中津川市役所・市民協働課の記事

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▪︎中津川市の「地域づくり型生涯学習モデル事業」のお手伝いをさせていただいています。少し前に、中津川市のホームページに、付知にいったときの記事がアップされましたが、今度は、蛭川を訪問した時の記事がアップされました。
蛭川地域で、地域の方々との交流会を開催しました。(地域づくり型生涯学習モデル事業)

関連エントリー
「地域づくり型生涯学習モデル事業」(岐阜県中津川市)

中津川市「付知総合事務所」の記事

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▪︎先日、まちづくりのお手伝いにいった中津川市・付知の「付知総合事務所」のスタッフの方が、今回の「まちづくりMU-JIN」のことを記事にして、市役所のホームページにアップしてくださいました。ありがとうございました。とっても楽しい会合でした。
【付知】『まちづくりMU-JIN(無尽)』が開催されました!

関連エントリー
「地域づくり型生涯学習モデル事業」(岐阜県中津川市)

「地域づくり型生涯学習モデル事業」(岐阜県中津川市)

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▪︎この前の週末の土日、「地域づくり型生涯学習モデル事業」のお手伝いをするために、岐阜県中津川市へ行ってきました。市内の付知地区と蛭川地区の交流会で、地域の皆さんの活動の振り返り、これからの課題と将来の夢に関してお話しを伺うことができました。岐阜県とのおつきあいは、県のモデル事業に呼ばれたことから始まっています。記憶は曖昧ですが、2006年頃から、岐阜市、各務原市、可児市、白川町、羽島市、郡上市、安八町、関市、中津川市…と、いろいろお邪魔させていただいた。そして2014年からは、再び中津川市のお手伝いをすることになりました。

▪︎写真は付知地区で撮ったものです。「まちづくりMU-JIN」。「じぃばぁず」。少し説明させてください。「MU-JIN」とは「無尽」のことです。もともとは、いわゆる頼母子講のことです。現在、「無尽」に参加する人たちは、毎月お金を出し合い、積み立てたお金で宴会や旅行を楽しんでおられます。岐阜県の地域社会では、この「無尽」がとても盛んです。一人で、複数の「無尽」に参加されています。このような「無尽」によって生まれた関係が、地域社会の様々な局面で潤滑油のような役目を果たしているようです。そのような「無尽」の文化を、地域づくりにも活かしていこう…ということになりました。お茶を飲みながら気楽にまちづくりについて情報交換をしたり、いろいろ頼んだり頼まれたり…そのような場所ができたらいいね、じゃ、作っちゃお…ということになり名付けられたのが、「まちづくりMU-JIN」です。「無尽」…と漢字ではないのは、こっちの方がカッコいいという単純な理由からです。

▪︎土曜日は、その「まちづくりMU-JIN」の2年間の活動を振り返り、いろいろお話しを聞かせていただきました。以前、アドバイスさせていたどいたことのひとつは、いわゆる「異業種間でつながって面白いコラボをしてみたら…」というものでした。横につながると「1+1=3 ‼︎」のような効果が生まれることがあるからです。わかりやすい例を出しましょう。麹や味噌を作っている「じぃばぁず」というグループの麹や味噌を、和菓子屋さんが自分の店で使って「味噌くるみ餅」という商品が生まれました!和菓子屋さんも、「味噌くるみ餅」で大儲けをしたわけではないのでしょうが、それでもこうやって協力して新しい商品を作ることができて、そのこと自体を、とても喜んでおられたそうです。この喜んでおられた…というところが、非常に大切なのかなと思っています。別の言い方をすれば、人と人の間に「幸せ」がフッと生まれたわけですね。付知地区では、その他にも、このような「1+1=3‼︎」のつながりが生まれていました。といいますか、そのような「ちょっとしたつながり」に、皆さんが、より自覚的になったのかもしれません。そこに幸せを感じるようになっているのかもしれません。

