、そのことによって前の林の姿が想像できますし、またその木を目指して次の林を作るという、そういう感じで、私のとこはどこに行っても、そうして象徴的に残しております。
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▪️左の写真は、これから伐倒する杉林に歩いて向かおうとしている所です。これから道を降りて川を渡ります。学生さんは6人かな。あとは、瀬田事務部、入試部広報、瀬田キャンパス推進室の職員さん、学長室広報のカメラマンさん。それから、今回、瀬田キャンパスに設置するウッドデッキの設計をしてくださる設計会社の皆さん、山主さんと繋いでくださった「流域デザイン」の皆さん、施工してくださる工務店の皆さん、入試部広報の撮影の仕事を請け負っている業者さん。大人の方が多かったですね〜。
▪️右の写真、川を渡っているところです。深い川ではないのですが、石の上を歩くと滑りやすいので要注意です。私のような前期高齢者は特に、もう運動神経が鈍っているので。でも、滑ったのは学生さんでした。川の中に尻餅をついておられました。長靴の中にも水がいっぱい入っているようでした。思い出に残りますね。
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▪️今回のガイドしてくださった「流域デザイン」の社長さん(オレンジのヘルメットの方)から年輪を数えてみてと言われて、学生さんたち必死になって数えておられます。これで、だいたい100年近いようです。ところで、社長さんのお名前、失念してしまいました。すみません。もともと、林学を勉強されて、環境教育の仕事に就かれた後、森林組合の営業職のようお仕事をされていたのですが、独立されました。それも最近のことのようです。山主の栗本さん大変厚い信頼を寄せておられます。こういう山(森林)を巡るネットワークが大切であることを教えていただいたような感じです。そのようなネットワークがあることで、今回の龍谷大学瀬田キャンパスのウッドデッキの企画につながっていったのです。
▪️左の写真は、社長さんから、「この年齢を数えて樹齢をあててみて」と言われて、学生さんたちが必死になって年輪を数えています。だいたい100年に近いようです。大正時代に植えられたものですね。右の写真は、年輪の中にある枝打ち作業の後を説明されているところです。
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▪️左の写真。入試広報用の写真を撮影しているところです。農学部の学生さんでしょうか。右の写真は、伐倒の後の杉林の様子です。かなり背丈がある立派な杉であることがわかります。最後、下の写真ですが、伐倒の瞬間です。ワイヤーで倒れる方向をきちんとコントロールされています。ここはもともと水田であったことから、平坦な土地になります。自然の重みで倒れる斜面での伐倒とは異なり、平坦な土地ではこのような方法をとるのだそうです。切った材は、道路までワイヤーを貼り、そこにぶら下げて運び出すのだそうです。
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高島市朽木で樹齢100年の杉を伐採します(その1)。
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▪️明日、大学の瀬田事務部の企画で、高島市朽木の山林に学生さんたちと一緒に出かける予定になっています。その企画に一環として、今日は、瀬田キャンパス6号館のプレゼンテーション室で環境省から龍谷大学に出向し学長補佐をされている黒部一隆さんの「地球温暖化と森林」という講演会がありました。以下は、今回の企画の趣旨です。瀬田事務部の関係者からいただいた資料をもとにちょっと説明してみます。
現在、瀬田キャンパス活性化の一方策として樹心館前と2号館中庭に「びわ湖材」を用いたウッドデッキテラスの整備を進めています。
ウッドデッキに使用する材木の調達を検討していたところ、丁度、高島市朽木の業者さんが所有林(樹齢100年の杉)を9月に伐倒することがわかり今回はその杉を用いて整備することになりました。
