平和堂財団環境保全活動助成事業(夏原グラント)

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20210315natsuhara-g2.jpg■昨日は、終日、平和堂財団環境保全活動助成事業(夏原グラント)、一般助成1年目2次選考でした。地域の環境保全活動に取り組む24の団体のプレゼンテーションをお聞きしました。事前に申請書類を拝見した上で、質疑応答も含めて1団体10分でお話を伺っていきます。限られた時間で、これから取り組もうとされている事業を、その背景も含めてきちんと説明しようとすると、なかなか大変です。こういったプレゼンテーションに慣れておられる団体と、そうでない団体とがあります。もちろん、慣れておられるからといって、良いプレゼーテーションとは限りません。事業にかかる費用がきちんと積算されているかどうか。事業の中身が具体的であるかどうか。実現可能性はどうか。この事業が他の団体のモデルになるかどうか…様々な観点から質問をして審査を行なっていきます。ということで、審査する側もなかなか大変なのです。

■以前の投稿にも書きましたが、私は2014年からこの夏原グラントを審査員としてお手伝いをしてきました。もう8年目、来年は9年目になります。これだけ長く審査をさせていただくと、私のような者でも、気が付いてくることがあります。活動している地域は違っていても、非常に似かよったテーマや問題を抱えて活動に取り組んでおられる団体が複数おられるのです。もちろん、団体同士の交流会も開催されているのですが、非常に似かよったテーマや問題の団体だけが集まっているわけではありません。私は1人の審査員でしかありませんが、財団の関係者の皆さんには、ぜひそのような団体が集まって意見交換やお互いにアドバイスをする「場」を作っていただきたいなあと思います。また、お互いの活動の「場」を見学して学び合うこともしていただきたいなあと思います。それと同時に、異なるテーマや課題に取り組んでいるけれど、団体同士が同じ地域社会の中で活動している場合についても、同様の「場」づくりができればなあとも思います。同じ地域で助け合っていける仕組みが生まれてくる可能性があります。

■財団と団体の間の助成を媒介とした関係だけでなく、助成を受けた団体同士にお互いに支え合う関係が、「夏原グラント」の中に生まれてくればなあと思います。そのことを節に願っています。

スカイランタンin中央小学校

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■龍谷大学社会学部社会共生実習のプロジェクト「地域エンパワねっと中央」で頑張ってきた学生チーム「響(ひびき)」の皆さんが、大津市中央学区の地域の皆さんと取り組んだ「スカイランタンin中央小学校」、無事に終了しました。素敵なイベントになって、小学生、保護者の皆さん、校長先生、皆さん喜んでくださいました。コロナ感染で様々な地域イベントが中止になる中、年度末に素敵な思い出を作ることができました。

■地域の方から「100点満点で何点ぐらい?」と質問されて、学生の皆さんは「60点ぐらいかと思います」とえらく謙虚に自己評価していましたが、「95点はいくやろ。みんな感動してはったし」と褒めていただけました。私からすれば95点は褒めすぎかなと思いますが、学生の皆さんはしっかりと達成感を実感できたのではないかと思います。また、そのような達成感も、地域の方達からご支援をいただけたからだと実感しているでしょう。
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■スカイランタンは、通常のランタンとは異なり、LEDの小さなライト(5色)を入れた丈夫な風船にヘリウムガスを入れ、それを和紙で作った直方体のカバーで覆っています。また、凧糸と錘がついていて飛んでいかないようになっています。
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■ランタンには、それぞれの方の願い事を書いた短冊がはりつけてあります。ある小学校3年生くらいの女の子の願い事は、「おばあちゃんが、長生きできますように」でした。あゝ、素敵だな〜と感動しました。おばあちゃんのことが、大好きなんだな〜。この願い事に、横にいたおかあさんも驚いておられました。

■以下は、中央学区の子ども会育成連絡協議会の会長さんによるfacebookへの投稿から引用させていただきます。

昨日は、龍谷大学エンパワねっとの学生たちが6年生最後と思い出にと、スカイランタンをあげよう!と計画をしてくれたので子育連と一緒に開催しました。初めての事なのでどうなるか心配でしたがとても綺麗なイベントになりました。保護者の方々も参加していただき(すごい綺麗だった。何か感動したわ。)と言っていただき嬉しかったです。
当日雨が降ったり止んだりで肌寒かったけとみんな素敵な笑顔でした。

