大寒波襲来

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■昨晩、気が気ではありませんでした。大寒波が押し寄せてくることがわかっていたからです。昼間のニュースでは、沖縄県にもミゾレが降ったようです。これは尋常ではありません。「約40年ぶり大寒波」とのことです。眠る前にYahooで予報を調べてみました。日本海側に張り付いている雪雲が、北西から南東に向けて移動してきていました。「滋賀、京都南部、大阪、奈良と雪が降り始めるのかな…」と思っていました。朝の9時から瀬田キャンパスで会議が予定されていたので、遅れないようにいつもよりも早目に出勤しなくてはとも思っていました。ところが予想とは違って、瀬田キャンパスのあたりでは雪は降っていませんでした。東近江市や彦根以北にお住まいの方たちのfacebookの投稿には、雪景色の写真がアップされていましたが、大津の南の方は大丈夫でした。しかしながら、さすがに大寒波ですね。1号館の前の、噴水の池の水は凍っていました。

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■氷の厚さは、3cm程度でしょうか。面白かったのは、多くの学生たちか凍った池の氷を見て「やばい!!」と言いながら近寄り、その厚さを試そうとしていたからです。さすがに実際に氷の上に乗る学生はいないようでしたが、片足程度はのせてみて少し体重をかけてその厚みを確認しようとしていました。私も片足をのせてみましたが、カチンコチンに凍っていました。少々のことでは割れそうにありませんでした。瀬田キャンパスで働いて12年目ですが、これほどの厚みの氷を見たことがありません。「約40年ぶりの大寒波」がやってきたことを改めて実感しました。

20160125seta5.jpg ■大寒波とは関係ありませんが、取組んでいる食事の栄養管理のことも少しだけ。今日の昼食は、瀬田キャンパスの生協の学生食堂で頂きました。「ライスSS」、「豚汁」、「若鶏醤油揚げ」(これは意外にカロリーが低いのです)、「ほうれん草のお浸し」、「鉄分たっぷり和え」(ヒジキ、大豆、ジャコ、揚げ、高野豆腐、ほうれん草)、「きんぴらごぼう」。これで、616kcalです。野菜量は207gです。まずまずでしょうか。しかし、塩分が5.9gもある。栄養士さんに言われるような食事を摂ることはなかなか難しいです。いよいよ、弁当を工夫して作るかね。ちなみに、節酒の方ですが継続しています。週に2日か3日、休肝日を設けるようになりました。以前は、酒がないと眠られないように気持ちになっていましたが、特に飲まなくても大丈夫だということがよくわかりました。

2016年 新年法要

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■私自身の「仕事始め」は、4日からでした。卒論の始動です。大学全体としては、昨日、5日からになります。龍谷大学発祥の地である大宮キャンパスで、新年法要が開催されました。以下が、本日のプログラムです。

次第
開式の辞
正信偈(行譜)
念仏・和讃
回向
学長挨拶
学歌斉唱
閉式の辞
雅楽会奏楽

■私は、龍谷大学に移動してから、今年度で12年目になりますが、この新年法要には初めて参加しました。これまでは、あまり気にしていませんでしたが、研究部長という役職を務めている以上、こういう公式行事には参加するべきだ…とのご意見をいただき、半分義務感で参加しましたが、とても良いものだな〜と思いました。気持ちが引き締まりました。これからは、毎年、参加しようと思います。ちなみに、新年法要が行われたのは、大宮キャンパスの本館です。写真は、その本館を写したものです。この本館は、国の重要文化財です。大学のホームページによれば、1879(明治12)年に竣工した、大宮キャンパスのシンボル的建物で、1997年に、このたたずまいそのままに大改修を行ったとのことです。

シンポジウム「日本料理の国境線」

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▪︎龍谷大学でシンポジウムを開催します。部長をしている研究部も、縁の下から応援をさせていただいています。
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2月11日(木・祝)に、龍谷大学シンポジウム「日本料理の国境線」を開催します。今年4月に開設した農学部の付置研究所「食と農の総合研究所」の付属センター「食の嗜好研究センター」の各研究員から研究成果の発表だけでなく、プレゼンテーションで紹介するお料理を参加者の方が試食することができます。
大学ホームページ内専用申込フォームにて、定員300名で参加者を募集させていただきます。詳細は以下のURLをご確認ください
http://www.ryukoku.ac.jp/sympo_0211_shoku/

法話「深き人生の悲哀」

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▪︎瀬田キャンパスの樹心館で、ご生誕法要が行われました。ご生誕法要とは、親鸞聖人のお誕生日(5月21日)を機縁として毎月21日に行なわれる法要です。『讃仏偈』を勤めた後、法話があります。本日は、農学部の杉岡先生から、「深き人生の悲哀」というテーマでの法話をお聞かせいただきました。家族や、家族のように親しい人との死別(二人称の死)=悲哀を契機に、阿弥陀仏のような大いなるはたらきにより自己の死(一人称の死)に自覚的になり、そのプロセスを経て他者の死(三人称の死)に共感できる…そのような法話でした。