そこで折角の機会なので設計事務所と木材調達を依頼している会社との共同企画でSDGs、脱炭素の観点から現代社会において地域の山林の木を使う意味、意義(木材利用によるカーボンストックの形成、移動に係るエネルギー削減、持続可能な森林管理を通した地域経済への貢献など)を学生の皆さんにも理解してもらう機会として実際に本学のウッドデッキで使用する木材の伐倒、製材、乾燥、加工等のを体験してもらうことを含めたワークショップを開催することになったのです。
▪️伐採する杉は100年になるものだそうです。少し大きくなりすぎたので伐採しなくてはと思っていたところ、龍谷大学のウッドデッキの話とうまくつながったようです。明日は朝8時半に瀬田キャンパス集合になります。自宅を7時に出ないといけません。その前に、弁当を作ったり、いろいろ準備をすることになるので、6時前に起床ですね。今日は早く休みます。
▪️というわけで、今日は黒部さんの講演会・勉強会です。夏期休暇中なので、参加されている学生さんが少ないのがちょっと残念。今日は入試部も広報のため取材をされています。
龍谷大学校友会鹿児島支部結成40周年記念行事での演奏
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▪️昨日は西本願寺鹿児島別院で「龍谷大学校友会鹿児島支部結成40周年記念行事」が開催されました。第一部は、入澤崇学長による「自省利他と仏教SDGs」の公演の後、第二部では龍谷吹奏楽部が演奏を行いました。昨日の演奏が、今回の鹿児島演奏旅行の最後の演奏会になりました。校友会鹿児島支部の皆さんのご支援のもとで、無事に最後の演奏会を終えることができました。ありがとうございました。演奏会の後のことになりますが、同窓生の皆さんから「感動して、知らないうちに自然に涙が出てきました」とご感想をお聞かせくださいました。私は部長で、いわば「身内」なのですが、涙が出たというのは私もそうでして、会場はとても盛り上がっていました。これが、音楽なんだと思います。
▪️今回の演奏旅行、9月5日に出発して、6日は「龍谷大学吹奏楽部 鹿児島公演〜ワンコイン・コンサート〜」。音楽監督補佐の外囿先生をゲストに迎えての演奏会でした。じつは、この演奏会に知り合いの吹奏楽部OBOGのご夫婦が、大阪からわざわざこのコンサートに来られていました。このようなメッセージをいただきました。
ワンコインコンサートは、大阪から行って聴くかいがある素晴らしい演奏会でした✋
久しぶりに、監督をはじめ部員の現役が楽しそうに演奏すら姿を見て、少しだけウルっとしました💦
前の席に座っていた中学生の女の子たちは、演奏を聴いて感動で号泣していました😅
▪️多くの皆さんに感動していただける立派な演奏だったのだと思います。おそらく聴衆の皆さんの感動を、演奏している部員の皆さん自身も感じておられたのではないでしょうか。コロナ禍でずっと演奏旅行かできない状況が続いてきましたが、今回は無事に演奏旅行を終えることができました。本当に、良かったと思っています。鹿児島は遠方ですので、学生の皆さんも費用の点でいろいろご苦労がありました。鹿児島までは新幹線で行けるわけですが、旅費を節約するために、新幹線は京都と博多の間だけにして、あとはバスで鹿児島まで移動されていました。帰りも同じです。本当にご苦労様でした。
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▪️昨晩は、別院での演奏会のあと、鹿児島支部の皆様との交流会で楽しいひと時を過ごすことができました。龍谷大学は、浄土真宗本願寺派の宗門校ということもあり、役員の皆さんの中には、僧侶の方が多かったように思いますが、そのような僧侶の皆さんとお話をさせていただき、私自身はとても勉強になりました。
▪️今回、吹奏楽部に同行し、校友会鹿児島支部の皆さんにお礼を申し上げることが私の役目だったのですが、隙間の時間で少し市内を散策しました。午前中は、示現流資料館を訪問して展示を観覧しました 。また、演奏会のあとは、また隙間の時間があったので、ウォーキングも兼ねて桜島を眺めに行きました。少しだけ、観光気分も味わいました。