スカイランタンのイベント

20210312empower.jpg ■明日、こんなイベントを、「大津エンパワネット」の学生の皆さんが、地域の皆さんと一緒に開催します(社会学部・社会共生実習、授業科目名は「地域エンパワねっと」)。「夢に向かって飛び立とう スカイランタン・ナイトin中央小学校」です。今年度は、コロナ感染拡大のため、例年、中央学区の地域の皆さんが、学区の子どもたちのために取り組んでいる様々なイベントの多くが中止になりました。「このままだと、子どもたち、地域での思い出がないままになってしまう…」。今年度「大津エンパワねっと」を履修した学生の皆さん、このようなお話を地域の皆さんからうかがって、「スカイランタンやってみませんか」と提案したのです。そして、地域との共催でこのイベントに取り組むことになったのです。地域の皆さん、ありがとうございます。いつも、学生の成長を期待してくださっている地域の皆さんに、心より感謝したいと思います。

■もちろん、学生の皆さんはこういうイベントを実施した経験がありません。このような経験は初めてです。そのため、思いだけが先行してしまい、どこから手をつけて良いのやら…ということになってしまいます。なかなかエンジンが暖まりません。チームで取り組むのですが、そのような経験もあまりありません。ここで、教員の側から学生の皆さんに「こうやるんやで」と最初から指示してしまうと、長い目で見て学生の皆さんのためにはなりまん。

■「こうすればうまくいくと教えてくれたら、やる気スイッチ入るんですけどね」みたいな学生さんも時々います(今年度の「エンパワ」の学生さんではありませんけどね)。教員に指示してもらうと、自分で責任を負うこともなく、安心して、ストレスなしに取り組めるのでしょう(それでもストレスはあるかもしれないけれど)。でもそうすると、「大津エンパワねっと」の教育目標とは違ってきてしまいます。小さくても良いから、地域の皆さんとの連携の中で「課題発見×課題解決」を進めて、地域の皆さんと一緒に成果を生み出し共有することが、「大津エンパワねっと」の目標ですから。

■いろんな人の協力を得たり、いろんな人と調整したり交渉したりすること。私の知る限り、学生の皆さんはあまり得意でありません。そのような協力・調整・交渉を行うにも、きちんと企画書をまとめないといけませんし、費用の見積もりもしなくてはいけません。それができなければ、まちづくりのイベントは実施できません。もちろん、こういうのは、ある意味「慣れ」なのでしょうが、初めての経験となると、とってもストレスを感じることになるのでしょう。ただ、ストレスを感じるかもしれないけれど、何もストレスのないところでは、おそらく、自分の中に眠っている力を引き出すことは難しいのではないかと思います。そのように、「昭和のおじさん」である私は思います。若い教員の皆さんだと、また違うことをおっしゃるのでしょうが。

■さて、学生の皆さん、今も必死のパッチで準備に取り組んでいます。この緊張感を楽しんでくれればイイなあと思います。明日は、天候も心配なのですが、なんとか頑張り抜いて、子どもたち、保護者の皆さん、地域の皆さんと一緒に、良い思い出づくりのイベントになればと思います。力を出し切って、達成感を味わって欲しいと思います。地域の皆さんには、「大津エンパワねっと」の理念をよくご理解いただき、いろいろ辛抱してくださっています。いつも感謝しかありません。ありがとうございます。

■この投稿とほぼ同じ内容のことをfacebookに投稿したのですが、そうすると2016年春に卒業したOGのNさんからコメントをいただきました。次のようなコメントです。

昨晩、ふと大津エンパワねっとで活動したことが頭をよぎり、自分のFacebookを見返していました。先生の投稿を見て、スカイランタン、なんて素敵なんだろうと、そこまで至った経緯にも感動しました。
大津エンパワねっと履修時は、本当に必死のパッチだったなぁ、と思います。
今振り返ると、もっと手際よくできたんじゃないかとかも思ったりしますが(笑)、そうやってもがいて失敗できるのって、ある意味学生の特権ですよね。
社会人になってからは、基本ミスが許されない、100点取れて当たり前の世界なので。
学生時代、大津エンパワねっとを履修してよかった!と心から思います☺️
長々と、コメント失礼しました。