▪︎こんなお話しもお聞きしました。30歳代のある店主さんは、頑張って地域の商店街の仲間と「付知GINZAマルシェ」というイベントを開催しています。その「マルシェ」、マスコミにも取り上げられ、地域内外からたくさんの方たちが参加するイベントに成長しています。その店主さんが、こんなことを言っておられました。「自分たちがもっと若い頃は、親の家業を継いで、地元に残ることはダサいことでした。しかし、最近は変わってきました。むしろカッコいいという評価がでてきた」というのです。地元志向といいますか、若い世代が、都会を志向するのではなく、地元に根付いた暮らしを楽しむ、そのことを評価する傾向が、中津川の中に少しずつ生まれているようです。そのような傾向を、翌日、日曜日に伺った蛭川地区でも聞くことができました。30歳代以下の人たちが、地域の活動に積極的に関わろうとする傾向が出てきているというのです。ここは、もっと深く聞き取りをしてみたいところです。

▪︎若い人たちの間で、何が幸せや暮らしの豊かさなのか、個々人の中にある「幸せの物差し」が少しずつ変化しているようなのです。その蛭川地区では、外から転入した方たちと、地元の人たち、その両者を媒介する人たち、3者の関係の中で、地域が静かに動き始めていました。これもまた、楽しみな傾向です。もう少し、中津川に通う頻度を上げていきたいと思います。こういう仕事は、楽しいです!

▪︎『星の王子さま』のなかに、こんな一節があります。
「じゃあ、秘密を教えるよ。とても簡単なことだ。
ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。本当に大切なことは、目には見えない。
君のバラをかけがえのないものにしたのは、君がバラのために費やした時間だったんだ。」

ゼミOGからの連絡

▪︎化粧品会社で働いているゼミの卒業生から連絡が入りました。OGです。彼女が、ビューティーサークルという美容教室の講師をしているときの写真が、facebookに投稿されたので、少しコメントをしました。そうすると、ひさしぶりということもあって、コメント欄でもりあがりました。「ちゃらんぽらんだった私も講師してます!頑張ってます!就活メイクレッスンも承ってます」と営業もきちんとしてきました。せっかくなので、大学の知り合いの女子学生たちにLINEで連絡をしたところ、全員がぜひ美容教室で「就活メイクレッスン」を受講してみたいと連絡をしてきました。そのことを彼女に伝えたところ、母校でぜひ美容教室を開催させてほしいとのことでした。

▪︎彼女は、2011年の春に卒業しました。自分で「ちゃらんぽらんだった私も講師してます!頑張ってます!」と自覚しているようですが、ちょっといいにくいのですが、たしかにその通りでした。私の彼女に関する記憶は、クロックスをはいて、ジャージをはいて…化粧っ気もまったく無しというものです。そして、同時に、とても明るい性格だったように記憶もしています。その彼女から「化粧品会社に就職する」と聞かされたときは、少々、びっくりしました。化粧品等にあまり関心があるようには見えなかったからです。facebookには、彼女の通勤時の姿の写真も載っていましたが、学生時代とはまったく違う雰囲気です。

▪︎美容教室ですが、いろいろ彼女の会社側の要望や、大学で開催するばあいは大学側の条件など、調整しないといけないことは多々あると思いますが、うまくいくとよいなと思っています。

ゼミOBからの連絡

20150915ob.jpg ▪︎昨日、昨年の春に卒業したゼミのOBからLINEで近況報告がありました。じつは、そのOBからは、今年の4月に「今の会社なんですがけど、もうじき辞めようと思っています」という連絡が入っていました。原因は過労だったようです。ちょうど、私の誕生日だっかな…。こういう連絡を唐突にもらうと、ゼミの教員としては落ち込みますよね〜。

▪︎ところが、です。そのOBが、こんどは会社から成績優秀につき表彰されたというのです。その連絡が、昨日LINEに届いたのです。彼は営業職です。なにか仕事のコツを得たようです。彼自身は、「覚醒しています(笑)」といっていました。彼が言うに、社歴最短で役職クラス級の営業成績を上げたようなのです。私にはよくわかりませんが、目標の7.0ポイントを大幅に上回る15.02ポイントの営業成績をあげることができるようになったらしいのです(私には、1ポイントの持つ意味や価値がわかりませんが…)。その証拠の写真、「表彰状」を撮った写真もわざわざ送ってくれました。