隠れ念仏と涙石
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▪️校友会鹿児島県支部が結成40周年を迎えられたということで、本日は、西本願寺龍鹿児島別院で記念イベントが開催されます。前半は、入澤崇学長による記念講演会「自省利他と仏教SDGs」、後半は谷大学吹奏楽部による演奏です。
▪️昨日は、イベント会場である別院でリハーサルが行われました。私が別院に到着した時、まだリハーサルまでに時間があったので境内にある「涙石」を拝見させていただきました。かつて薩摩藩は300年にわたって真宗を禁じていました。そして300年間にわたって弾圧してきました。密かに信仰する人びとを捉えて割木の上に座らせ、この石を抱かせて自白を迫りました。「隠れ念仏」です。この石には殉教した方達の苦しみの涙が染み込んでいます。ということで、今回の鹿児島までの新幹線のお供は五木寛之さんの『隠れ念仏と隠し念仏』でした。隠し念仏の方は鹿児島県ではなくて岩手県です。私は岩手県にもご縁をいただいているので、とても気になっていますが、今回はまずはこの「涙石」を拝見して深く感じるものがありました。
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龍谷ミュージアム 秋季特別展「みちのく いとしい仏たち」
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▪️龍谷ミュージアムの秋季特別展「みちのく いとしい仏たち」の情報です。以下は、この特別展の公式サイトからの転載です。
江戸時代、全国の寺院では、上方や江戸で造られた金色に輝く立派な仏像が、ご本尊として安置されました。一方、小さなお堂や祠、民家の仏壇や神棚などには、その土地の大工さんやお坊さんたちの手による、素朴でユニークな仏像・神像がまつられ、人々に大切に護られてきました。この展覧会では、青森・岩手・秋田の3県に伝わった約130点の仏像・神像をご紹介します。
みちのくの厳しい風土の中、人々の暮らしにそっと寄り添ってきた、やさしく、いとしい仏たちの、魅力あふれる造形をご覧ください。
▪️こちらは、チラシです。クリックしてご覧ください。
瀬田キャンパスの森林に樹名板が
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▪️昨日、瀬田キャンパスは、オープンキャンパスの2日目でした。私は、8月上旬に開催されたオープンキャンパスの方で仕事をしたので、今回は集中講義「びわ湖・滋賀学」のオンライン授業の方に集中しました。昨年と同様、基本的には琵琶湖博物館の学芸員の先生方にご講義をいただき、私は、冒頭のオリエンテーションを担当した以外は、全体の進行や運営にあたっています。先端理工学部の横田岳人先生にもお手伝いいただいています。今年の集中講義「びわ湖・滋賀学」は、8月26日・27日、8月29日がオンライン授業、8月31日・9月1日が琵琶湖博物館の展示を使った対面式の講義になります。ということで、瀬田キャンパスはオープンキャンパスで賑わっていましたが、私は朝の9時15分から15時00まで研究室にこもって仕事をしていました。
▪️オンライン授業の後、しばらく仕事をしてから帰宅することにしました。最近、瀬田キャンパスから最寄駅のJR瀬田駅まで歩くことが増えてきました。昼間はまだ暑いと思いますが、16時を過ぎると気温がなんだか下がってきているような気がします。日陰では風が吹くと、涼しいなあと感じることもたびたびあります。秋が近づいているんですかね。あと、湿度です。気温が高くなくても湿度が高いとしんどいです。あくまで個人的な主観でしかないのですが、暑くでも湿度はそれほど高くないような気がします。
