研究部の歓送迎会
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▪︎これは、金曜日、22日の写真です。前日の木曜日は、「降誕会」関連の懇親会や、その流れの飲み会で深夜の帰宅となりました。疲れました〜。というのも、水曜日も学部懇親会(「淡海会」)の歓送迎会があり、連チャンの「呑み」となってしまったからです。金曜日こそ、早目に帰宅しようと思っていたところ、研究部の職員の方から「今晩はどうされます?」とお尋ねが…。そうなんです、この日も「呑み」だったのです。忘れていました。この日は、研究部の歓送迎会でした。ということで、3日連続ということになりますね。さすがに、私の沈黙の臓器=肝臓も疲れてしまっていたように思います。
▪︎もっとも、研究部の職員の皆さんといろいろお話しができました。普段は、皆さん仕事にかかりっきり、必死のパッチで、とてもゆっくりお話しをするような時間的余裕はありません。また、いろいろご苦労をおかけしている様子を拝見していただけに、率直にいろいろお話しをお聞かせいただき、良い機会となりました。一次会が終わる頃には、肝臓の方も麻痺してきてか、調子が出てきて二次会にも突入。京都駅近くにあるパブでこれまた楽しい時間を過ごすことができました。お店はいっぱいなので、店の外で盛り上がりました。たまたま、研究部以外の部署の職員の方たちも合流されることになり、部を超えて、これまたいろいろお話しをすることができました。まあ、肝臓も大切にしないといけないけれど、「こういうのって大切やな〜」と改めて思いました。組織内部の部局間の隙を埋めることにもなりますからね。
とりあえず…
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▪︎研究部長の仕事を始めてから、もうじき2ヶ月になります。なんといいますか、なかなかハードです…。会議と協議や打ち合わせの多さ、そして難しい案件…。一緒に仕事に取り組んでいる事務職員の皆さんは、逞しいといいますか、大変パワフルに仕事をされているので、驚きです。そのような皆さんについていくだけで必死の状態です。研究部長の任期は2年ですが、体を壊さないように頑張らねばという感じです。写真は、丹波橋の踏切です。月曜日の晩に撮りました。とりあえず、その日の仕事を終えて疲れはてた体を、軽く生ビールで癒やしたところです。学生の皆さん、研究プロジェクトの皆さん。そういう状況ですので、なかなか指導や研究プロジェクトの進捗作業のために時間をとれない状況です。申し訳ない。
職場のキッチン
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■今日は、朝一番から深草キャンパスに詰めております。午前中に会議があったのですが、それまでの隙間の時間に、仕事場の窓を開けて書類の整理をしていました。もともと資料の整理が得意ではなく、自分の研究室がいつも悲惨な状況になるので、せめて深草の職場ではすっきり仕事をしようと、まめに資料の整理をしています。まあ、たいした整理をしてているわけでもなく、あくまで常識的にファイルに資料を綴じて、そこに付箋で日付を張り付けているだけなのですが・・・。1か月で10cm幅のファイルがいっぱいになってしまいました。書類の断捨切も定期的に行う必要がありますね。
■窓を開けて資料の整理をしながら、会議で説明することを、もう一度頭のなかで整理していると、気持ちの良い風とともに、子どもたちの歌声が聞こえてきました。お隣りは、京都市立砂川小学校。おそらくは音楽教室で歌ったいるのでしょう。子どもたちが歌っている曲は、「花は咲く」でした。昨日のことですが、朝日新聞のネットの記事で、「『花は咲く』歌詞一部変え 生者の視点に」という記事を読みました。歌の最後の部分、「何を残しただろう」ではなくて、「何を残すだろう」なのですね。未来の「希望」を語っているわけだ。素敵ですね。下は記事からの引用です。
作曲者で仙台出身の菅野よう子さん。「4年が経ち、自分もやっと一歩立ち上がってみようという気分になった。そこで初めて曲の最後で、何を残すだろう、と言えた」「東北の人が一歩前へ進む勇気に、寄り添えたらと思う」と語っている。作詞者の岩井俊二さんにも相談し、賛成してもらったという。
「花は咲く」は2012年3月から放送され、千昌夫さん、西田敏行さん、荒川静香さん、中村雅俊さんら東北にゆかりのある人が歌い手を務めている。著作権料などは義援金にあてられる。被災地でも、仮設住宅の催しや学校などで広く歌われてきた。