■そうなんですよね。「エンパワ」で頑張った学生の皆さんは、社会人になってからNさんのように思うんです。もちろん、活動している時も達成感を感じることができるのでしょうが、「エンパワ」の面白いことは卒業してから、あとで自分の経験を反芻することかなと思います。Nさんありがとう。できれば、「エンパワ」OB・OGに、zoom等を使っていろいろインタビューしてみたいな。OB・OGの皆さん、協力してくださいますかね。

【関連エントリー】「隣の人と協力して社会問題を解決する」(オードリー・タン氏)ことと、「地域エンパワねっと」での経験

オンライン会議の不安

■夕方、若い同僚が研究室に相談事でやってこられました。その同僚からは、これまでもたまに相談を受けたことがあります。龍谷大学に17年勤務しているので、自分で言うのもなんですが、それなりの経験知があり、自分のような者でも役に立つことがあるのです。もう職場の中でも年寄りの部類になっているので、必然的にというか、徐々にというか、頑張っている若手の同僚の方達を応援する側になっているのですね。こういうのが、年寄りの役割だと思っています。一般には定年退職が近づいてきた教員は、とりあえず?!ベテラン教員と呼ばれることになりますが、本来、ベテラン(veteran)とは退役軍人という意味ですものね。もう前線を退いて、何かの時に予備役として呼び出される存在です。まあ、そいうわけで、世の中、なんだかんだと言っても、長い目で見ればそれなりにうまく動いているのだなあと思うわけです。

■そういうことはともかく、まずは、その同僚の方のお考えをよくよく聞いてみました。すると、普段はボーッとしている私の頭が動き始めました。そして、むしろこうした方が良いのではと逆に提案をさせていただきました。とりあえず目の前の案件を処理するという感じよりも、組織として進むべき方向性を吟味しながら、うまくその方向性と合致して繋がっていく対応の方が良いと思うからです。どうせ取り組むのならば、「一粒で3度美味しい」ものに方向転換していった方が良いわけですからね(もっとも、逆の提案がきちんと用されるのか、うまく軌道に乗るのかは別ですが。

■さて、ここからが本題。今回も…なのですが、こうやって実際にあって話をする方が面白く話が展開していくのになあと思いました。オンラインの会議だと、議案を提案する側にとってはやりやすいとは思うのですが、そこではなかなか議論が展開しません。広がりが生まれないのです。大事なことも、何かスルーしている感じになってしまいます。こう書くと「それはあんたの能力が低いからや」と言われるかもしれません。はい、否定はしませんけど。

■とはいえ、もっと「脱線や道草のあるコミュニケーション」が必要だ、とやっぱり思ってしまうのです。「いやいや会議はできればないほうが良い。ましてや脱線とか道草とか要らんよ」という反論もあるでしょう。もちろん、そうかもしれません。でも心配です。オンラインを使って会議を行うことで、自分の世界に閉じこもりたいという気持ちが、どんどん大きくなってはいないか、優ってしまってはいないか、そのような傾向が全体として強まってはいないか…そのようにしばしば感じるからです。これは大学という組織の特有の傾向なのかもしれませんが、もともと実質的に閉じこもっている人もおられますし。

■もちろん、コロナ禍ですから感染防止に十分に注意をしながらになりますが、逆に、コロナ禍だからこそ具体的な場で身体性を伴った話し合いが必要なのではないかと思います。そうしないと、議論がスカスカのまま(熟議ができないまま、さまざまな立場や視点からの有益な意見が出されないまま)形だけ前に進んで、後で後悔することになりはしないでしょうか。もちろんここでいう議論とは、前向きで建設的な議論のことです。議論のための議論や、相手を否定するための議論は要りません。前向きで建設的でも、「脱線や道草のあるコミュニケーション」は可能だと思います。

花のある生活

■家族専用のSNSがあります。いろんなサービスがありますが、我が家もあるSNSを利用しています。そのSNSには孫の様子がよく投稿されます。投稿をしてくれているのは娘です。そして、その孫たちの成長を、孫の曽祖父母(私からすると義理の父母)も楽しみにしています。自分たちがとても可愛がった孫(娘)が産んだひ孫。そのひ孫の日々の成長から、“元気”をもらっているようです。今の私は、そのことをリアルに想像できます。曽祖父母は、iPadを使ってSNSを楽しんでいますが、家に篭りがちな生活の中でも、iPadを使うことが良い刺激にもなっているようです。