▪︎今も新人にかわりはないのですが、ここ数ケ月で、仕事のどこに力を入れて、どこは抜いてもよいのか…そのあたりのコツをつかんだようですね。力をぬくというのは語弊がありますね、無駄な力が抜けるようになったという方が正しい表現かもしれません。あとは、実績を積むことで自分に自信がついてきたといっていました。こういうのって、大切なことですよね~。彼のいうところの「覚醒」ってどういう経験なんでしょうね。後輩の人たちにも説明してほしいなあと思います。

月と鉄道

20150107moon.jpg ■冬休みが、卒業論文の怒濤のような添削作業が、同窓会・忘年会・新年会とともに終わり、新年の仕事が始まりました。昨日は、今年初めての講義でした。残すは、あと1回。後期の授業のまとめをするだけです。4年生のゼミも、今日、全員で卒業論文を提出します(1人だけ都合がつかず、昨日、早めに提出しました)。

■年末に「脇田ゼミ」1期生、そして2期生の同窓会に呼んでいただきました。みなさん、立派になっておられました。同窓会ですから、「あの時、どうだった、こうだった…」というような昔話に花が咲きました。どういう昔話か、私のゼミのばあいは、やはり卒業論文ということになります。優れた卒論が書けた人のことだけでなく、ギリギリセーフだった人のことも。頑張った人からは、「卒論は大変だったけども、ちゃんと取り組んでよかった…と、今すごく思っています。本当に心の底から良かったと思っています。そういうことは、卒業してやっとわかるんでしょうかね。適当に過ごす大学生活よりも、勉強したって後になって自信持っていえますし」と卒業論文に関しての経験を語ってくれました。

■4年生は、あと、みんなで協力して卒業論文集を印刷・作成するだけです。そして2月の口述試問ですね。それで、4年間の大学生活が終了します。あとは、3月の卒業式を待つだけです。3年生は、現在、「北船路米づくり研究会」の活動を4年生から受け継ぎ、頑張って活動に取り組んでいます。もうじき、農事組合法人「福谷の郷」さんと平井商店さんのコラボによる今年の「純米吟醸 無ろ過生原酒 北船路」が販売されます。その予約確保に懸命になっています。頑張ってください。3年生の後輩、つまり4月から新3年生(現在2年生)は、19名に決定しました。後輩をきちんと指導する準備をしてほしいと思います。

■私の方はといいますと、昨年の秋から続いている忙しさが、年度末に向けて続きそうです。ちょっと健康管理にも気をつけないといけませんね。春休みの予定については、そのうちに「脇田の予定」でアップしようと思います。学生の皆さんは、それを見て、私に連絡をとってください。

■写真は、この文章とは特に関係ありません。昨日、帰宅時に、自宅の近くで撮った写真です。ちなみに、線路内に立ち入っているのではなく、踏切で撮影しました。iPhone6plusで撮りました。月の輝きが美しい晩でした。

ゼミ1期生との同窓会

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■昨日、脇田ゼミ1期生の同窓会が、京都駅前のお店で開催されました。1期生18人のゼミ生のうち、10名の皆さんが都合をつけて集まりました。集まった10人のうち、関西に住んでいるのは4人。残りの6人は、それぞれ三重、広島、高知、鳥取、東京に暮らしています。年末に帰省するときにあわせて、こうやって集まることができました(Iくんは、同窓会のためだけに広島からやってきてくれました)。とても仲の良い学年で、ゼミのなかには2組のカップルがうまれ、結婚されています。