▪️というわけでは、瀬田駅まで歩こうとしていると、キャンパス内の森の茂み樹名板が取り付けられていることに気がつきました。龍谷IPと連動した取り組みではないのかな…と思っています。龍谷IPとは、採択型学部等教学充実費を財源とし、新たな教育プログラム(再構築を含む)の創出により、本学の教学促進・充実を図ることを目的とする「企画選定型」の事業のことです。この事業は、大学改革及び教育改革・教育改善に資する取組を支援するためのものとして位置られています。この龍谷IPと連動した取り組みに、特別講義「植物園をつくろう」があります。農学部・先端理工学部の学生さんたちが参加されています。社会学部の学生は参加できないのか、その辺り少し残念ですが…。この特別講義は、「自分たちの手で植物園を作ることはできないだろうか?」という試みでのようです。森林に囲まれた瀬田キャンパスならではの授業ですね。学内の植生調査、各地の植物園の見学、専門家を招いての勉強会などをされています。この樹名板の設置も、この授業の成果なのではないのかなと推測しています。今度確認してみます。
第30回夕照コンサート
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▪️昨日、「第30回夕照コンサート」が、瀬田キャンパスの瀬田ドームて開催されました。近隣の中学や高校の吹奏楽部の皆さんが演奏をしてくださいました。ありがとうございました。会場は満員でした。ご来場くださった近隣の地域の皆様、ありがとうございました。最後は、龍谷大学吹奏楽部の演奏でした。
▪️今回嬉しかったことは、まずは、3回生の学生指揮者が「壁」を乗り越えて、立派に指揮をされていたことでしょうか。ここ数週間でものすごい進歩があったと思います。それは、指導者の先生方や周りの部員の皆さんも同様のご意見でした。部員のみなさんからの信頼を糧に、学生指揮者としてさらに成長していただきたいと思います。また、カラーガードの知り合いの部員さん、以前よりも格段に上手に踊っておられました。みなさん、成長されていますね。立派です。部長としては、普段の練習の積み重ねで、個々の部員の皆さんがどのように成長されているのか、もっと知りたいと思っています。
▪️トップは、龍谷大学吹奏楽部の演奏がスタートした時のものです。水色のTシャツを着ていますね。水色は演奏する人たちです。それに対して薄い緑Tシャツはこの夕照コンサートをサポートするスタッフの皆さんです。中高の吹奏楽部の皆さんも水色のTシャツを着ておられます。ちなみに、今回は、近江高校と近江兄弟社高校が出演できませんでした。近江高校は、27日(つまり本日)に開催される関西吹奏楽コンクールに滋賀県代表として出場するため、近江兄弟社高校は諸般の事情で今回残念ながら出演を辞退されました。
▪️写真、もう少し説明しておきます。2段目右側。大門副学長が指揮をされています。夕照コンサートの最後に、主催者側を代表して挨拶をされた後、会場の皆さんと一緒に「ふるさと」を歌う際、指揮棒を振られました。事前に、吹奏楽部の練習場で練習もきちんとされた結果、無事に指揮を終えることができて安心されていました。3段目。最後のアンコールの様子です。右側は「マツケンサンバ」を演奏しているところです。
▪️昨日は、集中講義の「びわ湖・滋賀学」が無事にスタートを切れましたし、夕照コンサートでの演奏にも感動し、加えて部員の皆さんの成長も嬉しかったこともあり、吹奏楽部の幹部の方たちと瀬田駅前の居酒屋「きこ」で打ち上げをしました。
しばらくご覧いただけませんでしたが、復活しました。
▪️昨日8月11日から基幹情報ネットワークのリプレイス作業を行っていたようで、その関係かと思いますが、このホームページもご覧いただけない状況になっていました。リプレイスの結果、見られなくなったらどうしようと心配していましたが、杞憂だったようですwww。
▪️現在、このホームページ(そして日々の様子をお伝えするブログ)は、社会学部のサーバーの中に置かせていただいています。ただ、2025年は京都の深草キャンパスに移転するのですが、その際、吹けば飛ぶようなこのホームページはどういう扱いを受けることになるのだろう…と心配しています。退職後も、このホームページを継続していくとして、社会学部が深草キャンパスに移転するタイミングで在職期間は残り2年になりますし、民間のサーバーに移すこともありなんじゃないのかなと思っています。でも、その基本的な知識がないもので、よくご存知の方のお世話にならなくてはいけません。困りました。
ミッドナイト・ウォーキング