■ところで、昨日、このSNSにほとんど反応しない息子が(読んではいるらしい…)、珍しく投稿していました。しかも、「ささやかながら、花のある生活を始めました」という文章とともに、水仙を小さな花瓶に生けた写真もアップしていました。ちょっと驚きました。娘が姉で、息子は弟。2人の子どもたちは、私がいつのまにか還暦を超えてしまったように、いつのまにか三十路に突入しています。息子は大学院を出て就職してからは、趣味でアルチメット、ランニング、ボルダリングといったスポーツを楽しんではいましたが、花にも興味を持つようになったんだとちょっと驚きました。まあ、父親も還暦前からガーデニングにハマってしまったわけですけどね。

■花(植物)は暮らしに潤いを与えてくれます。世話をすればするほど、潤いが出てくるように思います。世話に応えてくれるのです。息子は都会のマンション暮らし、工夫をして、日々の暮らしに潤いを与えることを楽しんでほしいなと思っています。

「通信技術の発展と環境保全活動」

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■月曜日の夕方、特定非営利活動法人「琵琶故知新」の理事会が開催されました。いろいろ議題があったのですが、最後の方の「通信技術の発展と環境保全活動」というテーマでのディスカッションが楽しかったし、とても妄想しました。妄想って書きましたが、とても刺激を受けていろいろアイデアが頭の中に湧いてきたということです。

■「通信技術の発展と環境保全活動」に関する私個人の経験といえば、まず思い出すことがあります。それは、参議院議員をされている嘉田由紀子さんが、かつて滋賀県琵琶湖研究所に在籍されていた頃に、仲間と一緒にパソコン通信を使って取り組んでおられた「ホタルダス」という参加型による蛍の市民研究です。当時、私はそれを横から眺めていました。参加型調査といえば、高度経済成長期の時代に乱開発と戦うために編み出された「タンポポ調査」が有名ですが、嘉田さんたちの「ホタルダス」は、そのような「タンポポ調査」とはまた別の切り口を持つ参加型調査でした。

■パソコン通信といえば、あの頃は、通信モデムから聞こえてくる「ピーヒョロロロ〜」という音を聞くだけでも、「おお凄いなあ!」と思っていました。しかし、それから約35年の年月が経過しました。スマホを使った通信は、5Gになるようですね。隔世の感があります。さてさて、この「通信技術の発展と環境保全活動」というテーマ、今後はどのような展開していくのかなあと楽しみにしています。これからの通信インフラを利用しながら、どうやって様々な環境保全団体が相互に連携しあっていけるのか、また行政や専門家と連携していけるのか、また環境保全団体を支援できるのか…その辺りのことを、通信インフラの会社の社員の方達と、環境保全に取り組む市民団体や環境科学の研究者が集まって、お互いに刺激を与えながら妄想するようなワークショップができたらいいなと思っています。

■ところで、トップの写真、投稿のテーマとは何も関係がありません。すみません。庭の片隅に生えてきた苔です。最初は、図鑑と見比べながら「うーん、コバノチョウチンゴケ…かな」と思っていましたが、Twitterで苔に詳しい方が教えてくださいました。ノミハニワゴケかコメバキヌゴケあたり…とのことです。苔、難しいです。胞子体が伸びている。その先端の蒴(さく)と呼ばれる部分に胞子が詰まっていて、成熟すると風に飛ばされて広がっていくようです。何か健気さを感じました(人間の側の勝手な思い込みでしかありませんが)。特定非営利活動法人「琵琶故知新」、小さなNPOですが、私たちも頑張らねば。

春がやってきた

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■毎週、自宅のある地域に隣接する農村、仰木にある直売所「わさいなー」に出かけています。新鮮で安心・安全な野菜が手に入るので、大変助かっています。仰木という生産者が暮らす農村コミュニティと、私たち消費者が暮らす新興住宅地のコミュニティが隣接しているわけです。いろんな交流や連携があると素敵だなあと思います。直売所だけでなく、私たち消費者も参加できるように様々な「地産地消」の仕組みが増えていったらいいなと思っています。先日は、そういう話を直売所のお世話をされている方達と、立ち話程度ですが、少し意見交換をさせていただきました。