■私が龍谷大学で働き始めたのは2004年度からです。この1期生の諸君は、2003年度の段階で、つまり私とはまったくあったことがないままに、ゼミ選択の資料を読んだだけで、私をゼミの担当教員として選んでやってきた人たちです。なんでもそうですが、「初代」の存在は偉大だと思います。龍大の前は、公立大学でしたので、ゼミ生は多くても6名。しかし、私立大学は当然のことながらゼミ生の数は多くなります。「私立大学でも公立大学と同じ水準の教育をしよう」と自分自身に誓いを立て、卒論指導に励みました。よく指導についてきてくれました。私の指導は、予想していた以上に厳しかったかもしれないけれど、そういった卒論を通した関係があったからこそ、今でもこうやって同窓会で会って語りあうことができるのだと思っています。

■この日は、仕事の話し、家族の話し、お子さんの話し、いろいろ聞かせていただきました。皆さん、すでに30歳代に突入されています。大人の会話ができるようになりました。次の同窓会はいつになるのかな。関西以外で暮らしている人のところを訪ねて、小旅行を兼ねた同窓会をしようという話しにもなりました。楽しみにしています。

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ゼミ2期生との同窓会

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■私が龍谷大学社会学部で働きはじめたのは2004年の春です。そのときに受け持った「脇田ゼミ1期生」の同窓会が、本日(29日)の晩に開催されます。そのことをfacebookに書いたところ、1つ下の学年でも「俺たちも同窓会をやろうぜ!!」ということになったようで、昨日(28日)、大津にある琵琶湖ホテルで「脇田ゼミ2期生」の同窓会が開催されました。2007年の春に卒業したゼミ生諸君です。すでにご結婚され、お子さんもいらっしゃる方も多く、そういう方達のために、夜ではなく昼間の開催となりました。皆さん、元気にされていました。この日の参加者は9名。妊娠中に風邪をひいてしまい、用心のため泣く泣く欠席…という人もおられました(残念)。

■同窓会では、それぞれの近況を聞かせてもらいました。この学年は、ゼミ生19名のうち6名が公務員です。公務員の多い学年です。そのうちの1人Kくん、現在、奈良県内の自治体で働いています。Kくんの担当業務のひとつは、「農産物直売所」(ファーマーズマーケット)の管理です。驚くことに、彼の卒論のテーマが、まさにその「農産物直売所」だったのです。不思議なものですね。しかも、ゼミの後輩たちが取り組んでいる「北船路米づくり研究会」で日本酒(純米吟醸酒「北船路」)をプロデュースしたことを知るや、そのことをヒントに職場の別の担当者にアドバイスをして、とうとう産学官連携により地元で新しい銘柄の日本酒を発売することに…というのです。「北船路米づくり研究会」の活動が、間接的にではありますが、影響を与えているのです。

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20141229nikisei4.jpg ■この日の同窓会の幹事は、静岡県内の自治体に勤務しているSくんでした。Sくんの発案で、「地域社会学のゼミらしく、それぞれ暮らしている地域の『ご当地商品』を持参して交換しよう!!」ということになりました。上の写真は、その「ご当地商品」です。Yくんは、三重県内の自治体に勤務しています。彼の所属は観光課です。そのよあなこともあり、ユニークな「ご当地商品」をもってきてくれました。休耕田を活かして生産したサツマイモからつくった干し芋です(これは、交換ではなく同窓会に参加した人たち全員に配られました)。また、海でとれるアオサを使った商品も持参してくれました。地元で、商品開発してきたものなのだそうです。私がいただいたものは、滋賀県内の草津市に暮らしているHくんからのものでした。Hくんは、大阪の企業に勤めています。いただいたのは、メロン羊羹とメロン飴。メロンは草津市の特産品でしたね。また、Yくんからは、個人的に、干し芋の原料と同じサツマイモから生産した芋焼酎もいただきました。ちなみに、集合写真の方で卒業生の皆さんが両手で表現しているのは「脇田ゼミ」の「わ」の頭文字である「W」です。そういえば、彼ら彼女らは学生当時、写真を撮るときに、両手でよくこのようなポーズをしていましたね(奈良に暮らす私が用意した「ご当地商品」は、「大仏プリン」です)。