▪︎私の狭い専門分野は環境社会学ですが、同時に、社会学の立場からですが、「死生観」に強い関心を持って細々と勉強をしています。大変勉強になりました。もっとも、仏教では「死生」とはいわず、「生死」(しょうじ)というそうです。

▪︎杉岡先生の法話は、西田幾多郎の哲学をベースにしたものでした。先生が配布されたレジュメでは、西田は大乗仏教とその思想(禅宗と念仏)を西洋哲学と対峙させることによって、「東西文化の融合の途」を探求したと解説されていました。その西田が、自身の子どもを亡くした経験と、『歎異抄』の理解をもとに、時間が経過しても悲哀はなくならない、そうではなく、その質が変わるのだと考えていたことを、資料をもとにご説明になりました。その上で、「よりそう」とは、本当は「よりそう」ことができない、共感することができないとわかった人が、初めて口にできる言葉なのだともご説明になりました。心に深く染み入る法話でした。ありがとうございました。

【追記】▪︎ご法話で、杉岡先生が引用されていた西田幾多郎の文章は、以下で読むことができます。「我が子の死」という題の文章です。「青空文庫」にありました。

6期生が学長に「龍大米」「龍大芋」を届けました!!

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20151216gakucyou2.jpg ▪︎昨日、12月15日、赤松徹眞学長に、「北船路米づくり研究会」の第6期生代表の水戸龍一くんと副代表の左川あゆみさんが、今年収穫した「龍大米」と「龍大芋」をお届けするとともに、今年の活動について報告を行いました。赤松学長には、2012年から活動報告も兼ねて、毎年、「龍大米」と「龍大芋」をお届けしております。北船路の棚田の一番てっぺんの小さな水田で、学生たちが田植えをして収穫したコシヒカリ「龍大米」は、自分たちので言うのもなんですが、とても美味しい米です。冷めても、甘みのある濃い味の米になっています。残念ながら、今年は天候不良で、例年と比較して収穫量は少なめでしたが、多くの皆さんに評価していただける美味しい米ができました。

【追記】▪︎大学のホームページにある「学長の動き」にも、紹介されました。
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龍大の科研費・新規採択率

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▪︎研究部の仕事関連の話しになります。文科省から「平成27年度科学研究費助成事業の配分について(概要)」が発表されました。科研費による大学評価は、通常、獲得金額で示されますが、医学部・薬学部・理工系学部等の理科系学部を多数もっている大学が有利になります。今回発表された概要では、「新規採択率」も提示されています。

▪︎平成27年度科研費の「新規採択率」では、龍大の採択率は36.2%(全国平均26.5%)で21位です。私立大学では、10位です。過去5年間の細目別の採択件数では、「中国哲学・印度哲学・仏教学」で4位(私立大学で1位…龍大らしい!!)、「思想史」で8位(私立大学3位)、「新領域法学」で9位(私立大学1位)となっています。全学をあげて取り組んできた努力の結果が少しずつ出てきているのかな…。研究部長としては嬉しいかぎりですが、昨年との比較が大事ですね。昨年の数値はどうだったのか、調べてもらっています。

赤松学長と中島岳志さんとの対談

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▪︎龍谷大学の広報誌『龍谷』の学長対談、北海道大学の政治学者・中島岳志さんとの対談です。以下は、私にとってのメモのようなものです。

・真理の唯一性とともに、真理に至る道の複数性を、同時にいかに追求できるか。
・多元性について、欧米は、それぞれがただ並び立っている、それを認め合いましょう、という相対主義的な考え方。でもアジアの哲学では、最後のところのメタレベルは一つなんだと言っている。こういった一元的な多元性をみとめる枠組みが、アジアの長い伝統のなかで出てきた思想にあります。これをいかに位置づけ直す事ができるかですよね。
・多元主義的一元論のようなあり方も、構想できそうですよね。それによって外交面で もすこしは視野が広がっていくような気がします。仏教界も積極的に現代へ提言をしていくことが必要かなと思っています。
・縁によって自己がどんどん変わりゆく、その現象を引き受けるのが私なのだ、というのが、おそらく仏教の一つのエッセンスだと思うんですが、これで私はとても楽になったんです。絶対的な変わりようのない私はいないんですよね。
・仏教を起点にすることで、人間の欲求を見つめ直し、自己の実体化をやわらかく見つめ直すことができる。現代人にとっての考え方の切り口として、仏教は一つの有効なものではないかと思っています。
・新しい共同性のあり方を、仏教の考え方からつくっていける人材が現れてほしいと強く思います。
・インドや中国や中央アジアとの関係性のプラットホームという点と、現代社会の課題解決への試みみたいなものが、仏教という柱によってうまく融合することができるならいいなあと強く思います。