▪️一昨日、いやいや昨日の夜中ですね。夜中であるにもかかわらず、ウォーキングしました。ミッドナイト・ウォーキング。距離にして5kmほど。最後は少し疲れてしまって、タクシーを見つけたのでそれで帰宅しました。
▪️もっと正確にいうと、終電で寝過ごしてしまったのです。駅3つ分。慌てて降りた駅でタクシー会社に電話しても、1時間以上かかりますとのことだったので、「だったらと歩くか」と歩き始めたのでした。もちろん、自宅に電話をしてみましたが、家族はもう寝ていますよね。覚悟を決めて、2駅分歩きました。この日は、社会学部教職員の懇親会「おうみ会」でした。4年ぶりです。場所は、「フォーチュンガーデン京都」。暑い日が続いているのですが、コロナ感染を気にする方がおられて、屋上での開催になりました。また、風が吹いていたので、なんとかなりましたが…。その京都で懇親会を終えた後、たまたま帰りの電車で一緒だった同僚お2人と山科で二次会。気がつくと大変な時間。なんとか最終電車には乗れました。しかし安心したせいでしょうか、寝過ごしてしまったのです。呑んだ後のウォーキングはしんどいです。
▪️大津市に転居して、JR湖西線を利用して通勤するようになりました。これまで寝過ごしたことはないのか…。あります。1駅乗り越したことは、覚えていないくらいあります。1駅だとまだなんとかなります。ところが、一度、6駅乗り越したことがありました。まわりは田園風景が広がる場所ですので、タクシーは無理です。仕方がないので、その時は、家族に電話をしてなんとか迎えにきてらいました。
▪️同僚や親しい事務職員の方達との会話の中で、眠って乗り越してしまった話は武勇伝のようにお聞きすることがあります。例えば大阪から通勤されている方の場合であれば、最寄り駅で降りず寝過ごしてしまい、気がついたら西明石、姫路まで行ってしまっていたというような類の話ですね。お酒を召し上がらない方達は、なんてアホなんやろ…とお思いでしょうね。はい、あほです。
『ぼくらの冒険期 親子で語る前向き休学のススメ』(原俊和・原俊英)
▪️原俊和さんと息子さんの共著である『ぼくらの冒険期 親子で語る前向き休学のススメ』が手元に届きました。
▪️かつてフルマラソンに取り組んでいた頃がありました。その始まりは2012年、54歳の時になります。もちろん、自分からフラマラソンに取り組もうと発心したわけではありません。その時の社会学部教務課長が原俊和さんでした。社会学部教務課で、突然、私の方に歩み寄ってこられ、「せんせー、フルマラソンを走りましょう。私が指導します」と言われたものですから、あまり深く考えずに「はい」と答えてしまったのでした。
▪️原さんのご指導で順調に身体が変化していきました。小手調べのハーフマラソンも、原さんの予想を超える時間でゴールできました。次は、フルマラソンです。フルマラソンへの初挑戦は、2012年11月23日の「福知山マラソン」でした。なんと、原さんに伴走していただきながらの初挑戦でした。原さん、優しい方です。行動力のある方だと思います。ところが、残念ながら、私は28kmあたりで、右ふらはぎの肉離れのためリタイアしてしまいました。残念。その日、リタイアしたマラソンの後、原さんのお宅にご招待いただきました。その時にお会いしたのが、原さんと共著者である長男の俊英くんでした。俊英くんはまだ中学1年生でした。坊主頭の小柄でかわいらしい少年でした。懐かしいです。
▪️この本は、俊英くんが1年間大学を休学し、日本中を旅して、いろんな方達に出会いながら成長していく冒険記です。そういう息子さんを信じて応援する父親の原さんにとっても冒険記なのだと思います。だから、タイトルは「ぼくらの」になっています。私も含めて多くの親は、もし子どもが1年間大学を休学して旅をしたいなどというと、「何をアホなこというてるねん、ちゃんと勉強して、就職しなさい」と言うのではないかと思います。原さん、そして原さんの奥様であり俊英くんのお母様でもある純子さんは、違っていました。ご夫婦は、お子さんを信じて、お子さんが本気になってやりたいこと、取り組みたいことを懸命に応援されてきました。この続き、皆さんも実際にこの本を手に取ってお読みいただければと思います。