仙台出身の岩井さんは震災後、石巻の先輩が「僕らが聞けるのは生き残った人間の話。死んでいった人間たちの体験を聞くことはできない」と語った言葉に背を押された。死者の思いに想像力を働かせて、詞を書き上げたという。
〈歌詞が変わった部分〉
花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く
わたしは何を残しただろう→わたしは何を残すだろう
■ところで、殺風景な仕事場なのですが、昼休みの時間帯、政策学部の 只友先生がお弁当を持って遊びに来てくれました。只友先生、ありがとうございました。何のお構いもできなかったので、これではいかんと、コーヒーとお茶飲めまる道具を、大学の近くにあるホームセンターで揃えました。食器もきちんと洗えるようにしました。電気ポットは研究部にあったものです。新品のようですが、どなたも使っておられないので、お許しをいただき使わせていただくことにしました。ちなみに、メニューは2種類 。有機栽培コーヒーと万能茶です。こういうことをfacebookに書いたら、政策学部の深尾先生からも「今度コーヒー飲みにうかがいま~す!」というメッセージが届きました。皆さん、お忙しいでしょうが、ぜひぶらりとお気軽にお立ち寄りください。コーヒーを飲みながら、部署を超えた連携のなかで、私たちは「何を残すだろう」ということを語りあえればと思います。
深草キャンパスの新緑
■今日も、朝から深草キャンパスです。今日の午前中の会議に出席するためです。昨日から、ああだこうだと打ち合わせをして、今日も会議が始まるまで最後の打ち合わせ。今日の会議、会議とはいってもずっと出席しているわけではなくて、私が担当する研究部に関する議題のときだけ部屋に入って報告をする…という感じです。いつもは水曜日に開かれる会議なのですが、明日は、大学の事務部門は休みということで、今回は火曜日になったのでした。
■さて、会議ですが、私の報告は、特別な注文もなくわずか5分程で終了しました。まあ、今日の会議はこういう会議なのです。ということで、ベテランの事務職員の方たちに支えていただきながら、なんとか頑張っています。今日は、午前中5分の会議と、そして夕方17時45分から会議、その2つ会議あります。研究室が深草であれば、自分の研究室に行くのですが、そういうわけにもいきません。また、瀬田キャンパスにいったん戻って、もう一度深草キャンパスにやってくるのもなんだかな~…なのです。仕方がないので、部長室で仕事と勉強をしています。
■写真ですが、研究部の窓からみえた風景です。ちょっと「はっ…!」としました。こういう四季折々の風景を楽しむようでないといけませんね。深草キャンパスの樹木の新緑が美しくなってきました。連休の頃には、さらに輝きを増してくると思います。先月までは、深草キャンパスには会議のときに来るだけでしたから、キャンパスの風景を楽しむ…ということもほとんどありませんでした。会議が終わったらさっさと帰るという感じでした。ところが、4月から深草キャンパスにいることが多く、キャンパスの風景の微妙な変化がわかってきました。こちらのキャンパスにも、少しずつ愛着がわいてきているのかもしれません。
【追記】▪︎参加しなければならない会議は山ほどあります。どれもが重要な会議ですが、昨日の夕方からの会議は、学内のすべての学部の研究主任の教員が集まり、審議を行う会議でした。かれこれ5年ほどこの会議に出席してきましたが、今回からは研究部長としての出席になります。今回が第1回ということもあり、少し緊張するところがありましたが、無事に終わって少しほっとしました。まだ、やっと1ヶ月が過ぎただけなのですが…。
月曜日の深草キャンパス
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▪︎昨日は、ひとつ前のエントリーにも書いたように、午前中に瀬田キャンパスで2コマ授業を行いました。授業が終わると急いで深草キャンパスに移動しました。これが、なかなか大変なのです。午後は、1時半から6時半までは研究部の執行部会議でした。研究部は瀬田キャンパスにもあるので、瀬田キャンバスの研究部の方達とはテレビ会議システムを通して会議をします。年度始めなのか、これが通常なのか、そのあたりよくわかりませんが、議論すべき案件が非常に多く、結局5時間も会議が続くことになりました。さすがに疲れました。職員の皆さんは、優秀かつよく働かれる方達ばかりです。さすがに少々お疲れのようでしたが、ガンガン議論をされるので、びっくりします(テレビ会議システムでは、自然と大きな声になるわけですが…)。