■琵琶湖ホテルのあとは、琵琶湖畔のカフェ(なぎさのテラス)で2次会、そのあと膳所駅近くの「もんじゃ焼き」店(ウッキー膳所駅前店)で3次会ということになりました。そこでいろいろ話しをしたのがTくんです。私からみて、現役時代のTくんは、勉強をきちんとするタイプの学生ではありませんでした。しかし、現在は、アルミ関係の企業で営業マンとして活躍しています(埼玉県にお住まいです)。その彼から、こんな話しを聞きました。大学時代、最後まで単位を残していて、4年後期の授業は必死になって受講した。そうすると、「勉強することは楽しい」ということが、しだいにわかってきた。本気になって勉強できた。もっと早くに気がつけばよかった。そういう経験をきちんと大学時代にできてよかった。その経験が就職してからもどこかで活きている…というのです。呑んだ上で聞かせてもらったので、記憶は曖昧ですが、たぶんこのような話しだったと思います。素敵な話しを聞かせてもらいました(記憶は曖昧なのですが…)。

■次回の同窓会は、また4年後に開催しようということになりました。そのときは、私は還暦を超えています。元気でいたいものです。次回の会場ですが、「Yくんが働いている三重県の方にいって、美味しい海産物をいただきながら、盛大にやろう!!」ということになりました。実現したらいいですね。もちろん、それまでにも小さな同窓会は、いつでもOKですからね。また、「脇田ゼミ同窓会・関東支部」も作ることになりました。関東在住のゼミ生が集まる同窓会も、そのうちに開催できればと思います。

【追記】▪︎お問い合わせがありました。もんじゃの上に、ダラんと乗っかっている赤いものかはなにか?…というお問い合わせです。これは、辛子明太子です。このお店は、もんじゃも、お好み焼きも、ともに美味しかったです。

脇田ゼミ1期生

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■facebookのメッセージで、脇田ゼミ1期生(2006年春卒業)から連絡がはいりました。Oくんでした。龍大硬式テニス部が開催するテニス教室にアシスタントとして参加し、ひさしぶりに瀬田キャンパスにやってきた、そして新設のテニスコートにきて驚いた…とのことでした。彼は、現役時代、硬式テニス部で活躍していました。ということで、入試の仕事の合間(昼食の休憩時に)、Oくんに合いにテニスコートにいってきました。

■Oくんは、民間会社に入社したあと、救急隊員になり、現在はその救急業務の管理の仕事にあたっているとのことです。どんどん社会で活躍しているご様子、ゼミのせんせーとしてはとても嬉しいわけです。Oくんは1期生ですから、30歳超えておられます。すでに結婚もされ、お子さんもいらっしゃいます。ひさしぶりにあった彼は痩せていました。救急隊員のときは、もっと筋肉がついていたけれど、デスクワークになって細くなったのだそうです。

■トップの写真は、その1期生の卒業式のあと撮った写真です。2006年ですから8年前になります。みんなどんな感じになっているんでしょうね〜。今日のOくんは、学生のときよりもグッと精悍になっていました。私はといいますと、すっかり歳を取ってしまいました。現在では、髪は白髪がまじり、髭も真っ白です。顔も丸いな〜。

■以下は、このエントリーと同じ写真をアップしてfacebookに投稿したときの文章です。

2006年3月。私が龍谷大学社会学部に赴任して、最初に受け持ったゼミ生たちが、卒業しました。写真は、そのときのものです。脇田ゼミ1期生。なんでもそうですが、「最初」ってのは大切ですし、大変だと思います。よく私の指導についてきてくれました。

当時、私は公立大学から異動したばかりでした。異動するにあたって、「私立大学は人数が多くて大変だから、公立大学の時と同じように指導しているとあかんよ、わかっているよね…」、という年配の大学教員からのアドバイスもありましたが、そういうアドバイスは粉砕!! そういう「あんた達」の考えが日本の大学をダメにしてきたんとちゃうの…と、思いました。「公立大学と同じ教育の質を私立大学にも!!」と自分自身に気合いを入れて指導しました。