■仰木では、地元の地主さんと新興住宅地の皆さんとが「棚田のオーナー制度」に取り組んでおられるようです。また、グループで棚田を借りて米の栽培をされている方達もおられます。そういう活動は、仰木の農家の皆さんの農作業の手が入りにくい農地で取り組まれています。先日は、直売所で買い物をした後、そのような活動が行われている、山と山の間の谷筋に連なる棚田を見学してきました。きちんと道は整備されています。ただ、谷筋の棚田は獣害柵に取り囲まれていました。その様子からは、獣害被害もかなりあるのかなと想像しました。棚田がなくなるところまで車で登っていくと、桜がたくさん植えてある場所にたどり着きました。桜広場というようです。地元の皆さんが植樹されたのでしょう。来月は、美しく桜が咲くのでしょうね。

■帰りは、写真のような風景が谷筋から見えました。春がゆっくりやってきていることを感じました。ここはそれなりの高度があります。そのため、琵琶湖はもちろんのこと、湖東の八幡山(近江八幡市)、さらには鈴鹿山脈の山々まで確認できました。

「環境保全活動助成事業夏原グラント」の審査会

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■先週の土曜日になりますが、朝から、公益財団法人 平和堂財団 「環境保全活動助成事業夏原グラント」の審査会が開催されました。私は2014年からこの夏原グラントを審査員としてお手伝いをしてきました。もう8年目、来年は9年目になります。ずいぶん長いですね。それはともかく、この日は、一般助成2年目の審査でした。今年も、それぞれの団体が興味深い活動報告をしてくださいました。ありがとうございました。また、来年度の計画についても書類で拝見させていただきました。もちろん、プレゼンテーションや申請書の書類の書き方などについては、きちんとできておられる団体と、そうでない団体とがいらっしゃるわけですが、それはそれとして、私自身にとっては、毎年、この審査は毎回大変勉強になっています。ひとつひとつの団体の報告は短いものですが、他の地域で環境保全の活動に取り組んでいる皆さん、これから取り組もうとしている皆さんにとっては、いろいろヒントがあるように思います。地域の課題をなんとかしようと賢明に取り組まれるプロセスに「現場の知恵」があります。

「龍谷大学東京オフィス」のTweet

■学生の皆さんに向けて書きます。

■朝起きて、ボーッとした頭で布団の中でTwitterを眺めていました。すると、龍谷大学東京オフィスのTweetが目に入りました。

■私自身は、大学院に進学したので、学部生時代に就職活動というものをしていません。そなるとあまりで偉そうなことを言えないのですが、このTweetにある「私は〜」ではなくて、「会社で〜」「社会に〜」が大切だという点に共感しました。もちろん、東京オフィスの職員の方、そして私も、「自分は〜」を否定しているわけではありません。しかし、就活で出会う企業の採用担当の方達は、そういうことだけを聞きたいわけではないのです。就職活動とは、端的に言えば、自分を企業に売り込むことなのですから。相手は、「君が入社したら会社にどう貢献できるの」、「企業活動を通してどう社会に貢献できるのか」を知りたいのです。

■私は、長らく、大学で地域連携に関する仕事をしてきました。大学の地域連携の活動は教育の一環として取り組まれています。「大学に外に出て活動したい」、「自分をもっとこんな風に変えていきたい」…そういう動機があっても、もちろん良いと思います。しかし、「自分」から一歩踏み出して「地域社会」に重心を移して「地域社会に対して何ができるのか」「どんな貢献ができるのか」ということも同時に考えなければなりません。このあたりのことができるのかどうか。学生ひとりひとりが問われることになります。学外で活動していたら、予定調和的に、自分に素敵な変化が生まれるわけではありません。地域社会の中で生まれる他者(多様な地域住民の皆さん)とのつながりや関係を通して、初めて自分の変化を感じ取れるようになるのではないかと思います。もっと言えば、感じ取れるように自分自身が変化していくこと、それが成長なのだと思います。もっとも、そのような変化は、そういった他者とのつながりや関係の中に埋め込まれているので、なかなか自覚しにくいわけですけど。