▪︎写真は、会議が終わったところです。窓からは、伏見稲荷のお山が見えます。テレビには瀬田キャンパスの職員の方が、そしてその右上には深草キャンパスにいる私たちが映っています。
研究部の仕事
■4月1日より、研究部長としての仕事が始まりました。研究部長に就任する以前から、研究部の仕事の引き継ぎや打ち合わせ、東京への出張等が始まっていましたが、4月になってからは深草キャンパスの研究部に詰めて仕事をすることが増えてきました。
■今日も午前中は大宮キャンバスで、これから立ち上げることになる研究センターに関する会議でした。少しずつ研究部の仕事に関する知識も増えて、いろんな事情もわかってきました。とはいえ、日々精進の毎日です。もっとも、会議だけでなく、緊急の案件については、事務部長さんや2人の課長さん、そして時には副学長も交えて相談をしなくてはいけません。そのような相談の時間は、必ずしもいつも予め決まっているわけではありません。そのため、教育・研究・学内行政の時間とエネルギーの割り振りについては、まだどうしたものかと思っています。
■メニューバーの「授業」をクリックしていただくと今年度の時間割が出てきます。ご覧いただければわかるように、会議や打ち合わせのためにかなりの時間を確保することになりました。もちろん、毎週、会議があるわけではありません。会議が入ったときのために空けてあるのです。もし、私の勤務している社会学部が深草キャンパスにあれば、仕事の隙間に学生の指導をしたり、自分の研究をしたりということができるのですが、私の研究室は瀬田キャンパスにあります。そのようなこともできません。時間を計画的に有効に使わねばなりません。なんとか、がんばらねばなりません。 仕事の拠点は、瀬田キャンパスの自分の研究室・瀬田キャンパスの研究部、深草キャンパスの研究部、そして京都の北にある総合地球環境学研究所・・・。この三カ所を移動しながら、どのように効率よく仕事をこなしていくのか、私のような「愚図でのろまな」人間にはなかなかの難題なのです。
■研究部長になったために、学生の皆さんにはご不便をおかけしているかもしれません。突然、研究室に行っても不在のことが多くなるでしょうから…。ごめんなさいね。できるかぎり努力しますので、どうかよろしくお願いいたします。面談に関しては、メールであらかじめ予約をとっていただければと思います。
大学院のオリエンテーション
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▪︎昨日、土曜日ですが、大学院社会学研究科の新入生オリエンテーションが開催されました。オリエンテーションは、研究科の執行部の5名の教員の皆さんが中心になって運営されましたが、私も、オリエンテーションの最初の部分だけ参加させていただきました。オリエンテーションでは、大学院での研究の進め方や学生生活のことなど、様々な指導が行われました。研究に関しては、研究倫理に関する指導をきちんと行っていく必要があります。オリエンテーションだけでなく、授業や演習、そして個別の指導のなかで、徹底していく必要があります。16時半からは、瀬田キャンパスのRECレストランで歓迎会が開催されました。学部から進学した新入生、中国からやってきた新入生、社会人入学をして若い方たちと一緒に研究り取り組む新入生、最近の大学院は非常に多様性があります。このような多様性を大切にしていきたいとも思います。
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▪︎歓迎会のあとは、執行部で教務主任をされているTさんと一緒に呑むことにしました。同僚のTさんは、昨年1年間、ノルウェーのオスロ大学で研究院として研究に専念されていました。ということで、私も昨年の8月、夫婦でノルウェーに遊びに行かせていただきました。半年ちょっとぶりの再会です。T先生とは呑み友達なので、この日も帰国を祝って瀬田駅前で呑むことにしたのです。久しぶりの再会ということもあり、話しも盛り上がりました。気がつくと23時。23時 02分のJRの快速に乗らないと、奈良の自宅に戻る近鉄の最終やその一つ前の急行に乗ることができません。もちろん、02分には乗れず、次の32分でとりあえず京都にまでたどり着きました。近鉄はありません。仕方なく、JRの普通奈良行きに乗っての帰宅となりました…トホホです。奈良に到着したのは午前1時近く。ホームから階段をおりるときに、龍大の広告が目に入ってきました。