なかには、「せんせー、僕ら龍大生やし、無茶いうたらあかんわ」というやつもいましたが、むちゃくちや叱りとばしました。悲しいというか、腹が立つというか…(その学生は、名の知れた大企業に就職しましたが…)。しかし、そのとき、その学生が冗談でいった一言が、私をさらに奮い立たせたのでした。「なにをいうてんねん!!」。

すぐに「せんせー、無理…」という学生もいました。叱って、煽てて、とにかく1人でフィールドワークにいかせました。私のゼミは、それぞれが、1人でフィールドワークをして卒論を執筆することになっているのです。

もちろん、多くの学生は「たいへんやな〜」と思いつつも、とにかく頑張ることができる学生でした。いろいろです。ですが、とにくか最後は必死になって、取り組んでくれました。まあ、若干は…(^^;;。

龍大につとめて11年目になります。最初にそういう経験をさせてくれた1期生に、感謝です。その1期生と、年末に同窓会です。
楽しみにしています。

ゼミOB来訪

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■昨日は、いろいろありました。午前中は、1人の社会人の方が大学院進学のことで相談に来られました。お仕事に関連することで研究をしたいとお考えのようで、いろいろお話しをお聞かせいただきました。興味深くお聞きしていると、「おおつ未来まちづくり学生会議」のメンバーが「期日が迫った報告会のパワーポイントの内容を確認してください…」と研究室にやってきました。それが終わったら、受託研究の事務処理です。購入した書籍や物品の整理と書類作成、そして研究部にいって検収を受ける作業等…ドタバタと続きました。昨日は寒かったのですが、キャンパスを動き回ったので、ちょっと汗をかいてしまいました。昼食を摂る時間もありませんでした。そのあとは、卒論の指導があったので慌てて研究室に戻ってくると、「せんせー!!」と呼びかける人がいました。振り返ると、ゼミのOBである卒業生のYくんでした。彼は、脇田ゼミ7期生、2012年の春に卒業しました。

■いや〜嬉しいですね。事前に連絡をもらっていなかったので、ちょっとびっくりです。Yくん、休暇がとれたので遊びに来てくれたのでした。7月にも突然卒業生のOGがやってきてくれましたが(こちらのエントリー)、「せんせー」といわれる仕事をしている人たちには、こういうサプライズはとても嬉しいものです。7月のOG来訪のさいには、申し訳ないですが十分に時間をとることができませんでした。昨日は、卒論の指導がおわると時間がとれました。ということで、Yくんには、卒論指導の場にもいてもらって、その後は、京都の伏見で呑むことにしました。いつもだと、大津駅前の居酒屋「利やん」ということになるのですが、伏見です。なぜ伏見かというと、2つ前のエントリーにもアップしたように、伏見の眼鏡店に行く必要があったからです。

■Yくんとは、伏見桃山にある月桂冠がやっている日本酒レストラン「京の台所 月の蔵人」にいくことにしました。なんといいますか、観光客向けのレストランなのかもしれませんが、それなりに美味しくいただきました。2人で日本酒をかなりいただきました。燗酒と冷酒とであわせて七合ぐらい呑んだでしょうか。月桂冠が経営されているので、タケノコの粕漬けなんてのもいただきました。美味しかったですね〜。酒とアテ、そしてYくんとの話しを楽しみながら、仕事のこと、学生時代のこと、同級生のこと…いろいろ話しを聞かせてもらいました。また、最近、考えることの多い学生の指導等や「北船路米づくり研究会」についても、いろいろ意見を聞かせてもらいました。Yくんたちは、「研究会」の1期生なのです。「月の蔵人」のあとは、近鉄・桃山御陵前のガード下のバールに。梯子酒です。ちょっと嬉しかったのは、「ここぐらいは、僕が出します。社会人ですから」といって支払いをしてくれました。話しをしているときの内容もそうですが、こういうちょっとしたことで学生の成長を感じます。嬉しくもあります。息子の成長を喜ぶ父親の気持ちに似ています。次回は、もう1人別のYくんも一緒に、大津駅前の居酒屋「利やん」で呑むことになりました。

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