■話は少し変わります。数年前、3年生のゼミで(前期)、ボランティアに関する文献を全員で講読しました。今時は少し古典的かもしれないそのような講読をあえてやってみました。すると、次のような意見が出てきました。「中学生の時にクラブ活動でボランティアをさせられましたが、もう二度と、やりたくありません」(←それは、そもそもボランティアなのか…語源的にも間違っているような)。「若者は、みんな自分の損得しか考えていないので、ボランティアとか関心がないと思います」(←龍谷大学のボランティア・NPO活動センターでは、皆さんと同じ学生が頑張って取り組んでいますよ)。そのような意見を聞いて、学生の正直でストレートな本音なのだと思いましたが、心がちょっとシュンとしてしまいました。しかし、そのような意見を述べたゼミ生も、個々の卒論の調査でいろんな方達にお世話になり、いろいろインタビューをさせていただくことになりました。自分の得になるわけでもないのに、わざわざ時間を作って丁寧に話をしてくださることを経験するわけです。卒論という個人的な取り組みではありますが、地域社会の他者と関わること中で、意識に変化が生まれていたように思います。これは、とても大切な変化かなと思います。

■学生の皆さんは、こういう変化も含めて、ご自身の成長ということについて考えて欲しいと思います。

博士論文(学位請求論文)のこと

■退職された同僚の教員から指導を引き継いだ博士課程社会人院生のTさんが、昨年の秋、博士論文(学位請求論文)を提出されました。龍谷大学大学院社会学研究科では、提出された博士論文に対してまず草稿審査を行います。そして、社会学研究科委員会で審査報告を行い、本審査に進めるかどうかを判断します。通常、どなたも、複数の改善すべき点を指摘されることになります。そのような改善を指摘した上で、審査に値する課程博士論文提出に至る可能性が高いとの了解が得られれば、本審査に進めことになります。本審査でも草稿審査と同様に、研究科委員会で審査報告を行い、その上で投票を行うことになっています。Tさんの場合も、以上の全てのプロセスを経て、問題なく合格となりました。もちろん、今後の課題は残りますが。それはともかく、社会人として勤務しながらの博士論文の執筆、なかなか大変だったと思います。最後は、力を振り絞ってくださいました。私自身は、同僚だった教員の院生をお預かりしていたわけですから、無事合格となり、肩の荷がおりました。ほっとしています。

■もちろん、博士論文の元になっている論文はきちんとあります。博士課程に在籍中に、書き溜めてきたものです。その中には、全国学会誌に査読付き論文として掲載されたものも含まれています。龍谷大学大学院社会学研究科では、そのような査読付き論文が最低1本あること、それが博士論文執筆資格が認められるための条件のひとつになっています(他にも、論文の本数や何回学界発表を行ったかなと、複数の条件があります)。というわけで、Tさんはきちんと実力をお持ちの方なのです。しかし、それらの論文をつなぎ合わせれば自動的に博士論文になるのかといえば、そうではありません。全体としてきちんと構造化されていなければなりません。「○○論」、「△△論」、「□□論」とタイトルをつけてもっともらしく並べたとしても、そしてひとつひとつが意味のある論文であっても、全体としては博士論文にはなりません。博士論文は論文集ではありませんから。「大きな問い」(深い問い)を「小さな問い」に分割して、それぞれの章で「小さな問い」を検討していかねばなりません。そして、最後には「大きな問い」を明らかにすることに論理的につながっていかねばなりません。「大きな問い」と「小さな問い」とがきちんと論理的に連関していて、各章で検討してきた複数の「小さな問い」の結論が、最後には「大きな問い」のところで意味のある連関のもとで整理され、まとめられなければなりません。

■そのようなことを、毎年開催される博士課程の中間発表の時に、Tさんにはずっと指摘してきました。解決の方策についてもアドバイスをしてきました。ですが、なかなかうまく伝わらなかったと思います。どうなるかなあと気を揉んでいたのです。でも最後は、なんとか理解してもらえたようで、そこからフル操業で加筆修正に取り組まれました。そして、全体がきちんと理解できるようにまとまりました。こういうのって、比喩的にいえば自転車の漕ぎ方や泳ぎ方…のように、ある日ふっとわかるものなのかな。そんなふうに思います。

■自分の執筆した論文をまとめて博士論文にしていくためには、他の方の優れた博士論文をしっかり読むことも必要です。そこからヒントを得られると思います。良い博士論文の構造(骨格)をきちんと理解できることで、博士論文にまとめることが、どのようなことなのかが理解できるようになるからです。今回の場合もそうでした。ところで、社会人院生ですから、それなりの年齢になっておられます。私よりはお若いですが、ひとまわりも違いません。とはいえ、学位取得はゴールではなく、さらに研究を次のステップに進めていくためのスタートラインです。引き続き頑張っていただきたいと思います。

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