瀬田の入学式2015
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▪︎昨日は、瀬田キャンパスで2015年度の入学式が、農学部、理工学部、社会学部の順番で挙行されました。新しく農学部が開設されたこともあるのでしょか、キャンパスのなかは、例年と比較してずいぶん賑やかに盛り上がっているように思いました。知り合いの農学部の方が、facebookを通して、農学部の入学式の様子を伝えておられました。滋賀県知事や大津市長、そして農水省の方たちも来賓としてお越しになっていたようです。私も農学部の開設の委員として少しだけお手伝いをしたので、他学部の入学式ではありますが、なにか安堵にも似たほっとした気持ちになります。
▪︎龍谷大学の入学式、今回で12回目になります。12という数字をみると、ずいぶん長く龍谷大学で働いているような気持ちにもなりますが、あっという間に過ぎ去ってしまったようにも思います。
▪︎龍谷大学の入学式は仏式の作法に則り執り行われます。ということで、基本的には例年通りのプログラムで進行していきましたが、入学式が始まる前に、こんなことがありました。宗教局の3年生の学生が、新入生の前で、浄土真宗の教え、「礼拝」のやり方やその意味について、ポイントをわかりやすく説明してくださいました。彼のおちついた声の響きには、何か力がありました。新入生の皆さんに、静かに耳を傾けさせるような力が、彼の声のなかにはあったように思いました。「おお、素敵だ!」と思いました。普段は、どのような学生さんなのか、私自身はまったく知りませんが、「場」を静かに包み込むような力が彼の声には潜んでいるように思いました。
▪︎学長と理事長の式辞のあと、来賓、教員の紹介、そして学歌斉唱で入学式は終わるのですが、私はすぐに深草キャンパスに移動しなければなりませんでしたか。学歌を歌わずに、またせておあいたタクシーで深草キャンパスに移動しました。
▪︎1日は深草キャンパスで入学式が執り行われました。そして2日が瀬田キャンパスです。両日とも、入学式の後には、新しく着任された先生方の新任者研修が行われました。私は研究部長として、事務部長の Tさんと2人で説明を行いました。一昨日は、新しくできた農学部の先生方が中心に瀬田キャンパスの先生方を対象にしたものでしたが、昨日は深草と大宮キャンパスの先生方を対象にしたものでした。偉そうに研修などといっていますが、私自身も、昨日、研究部長の辞令をいたてだいたばかりでなわけで、ほとんどのところは事務部長のTさんが説明してくださいました。
▪︎研修の後は研究部に戻り、人事異動で研究部にやってこられた新しい課長Yさんも含めて、晩までミーティングを行いました。今、喫緊に進めなくてはいけない案件があり、文書や資料のチェックを行いながら、いろいろ議論をいたしました。議論といっても、私などは「新人」に近く、私にとっては研修のような側面があります。それに対して、Y課長は、人事異動でこられたばかり、それもまだ前の職場で引き継ぎの作業でお忙しいなかでもありますが、さすがに私などとは理解のスピードが違います。皆さん、優秀な方たちばかりで、すごいな〜…と感心しています。私も、一生懸命勉強をして、ついていかなければなりません。
研究部長を拝命しました。
▪︎本日、龍谷大学深草キャンパスの顕真館(写真)で、「学長就任式」が執り行われました。学長は赤松徹眞先生。今日から2期目(2年間)ということになります。そのあとは「辞令交付式」が行なわれ、本日4月1日付で「研究部長」を拝命いたしました。これまでも、社会学部の研究主任や大学院社会学研究科長として全学的な研究関連の会議にはあわせて5年間出席してきましたが、大学の研究部長の仕事をするとは思ってもみませんでした。
▪︎龍谷大学には第5次長期計画があります。そこでの研究に関する基本方針は以下のように定められています。「総合大学としての多様性と学際性を生かし、伝統と地域を基盤にした特色ある研究や国際水準の強みのある研究に取り組み、国際的な学術文化の向上と科学技術の振興、地域社会の発展に寄与する」。この基本方針のもと、第2次中期計画がスタートしました。研究部長としての仕事は多岐にわたりますが、セクショナリズムに陥ることなく、他の部署と連携しながら、龍谷大学に眠っている、あるいは潜在化したままになっている可能性を引き出すことができれば…と思っています。とはいえ、現実問題として、目の前の喫緊の案件にスピード感をもって対応していかなくてはいけません。慣れるのに少々時間が必要かかりそうです。