龍谷大学「世界仏教文化研究センター」のwebサイトオープン

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▪︎今年度4月に開設された龍谷大学「世界仏教文化研究センター」のwebサイトがオープンしました。ご覧いただければと思います。なお、以下のリーフレットのPDFファイルもご覧いただければと思います。

センターリーフレットダウンロード

博士研究員とリサーチアシスタントの皆さんの歓迎会

20151007ajibutu.jpg ■龍谷大学「アジア仏教文化研究センター」は、文部科学省の私立大学戦略的研究基盤形成支援事業によって運営されていたセンターです。2010年から2014年までの助成を受けました。それに引き続き、本年度からは、「日本仏教の通時的・共時的研究-多文化共生社会における課題と展望-」のテーマで再び採択されることになりました。そして、博士研究員とリサーチアシスタントの皆さんを雇用できることになりました。昨晩は、その方たちの歓迎会でした。

▪︎私自身は、このような仏教文化の研究に関しては、まったくの素人です。昨晩は、研究部長として出席させていただきました。お隣りの席は、宗教部長の楠先生でした。私の方から、いろいろ頓珍漢な質問をしてしまい、楠先生を困らせたのではないかと思います。私自身は、大変勉強になりました。楽しかったです。しかし、同時に、ひさしぶりにかなり飲みすぎました。今朝、iPhone6の写真をみると、上のような写真を撮っていました。このような写真を撮った記憶がありません。写っているのは、楠淳證先生と博士研究員の方です。また、このような機会があったらと思います。せっかく龍谷大学に勤務しているのですから、もっと仏教や宗教のことについて、いろいろ勉強したいものです。

大学院・博士後期課程中間発表会

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▪︎今日は、大学院社会学研究科博士後期課程の中間発表会でした。社会学研究は、社会学専攻と社会福祉学専攻の2専攻から構成されていますが、在籍する博士後期課程の院生の人数の関係から、社会学専攻は午後から、社会福祉学専攻は午前から始まりました。博士後期課程の院生は、博士号を取得してプロの研究者を目指すわけですが、そこにあるハードルというか壁はなかなか高く、超えることは大変なわけです。思い出してみれば、「研究をするって、どういうことなのか」ということを、「論文を書くって、どういうことなのか」ということを、私自身は博士後期課程の時の厳しい教育のなかでやっと理解することができたように思います。

▪︎「守破離」という言葉があります。「茶道、武道、芸術などでの師弟関係」の変遷を表現したものです。以下のように理解されています (wikipediaの解説で恐縮です…)

まずは師匠に言われたこと、型を「守る」ところから修行が始まる。その後、その型を自分と照らし合わせて研究することにより、自分に合った、より良いと思われる型をつくることにより既存の型を「破る」。最終的には師匠の型、そして自分自身が造り出した型の上に立脚した個人は、自分自身と技についてよく理解しているため、型から自由になり、型から「離れ」て自在になることができる。

▪︎この「守破離」は、学問についても言えるのではないかと思います。特に、社会科学系・人文学系かなと思います。教師が一生懸命になって弟子に教育しようとすることは、言葉で、文字で説明できる以前のことなのです。学問の勘所のようものです。メタ理論にかかわることです。たとえば、自転車をこぐってどういうことと聞かれても、説明できません。水に浮かぶってどういうことと聞かれても、説明できません。だから余計に教えることが困難なわけです。もちろん、スッと理解できる人もいますが、普通の人びとはそう簡単にはいきません。武道の最初の練習が「型」の練習から入るように、学問も、「教師に言われたこと、型を「守る」ところから修行が始まる」という側面があります。その「型」がどのようなものなか、身体的にも理解できなないといけません。身体的というのは、言葉で説明しなくてはも、そのことをうまく実践することができる…という意味です。大学院の時代は、通常、まずはこの「型」を身につけることから始まります。これができない人は、特異な才能をもっている人以外は、プロになることが難しいかと思います。私の経験からすれば、いくつかの査読付きの学会誌に自分の論文が掲載される過程で、わかってくるものだと思うのですが…。今日の中間発表会では、この「守破離」について考えさせられました(守のあとの破離については、プロになったあとの話しなので、また別の機会に…と思っています)。

▪︎中間発表会のあとは、生協のRECレストランで慰労会でした。私は、気持ち的に疲れたこともあり、家が遠いこともあり、30分ほどでお暇することにしました。外に出ると、もう真っ暗でした。瀬田キャンパス1号館の入り口だけが明るく照らされていました。そこには「第32回 顕真週間」とあります。顕真週間。龍谷大学にとっては大切な行儀が行われます。以下は、大学のホームページにある説明です。

龍谷大学学友会宗教局6サークル(男声合唱団、宗教教育部、伝道部、パイオニアクラブ、仏像研究会、仏教青年会)が、建学の精神の普及と研鑽をはかるべく、活動の集大成として報恩講を中心とした数日間、「顕真週間」と名付け、宗教文化講演会を主としたさまざまな催しを行います。

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