▪︎今日は、「辞令交付式」のあと、研究部に関係するそれぞれの部署を訪問し、職員の皆さんにご挨拶をさせていただきました。研究部関連の事務室が3つのキャンパスに分散しているためです。また、これから連携する部署の皆さんにもご挨拶をさせていただきました。そのあとは、「新任者研修」があり、赴任されたばかりの先生方に、事務部長と共に龍大の研究事業について説明をさせていただきました。そのあとは、研究部に戻り、副学長や事務部長や課長の皆さんと、事務文書の修正について協議をする…なかなか大変ですね。でも、まわりの優秀な職員の皆さんに支えられて、頑張って取り組んでまいります。
【追記】▪︎以下は、龍谷大学のホームページにある宗教部のベージのなかから抜粋したものです。写真に関連する説明です。
顕真館の名称は親鸞聖人の主著『顕浄土真実教行証文類』(一般に『教行信証』あるいは『教行証文類』と呼ばれている)から名づけられました。本学の建学の精神を具現する教育施設の原点たる性格を持つ建物で、講義や入学式・卒業式などが行なわれる講堂であるとともに、勤行・法要・各種宗教行事などが行なわれる「礼拝堂」として、1984(昭和59)年3月13日に竣工しました。
正面中央に安置される本尊は、親鸞聖人ご真筆の六字名号を拡大模写して、樺に彫ったものです。
この六字名号は「南無阿弥陀仏」を中央に、讃銘として上部右に『無量寿経』の第十八願(念仏往生の願)文、左に第十一願(必至滅度の願)文を、下部には同経の「大悲摂化の文」八句などを書いた小紙が添付されています。聖人84歳時に書かれ、下人の弥太郎に与えられたと言われています。
組織の壁を越えて
▪︎ここしばらく間に、職場の組織の壁を越えて、いろんな方達と語りあうチャンスがありました(呑みとセット)。そして、いずれの方達とも、組織の壁を越えて、もっといろいろ私たちの大学について語り合おう、行動しよう…という気持ちを共有できました。「Beyond the wall of sectionalism !」です。それぞれが、心のなかで「このままではあかん…」と思っていても、それを心の外に出して、声にして、お互いにつながっていかなければ何も変わりません。ここしばらくの間で、いろんな方達と心がつながった…のではないかと思います。
▪︎昨晩は、大変お世話になった方の盛大な送別会でした。素敵な送別会になりました。送別会なのですが、自分の座った席のテーブルにいた他学部の教員の方達とも、「こんなことを一緒にやろう」 、「こんなこともできるやろ」と盛り上がりました。他のテープルからやってこられた方とも、「そういうことだと、応援しますよ」と言っていただけました。仕事は、やはり夢を語りあって、それを共有して、力をあわせて実現していくことが大事かと思います。「仕事には、ロマンが必要や!!」。これは、私が滋賀県庁(琵琶湖博物館開設準備室、琵琶湖博物館)に勤めていたときに、常々、私の上司が言っていた言葉です。それぞれの部署のルーティーンの仕事をきちんと確実にやることも、もちろん必要ですが、同時に、セクションの壁を越えて、みんなで一緒に大きな夢を実現していくことが大切だと思うのです。
▪︎送別会の帰り、坂道を歩いていると、政策学部の深尾先生と一緒になりました。深尾先生は、政策学部を代表する若手教員のお一人です。その深尾先生と歩きながら、「ほんじゃ、ちょっと呑みますか」ということになり、先斗町にある「お酒と、ときどきトルコ meme」という、ちょっと変わったお店にたどり着きました。「お酒と、ときどきトルコ meme」。先斗町の通りから路地に入り、2階にあがったところにあるのですが、深尾先生が鋭い勘で「この店や!」と決めてくれました。トルコ風の水餃子をいただきながら、いろいろ話しをさせていただきました。結論からいえば、「龍大を、もっとオモロイ大学にしよう‼︎」ということでしょうか。そういえば、不思議なことに深尾先生とはサシで呑んだことはなかったな〜。楽しい時間をいただきました。ということで、多くの職場の皆さんと壁を越えて、一緒に頑張っていこうと思います。もちろん、「仕事には、ロマンが必要や!!」が基本です。